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2008年7月

2008年7月30日 (水)

穏やかな光と陰:コロー展

729日 コロー展:光と追憶の変奏曲(国立西洋美術館)
大変評判がいいというコロー展(東京は8月31日まで)、娘からも勧められていたから、行ってきた。会場で、音声ガイドが吉右衛門さんだと知り、そうであれば是非にも借りなくっちゃということで、吉右衛門さんのソフトな語りに伴われて絵を見て回りました。
女性を描いた作品
コローに関する私の予備知識はゼロに等しく、それだけに新鮮な感動を覚えた。一般に芸術家は経済、恋愛、病気等、何かしらの葛藤を抱えてそれを芸術に表すことが多く、それがこちらの胸に突き刺さるのだが、コローの作品からはそういう生き様をぶつけるという激しさは感じず、穏やかな光と陰が織り成す落ち着きに心が満たされる。裕福で独身を通したというコローに恋愛の葛藤があったかどうかは知らないけれど、女性を描いた作品には色気といったものがあまりみられない。だけど、それが、コローの作品の価値を貶めるわけでは全然ない。むしろ、コローの、女性を1人の人間として捉える考え方に共感を覚えた。
さまざまな女性像の中でとくに有名なのが「真珠の女」(「コローのモナリザ」と言われている)と「青い服の婦人」。さすがに有名なだけあって、とても心惹かれる絵である。「真珠の女」は62歳から10年かかって、「青い服」は死の前年78歳で描いたというから、老いてなおその瑞々しい感性にはただただ感服するばかりである。自身はとくに「真珠の女」を気に入って、死ぬまで部屋に飾っていたそうだが、わかる気がする。ちなみに、この絵には真珠は描かれていない。女の額にかかる葉の飾りが真珠のような輝きを放っていることから「真珠の女」と呼ばれるようになったのだ。そうと知らなければ、額の葉を本当に真珠と思い込みそう。
風景画

風景画は、写実ではなく、その風景を見たコローの記憶と印象が描かれているのだという。だからだろうか、画家自身というフィルターを通した絵は、全体に穏やかで、柔らかく、もや~っとした感じである(とくに、木の葉の表現は独特で、こんもりした葉がもや~っと見える)。音声ガイドのBGMにクルムフォルツの「ハープソナタ」がかかっていたが、この曲を耳にしながら、コローの絵の前で穏やかに紅茶とマドレーヌで楽しみたいという誘惑に駆られた。
また、コローの描く空は晴れていてもさほど明るくなく、日光はむしろ道路に反映されている。ひなびた田舎の道路にちょっと乾いた陽が当たっている様が、私は大好きである。こちらは、ボサノバでも流しながらコーヒーを手に眺めたい。
コローが影響を与えた画家たち
しかし、そういう筆致の作品が続くと、私のように右左、黒白はっきりしたものが好きという性格には、次第に物足りなさが生じてくる。実にわがままなことである。ここで、それを救ってくれるのがアンドレ・ドランだ。鮮やかな色遣い、きっちりした造形、その1枚がドーンと目に飛び込んで来たとき、はっと心が躍った(もっとも、そういう絵が何十枚も続いたら、きっと疲れるだろう。この絵にはっとして、またコローに戻るからいいのだ。実にわがままなことである)。
この展覧会の非常に優れたところは、ルーヴルの全面協力をえてこれだけの作品を集めたことのほかに、コローに影響を与えた画家、またコローが影響を与えた多くの画家の絵を並べて展示してあることだと思う。ドランもコローの影響を受けた1人だそうで、構図などにそれが現れているのだろう。
とくに印象派に対する影響は大きかったようで、セザンヌ、シスレー、ルノワール、モネ、ゴーガン、ピサロといった有名画家の作品が、それが影響を受けたであろうコローの作品のそばに並べられている。コローも印象派として分類されているようだが、同じ印象派でもコローと彼らの作品は素人の私の目には全然違うように見える。しかし恐らく光と陰の扱い方、構図などで彼らはコローから大きなインスピレーションを受け、自分に最も相応しい何かをコローから引出したのだろう。コローは他にマティス、ブラック、ピカソ(!)などにも影響を与えたそうだ。
気に入ったコローの作品(自分の記憶のために)
「真珠の女」「青い服の婦人」「モルトフォンテーヌの想い出」(以上3点はこの展覧会の目玉。で、この3点の一筆箋をそれぞれ買ってしまった)、「ヴィル・ダヴレーのあずまや」「ヴィル・ダヴレーのカバスュ邸」「ティボリ、ヴィラ・デステ庭園」「アルルーの風景」など(手元にカタログがないので、好きな絵を思い浮かべても題名がわからない)。

紅茶やコーヒーでコローを眺めたいと言いながら、現実的な私は同行の友と、お気に入りの西洋美術館隣カフェでこの始末↓
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2008年7月29日 (火)

心を洗い流す星の王子さま

728日 「夜と星と風の物語」(シアター1010
松井誠の「王女メディア」を見たときに、劇場でつい買ってしまったのは、大好きな「星の王子さま」だから。と思っていたら、1週間ほど前の新聞に「星の王子さま」をモチーフにした別役実の新作なんだと知った。へええ、別役実なんて、こんなことでもなければ絶対出会えなかったなと、ちょっと面白く思った。
さて、その別役版・星の王子様は音楽劇であり、原作のさまざまなエピソードをアレンジして、独自のストーリーを持ちながら、原作の味もこわしていない。飛行機が墜落したのは王子がお茶会をしていたテント。原作でかの有名な「ヒツジの絵を描いて」と飛行士に頼む王子は、ここではお茶を飲めなくなったから「飛行機をどかして」と頼む。原作でもっとも心を打つキツネと王子の会話は、ここではキツネは出てこないし、王子が「遠くばかりを見ていると近くのものが見えなくなるって言いますからね」とさらっと言うだけである。

飛行士と恋人、墜落した飛行士を探して砂漠を歩き回る両親はそれぞれお互いに相手と出会っても、それが誰だか認識できない。話しているうちに、互いに恋人らしい、息子らしい、親らしいという気持ちにはなってくるのだが、決め手がない(だから、彼らは飛行士と彼を巡る人たちであると同時に、男1、女1、男2、女2でもある)。その決め手となるかもしれないのは、ある男が遠く離れたカサブランカに住む恋人に宛てた手紙である。飛行士はその手紙を届けようとして墜落したのだ。だがその手紙を書いた男はじつは飛行士かもしれなくて…、と話は少々ややこしくなる(が、わかりやすいややこしさ)。
いっぽうの王子はばらの花との行き違いがあるものの、ばらが自分の愛する相手で、ばらも王子を愛しており、2人は結婚することになる(相思相愛の王子とばらが結ばれるのはいいのだけど、私の中の王子は小さな胸をばらのために痛める少年で、結婚ということに現実味が湧かない)。
すべての人が愛を取り戻すのは、「思い出」によってである。みんなで「思い出そう、思い出そう」と言って、過去を思い出す。
私ははじめ後ろを振り返ることへの反発を覚えたが、ふと気付いた。自分が道に迷ったとき、先ばかりを見て苛立ったとき、両親がしてくれたこと、友達が言ってくれたこと、子供にしてしまったこと、そういうことを思い出して自分の道が見えてくることに。思い出すのは過去にしがみつくこととは違うのだということに。
主演の毬谷友子は少年役にありがちな演技が時として見られたが、王子にぴったりな純粋さと毀れやすさを感じさせ、とても愛おしい思いに駆られた。飛行士の恋人役の秋山エリサが伸び伸びとした演技でよい。そのほかの出演者もみな適材適所、若い役者さんは全身で表現して、ベテラン俳優は全身から滲み出る感情で表現して、見ている私は安心してこのファンタジーの世界に入り込めた。
この芝居もまた、原作と同様に、心をきれいに洗い流す涙をくれるのだと思った。
<上演時間>155分、休憩15分、第255
おまけ1最後に、この飛行士がサンテクジュペリであり、彼が墜落したのは砂漠でなく海であったことが明らかにされるが、私は、この部分がちょっと余計な印象を受けた。そうしなくても十分サンテックスへのオマージュにはなっていると思うのだが。

おまけ2音楽劇だから歌も音楽もたくさん採り入れられている。嬉しいことに、音楽は生演奏。これがいいのよ。チェロ、ギター、クラリネット、ピアノ、そしてヒューマンビートボックスのMaLさんが見事なリズムを刻む。朝倉摂の砂を軸にした装置、古い駅なども雰囲気を盛り上げる。
おまけ3笑いどころがたくさんあって、わたしもくすくす笑ったのだが、何人か大受けしてひどく笑っている人がいた。そんなに声を上げて笑うほどだったかなあ。でも、そうやって楽しく笑うのは悪いことではない。
おまけ42度目のカーテンコールで、駱駝(砂漠のキャラバンの駱駝)に入っていた2人の役者さん(政宗、池上高史)が顔を見せてくれたのも嬉しい。大事な手紙を食べちゃったユーモラスな駱駝さんに大きな拍手を送った。

おまけ5この劇場で右近さんと笑也さんが「極付 森の石松」をやると知ったのは前日。もうとっくに一般販売も行われており残席わずかで迷ったが、劇場で前売りを買っちゃった

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2008年7月28日 (月)

これがマジックアワー(かな?)

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昨日のマジックアワーです。
猛烈な突風と雷雨の後、雲が流れて、上のような空になりました。

今日の空もあまり見事というか不思議な感じだったので、↓
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2008年7月27日 (日)

夏祭り

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←浪花鑑ではない。昨日は町会の夏祭りだった。かつては3日にわたって行われていた盆踊りが9年前から1日だけの祭りに姿を変えたのであるが、すべて手作りのこのイベントに、私も転居当初(盆踊り時代)からずっとお手伝いとして参加している。
私の担当は焼きソバ。昔は女性だけで汗と油にまみれながら焼いていたのが、最近は男性が焼いてくれるようになって、そろそろン十の坂に差し掛かろうというオバサンたちは大いに助かっている。とはいえ朝9時に駆り出され、途中適当に休憩を挟むものの(をどれだけ飲んだことか)、ほぼ1日立っての作業に、昨夜は帰宅後汗と油とソースの匂いを落とすなり即夢も見ずにグッスリ。今朝起きたら、腰やら背中やらがキリキリ痛み、体が伸びなかった。
現場で手伝うだけでもかように大変だから、実行委員たちの苦労はいかばかりか。それでも子供たちや地域住人の喜ぶ顔を見ると、こういうイベントは必要なんだろうなあと思う。私にしても、同じ町会に住みながら年に1度のこのときしか顔を合わせない人も多く、それなりに楽しみにしているのである。
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何箱、焼いたことか。
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100円だし、味も上々、飛ぶように売れる。
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 屋台のシートを通してみた電柱
             

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2008年7月26日 (土)

上半期は鏡花で

725日 7月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
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あまりの暑さに今年初めて扇子を持って出た。レッズの扇子と日本代表の扇子しか見つからず、どっちにしようか迷った末、裏に亀ちゃんのサインをもらった日本代表のにした。それが大失敗。「夜叉池」の開演直前、扇子がないことに気付いた。バッグに差して歩いていたから、きっと歌舞伎座の廊下の混雑で人にひっかっかって落ちたに違いない。そう思って受付に2度問い合わせたが、出てこなかった。いずれにせよ、自分の不注意だから仕方ない。
「夜叉ケ池」
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年前の前回より格段によかった。春猿さん(百合)が美しい。私が歌舞伎を見始めたときはこんなきれいな人がいるものかと感嘆したのだが、今回はとくに前半、透き通るような美しさだと思った。声もこれまではべたっとし過ぎた感があったが、今回は気にならない。清らかで、萩原に寄せる愛のひたむきさが痛いほど感じられ、かなりウルウルさせられた。百合1役に絞った成果だろうか。
萩原の白髪はいかにも不自然。いくらその不自然さが必要といっても、もうちょっとマシな鬘にすればいいのに、と思うほど。しかし段治郎さんのカッコいいこと。愛する女を命を賭して守ろうとする男の、これまたひたむきさが胸を打つ。春猿さんとの見た目のバランスもとてもきれい。親友・山沢との再会の場面、奥からぱっと飛び出してきて、2人が見つめ合った瞬間、男の友情に胸が熱くなって、思わず涙が出た。
右近さんの山沢は台詞回しが気にならないと言ったらウソになるが、友を信じ、何とかして2人を助けようとするやっぱりひたむきな友情がひしひしと感じられた。このあたり、澤瀉屋のチームワークだろう。
前回、春猿さんが2役で演じた白雪姫を今回は笑三郎さんが演じている。笑三郎さんというと、私の中では比較的モノのわかった冷静な大人の女というイメージなのだが、激しい情熱、奔放な感情に押し流される白雪姫も意外によかった。愛する人の許に飛んでいきたいのに、どうしても夜叉池を離れてはいけない宿命へのもどかしさ、悲しさがよく伝わってきて、私までぎりぎりするような思いであった。
「高野聖」
08072603koyahijiti スキャンダルには事欠かない海老蔵さん(この日のTV欄にもワイドショーネタに名前が出ていた)演じる宗朝に漂うあの清潔さ、あの清らかな爽やかさは何なのだろう。自由奔放な明るさ、反面奥に潜む昏さ、匂い立つような色気等々、海老ちゃんの魅力はたくさんあるが、この清潔感もその一つだ。原作は読んでいないので原作に対する配慮は一切しないでいえば、この僧侶の役はまさに海老ちゃんのためにある、と言ってもいいと思うほど、ぴったりはまっていた。それは一つには、視点のブレない瞳にあるのではないだろうか。常に前を向いている瞳は、その向こうにある仏の姿を見ているようだ。最後に舞台中央縁まで出てきてじっと合掌する姿は目に焼きついている。
玉三郎さんの美しさにはため息が出る。私が感銘を受けたのは、水浴シーンの後である。水から上がってすっと着物を着たときに、いかにも汗を流してスッキリしたという感じを受けたのである。これがお湯なら玉三郎さんの体から湯気が立つのが見えるのではないかと思うくらい。こういうところに配慮がいく玉三郎さんはやはりタダモノではない。いかにも男を誘惑しそうな女、それでいてやはり玉三郎さんにも清潔さがある。
ところで、僧侶を泊めるときに「私が都の話をねだっても、決してしてくださいますな」と固く約束させたのに、その後都のことが出てこないのはどういうことだろう。ひどく気になった。

次郎役の右近クン(こちらは尾上)の成長ぶりには驚く。ほとんど表情だけ(主に目の動き)で気持ちを伝えるという難しく重要な役を見事にこなしている。3年前右近を襲名した当時はふっくらとしていた顔もほっそりしておとうさんに似てきたような気がする。木曽節を歌う声がきれいで胸を打つ。この歌声に次郎という少年の本質が現れているのではないかと思った。歌は父、演技は曽祖父との血筋もあるのかもしれないが、こんな大事な役をきっちり演じられる右近クン恐るべし。そういえば、明日から3日間、日生との掛け持ちの右近クン、暑さに負けず日生でも持ち味を発揮することと期待している(とは言うものの、私は日生は見られない)。
親仁(歌六)が出てくると、女と次郎が醸し出す不安定な空気が落ち着くようでほっとする。このおじさんもどことなく怪しげな雰囲気はあるものの、唯一世間と繋がっているせいだろうか。歌六さんの話題の長台詞、噂に違わず、本当に素晴らしかった。私は立て板に水の朗々たる喋りかと予想していたが、そうではなく一言一言ゆっくりと噛みしめるように語るその言葉が心に沁みた。親仁自身は世俗的なのにもかかわらず、魔物となった女と次郎を守っていこうとするその気持ちに切なく尊いものを感じてしまう。
市蔵さん、お調子者の薬売りは後々まで気になる存在感である(合掌)。猟師の男女蔵さんは歯の白さが妙に印象的だった。
出演者全員に説得力があり、ゴロゴロとした大岩や深山幽谷を表すセットがそれをいや増す。しかし薄気味悪い動物たちは、こういうの苦手な私には、ちょっとやりすぎ~感ありでした(とくに長いものはダメ。その場面、作り物だとわかっていても目を開いていられなかった)。
泉鏡花の幻想的な物語は、玉三郎さんのおかげで何作か知ったが、今年は演舞場で「湯島の白梅」まで見て、上半期鏡花イヤーみたいだな。
<上演時間>「夜叉ケ池」94分、幕間45分、「高野聖」85

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2008年7月25日 (金)

マジックアワー

724日 映画「マジックアワー」
公開前はともかく公開後もやや食傷気味の宣伝活動で、ちょっと引いていたのだけど、やっぱり見ておこうと思い立った。
登場人物のキャラもストーリーも、いかにも三谷さんらしいファンタジー映画(でしょう)。思い込みが思い込みを呼び、でも二進も三進もいかなくなり…では、どうするか。
佐藤浩市が単純明快、ひとたび思い込んだら疑うことを知らずに突っ走る男の馬鹿馬鹿しさ、だけどそれが人を惹きつける魅力にもなる。妻夫木聡は見た目はぺったりと髪を八二(九一かも)に撫で付けこれまでのイメージとは大違いだが、役のキャラとか演技は「憑神」で見たのと重なる感じを受けた。西田敏行は意外にしまった顔つきで、ギャングの親分ながらやっぱり西田敏行らしさに溢れている。寺島進はあの顔で怖い役をやったらマジで怖いんだけど、三の入ったコワモテはとても好き。
女優では深津絵里もいい雰囲気出しているし、綾瀬はるかがイメージどおりの役で可愛いが、なんと言っても戸田恵子に尽きる。出てくるたびに髪もメイク(厚化粧)もほくろの位置も違うというミステリアスなホテルの女主人で、この存在感がたまらない。
男優では絶対萬次郎さん。亀ちゃんがちょびっとだけ出るというのも、この映画を見る目的の一つだったが、私は断然萬次郎さんを見たかった。期待に違わぬ萬次郎さんに大笑いするとともに、この人が歌舞伎の女方だって知ってる人はどれくらいいるんだろう、萬次郎さんの「大磯の虎」とか「女暫」とか見たら、みんなとても同一人物とは思えないだろうな、なんて考えてニンマリした。そういう私だって、とても同一人物とは思えないのでした。
サービス的にちょっとだけ顔を出す俳優はだいたいわかったのだが、寺脇康文と堀部圭亮は気付かなかった。亀ちゃんは、前半のほんの数秒しか出ないと聞いていたので見逃してはいけないと気を張っていたが、佐藤浩市が思い切り大きい声で「おい、カメ」「カメ」と何度も呼ぶのですぐわかった。時代劇スター<カメ>(新年会だったか、亀ちゃん自身の説明によれば<往年の時代劇スター・カメ>)はカレーに目がなく、このときもカレーの皿を手に持って、佐藤浩市が呼ぶのも無視して、歌舞伎調歩き方で画面から去って行った。私は1人でにやにやしてしまった。
ネタバレしないようにと思ってはいるのだが、ひとつだけ。柳澤愼一という俳優が出てくる。この人が谷原章介のン十年後の姿という役なのだが、顔立ちが谷原にとても似ていて、私はずっと谷原章介の特殊メイクかなと疑っていたくらい。でも声が決定的に違うんだよなあ、誰なんだろうと考えていたら、エンドロールで柳澤愼一とわかり、へええと感心したのであった(若い人は知らないだろうなあ)。
あちこちで大笑いさせる映画ではなく、だけどず~っと面白さを保ち、最後に見せる映画人の心意気と、佐藤浩市のマネージャー役の小日向文世(この人がまたいいのよ)が照れくさそうに言う「自分は村田ちゃんの一番のファンだから」とのセリフに、ありきたりながらぐっときた。
「マジックアワー」って、太陽が消えてから周囲が暗くなるまでのほんのわずかな時間のことなんだって。それを見るのに失敗したら、又次のマジックアワーを待てばいいんだって。で、昨日そのマジックアワーを撮ってみたけど、うまくいかなかったので、次を待つことにした。今回はパリのマジックアワーで。
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独り言:香川照之を親分とする新興ギャング「えぼら組」って、エボラ出血熱に関係あるの?と思っっていた。文字を見ると「江洞」。考えもしなかった。香川照之はあまりギャングの親分っていうイメージじゃない。子分のほうがいい味出しそう。

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2008年7月24日 (木)

パワフルな舞台:道元の冒険

723日 「道元の冒険」(シアターコクーン)

080724lotus2_2 仏教的雰囲気はけっこう好き(寺院、仏像の拝観、だ~い好き。お香の匂い、だ~い好き)。しかし仏教の精神性はよくわからない。そもそも宗教に関して私は、八百万神に敬意を表する程度の信仰心なのである。
だから、「道元の冒険」は宗教的観点から離れ、かなりミーハー的視点で見た。
すっごく高いプログラム(1800円)を開くと、役名は「主として○○に扮する男」あるいは「主として○○に扮する女」と書かれてあり、では、彼らは道元でもなければ、その弟子の僧たちでもないのかという、一種居心地の悪さというか、好奇心というか、そんな気持ちが湧く。
開演と同時に場内は真っ暗になり、突然バスガイドが登場する。ガイドの案内で舞台中央を見ると、黒い衣に覆われた集団が円陣を組み、「うぉーんわんわん」としか聞こえないような声を発している(祇園精舎がどうたら、と言っていたのかも)。彼らが、道元が開いた興聖宝林寺の僧たちで、やがて彼らは経本をアコーディオンみたいにぱらぱらと右へ左へ見事に操りながら読経する(これ、振り付けかと思ったら、実際に行われている「転読」というものだそうだ)。
そして道元が登場し、開山7周年を記念して弟子たちが道元の半生記を演じることになる。しかし比叡山の僧兵や朝廷などの邪魔が入り…。
ところで、道元は最近しきりに夢の世界に入り込む。夢の世界で道元は婦女暴行罪でつかまった男(男のほうも頻繁に見る夢で道元になっている)であり、尋問を受け、ロボトミー手術や電気ショック療法を受ける。ロボトミーって残酷だからと今は行われていないはずだが、芝居とはいえ、ドリルで頭蓋骨に孔をあけるシーンはイヤな感じがした。
「主として道元に扮する男」・阿部寛は、道元半生記が上演されている間、舞台下手で座禅を組んでじっとそれを見ている。これがかなり長時間で、きつそう。でも、私は時々阿部ちゃんの表情を見ていたが、場面場面でにんまりしたり、厳しい表情になったり、法印を組みなおしたり、一緒に歌を歌ったり、ちゃんと演技しているのが興味深かった(この表情は演技だから毎度同じなんだろうか、それともその時の阿部ちゃんの気分で変わるんだろうか、なんてことを考えていた)。
出演者は13人。そのうちの10人が複数の役を演じ分ける。145役は当たり前、6役、7役なんていう役者さんも。阿部ちゃんは、「主として道元に扮する男」と、婦女暴行容疑の男の2役。「トリック」などで見せる阿部ちゃんのエキセントリックな部分が、この婦女暴行男に現れていて、「うん、この役は阿部ちゃんにぴったりだ」と頷いたのでした。それにしても、これまでにも1人で何役かを演じ分ける芝居はいくつか見ているが、こんなハードなのは初めてだ(私だったら、1日2回公演なんて挫ける。役者さんはつくづくタフだ)。歌舞伎の早替りと同様、袖に引っ込んで別の人物になって出てくることもあれば、舞台でそのまま衣裳を変えて違う人物になっちゃうなんていうこともある。おまけに、全員歌が歌えなくてはいけない。
高橋洋(歌はイマイチかな~)×北村有起哉の素敵な中国語講座。これは青年道元が中国に留学したとき(あるいは留学前だったかも)のエピソードで、中国と日本では漢字の意味が違うとして、道元がクイズ風に漢字の勉強をする。アン真理子の懐かしい歌が歌われたが、わかった人がどれだけいたか(「明日という字は明るい日と書くのね~」「若いという字は苦しい字に似てるわ~」。若い人には何のことかわからないでしょ)。それから、先生役の高橋洋クンがたとえば「口から出るのは」とか歌いながら襖だか壁だかに筆で大きく偏を書いていくと、道元役の有起哉さんがつくりの<出>という漢字を書いて「はなし(咄)~」などと歌う。こうして書かれた漢字が10字くらいあっただろうか。漢字と成り立ちとしては当たり前のことなんだけど、けっこう感心もしたし、ダイナミックで楽しい場面だった。
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年の留学を終え、壮年となった道元は「正法眼蔵」を書く。このときの道元(高橋洋)の熱弁は、若々しい情熱に溢れ、実のところ、何を言っているかあまりよくわからなかったのだけど、それでもこちらまで力が入った。
あるとき、その道元のもとに、親鸞と日蓮が訪ねてくる。
3人は同じ比叡山大学の先輩後輩なのに、宗教的観念の違いから、しょっちゅうぶつかり合う。そのたび1人が仲裁役になり、「まあまあまあ。皆同じ大学を出ているのではないか」ということで仲直りする。そこで歌われるのが比叡山大学の応援歌。まずは「比叡山大学応援歌1ば~ん」として、某大学校歌の替え歌が歌われる。予想されたとはいえ、思わずクスリと笑ってしまった。喧嘩と仲直り、応援歌の繰り返しが3回あって、我が母校の替え歌も高々と歌われ、思わず大きな拍手してしまった。
出演はほかに木場勝己(セリフも安定しているし、ベテラン、大奮闘。木場さんって、どういうわけか、私の中で吉田鋼太郎さんとかぶるのよね)、大石継太(早替りでは一番めまぐるしく、笑わせられた。老典座役は本当に老人かと思ったほど見事)、神保共子(小さな体に溢れるバイタリティー。演技もさすがにしっかりしているから安心していられる)、栗山千明(TVで見る印象とずいぶん違った。最近蜷川が使っていた若い女の子たちの中で一番よかったかも)、横山めぐみ(私、舞台の横山めぐみって好き。色気むんむんの役でも清潔さと必死さが感じられる)、池谷のぶえ(ボリュームたっぷりの体から出る声が明快で美しい)、片岡サチ(仁左様の娘さんの汐風幸がこの名で出ているのであった。強烈な個性はないものの、元宝塚だけあって、歌や動きがよい)。あと、最後にちょっとしか出ない看護夫役の手塚秀彰、バスガイド役の茂手木桜子、御仏役の金子文(この人、ヌードの姿態を晒すのだが、じっと動かず、顔には微笑みを湛えて、スゴい)。
宗教的な言葉や会話、むずかしい用語なども時にはあるが、道元の生き方や考え方を現代の狂気と絡み合わせてほとんど退屈させることなく見せ(原作は超膨大、そのまま演じたら67時間くらいもかかろうかというのを、初演時大幅にカットし、今回は井上本人が改稿したそうだ。芝居のテンポはよい。1部も2部もそれぞれ予定の上演時間より5分くらいずつ短縮されていた。しかし早替りと栗山千明の少年道元が頭を剃る場面は、少し悪乗りしすぎだと私には思える)、ラストは井上ひさし得意の落とし方で、「○○に扮する」男だの女だのがう~む、そうだったのかという次第。全部きっちり消化できたわけではないが、とても面白かったし、芝居を①1度見ればいいやというもの、②機会があればもう1度見たいもの、③何度でも見たいものに分ければ、「道元の冒険」は②である。
<上演時間>195分、休憩15分、第290分。
おまけ1ラストで舞台上からたくさんのTV画面が降りてくる。相撲、ニュース、ドラマ…。それは全部、今日この時間にオンエアされているものらしい。決め手は、「バットマン逮捕」のニュース。
おまけ2チラシやポスターを見ると、みんなきれ~いなつるつるのスキンヘッドだが、実際に使われている鬘は黒髪まじりで、え~~っ。
おまけ3大竹しのぶが見に来ていた。私は開演前にたまたま受付そばにいて、目の前に大竹さんの姿があったのでビックリしたのだが、座席も私たちの数列前で、へええと思った(有名人ってどの辺の席なのかなあといつも思うから)。シンプルな黒の胸が大きくあいた袖なしワンピースで、ノーメイク(に見えた)。あまり芸能人オーラは発しておらず、あれほんとに大竹しのぶだったかしら、と時々あやしくなるくらい。あ、本当に大竹しのぶさんでしたよ。

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2008年7月23日 (水)

時間に支配される生活

今日、「道元の冒険」を見て来た。友人と見た。
携帯を自宅に置き忘れた。友人とは劇場のその席に座れば必ず会えるから、どうと言うことはないのだけれど、一番困るのは、時間がわからないこと。
私はいつの頃からか、腕時計をもたない。したがって携帯が時計代わりになる。その携帯がないと、ひどく不安になる。昔は、どこを見ても時計が見つかったのに、今は探すと案外見つからないことが多い(駅でさえも長いホームの1カ所にしかなかったりする)。
携帯を持っていても、劇場に入れば、開演5分前には電源を切る。途端、不安感に襲われる。あ~、私は時間に支配されているのだと、つくづく思う。

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2008年7月22日 (火)

銀座のちょっと似た?ビル

だいぶ前にurasimaruさんところ(5月31日)でいいなあと思ったビルを、先日やっと見つけました。やっとというのは、6月に「あ、これだ」と、その写真と同じビルを発見したつもりになって興奮して帰宅したら、場所も風景も違っており(私の記憶って、ホントいい加減)、がっくりしたから。

写真上2葉はurasimaruさんのと同じビル(ソニービル前)。下2葉は私が勘違いしたビル(伊東屋前)。でも、ちょっと(ほんのちょっと)似ていないかなあ。
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2008年7月21日 (月)

高原ホーム初ゴールも完敗

721日 対川崎フロンターレ戦(埼玉スタジアム、1800キックオフ、51,168人)→13で完敗
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予測通りというか(主力選手の出場停止が多い)、ひどい試合だった。しかも、私は前節と同じR席だとばかり思って出かけ、スタジアムの中に入ってから、「うひゃ~、S席で最悪のメインアッパー」と知った(ゲームの流れはよく見えるけど、選手11人は豆粒。それでいて値段はR席より500円も高い)と知りガックリ。再びしかも、レッズお知らせメールで、司ちゃんがまたサブだと知って、出かけるのを30分遅らせ、ぎりぎりセーフというか、遅刻ギリギリの到着になった。
試合は、高原が待望のホーム初得点 大いに盛り上がったが、それだけだった。相変わらず、動き出しが遅い。だから攻められない。そしてカウンターを食らう。前半の前半は押していた。そのときにもう1点決めておけば、また違った展開になったのに。
後半あともう15分強というときに、ついに21番(梅崎司)がエジミウソンに代わってやっと出てきた。どうせ負け試合だし、ゲームとしてちっとも面白味のない試合だったから、私はひたすら司をファインダーで追った(ここ2~3日はnonに教えていただいた梅崎司のブログを見て泣き、笑い。写真は連写の連続で、これから整理が大変。亀治郎ファンでもあるnon様のブログには、前橋巡業で、私の気付かなかったことなどが載っています。ぜひご覧あれ)。
しかし、エジミウソンはひどい。スピードもなければテクニックもない。足元のボールを悉く取られる、取られてもヘラヘラしている。能天気なあいつを見るとイライラする そして阿部ちゃんのいないディフェンスはまるでザルだ。GK都築との連携も悪い。よく3点ですんだものだ。失点しないレッズはどこへ行ったのだろう。
そんなわけで、た~っぷりある反省点について久しぶりに議論している間に、酔った。ビールがやけに薄く感じられて、4杯も飲んだのが敗因かも。私の敗因はともかく、レッズの敗因は、ボランチがいないこと(伸二と長谷部、2人ともドイツでプレーしている)。そしてFWの外人の差だろう。あ、も一つ、監督も。

せっかくの高原ホーム初ゴールだったのに、何ともなあ
追記:後半21分、高原のシュートが空中でゴールを割ってから相手DFに弾き出されたように見えた。私たちの座席からはよく見えずわからなかったが、これが、実は相手DFのにあたっていたらしいのだ。しかし審判はハンドを取らず、そのまま試合続行。ハンドと思ったレッズの選手は隙を衝かれ、簡単にカウンターを食らった。という失点。審判にいくら問題があっても、自分たちで勝手に判断してはいけない。今までにもそういう痛い思いをしたことがあるのに、学んでいないというか、懲りていないというか。

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2008年7月20日 (日)

イチデジ・デビュー

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「欲しいときが買い時です」
「値が下がるのはデジカメの宿命」
「買ったら後ろを振り返るのはよしましょう」

それはわかっている。ごもっとも。だけど私の年齢になったら生涯一機種、だからグレードの高いものがほしい、でも値段は安く抑えたい。この二律背反に悩むこと1カ月半。ついに七夕の頃、七夕とはまったく関係なく、イチデジ(またはデジイチ)、すなわちデジタル一眼レフカメラを手に入れた。
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つの候補機種:軽量かつ絶対必要な手振れ補正機能

候補の第一条件は軽量機であること。ニコンD40385gD60495g、オリンパスE410480g。まずはこの3つに絞ったが、問題は手振れ補正機能。D40は機能に関してはとても評判がいいし値段も安いのに、手振れ補正がついていない。さんざん悩んだ結果、手振れ補正は私のウデでは絶対必要だってことで、ここでD40を落とした。

私としては何がそんなに気に入ったのか自分でもわからないが、オリンパスにかなり傾いていた。本当はE520が理想なのだけど当初は高かった。そこでE410をずいぶん検討したが、やはりどこかに不満が残る。すると、中間機種としてE510があるでないの。値段もまあまあだし、機能的には完璧ではないが、ここら辺が妥当かな、と。

ニコンに絞る:レンズの選択肢と記憶媒体
ところが息子に相談したら、オリンパスは手振れ補正がカメラ本体についているからレンズの選択幅がやや狭い、それに記憶媒体がコンパクトフラッシュというのも引っかかる(世の趨勢はSDカードで、しかもSDカードは今相当安い)、と。ではともかく実物にさわってみなくちゃというので、秋葉のヨドバシへ。それまで私、実物そっちのけで、<価格ドットコム>の掲示板を見まくって頭デッカチになっていたのだ。
何しろ初心者でまったくデジイチはわからないから、見た目と重さ中心に眺めてきた。店員さんにはE510E520の違いを教わった。ライブビュー機能がE520のほうがやや改善されたという程度で、その違いで値段が何万も変わるのだったら、E510でいいな、とE520を落とす。
それからニコンと比較する。見た目はニコンD60のほうがコンパクトで携帯性はいいかな、ぐらいだったが、将来的にレンズのことを考え(マニアにならなければ、レンズを増やすことはないと思うけれど、ひょっとしてはまらないとも限らない)、ここでオリンパスは消えた。完全に心はD60に決まった。もう少し価格が落ちるのを待とうかとも思ったが、息子が言うには機能的に見ても妥当な値段だし、底値じゃないの?と。
ぐらついてきた候補機種:AFのスピード
じゃあ買っちゃおうか、と<価格>でクリックしようかというところで、後で自分でさわってきた息子が「ニコンもオリンパスもAF(オートフォーカス)が遅いような気がする」と言い出した。
ええ~、早く言ってよ~、は私の言い分。息子にしたら「そういうとこ見てこなくちゃダメなんだよ」。はい、すみません、何しろ、なんにもわからずに買おうっていう無謀さだから。だいたい、イチデジを使う人は、目的に合わせて機種やレンズを選ぶのだそうだ。だからそれぞれにこだわりがあって、掲示板にも色々な意見が出てくる。何を撮りたいの?と言われれば私は何でも撮りたい。歌舞伎座も、サッカーも、飛んでいる鳥も、花も夜景も、な~んでも。サッカーや鳥だったら当然AFが遅いのは話にならない。どうしてもそこがひっかかってきてしまって、今度はヤマダに見に行った。AFの比較をすると、確かに遅い。
伏兵Kiss X2
そのとき、ふと、キヤノンのEOS Kiss X2に目がいった。持ってみると意外と軽いではないか(後でスペックを見たら475g)。素人のくせに気取りたい私は人気の高いKiss系をこれまでちょっとバカにしていた。そのKiss X2だが、AFも早い。店員は他の客の相手をしていたから、自宅に帰って、X2の掲示板を見まくった。AFも早いし、総合的に入門機としてはKiss X2がいいらしい。
なんのことはない、ここですべての候補が脱落し、伏兵Kiss X2に決定。でも、後日行ったキタムラの店員さんによれば、X2じゃ鳥は飛んで行っちゃいますよ、って。連写スピードが遅いのだそうだ。で、40Dを勧められた(ニコンはD40、キヤノンは40D。紛らわしい)。40Dはコストパフォーマンスもよく、かなりの人気商品だが、何しろ重くて私には絶対無理。
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価格ドットコム>とにらめっこ

さて、ここからが辛抱のしどころ。X240Dに続いてとても人気があり、値段もこれまでの候補機種に比べてずっと高い。そこで、とにかく値下がり待ちである。これが実に面白い。値下げ合戦といった感じで、1円ずつ下がって行ったかと思うと、どこかがドンと100円下げる。すると何店かが追随し、そこからまた1円下がり…という調子。1日何回も<価格>にアクセスし一喜一憂。
仕事をしながら、この分をイチデジに充てて~なんて切実なことを考えていたんだけど、稼ぐのはちょっとやそこらのことじゃない、何日もかけて1つの仕事を仕上げ報酬を頂く。しかし使うのは一瞬だ、と少し切なくなった。
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価格>を見るのは面白いのだけど、一体どこで妥協するのやら。X2に決めておきながら、やっぱり値段の安いニコンにしようかな、としばしば心が揺らぐ。揺らいでは、X2の掲示板を何度も見直し、やっぱりこれしかないと、X2に心を戻す。
ついにX2購入
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つの物を買うのにこんなに選び、待ったのは初めてだ。475gはやはり軽い。望遠レンズをつけても軽い。一時はボディだけ買ってレンズは1本で広角から望遠まで撮れるタイプにする手も考えたのだが、ダブルズームキットのレンズはコストパフォーマンスに優れるから持っていたほうがいいという意見が多く、レンズ交換がうまく出来るかしらという不安を抑えてダブルのセットにした。使ってみるとたしかにいいレンズのようだ。とくに望遠の威力はスゴイ。
サッカーデビューした先日の対ヴェルディ戦、コンデジ(コンパクトデジカメ)ではズームにすると画質が粗くなるのに、さすがイチデジ、選手の顔がきれいに撮れている(バックスタンドから撮ったベンチの梅ちゃんの顔も小さいながらはっきりわかる)。
私のウデ(カメラセンス)では宝の持ち腐れなんて言うなかれ。構えた姿もまだ全然サマになっていないし、ウデを磨くためにも、これからはとにかく練習、練習である。

「欲しいときが買い時です」→ホントは鉄塔工事のときにほしかった
「値が下がるのはデジカメの宿命」→だから買い時がむずかしい
「買ったら後ろを振り返るのはよしましょう」→つい振り返ってしまったら、買った値段とほとんど変わっていない。半年先1年先はいざ知らず、現時点では底値なのかも。でも高い買い物には違いなく、今いろんなことをすっごくケチっている。


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2008年7月19日 (土)

梅雨明け

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昨日は温室の中にいるみたいだったけど…

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2008年7月18日 (金)

よれよれレッズ

717日 対東京ヴェルディ戦(埼玉スタジアム、1930キックオフ、35,080人)→32で勝利

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ポンテが又故障で残念なんだけど、そこはプロのきびしさ、梅崎のチャンスである。仲間の「今日は梅崎コールがあるらしいよ」という言葉にも期待は膨らみ、試合前のそのコールを聞くことができるように出かけて行った。なのに~、梅崎コールの情報はガセだったし、梅ちゃん飼い殺し。それに審判・西村、カード出し過ぎ、線審1名オフサイドの旗遅すぎ(ヴェルディの選手に促されて旗上げてる印象を受けたくらい)。おかげで、ち~っとも盛り上がらなかった。
試合は勝つには勝ったけど、はっきり言って格下にヨレヨレで勝ったという感じ。第一、流れで得点できない(レッズって今までCKであんまり点取ったことないんじゃなかったっけ)。しかも闘莉王のハット(3点目は相手オウンゴールのようにも見えたけど…)。2点目のPKは高原に蹴らしてほしかったよ。でも、闘莉王がボール抱えて離さないんだもの(ゲーム中も高原にあまり球が集まらない。信用ないのか)。それは、他の選手のガッツが足りないせいもあるのかもしれない。
しかし、相変わらず走らないサッカーだなあ。イライラする。ボールが出てから走ったって遅いんだよ。ボールの出る方向を先読みして走り出さなくちゃ。練習って、そういうことができるようにするものじゃないの? それに、平川ときたら、せっかくのチャンスに走らないから、攻撃は遅れるし、なぜか前へボールを出さず、後ろへ戻してしまう。攻める気あんのか~

走らないチームの中に運動量の多い梅崎を出す価値はどんなに大きいか。梅ちゃん、一生懸命アップしてるのに、ついにお声かからず(アップしている姿見てると泣きそうになる。でも出してもらえないということは、あまり状態よくないのかなあ)。達也とか司(梅ちゃんのことです)とか、小柄でよく走る選手がひっかきまわすところにチャンスが生まれるし、面白いサッカーになると思うのだ(達也は昨日もよく走っていた)。
サッカーに限らないけど、一生懸命プレーしている試合は、負けても満足がいくものなのだ。選手入場時、いつもと違ってサポ席で旗が振られることがなかった(上左の写真)のは、チームにガッツを求めるサポーターの気持ちの表れではないか。みんなが走って、「勝つんだ」という必死の意識が見えれば、私だって梅崎の出番がなくても仕方ないと思える。だけど、こんなダラダラ勝利には、「負けなくてよかった」くらいの喜びしか湧かない。こんな調子じゃ、下に続く鹿島、柏、ガンバ、名古屋、川崎、新潟くらいまではすぐ追いつかれてしまう(次節川崎戦は、阿部ちゃん、萌ちゃん、堀之内出場停止だし)。とにかく走れ走れ
というわけで、昨日もスタジアムから自宅へ直帰。その途中、野茂の引退を知った。

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2008年7月17日 (木)

「シンベリン」って? 2:鑑賞篇

716日 「シンベリン」(池袋あうるすぽっと)

「子供のためのシェークスピアシリーズ」という存在も、「シンベリン」と同じく、このたび初めて知った。1995年から毎年夏に上演されているというから、これは言い訳できないかな。「子供のため」と言いながら、夏休み前の平日昼間の観客は大人ばかり。よくできた舞台、丁寧な演技は、大人の鑑賞にも十分堪えうるというか、大人が見てもとっても楽しい。

●子供のためのシェークスピアシリーズの特徴
少々ややこしい物語を8人で演じる。そのため、また子供にわかりやすくするため、脚本・演出の山崎清介は原作をうまく整理し、狂言回し的な存在としてジュピター神まで登場させている(これ、原作にもいるのかと思ったが、どうやら山崎さんの創作らしい)。この辺、むずかしくて退屈しそうだなというあたりになると、ギャグを入れたり、笑わせたりして、注意を逸らさないというのも、巧みである。
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黒ずくめの集団>
ストーリーはともかく、この芝居で驚いたのは、その演じられ方だ。私の表現力では到底説明しきれないのだが、8人の役者さんは、はじめ黒のコートで身を覆い、黒の帽子を目深にかぶっている。やがてコートを脱ぎ捨てると、王や王妃、イモージェンなどの人物に変身するのだ。そして再びマントに身をくるむと、それまで王や王妃、イモージェンなどだった役者さんは、名も無き兵士や人民に変わる。これ、このシリーズの特徴らしい。また、12役、3役という人もいて、この方法なら、たった8人で大勢を演じられるわけだが、クロートン役とシンベリンの行方不明だった王子の1人が同じ役者さん(戸谷昌弘)で、クロートンがあまりに個性的だったため、もう一役のときにクスクス笑いが客席から起きてしまった。
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手拍子とシュッシュッ>
また、幕の始めと終わり、場面転換のときに手拍子が使われる。役者さんたちがリズムに乗った手拍子を始めたり、「シュッシュッ」というような不思議な声を出したら、それは場面が変わったということ。今の今まで王様だったり、美しい王女だったりした人がいきなり手拍子を始めると、なんだかおかしくて、はじめはとまどったが、慣れてくると手拍子の意味もわかり、どうということはなくなる。

<机と椅子>

学校の教室にあるような机と椅子がいくつか。そしてその後ろには頂上に城を頂く岩のようなパネルが一つ。机は玉座にもなり、椅子は階段にもなり、こんなものだけでうまく表現するものだなあと感心した。
●登場人物たち
適材適所、そしてどの役者さんも演技はしっかりしており(私が言うなんておこがましいが)、セリフもわかりやすかった。一番お得な役は戸谷昌弘さんのクロートンかな。童顔で、イモージェンに片思いして、けっこうしつこくて、ちょっとおバカで、最後は哀れ首を切られて死んでしまう。笑いを一手に引き受ける役(共演者がよく笑わないものだ)。

ピザーニオの土屋良太さんは、インパクトの強いお顔で、絶対どこかで見たことある、何の芝居だっけと思い出せないでいたが、あとで調べたら「殿のちょんまげを切る女」と「わらしべ夫婦双六旅」に出ていたそうだ。でも、その両方とも、土屋さんの記憶はあまりないのよね。それなのにどこかで見た顔だと思ったのは、もしかしたら、いい役者さんとして脳の奥のほうにインプットされていたのかもしれない。
ヤーキモーの山口雅義さんは、いかにも小ずるい表情が主人公を応援する身としては憎らしい。この役も敵役であり、お得だなと思う。
その点、むしろむずかしいのは美男美女のイモージェン、ポステュマスかもしれない。でも、石村みかさんは美しさにプラスただ受身だけの女性でないイモージェンの強さ、爽やかさがぴったりだし、若松力さんは屈託のない若者が復讐の鬼となり表情もすっかり変わる凄まじさに迫力があった。
シンベリンの佐藤誓さんは学者風な容貌で、知的な王なのかと思うと、王妃のこともポステュマスのことも、かつて謀反の疑いで追放した家臣(今は狩人)のことも全然わかっていない、なんだ、この王様ダメねえというそのギャップがなんだかおかしかった。王妃の伊沢磨紀さんはダイナミックな演技で、シンベリンを圧倒する。もう一役のシンベリンの実の息子も、女性でありながら、また年齢もうんと若い役でありながら、まったく違和感がない。
さて、最後の1人は山崎清介さん。ローマの将軍、シンベリンの侍医(例の、飲むと死んだように見える薬を調合する)、そして人形遣い(ジュピターと大先生と言われる人形)と大忙し。人形の声もやっているのだが、それが山崎さんの腰くらいまでしかない人形の口から聞こえてくるように思えて不思議だった。マイクが人形の口に仕込んであったのかなあ。

華のん企画では、このシリーズのほかにチェーホフシリーズも手がけているとのことで、この前挫折したチェーホフに親しむにはいいかもしれない、とかなり興味津々である。でも、これ以上、増やしたら、どうなるっ~。

08071603owlspot_3あうるすぽっと:豊島区立中央図書館の入っているビルの2階にある。「2階ですから階段でも行かれますよ~」というエレベータ ー前の案内の声に誘われて、階段を選んだはいいが、いったいどこまで昇ればいいのか。1つが10段ほどの階段を上っては曲がりを延々繰り返し、やっとたどり着いた。全部で4050段ほどあったと思う。後で見たら、1階ロビーの天井がやけに高く、そのせいかと納得。
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「シンベリン」って? 1:作品篇

716日 「シンベリン」(池袋あうるすぽっと)

08071601owlspot_2シンベリンこの聞き慣れぬ言葉を目にしたのは、地下鉄フリーペーパー「メトロ」の3月号だったか、4月号だったか、小さな囲み記事でだった。中を読むと、シェークスピアの芝居の題名だという。もちろん、シェークスピアの作品はごく一部しか知らない私だが、それにしても「シンベリン」なんて奇妙な響きの作品は聞いたことない。好奇心と、「子供のためのシェイクスピアシリーズ」というこの企画が大変評判いいというのに惹かれ、主宰の<華のん企画>に電話してチケットを確保したのでした。以下、ネタバレします。これからご覧になる方はお読みにならないほうがいいかもしれません。
●物語

さて、シンベリンというのはブリテンの王様の名前、時はジュリアス・シーザーの頃。シンベリンは亡き妻との間に2人の息子と1人の娘を儲けたが、息子は幼い頃に2人とも行方不明になっている。シンベリンは娘・イモージェンを、今の王妃の連れ子・クロートンと結婚させようと思っていたのに、イモージェンは貧乏紳士・ポステュマスと勝手に結婚してしまった。シンベリンは大いに怒り、ポステュマスを追放する。ポステュマスはローマに逃れ、自分の妻がどんなに貞淑で素晴らしいかを吹聴し、ある男とその貞操について賭けをした。男・ヤーキモーはブリテンに行きイモージェンを誘惑するが(それだけのためにブリテンに行くなんて)、彼女は断固としてそれにのらない。しかし狡猾なヤーキモーは汚い手を使って、誘惑に成功したと見せかけ、ポステュマスの嫉妬と怒りを掻き立てる。
その後、ブリテンとローマの間に戦争が起きたり、イモージェンが宮殿を抜け出し、男装して狩人一家(実はシンベリンのかつての臣下と、シンベリンの行方不明の2人の王子)に助けられたり、ローマ軍の将軍の庇護を受けたり、紆余曲折色々ありまして、最後は2人の王子もシンベリンと対面を果たし、すべて丸く収まってめでたしめでたし、となる。

●あれもこれも

という物語で、すぐ思い浮かべるのは「オセロー」だ。イアゴーにだまされて嫉妬の鬼になったオセローは妻を殺し、妻は貞淑そのものだったと知って自分の命を絶つ。「シンベリン」でもポステュマスはヤーキモーにだまされて妻を信じることができなくなり、従者ピザーニオにイモージェンを殺すよう命令する。「オセロー」は悲劇だが、「シンベリン」では誤解が解け、ハッピーエンドになる。しかも、イアゴーには残酷な刑が待っていたが、自ら罪を告白したヤーモキーはポステュマスに許される。「俺に罰する力があるならそれは君を救うことだ。君への恨みがあるならそれは君を許すことだ」なんて、カッコいいではないか。妻に裏切られたと信じ込んで半狂乱になっていたポステュマスがこんなに成長するとは、「オセロー」や「ヴェニスの商人」における罰とはエライ違いだ。シェークスピアの心境の変化だろうか(作品の完成順は知らないが)。
そして次に思い出すのは「ロミオとジュリエット」。親に許されぬ恋と、それを飲めば死んだように見えるという薬。「シンベリン」でもそういう薬が出てくるのだ。あと、王に人を見る目がないという点では「リヤ王」だし、男装の女性では「ヴェニスの商人」「十二夜」など。私が知っている範囲でも、シェークスピアの色々な作品のエキスがふんだんに盛り込まれているという印象を受けた。

●その他
①シンベリンというブリテン王は実在したらしい。芝居中、ローマと戦争になったのは、ローマが要求する年貢をシンベリンが断ったことが原因だが、実際のシンベリンはローマに忠実だったとか。この物語では、年貢を拒否したのはお妃に唆されてのように感じられたが、ブリテンがローマを下し、その将軍を捕虜にまでしたのに、結局命も取らず、年貢も今まで通り納めましょうということになったのは、な~んか変。
②「シンベリン」という作品は日本ではこれまで5回しか上演されていないのだそうだ。つまり今回が6回目。聞いたことがないのも道理だ、と言い訳。

③「狩人一家、実は…」「ローマ将軍の従者、実は…」「シンベリンの命を救ったぼろ服の男、実は…」などというように、シェイクスピアでは「実は」が多いが、これは歌舞伎に通じるなあといつも面白く思う。

鑑賞篇に続く。

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2008年7月16日 (水)

満足、河連法眼の場再見

715日 歌舞伎鑑賞教室「義経千本桜 河連法眼館の場」(国立劇場大劇場)
080716kokuritu どうしても歌昇さんの狐が又見たくなって、行ってしまった。あんまり毎日出かけるのも……と、これでもずいぶん考えたんだけど、前回何となく消化不良気味というか食べ足りないような感じだったから。11時開演の回で「歌舞伎の見方」をパスすれば、1150分からになる。ちょうどいい時間帯だ。

又々チケットに九郎、いや苦労(オヤジギャグ~変換で最初に九郎って出てきたから…)
ところがネットのチケットは1511時の部に×がついている。では、と10時になると同時にチケットセンターに電話したら、これが延々話し中。何十回かけても、電話機を変えてかけてもだめ。国立の電話は11件に時間がかかるのはわかっているけれど、何の売り出し日でもない日にもこんなにかからないとは、驚いた。出かける時間のこともあり、困り果てて、チケットセンターではなく劇場のほうに電話してみた。当日券があるのかどうか訊くと、当日券の取り置きはなく、ネットで×ということは満席だと。そんなことはあるまい、と疑ってはみるものの、そう言われた以上、直接窓口に行ってやっぱり満席だったら……。ということで、仕方なく午後2時半の回をネットで取った。そして現地でチケットを機械から受け取ったついでに、窓口に確認してみた。すると、ネット席と窓口席は割り当てが違うそうで、11時の回の当日券はあったのだという。なんだ、それなら来てみればよかった、と悔やむがもう遅い(なぜ、チケットに関する認識が一定していないのだろう)。

愛おしい源九郎狐
チケットのことはともかく、狐忠信、満足しました。本物はいかにも武将らしく、狐になればやわらかく切ない感情が溢れていて、「その鼓は私の親、私はその鼓の子でござりまする」で、もうぶわっと涙が浮いてきて、鼓に付き添って守るのが孝行とか、親の諌めにしたがってお暇いたしまするとか、そのたびに涙が湧いてくる。にじみ出る狐の真情に、この狐が愛おしくて、親になって抱きしめてあげたくなった。帰り道、女子高生が「狐、かわいかったねえ」と喋っていたが、それはいわゆる「かっわゆ~い」という「かわいい」ではないようなニュアンスに聞こえた。きっと彼女たちも狐の気持ちを感じ取ったのではないだろうか。
派手さはないものの、義経、静も丁寧に思いを表現しており、忠信を含めた3者の心情が一つになったようなまとまりを感じた。
そういえば、いつもこの狐についてもやもやしたものを感じていたのは、この狐が子供なのか大人なのか、ということである。親が鼓にされたのが桓武天皇の時なんだから子供なわけないよなあと思いながら、何となく子供のような気がしないでもなかったのだ(鼓を義経からもらって喜ぶところの印象が強いのかな)。今回とくにセリフに注意して聞いていたら、「雨の祈りに二親の狐を捕らえられしその時は、親子の差別も悲しいことも、わきまえもなきまだ子狐」だったけれど、その後相応の年月が経ったとちゃんと言っている。そういう目で見れば歌昇さんの狐は、<親の子である>大人なのであった(となると、今度はそういう目をもって、また海老ちゃんの狐が見たくなってきた。だって海老ちゃんの魅力は魅力なんだもの)。
前回オペラグラスを忘れた轍を踏むまいと、今日はちゃんと持っていった。宗之助さんの赤っ面、かなりいけていた。声も高く張りあがっていたし、やや小柄でがあるが、あの優しげな女方さんが、化粧によってこうも変わるものかと感心した。
荒法師の愉快な足取りは2日続きでインプットされ、今でも首を振りながらぴょんこぴょんこしそう。

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国立へ曲がるあたりに咲く花。うだるような陽射しのもと、こういう花を見るとちょっと嬉しくなる。

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2008年7月15日 (火)

トリコロール

今年も革命記念日は盛大に祝われたようだ。去年同様、フランスのテレビ画面から。
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2008年7月14日 (月)

どうした海老ちゃん

714日 7月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
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開演時間を30分間違えて到着した。それも、11時開演の時の通常の到着時間よりさらに早く。東銀座駅の階段を上がって外に出た08071402kaien_2 とき、完売の割にはいやに人が少ないな、と不審に思ったのだ。それでも気付かなかった。私が早く着きすぎたんだぁくらいの感覚。やがて1040分開場というタテカンを見つけ、やっぱり~、でも20分で客を入れられるのかしら、なんて暢気に構えていたら、ふと「1130分開演」という文字が目に入った。ふわ~参った参った。外は暑くて動きたくない。ただ立っていても、じわ~っと汗が流れて目に入る。扉に一番近いところで日を除けて開場を待つ。
08071403seats_308071404azuki_4 長い長い時間が過ぎて、やっと中に入った。がらんとした座席を見ると、歌舞伎座のスタッフになったような気分がした。
中に入っても時間があり余るから、あずきアイスを初めて食べた。アイス系は、これまではおなかが弱くて食べたくても食べられなかったのだ。最近少し強くなったみたい。しかし時間が余るということは、お金を使い、さらに太ることにつながると思う。2回目の休憩も35分もあり、ついつい鯛焼きを…。
前置きが長くなった。多分、今日は感想より前置きのほうが長いかも。
08071405toriimae_2「鳥居前」

静御前の春猿さんがとてもきれいで、義経(段治郎)を見上げる顔に愛が溢れているように見えた。弁慶、誰だかわからなかった。顔がわからなくてもたいてい声でわかるんだけど、今日の権十郎さんについては、筋書きを見てしまった。忠信の海老蔵さんは、身体も動きも大きく(早見藤太の市蔵さんとの関係がライオンとねずみみたいに思えた)「荒事って好きだ」と思わせてくれるのだけど、セリフが私でも「ん?」っていうくらい、なんか無茶苦茶な感じで、ヤンチャな忠信という印象を受けた。
08071406yosinoyama_3「吉野山」
静(玉三郎)も忠信(海老蔵)も色気があり、連れ舞が美しい。義経を含めた3人の微妙な関係の雰囲気が、2人の踊りから漂ってくるようであった。美男美女を眺めるのはええもんですなあ、なんてね。この踊りは見ていて楽しかった。狐の人形使い(弘太郎)が出てくるのは初めて見たかも。今回、ここでの早見藤太の登場はなかった。
08071407sinokiri_2「川連法眼館」
これ、エンタテインメントとしては成功だけど、芝居としてはどうなの? 喜劇になっちゃったみたいじゃない? 

ケレンの部分では客席は大いに沸いたし、最後の宙乗りなんか、もうみんな目が海老ちゃんに引き付けられて、私もたくさん拍手しながら「海老ちゃん、吊られてるのにはしゃぎ過ぎ~」なんて嬉しがったりしたし(ふと、義経・静のいる舞台を振り返ったら、定式幕が引かれている最中で、かろうじて2人が寄り添って忠信を見送っているのが見えた)、宙乗り小屋から桜吹雪が吹き出してきた時もきゃっきゃッ喜んだし、荒法師とのユーモラスな立ち回りも楽しくて、帰り道、あのリズムに合わせてぴょんこぴょんこ踵で跳ねて歩きたくなっちゃったし。
でも…。

海老ちゃんの義太夫ものについては色々批判があるのは知っている。私もそれに頷くこともある。だけど、海老ちゃんにはそれを超える、たまらない魅力があるとも思っている。だけど、だけど、肝心の涙を誘う場面であんなに客席に笑いをもたらしてしまってはねえ……(私は笑わなかったけれど、泣けもしなかった)。それが海老ちゃん狐に対する親しみの笑いだとしても、だ。1811月に演舞場でやったときも笑いが起きていたと自分で記録しているけれど、あのときの海老ちゃん狐はセリフはともかくいじらしさと哀れさが感じられて、けっこう感動したのだ。それが、今日はねえ……、どうしたんでしょうねえ。
ぴょんこぴょんこ心の中で跳ねながら、国立の「四の切」をもう一度、無性に見たくなったのでした。
<上演時間>「鳥居前」46分、幕間35分、「吉野山」38分、幕間35分、「川連法眼館」71

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2008年7月13日 (日)

前橋プチ旅行:前橋~高崎篇

●前橋から高崎へ

前橋で何か観光できるところはないだろうかとの事前チェックも空しく、限られた時間で訪れることのできる場所はなさそうだった。ただ、七夕祭りをやっているというので、それが面白そうかと期待したが、駅舎の飾りつけと、点在する商店街での縁日的風景が目に入った程度で、残念ながら気をそそられなかった。そこで高崎へ戻ることにした。
前橋には素敵なレトロバスや、永井バス(え、永井さんのバス? とまず名前に注意がいった。永井運輸という会社の運営する路線バスだそうだ)などに惹かれたのだが、時間の関係でタクシーで前橋駅に。

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前橋駅からは遥かに赤城山が望め、気持ちがのんびりする。こんな駅標にも和む。行きの両毛線は、上越線の車両を使っていたと思われるが、帰りは両毛線の可愛い2両編成!の車両。新前橋駅で何両か連結したらしく、高崎に着いたときにはもっと長い電車になっていた。
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●高崎

08071314daruma 高崎といえばだるまと白衣観音、めったにないチャンスだから観音山には<ぐるりんバス>に乗ってぜひ行ってみたかったが、事前調査不足と、やはり時間の関係で(私は帰宅に制限時間があるから。お仕着せの門限ではなくて、あくまで自主的に決めたタイムリミットです)、泣く泣くパス。
高崎の町は県庁所在地・前橋よりはるかに賑やかで、駅も比較にならないくらい大きかった
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ここでも観光は諦めたから、もう帰ることにした。時間対費用効果を考え、帰りも新幹線にした。

目的である歌舞伎には大満足したけれど、プラス観光と欲張るには、ちょっとムリな急ぎ足の旅でした。でも、こういうことでもなければ、前橋という町に降りることはなかったかもしれない。そう考えると、前橋のごくごく一部をごくごく上辺だけ見たに過ぎないこの旅も私にとっては意義あるものだったと思う。

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前橋プチ旅行2:市内篇

●前橋駅北口から群前県民会館へ
初めて訪れる町では、時間が許せば歩きたい。あるいは乗り物に乗るとしてもタクシーでなくバスに乗りたい。今回は余裕を持って到着したので、県民会館まで歩いた。

前橋という町は、土曜日のせいか、ややひっそりっとした佇まい08071304maebasieki であった。駅も県庁所在地の代表駅にしては、ちょっとローカルな印象を受けた。しかし駅前からまっすぐ伸びるケヤキ並木の道路(けやき通り)は、道幅も広く、覆い茂る緑の葉が内陸の暑さをやわらげてくれて心地よい(この道路、お年寄りの散歩用にと、途中に休憩コーナーが何箇所か設けられており、とっても素敵。前橋市内のごく一部を歩いただけだが、全体に道路幅がとても広い印象を受けた。下右の写真は駅前の交差点)。道路の両側には店もいくつかあるのだが、ほとんど全部シャッターが降りていて、寂しい。
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けやき通りからやや右斜めに道を進むと、そこから先は太陽ぎらぎら。ひたすら黙々と歩くのみ。
途中、中央前橋駅というのを見つけた。小さな駅だがガ08071307maebashityuoueki ラス張りで、しかも周辺に線路が見当たらず、ちょっと興味を引く。とはいえ、先を急ぐ身には探索する余裕はない。
再び黙々と歩を進め、やっと県民会館の矢印が見えたときには、倒れそうになっていた体がシャンとして、駆け足になったほど。約25分ほどの徒歩行程を表すように、どっと噴き出す汗、真っ赤に火照った顔。会館の冷房にやっとほっと一息つくと、もう開演5分前なのでした。余裕をもって前橋駅に到着したつもりが、案外ぎりぎりで、危ない危ない。
★ミーハー的番外篇1:観劇レポで書くのを忘れたが、昨日の客席はかなり盛り上がったにもかかわらず、「澤瀉屋っ」の掛け声はほとんどなく、「八幡屋っ」が2度(これはこれで嬉しい)。「澤瀉屋」の声をかけたかったけど、やっぱり喉がふさがってしまう。
★ミーハー的番外篇2:亀治郎さんの公式ファンクラブ入会案内が置いてありました。シンボルマークの亀さんがど真ん中に。3ツ折の案内書の裏を開くと亀治郎さんの口上が書かれてあり、その下に口上姿の本人さんがいる。ちなみに、昨日の亀ママ、このイラストが襟ぐりの後ろについたTシャツを着ていらして、普段和服姿しかお見かけしたことのない目には若々しく新鮮。私も亀治郎Tシャツを着ていけばよかった。

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前橋プチ旅行1:出発篇

関東の近場でちょっと旅気分の味わえるところ、という感覚で前橋まで巡業を追いかけていったのはいいが、遠かった~。
第一に、高崎みたいに電車1本で行かれると思ったのが大間違い。事前に行き方を調べるうち、相当億劫になる(今回は鉄道よりも歌舞伎が目的だから)と同時に、これまで乗ったことのない電車に乗り、訪ねたことのない町を訪れる、そういう楽しみもじわじわと湧いてきた。
●新幹線がいっぱい
08071301omiyaeki_2 時間の関係で、高崎までは新幹線で行った(本当はちょっとケチって快速電車か特急にしようかと思っていたのだが、時間的にかなりきついことが判明)。早い。大宮から高崎までノンストップで24分。しかも乗ったのが「あさま567」、長野新幹線である。高崎まででは長野新幹線のムードは味わえないが、それでも初めて乗る長野新幹線。これは旅のラッキーな余禄みたいで嬉しかった。大宮駅は、東北、上越、長野と3系統の新幹線が走っており、ホームで「あさま」を待つ15分ほどの間にも次々と電車が発着し、私は子供みたいにはしゃいでしまった(今時、新幹線なんて珍しくもないのに、なぜつい「あ、新幹線だ!!」と興奮してしまうのだろう)。
●両毛線
高崎からは両毛線で14分。正確には高崎から新前橋が上越線、新前橋から前橋が両毛線と言うべきか。だからと言って新前橋で乗り換える必要はない。いわゆる乗り入れっていうのと同じなんだと思う。両毛線は一部単線らしい。扉が開くのを待08071302door 08071303door っていたら、なんと、それぞれの扉についたボタンを押さないと開かないのであった。そして始発だから発車まで扉が開いているのだと思っていたら、これまた扉内側のボタンを押せば、その扉だけは閉まるようになっていた。エアコンの空気が外に流れるのがもったいないのと、ちょっと触ってみたい好奇心で、私もボタンを押してドアを閉めてみた。こんなことやりたい、なんて、まあ、他愛無い子供みたいなものですわ。

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2008年7月12日 (土)

何度見ても楽しい

712日 公文協巡業東コース(群馬県民会館、昼の部)
「操り三番叟」
暑いさなかの旅の疲れも見せず、どころか、ますます快調な亀・亀コンビである。亀治郎さんのジャンプは高く、動きは滑らかやわらかで、一挙手一投足に目が惹き付けられる。実は巡業2度目の今回は、亀鶴さんウォッチングでいくつもりだった。でも、亀治郎さんの三番叟を見ずして亀鶴さんだけに集中することはできなかった。右目で亀治郎さん、左目で亀鶴さん、という感じで楽しんだ(そんな器用なこと、本当にできたのかな)。
客席も大沸きで、拍手喝采。「操り三番叟」は何度見ても飽きない、面白い。
しか~し。後見が三番叟を箱から出し、舞台中央に連れてきて、糸を確認して、三番叟を立ち上がらせる、というこの出だしの場面の時、遅刻の集団が入ってきた。私の数列前の席の人たちだったが、わさわさと座席の中に入り、それからおもむろに座席番号を確認し合い、あんたはここ、あんたはそこじゃない、などと舞台に背を向け立ったまま、身を屈めもせず、一度座った人を立たせて移動させたりして、まあ後ろは迷惑この上ない。同じグループ(家族かもしれない)なんだから、その中で座席番号が少しズレたっていいじゃないの。ともかく舞台は始まっているんだし、そのせいで最初のいいところが見えなかった人だっているはず(私は幸い、かろうじて見えた)。思わず「早く座れよ」という小声が出てしまった。後ろからも「早く座ってよ~」という声が聞こえてきた。
遅刻するのは仕方ないにしても、最低限のエチケットは守ってほしい。
「口上」
以下に、相当端折って内容をご紹介する。

亀治郎:風林火山の応援ありがとうございました。テレビや映画は、観客がお菓子を食べながら見ていようと寝ていようと一方通行でしかないが、生の舞台はそうではない。役者が一生懸命に演じてお客に元気になってもらえるようつとめる。お客はそれに反応して舞台の役者に元気を返してくれる。そういう気のキャッチボールが芝居だと思う。群馬の暑さに負けず、暑い声援をお願いします。
亀鶴:先ほどの「操り三番叟」の後見、これからやる「弁天」の南郷力丸をつとめている、よろしく。
竹三郎:ご当地初お目見え。ごゆっくりと観劇を。
桂三:役者としては8年ぶりの前橋だが、私的には毎年8月、信濃(桂三さんの声の届きがちょっと悪く、信濃だったかどうか定かではないが、多分信濃)からの帰りに立ち寄っている。
巳之助:今日は前橋育英高校保育科の学生さんが来ているが、自分もこの3月までは高校生だった。歌舞伎は難しいと思われがちだが、「弁天」は「水戸黄門」が見られる人なら大丈夫、楽しんでいって。なかなか気が利いた挨拶で、感心した。
段四郎:久しぶりの前橋。歌舞伎界では81歳、90歳の役者が現役で活躍している。当一座は平均年齢が若い(亀・亀さんは30代、巳之助クンは18歳だからね)。70代の竹三郎さん、60代の自分も若者のパワーに負けぬよう頑張る。21世紀の歌舞伎を背負う若者をよろしく。また、日本の宝から世界の宝になった歌舞伎をよろしく。この東コースの巡業のスケジュールは、非常にきびしそうだ。日程表を見ていると、役者さんはつくづくタフだと思う。竹三郎さんも段四郎さんも、ここまでは上々のコンディションのようで、一安心。千穐楽でまた、お元気なお姿をお見受けできると楽しみにしている。
「弁天娘女男白浪」
最初から最後までかなり受けていた。わかりやすいストーリー、ユーモラスなやりとり、目を引く華やかさ。花道がないこと、舞台が狭いことなど、やりにくい部分も多々あるだろうけれど、客が喜ぶという意味では、巡業向きの演目だと思う。私も何度見ても楽しい。浜松屋と稲瀬川だけ見たってもちろん面白いが、5月に通しで見たから楽しさは倍加している。
亀治郎さんのお浪はとてもチャーミングで、それだけに男に戻ったときとのギャップが大きく、笑わせる。赤い襦袢をぱたぱたさせて「あ~あつい」とやるところなんか、今日はかなり大胆だったように思う。というか、全体に亀ちゃんは思いきりこの役を楽しんでいる。初日に比べて自由奔放さが感じられる。それがこちらの心もほぐし、弁天と同じ気持ちにさせる。
何度も言うようだが、力丸との引っ込みは、たまらなく好きだ。亀・亀の弁天・力丸にはやはり友情以上のものがみえる。
この2人には、不思議な柔らかさがある。菊之助・松緑コンビはもっとスキッとした、竹を割ったようなという表現が相応しい江戸っ子ぶりだった(と私は思っている)。でも亀・亀コンビはそういうのとは少し違う。どことなくはんなりしているのだ。そういえば、亀治郎さんにあまり江戸っ子という雰囲気は感じないなあ。この前の菊五郎・左團次コンビと私が見たのは3組だけど、どのコンビにもそのコンビなりの良さがあり、どれが一番好きとは選び難い。
あ~、楽しかった~。
群馬県民会館は、座席が舞台を見やすいように配置されている。埼玉芸術劇場もそうだが、椅子が舞台中央に向けて設置されているので、自然に体が舞台を向く。また前の列とずらしてある劇場は多いが、それでも前の人の頭が視界に入るのが気になることは多々ある。ここは、それが全然なく、舞台がよ~く見えた。

<上演時間>「操り三番叟」20分、休憩15分、口上10分、休憩25分、「弁天」80

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2008年7月11日 (金)

水茎の跡も麗しく

通信教育に申し込むこと2回、教室に申し込むこと1回、結局そのどちらも最初の何日かで挫折した。そんな私にピッタリかもと、ず~っとほしくてたまらなかったものを、ついに買ったのは1カ月以上も前のこと。
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美文字である。
まずは自分の名前書きから始まる。書いた文字の評価は<中の下>であった。恥ずかしいけれど、最初から<上>の評価がもらえるくらいなら、「美文字」なんて買わない。名前書きの評価を受けたらトレーニング。付属のペンは、筆と同じようなタッチなのだということだが、画面がすべるし、非常にコントロールがむずかしい。とくに私は筆圧が強いから、こういうものは苦手なのである。お手本をなぞるのでさえ線がずれる。第一に自分の手のクセが出てしまう。
それでも1日で進歩がみられた。練習した文字の評価が翌日にはぐっと上がったのである。お手本を見ながら自分で書くときには、とにかく丁寧に丁寧に、お手本にできるだけ近い形が出来るよう気を配る。気に入らないと何度でも消す。だから1文字書くのにやたら時間がかかる。私はまっすぐ線を引いたり、画(1画2画の「かく」)と画の間を均等にしたりするのがとても下手だが、それが出来るだけで、文字はずいぶん変わる。
書き上げると、11つの画に細かい評価が加えられる(なかなかよくできたソフトだと感心はするが、評価のパターンは決まっているみたい)ゲーム感覚ではあるけれど、なるほど、と納得のいく注意である。面白くて、今度こそ、と意気込んでみたものの、やっぱり私らしく、3日坊主状態。実践の場では、受けた注意になるべく忠実にゆっくり文字の形に気をつけて書くように心がけているけれど、お手本がないとなかなか形が取れないし、忙しいとそんなことにかまっちゃいられず、我ながら「ヘタクソ」とつぶやきながらヘタクソな字を書き続けている。
これじゃいかん、と再び「美文字」を取り出したのが、仕事も一段落した先ほど。水茎の跡も麗しいと言われる人になりたいという憧れは、所詮憧れのままですな。

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2008年7月10日 (木)

チケットの悪魔に執念で勝つ

コクーン歌舞伎の発売日をすっかり忘れて1時間半もたってから気がついたという失敗を繰り返さぬよう、昨夜から準備万端、付箋に「10時歌舞伎チケット」と書いて、必ず見るし、多分その時間にはその前にいるであろうパソコンディスプレイに貼り付けた。携帯のアラームも950分に設定した。まあ、そこまでやっておけば、こっちの脳にもしっかり刻み付けられ、今日は忘れることなく、10分前にチケットWeb松竹にアクセスした。
甘い、10分前だというのに、混雑で来店拒否。もう何度この甘さに苦い思いをさせられているのか。まだ懲りないのか でも、チケットに専念するために、それまでは一生懸命仕事してたのよ~。
仕方ない、とにかく、来店拒否、サーバー行方不明の繰り返しにもめげず、クリック、クリック、クリック。
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時を過ぎたあたりで、突然入れた。震える手でまずは第3部から。よし、いい席が取れた。次は第1部。ここも満足。順調順調。思わず緩む頬 そして第2部。おお、思いっ切りいい席じゃ~ん。ウキウキしながら決済処理をポチっ。
うわ~っ、出たよ~、悪魔が。送信エラーという、最後の悪魔が
泣く泣く、とりあえず戻ったらサーバー行方不明。仕方なくログアウトして、最初からまた同じ苦労をしながら何とか購入カレンダーにたどり着く。そして希望日と席種と枚数を入力したら、なんと「優先期間中の枚数を超えています」
脳がぐるぐるいって、倒れそうになった。何度入力し直しても同じこと。落ち着いて落ち着いて。そうか、きっとこのチケットは私が押さえたままなのね。では、どうしたらいいのか。電話をかけた。発売初日の超混雑時間にこんな問合せをしたら申し訳ないと思いながら、身勝手さが先に立ち、チケットホン松竹にかけてみた。案の定、繋がらない(ある意味、ほっとした)。さらに思案をめぐらせたら、確認メールにWeb松竹の問い合わせ先番号が載っていた。かけてみた。一度で繋がった。事情を話すと、すぐに調べてくださって、やはり仮押さえになっているとのことであった。でも、それがわかっただけで、どうにもならないのだ。電話で正式に予約することはできない。一定時間が経過したら仮押さえの権利がなくなるから、運がよければその瞬間に再び押さえられる、ということであった。
またまたクリッククリッククリック。7~8分もクリックし続けただろうか、枚数超過メッセージが出ない。やった しかも同じ席が戻ってきた。恐る恐る、即行、決済作業を進める。今度は悪魔が出ないよう、人差し指に心をこめてポチッ。

ちょっと疲れた。

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2008年7月 9日 (水)

不安を掻き立てられた「羊と兵隊」

78日 「羊と兵隊」(本多劇場)

舞台には錆びかけた鉄骨、ペンキの剥げかけた柱など、ひどく古びて、殺伐としていながら、どこか懐かしさを覚えさせるセットが組まれている。いつの時代なのか、どこの国なのか(登場人物の名前からすると日本とも思える)、ある一家の家の中である。以下、ネタバレします。
前半、舞台の下手半分はカーテンに隠された食堂になっていて、芝居が始まると一家はそこで食事をしている。だから、少なくともかなりの客には人物の姿が見えず(うっすら影が見える程度)、声だけしか聞こえない。やがて、人物が1人ずつ姿を現す。若い政治家アマノ、その姿を見て、私はなんとも不安な気持ちになった。というのは着ているスーツがえらく汚れているのだ。雨に濡れたような、ペンキが飛んだような…。しばらく不安を抱えていたが、登場人物の衣裳がみんな多かれ少なかれそんなふうに汚れていることに気付き、今度はそこに何か意味を見出そうとして、また不安になった。
「羊と兵隊」は、戦争のドラマである。でも戦争を直接的に描いているわけではない。一家の会話から、戦時下にあるというシチュエーションが徐々にわかる。しかし戦時中というのに彼らは優雅な食事を続け、その会話はいやにテンションが高い。かなり裕福な家であるらしい。家族は父親トリイ(岩松了)、母親ウネ(佐藤直子)、長男ルイ(中村獅童)、長女ナナ(辺見えみり)、次女キキ(田島ゆみか)。一家とともに暮らす家政婦カナエ(田畑智子)と「先生」と呼ばれているキキの家庭教師(高橋理恵子)、さらにナナと結婚することになる政治家アマノ(近藤公園)、その秘書(阿部ユキ)、自治区の男(長岡佑)がからむ。そしてもう1人、ルイと呼ばれる男(中村獅童)がいる。出征させられるルイの身替りとしてこの家に連れてこられた男だ。

正直言って、ずっと戸惑いながら見ていた。喜劇なのはわかるんだけど、なんかじっと息を詰めて見てしまう(息を詰めるあまり、一瞬意識を失うこと数回、わからない部分が余計わからなくなった)。ルイと呼ばれる男は、ルイではないんだけど、でもじゃあ誰なのと思ってしまう。彼が何のためにこの一家にいるのかはわかっているのだけど、彼の本質は誰?何?って考えてしまう。この男がアマノを含めた一家を掻き回している。いや、本人にその気があるかどうか知らないが、彼が何のために存在しているかという事情ではなく彼の存在そのものによって、一家には不安と緊張が漲っているような気がする。トリイとその妻はそれを隠そうとしてわざとらしく振舞っているような気がする。この家の土台は空中に浮いているみたいな気がする(まったく関係ないが、パゾリーニの「テオレマ」がふと思い出された)。ルイと呼ばれる男もまた、不安に怯え、悲しみを抱えていたのではないか。獅童の演技からそんなことを感じたが、そう考えるのは短絡的に過ぎるだろうか。
私が一番興味深かったのはカナエである。思い切り目張りを黒く入れて黒のメイドファッションで一クセも二クセもありそうな田畑智子が、ひどく気に入った(田畑智子は、語弊を恐れずに言えば、とっても可愛かった。後半見せる「先生」との踊りはそのヘタクソさが怖くて、でも可愛い)。彼女こそトリイ一家をあっちへ引っ張りこっちへ連れて行く中心人物ではないか。とは言いながら、私には彼女の考えていることが一部しかわからず(その一部もわかった気になっているだけかも)、彼女の存在にも不安を覚えた。しかし最後にある悲劇が起こり、それまで私がカナエに抱いていたイメージが覆された。このラストには思わず鳥肌が立つくらい、言い知れぬ恐怖心が湧いた(カナエが殺人鬼だとか、そういうことでは全然ありませんよ)。
私の見方はとても浅いかもしれない。恐らくもう一度見たら、わからなかった部分が解けてきそうな気もする一方で、ますますわからない泥沼にはまりそうな気もする。それは私が極限状態にいないからなのかも。
<上演時間>175分、休憩15分、第270
おまけ:プログラムを見ていて嬉しいオドロキが。田畑智子について、映画監督の内田けんじが語っている言葉の中に、小野伸二の名前が出てくるのだ。曰く、「中村俊輔や小野伸二のように、そのボールタッチに独特の〔柔らかさ〕を持った選手はきわめて少ない」。どんな状況にあっても、どんなボールでも平然と柔らかいパスを出す。それはとても簡単そうで余裕があるように見える。田畑智子も余裕を持って〔柔らかく〕登場人物になる、って。へへ。
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トゥーランドット」繋がりと、「おシャシャのシャン」のご縁かしら。

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2008年7月 8日 (火)

川? 河?

国立と同じ「義経千本桜」がかかる歌舞伎座の上演時間を眺めていて、今、気付いたのだけど、「川連法眼」って出ている。
でも私、昨日の国立の観劇記に確か「河連」って打ったよなあと思い出して、「あれっ、間違えたか」と慌てた。で、急いで国立でもらったプログラムを見たら「河連」って書いてある。ほっとしたのはいいけれど、へえ、「河」と「川」と両方の表記があるんだあ、と恥ずかしながら初めて知った次第です(人形浄瑠璃のオリジナルは「河」だとか)。
そういやあ、記憶の中の「かわつらほうげん」は「川」だったなあ。なぜ昨日気付かなかったのかしら。そこで、またふと思い出したのが3年前の澤瀉屋さんの歌舞伎鑑賞教室。プログラムを引っ張り出して見たら、やっぱり「河」になっていた。国立は「河」、歌舞伎座は「川」ということか。

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親子初役の千本桜

77日 歌舞伎鑑賞教室「義経千本桜 河連法眼館の場」篇(国立劇場大劇場)

歌昇さん初役の狐忠信。種太郎クンも初役の義経。この親子がまともに渡り合う芝居はこれまであまりなかったんじゃないかなあと思っていたら、やはりそのようで、解説書で種太郎クンが、「今回はバッチリ父と組み合える、ただ父は父で大変だろうから、心配かけて足を引っ張らないようにしたい」と語っている。
種太郎クンは最近私にとって注目の若手だからだろうか、これまで義経のセリフってそんなにないと思っていたのが案外よく喋っていて、認識を新たにした。若い義経サンは、教科書的かもしれないが丁寧な演技の中に、品格も大将としての大きさも窺えた。

実は私、暑さボケのせいか、オペラグラスの存在が頭の中にまったくなく、隣の方が出したのを見て初めて「あ゛~っ」と思い出したくらいで。私の視力では舞台の上の人物の顔はそれほどよく見えない。失敗したなあ、と後悔しきりだったが、そのおかげで、というか普段なら大きな目のインパクトに吸い込まれてしまう高麗蔵さんの女方が全体としてつかめたのは収穫だった。高麗蔵さんの動きには近くで見ていてはわからなかったなよやかさがあり、若い種太郎クンとのコンビにも違和感を覚えなかった。

歌昇さんは、まず本物の忠信での登場が押し出しよく、立派。狐はやや敏捷性に欠ける気がした。一つ一つの動きは綺麗なのだが、まだ身のこなしを完全に自分のものにしていないという感じだろうか。そこを歌昇さんの表現力とポイントポイントの形のきれいさで押し切って、けっこう納得させられる。
ただ、音羽屋型の狐だからそれほど派手さがないのはわかっているのだが、それ以上に全体に地味感が拭えなかった。そのせいか、眠りこけている学生が相当数いたように思う。最前列でが~っと寝込んでいて、ケレンに拍手や歓声が沸くと「なに、なに?」という感じで辺りを見回す姿を見ると、もったいないなあと残念だ。そういう私も、前半動きの少ないところではちょっと寝たから、あまり人のことは言えない。

<上演時間>「歌舞伎の見方」30分、休憩20分、「河連法眼館の場」80

おまけ:ココで、「河連法眼館の場」に使われている仕掛けを見ることができる。タネを知る面白さは満足させられるが、そのいっぽうで知らないほうがよかったかも感もちょっと湧いた。

ところでサミットにより都内も厳戒態勢。永田町駅では警備のおまわりさんの姿をたくさん見た。写真は半蔵門駅。このあたりにも2人ほどいたおまわりさん。最近ピントの甘くなってきたカメラをいつまでも構えていると怪しまれそうで、ドキドキしながら大急ぎで撮影した。
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鼓に「おお~」:歌舞伎の見方

77日 歌舞伎鑑賞教室「義経千本桜 河連法眼館の場」歌舞伎の見方篇(国立劇場大劇場)
上から見下ろす1階席は高校生でいっぱい。いつもの如く、まあ賑やかなこと。幕があいて盆がせりあがりながら回り始めてもなかなかお喋りがやまない。せりの一つにうずくまるようにして何やら白いものが乗っている。やがて、黒御簾からなる笛の鋭い音に反応してその白いもの(それは狐サンであった)が起きだすと、客席はやっと静かになった。狐は跳ねながら花道スッポンへと姿を消す。と入れ替わりに、澤村宗之助さんが上がってくる。スッポンエリアの学生たちが伸び上がって覗き込むのが微笑ましい。
宗之助さんはまず、回り舞台せり花道スッポンについて簡単に解説した。花道は実際に歩いて、客と役者の距離が近くなる(物理的にも心理的にも)ことを実践して見せた。役者の出にはチャリンと音がして揚幕が上がるから、この音が聞こえたら揚幕のほうを見るように、と。この言葉に私は思わずニヤリとした。そうでなくても狐忠信の初登場には揚幕内で大きな声がするし、花道にも照明が入るからそちらに目をやってしまうが、まあ最初はだまされるのが楽しいだろう(なんちゃって、ベテランぶってるね。私も最初だまされたから、悔しくて以後はいつも気を張って見逃さないようにしているけれど、初回の驚きは新鮮だったなあ)。
義太夫の説明では「面談せんと義経公、一間の内より出でさせ給い」の一節が語られた。その後「義太夫さんから告知があるそうです」と宗之助さんが言うから、何か面白いネタでもあるのかと思ったら、普通に研修生募集の大まじめな告知で(勝手な想像をしてすみません)、かえってそれが客席の笑いを誘っった。
この後黒御簾の説明があって(狐の出の音楽を演奏)、最後はツケ。手紙をはらりと落とす仕草にツケを入れて場面を印象付けることをまず見せて、その後男の歩き、女の歩き、見得のツケを紹介した。ここでタイミングよく大向こうの「紀伊国屋っ」。たいがい「誰が声をかけてもいいんですよ。いいと思った場面ではどんどん声をかけてくださいね」というところだが、宗之助さんは「大向こうのタイミングはむずかしいので、あまり真似しないように」とクギを刺す。もしかしたら最初は「声をかけてくださいね」だったのが調子に乗った学生の掛け声に辟易して、方針変更になったのか。あるいは時々聞かれるおかしなタイミングの掛け声を牽制したのか。そんな穿った見方をしてしまった。
★鼓

ここまではごくオーソドックスな歌舞伎全般に関する説明だったが、ここからは今日の演目の説明に入る。舞台に義経と静の絵が描かれたパネルが登場し、義経(だったかな)が手にした絵の鼓があらあら本物の鼓に変わった(セロのハンバーガーか)。
宗之助さんの質問に鼓方さん(お名前失念)が答えるという形で、鼓のことがいろいろわかってくる。鼓は胴と皮、そして紐から成り立ち、胴は硬い木(何の木だったか、聞きそびれた)、2枚の皮は馬の皮(牛もあるが馬が多い)、2本の紐(縦しらべと横しらべという)は麻を紅花で染めたものなんだそうだ。
鼓方さんはばらばらになっていた皮と胴を手にすると、紐を張ってアッという間に鼓を組み立てた。「おお~っ」こういうシーンは初めて見たから興味深い。
左手にもった紐を握って打てば高い音(「ちぃ」というらしい)、離すと低い音(「ぽん」の音)が出る。したがって左手の動きで音の高低を打ち分けているとのことであった。

さて、この後、鼓の紐で縛られた静(京紫)を助ける忠信(蝶十郎)の場面が演じられ、「河連法眼の館の場」にどう繋がるかが説明された。そして宗之助さんが狐の動きでスッポンへ。入れ替わりにさっきの白い狐が上がってきて(出だしとちょうど逆になるという仕掛け)、狐六方で花道を引っ込んで「歌舞伎の見方」はおしまい。私にとっての今回の目玉は鼓かな。
鑑賞篇に続く。

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2008年7月 7日 (月)

パリも夏

ニュースそのものは新しくないが、6日付の新聞にエッフェル塔の写真が出ていたので、私もふと思い出して写真を。
フランスは7月からEUの議長国になった。それを記念して6月30日からエッフェル塔が青色にライトアップされ(普段は普通の電球の色だけど、青は夏のムードとしてもいい感じ)、下のほうには12の黄色い星が丸く並べられている。のだが、娘から送られてきた写真は、エッフェル塔を真横から撮った写真で、その星(白矢印)の配置がわからないのはご勘弁…。ブルーのライトアップは8月末まで。
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次は、ある大学 の建物。アスベストが使われていたため、一帯の大学の建物を壊していたのだが、この建物は骨組みだけ残して中身を新たに入れていっているらしい。上の青い部分が新しくなった部分のようだ。下のほうがスカスカなのが見えるでしょうか。
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最後はパリ市庁舎前広場。ここは冬になるとスケートリンクが設えられたりするが、この時期、植え込みが配されていて、涼しげ。この明るさで午後9時45分頃。夏のパリはなかなか夜にならない(上のエッフェル塔のライトアップも、だから暗くなる11時頃?から始まるらしい)。
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2008年7月 5日 (土)

6試合ぶりの勝利

75日 対FC東京戦(埼玉スタジアム、1904キックオフ、49,218人)→2対0で勝利
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この前の惨敗の後だし、仕事はしなくちゃいけないし、疲労もたまっているし、あまり気乗りしない気持ちにムチ打ってちんたら出かけたら、
15分ほど遅刻した。埼スタでシャトルバスを降りた途端大歓声が聞こえ、続いて「ただ今のゴールはエジミウソン~」という喜びのアナウンスが耳に入った。ほうお、珍しくエジが入れたんだ。
今日は出かける前に受信したレッズメールで、高原が先発からはずれたことは知っていた。エジとは先発契約があるとかいう噂を聞いている。だからエジは先発、しかも途中で引っ込めると文句言うらしいからフル出場なんだ(これも噂)。
エジの1点を知ってもなおあまり気乗りせぬままたどり着いた今日の席は一番お得なR席。前から4列目、中央ややホーム寄りという、まずは最高と言ってもいい席。駅で買ったカツサンドをぱくつきながら見ていたら、珍しいことにレッズの動きがいい。ここのところいつも前半はおねんね状態だったのに、よく走っている。そうか、久々の先発ででた達也の動きがいいのだ。病気をしてから存在感の薄かった啓太も今日はよく目に付いた。今季初先発のポンテも前節に比べたらぐっとよくなっている。今年になってスピードの衰えの目立つ山田も献身的に働いている。
そんなわけで前半は押していたし、チャンスもたっくさんあった。なのにやっぱりツメがまずい。エジは1点取ったからって禊がすんだわけではないのに、ホラってところでトラップする。FWだろ~おまえ~。ユーロで見せたスペインのフェルナンドトーレスのシュート、あれを見習え~っと、私は小さく叫ぶ(内弁慶の私、自宅なら大声で悪態つくところだ)。波状攻撃をかけても点が取れないときは、とかく一発カウンター攻撃をくらって苦い思いをするものだが、この前半も終了間際、あいてヘディングが危うくゴール、と身をすくめたら左ポストに救われた。1点のアドバンテージで前半を終わるのと同点で終わるのとではまったく意気が違う。
波乱は後半にやってきた。9分、達也に代えて永井を投入。サポ席からは調子のいい達也を代えるのかよ~という「え~っ」の声が、やがて永井への期待の声に変わる。達也も今季リーグ戦初先発だから、ムリをしてまた故障してはいけない。この交代は仕方ないだろう。ところが、達也がいなくなると途端にレッズのリズムが悪くなってきた。運動量も落ち、完全にFCペースになってしまった。はらはら、きゃあきゃあ。
そんな中、今度はポンテが右腿の裏だかふくらはぎだかを痛めたらしく、自分から引っ込む意思を見せ、12分、梅崎と交代。今日は司ちゃんの出番はないかもと悲観的だった私は俄然元気が出た。ポンテは好きだし、頼りになるポンテがまた故障したらつらい。でも、ポンテがいると司のチャンスが減ることも事実なんだよなあ。司ちゃんはよく走っていた。ボールが出るなと思うと同時に走るのはほとんど司だけじゃなかった?だけど、フィジカルがちょっと弱いのかなあ(体小さいから)、足元で競り合ったボールを取られたり、飛ばされたりする場面が多々みられた。でも、もちろん21番のユニフォームを今日も着た私は、サポ席から梅崎コールが出たから、と~っても嬉しかった。
37分にはエジが倒れ、そのまま担架で運ばれ、細貝萌ちゃんが入る。
猛攻猛攻をしのいだレッズは43分、永井が抜け出し、開いてDFを振り切り、そのままダメ押しの2点目を叩き込んだ。永井はこういう場面にきわめて強い。見ているこちらも実に気持ちよい(ますます高原の居場所がなくなる ジレンマ。今日配布の選手カード、高原だったのに)。
まだまだ課題は解決されていないけれど、ほら、やれば出来るんじゃない。走れば勝てるじゃない。動けば点が取れる、完封も出来る。今日負けたら、ただ事では済みそうもなかったから、選手も監督も必死だったのかもしれない。でも、王者だって必死にならなくちゃいけないんだ。甘い考えではすぐ引き摺り下ろされる。そしてサッカーで大事なのは攻撃だ。守っていれば失点はしないかもしれないが、0点では勝つことはできない。それにいつも言うようだが、攻撃は最大の防御ということばがサッカーでは文字通り実感されるのだ。
勝利の美酒をといきたいところだったが、時間が遅いので急いで帰ってきた。
080705vsfctokyo3

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9月は歌舞伎一筋

亀治郎さんのHPを見ていたら、秀山祭の情報が
亀ちゃん、演舞場と歌舞伎座の掛け持ちだぁ~
「竜馬がゆく」のおりょうサンをやるのだそうです。
去年の秀山祭でも「竜馬がゆく」の立志篇が上演され、染五郎さんの好演に胸を熱くしましたっけ(上士と郷士の身分差に泣かされたし)。「毛谷村」でも素敵な夫婦だったお2人、今度はどんな夫婦像を見せてくれるのでしょう。今、私の脳の中は再び「9月の歌舞伎、9月の歌舞伎」の文字とイメージが一杯になりすぎて破裂しそう。
9月は歌舞伎だけに集中です。「人形の家」もスッパリ諦めた。他にどんな魅力的な芝居を発見しても、知らなかったことにします(幸い、今のところ9月は他の芝居を予約していないから)。
告白:実は、9月演舞場のチラシを見て興奮のあまり、昼の部の亀ちゃんの出演がないことに気付きませんでした(思い込みというのは恐ろしい。時様と海老ちゃんの名前に引かれて亀ちゃんも昼に出ると思っていた)。だから、歌舞伎座に出る どうやって なんて、おマヌケなことを考えていた。慌ててチラシを見直して、やっと呑み込んだ、という次第です。恥ずかしっ

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2008年7月 4日 (金)

反省しきりの観客

72日 松竹大歌舞伎中央コース昼の部(北とぴあ)
錦之助さんの襲名披露公演である。そういえば、信二郎さんが錦之助になってずいぶん長い間、ついつい「信二郎さん」と呼んでしまっていたが、いつの間にやら錦之助という名前がご本人に馴染んできたのだろうか(私がなじんだだけか)、今では錦之助以外の名は考えられなくなってきている。イヤホンのインタビューでは「錦之助という名は歌舞伎ではそれほど大きな名前ではないのでそういう意味での重圧はないが、よく知られた名前だから期待を裏切らないようにしたい」というような意気込みを語っていた。

まずは「橋弁慶」。五條の橋は置かない。梅枝クンが素晴らしい。まだ牛若丸時代なのにすでに大将としての品格を備えていて、その一方で少年らしい軽やかな身のこなしで、一挙手一投足に胸が躍った。松江さんの弁慶は薙刀の扱いが大変だったと思う。巡業の宿命とはいえ、花道がわりの袖はもちろんのこと、本舞台でも大きな動きがしづらそうで、ちょっと気の毒だったなあ。それでも弁慶の豪快さは伝わってきた。今回は、能の詞章をそのまま使った「橋弁慶」とそれをもとにして作られた「五條橋」を再構成したものだそうだが、これまで「橋弁慶」をそれほど真剣には見ていなかった私には違いはわからない。でもコンパクトながら、「橋弁慶」をこんなに面白いと思ったのは初めてかも。
「口上」。下手から時蔵、梅枝、錦之助、梅玉、松江、東蔵という並び。女方のつくりは時様1人。裃はそれぞれの家の色で、萬屋、高砂屋が芝翫茶、加賀屋は加賀藤(かな?)。まず梅玉さんが錦之助襲名の紹介をした。梅玉さんは初代錦之助さんの歌舞伎座公演でいっしょに舞台に立ったことがあると懐かしそうに語られた。続いて時蔵さんが「弟・信二郎の襲名」(時様のこの当たり前の一言に、私いつもぐっと込み上げるものを感じてしまう)公演に来てくれたお客さまにお礼を述べ、初代は頼もしい叔父だった、二代目も叔父のように花も実もある役者になってほしいと。梅枝クンは、「襲名公演に参加できて嬉しい。牛若を努めている。未熟だがよろしく」との挨拶。そして二代目錦之助さんは歌舞伎で代々継がれる名前にしていきたいと決意を語った。
ここで梅玉さんが当地初お目見えの松江さんの襲名も披露した。ともに手を携えて精進したいとの言葉であった。松江さんになってから2年以上もたつし、前名は息子さんが継いでいるからすっかり忘れていたが、この口上を聞いて、「そうだ、松江さんは玉太郎さんだったんだ」と何か変な気持ちになった。だって、玉太郎という名を聞けば、今はあの愛らしいちび玉ちゃんしか思い浮かばないんだもの。
東蔵さんは「錦之助さんの大らかな人柄は大好きで仲良くしている。襲名後一回りも二回りも大きくなって嬉しい。松江のこともよろしく」と、2人の襲名を喜ぶ言葉。最後に松江さんが、錦之助さんの襲名を祝うとともに、自分も精進するのでよろしくと結んで、口上は終わり。
プログラムを見ると、東蔵さんは、自分は生粋の歌舞伎の家の出ではないので移民のような感じがあったが、今では三代目ができてやっと歌舞伎国の国籍を得た思いだ、と語っている。東蔵さんの若い頃を知らないのが残念だが、私は一つの新しい歌舞伎の家の歴史を見ているのだなあ、歌舞伎の家はこうやってできていくのか、と興味深い(と言っては失礼かな)気がした。

「毛谷村」。染五郎・亀治郎という初々しいコンビが記憶に新しいが、何しろ私が時様に惚れちゃったのが、162月の「毛谷村」。2度目のお園拝見が楽しみだった。口上のときにはちょっと疲れているんじゃないかと心配した時様だが、お園はきれいで愛嬌もほどよく、私の大好きな「照れる(恥ずかしがる)」場面では本当に可愛らしかった。弥三松を抱えて小刀をふりかざす姿なんて美しかったわ~。
染・亀コンビのときの微塵弾正であった錦之助さんが今度は六助。歌舞伎って面白いわ。そして錦之助さんにかわる今回の弾正は松江さん。悪党ぶりが憎々しい。演舞場では錦之助のワルもいいと思ったが、松江さんのほうがふてぶてしい。
錦之助さんの六助には、端正な大らかさがあり、演技がとても丁寧で一つ一つの動きやセリフに得心がいくような感じを受けた。微塵弾正の裏切りを知ったときの怒りには、劇場じゅうの空気が震えるような迫力があった。また剽軽さもあり、時様とのアツアツぶりにはこっちが照れて思わずニヤニヤしてしまった(染・亀に比べて大人なカップルでした)。
ところが、この日のお客が大人しかったのか、いい場面で拍手が湧かない(「橋弁慶」もそうだった)。大向こうはさかんにかかるのだが、ここ拍手でしょ、っていう場面でもし~ん。いや、反応がないわけではない。けっこうあちこちから「ああ~」という納得の声や、面白い場面では笑い声なども起こっていた。私のまわりでは、ちょっと睨みつけたくなるくらい、お喋りがあっちこっちから聞こえてきた(声が大きいのだ)けれど、友達どうしあるいは家族で一つ一つの場面の感想を喋ったり頷きあったりするのも巡業ならではなのかもしれない、と思い直した。でも、踏み石がめりこむ場面なんてやっぱり拍手ほしいでしょう。ちょっと大人しすぎてこっちが居心地悪い気分になっていたところ、弥三松の子役ちゃんの見得の可愛さに拍手喝采。
う~む。全体に何となく盛り上がりに欠けたのかなあ。お幸とのやりとりが、イマイチ…。今回は忍びとのからみもあったが、ここも…。それでも見せ場は色々あったもの、私が拍手しちゃえばよかったなあ。でも1人拍手になったらどうしよう、って気の小さい私は何度も手を叩きかけてはためらってしまったのだ。心の中でいくら大きな拍手を送っても、役者さんには聞こえないよね。自分が率先して拍手を送るというおこがましいことではなく、私自身が盛り上がったところで自分の気持ちを伝えるために拍手をためらうべきではなかったと、今反省しきり、後悔しきり。だから、幕が引かれるときには思い切り大きな拍手を送った。
「神田祭」。鳶頭・梅吉(梅玉。梅玉さんが梅吉って)と若い者のからみが楽しい。「待ってました」の声にすかさず「待ってましたとはありがたい」と梅玉さん。やっぱり舞台が狭いから動きにくそうな感じは否めないけれど、トンボには拍手が湧いて、ちょっとほっとした。梅玉さんの江戸っ子ぶりというのは、やわらかみが多分にあって、本来私は菊五郎さんの江戸っ子が一番好きなんだけど、梅玉さんの持ち味もかなりいいなあと思うのでありました。


この巡業も今日から3日間秋田の康楽館での公演になる。ということでちょっと遅くなってしまったが、北とぴあでのご報告でした。秋田では大いに盛り上がっていますように。
<
上演時間>「橋弁慶」15分、幕間15分、口上10分、幕間20分、「毛谷村」75分、幕間10分、「神田祭」15分(多分。メモし忘れた)

はぷにんぐ?「橋弁慶」で弁慶が袖から出てくる前に、どこかから2度ほどしゅるしゅるしゅるしゅるという大きな音が聞こえてビックリしたが、これ揚幕内での音だったかも。それから、何のときだったか、携帯の着信音と思われる曲が鳴った。かなり長い間鳴っていたし、誰かが慌てる空気もなかったように思うので、着信音とは断定できないけれど、消去法でやっぱりあれは着信音かなと。

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2008年7月 3日 (木)

待っていますパワーを團十郎さんに

先ほどいただいたコメントで、團十郎さんの入院を知りました。夕刊フジなどで報道されているようですが、とてもショックです。
2年前の5月團菊祭、「外郎売り」で復帰を遂げられた後、パリ公演にかけた意気込みの凄まじさなどから、すっかり回復されたものと思っていました。ついこの間だって、お元気に舞台に立っていらしたのに、ずっと続く貧血をおしての公演だったとは。
治療の厳しさを経験した上での3度目(でしょうか?)の入院は、精神的にこれまで以上につらいものがあるのではないかと思うと、9月の演舞場で浮かれていた気分がしゅんとしてしまいました。
でも、大らかな團十郎さんのこと、きっと再び病を克服して舞台に戻ってきてくださると信じています。團十郎さんの舞台を待っているファンがたくさんいるということが團十郎さんの力になるのだと思い、非力ながら「待っていますパワー」を発信しているところです。

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胸も手も震える9月演舞場

9月演舞場のチラシが「ほうおう8月号」とともに届きました。
噂では聞いていたのだけど、亀治郎さんと海老蔵さんの共演ということだけでもドキドキなのに、そこに時様も
ああ、今の私、胸が震えちゃって、仕事が手につきません。今キーを叩いている手も震えている・・・

演目は以下の通り。

[昼の部]

源平布引滝
 木曽義賢・斉藤実盛 : 海老蔵

枕獅子
 傾城弥生・後に獅子の精 : 時蔵

[夜の部]

加賀見山旧錦絵
 尾上 : 時蔵
 お初 : 亀治郎
 岩藤 : 海老蔵

かさね
 かさね : 亀治郎
 与右衛門 : 海老蔵

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2008年7月 2日 (水)

初チェーホフは残念な惨敗

71日 「かもめ」(赤坂ACTシアター)
チェーホフなんてまったく関心がなかったのだけど(退屈そうで)、井上ひさしの「ろまんす」を見たせいで迷いが生じ、結局チケット発売日からだいぶたってサイトを覗いてみたら、そこそこの席があいていたのでついつい購入してしまった。
結果として、やっぱりチェーホフは合わないかも。決してつまらなかったわけではない。ちゃんと見ていれば、けっこう面白いと感じる部分もあったし、笑える場面も間々あった。チェーホフは喜劇だと井上ひさしが言う(チェーホフ自身も言っている)のもわかる、気がしないでもない。でも眠くなった。そして第1部の後半はかなり寝た。第2部は気合入れたのに、やっぱり途中で眠くなった。それでも頑張って1部ほどは寝ないようにした。
ストーリーは、「父と暮らせば」で触れた鴻上尚史の「名セリフ!」でたまたま読んだので大まかなことはわかっていた。その時から危惧はあったのだ。だって鴻上さんがチェーホフの戯曲は「動きが少なくて、登場人物の会話がえんえんと続くだけ」と書いているんだもの。そのいっぽうで、「かもめ」の主人公トレープレフ(ロシアの文学って、名前だけで挫ける。トレープレフなんて耳で聞いただけじゃ覚えられない)の最後のセリフには言外の意味が満ち溢れているようで、それを考えるのが楽しいとも言っている。だから、きっとちゃんとセリフを聞いていれば面白い芝居だったのだ。
話はややこしいような単純なような。田舎に住んで芝居を書いているトレープレフ(藤原竜也)は女優志望のニーナ(美波)に恋をしている。でもニーナはトレープレフの母親で女優のアルカージナ(麻実れい)の愛人である有名な小説家トリゴーリン(鹿賀丈史)を好きになって、アルカージナとともにモスクワへ帰るトリゴーリンを追いかけて行く。ニーナはトリゴーリンの子を産んだけれどすぐに死んでしまった。2年後、アルカージナとトリゴーリンは田舎に戻る。ニーナも人知れず戻ってきていて、トレープレフに再会する。でも2人の思いは噛み合わなくて…。
と、ここまでは知っていた。芝居を見て「ええ~っ、こんな登場人物もいたのぉ?」となったのが、小島聖演じるマーシャという女。いつも黒い服に身を包んで、いつも不機嫌で笑顔を見せることがない。この人は、アルカージナの兄ソーリン(勝部演之)の家の執事の娘で、トレープレフを好きなのに、彼女に思いを寄せる冴えない教師(たかお鷹)と結婚し、それでますます不機嫌になっている。あんな嫌っていたのに、なぜ結婚したのだろう。しかも、子供までつくって(子供には愛情を感じていないみたい)。
機嫌の悪い人の顔見ているのってイヤなものでしょう。だから私は、この女の存在があまり面白くなくて。小島聖はイメージを壊さないようにするためか、3回のカーテンコールで一度も笑顔を見せなかった。
鹿賀丈史についてはどうしても「アレ・キュイジーヌ!!」(「料理の鉄人」)のイメージが抜けなくて。終わってからもう何年もたっているのにね。と同時に、ニーナが追いかけるほどの男にも見えなくて(ニーナは外へ出るきっかけがほしかっただけなのかもしれない)。
藤原竜也クンはとても動きの綺麗な役者さんだと思う。童顔にやや太めの声というアンバランス、そして「身毒丸」では全身で表現するエネルギーに圧倒されたが、今度も激しい感情を露わにする場面では全身を使っていた。あんなに美形なのに、あなたの書く戯曲は「動きが少なくて、読むだけ」とニーナに言われてしまう(で、前述のチェーホフ本人の戯曲も「動きが少なくて、会話がえんえんと続くだけ」に繋がる)。
美波は前半、ちょっと声がキンキンしていた。「エレンディラ」ではきれいな高い声が魅力のひとつだと思ったのだが、今回はあまり張り上げたときに気になった。でも、美波って顔がいいし、はかなげな雰囲気が割と好きだ。美波もカーテンコールで1回笑顔を見せかけただけだったな。やっぱり役のイメージを保とうとしているのかしら。
他を圧倒していたのは麻実れいだと思う。まさにアルカージナがそこにいる、という感じで、存在感バツグン。華やかで姿も美しく、それに大声を出しているようには感じないのに、ちゃんと声が透っている。さすが元宝塚と言いましょうか。
<上演時間>第1100分、休憩15分、第250

今こうして「かもめ」を振り返っていると、寝ちゃったのはもったいなかったな、と後悔している。
怒涛の6月は終わったけれど、怒涛の余波はまだ残っていて、30日、1日、2日と3連チャン。そんなスケジュールだから寝るのかも。で、昼間寝たから今起きている。いくらなんでももうそろそろ寝なくては。

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2008年7月 1日 (火)

小松菜の町と鹿

昨日、江戸川総合文化センターに行くのに、新小岩駅から都バスに乗った。3停留所目、江戸川高校前で降り、左に折れると、そこに「小松菜産土神」という文字が目に入った。帰りに寄ってみた。
神社そのものは新小岩香取神社(写真1)という名前で、境内に鷲神社(祭神はヤマトタケル、写真3)、水神社(ミヅハノメノミコト)、道祖神(猿田彦)、大雷神(615日頃に出現。「一之江の一つかみなり」といって古くから信仰されてきた、写真4)などがあり、小松菜産土神(写真5)もその一つであった。享保4年(1719年)、時の将軍吉宗が鷹狩をする際の食事場所としてこの神社が選ばれた。差し上げるものが何もなく、餅のすまし汁に彩りとして小松菜をあしらったところ、吉宗がとても喜んでこの地を「小松菜」と名づけたとか。以来、この神社の祭事には必ず小松菜が神前に供されるそうだ。そして小松菜は江戸川区の特産野菜となった、という。
昨日30日は大祓の日で、茅の輪くぐりをするらしかった(写真2)。事情はよくわからないまま、書いてある通り私もくぐってきた。
その時、右手に鹿発見 

巡業にはこんな楽しみもある。
08070101katori 08070102chinowa
1            2
08070103washi 08070104raijin
3            4
08070105komatuna
08070106deer 08070107deer
1

6               7

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