カテゴリー「ちょっとアート」の記事

2008年7月30日 (水)

穏やかな光と陰:コロー展

729日 コロー展:光と追憶の変奏曲(国立西洋美術館)
大変評判がいいというコロー展(東京は8月31日まで)、娘からも勧められていたから、行ってきた。会場で、音声ガイドが吉右衛門さんだと知り、そうであれば是非にも借りなくっちゃということで、吉右衛門さんのソフトな語りに伴われて絵を見て回りました。
女性を描いた作品
コローに関する私の予備知識はゼロに等しく、それだけに新鮮な感動を覚えた。一般に芸術家は経済、恋愛、病気等、何かしらの葛藤を抱えてそれを芸術に表すことが多く、それがこちらの胸に突き刺さるのだが、コローの作品からはそういう生き様をぶつけるという激しさは感じず、穏やかな光と陰が織り成す落ち着きに心が満たされる。裕福で独身を通したというコローに恋愛の葛藤があったかどうかは知らないけれど、女性を描いた作品には色気といったものがあまりみられない。だけど、それが、コローの作品の価値を貶めるわけでは全然ない。むしろ、コローの、女性を1人の人間として捉える考え方に共感を覚えた。
さまざまな女性像の中でとくに有名なのが「真珠の女」(「コローのモナリザ」と言われている)と「青い服の婦人」。さすがに有名なだけあって、とても心惹かれる絵である。「真珠の女」は62歳から10年かかって、「青い服」は死の前年78歳で描いたというから、老いてなおその瑞々しい感性にはただただ感服するばかりである。自身はとくに「真珠の女」を気に入って、死ぬまで部屋に飾っていたそうだが、わかる気がする。ちなみに、この絵には真珠は描かれていない。女の額にかかる葉の飾りが真珠のような輝きを放っていることから「真珠の女」と呼ばれるようになったのだ。そうと知らなければ、額の葉を本当に真珠と思い込みそう。
風景画

風景画は、写実ではなく、その風景を見たコローの記憶と印象が描かれているのだという。だからだろうか、画家自身というフィルターを通した絵は、全体に穏やかで、柔らかく、もや~っとした感じである(とくに、木の葉の表現は独特で、こんもりした葉がもや~っと見える)。音声ガイドのBGMにクルムフォルツの「ハープソナタ」がかかっていたが、この曲を耳にしながら、コローの絵の前で穏やかに紅茶とマドレーヌで楽しみたいという誘惑に駆られた。
また、コローの描く空は晴れていてもさほど明るくなく、日光はむしろ道路に反映されている。ひなびた田舎の道路にちょっと乾いた陽が当たっている様が、私は大好きである。こちらは、ボサノバでも流しながらコーヒーを手に眺めたい。
コローが影響を与えた画家たち
しかし、そういう筆致の作品が続くと、私のように右左、黒白はっきりしたものが好きという性格には、次第に物足りなさが生じてくる。実にわがままなことである。ここで、それを救ってくれるのがアンドレ・ドランだ。鮮やかな色遣い、きっちりした造形、その1枚がドーンと目に飛び込んで来たとき、はっと心が躍った(もっとも、そういう絵が何十枚も続いたら、きっと疲れるだろう。この絵にはっとして、またコローに戻るからいいのだ。実にわがままなことである)。
この展覧会の非常に優れたところは、ルーヴルの全面協力をえてこれだけの作品を集めたことのほかに、コローに影響を与えた画家、またコローが影響を与えた多くの画家の絵を並べて展示してあることだと思う。ドランもコローの影響を受けた1人だそうで、構図などにそれが現れているのだろう。
とくに印象派に対する影響は大きかったようで、セザンヌ、シスレー、ルノワール、モネ、ゴーガン、ピサロといった有名画家の作品が、それが影響を受けたであろうコローの作品のそばに並べられている。コローも印象派として分類されているようだが、同じ印象派でもコローと彼らの作品は素人の私の目には全然違うように見える。しかし恐らく光と陰の扱い方、構図などで彼らはコローから大きなインスピレーションを受け、自分に最も相応しい何かをコローから引出したのだろう。コローは他にマティス、ブラック、ピカソ(!)などにも影響を与えたそうだ。
気に入ったコローの作品(自分の記憶のために)
「真珠の女」「青い服の婦人」「モルトフォンテーヌの想い出」(以上3点はこの展覧会の目玉。で、この3点の一筆箋をそれぞれ買ってしまった)、「ヴィル・ダヴレーのあずまや」「ヴィル・ダヴレーのカバスュ邸」「ティボリ、ヴィラ・デステ庭園」「アルルーの風景」など(手元にカタログがないので、好きな絵を思い浮かべても題名がわからない)。

紅茶やコーヒーでコローを眺めたいと言いながら、現実的な私は同行の友と、お気に入りの西洋美術館隣カフェでこの始末↓
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2008年6月22日 (日)

ジブリでルーヴル

615日 「小さなルーヴル展」(ジブリ美術館)
宮崎監督の映画って「魔女の宅急便」をテレビで見ただけなんだけど、ジブリ美術館はとてもいい所だと聞いていたし、このたび「小さなルーヴル展」をやっているというので、先週の日曜日、行ってきた(今日と違って、気持ちのいい天気であった)。
三鷹駅を出て、井の頭公園の中にある美術館を目指す玉川上水沿いの道は、情緒とともにお洒落な雰囲気を醸し出し、ただ歩くだけのことがとても楽しい。
三鷹の森に入るとやがて、木々の間にカラフルな建物がちらちらと見えてきた。入口の切符売り場には大きなトトロがいる、と思ったら、ここはニセの受け付けだった。矢印に従って本物の受け付けに行くと、映画のフィルムの形をした切符をくれた。中で上映されている短編映画のチケットだ(日曜日のこととてお子ちゃまがたくさんいたので、見ないでしまった)。
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館内は当然撮影禁止なのだが、これ、とっても残念。レトロなエレベーターも、人1人がやっと通れる螺旋階段(昇ってみたけど、かなり怖かった)も、そしてルーヴルの作品が展示されているお部屋も、トイレも、どれもどれも素敵で、記憶の悪い脳ではなくちゃんとカメラに残しておきたかった。
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ここでまず見学したのは、ゾートロープの部屋。つまり、アニメーションの原型が展示されている部屋である。電動パノラマゾートロープは、回転する筒の中にポーズの異なる絵が貼ってあって、筒にあけてある隙間から覗くと絵が動いて見える。立体ゾートロープになると、1秒に1回転する円筒の中にポーズの異なるたくさんの立体人形が並べられており、筒を回転させて発光ダイオードを当てると、人形が動いて見える。前アニメとでも言うべきこれらのゾートロープは、言葉にするとなんだかわからないだろうが、実際に見ると、かなり感動的である。ココを見ると具体的にわかると思います。
長くなるので駆け足で「小さなルーヴル展」へ。展示室は石造りの地下室を模したようなレイアウトで、一画にツタンカーメンの棺みたいなものが置いてあった。ついついみんな、この蓋を開けたくなる。それで、恐る恐る蓋を上げると、あら、又同じものが出てきた。その蓋を又上げると、あらあら、もう一つ同じものが。すると、どの見学客も異口同音に「マトリョーシカだぁ」。この一画にはギリシア彫刻ならぬ、薄いスクリーンに印刷された彫像が2体下がっており、古代ムードに満ちている。また別の一画には石の井戸が設えられ、底を覗くと水が入っているのがわかった。
展示品の絵画は、ルーヴルの原画を写真に撮るか何かして額装したものだろうか。本物よりだいぶ小さく、子供の視線に合うように並べられている。ちょうど国立西洋美術館で始まったばかりのコロー展にも出展されている(らしい)「青いドレスの女」「モルトフォンテーヌの思い出」「ナルニの橋」「真珠の女」をはじめ、フラゴナール、アングル、ダヴィッドなど、16世紀から19世紀にかけての絵画が楽しめる。もちろん「モナリザ」もある。ルーヴルで見るとびっくりするほど小さいこの絵は、小さなルーヴルで見ると意外に大きい。展示されている空間の大きさによる錯覚だろう。
絵画が掛けられている壁にはところどころ窓があいていて、奥を覗くと、建物としてのルーヴルの歴史とそれを育んできたセーヌを中心としたパリの町の様子が立体的に再現されていた。
それほど広くはない空間にこれだけの絵画をうまく集めたものだなあと感心し、プチ・ルーヴルの雰囲気をしばし楽しんだ。ただ、絵画名と作者名を書いたプレートが少し見づらいように思った。絵画の邪魔をしないようにしたかったのかもしれないが、何枚分かをまとめて掛けてあるため、いちいち確認しなければならない(知っている絵ばかりじゃないから)。もっとも、子供の目の高さで見ると、あまり苦にならないのかも。
パリ気分のまま外のカフェでランチでもと思ったが、あまりの賑わいに諦めた。
帰りは井の頭公園の中を吉祥寺駅に向かって歩いた。森林浴がたっぷりできた。
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ところで、これ(↓)、記念に買った付箋なんだけど、子供たちには気持ちが悪いと不評。
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なお、ジブリ美術館に入るには、ローソンで前売り券を買うか、電話、ネット、携帯での予約が必要になります。詳細はこちらで。

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2008年6月11日 (水)

イスラム創成期に思いを馳せる

67日 「都市スーサとその陶器、イスラム時代の創成期」(ルーヴルDNP
ルーヴルDNP4弾の展示はイスラム美術。
ルーヴルでは現在、イスラム美術の新展示室を建設中で、それは南翼ヴィスコンティの庭に2010年オープンするそうである。そこに展示されるコレクションの充実度はもちろんだが、展示室のデザインもまたユニークで、完成が楽しみ。
さて、イスラム史といえば、受験勉強の歴史では通り一遍のことしか習わなかったし、歴史がかなり複雑で(マホメットいや今はムハンマドか、その後継者が4人いて、それは正統カリフ時代、その後がもうわからん)、人名もややこしく覚えられない。
そんなわけであまり馴染みのないイスラム美術に入る前に、まずはその辺の歴史のお勉強から入った。イスラム諸国の元は1つ、みんな親戚ということはわかっていても、ムハンマドが7世紀(632年)にアラビア半島を統一した、その死後30年ほどたってからややこしさが始まるわけで、やっぱり途中で挫折した。ただ、イスラム創成期って7世紀だったの~と、認識を新たにしたのは大きいかな。
スーサの歴史
今回の展示品が出土した都市スーサは、5000年の歴史をもつ町だそうだで、その基盤ができたのは紀元前3900年頃、ダレイオス1世時代(紀元前6世紀~5世紀)に首都となった。7世紀にはアラブ人が戦うことなく征服、複数の宗教が混在し、砂糖の生産やさまざまな交易で発展し、その全盛期は13世紀であったという。14世紀以降さびれていき、19世紀に遺跡発掘により再び注目を集めたというのが思いっきり大まかなスーサの歴史である。場所は、アラビア半島のペルシア湾側の付け根あたりから北へ約250km入った草原地帯(イラン)に位置する。
スーサの建築物
2人がその前に立って見られるくらいのタッチパネルに住居、モスク、ハマム(浴場)、ダレイオス1世の宮殿、陶器工房、ガラス工房などが映し出される。それぞれに触れれば詳細情報が得られる。モスクは古代のもの(広さ18002sign01)と8世紀のもの(古代の1.5sign03)。興味深いのは浴場で、床下暖房によるスチームバスというのかサウナというのか。建築物の様相、位置関係などを見ると、当時のスーサの繁栄ぶりが想像できる(なんてったって首都だし)。
このタッチパネルは、左右両側に別のものを映すことができ、1人で画面を独占する気遣いがあまりなくてよい。
展示品
今回の展示品はそれぞれ、型押文、白釉藍彩、ラスター彩の3種の技法で作られている。
①型押文の水差し(89世紀)と受け皿(78世紀)
形も模様も古代の流れを汲むもので、粘土製の型の表面に模様が刻まれており、形と模様が一度に出来上がるという製法だそうだ。
②白釉藍彩の水差しと鉢(ともに8世紀末~10世紀)
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年頃登場した新しいタイプの陶器で、中国の白磁の影響を受けている。成形は手で行う。できた物の内側と外側に釉薬をかけ、それが乾いたら絵付けをする。鉢の模様はアラビア文字をモチーフにしている。イスラム美術では文字そのものが装飾的に捉えられていたそうだが、私などの目から見ると、たしかにアラビア文字は模様的。
③ラスター彩の皿(9世紀)

9世紀に登場したというが、これはなんとも見事な製法である。ロクロで成形し、釉薬をかけ、窯で焼いて、ラスター彩で絵付けをする。これには銀や銅といった金属、粘土をちょっととレモンとか酢が使われるのだそうだ。この絵付けの後、もう一度窯に入れるのだが、これが素晴らしい。最初の焼成より300度ほど低い温度で、まず第1段階では通気孔をあけて焼く。すると酸素が入ることにより、金属が酸化する。次の第2段階では通気孔を閉じて焼く。今度は煙が窯に充満し、空気中の炭素が飽和状態になって、先ほど酸化した金属が微粒子となり、釉薬の上から中に入り込み、微妙な模様を作り出すというもの。模様はササン朝ペルシア時代の王冠についていた羽根だったり、アラビア文字だったり。
しかしこの第2段階の通気孔をふさぐという発想はどこから出たのであろうか。よく失敗が思いがけないものを生み出すというが、ひょっとしたらこれも、陶工の1人がうっかり通気孔を閉じたまま焼いてしまい、ミスったと慌てたら素晴らしい模様が出来ていた、ということだったりして。そんな思いをはるか9世紀に漂わせるのも興が乗る。

080611dnp1 展示室ではラスター彩の皿に特殊なカメラを当て、自由自在に向きを変えたり、発掘当時のバラバラな状態にして貼り合わせたり、色々なことができる。そして自分の最も気に入った状態でシャッターを押せば、その写真をお土産としてもらえる。私は展示品の裏ってなかなか見る機会がないからと、裏を撮ってみたが、なんだかよくわからなくてあんまり面白くなかったかも。本当は、バラバラになった皿が元に戻る瞬間を捉えたかったのだ。でも、これってちょっとシャッターチャンスが難しい気がして…。

今回の展示はこれまでの3回に比べ学術的な要素がやや強く、遊び心が少ないような気がした。しかし、日本であまり馴染みのないイスラム美術を何とかわかってほしいという美術館側の真摯な態度が垣間見られて、とても好感がもてた。ぜひぜひ、足を運んでいただきたい展示である。予約が必要だが、927日までやっているし、大きな美術展とちがって、自分のペースでゆっくり堪能できるし、帰宅してからも自分のIDでログインして展示振り返ることができますよ。

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2008年6月 5日 (木)

パリ半日紀行?

今日も仕事でお茶の水に行ったから、ついでに上野に寄ってきた。「薬師寺展」を狙って国立博物館まで行ったら、信号の前で08060501yakusiji130分待ち」の看板が見えた。すっぱり諦め、くるりと踵を返し、東京都美術館へ。こんなこともあろうかと、昨夜ネットで割引チケットを買っておいた「芸術都市パリの100年展」に鞍替えというわけ。
このチケットは、自分でA4用紙に印刷して、当日受付でバーコードを読み取ってもらって入場するというもの。入場券のみなら100円引き(1400円→1300円)、図録込みで300円引き、音声ガイドもつければ400円引きになる。私は図録とチケットのセットで300円を浮かせた。カード決済は仕方ないとして、入口でA4の用紙が返ってこないため半券が手元に残らなかったのはちょっと残念。
08060502pari100 さて、展示は分類の仕方に工夫が見えて面白かった。1章「パリ、古きものと新しきもの--理想の都市づくり」では、19世紀半ば頃からのパリという町を描いた絵画、写真が展示されている。よく知られた話だが、昔のパリは汚物を道路に捨てるなど、本当に汚い町だったという。それを整備したのがナポレオン3世時代のセーヌ県知事ウジェーヌ・オスマン。1875年、オペラ座の完成により、近代都市パリの顔がはっきり見えてきたということだが、その変貌しつつある、あるいは変貌したてのパリを描いた作品たちである。どの絵画を見てもパリの町が懐かしく思い出され、胸がきゅんとする。面白かったのはジャン・テクシエ作「カルーゼル橋の再建」という絵画と、建設中のエッフェル塔を写した一連の写真。なんてったって、テーマは工事だからね。エッフェル塔なんか、足場と鉄骨がごちゃごちゃ複雑に見えて、「よくあんなもの造ったなあ」と感心する。地上からはるかな「足場でポーズを取る4人の作業員」なんて、今なら「スッゲェ~~!!」と早速ブログに載せてしまうところだ。「エッフェル塔の落雷」という写真も貴重な瞬間を捉えていて興味深い。
2章「パリの市民生活の哀歓」。ここで楽しかったのはオノレ・ドーミエによる石版画シリーズ(「泳ぐ人」「おしゃれ」「釣り」など各シリーズ作品)。11つの作品は大きくてもせいぜい25×30cm程度のものなのだが、風刺がきいており、ユーモアもある1コマ漫画風で、じっくり眺めると思わずニヤリとしたくなることもしばしば。そうかと思うと、ボナールの「かわいい洗濯屋さん」という石版画では、重労働に従事する幼い少女の後ろ姿にちょっと胸のつまる思いがした。
3章「パリジャンとパリジェンヌ男と女のドラマI 絵画・写真」。いきなり、ユゴーの絵が出てきたのには驚いた。ユゴーって、ペンとインクによる淡彩画を生涯に3500枚以上も残しているのだそうだ。知らなかったぁ…。展示されている2枚の絵は、なんとも暗く陰鬱な雰囲気なんだけど、意外に面白い。「ノートルダム・ド・パリ」を絵画化した作品(本人の手になる絵ではない)はわかりやすく、小説が思い出される。そのユゴーの肖像画(エメ・モロー「ヴィクトル・ユゴーの肖像」)は、強い生命力、固い決意を感じさせる表情がとても印象的である。
ここに集められた肖像画はほかにエリック・サティだったりユトリロだったり、ミーハー的な興味も駆られる。もっとミーハー心が興奮したのは、肖像写真だ。ジョルジュ・サンド、アレクサンドル・デュマ、ボードレール、リュミエール兄弟の父、エドガー・ドガ(これ、自分撮り)、幼少時代&62歳(!!)のエミール・ゾラ…まさに「すっげえ」人たちが揃っている。さらに、肖像写真家ナダールの自分撮り写真はベンチに横たわった姿という面白いものである。
4章「パリジャンとパリジェンヌ男と女のドラマI 彫刻」。ロダン登場。「修道服を着たバルザック像」という作品は、パリ・ロダン美術館最寄り駅のヴァレンヌにあるものと似ているような気がしたが、それよりはかなり小ぶり。ブールデルの「ジャンヌ・アヴリルの顔」は印象的。ロートレックの絵で有名な、ムーラン・ルージュの踊り子だが、笑顔がちょっと怖い。
5章「パリから見た田園へのあこがれ」。都市化が進めば田園への憧れが生じるのは人間の常だろうか。パリ郊外にアトリエを構えたというモーリス・ドニの「パリ、プティパレ美術館天井画下絵」のうち「フランス美術の歴史(ロマン派と写実派)」にはドラクロワの「民衆を導く自由の女神」や、マネの「笛を吹く少年」など、同じく現代美術にはロダンの「考える人」、ゴーガンのタヒチの女性など、有名な作品が鏤められていて、ああ、あそこにあれが、などと探すのも楽しい。
展示は3つの階にまたがり、作品数も多いのだが、わりと小さなものが主体なので、圧倒されるような雰囲気はなく、しかもほとんどすべての作品に解説がついており、非常にわかりやすかった。この解説に時々、解説者の意見や感想がみられて、それも面白い。しかし、展示室の両側の壁に作品が並べられる方式はあまり好きではないし、とくに写真など照明の関係でかなり作品に近寄らないとよく見えなかったりして(混んでいたらむずかしい)、見づらいものもあった。
でも、写真がパリやそこに暮らした人たちの姿をストレートに伝えているのをはじめ、絵画や彫刻もわかりやすい作品が多いので、気楽に楽しめる展覧会だと思った。
おまけ:途中にエッフェル塔コーナーがあって、ここだけは写真撮影OK(フラッシュ不可)。エッフェル塔の脚の部分をごく簡単に再現してあり、その中に出品美術館の地図がある。また、エッフェル塔建設の映像も流している。こういうコーナーがあると、遊び気分も入って、さらに楽しい。
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もひとつおまけ:記念にこんなの買いました(↓)。パリじゃ見たことないけど、あればいいお土産になるのに。クリップです。
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ところで、またフェルメールをやるらしい。8月2日から12月14日まで、東京都美術館にて。嬉しいけど……

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2008年5月31日 (土)

優しさと郷愁と:モディリアーニ展

大きな山が2つ、中くらいの山が4つ、小さな山が5つ(仕事のことです)。だらだら登っても先が見えなくてウンザリするだけ。歌舞伎のないこの時期に集中しなくてどうするってわけで、この4日間で大山と中山を1つずつ、そして小山はすべて征服した。そこで歌舞伎以外の見たいものに少しずつ出かけることにした。
第一弾は、終了間近なモディリアーニ展。モジリアニ(面倒くさいから、こう表記する)は何度か見ているし、全然行くつもりはなかったのだけど、あの独特な長い顔と首、瞳のない目になる前のプリミティヴィズム時代(プリミティヴィズムというのは、アフリカの黒人美術や、オセアニアのアボリジニ美術、カンボジアのクメール美術のこと:受け売り)の絵画が展示されていると聞いたので、急遽関心がたかまったというわけ。
ロートレックやエゴン・シーレを思わせるような初期の作品、彫刻と絵画の両方を追求していた第2期のカリアティッド(簡単に言えば、ギリシア建築にみられる梁を支える女性像:受け売り)や、健康上の理由から彫刻を諦め、不特定の人物像からやがて実在の人物像を描くようになった第3期、そしてお馴染みの人物像が登場する第4期。専門的にはもっとむずかしい表現で分けられているのだが、私の言葉で言うと、こんな感じでしょうか。
この中で面白かったのはやはり、見慣れない第2期、3期の作品だ。単純なラインで一気に描かれたような力強いカリアティッドを見ていると、ぐいぐい引き込まれ、人類の起源はアフリカであるということに思いがいかずにはいられない。第3期でおおっと思ったのは、「ライモンド」という作品。絵画自体がどうこうではなく、ミーハーの私らしく、12歳のラディゲがモデルらしいということに惹かれたのであります。
4期の目玉は、「女の肖像(通称:マリー・ローランサン)だろうか。アメリカで展示されてから約50年ぶりの公開になるんだそうだ。実にくっきりと美しく強い顔立ちなのに、絵から受ける印象は優しい。
そう、私がこの展覧会で最も強く感じたのは、この優しさかもしれない。どんなに優れた絵画の展覧会でも、たとえば豊かな色彩の波、あるいは陰影の暗さ、塗り重ねられた油の厚さなどが徐々に浸透してきて、最後には感動とは別に、疲労を覚えることが多い。ところが、このモディリアーニ展はそういう押してくるものをまったく感じなかった。ゆっくりこの中に浸っていたいような感覚さえ湧いてきた。デッサンが多いせいもあるだろう、カリアティッドに人類の源をみて一種郷愁のようなものを覚えたせいもあるだろう。だけど、やっぱり、人物像から受ける優しさが心地よさを生んだのではないだろうか。
東京では69日まで新国立美術館で展示中。お勧めです。

詳しいレポはこちらで。

http://journal.mycom.co.jp/articles/2008/03/27/Modigliani/menu.html

080531tothemuseum おまけ1雨だから駅直結の千代田線・乃木坂から行った。改札を出て曲がった先の通路で、この展覧会のチケット販売をしていた。会期も終わりに近いし、土曜日だし、チケット売り場で並ぶのはきつい、即ここで購入した。案に反してチケット売り場も行列はできていなかったし、中もゆっくり見られる程度の入りではあったが、帰りにはもう販売していなかったから、ちょっとラッキーだったと思っている。
おまけ2美術展のもう一つのお楽しみはグッズを見ること。普段は一筆箋を買うことが多いのだが、今日は見つけられなかった。そこで目に付いたのが、素描の複製。シルクスクリーンで再現したそうだ(素人の私にはよくわからないけど)。1000円という値段にひかれ、2枚も買ってしまった。ほしかったカリアティッドは売り切れだったので、やや近いものを選んだ。もう1枚は青鉛筆のものがほしかった、というごくごく単純な理由から。
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2008年2月23日 (土)

宮廷生活を垣間見る:ルーヴル美術館展

221日 ルーヴル美術館展(東京都美術館)

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装飾品中心の美術展である。数年前「フランス王家3人の貴婦人の物語展」というのがあったが、それにちょっと通じる企画のように思った。3人の貴婦人とは、ポンパドゥール夫人、マリー・アントワネット、ジョゼフィーヌであるが、今回は革命で終わっているから、ジョゼフィーヌは出てこない。
また、今回は装飾品展であるから、絵画は少ない。その少ない絵画の中で、非常に印象的な絵が1枚あった。ヴェルトミュラー描く「狩猟服を着た王妃マリー=アントワネット」1788年)。大きめの鼻、広い額を特徴とし、本人を忠実に描いたとされているらしい。穏やかな笑みをかすかに浮かべてこちらを見つめている王妃はとても生き生きとしていて、そのやわらかそうな頬の温かみまで感じ取ることができる。フランス国家をダメにしたのは彼女のせいばかりではあるまい。浪費はもっと前の時代から続いていたのだ。それを止めなかった罪はあるかもしれないが、こういう肖像画を見ていると、無邪気なオーストリア王女だったマリー=アントワネットの運命の無惨さが胸に突き刺さる。
そう思うのも、ポンパドゥール夫人の優雅な贅沢趣味を目の当たりにしたからである。その時代、ロカイユ形式が主流だったそうで、食器など食器というよりは手の込んだ美しい装飾品である。ポンパドゥール夫人はセーヴルの磁器産業を保護し、その振興に努めたり、高級家具職人なども育てたようだが、こうした芸術には、なんともお金がかかるものですなあ。私など、どう考えたって鑑賞用といった趣の食器で実際に食事が供されたら、食欲すら湧きそうにない(中性洗剤のない時代、後で洗うのも大変そう)。貴族には絶対なれないな、と1人苦笑した。
国王の食卓には次から次へと食事が運ばれるので、食堂のドアは開けっ放し。見事な5曲の屏風が展示されていたが、屏風はそういうときの風よけにもなり重宝されたらしい。あ、これは音声ガイドの受け売りです。ガイド役は、ルイ15世とポンパドゥール夫人の主治医であったヴィクトール・リケッティ・ミラボー侯爵(フランス革命時代の王党派ミラボーの父)。はじめにこのガイドさんの肖像画があったが、ルネサンス以降、肖像画には職業を表すものが描かれることが必要になったとかで、ミラボー侯爵のまわりにも本だのなんだのが置かれていた。
カリヨン付き置時計だったかしら、たしか時計は犀の背中に乗っていた。パリの人が犀を実際に見たのは1749年のことだそうだ。ポンパドゥール夫人が頭角を現してきた頃だろうか。犀はその後ヨーロッパじゅうを巡回させられたそうだ。犀を初めて見た人たちの驚きを想像して微笑ましく思い、その一方で犀には気の毒なことだなあと同情し…。
やがて、時代が下るとロカイユ形式は非理性的・非道徳的と非難されて姿を消し、新古典主義が台頭する。装飾品も面白いくらいガラッと様相が変わっている。ロカイユ形式がいかにゴテゴテと凄まじかったことか。それまでの「うわ~綺麗、むむ見事」の感嘆詞はどこへやら、まるで厚く塗った化粧を落としたかのような解放感を新古典主義のシンプルさから得て、ほっとした気持ちになった。とはいえ、それだって王家や貴族の持ち物である以上、豪華ではある。
「ドン・キホーテの物語」の連作タスピリー。これは、ドン・キホーテの物語の絵を納めた額を吊るしてあるというデザインの織物で、額の中の絵の下絵よりも額の外側を飾る花や飾り紐の下絵のほうが職人の報酬が高かったのだそうだ。
マリー=アントワネットの旅行用携行品入れは興味深い。19×82×48.5cmという大きな箱で、王妃の日常の化粧や洗面に必要なものがたくさん入るようになっている。箱の装飾も中身も豪華。革命時、オーストリアへ逃れる旅にもこれを持っていったという。
さまざまな装飾品の中で、日本人として目を惹かれたのは蒔絵の製品。日本の漆器にパリで金や銀、ブロンズの装飾を施したポプリ入れ、香入れ、水差しなどは一見の価値ありだろう。
まあ、それにしても宮廷生活というのは、なんとまあ華やかで豪華なことでしょう。それを彩る11つのどんな小さな装飾品にも込められたアートの精神を、私も私なりに感じ取ったのではないだろうか。装飾品の歴史におけるポンパドゥール夫人の存在の大きさがあらためてわかったし、装飾品から時代をちょっと覗いたような気分にもなって、面白かった。
なお、土日はかなり混雑するようなので、興味のある方は、できたら平日に行かれることをお勧めします。
詳しくは公式HPをどうぞ。

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2007年12月23日 (日)

絶対楽しい美術展:うさぎの聖母

1222日 ミュージアムラボ「うさぎの聖母 聖なる詩情」
ルーヴルDNP3弾は、ティツィアーノ作「うさぎの聖母」である。実を言えば、ティツィアーノも「うさぎの聖母」も名前を知っているだけという、予備知識はゼロに等しい。
土曜日の昼間ということもあるのだろうか、これまでにない観客数で、ルーヴルDNPの努力がだんだん浸透してきているのかと嬉しくなった。
16世紀のヴェネツィアの中で」
いつものように受付で登録して音声ガイダンスを首にぶら下げ、まずは展示室に入った。これまでの2回と違い、展示室が2つに区切られ、エントランス的な空間ではヴェネチアの発展、ヨーロッパあるいは世界における地位などが3面の壁に映し出される。ティツィアーノが活躍した時期はちょうど「ヴェニスの商人」の時代と重なるようで、なかなか興味深い歴史ではあったが、次々と変わる画像についてはどれを見たらいいのか迷うこと多々あった。
そこから奥に入ると、作品が展示されている。これまでの2回と違って今回は、展示室での音声ガイドはない。じっくり自分の感覚で眺めることになる。とはいえ、絵の意味などわからないから、いい絵だなとは思いながらも、ただ、ふ~む、という感じ。
で、外へ出て解説を見聞きする。
「絵画の中で」
この作品に描かれているものの意味について学芸員が直接手でさまざまな部分に触れて解説しているかのごとく、私たちの目には見えるのが技術として目新しい。
一見、田舎の家族のピクニック風景のようなこの絵がなぜ宗教画なのか、イチゴ、林檎と葡萄、ウサギはそれぞれ何を象徴するのかなど、謎解きのような楽しさがある。またこうした情報は他の絵を見るときにも役に立つなと、知識の引出しにしまってもおける。
解説を聞かなかったら絶対わからなかったのは、後ろに描かれている羊飼いのこと。手前の聖母たちに比べてはるかに小さいのに、鮮明に生き生きと描かれている。こういう描き方はヴェネツィア絵画の特徴でもあり、描かれている人物は絵の依頼主であったりするそうだ。そしてこの絵での羊飼いは、キリスト教社会に取って代わられた古代社会を象徴しているのだという。絵画の奥深さを知らされた。
「ティツィアーノの人生の中で」
台の上に1冊の大きな本が置かれている。めくってみると、ティツィアーノの自画像があり、そこに「私はティツィアーノである」で始まる彼自身のナレーションによる生涯が語られる。そのページが終わると、ページの片隅に光が当てられ、次をめくるように示唆される。そして次々めくると、青年期、成功期といったように、時代を追って、その生涯が紹介されていく。片方のページには既に地図や絵画などが載っているが、もう片方のページは白紙で、ティツィアーノが絵を学んだ環境や師匠たちの顔や絵、彼自身の絵画がその都度映し出される。この技術は実に素晴らしい。
「視線をめぐって」
071222louvrednp ここで「うさぎの聖母」を眺めると、自分の視線が追跡され、どの辺に目が留まったか、どのような順序で見ていったかがわかる。残念なことに、娘と私はここを最後にまわしてしまった。本来なら解説を聞く前にまずここを体験して、解説を聞き終わった後もう一度分析すべきであった。解説を聞く前後に分析していれば、絵の見方が変わったことが実感できただろうに、失敗した。ミュージアムラボに行かれる方は、是非、まずここから始めていただきたい。視線追跡の記録は後で印刷してもらえる。
そのほか、「自然の中で」「作品の構成の中で」というブースがある。「自然の中で」は、大きな窓の向こうにそびえる(?)岩(DNPの敷地内にこんな岩があったのか!)を眺めながら、ヴェネツィア絵画が描く自然を画像で見る。現実の自然と絵画の自然を組み合わせた面白い趣向である。「作品の構成の中で」は、3方を囲んだ大型スクリーンの前の床に立ってバーチャル体験ができる。前へ進むにつれ、自分が「うさぎの聖母」の中に入り込み、聖母たち人物を通り越して、前方の景色にどんどん近づいて行く。

もう一つ非常に興味深かったのは、映像ラボで見た絵の修復のこと。古くなったニスが絵の鮮明さを損なうため、それをきれいにするのだが、たしかニスは剥がさずに修復すると言っていたように思う。その過程で、紫外線や赤外線、X線を当てたりしていくと、肉眼では見えなかったものが現れ、絵がどのようにして完成していったかがわかるのである。たとえば、聖母の腕ははじめウサギを摑んでいなかった、とか。画家ははじめミネラル成分の入った材料で描くから、X線で骨が写るように白く浮き上がり、最初の構成がわかるのだそうだ。
すべての解説を網羅した後、もう一度本物を見ると、当然のことながら見る目が違ってきているのが自分でもわかる。

このミュージアムラボは、DNPの最新技術を駆使して、ルーヴルの作品を細かく解説しながらじっくり見せてくれるわけだが、その技術も素晴らしいし(毎回レベルアップしているように思う)、解説の構成も毎度違っていて、優れている。またその作品を客観的に眺めるだけでなく、自分が作品と触れ合ったり、中に入っていくこともできる。有名作品の展覧会といえば、行列して人の頭の後ろから見ざるを得なかったりもするが、ここは無料で、完全予約制だから、マイペースでゆっくり楽しめる。
しかも、HPでチケットのIDを入力すれば、今日見てきたことがまるまるおさらいできて、2度楽しめるのである。
絶対おすすめ!!

おまけ1ルーヴルの作品で他の美術展に貸し出し中だと観客から苦情が来るものが5点あるそうだ。その中の1点がこの「うさぎの聖母」だとか。他の4点が何かについては触れられなかったが、想像するに「いかさま師」はその中に入っているのではないかしら。
おまけ2偶然にも今日は14時からクリスマスコンサートが行われる日で、大半の客が会場のロビーに行ったために、肝心の美術展のほうはぐっと人が減り、おかげで私たちはよりゆっくり楽しむことが出来た。しかも、素敵なコンサートはすぐそこでやっているわけだから、それをバックグラウンドミュージックにする、なんて洒落たマネもできて、ラッキー。
おまけ3昼食を食べ損なった私たち。目黒のアトレで、話題のモチクリームをたくさん買って帰った。空腹時のスイーツは目の毒。ついつい散財するし、おいしくて、いくらでもおなかに入ってしまう。

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2007年12月16日 (日)

六本木で東西美術展

1215日 「牛乳を注ぐ女」(新国立美術館)「鳥獣戯画」展(サントリー美術館)

どちらもぎりぎりセーフの美術展。「牛乳」のほうは17日、「鳥獣戯画」は明日までだが、当初の目的は「牛乳」だった。見終わってミッドタウンに足を伸ばしたところで、「鳥獣戯画」が明日までと知り、ラストチャンスをものにできた。
終了間際の土曜日だから、かなり並ぶことを覚悟して出かけた「牛乳」だったが、途中携帯でしらべた混雑状況によれば並んではいないとのこと。実際、拍子抜けするほど楽に入れた(午前中だったからかも。午後3時過ぎの時点では20分待ち)。見終わった後に休憩をとったカフェも比較的空いていて、ゆっくりコーヒーを味わうことができた。
それでも中はそれなりに人が多い。この絵画展は「フェルメール<牛乳を注ぐ女>とオランダ風俗画展」と銘打っており、もちろん「牛乳を注ぐ女」が目玉だけど、その他にも1600年から1900年にかけてのオランダ絵画がたくさん。台所風景など生活観溢れる絵画、版画、素描で、小さなものが多い。大きくても7080センチ、中には10センチ程度で、顔をよほど近づけないと見えないものもある。
私が「牛乳を注ぐ女」に初めて触れたのは、何年前だろうか、テレビ東京の「美の巨人たち」でだった。この絵が目に入った途端、胸が震えるような感動を覚え、以来フェルメールにすっかり憧れてしまった。芸術論的なことは全然わからないけれど、映画「真珠の耳飾りの少女」を見たり、「フェルメール全点踏破の旅」なんていう本を買ったり。そしてこの「牛乳を注ぐ女」を日本で見られる幸運に、チケットは7月に入手した。そんなにまで思い焦がれていたのに、実際に見られたのは終了2日前。それだけ思いが凝縮していたから、他の絵画はほとんど素通り状態。
「牛乳を注ぐ女」の前にはロープが張ってあって、ロープ内の通路で見る人は立ち止まってはいけない。昔のモナリザやパンダみたいなものである。じっくり見たい人はロープの後ろに立つ。人の流れを滞らせたくないのはわかるけれど、この絵だって45.5×41cmと決して大きくはない。人の頭をよけながらではなく、ロープ内でゆっくり慈しみたかった。
この絵については、遠近法とか、赤外線でわかった左腕を描く上での苦心、はじめに描かれていたものと完成した作品に描かれているものの違いなど、解説がなされていて、興味深かった。この絵の消失点(遠近法で、たとえば2本の線路がはるか向こうに延びていって1つになる点)は右手首の上あたりにあるそうで、フェルメールはそこにピンを留め、糸を結びつけて遠近法を構成したという。光のやわらかさといい、女性の存在感といい、テーブルの上のパン、女性の後ろに置かれた足温器(足温器は当時の女性のお気に入りだったらしい)、壁の下のタイル(ここに描かれたのと同じ種類のタイルの展示もあった)といい、気持ちがすんなりとこの光景に溶け込める。
ざっと眺めたその他の絵にも、ヤン・ハーフィクスゾーン・ステーンの猥雑さを漂わせた絵画など印象に残るものはいくつかあったが、やはりフェルメールの光や雰囲気に似た作品は、心落ち着く。

「鳥獣戯画がやってきた」は10分待ちの行列に並んだ。だいたい日本で開かれる美術展は、壁に沿って作品が展示され、人々は列を作って移動していくわけだが、私はそういう見方があまり好きでない。だから、展示作品からちょっと離れたところで、人の頭の後ろから背伸びして眺めたりもするのだが、この鳥獣戯画は巻物であるから、連続して見ないわけにはいかない。
鳥獣戯画は甲乙丙丁の4巻から成る。甲巻では、さまざまな動物を人間に見立てて描いているが、乙巻ではそうでなく、動物のままである。乙巻には想像上の動物や日本にはいない動物が描かれているのがだが、中でも象にはびっくりした。だって、私のイメージする優しい顔ではなく、かなりおっかない目付きでいかにも猛獣という感じなのだもの。丙では人間が出てきたあと、動物が人間のように描かれる。丁は人間のみ。
というようなことは、私、恥ずかしながらまったく知らなかった。鳥獣戯画といえば、蛙が兎を投げ飛ばすというあまりにも有名な場面やそれに準ずるつまり甲巻のことしか頭に浮かんでこなかった。こんなにも色々な情景が展開されているとは…。
鳥獣戯画の作者密教の絵仏師あるいは宮廷絵師の2説があるそうで、結局誰だかよくわからないみたい。私、てっきり鳥羽僧正だとばかり思っていたが、一部は鳥羽僧正の手になるものであっても、これだけの絵巻全部となると複数の作者がいるのだろう。
今、日本の漫画が海外で大人気だというが、そのルーツが12世紀の鳥獣戯画であり、さらにさまざまな模本やアレンジを生んだということに日本人として大きな誇りを覚える(ちょっと下品になるが、「勝絵絵巻」のおなら合戦なんて、実に馬鹿馬鹿しくておかしい)。と同時に、日本人のくせに自分の国の芸術に無知であることを恥ずかしく思ったことであった。
おまけ:ミッドタウンの5階デザインハブで「ポスト切手展」というのをやっていた。切手のデザイン展で、静かな展示室にはさまざまなデザイナーによる斬新な図柄の切手がたくさん展示されている。展示の仕方も、入り口から奥まで2列の長い吊りケース(って言うのかな?)が設えられ、壁にも切手デザインの大きなパネルがかかっている。吊りケースでの展示は大変見やすいが、多少揺れがあるのかもしれない。じっと見つめていると、酔ってしまいそう。でも、とても楽しい展示だった。

新国立美術館内外
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鳥獣戯画展へ
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ミッドタウン
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2007年8月16日 (木)

ル・コルビュジエ展:建築篇

814日 ル・コルビュジエ展その2
建築関係では、透視図や立面図などとともに模型が展示されており、興味深い(ただし、模型に建物名が入っていないので、どの図と対応する建物なのかわからなくなる場合が時としてあった)。都市計画や居住機能に関するル・コルビュジエの未来を視野に入れた考え方は、それまでの建築と大きく異なっている。建築のことはまったくわからない私だが、建物内外の空間の利用の仕方が優れているように思った。
多数の柱に支えられた建築物は、日本では無理だろうなあ、ル・コルビュジエが日本で建物を作るとしたらどんなものになったんだろうなあ、などと思いながら見ていたら、おおお、なんと、国立西洋美術館本館が彼の唯一の日本での作品なのだと知った。そういわれてみると、ル・コルビュジエの特徴が現れているような気がする(これは、近いうちに<実地検分>してこなければなるまい)。
展示されている模型は精巧なものだが、建物というのはそれだけではわからない。というので、映像ブースでも多くの人が熱心に説明を見ていた。また、ル・コルビュジエのアトリエ(パリ16区のアパルトマンにあり、晩年はほとんどそこで過ごしたという)、マルセイユの集合住宅(ユニットキッチンや子供用シャワールームなどが生活感を醸し出している)、小さな休暇小屋が再現されていた。休暇小屋は行列で閉館時間に間に合いそうもなかったので諦めた(残念!!)。

私のル・コルビュジエに対する認識がまったく恥ずべき程度であるのはもっともで、つい23年前までは名前を知ってはいるがほとんど関心がない、というくらいのものだったのである。クロースアップマジシャンの前田知洋さんのサヴォワ邸に関するブログ記事で前田さんがル・コルビュジエを好きなことを知り、好きな人が好きな事物は好きになるというファン心理が働き、フランスに行ったら是非見てこようと密かに誓って間もなく、パリへ行く機会を得た。しかしサヴォワ邸は遠くて行かれない。ところが何という幸運。16区にロッシュ邸があったのである。
ル・コルビュジエ財団が入っている建物だというのに、住宅街の一角にひっそりとした佇まいで建つこの住居を、私は地図を片手にずいぶん探し回った。コンクリートの住宅からは木造のような温かみは感じられなかったが、といって冷たいというのでもなく、不思議な居心地の良さがあった。ピロティ、吹き抜け、スロープ、折り返し階段、空中庭園、絵画と、ル・コルビュジエのエッセンスが詰まったようなこの住宅を見学しておいたからこそ、私のような建築ド素人は今回の展覧会も少しわかったような気になって見ることができたのではないかと思う。
機会があったら、ル・コルビュジエが建設した3つの宗教建築を見に行きたいなあ。
おまけ1ル・コルビュジエって本名ではない。1887年に生まれ時の名はシャルル・エドゥアール・ジャンヌレ。1919年に先祖の1人からとったル・コルビュジエという名に変えたのだそうだ。へええ。
おまけ2ル・コルビュジエ展は火曜日のみ17時閉館で、約1時間前に入った私は、慌しくまわらざるを得なかった。混雑していることも考慮に入れて、余裕をもって行くか、あるいは火曜日以外の日(22時まで)に行くのがいいと思う。
パリのロッシュ邸

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2007年8月15日 (水)

ル・コルビュジエ展

814日 ル・コルビュジエ展その1(森美術館)
六本木に出たついでだから、前から見たかったル・コルビュジエ展に行ってきた。そんなに混んでないだろうとみくびったのは大間違いだとすぐ思い知る。夏休みということもあり、また展望台とチケット・入り口が一緒ということもあり、チケットを買う行列に10分並び、さらにエレベーターにも少し並んだ。そして、混んでいるのは展望台だけだろうと再び見くびったのがまたまた大間違い。大勢の若い人たちが熱心に作品を見てまわっていた。へええ、ル・コルビュジエってこんなに人気があったのか、と認識を新たにした(私の認識なんて、まったくこんな程度で恥ずかしい)。
展覧会では建築を中心に、絵画や家具などの展示もあった。ル・コルビュジエの絵画はピュリスムから始まり(と言っていいのかな)、やがてかなり激しいデフォルメの世界へと変わっていく。私はあまり強烈なメタモルフォーズは理解できないのだが、ル・コルビュジエの場合、ダリから受ける臓腑をかき回されるような奇妙な感覚はない。色使いも割と好ましい。
木彫が何点か展示されているが、これはル・コルビュジエの下絵にあわせてジョゼフ・サヴィナという家具職人が制作し、さらにル・コルビュジエが手を加えるという方法で作られたものだそうだ。絵画を立体化したようなこれらの木彫は、木のもつ素朴な性質が活かされているような気がした。
面白かったのが最小限自動車「マキシマム」。最小限の大きさで最大効率を図った自動車だ。展示されていたのは2分の1の模型(道理で小さいわけだ。はじめ、本当にこの大きさの自動車を考えたのかと思った)。1920年代は豪華車に関心が集まっていたそうで、ル・コルビュジエの先進的なコンセプトは受け入れられなかったということだ。現在パリでスマートカーが大人気だそうだが、ル・コルビュジエの先見の明が光る。
家具にはもちろん触れることはできないが、会場の最後にル・コルビュジエ設計の椅子が何点か置かれてあり、実際に座ることが出来る。人間工学に基づいて作られたこれらの家具は、「住むための機械」である住宅の「屋内設備」というのが、ル・コルビュジエの概念らしい。
長くなるので、以下続く。

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