カテゴリー「音楽」の記事

2008年8月 5日 (火)

幻の4番

さっき、同世代の友人からメールがあって、「1チャンで阿久悠やってるよ」。別に特別阿久悠が好きなわけじゃないし、今さら~とは思ったが、せっかく教えてくれたから、ややあってTVをつけてみた。
阿久悠、特別に好きなわけじゃない。でも好きな歌の多くは阿久悠の作詞だった。阿久悠のすごいところは、あらゆるジャンルの歌が書ける(大塚博堂にまで書いている)だけでなく、何年にもわたって大ヒット曲を飛ばしていることだ。いわゆる歌謡曲を私は好きだ。だって歌詞がドラマになっている。歌を聞いていれば、状況が目に浮かぶ。
その中で私が一番秀逸だと思い、大好きなのは「ざんげの値打ちもない」。北原ミレイという稀有な歌い手を得て、この歌は鋭く私の胸に突き刺さった。自分とはまったく異なる環境にいる少女の気持ちが激しく私の胸を揺さぶった。
この歌のドラマは暗い。暗いけれど、しめっていない。怨念に捉われていない。だから好きなんだと思う。
歌詞には出てこないけれど、私の目にはこの歌の主人公である少女が独房の片隅に蹲って孤独に耐えている姿がいつも見えるようだった。ところが、今日、幻の4番というのが歌われた。もともと5番まであった歌詞だが、直接的で過激だからという理由で4番が省かれたのだそうだ(当時はそうだったのかなあ)。その4番は、鉄格子から月を見上げているというような内容で、19で男を刺した少女が20歳を過ぎた頃のことである。まさに私が見ていた少女の姿が(蹲っているかどうかはわからないけれど)そこにあったのである。阿久悠の優れた詞が、歌われなかったそれを想像させたのだ。私は北原ミレイの歌を聞きながら、ちょっぴり泣いた。
そういえば、昔、映画「瀬戸内少年野球団」(阿久悠原作)を見て、出演者の1人、佐倉しおりという女の子の脚があまりにまっすぐできれいだったのに感激したっけ。

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2007年2月11日 (日)

アズナブール公演その3—終演後は戦い

210日 「ラ・ボエーム最終章」ありがとう、さよなら日本公演(東京フォーラムホールA

終演後、グッズ売り場が大混乱になっていた。ふと見ると、ポスターを手にした人たちがいる。シンプルなイラストのとってもお洒落なポスターで、即ほしくなった。売り場では、もうオバサンやらオジサンやらがぐちゃぐちゃに重なりあっていて、まずその中に突入するのが大変。もう、これは戦いです。

ポスターには3種類あり、とてもじゃないけどゆっくり吟味している余裕はないから、周りの人がもっているのを見て好きなのを決め、少しでも隙間を見つけて何とか手だけ伸ばしてポスターの端っこを捕まえることに成功。だが、それはお目当てのものではなかった。伸ばしきった手の先でポスターを探り、やっと見つけ引っ張り出す。

Photo_50 あとは折られたりしないよう、頭上に掲げて支払いを待つだけなのだが、これがまた大苦労。ラッシュの電車以上に押し合いへしあい、「ずっと並んでいるのにいつになったら買えるのよ~」とか、「全然人(売り場の)がこっちに来てくれないじゃないの~」とか、「ここで待ってても先にCD買う人のところに行っちゃうんだもの~」とか、あちこちから上がる不満の声に囲まれ、ただただひたすら、何とか一番前に出る努力をし、やっとたどり着いた。そこでも何人かの支払いを待ち、順番がきたときには、ポスターに少しシワができていた。仕方ないやと諦めていたら、売り場のオニイサンが「これ、シワができているから取り替えましょう」と言って、新しいのに取り替えてくれた。大感激!! あんな混乱の中でそこまでしてくれて、本当に嬉しかった。このポスターはかなり厚手の紙で、丸めるにしてもふわっと大きく丸めないと、すぐシワになる。大事に大事に持って帰ってきたが、それでも端のほうに少し傷みが出てしまった。

CDはとてもじゃないけど、あの場では買えなかったし、どこか他でも売っていそうだったので諦めた。

びっくりしたのは、「凱旋門ボックス」というアズナブールの全CDで凱旋門を作ってあるもの。20万円なり! これを買うと、楽屋でアズナブールが自らサインしてくれるそうだ。そういうものにはご縁がありませんわ。

★今日の有名人:客席を見ていたら、若い人が多かったのは意外だった。今日見かけた有名人は黒鉄ヒロシ。私の2列前に着席。間違えて他の人が座っていたようで、ちょっとやりとりしていたので気付いた。普通にチケット買って、普通に聞きに来た、っていう感じ。

★関係ないおまけ:銀座5丁目のバッグ屋さん。「お値段に関係なく、どれも5250円」という看板が見えた。それに惹かれてそばに寄ってみると、キャリーバッグがいくつか置いてある。さらに店内に入っていくと、本当かどうかしらPhoto_51 ないけど元値25千前後のFRAYAなどのバッグがすべて5252円(税込み)。安いバッグを見ると買いたくなってしまう私(5000円は高いけどね。値引きでつい、安いと…)は思わず夢中になって、ピンクのバッグを2つも買ってしまった。年をとると、そういう色がほしくなる、って改めて実感しました。

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アズナブール公演その2—心はパリでいっぱい

210日 「ラ・ボエーム最終章」ありがとう、さよなら日本公演(東京フォーラムホールA

Photo_49幕が開くと、ステージ上には女性コーラス2人を含め15人ほどの楽団がいて演奏を始め、やがて黒っぽいスーツ姿のアズナブールが登場。そこから約1時間半、この小柄なおじいちゃん(と言っては失礼だが、もうじき83歳になる!!!)は実にパワフルに、小粋に、歌い続けた。トークも挨拶もお色直しもなしで、何曲歌ったのだろう(歌でないアズナブールの声が聞けたのはメンバー紹介だけ)。はじめのうちは数えていたけれど、途中からやめた。20曲ぐらい歌ったのかなあ。
私はのぼせやすいタチだから、もう1曲目からすっかりパリのエッセンスに浸り、バラード調の曲に酔い、リズム感溢れる曲に軽く体を動かし手拍子をとり(前方のお客は手拍子打ってたけれど、真ん中より後ろではほとんど手拍子なし)、歌詞の意味はわからなくても、アズナブールが全身で演じるドラマに心を揺さぶられたのだった。とくに心に残ったのは、手話を用いた「Mon emouvant amour(声のない恋)」、娘のカティアとのデュエット「Je voyage(僕は旅する)」、そして「She(忘れじの面影)」。

やがて幕が降りる。えっ、もう終わり? いや~ん、もっともっと聞きた~い。第一、「想い出の瞳」は~? アンコールで歌ってくれるのかと期待したが、1曲だけ、別の歌がかかった。前方の客はスタンディングオベーションで、私たちも座ったままず~っと拍手したが、アズナブールはその後ステージに挨拶に出ては来るものの、歌うことはなく、お目当ての曲もついに歌われないで終わった。

この公演は東京ではたった3回。この日はその真ん中の日だった。歌われる曲は日によって違う可能性があるので、「想い出の瞳」はもしかしたら最終日に歌われるのかもしれないなあ。それとも前の日に歌っちゃったのかなあ。それだけが心残り。でも、だ~い好きな「She」が聞けたからいいか。

ところで、「ラ・ボエーム」で、アズナブールは白いハンカチを取り出し、それを小道具に使い、最後にぱっと客席にむかって投げた。その少し前、客席から数人がステージの下に駆け寄って行ったのでなにごとかと不思議に思っていたのだが、このハンカチがお目当てだったのだと、その時わかった。それに、さっきアズナブールがハンカチを取り出したとたん、このハンカチに関する2つの謎(アズナブールの熱烈なファンなら周知のことなんだろうが)が解けた。1つ目は、チケット先行販売のときに、刺繍サイン入りハンカチ付きのプレミアムチケットというのがあり、何なのだろうと思っていたのだ。もう1つは、開演前に立ち寄ったプログラム売り場の脇で「ラ・ボエームで使われている」という、やはり刺繍サイン入りハンカチを売っていたこと。ああ、あれか、と1人頷いてしまった。13000円もしたから買わなかった。その3へ続く。

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アズナブール公演その1—アズナブールとクリフと

210日 「ラ・ボエーム最終章」ありがとう、さよなら日本公演(東京フォーラムホールA

フランスかぶれだった若かりし頃の私は、アダモ、ジルベール・ベコー、ミシェル・ポルナレフ、ジョニー・アリディー(ジョニーはフランスでは老若男女を問わず尊敬の的らしい)などが来日するとせっせとコンサートに行ったものだが、アズナブールは今回がはじめて。

ン十年前の学生時代、勉学の意欲に燃えてそれに関連したクラブに意気揚々と入った私。活動が地味な割りには部員に遊び人が目立ったクラブであったから、私の向上心はすぐさましぼんでしまった(でも、このクラブで私は生涯の友3人を得た。支えてもらうばかりで私のほうは何にもしてあげていない体たらくだが)。数少ない活動の一環として、シャンソンを聴き、歌詞を味わい、自分でも歌う、というものがあった。そこで学んだ最初で最後の歌が、アズナブールの「Et pourtant(想い出の瞳)」。今思えば、部員みんなで大真面目に歌っていたなんて笑っちゃうけれど、これはかなり強烈な思い出で、おかげで今でも好きな歌の一つである。ただ、この曲がシルヴィー・バルタンの映画「アイドルを探せ」で歌われていたと知ったのはもっと後のことである。

そのアズナブールの日本最後の公演(本当か? 店じまい店じまいと引っ張るどこかの洋服屋と同じじゃないの?)というので、大枚払って、チケットを入手。でも、私が本当に好きなのは、クリフ・リチャードなのだ! 小学生の頃からずっと好きで、何年か前のウインブルドンでは、雨で中断中、観戦に来ていたクリフが客を退屈させないように、突然アカペラでライブを行った、その時、私はたまたまTVをつけており、急いでビデオに録画したのでした。あの至福の時を刻みつけた貴重なビデオテープはしかし、どこにしまっちゃったんだろう。数年前(4年前らしいけど、もっと最近だったような気がする)は東京フォーラムにライブを見に行った。老けたけど、やっぱりあの清潔な色気のあるハスキーヴォイスにはゾクゾクくる。今年はアズナブールの1週間後で、しかも横浜だから諦めざるをえなかった……って、今日はクリフじゃなくてアズナブールの話をしなくっちゃ。その2へ続く。

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