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2020年9月18日 (金)

配信版「新薄雪物語」

4月17日16:00~26日23:59:59の三月歌舞伎座舞台収録映像公開期間中、まとまった時間が取れないピークで、せっかくのチャンスで見られたのは「新薄雪物語」の一部のみ。肝心の三人笑いを見逃すという間抜けさ。一番楽しみにしていた歌舞伎座だったのに。悔しくて悔しくてしばらく引きずったけれど、そのうち諦めもつき、執着心とか何かしたいというような気持ちがどんどん失われていって…。

「新薄雪物語」(歌舞伎座)
画質も音質もよい。ふだん三階席からは見られない花道がちゃんと見られたのもありがたい。それなのに、全部見られなかった後悔…。
孝太郎さんの声がいつもより聞きやすかった。
子供たちが大変なことをしでかしたことがわかった時の親の気持ち。息子をもつ父親としての仁左様の表情に息子への愛情と覚悟が窺える。左衛門(幸四郎)が意趣ある者の仕業と口走ったときの「なぜ切腹せぬか」と迫る厳しさは、男子の父親の厳しさを見せてつらかった。
吉右衛門さんにも、大変なことになったという表情の裏に娘への愛情を感じた。
父親2人が同じ気持ちでいることがわかって、より切ない気持ちになった。仁左様は息子の嫁となるべき薄雪をかわいく思っただろうし、吉右衛門さんは左衛門を我が子のように思っただろう。互いに大切な子供たちを預かる厳しさと愛情が胸を打った。
仁左衛門「そこもとなあ」、吉右衛門「互いに」、仁左衛門「互いに」、がお互いの腹を知り合っている親同士の言葉として、この先の展開を期待させた。
梅玉さんは柔らかいながら毅然としたところ、温情を隠しながらの捌き役が合っていた。
「広間」では、仁左様の嫁可愛さが胸に迫る。なんとか2人を添い遂げさせてやりたい、救いたい、それなのに薄雪は左衛門と一緒でなくてはイヤと言う。心を鬼にしての「縁を切る」は、本当に子どもたちを思う真心に満ちていた。薄雪のわがままにはちょっと腹も立つが、恋する若い娘の思いとしては理解できなくはない。
左衛門の首を斬ったという使者の言葉に受けた衝撃、悲しみ、恨みの激しさ、左衛門を切ったという刀を眺めて伊賀守の真意に気づく場面は圧巻。伊賀守は兵衛を信じていただろうし、兵衛もここで再び伊賀守を信じる。ここに伊賀守はいないけれども、そういうことがわかる気がした。
葵太夫、吉右衛門、仁左衛門と人間国宝が3人そろって見ごたえがあった。
「合腹」は、吉右衛門さんが花道の出で2度立ち止まり、扉を開けるのに苦しそう、座敷になかなか上がれない、右足の草履を脱げないまま上がり、上がってから手でちょっと脱ぎ捨てるようなしぐさの自然さ。
と、ここまでで時間切れ。本当にガックリ。

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