心を洗い流す星の王子さま
7月28日 「夜と星と風の物語」(シアター1010)
松井誠の「王女メディア」を見たときに、劇場でつい買ってしまったのは、大好きな「星の王子さま」だから。と思っていたら、1週間ほど前の新聞に「星の王子さま」をモチーフにした別役実の新作なんだと知った。へええ、別役実なんて、こんなことでもなければ絶対出会えなかったなと、ちょっと面白く思った。
さて、その別役版・星の王子様は音楽劇であり、原作のさまざまなエピソードをアレンジして、独自のストーリーを持ちながら、原作の味もこわしていない。飛行機が墜落したのは王子がお茶会をしていたテント。原作でかの有名な「ヒツジの絵を描いて」と飛行士に頼む王子は、ここではお茶を飲めなくなったから「飛行機をどかして」と頼む。原作でもっとも心を打つキツネと王子の会話は、ここではキツネは出てこないし、王子が「遠くばかりを見ていると近くのものが見えなくなるって言いますからね」とさらっと言うだけである。
飛行士と恋人、墜落した飛行士を探して砂漠を歩き回る両親はそれぞれお互いに相手と出会っても、それが誰だか認識できない。話しているうちに、互いに恋人らしい、息子らしい、親らしいという気持ちにはなってくるのだが、決め手がない(だから、彼らは飛行士と彼を巡る人たちであると同時に、男1、女1、男2、女2でもある)。その決め手となるかもしれないのは、ある男が遠く離れたカサブランカに住む恋人に宛てた手紙である。飛行士はその手紙を届けようとして墜落したのだ。だがその手紙を書いた男はじつは飛行士かもしれなくて…、と話は少々ややこしくなる(が、わかりやすいややこしさ)。
いっぽうの王子はばらの花との行き違いがあるものの、ばらが自分の愛する相手で、ばらも王子を愛しており、2人は結婚することになる(相思相愛の王子とばらが結ばれるのはいいのだけど、私の中の王子は小さな胸をばらのために痛める少年で、結婚ということに現実味が湧かない)。
すべての人が愛を取り戻すのは、「思い出」によってである。みんなで「思い出そう、思い出そう」と言って、過去を思い出す。
私ははじめ後ろを振り返ることへの反発を覚えたが、ふと気付いた。自分が道に迷ったとき、先ばかりを見て苛立ったとき、両親がしてくれたこと、友達が言ってくれたこと、子供にしてしまったこと、そういうことを思い出して自分の道が見えてくることに。思い出すのは過去にしがみつくこととは違うのだということに。
主演の毬谷友子は少年役にありがちな演技が時として見られたが、王子にぴったりな純粋さと毀れやすさを感じさせ、とても愛おしい思いに駆られた。飛行士の恋人役の秋山エリサが伸び伸びとした演技でよい。そのほかの出演者もみな適材適所、若い役者さんは全身で表現して、ベテラン俳優は全身から滲み出る感情で表現して、見ている私は安心してこのファンタジーの世界に入り込めた。
この芝居もまた、原作と同様に、心をきれいに洗い流す涙をくれるのだと思った。
<上演時間>第1幕55分、休憩15分、第2幕55分
おまけ1:最後に、この飛行士がサンテクジュペリであり、彼が墜落したのは砂漠でなく海であったことが明らかにされるが、私は、この部分がちょっと余計な印象を受けた。そうしなくても十分サンテックスへのオマージュにはなっていると思うのだが。
おまけ2:音楽劇だから歌も音楽もたくさん採り入れられている。嬉しいことに、音楽は生演奏。これがいいのよ。チェロ、ギター、クラリネット、ピアノ、そしてヒューマンビートボックスのMaLさんが見事なリズムを刻む。朝倉摂の砂を軸にした装置、古い駅なども雰囲気を盛り上げる。
おまけ3:笑いどころがたくさんあって、わたしもくすくす笑ったのだが、何人か大受けしてひどく笑っている人がいた。そんなに声を上げて笑うほどだったかなあ。でも、そうやって楽しく笑うのは悪いことではない。
おまけ4:2度目のカーテンコールで、駱駝(砂漠のキャラバンの駱駝)に入っていた2人の役者さん(政宗、池上高史)が顔を見せてくれたのも嬉しい。大事な手紙を食べちゃったユーモラスな駱駝さんに大きな拍手を送った。
おまけ5:この劇場で右近さんと笑也さんが「極付 森の石松」をやると知ったのは前日。もうとっくに一般販売も行われており残席わずかで迷ったが、劇場で前売りを買っちゃった。
最近のコメント