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2008年7月26日 (土)

上半期は鏡花で

725日 7月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
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あまりの暑さに今年初めて扇子を持って出た。レッズの扇子と日本代表の扇子しか見つからず、どっちにしようか迷った末、裏に亀ちゃんのサインをもらった日本代表のにした。それが大失敗。「夜叉池」の開演直前、扇子がないことに気付いた。バッグに差して歩いていたから、きっと歌舞伎座の廊下の混雑で人にひっかっかって落ちたに違いない。そう思って受付に2度問い合わせたが、出てこなかった。いずれにせよ、自分の不注意だから仕方ない。
「夜叉ケ池」
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年前の前回より格段によかった。春猿さん(百合)が美しい。私が歌舞伎を見始めたときはこんなきれいな人がいるものかと感嘆したのだが、今回はとくに前半、透き通るような美しさだと思った。声もこれまではべたっとし過ぎた感があったが、今回は気にならない。清らかで、萩原に寄せる愛のひたむきさが痛いほど感じられ、かなりウルウルさせられた。百合1役に絞った成果だろうか。
萩原の白髪はいかにも不自然。いくらその不自然さが必要といっても、もうちょっとマシな鬘にすればいいのに、と思うほど。しかし段治郎さんのカッコいいこと。愛する女を命を賭して守ろうとする男の、これまたひたむきさが胸を打つ。春猿さんとの見た目のバランスもとてもきれい。親友・山沢との再会の場面、奥からぱっと飛び出してきて、2人が見つめ合った瞬間、男の友情に胸が熱くなって、思わず涙が出た。
右近さんの山沢は台詞回しが気にならないと言ったらウソになるが、友を信じ、何とかして2人を助けようとするやっぱりひたむきな友情がひしひしと感じられた。このあたり、澤瀉屋のチームワークだろう。
前回、春猿さんが2役で演じた白雪姫を今回は笑三郎さんが演じている。笑三郎さんというと、私の中では比較的モノのわかった冷静な大人の女というイメージなのだが、激しい情熱、奔放な感情に押し流される白雪姫も意外によかった。愛する人の許に飛んでいきたいのに、どうしても夜叉池を離れてはいけない宿命へのもどかしさ、悲しさがよく伝わってきて、私までぎりぎりするような思いであった。
「高野聖」
08072603koyahijiti スキャンダルには事欠かない海老蔵さん(この日のTV欄にもワイドショーネタに名前が出ていた)演じる宗朝に漂うあの清潔さ、あの清らかな爽やかさは何なのだろう。自由奔放な明るさ、反面奥に潜む昏さ、匂い立つような色気等々、海老ちゃんの魅力はたくさんあるが、この清潔感もその一つだ。原作は読んでいないので原作に対する配慮は一切しないでいえば、この僧侶の役はまさに海老ちゃんのためにある、と言ってもいいと思うほど、ぴったりはまっていた。それは一つには、視点のブレない瞳にあるのではないだろうか。常に前を向いている瞳は、その向こうにある仏の姿を見ているようだ。最後に舞台中央縁まで出てきてじっと合掌する姿は目に焼きついている。
玉三郎さんの美しさにはため息が出る。私が感銘を受けたのは、水浴シーンの後である。水から上がってすっと着物を着たときに、いかにも汗を流してスッキリしたという感じを受けたのである。これがお湯なら玉三郎さんの体から湯気が立つのが見えるのではないかと思うくらい。こういうところに配慮がいく玉三郎さんはやはりタダモノではない。いかにも男を誘惑しそうな女、それでいてやはり玉三郎さんにも清潔さがある。
ところで、僧侶を泊めるときに「私が都の話をねだっても、決してしてくださいますな」と固く約束させたのに、その後都のことが出てこないのはどういうことだろう。ひどく気になった。

次郎役の右近クン(こちらは尾上)の成長ぶりには驚く。ほとんど表情だけ(主に目の動き)で気持ちを伝えるという難しく重要な役を見事にこなしている。3年前右近を襲名した当時はふっくらとしていた顔もほっそりしておとうさんに似てきたような気がする。木曽節を歌う声がきれいで胸を打つ。この歌声に次郎という少年の本質が現れているのではないかと思った。歌は父、演技は曽祖父との血筋もあるのかもしれないが、こんな大事な役をきっちり演じられる右近クン恐るべし。そういえば、明日から3日間、日生との掛け持ちの右近クン、暑さに負けず日生でも持ち味を発揮することと期待している(とは言うものの、私は日生は見られない)。
親仁(歌六)が出てくると、女と次郎が醸し出す不安定な空気が落ち着くようでほっとする。このおじさんもどことなく怪しげな雰囲気はあるものの、唯一世間と繋がっているせいだろうか。歌六さんの話題の長台詞、噂に違わず、本当に素晴らしかった。私は立て板に水の朗々たる喋りかと予想していたが、そうではなく一言一言ゆっくりと噛みしめるように語るその言葉が心に沁みた。親仁自身は世俗的なのにもかかわらず、魔物となった女と次郎を守っていこうとするその気持ちに切なく尊いものを感じてしまう。
市蔵さん、お調子者の薬売りは後々まで気になる存在感である(合掌)。猟師の男女蔵さんは歯の白さが妙に印象的だった。
出演者全員に説得力があり、ゴロゴロとした大岩や深山幽谷を表すセットがそれをいや増す。しかし薄気味悪い動物たちは、こういうの苦手な私には、ちょっとやりすぎ~感ありでした(とくに長いものはダメ。その場面、作り物だとわかっていても目を開いていられなかった)。
泉鏡花の幻想的な物語は、玉三郎さんのおかげで何作か知ったが、今年は演舞場で「湯島の白梅」まで見て、上半期鏡花イヤーみたいだな。
<上演時間>「夜叉ケ池」94分、幕間45分、「高野聖」85

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歌舞伎観劇記」カテゴリの記事

コメント

お暑うございます。本トに暑いですね。

夜の部のご感想、一つひとつが私の気持ちを代弁してくださっているようで、的確な表現に、頷き続けながら拝読いたしました。私も、海老蔵丈のオフのお噂の真偽はよく分かりかねますが、舞台の海老蔵丈からは、清らかで、若い僧らしく、(SwingingFujisan様がおっしゃるように)じっと前を見続けてブレることのない精神が伝わってき、玉三郎丈は、海老蔵丈という役者を得て、この舞台が出来たのだということを、改めて感じました。

そして、私も「都の話」、気になりました。これは、舞台を拝見してから読んだ原作でも同じで、確かに「女」は泊める際、念を押すのですが、最後まで都の話はしませんでした。

長くなり、失礼しました。SwingingFujisan様のレポを拝読して、もう1度カンゲキできたような気持ちになれました。ありがとうございました。(扇の件は、残念でございましたね~。)

投稿: はなみずき | 2008年7月26日 (土) 15時43分

はなみずき様
嬉しいコメントをありがとうございます。
海老蔵さんの美しく清らかなお顔が今も脳裏を離れません。あれだけの資質をもっている海老蔵さん、スキャンダルなんてクソ食らえでございます
都の話は原作でも以後出てこないとは、いったい何だったのでしょうね。が念押しするときには、今後の展開を色々予想したのですが…。
「夜叉ケ池」も「高野聖」も、はなみずき様のカンゲキレポに表されたお気持ちがそのまま私の気持ちにオーバーラップしました。

扇子は・・・(--,) 

投稿: SwingingFujisan | 2008年7月26日 (土) 20時46分

こん♪♪は。感想拝読しました。

海老蔵さんの宗朝の無垢な清らかさは、譬えようがないほどでしたね。今回の「高野聖」の成功の一つは、海老蔵さんにあるでしょうね。玉三郎さんも海老蔵さんとの共演でなければ、この作品の舞台化を考えなかったでしょうね。歌六さん、尾上右近さんの素晴らしさには、もう言うまでもないですね。

「都の話」は、はなみずきさまが仰るように原作通りなのですが、私も不思議に思っていました。ところが拙ブログへいただいたコメントから、岩波書店から出ている新日本古典文学大系明治編の泉鏡花集の存在を知り、再読したところ詳細な注と補注があり、教えられること大でした。

それを私なりにまとめると次の通りです。

「昔話によく出る異類婚姻譚のように与えられたタブーを犯したため破局を迎える話の型を連想させるが、たしかに中途で構想が破綻したことも考えられる。しかし、女と次郎が道路などの近代のネットワークから排除された魔界的空間に存在する以上、都の話をする近代の旅人は復讐の対象であることは当然である。つまり、薬売りをはじめとして畜生に変身させられたのがそれであるから、女の都の話の「戒め」のプロット的対応は、変わり果てた男たちの姿に示されている」

こう解釈すると、宗朝の優しさ、他の男のような好色性のなさが、「女の別してのお情でけものに変えられる」のを免れたことになるのと対応するのだと思います。

投稿: 六条亭 | 2008年7月26日 (土) 21時54分

六条亭様
コメントと解説、ありがとうございます。
「都の話をする近代の旅人は復讐の対象である」というのは気付きませんでしたが、言われてみればなるほど、と頷けます。女の戒めの繋がりがよくわかりました。
六条亭様の説明を拝読して、女と次郎の哀しさが再び胸に迫ってくるような思いです。宗朝の清らかさが2人の魂を少しでも安らげたであろうことを願います。しかし宗朝の去ったあと、2人の哀しさはいや増したかもしれないという思いもあります。
コメントの公開とお返しが遅くなってごめんなさい。

投稿: SwingingFujisan | 2008年7月27日 (日) 08時39分

>SwingingFujisanさま
はじめまして。風知草のおとみと申します。
はなみずきさまのところから,飛んでまいりました。
上方で細々と観劇ブログを綴っています。
地の利の無さとスリムな財布は,思い込みと見立てでカバー。はじめて3年,最近は風知草(フウチソウ)ならぬ放置草(ホウチソウ)状態で自爆しております。玉様だけは別格。7月は歌舞伎座の鏡花二部作だけは渾身のエントリ立てました。
役者さんへの愛のある視線と観劇の楽しさの本質に迫る記述,いたみいりました。よろしかったらお邪魔させてくださいませ。

投稿: とみ(風知草) | 2008年8月 5日 (火) 20時13分

とみ様
ご丁寧なコメント、ありがとうございます。嬉しく存じます。
実は、とみ様のお名前は風知草という美しいお名前が印象的で、以前から存じ上げておりました。しかし人見知りな私はWeb上でも内気でして、これまでお伺いもせず失礼いたしました。
あ、今、とみ様の門をちょっと叩いてまいりました。さすがに渾身のエントリー、とても深いご感想と解題で、いい年をしてミーハーしております私など、恥じ入って小さくなってしまいます。
こんな稚拙な感想しか書けませんが、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

投稿: SwingingFujisan | 2008年8月 5日 (火) 21時03分

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