7月最後は巡業ハシゴ:竹三郎さんバンザイ
7月31日 巡業中央コース千穐楽昼の部(板橋区立文化会館)
同日 巡業東コース千穐楽夜の部(練馬文化センター)
左:板橋 右:練馬
怒涛の6月なんて思っていたら、7月のほうがもっと怒涛だった。その怒涛を象徴するような巡業千穐楽のハシゴ
。
中央コース(錦之助さん)は当初の予定には入っていなかったのだが、初日に拍手し足りなくて、モヤモヤしていたから、何とかもう一度行こうと思っていた。千穐楽なら池袋を中心に、昼の部は東武東上線、夜の部は西武池袋線と、なかなか便利。間に1時間以上余裕があったので、本日最初の食事をビールとパスタで摂ることもできたし(夏は1人でも
だぁ)。
中央コースは、やはり地味感は拭えないけれど、大向こうは盛んにかかっていたし(よっぽど私も声かけちゃおうかと思った。どこかで女の人の声がかかっていたら、やってしまったかも)、今日はバッチリ拍手もできたので満足。
さて、ここから確信犯的超こじつけ比較。「橋弁慶」と「操り三番叟」。後者はもちろん、後見が三番叟を操るのであるが、時としてどちらが操られているのかと訝しむような場面もあり、それが面白い。前者は、弁慶が牛若丸を侮って操ろうとし、逆に操られ降参する。と考えれば、なんか似ているじゃない。
踊りは両方ともとても楽しかった。初日もそうだったが、弁慶は舞台が狭いため、やはり動きが制限されてしまうのだろう。とくに花道ではない花道での動きは工夫して大きく見せているものの、やはりきびしそうだ。後ろの壁に弁慶の影が大きく写って、案外それがいい効果を出していたように思う。
三番叟は、細かい足踏みと音が揃っていないような気がしたが、どうだろうか。今日は3回目にして初めて前のほうの席に座れたが、こと三番叟に関しては、後ろで全体が眺めたときのほうがよかったかもしれない。というのは、前で見ていると、亀鶴さんと亀治郎さんの距離が妙に遠く感じてしまうのだ。1つの視野に入ってこないからなんだろうと思う。そのため1人1人はいいのに、2人の連携にイマイチ物足りなさを感じた。
「毛谷村」と「弁天娘女男白浪」。前者は男装の麗人、後者は女装のイケメン。いずれもバレて…あ、似ているのはそこだけか。この企み、あえなく失敗。いや、もう一つ思い出した。手拭の存在である。前者はお園が六助の胸元からひょいと手拭を抜き出し、姉さんかぶりする。後者は、鳶頭が投げた手拭を弁天が頬かむりする。それだけのことでした。
錦之助さんの六助は変わらず真面目なんだけど、初日に比べてずいぶんこなれている感じを受けた。わたし、この六助、とても好きです
。今日の時様、錦之助さんにお顔がとても似ていた。東蔵さんは初日はあまりピンと来なかったが、今日はよかった。子役ちゃんがかわゆい。
弁天では、亀鶴さんに大きさを感じた。澤五郎さんの番頭が、後で悪事がばれることを知っている目には、いかにもといった印象だ。竹三郎さん、実はこの前の口上でとても感動的な場面があったので、それがオーバーラップしたのか、呉服商なら当然お金にシビアなところがあってしかるべきなのに、弁天たちに対する表情が慈悲深いような哀しいようなものに見えて、印象に残った。
「口上」。中央コースは初日とほとんど変わらない内容で、オーソドックスなものであった。そこで東コースだけご紹介する。まず口を開いたのは亀ちゃん。暑さとの闘いだったが1人も欠けることなく千穐楽を迎えられた。巡業が終わると、巳之助クンはすぐ舞台。8月は「1部も2部も3部もすべて出ますから、1部も2部も3部も見てください」と強調して笑いを誘った。亀ちゃん自身は9月は演舞場と歌舞伎座、10月はNHKのドラマで、白塗りでなく素顔で出ます、と。そして昭和7年生まれ75歳の竹三郎さんのことになった。自分はこのまま帰ってしまおうかと思うこともあったりしたが、70過ぎての巡業はとても大変なのに竹三郎さんは弱音を吐かず頑張ってこられた。自分が子供の時明治座で共演し、まだ幼くて顔のことができない自分の顔をやってくれたのが竹三郎さんだった。関西歌舞伎の竹三郎さんには喜寿でぜひ「河庄」の紙屋治兵衛をやってほしい、そうしたら自分が小春をやる(それ、絶対見に行きます)。それから、「これは無理だと思いますが、私より先に死なないでほしい」と。
すると竹三郎さんがしきりに顔を拭き出した。私は亀ちゃんにいじられてテレて汗をかいているのかと思ったら、なんと、竹三郎さんは涙を拭いておられるのであった。口を開いたとたん、「今の亀治郎さんの言葉で…泣くまいと思っていたのに泣いてしまいました」と声をつまらせた。ああ、竹三郎さんって、なんて純粋な方なんだろう、それに比べて私のスレていること。私は自分を愧じるとともに、竹三郎さんの心と亀治郎さんの心の温かさにぐっときて、うるうるしてしまった。竹三郎さんは、自分たちも大変だったが、トラックの運転手さんや裏方さんはどんなに大変だったことかと思いやり、そのやさしさが又ぐっとくる。元々好きだった竹三郎さんがますます好きになった。浜松屋幸兵衛は初役だが、役者は生涯修行とおっしゃる。そして「巡業はこれで最後にしたい」と又泣かれた。
亀鶴さんはご自分の役を紹介する程度の簡単なご挨拶。桂三さんは「やっとお江戸に戻ってきた。巡業は楽しかった。竹三郎さんもご一緒に永遠に続くといい」と笑わせる。巳之助クンは「あしたからは8月の稽古にはいる。竹三郎さんを見ていると、弱音は吐けない。今日はいつも通りに、いやいつも以上に頑張ります」。段四郎さんは「75歳の年齢で38歳の気力をもつ竹三郎さん、18歳の巳之助クンのパワーに支えられ、62歳の自分も頑張れた」など、ちょっとカミながら話したところが好もしかった。竹三郎さん、本当にみんなに気力を奮い起こさせるもとになっていたんだなあ。
亀ちゃんによると、北は北海道から南は丸亀まで、27日間で48公演だった、1回1000人が見るとすれば48,000人の人が見てくれたことになるということで、そういう数字を出されると、巡業って大したものだなあと思う。
中央コースは梅玉さんの「神田祭」が、キレよく華やかに最後をしめた。
両コースとも、皆様暑い中、本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。
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