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2008年7月16日 (水)

満足、河連法眼の場再見

715日 歌舞伎鑑賞教室「義経千本桜 河連法眼館の場」(国立劇場大劇場)
080716kokuritu どうしても歌昇さんの狐が又見たくなって、行ってしまった。あんまり毎日出かけるのも……と、これでもずいぶん考えたんだけど、前回何となく消化不良気味というか食べ足りないような感じだったから。11時開演の回で「歌舞伎の見方」をパスすれば、1150分からになる。ちょうどいい時間帯だ。

又々チケットに九郎、いや苦労(オヤジギャグ~変換で最初に九郎って出てきたから…)
ところがネットのチケットは1511時の部に×がついている。では、と10時になると同時にチケットセンターに電話したら、これが延々話し中。何十回かけても、電話機を変えてかけてもだめ。国立の電話は11件に時間がかかるのはわかっているけれど、何の売り出し日でもない日にもこんなにかからないとは、驚いた。出かける時間のこともあり、困り果てて、チケットセンターではなく劇場のほうに電話してみた。当日券があるのかどうか訊くと、当日券の取り置きはなく、ネットで×ということは満席だと。そんなことはあるまい、と疑ってはみるものの、そう言われた以上、直接窓口に行ってやっぱり満席だったら……。ということで、仕方なく午後2時半の回をネットで取った。そして現地でチケットを機械から受け取ったついでに、窓口に確認してみた。すると、ネット席と窓口席は割り当てが違うそうで、11時の回の当日券はあったのだという。なんだ、それなら来てみればよかった、と悔やむがもう遅い(なぜ、チケットに関する認識が一定していないのだろう)。

愛おしい源九郎狐
チケットのことはともかく、狐忠信、満足しました。本物はいかにも武将らしく、狐になればやわらかく切ない感情が溢れていて、「その鼓は私の親、私はその鼓の子でござりまする」で、もうぶわっと涙が浮いてきて、鼓に付き添って守るのが孝行とか、親の諌めにしたがってお暇いたしまするとか、そのたびに涙が湧いてくる。にじみ出る狐の真情に、この狐が愛おしくて、親になって抱きしめてあげたくなった。帰り道、女子高生が「狐、かわいかったねえ」と喋っていたが、それはいわゆる「かっわゆ~い」という「かわいい」ではないようなニュアンスに聞こえた。きっと彼女たちも狐の気持ちを感じ取ったのではないだろうか。
派手さはないものの、義経、静も丁寧に思いを表現しており、忠信を含めた3者の心情が一つになったようなまとまりを感じた。
そういえば、いつもこの狐についてもやもやしたものを感じていたのは、この狐が子供なのか大人なのか、ということである。親が鼓にされたのが桓武天皇の時なんだから子供なわけないよなあと思いながら、何となく子供のような気がしないでもなかったのだ(鼓を義経からもらって喜ぶところの印象が強いのかな)。今回とくにセリフに注意して聞いていたら、「雨の祈りに二親の狐を捕らえられしその時は、親子の差別も悲しいことも、わきまえもなきまだ子狐」だったけれど、その後相応の年月が経ったとちゃんと言っている。そういう目で見れば歌昇さんの狐は、<親の子である>大人なのであった(となると、今度はそういう目をもって、また海老ちゃんの狐が見たくなってきた。だって海老ちゃんの魅力は魅力なんだもの)。
前回オペラグラスを忘れた轍を踏むまいと、今日はちゃんと持っていった。宗之助さんの赤っ面、かなりいけていた。声も高く張りあがっていたし、やや小柄でがあるが、あの優しげな女方さんが、化粧によってこうも変わるものかと感心した。
荒法師の愉快な足取りは2日続きでインプットされ、今でも首を振りながらぴょんこぴょんこしそう。

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国立へ曲がるあたりに咲く花。うだるような陽射しのもと、こういう花を見るとちょっと嬉しくなる。

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コメント

SwingingFujisanさま、はじめまして。akiと申します。

はなみずきさまのブログから時々おじゃまして、こっそり(?)読ませていただいておりましたが、ここのところの亀治郎さん&亀鶴さんの巡業や国立の歌昇さんキツネの記事を読ませていただき、共感する部分が多く、もう黙って読むだけとはいかず、初めてコメントさせていただきました!とっても素敵なブログですね。楽しく読ませていただいております。

私ももう1度、国立のキツネさんに会いたいです。そして操り三番叟さんには毎日でも会いたいです。では、また遊びに来ます。おじゃましました。

投稿: aki | 2008年7月16日 (水) 10時29分

aki様
はじめまして。ご来訪およびコメント、ありがとうございます。大変嬉しく存じます。
お時間が取れるようでしたら、ぜひもう一度国立へ足をお運びくださいませ。私は、歌昇さんのちょっと丸めの狐さんの寂しそうな後姿、そして喜びの動きが、未だに目に焼き付いていて、2度行ってよかったと思います。
操り三番叟には毎日でも会いたい--私もまったく同感です。遠いことが抑止力になっております

どうぞ、またおいでくださいませ。

投稿: SwingingFujisan | 2008年7月16日 (水) 10時48分

・・・・・っくしょんっ。失礼しました。くしゃみが出ると思いましたら、こちらで拙名が(笑)。毎度お邪魔しております、はなみずき、デス。

あ~、SwingingFujisan様のお花の写真に、癒されますわ~。本当に、ちょっと気分にむらがある時でも、道端に咲いている花と目があいますと、心に平安が訪れます。不思議ですよねぇ。自然の不思議な癒しパワー。

私も今まで、源九郎狐は「子ども」だと思っていましたが、なるほど、忠信に化けられるくらいなんですから、鼓の皮の狐の「子ども」であっても、自身はもうだいぶ成長しているのですね。目から鱗でございました。

それにしても、私はまだ日程が確定できず、こちら国立のチケットをとっていません…。まだ席が残っていますように…。

投稿: はなみずき | 2008年7月16日 (水) 13時11分

はなみずき様
ありがとうございます。やはりクシャミしていらっしゃいましたのね。内心、そうではないかと思っておりました 
子狐子狐、と言われれば、どうしても子供だと思い込んでしまいますよね。セリフをちゃんと聞くということも大事なんだなあと、つくづく普段を反省しました。
国立の座席は、多分当日でも大丈夫だとは思いますが、私が無責任なことを申し上げてはいけませんね。ぜひ、ご覧になってご感想をお聞かせくださいますよう(ブログの場合、「聞く」というのも変なものですが)。

投稿: SwingingFujisan | 2008年7月16日 (水) 18時03分

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