カテゴリー「歌舞伎観劇記」の記事

2008年8月 1日 (金)

7月最後は巡業ハシゴ:竹三郎さんバンザイ

731日 巡業中央コース千穐楽昼の部(板橋区立文化会館)

同日   巡業東コース千穐楽夜の部(練馬文化センター)
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左:板橋         右:練馬
怒涛の
6月なんて思っていたら、7月のほうがもっと怒涛だった。その怒涛を象徴するような巡業千穐楽のハシゴcoldsweats01
中央コース(錦之助さん)は当初の予定には入っていなかったのだが、初日に拍手し足りなくて、モヤモヤしていたから、何とかもう一度行こうと思っていた。千穐楽なら池袋を中心に、昼の部は東武東上線、夜の部は西武池袋線と、なかなか便利。間に1時間以上余裕があったので、本日最初の食事をビールとパスタで摂ることもできたし(夏は1人でもbeerだぁ)。
中央コースは、やはり地味感は拭えないけれど、大向こうは盛んにかかっていたし(よっぽど私も声かけちゃおうかと思った。どこかで女の人の声がかかっていたら、やってしまったかも)、今日はバッチリ拍手もできたので満足。
さて、ここから確信犯的超こじつけ比較。「橋弁慶」「操り三番叟」。後者はもちろん、後見が三番叟を操るのであるが、時としてどちらが操られているのかと訝しむような場面もあり、それが面白い。前者は、弁慶が牛若丸を侮って操ろうとし、逆に操られ降参する。と考えれば、なんか似ているじゃない。
踊りは両方ともとても楽しかった。初日もそうだったが、弁慶は舞台が狭いため、やはり動きが制限されてしまうのだろう。とくに花道ではない花道での動きは工夫して大きく見せているものの、やはりきびしそうだ。後ろの壁に弁慶の影が大きく写って、案外それがいい効果を出していたように思う。
三番叟は、細かい足踏みと音が揃っていないような気がしたが、どうだろうか。今日は3回目にして初めて前のほうの席に座れたが、こと三番叟に関しては、後ろで全体が眺めたときのほうがよかったかもしれない。というのは、前で見ていると、亀鶴さんと亀治郎さんの距離が妙に遠く感じてしまうのだ。1つの視野に入ってこないからなんだろうと思う。そのため11人はいいのに、2人の連携にイマイチ物足りなさを感じた。
「毛谷村」「弁天娘女男白浪」。前者は男装の麗人、後者は女装のイケメン。いずれもバレて…あ、似ているのはそこだけか。この企み、あえなく失敗。いや、もう一つ思い出した。手拭の存在である。前者はお園が六助の胸元からひょいと手拭を抜き出し、姉さんかぶりする。後者は、鳶頭が投げた手拭を弁天が頬かむりする。それだけのことでした。
錦之助さんの六助は変わらず真面目なんだけど、初日に比べてずいぶんこなれている感じを受けた。わたし、この六助、とても好きですheart04。今日の時様、錦之助さんにお顔がとても似ていた。東蔵さんは初日はあまりピンと来なかったが、今日はよかった。子役ちゃんがかわゆい。
弁天では、亀鶴さんに大きさを感じた。澤五郎さんの番頭が、後で悪事がばれることを知っている目には、いかにもといった印象だ。竹三郎さん、実はこの前の口上でとても感動的な場面があったので、それがオーバーラップしたのか、呉服商なら当然お金にシビアなところがあってしかるべきなのに、弁天たちに対する表情が慈悲深いような哀しいようなものに見えて、印象に残った。
「口上」。中央コースは初日とほとんど変わらない内容で、オーソドックスなものであった。そこで東コースだけご紹介する。まず口を開いたのは亀ちゃん。暑さとの闘いだったが1人も欠けることなく千穐楽を迎えられた。巡業が終わると、巳之助クンはすぐ舞台。8月は「1部も2部も3部もすべて出ますから、1部も2部も3部も見てください」と強調して笑いを誘った。亀ちゃん自身は9月は演舞場と歌舞伎座、10月はNHKのドラマで、白塗りでなく素顔で出ます、と。そして昭和7年生まれ75歳の竹三郎さんのことになった。自分はこのまま帰ってしまおうかと思うこともあったりしたが、70過ぎての巡業はとても大変なのに竹三郎さんは弱音を吐かず頑張ってこられた。自分が子供の時明治座で共演し、まだ幼くて顔のことができない自分の顔をやってくれたのが竹三郎さんだった。関西歌舞伎の竹三郎さんには喜寿でぜひ「河庄」の紙屋治兵衛をやってほしい、そうしたら自分が小春をやる(それ、絶対見に行きます)。それから、「これは無理だと思いますが、私より先に死なないでほしい」と。
すると竹三郎さんがしきりに顔を拭き出した。私は亀ちゃんにいじられてテレて汗をかいているのかと思ったら、なんと、竹三郎さんは涙を拭いておられるのであった。口を開いたとたん、「今の亀治郎さんの言葉で…泣くまいと思っていたのに泣いてしまいました」と声をつまらせた。ああ、竹三郎さんって、なんて純粋な方なんだろう、それに比べて私のスレていること。私は自分を愧じるとともに、竹三郎さんの心と亀治郎さんの心の温かさにぐっときて、うるうるしてしまった。竹三郎さんは、自分たちも大変だったが、トラックの運転手さんや裏方さんはどんなに大変だったことかと思いやり、そのやさしさが又ぐっとくる。元々好きだった竹三郎さんがますます好きになった。浜松屋幸兵衛は初役だが、役者は生涯修行とおっしゃる。そして「巡業はこれで最後にしたい」と又泣かれた。
亀鶴さんはご自分の役を紹介する程度の簡単なご挨拶。桂三さんは「やっとお江戸に戻ってきた。巡業は楽しかった。竹三郎さんもご一緒に永遠に続くといい」と笑わせる。巳之助クンは「あしたからは8月の稽古にはいる。竹三郎さんを見ていると、弱音は吐けない。今日はいつも通りに、いやいつも以上に頑張ります」。段四郎さんは「75歳の年齢で38歳の気力をもつ竹三郎さん、18歳の巳之助クンのパワーに支えられ、62歳の自分も頑張れた」など、ちょっとカミながら話したところが好もしかった。竹三郎さん、本当にみんなに気力を奮い起こさせるもとになっていたんだなあ。
亀ちゃんによると、北は北海道から南は丸亀まで、27日間で48公演だった、11000人が見るとすれば48,000人の人が見てくれたことになるということで、そういう数字を出されると、巡業って大したものだなあと思う。
中央コースは梅玉さんの「神田祭」が、キレよく華やかに最後をしめた。
両コースとも、皆様暑い中、本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。
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←ひどく大雑把なタイムテーブル、ウケたsmile

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2008年7月26日 (土)

上半期は鏡花で

725日 7月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
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あまりの暑さに今年初めて扇子を持って出た。レッズの扇子と日本代表の扇子しか見つからず、どっちにしようか迷った末、裏に亀ちゃんのサインをもらった日本代表のにした。それが大失敗。「夜叉池」の開演直前、扇子がないことに気付いた。バッグに差して歩いていたから、きっと歌舞伎座の廊下の混雑で人にひっかっかって落ちたに違いない。そう思って受付に2度問い合わせたが、出てこなかったcrying。いずれにせよ、自分の不注意だから仕方ない。
「夜叉ケ池」
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年前の前回より格段によかった。春猿さん(百合)が美しい。私が歌舞伎を見始めたときはこんなきれいな人がいるものかと感嘆したのだが、今回はとくに前半、透き通るような美しさだと思った。声もこれまではべたっとし過ぎた感があったが、今回は気にならない。清らかで、萩原に寄せる愛のひたむきさが痛いほど感じられ、かなりウルウルさせられた。百合1役に絞った成果だろうか。
萩原の白髪はいかにも不自然。いくらその不自然さが必要といっても、もうちょっとマシな鬘にすればいいのに、と思うほど。しかし段治郎さんのカッコいいこと。愛する女を命を賭して守ろうとする男の、これまたひたむきさが胸を打つ。春猿さんとの見た目のバランスもとてもきれい。親友・山沢との再会の場面、奥からぱっと飛び出してきて、2人が見つめ合った瞬間、男の友情に胸が熱くなって、思わず涙が出た。
右近さんの山沢は台詞回しが気にならないと言ったらウソになるが、友を信じ、何とかして2人を助けようとするやっぱりひたむきな友情がひしひしと感じられた。このあたり、澤瀉屋のチームワークだろう。
前回、春猿さんが2役で演じた白雪姫を今回は笑三郎さんが演じている。笑三郎さんというと、私の中では比較的モノのわかった冷静な大人の女というイメージなのだが、激しい情熱、奔放な感情に押し流される白雪姫も意外によかった。愛する人の許に飛んでいきたいのに、どうしても夜叉池を離れてはいけない宿命へのもどかしさ、悲しさがよく伝わってきて、私までぎりぎりするような思いであった。
「高野聖」
08072603koyahijiti スキャンダルには事欠かない海老蔵さん(この日のTV欄にもワイドショーネタに名前が出ていた)演じる宗朝に漂うあの清潔さ、あの清らかな爽やかさは何なのだろう。自由奔放な明るさ、反面奥に潜む昏さ、匂い立つような色気等々、海老ちゃんの魅力はたくさんあるが、この清潔感もその一つだ。原作は読んでいないので原作に対する配慮は一切しないでいえば、この僧侶の役はまさに海老ちゃんのためにある、と言ってもいいと思うほど、ぴったりはまっていた。それは一つには、視点のブレない瞳にあるのではないだろうか。常に前を向いている瞳は、その向こうにある仏の姿を見ているようだ。最後に舞台中央縁まで出てきてじっと合掌する姿は目に焼きついている。
玉三郎さんの美しさにはため息が出る。私が感銘を受けたのは、水浴シーンの後である。水から上がってすっと着物を着たときに、いかにも汗を流してスッキリしたという感じを受けたのである。これがお湯なら玉三郎さんの体から湯気が立つのが見えるのではないかと思うくらい。こういうところに配慮がいく玉三郎さんはやはりタダモノではない。いかにも男を誘惑しそうな女、それでいてやはり玉三郎さんにも清潔さがある。
ところで、僧侶を泊めるときに「私が都の話をねだっても、決してしてくださいますな」と固く約束させたのに、その後都のことが出てこないのはどういうことだろう。ひどく気になった。

次郎役の右近クン(こちらは尾上)の成長ぶりには驚く。ほとんど表情だけ(主に目の動き)で気持ちを伝えるという難しく重要な役を見事にこなしている。3年前右近を襲名した当時はふっくらとしていた顔もほっそりしておとうさんに似てきたような気がする。木曽節を歌う声がきれいで胸を打つ。この歌声に次郎という少年の本質が現れているのではないかと思った。歌は父、演技は曽祖父との血筋もあるのかもしれないが、こんな大事な役をきっちり演じられる右近クン恐るべし。そういえば、明日から3日間、日生との掛け持ちの右近クン、暑さに負けず日生でも持ち味を発揮することと期待している(とは言うものの、私は日生は見られない)。
親仁(歌六)が出てくると、女と次郎が醸し出す不安定な空気が落ち着くようでほっとする。このおじさんもどことなく怪しげな雰囲気はあるものの、唯一世間と繋がっているせいだろうか。歌六さんの話題の長台詞、噂に違わず、本当に素晴らしかった。私は立て板に水の朗々たる喋りかと予想していたが、そうではなく一言一言ゆっくりと噛みしめるように語るその言葉が心に沁みた。親仁自身は世俗的なのにもかかわらず、魔物となった女と次郎を守っていこうとするその気持ちに切なく尊いものを感じてしまう。
市蔵さん、お調子者の薬売りは後々まで気になる存在感である(合掌)。猟師の男女蔵さんは歯の白さが妙に印象的だった。
出演者全員に説得力があり、ゴロゴロとした大岩や深山幽谷を表すセットがそれをいや増す。しかし薄気味悪い動物たちは、こういうの苦手な私には、ちょっとやりすぎ~感ありでした(とくに長いものはダメ。その場面、作り物だとわかっていても目を開いていられなかった)。
泉鏡花の幻想的な物語は、玉三郎さんのおかげで何作か知ったが、今年は演舞場で「湯島の白梅」まで見て、上半期鏡花イヤーみたいだな。
<上演時間>「夜叉ケ池」94分、幕間45分、「高野聖」85

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2008年7月16日 (水)

満足、河連法眼の場再見

715日 歌舞伎鑑賞教室「義経千本桜 河連法眼館の場」(国立劇場大劇場)
080716kokuritu どうしても歌昇さんの狐が又見たくなって、行ってしまった。あんまり毎日出かけるのも……と、これでもずいぶん考えたんだけど、前回何となく消化不良気味というか食べ足りないような感じだったから。11時開演の回で「歌舞伎の見方」をパスすれば、1150分からになる。ちょうどいい時間帯だ。

又々チケットに九郎、いや苦労(オヤジギャグ~変換で最初に九郎って出てきたから…)
ところがネットのチケットは1511時の部に×がついている。では、と10時になると同時にチケットセンターに電話したら、これが延々話し中。何十回かけても、電話機を変えてかけてもだめ。国立の電話は11件に時間がかかるのはわかっているけれど、何の売り出し日でもない日にもこんなにかからないとは、驚いた。出かける時間のこともあり、困り果てて、チケットセンターではなく劇場のほうに電話してみた。当日券があるのかどうか訊くと、当日券の取り置きはなく、ネットで×ということは満席だと。そんなことはあるまい、と疑ってはみるものの、そう言われた以上、直接窓口に行ってやっぱり満席だったら……。ということで、仕方なく午後2時半の回をネットで取った。そして現地でチケットを機械から受け取ったついでに、窓口に確認してみた。すると、ネット席と窓口席は割り当てが違うそうで、11時の回の当日券はあったのだという。なんだ、それなら来てみればよかった、と悔やむがもう遅い(なぜ、チケットに関する認識が一定していないのだろう)。

愛おしい源九郎狐
チケットのことはともかく、狐忠信、満足しました。本物はいかにも武将らしく、狐になればやわらかく切ない感情が溢れていて、「その鼓は私の親、私はその鼓の子でござりまする」で、もうぶわっと涙が浮いてきて、鼓に付き添って守るのが孝行とか、親の諌めにしたがってお暇いたしまするとか、そのたびに涙が湧いてくる。にじみ出る狐の真情に、この狐が愛おしくて、親になって抱きしめてあげたくなった。帰り道、女子高生が「狐、かわいかったねえ」と喋っていたが、それはいわゆる「かっわゆ~い」という「かわいい」ではないようなニュアンスに聞こえた。きっと彼女たちも狐の気持ちを感じ取ったのではないだろうか。
派手さはないものの、義経、静も丁寧に思いを表現しており、忠信を含めた3者の心情が一つになったようなまとまりを感じた。
そういえば、いつもこの狐についてもやもやしたものを感じていたのは、この狐が子供なのか大人なのか、ということである。親が鼓にされたのが桓武天皇の時なんだから子供なわけないよなあと思いながら、何となく子供のような気がしないでもなかったのだ(鼓を義経からもらって喜ぶところの印象が強いのかな)。今回とくにセリフに注意して聞いていたら、「雨の祈りに二親の狐を捕らえられしその時は、親子の差別も悲しいことも、わきまえもなきまだ子狐」だったけれど、その後相応の年月が経ったとちゃんと言っている。そういう目で見れば歌昇さんの狐は、<親の子である>大人なのであった(となると、今度はそういう目をもって、また海老ちゃんの狐が見たくなってきた。だって海老ちゃんの魅力は魅力なんだもの)。
前回オペラグラスを忘れた轍を踏むまいと、今日はちゃんと持っていった。宗之助さんの赤っ面、かなりいけていた。声も高く張りあがっていたし、やや小柄でがあるが、あの優しげな女方さんが、化粧によってこうも変わるものかと感心した。
荒法師の愉快な足取りは2日続きでインプットされ、今でも首を振りながらぴょんこぴょんこしそう。

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国立へ曲がるあたりに咲く花。うだるような陽射しのもと、こういう花を見るとちょっと嬉しくなる。

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2008年7月14日 (月)

どうした海老ちゃん

714日 7月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
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開演時間を30分間違えて到着した。それも、11時開演の時の通常の到着時間よりさらに早く。東銀座駅の階段を上がって外に出た08071402kaien_2 とき、完売の割にはいやに人が少ないな、と不審に思ったのだ。それでも気付かなかった。私が早く着きすぎたんだぁくらいの感覚。やがて1040分開場というタテカンを見つけ、やっぱり~、でも20分で客を入れられるのかしら、なんて暢気に構えていたら、ふと「1130分開演」という文字が目に入った。ふわ~参った参った。外は暑くて動きたくない。ただ立っていても、じわ~っと汗が流れて目に入る。扉に一番近いところで日を除けて開場を待つ。
08071403seats_308071404azuki_4 長い長い時間が過ぎて、やっと中に入った。がらんとした座席を見ると、歌舞伎座のスタッフになったような気分がした。
中に入っても時間があり余るから、あずきアイスを初めて食べた。アイス系は、これまではおなかが弱くて食べたくても食べられなかったのだ。最近少し強くなったみたい。しかし時間が余るということは、お金を使い、さらに太ることにつながると思う。2回目の休憩も35分もあり、ついつい鯛焼きを…。
前置きが長くなった。多分、今日は感想より前置きのほうが長いかも。
08071405toriimae_2「鳥居前」

静御前の春猿さんがとてもきれいで、義経(段治郎)を見上げる顔に愛が溢れているように見えた。弁慶、誰だかわからなかった。顔がわからなくてもたいてい声でわかるんだけど、今日の権十郎さんについては、筋書きを見てしまった。忠信の海老蔵さんは、身体も動きも大きく(早見藤太の市蔵さんとの関係がライオンとねずみみたいに思えた)「荒事って好きだ」と思わせてくれるのだけど、セリフが私でも「ん?」っていうくらい、なんか無茶苦茶な感じで、ヤンチャな忠信という印象を受けた。
08071406yosinoyama_3「吉野山」
静(玉三郎)も忠信(海老蔵)も色気があり、連れ舞が美しい。義経を含めた3人の微妙な関係の雰囲気が、2人の踊りから漂ってくるようであった。美男美女を眺めるのはええもんですなあ、なんてね。この踊りは見ていて楽しかった。狐の人形使い(弘太郎)が出てくるのは初めて見たかも。今回、ここでの早見藤太の登場はなかった。
08071407sinokiri_2「川連法眼館」
これ、エンタテインメントとしては成功だけど、芝居としてはどうなの? 喜劇になっちゃったみたいじゃない? 

ケレンの部分では客席は大いに沸いたし、最後の宙乗りなんか、もうみんな目が海老ちゃんに引き付けられて、私もたくさん拍手しながら「海老ちゃん、吊られてるのにはしゃぎ過ぎ~」なんて嬉しがったりしたし(ふと、義経・静のいる舞台を振り返ったら、定式幕が引かれている最中で、かろうじて2人が寄り添って忠信を見送っているのが見えた)、宙乗り小屋から桜吹雪が吹き出してきた時もきゃっきゃッ喜んだし、荒法師とのユーモラスな立ち回りも楽しくて、帰り道、あのリズムに合わせてぴょんこぴょんこ踵で跳ねて歩きたくなっちゃったし。
でも…。

海老ちゃんの義太夫ものについては色々批判があるのは知っている。私もそれに頷くこともある。だけど、海老ちゃんにはそれを超える、たまらない魅力があるとも思っている。だけど、だけど、肝心の涙を誘う場面であんなに客席に笑いをもたらしてしまってはねえ……(私は笑わなかったけれど、泣けもしなかった)。それが海老ちゃん狐に対する親しみの笑いだとしても、だ。1811月に演舞場でやったときも笑いが起きていたと自分で記録しているけれど、あのときの海老ちゃん狐はセリフはともかくいじらしさと哀れさが感じられて、けっこう感動したのだ。それが、今日はねえ……、どうしたんでしょうねえ。
ぴょんこぴょんこ心の中で跳ねながら、国立の「四の切」をもう一度、無性に見たくなったのでした。
<上演時間>「鳥居前」46分、幕間35分、「吉野山」38分、幕間35分、「川連法眼館」71

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2008年7月12日 (土)

何度見ても楽しい

712日 公文協巡業東コース(群馬県民会館、昼の部)
「操り三番叟」
暑いさなかの旅の疲れも見せず、どころか、ますます快調な亀・亀コンビである。亀治郎さんのジャンプは高く、動きは滑らかやわらかで、一挙手一投足に目が惹き付けられる。実は巡業2度目の今回は、亀鶴さんウォッチングでいくつもりだった。でも、亀治郎さんの三番叟を見ずして亀鶴さんだけに集中することはできなかった。右目で亀治郎さん、左目で亀鶴さん、という感じで楽しんだ(そんな器用なこと、本当にできたのかな)。
客席も大沸きで、拍手喝采。「操り三番叟」は何度見ても飽きない、面白い。
しか~しbomb。後見が三番叟を箱から出し、舞台中央に連れてきて、糸を確認して、三番叟を立ち上がらせる、というこの出だしの場面の時、遅刻の集団が入ってきた。私の数列前の席の人たちだったが、わさわさと座席の中に入り、それからおもむろに座席番号を確認し合い、あんたはここ、あんたはそこじゃない、などと舞台に背を向け立ったまま、身を屈めもせず、一度座った人を立たせて移動させたりして、まあ後ろは迷惑この上ないannoy。同じグループ(家族かもしれない)なんだから、その中で座席番号が少しズレたっていいじゃないの。ともかく舞台は始まっているんだし、そのせいで最初のいいところが見えなかった人だっているはず(私は幸い、かろうじて見えた)。思わず「早く座れよ」という小声が出てしまった。後ろからも「早く座ってよ~」という声が聞こえてきた。
遅刻するのは仕方ないにしても、最低限のエチケットは守ってほしい。
「口上」
以下に、相当端折って内容をご紹介する。

亀治郎:風林火山の応援ありがとうございました。テレビや映画は、観客がお菓子を食べながら見ていようと寝ていようと一方通行でしかないが、生の舞台はそうではない。役者が一生懸命に演じてお客に元気になってもらえるようつとめる。お客はそれに反応して舞台の役者に元気を返してくれる。そういう気のキャッチボールが芝居だと思う。群馬の暑さに負けず、暑い声援をお願いします。
亀鶴:先ほどの「操り三番叟」の後見、これからやる「弁天」の南郷力丸をつとめている、よろしく。
竹三郎:ご当地初お目見え。ごゆっくりと観劇を。
桂三:役者としては8年ぶりの前橋だが、私的には毎年8月、信濃(桂三さんの声の届きがちょっと悪く、信濃だったかどうか定かではないが、多分信濃)からの帰りに立ち寄っている。
巳之助:今日は前橋育英高校保育科の学生さんが来ているが、自分もこの3月までは高校生だった。歌舞伎は難しいと思われがちだが、「弁天」は「水戸黄門」が見られる人なら大丈夫、楽しんでいって。なかなか気が利いた挨拶で、感心した。
段四郎:久しぶりの前橋。歌舞伎界では81歳、90歳の役者が現役で活躍している。当一座は平均年齢が若い(亀・亀さんは30代、巳之助クンは18歳だからね)。70代の竹三郎さん、60代の自分も若者のパワーに負けぬよう頑張る。21世紀の歌舞伎を背負う若者をよろしく。また、日本の宝から世界の宝になった歌舞伎をよろしく。この東コースの巡業のスケジュールは、非常にきびしそうだ。日程表を見ていると、役者さんはつくづくタフだと思う。竹三郎さんも段四郎さんも、ここまでは上々のコンディションのようで、一安心。千穐楽でまた、お元気なお姿をお見受けできると楽しみにしている。
「弁天娘女男白浪」
最初から最後までかなり受けていた。わかりやすいストーリー、ユーモラスなやりとり、目を引く華やかさ。花道がないこと、舞台が狭いことなど、やりにくい部分も多々あるだろうけれど、客が喜ぶという意味では、巡業向きの演目だと思う。私も何度見ても楽しい。浜松屋と稲瀬川だけ見たってもちろん面白いが、5月に通しで見たから楽しさは倍加している。
亀治郎さんのお浪はとてもチャーミングで、それだけに男に戻ったときとのギャップが大きく、笑わせる。赤い襦袢をぱたぱたさせて「あ~あつい」とやるところなんか、今日はかなり大胆だったように思う。というか、全体に亀ちゃんは思いきりこの役を楽しんでいる。初日に比べて自由奔放さが感じられる。それがこちらの心もほぐし、弁天と同じ気持ちにさせる。
何度も言うようだが、力丸との引っ込みは、たまらなく好きだ。亀・亀の弁天・力丸にはやはり友情以上のものがみえる。
この2人には、不思議な柔らかさがある。菊之助・松緑コンビはもっとスキッとした、竹を割ったようなという表現が相応しい江戸っ子ぶりだった(と私は思っている)。でも亀・亀コンビはそういうのとは少し違う。どことなくはんなりしているのだ。そういえば、亀治郎さんにあまり江戸っ子という雰囲気は感じないなあ。この前の菊五郎・左團次コンビと私が見たのは3組だけど、どのコンビにもそのコンビなりの良さがあり、どれが一番好きとは選び難い。
あ~、楽しかった~。
群馬県民会館は、座席が舞台を見やすいように配置されている。埼玉芸術劇場もそうだが、椅子が舞台中央に向けて設置されているので、自然に体が舞台を向く。また前の列とずらしてある劇場は多いが、それでも前の人の頭が視界に入るのが気になることは多々ある。ここは、それが全然なく、舞台がよ~く見えた。

<上演時間>「操り三番叟」20分、休憩15分、口上10分、休憩25分、「弁天」80

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2008年7月 8日 (火)

親子初役の千本桜

77日 歌舞伎鑑賞教室「義経千本桜 河連法眼館の場」篇(国立劇場大劇場)

歌昇さん初役の狐忠信。種太郎クンも初役の義経。この親子がまともに渡り合う芝居はこれまであまりなかったんじゃないかなあと思っていたら、やはりそのようで、解説書で種太郎クンが、「今回はバッチリ父と組み合える、ただ父は父で大変だろうから、心配かけて足を引っ張らないようにしたい」と語っている。
種太郎クンは最近私にとって注目の若手だからだろうか、これまで義経のセリフってそんなにないと思っていたのが案外よく喋っていて、認識を新たにした。若い義経サンは、教科書的かもしれないが丁寧な演技の中に、品格も大将としての大きさも窺えた。

実は私、暑さボケのせいか、オペラグラスの存在が頭の中にまったくなく、隣の方が出したのを見て初めて「あ゛~っsmile」と思い出したくらいで。私の視力では舞台の上の人物の顔はそれほどよく見えない。失敗したなあ、と後悔しきりだったが、そのおかげで、というか普段なら大きな目のインパクトに吸い込まれてしまう高麗蔵さんの女方が全体としてつかめたのは収穫だった。高麗蔵さんの動きには近くで見ていてはわからなかったなよやかさがあり、若い種太郎クンとのコンビにも違和感を覚えなかった。

歌昇さんは、まず本物の忠信での登場が押し出しよく、立派。狐はやや敏捷性に欠ける気がした。一つ一つの動きは綺麗なのだが、まだ身のこなしを完全に自分のものにしていないという感じだろうか。そこを歌昇さんの表現力とポイントポイントの形のきれいさで押し切って、けっこう納得させられる。
ただ、音羽屋型の狐だからそれほど派手さがないのはわかっているのだが、それ以上に全体に地味感が拭えなかった。そのせいか、眠りこけている学生が相当数いたように思う。最前列でが~っと寝込んでいて、ケレンに拍手や歓声が沸くと「なに、なに?」という感じで辺りを見回す姿を見ると、もったいないなあと残念だ。そういう私も、前半動きの少ないところではちょっと寝たから、あまり人のことは言えない。

<上演時間>「歌舞伎の見方」30分、休憩20分、「河連法眼館の場」80

おまけ:ココで、「河連法眼館の場」に使われている仕掛けを見ることができる。タネを知る面白さは満足させられるが、そのいっぽうで知らないほうがよかったかも感もちょっと湧いた。

ところでサミットにより都内も厳戒態勢。永田町駅では警備のおまわりさんの姿をたくさん見た。写真は半蔵門駅。このあたりにも2人ほどいたおまわりさん。最近ピントの甘くなってきたカメラをいつまでも構えていると怪しまれそうで、ドキドキしながら大急ぎで撮影した。
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鼓に「おお~」:歌舞伎の見方

77日 歌舞伎鑑賞教室「義経千本桜 河連法眼館の場」歌舞伎の見方篇(国立劇場大劇場)
上から見下ろす1階席は高校生でいっぱい。いつもの如く、まあ賑やかなこと。幕があいて盆がせりあがりながら回り始めてもなかなかお喋りがやまない。せりの一つにうずくまるようにして何やら白いものが乗っている。やがて、黒御簾からなる笛の鋭い音に反応してその白いもの(それは狐サンであった)が起きだすと、客席はやっと静かになった。狐は跳ねながら花道スッポンへと姿を消す。と入れ替わりに、澤村宗之助さんが上がってくる。スッポンエリアの学生たちが伸び上がって覗き込むのが微笑ましい。
宗之助さんはまず、回り舞台せり花道スッポンについて簡単に解説した。花道は実際に歩いて、客と役者の距離が近くなる(物理的にも心理的にも)ことを実践して見せた。役者の出にはチャリンと音がして揚幕が上がるから、この音が聞こえたら揚幕のほうを見るように、と。この言葉に私は思わずニヤリとした。そうでなくても狐忠信の初登場には揚幕内で大きな声がするし、花道にも照明が入るからそちらに目をやってしまうが、まあ最初はだまされるのが楽しいだろう(なんちゃって、ベテランぶってるね。私も最初だまされたから、悔しくて以後はいつも気を張って見逃さないようにしているけれど、初回の驚きは新鮮だったなあ)。
義太夫の説明では「面談せんと義経公、一間の内より出でさせ給い」の一節が語られた。その後「義太夫さんから告知があるそうです」と宗之助さんが言うから、何か面白いネタでもあるのかと思ったら、普通に研修生募集の大まじめな告知で(勝手な想像をしてすみませんcoldsweats01)、かえってそれが客席の笑いを誘っった。
この後黒御簾の説明があって(狐の出の音楽を演奏)、最後はツケ。手紙をはらりと落とす仕草にツケを入れて場面を印象付けることをまず見せて、その後男の歩き、女の歩き、見得のツケを紹介した。ここでタイミングよく大向こうの「紀伊国屋っ」。たいがい「誰が声をかけてもいいんですよ。いいと思った場面ではどんどん声をかけてくださいね」というところだが、宗之助さんは「大向こうのタイミングはむずかしいので、あまり真似しないように」とクギを刺す。もしかしたら最初は「声をかけてくださいね」だったのが調子に乗った学生の掛け声に辟易して、方針変更になったのか。あるいは時々聞かれるおかしなタイミングの掛け声を牽制したのか。そんな穿った見方をしてしまった。
★鼓

ここまではごくオーソドックスな歌舞伎全般に関する説明だったが、ここからは今日の演目の説明に入る。舞台に義経と静の絵が描かれたパネルが登場し、義経(だったかな)が手にした絵の鼓があらあら本物の鼓に変わった(セロのハンバーガーかsmile)。
宗之助さんの質問に鼓方さん(お名前失念)が答えるという形で、鼓のことがいろいろわかってくる。鼓は胴と皮、そして紐から成り立ち、胴は硬い木(何の木だったか、聞きそびれた)、2枚の皮は馬の皮(牛もあるが馬が多い)、2本の紐(縦しらべと横しらべという)は麻を紅花で染めたものなんだそうだ。
鼓方さんはばらばらになっていた皮と胴を手にすると、紐を張ってアッという間に鼓を組み立てた。「おお~っnotes」こういうシーンは初めて見たから興味深い。
左手にもった紐を握って打てば高い音(「ちぃ」というらしい)、離すと低い音(「ぽん」の音)が出る。したがって左手の動きで音の高低を打ち分けているとのことであった。

さて、この後、鼓の紐で縛られた静(京紫)を助ける忠信(蝶十郎)の場面が演じられ、「河連法眼の館の場」にどう繋がるかが説明された。そして宗之助さんが狐の動きでスッポンへ。入れ替わりにさっきの白い狐が上がってきて(出だしとちょうど逆になるという仕掛け)、狐六方で花道を引っ込んで「歌舞伎の見方」はおしまい。私にとっての今回の目玉は鼓かな。
鑑賞篇に続く。

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2008年7月 4日 (金)

反省しきりの観客

72日 松竹大歌舞伎中央コース昼の部(北とぴあ)
錦之助さんの襲名披露公演である。そういえば、信二郎さんが錦之助になってずいぶん長い間、ついつい「信二郎さん」と呼んでしまっていたが、いつの間にやら錦之助という名前がご本人に馴染んできたのだろうか(私がなじんだだけか)、今では錦之助以外の名は考えられなくなってきている。イヤホンのインタビューでは「錦之助という名は歌舞伎ではそれほど大きな名前ではないのでそういう意味での重圧はないが、よく知られた名前だから期待を裏切らないようにしたい」というような意気込みを語っていた。

まずは「橋弁慶」。五條の橋は置かない。梅枝クンが素晴らしい。まだ牛若丸時代なのにすでに大将としての品格を備えていて、その一方で少年らしい軽やかな身のこなしで、一挙手一投足に胸が躍った。松江さんの弁慶は薙刀の扱いが大変だったと思う。巡業の宿命とはいえ、花道がわりの袖はもちろんのこと、本舞台でも大きな動きがしづらそうで、ちょっと気の毒だったなあ。それでも弁慶の豪快さは伝わってきた。今回は、能の詞章をそのまま使った「橋弁慶」とそれをもとにして作られた「五條橋」を再構成したものだそうだが、これまで「橋弁慶」をそれほど真剣には見ていなかった私には違いはわからない。でもコンパクトながら、「橋弁慶」をこんなに面白いと思ったのは初めてかも。
「口上」。下手から時蔵、梅枝、錦之助、梅玉、松江、東蔵という並び。女方のつくりは時様1人。裃はそれぞれの家の色で、萬屋、高砂屋が芝翫茶、加賀屋は加賀藤(かな?)。まず梅玉さんが錦之助襲名の紹介をした。梅玉さんは初代錦之助さんの歌舞伎座公演でいっしょに舞台に立ったことがあると懐かしそうに語られた。続いて時蔵さんが「弟・信二郎の襲名」(時様のこの当たり前の一言に、私いつもぐっと込み上げるものを感じてしまう)公演に来てくれたお客さまにお礼を述べ、初代は頼もしい叔父だった、二代目も叔父のように花も実もある役者になってほしいと。梅枝クンは、「襲名公演に参加できて嬉しい。牛若を努めている。未熟だがよろしく」との挨拶。そして二代目錦之助さんは歌舞伎で代々継がれる名前にしていきたいと決意を語った。
ここで梅玉さんが当地初お目見えの松江さんの襲名も披露した。ともに手を携えて精進したいとの言葉であった。松江さんになってから2年以上もたつし、前名は息子さんが継いでいるからすっかり忘れていたが、この口上を聞いて、「そうだ、松江さんは玉太郎さんだったんだ」と何か変な気持ちになった。だって、玉太郎という名を聞けば、今はあの愛らしいちび玉ちゃんしか思い浮かばないんだもの。
東蔵さんは「錦之助さんの大らかな人柄は大好きで仲良くしている。襲名後一回りも二回りも大きくなって嬉しい。松江のこともよろしく」と、2人の襲名を喜ぶ言葉。最後に松江さんが、錦之助さんの襲名を祝うとともに、自分も精進するのでよろしくと結んで、口上は終わり。
プログラムを見ると、東蔵さんは、自分は生粋の歌舞伎の家の出ではないので移民のような感じがあったが、今では三代目ができてやっと歌舞伎国の国籍を得た思いだ、と語っている。東蔵さんの若い頃を知らないのが残念だが、私は一つの新しい歌舞伎の家の歴史を見ているのだなあ、歌舞伎の家はこうやってできていくのか、と興味深い(と言っては失礼かな)気がした。

「毛谷村」。染五郎・亀治郎という初々しいコンビが記憶に新しいが、何しろ私が時様に惚れちゃったのが、162月の「毛谷村」。2度目のお園拝見が楽しみだった。口上のときにはちょっと疲れているんじゃないかと心配した時様だが、お園はきれいで愛嬌もほどよく、私の大好きな「照れる(恥ずかしがる)」場面では本当に可愛らしかった。弥三松を抱えて小刀をふりかざす姿なんて美しかったわ~。
染・亀コンビのときの微塵弾正であった錦之助さんが今度は六助。歌舞伎って面白いわ。そして錦之助さんにかわる今回の弾正は松江さん。悪党ぶりが憎々しい。演舞場では錦之助のワルもいいと思ったが、松江さんのほうがふてぶてしい。
錦之助さんの六助には、端正な大らかさがあり、演技がとても丁寧で一つ一つの動きやセリフに得心がいくような感じを受けた。微塵弾正の裏切りを知ったときの怒りには、劇場じゅうの空気が震えるような迫力があった。また剽軽さもあり、時様とのアツアツぶりにはこっちが照れて思わずニヤニヤしてしまった(染・亀に比べて大人なカップルでした)。
ところが、この日のお客が大人しかったのか、いい場面で拍手が湧かない(「橋弁慶」もそうだった)。大向こうはさかんにかかるのだが、ここ拍手でしょ、っていう場面でもし~ん。いや、反応がないわけではない。けっこうあちこちから「ああ~」という納得の声や、面白い場面では笑い声なども起こっていた。私のまわりでは、ちょっと睨みつけたくなるくらい、お喋りがあっちこっちから聞こえてきた(声が大きいのだ)けれど、友達どうしあるいは家族で一つ一つの場面の感想を喋ったり頷きあったりするのも巡業ならではなのかもしれない、と思い直した。でも、踏み石がめりこむ場面なんてやっぱり拍手ほしいでしょう。ちょっと大人しすぎてこっちが居心地悪い気分になっていたところ、弥三松の子役ちゃんの見得の可愛さに拍手喝采。
う~む。全体に何となく盛り上がりに欠けたのかなあ。お幸とのやりとりが、イマイチ…。今回は忍びとのからみもあったが、ここも…。それでも見せ場は色々あったもの、私が拍手しちゃえばよかったなあ。でも1人拍手になったらどうしよう、って気の小さい私は何度も手を叩きかけてはためらってしまったのだ。心の中でいくら大きな拍手を送っても、役者さんには聞こえないよね。自分が率先して拍手を送るというおこがましいことではなく、私自身が盛り上がったところで自分の気持ちを伝えるために拍手をためらうべきではなかったと、今反省しきり、後悔しきり。だから、幕が引かれるときには思い切り大きな拍手を送った。
「神田祭」。鳶頭・梅吉(梅玉。梅玉さんが梅吉って)と若い者のからみが楽しい。「待ってました」の声にすかさず「待ってましたとはありがたい」と梅玉さん。やっぱり舞台が狭いから動きにくそうな感じは否めないけれど、トンボには拍手が湧いて、ちょっとほっとした。梅玉さんの江戸っ子ぶりというのは、やわらかみが多分にあって、本来私は菊五郎さんの江戸っ子が一番好きなんだけど、梅玉さんの持ち味もかなりいいなあと思うのでありました。


この巡業も今日から3日間秋田の康楽館での公演になる。ということでちょっと遅くなってしまったが、北とぴあでのご報告でした。秋田では大いに盛り上がっていますように。
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上演時間>「橋弁慶」15分、幕間15分、口上10分、幕間20分、「毛谷村」75分、幕間10分、「神田祭」15分(多分。メモし忘れた)

はぷにんぐ?「橋弁慶」で弁慶が袖から出てくる前に、どこかから2度ほどしゅるしゅるしゅるしゅるという大きな音が聞こえてビックリしたが、これ揚幕内での音だったかも。それから、何のときだったか、携帯の着信音と思われる曲が鳴った。かなり長い間鳴っていたし、誰かが慌てる空気もなかったように思うので、着信音とは断定できないけれど、消去法でやっぱりあれは着信音かなと。

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2008年6月30日 (月)

幸せな6月最後の日:巡業東コース

630日 松竹大歌舞伎東コース初日昼の部(江戸川総合文化センター)
「操り三番叟」
亀・亀コンビの「操り三番叟」が見られるなんて、もう早くから楽しみでした。
緞帳が上がり、下手の揚幕から後見役の亀鶴さんが登場。扇を前に置いて挨拶し、結界を張る。そして三番叟の箱を開けると、中からぺったりとうつ伏せになったお人形が現れる。客席がどよめいて、すでにここから楽しげな雰囲気に包まれる。亀鶴さんの糸によって動きを与えられた亀ちゃん三番叟は軽快に踊りだす。
三番叟はまばたきをしない、重心を上のほうに置いて踊る(したがって足に力を入れない)のだそうだ。そう言われて見れば、たしかにそうで、飛んだり跳ねたりがただのジャンプではないのはそういうわけか、と今更ながら納得。澤瀉屋の三番叟は、イギリス人ダーク(だと思う、自信ない)が紹介したマリオネットを猿翁が取り入れたスタイルで、振りが華やかなのだそうだ。膝とび、くるくる連続回転、高いジャンプ、次々繰り出される見事な技に、客席は拍手の連続。糸がからまったところでは、後見の慌てぶり、人形のからかうような動きにあちこちから笑いが聞こえる。私も嬉しくって、見ている間じゅうニコニコしていたような気がする。
亀鶴さんと亀ちゃんは仲良しだということだが、さすがにぴったりの呼吸で、操る側と操られる側の見えない糸による動きがよく合っている。足踏み(人形は足踏みの音を出さない、後見が出す)は亀鶴さんの視線がしっかり亀ちゃんを捉えて、強弱もリズムも亀ちゃんの動きに合わせてトントン、ドンドンと踏み鳴らす。
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分がアッという間に過ぎてしまった。
「口上」
口開きは亀ちゃん。この巡業は総勢44人という構成だそうで、時期が時期だけに、巡業は暑さとの闘い、体力的に苦しいものがあるが一生懸命つとめると決意を述べると、客席から「ガンバって~」という掛け声。亀ちゃん、うれしそうにお礼を言ってました(疲れはお客の反応次第で吹き飛ぶようですよ)。6月は舞台を休んで「七瀬ふたたび」のロケがあったが、そのロケでよく訪れたのが新小岩だそうだ。そこからの巡業スタートというのもちょっと面白い。亀鶴さんと竹三郎さん(浜松屋幸兵衛)はほとんどご自分の役名紹介のみ、竹三郎さんはご当地初お目見えだそうだ。桂三さんは最長老の竹三郎さん、そして段四郎さんというメンバーの中で自分はまだまだ若いと。巳之助クンは初巡業に対する意気込みと緊張が感じられた。段四郎さんも当地初お目見えだそうで、70歳!の竹三郎さん、18歳の巳之助クンの参加が嬉しい、未来の歌舞伎を背負って立つ大事な人材である若者をご贔屓に、と。口上はこれからあちこちの地方ごとのご当地ネタが含まれることでしょう。それも巡業の口上の楽しみですね。
「弁天娘女男白浪」
先月團菊祭で感動した弁天小僧、それを亀ちゃんがどう演じるのか期待が高まる。亀ちゃんは浅草、三越劇場、そしてこの巡業で3回目の弁天なのだそうだ。澤瀉屋の解釈では、弁天と南郷に同性愛的関係があるということで、それに準じて演じるとイヤホンガイドのトークで言っていた。亀ちゃんの弁天には両性具有性がかなり明確に感じられたし、たしかに、男とバレてからも南郷にすっと寄り添ったり、べらんめえ口調ながらどこかにやわらかさというかしっとりさというか、南郷への甘えみたいなものが現れていたように思う(菊五郎さんや菊之助さんとは違った味わいがある。面白いものだ)。南郷はこれまでも弁天をやさしく見守っているようなところが感じられたが、亀鶴さんの南郷(イナセでかっこいいのよ)にはそれを超える感情が見えた、というのは先入観によるものだろうか…。
稲瀬川勢揃いの場は、舞台が狭いためにちょっと苦しく、ちょっと小粒感ありかなあ。花道での渡りセリフは、忠信、赤星、南郷は袖、弁天と日本駄右衛門が舞台にはみ出すという並びになった。また土手下でのそれぞれの名乗りもあまり動きが大きく取れない。その中で、亀ちゃんの名乗りは気合たっぷり、拍手喝采。私、猿之助さんの舞台って全然知らないに等しいんだけど、それでも亀ちゃんの弁天はとく声が猿之助さんに似ているんじゃないか、って思った(全然違っていたらごめんなさい)。また、さ行の発音が段四郎さんに似ている。ただ、私自身の耳のせいか、亀ちゃんの声が時々こもってしまい、ちゃんと聞き取れないことがあって残念。5人の中で一番個性を出しづらくて難しいんじゃないかしらと思う忠信の桂三さんはベテランらしく落ち着いた口調で、一番若い巳之助クンの赤星は初々しく立ち姿がとてもきれい。亀鶴さんの名乗りはキレがあって惚れ惚れ。
段四郎さんが6月歌舞伎に続いて、ここでも安定していてとってもいい。日本駄右衛門には温かみがあり、大勢の部下に慕われる人物であることがよくわかる。
舞台が狭いから派手な立ち回りは一切なく、5人それぞれの両側に捕手が立ちふさがり、という程度で終わった。
「操り三番叟」にしても弁天にしても、大変わかりやすく、かつ何度見ても楽しい演目で、巡業にはぴったりだと思う。
怒涛の6月の最後を飾る東コース巡業初日(東コースといいながら、なぜか丸亀がある)、幸せな2時間半でした。
<上演時間>「操り三番叟」20分、幕間20分、「口上」10分、幕間20分、「弁天娘女男白浪」75
おまけ1本日初披露となる「第六回亀治郎の会」のチラシをいただいてきました。暗い砂浜で目を瞑っている俊寛、都を思っているのか。見開きの表紙を開けば、中は艶やかな白拍子花子の絵姿。今年は大劇場とはいえ、たった2回公演だからチケットきびしいだろうな。チラシは亀治郎さんのHPでも見られます。
おまけ2開演前、ロビーで守田菜生さんの姿を見かけたと思ったら、後方の席に三津五郎さんが。父娘並んで巳之助クンの応援というところでしょうか。
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会場の江戸川総合文化センターは、そこだけ異空間のような深い緑の先にありました。
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2008年6月27日 (金)

いろんな歌舞伎が見られて幸せ

626日 六月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
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080627susiya 「すし屋」

権太は去年、仁左様で大泣きしたんだっけ。吉右衛門さんのうまさは語るまでもないが、独特の粘り気のあるワルよりスカッとしたワルのほうが好きだ(あくまで個人的好みの問題です)。と言いながら、本来権太は吉右衛門さんタイプなのかなあとも思う。「すし屋」って3度目だけど、「木の実」が一緒に上演されたのは1度だけ。やっぱり「木の実」を経て「すし屋」に至るほうがわかりやすくていいと思った。
吉右衛門さん、あんな大きな図体で母親にちょっと甘えてみせるところなんか、あれじゃおっかさんコロっと言うこときいちゃうよなあ。自分の女房子供を犠牲にして鎌倉に連行させる場面はさすがにうるうるきて、やがて乾いた目が、死を迎えた権太の腰にしがみつく泣く母親(吉之丞)を見たら、またうるうるした。子供のことが本当に愛おしいという吉之丞さんの表情がとても好き。父親(歌六)と母親の、もっと嫁・孫の顔を見ておくんだったという後悔は胸に迫る。早まった子殺しは、合邦を思い出させた。
染五郎さんの維盛はきれいで品格があった。どの「すし屋」でも維盛のセリフはみんな同じだろうに、今回の染五郎さんが一番饒舌な印象を受けた。何となく無口な人という印象をもっていた維盛だけに人間味を感じた。
それに比べて若葉の内侍(高麗蔵)はどうも情が薄いように感じてしまう。別に高麗蔵さんのせいではなくて、これまで見た2回でも同じように思ったから、この芝居における若葉の内侍の性格づけがそうなのだろう。平家御曹司夫人の気位なのか。でも、お里に嫉妬したのを見て、ちょっと安心した。
芝雀さんって前はちょっと苦手だったのだけど、この頃かなりよい感じに思えている。芝雀さん独特のセリフまわしと相俟って、お里の一途な愛らしさが胸を打つ。お里ってお舟に通じるものがある。
段四郎さんの梶原は、すべてを胸に含んていることを感じさせる。安定感のある段四郎さんは、とても個性的でうまいなあと思う。
実は、最前列にすごくインパクトの強いオジサンがいて、とくにこの「すし屋」ではひっきりなしに(という印象をもつくらい)声を掛け拍手をし(1人拍手だ)で、そっちに気を取られてしまい、ちょくちょく集中力が途切れたのが残念だった。
しかし、歌舞伎って義経千本桜が好きだよなあ。来月なんか国立と歌舞伎座で千本桜、それもどっちも「川連法眼館」だもの。
080627zazen 「身替坐禅」
仁左様の右京には勘三郎さんみたいなやわらかさは感じないのだけれど、そこはかとなくはんなりしていて、とっても好ましい。奥方がだまされたことを知って、「最初から言ってくれれば一晩くらい許さないでもなかったのに」と言う気持ちがわかるような、甘えられたらゆるしちゃう~みたいな愛嬌がある。
驚いたのは段四郎さんの玉の井。これまで見たどの奥方もみんなそのご面相からは想像もつかない愛らしさがあったが、女っぽさでは段四郎さんが一番。段四郎さんの女方といえば、私が見たのはたぶん八汐くらいで、玉の井も確かに表情を作れば恐ろしくもあるけれど、必要以上にデフォルメせず、色気さえ感じられる。右京もこの奥方にいじめられるのを喜んでいるような、じゃれあっているような、普段は仲の良い、そんな夫婦だろうなと微笑ましかった。
もう一つ、段四郎さんの手が亀ちゃんの手に似てとてもきれい。普段の悪役などだと指を揃えて反らすような動きはなかなか見ることができないが、段四郎さんは手の動きも亀ちゃんと似ていて、その辺も女らしさを感じた理由かもしれない。
錦之助さんの太郎冠者は立ち姿美しく、節度があり、剽軽さもあって、うってつけだと思った。
巳之助・隼人クンの千枝・小枝には目を引かれた。巳之助クンはびっくりするほど美しく、踊りにもテンポがあり、立役より女方のほうが合うように思った。声が安定してくれば、絶対いい女方になると思う。隼人クンはまだまだ基本に忠実といった感じで固いところがあるが、1年前に比べたらなんと成長したことか。基本的に立役向きかと思っていたけれど、国立で見た「堀部彌兵衛」のさちといい、女方も悪くない。
080627koheiji 「生きている小平次」
怖い。自分のしたことに怯えて幽霊を作り出すことが怖い。現実的な女のしたたかさが怖い。
幕があくと、薄暗い湖だか沼だかで幸四郎さんと染五郎さんが釣りをしている。一瞬、ビールの親子CM?と思ったけれど、とんでもない、雰囲気は何とも鬱々としている。この2人が友人どうしだっていうのはちょっと苦しいかな。幸四郎さんの太九郎(耳から聞いただけでは、どうしてもGLAYのタクローが浮かんで困った)は意外によかった。福助さんはこういう役になると、生き生きと思い切り楽しんでやっている感じ。染五郎さんも不気味で、初めてこの演目を見る私は、ところどころで思わず「うわッ」とか「ひっ」とか声を出してしまった。ぬっと現れるユーレイ系は昔から苦手(えっ、小平次は本当に「生きている」の?)。筋書きにある「ふたりのあとを小平次に似た人間が、じっと見送っているのであった」が思わせぶりで怖い。
080627threedolls 「三人形」
傾城(芝雀、艶やか)、奴(歌昇)、若衆(錦之助、さわやか)の3体の人形が箱から出てきて、魂を入れられ踊りだすという趣向だが、人形であることが前面に出ることはなく、おニブな私など、3人が人形だということをすっかり忘れていたくらい。
奴姿の歌昇さんがどうしても猿弥さんとかぶる。3人の中では奴が一番動きが激しくて(全体にきりっとしながらやわらかさも併せ持つ踊りで、とくに足踏みの小気味よいリズムは見ているこちらとしても楽しい)、一踊りして後ろにさがった歌昇さんは後見さんに顔の汗をしっかり拭き取ってもらっていたし、床机に腰掛けると肩で大きく呼吸をしていた。
コクーンのエンタ歌舞伎もとても楽しかったけれど、歌舞伎座の歌舞伎はやっぱり落ち着くし、楽しい。いろんな歌舞伎が見られて幸せです。
<上演時間>すし屋106分、幕間30分、身替座禅55分、幕間15分、生きている小平次48分、幕間10分、三人形25分

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