« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

2008年6月

2008年6月30日 (月)

幸せな6月最後の日:巡業東コース

630日 松竹大歌舞伎東コース初日昼の部(江戸川総合文化センター)
「操り三番叟」
亀・亀コンビの「操り三番叟」が見られるなんて、もう早くから楽しみでした。
緞帳が上がり、下手の揚幕から後見役の亀鶴さんが登場。扇を前に置いて挨拶し、結界を張る。そして三番叟の箱を開けると、中からぺったりとうつ伏せになったお人形が現れる。客席がどよめいて、すでにここから楽しげな雰囲気に包まれる。亀鶴さんの糸によって動きを与えられた亀ちゃん三番叟は軽快に踊りだす。
三番叟はまばたきをしない、重心を上のほうに置いて踊る(したがって足に力を入れない)のだそうだ。そう言われて見れば、たしかにそうで、飛んだり跳ねたりがただのジャンプではないのはそういうわけか、と今更ながら納得。澤瀉屋の三番叟は、イギリス人ダーク(だと思う、自信ない)が紹介したマリオネットを猿翁が取り入れたスタイルで、振りが華やかなのだそうだ。膝とび、くるくる連続回転、高いジャンプ、次々繰り出される見事な技に、客席は拍手の連続。糸がからまったところでは、後見の慌てぶり、人形のからかうような動きにあちこちから笑いが聞こえる。私も嬉しくって、見ている間じゅうニコニコしていたような気がする。
亀鶴さんと亀ちゃんは仲良しだということだが、さすがにぴったりの呼吸で、操る側と操られる側の見えない糸による動きがよく合っている。足踏み(人形は足踏みの音を出さない、後見が出す)は亀鶴さんの視線がしっかり亀ちゃんを捉えて、強弱もリズムも亀ちゃんの動きに合わせてトントン、ドンドンと踏み鳴らす。
20
分がアッという間に過ぎてしまった。
「口上」
口開きは亀ちゃん。この巡業は総勢44人という構成だそうで、時期が時期だけに、巡業は暑さとの闘い、体力的に苦しいものがあるが一生懸命つとめると決意を述べると、客席から「ガンバって~」という掛け声。亀ちゃん、うれしそうにお礼を言ってました(疲れはお客の反応次第で吹き飛ぶようですよ)。6月は舞台を休んで「七瀬ふたたび」のロケがあったが、そのロケでよく訪れたのが新小岩だそうだ。そこからの巡業スタートというのもちょっと面白い。亀鶴さんと竹三郎さん(浜松屋幸兵衛)はほとんどご自分の役名紹介のみ、竹三郎さんはご当地初お目見えだそうだ。桂三さんは最長老の竹三郎さん、そして段四郎さんというメンバーの中で自分はまだまだ若いと。巳之助クンは初巡業に対する意気込みと緊張が感じられた。段四郎さんも当地初お目見えだそうで、70歳!の竹三郎さん、18歳の巳之助クンの参加が嬉しい、未来の歌舞伎を背負って立つ大事な人材である若者をご贔屓に、と。口上はこれからあちこちの地方ごとのご当地ネタが含まれることでしょう。それも巡業の口上の楽しみですね。
「弁天娘女男白浪」
先月團菊祭で感動した弁天小僧、それを亀ちゃんがどう演じるのか期待が高まる。亀ちゃんは浅草、三越劇場、そしてこの巡業で3回目の弁天なのだそうだ。澤瀉屋の解釈では、弁天と南郷に同性愛的関係があるということで、それに準じて演じるとイヤホンガイドのトークで言っていた。亀ちゃんの弁天には両性具有性がかなり明確に感じられたし、たしかに、男とバレてからも南郷にすっと寄り添ったり、べらんめえ口調ながらどこかにやわらかさというかしっとりさというか、南郷への甘えみたいなものが現れていたように思う(菊五郎さんや菊之助さんとは違った味わいがある。面白いものだ)。南郷はこれまでも弁天をやさしく見守っているようなところが感じられたが、亀鶴さんの南郷(イナセでかっこいいのよ)にはそれを超える感情が見えた、というのは先入観によるものだろうか…。
稲瀬川勢揃いの場は、舞台が狭いためにちょっと苦しく、ちょっと小粒感ありかなあ。花道での渡りセリフは、忠信、赤星、南郷は袖、弁天と日本駄右衛門が舞台にはみ出すという並びになった。また土手下でのそれぞれの名乗りもあまり動きが大きく取れない。その中で、亀ちゃんの名乗りは気合たっぷり、拍手喝采。私、猿之助さんの舞台って全然知らないに等しいんだけど、それでも亀ちゃんの弁天はとく声が猿之助さんに似ているんじゃないか、って思った(全然違っていたらごめんなさい)。また、さ行の発音が段四郎さんに似ている。ただ、私自身の耳のせいか、亀ちゃんの声が時々こもってしまい、ちゃんと聞き取れないことがあって残念。5人の中で一番個性を出しづらくて難しいんじゃないかしらと思う忠信の桂三さんはベテランらしく落ち着いた口調で、一番若い巳之助クンの赤星は初々しく立ち姿がとてもきれい。亀鶴さんの名乗りはキレがあって惚れ惚れ。
段四郎さんが6月歌舞伎に続いて、ここでも安定していてとってもいい。日本駄右衛門には温かみがあり、大勢の部下に慕われる人物であることがよくわかる。
舞台が狭いから派手な立ち回りは一切なく、5人それぞれの両側に捕手が立ちふさがり、という程度で終わった。
「操り三番叟」にしても弁天にしても、大変わかりやすく、かつ何度見ても楽しい演目で、巡業にはぴったりだと思う。
怒涛の6月の最後を飾る東コース巡業初日(東コースといいながら、なぜか丸亀がある)、幸せな2時間半でした。
<上演時間>「操り三番叟」20分、幕間20分、「口上」10分、幕間20分、「弁天娘女男白浪」75
おまけ1本日初披露となる「第六回亀治郎の会」のチラシをいただいてきました。暗い砂浜で目を瞑っている俊寛、都を思っているのか。見開きの表紙を開けば、中は艶やかな白拍子花子の絵姿。今年は大劇場とはいえ、たった2回公演だからチケットきびしいだろうな。チラシは亀治郎さんのHPでも見られます。
おまけ2開演前、ロビーで守田菜生さんの姿を見かけたと思ったら、後方の席に三津五郎さんが。父娘並んで巳之助クンの応援というところでしょうか。
080630edogawa1 080630edogawa2

会場の江戸川総合文化センターは、そこだけ異空間のような深い緑の先にありました。
080630edogawa3

| | コメント (4)

2008年6月29日 (日)

近頃とみにオバ化現象・4

★物の存在もしくは自分の行動に関する脳の短期記憶が劣化して、私の時間を奪うもの

今、使ったばかりの何か。もしくは、今、そこに置いた(はずの)何か。

携帯。

手帳。

これらを探し回るのにどれだけ時間を無駄にしているか。

★脳が間違った命令を出して、私の時間を奪うもの

携帯でメール打っていて、変換候補の中から「それ違う」って頭ではわかっているのに、手がなぜかそれを選んでいる。消して打ち直す。しょっちゅうやる。

オバ化現象…というか、おバカ現象かも

三鷹駅からジブリ美術館、そして吉祥寺駅への散策をアルバムにしました。緑いっぱいの写真です。ご覧いただけると嬉しいです。

| | コメント (2)

2008年6月28日 (土)

堕落のチーム

628日 対柏レイソル戦(国立競技場、1902キックオフ、36,785人)→2対1で敗戦
080628vskasiwa1 080628vskasiwa2
芝居、介護、仕事、家事(この順)でさすがに月末ともなればくたびれてきたオバサン、今日はあまり出かけたくなかったが、チケットがもったいないかな、というので反省会はなしという条件で出かけた。

埼スタは瓶缶のみ禁止だが、国立はペットボトルも禁止。持ってこなくてよかった。入口でチケット切ってもらった後、選手カードをもらおうと手を出しかけて、「ああ今日はアウェーだっけ」と気がついた。久しぶりのサッカーだし、埼スタと違って国立はピッチの周りにトラックがあるからはじめのうち何となく観戦感覚がびしっとこなかった。

しかしひどいチームになっちまったものだ。使えないFWを先発・フル出場させたり、本日の出来が悪くてもちっとも交代させなかったり。オジェックに代わった当初のエンゲルスはどこへ行った? 指揮官が指揮官なら選手も走らない、動かない、攻める気がない。守りは相手のシュートコースを作ってあげているのかっ。もう呆れるのみ。柏に何度攻め込まれたことか。都築の好セーブとポストやポールに助けられたから2点の失点ですんだようなもの。
夕張キャンプで何してきたんだ。メロンばっかり食べていたという話もある(夕張の経済活性化に協力することに対して文句を言うつもりはない)。危機感はまったくないのか。
今日はポンテにサントスが初先発ということで期待したのだが、ポンテはともかくサントスは前半15分、ピッチに倒れてそのまま相馬と交代。だいたい、相馬は試合開始直後から1人、ずっとアップしていて、ってことは、サントスは最初からあまり調子がよくなさそうだ、こりゃかなり早めに交代だな、と睨んでいた。そこへたまたまアクシデントが起きたわけだが、そんな不調な選手、最初から無理して使うことなかったじゃん、と私はブーブー。
去年、ワシントンに対してさんざん悪態をついたけれど、エジミウソンはもっとどうしようもない。シュートはしないし、してもはずせばユニフォームの裾を齧ってテレている。そんなエジを見ていたら、ワシなんかずっとずっと素晴らしいFWだった。ワシに「ごめんね」と謝りたくなるくらい。高原も1回だけいいところを見せたけれど、リーグ戦無得点のFWではいくら高原びいきの私でもかばいようがない。ハーフタイムにはブーイングに続きゴール裏のサポ席から永井コールが出るほど(永井はサブなんだよ。そのサブの選手へのコールをするサポーターの気持ち、監督わかる?)

080628uniform 今日、無理してでも見に行ったのは、一つには私のユニフォームデビューでもあったから。大好きだった伸二のユニフォームでさえ買わず、Jが始まって以来実に初めて買ったユニフォームが21番。これは去年のワシの番号であり、みんなにからかわれるけれど、今年は梅崎司の番号なのだ。せっかく買ったらとたんにJリーグは1カ月の休み。アウェーだけどやっぱり今日着たいよなあと思った。それなのに梅崎はサブ。目の前で一番熱心にアップを続けていた梅ちゃんが呼ばれたのは後半35分。たった10分強の出番だったけれど、ユニフォームを着た甲斐があった。ところが、その梅ちゃんが奪われたボールで柏が決勝ゴールとなる2点目を決めてしまった。苦いデビューになっった。でも、梅ちゃんは一生懸命動いていたと思うよ。シュートも1本打ったし(ど真ん中だったからなあ)。
ま、この先もこの調子なら、落ちるところまで落ちるな。
080628vskasiwa3
ていうか、EURO2008とか見てると、Jのサッカーなんておもちゃみたいだ。その中でもレッズのサッカーなんてサッカーじゃないよ、って言いたくなる。

| | コメント (0)

2008年6月27日 (金)

いろんな歌舞伎が見られて幸せ

626日 六月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
080627yorunobu

080627susiya 「すし屋」

権太は去年、仁左様で大泣きしたんだっけ。吉右衛門さんのうまさは語るまでもないが、独特の粘り気のあるワルよりスカッとしたワルのほうが好きだ(あくまで個人的好みの問題です)。と言いながら、本来権太は吉右衛門さんタイプなのかなあとも思う。「すし屋」って3度目だけど、「木の実」が一緒に上演されたのは1度だけ。やっぱり「木の実」を経て「すし屋」に至るほうがわかりやすくていいと思った。
吉右衛門さん、あんな大きな図体で母親にちょっと甘えてみせるところなんか、あれじゃおっかさんコロっと言うこときいちゃうよなあ。自分の女房子供を犠牲にして鎌倉に連行させる場面はさすがにうるうるきて、やがて乾いた目が、死を迎えた権太の腰にしがみつく泣く母親(吉之丞)を見たら、またうるうるした。子供のことが本当に愛おしいという吉之丞さんの表情がとても好き。父親(歌六)と母親の、もっと嫁・孫の顔を見ておくんだったという後悔は胸に迫る。早まった子殺しは、合邦を思い出させた。
染五郎さんの維盛はきれいで品格があった。どの「すし屋」でも維盛のセリフはみんな同じだろうに、今回の染五郎さんが一番饒舌な印象を受けた。何となく無口な人という印象をもっていた維盛だけに人間味を感じた。
それに比べて若葉の内侍(高麗蔵)はどうも情が薄いように感じてしまう。別に高麗蔵さんのせいではなくて、これまで見た2回でも同じように思ったから、この芝居における若葉の内侍の性格づけがそうなのだろう。平家御曹司夫人の気位なのか。でも、お里に嫉妬したのを見て、ちょっと安心した。
芝雀さんって前はちょっと苦手だったのだけど、この頃かなりよい感じに思えている。芝雀さん独特のセリフまわしと相俟って、お里の一途な愛らしさが胸を打つ。お里ってお舟に通じるものがある。
段四郎さんの梶原は、すべてを胸に含んていることを感じさせる。安定感のある段四郎さんは、とても個性的でうまいなあと思う。
実は、最前列にすごくインパクトの強いオジサンがいて、とくにこの「すし屋」ではひっきりなしに(という印象をもつくらい)声を掛け拍手をし(1人拍手だ)で、そっちに気を取られてしまい、ちょくちょく集中力が途切れたのが残念だった。
しかし、歌舞伎って義経千本桜が好きだよなあ。来月なんか国立と歌舞伎座で千本桜、それもどっちも「川連法眼館」だもの。
080627zazen 「身替坐禅」
仁左様の右京には勘三郎さんみたいなやわらかさは感じないのだけれど、そこはかとなくはんなりしていて、とっても好ましい。奥方がだまされたことを知って、「最初から言ってくれれば一晩くらい許さないでもなかったのに」と言う気持ちがわかるような、甘えられたらゆるしちゃう~みたいな愛嬌がある。
驚いたのは段四郎さんの玉の井。これまで見たどの奥方もみんなそのご面相からは想像もつかない愛らしさがあったが、女っぽさでは段四郎さんが一番。段四郎さんの女方といえば、私が見たのはたぶん八汐くらいで、玉の井も確かに表情を作れば恐ろしくもあるけれど、必要以上にデフォルメせず、色気さえ感じられる。右京もこの奥方にいじめられるのを喜んでいるような、じゃれあっているような、普段は仲の良い、そんな夫婦だろうなと微笑ましかった。
もう一つ、段四郎さんの手が亀ちゃんの手に似てとてもきれい。普段の悪役などだと指を揃えて反らすような動きはなかなか見ることができないが、段四郎さんは手の動きも亀ちゃんと似ていて、その辺も女らしさを感じた理由かもしれない。
錦之助さんの太郎冠者は立ち姿美しく、節度があり、剽軽さもあって、うってつけだと思った。
巳之助・隼人クンの千枝・小枝には目を引かれた。巳之助クンはびっくりするほど美しく、踊りにもテンポがあり、立役より女方のほうが合うように思った。声が安定してくれば、絶対いい女方になると思う。隼人クンはまだまだ基本に忠実といった感じで固いところがあるが、1年前に比べたらなんと成長したことか。基本的に立役向きかと思っていたけれど、国立で見た「堀部彌兵衛」のさちといい、女方も悪くない。
080627koheiji 「生きている小平次」
怖い。自分のしたことに怯えて幽霊を作り出すことが怖い。現実的な女のしたたかさが怖い。
幕があくと、薄暗い湖だか沼だかで幸四郎さんと染五郎さんが釣りをしている。一瞬、ビールの親子CM?と思ったけれど、とんでもない、雰囲気は何とも鬱々としている。この2人が友人どうしだっていうのはちょっと苦しいかな。幸四郎さんの太九郎(耳から聞いただけでは、どうしてもGLAYのタクローが浮かんで困った)は意外によかった。福助さんはこういう役になると、生き生きと思い切り楽しんでやっている感じ。染五郎さんも不気味で、初めてこの演目を見る私は、ところどころで思わず「うわッ」とか「ひっ」とか声を出してしまった。ぬっと現れるユーレイ系は昔から苦手(えっ、小平次は本当に「生きている」の?)。筋書きにある「ふたりのあとを小平次に似た人間が、じっと見送っているのであった」が思わせぶりで怖い。
080627threedolls 「三人形」
傾城(芝雀、艶やか)、奴(歌昇)、若衆(錦之助、さわやか)の3体の人形が箱から出てきて、魂を入れられ踊りだすという趣向だが、人形であることが前面に出ることはなく、おニブな私など、3人が人形だということをすっかり忘れていたくらい。
奴姿の歌昇さんがどうしても猿弥さんとかぶる。3人の中では奴が一番動きが激しくて(全体にきりっとしながらやわらかさも併せ持つ踊りで、とくに足踏みの小気味よいリズムは見ているこちらとしても楽しい)、一踊りして後ろにさがった歌昇さんは後見さんに顔の汗をしっかり拭き取ってもらっていたし、床机に腰掛けると肩で大きく呼吸をしていた。
コクーンのエンタ歌舞伎もとても楽しかったけれど、歌舞伎座の歌舞伎はやっぱり落ち着くし、楽しい。いろんな歌舞伎が見られて幸せです。
<上演時間>すし屋106分、幕間30分、身替座禅55分、幕間15分、生きている小平次48分、幕間10分、三人形25分

| | コメント (0)

2008年6月26日 (木)

早すぎませんか

080626baiten1
080626baiten2
1回目の幕間終了6時46分で閉店とはちょっと寂しい。

| | コメント (2)

2008年6月25日 (水)

エンタテインメント歌舞伎

624日 「夏祭浪花鑑」(シアターコクーン)

客を巻き込み、驚かせ、楽しませる。江戸時代にタイムスリップしたようなあの空間、空気に、エンタテインメントとしての歌舞伎の原点を思わせられた。「これじゃあ、チケット完売だよなあ、完売後歌舞伎の戻りもないよなあ」と納得したのでした。
「夏祭浪花鑑」自体は吉右衛門さんのを演舞場で見たことがあるだけで、コクーンは初見。しかもテイストが全然違うはずなのに、不思議と「法界坊」ほどの違いは感じなかった。それはきっと、勘三郎さんの演技が<真面目>だったからだと思う。<真面目>という言葉については誤解を受けるかもしれないが、勘三郎さんは観客サービスのあまりか、私にさえ崩しすぎているんじゃないかと思われるようなところがある、しかし今回はそういう面は見られず、団七という人間を演じるのに必要な演技だけをしていた、そんな印象を受けた、ということです。
<泥場>
団七が義平次を斬る場面は、実際に泥が飛ぶというわけで、通路よりの私の席あたりにもビニールシートが配られてあった。期待の場面の一つだったが、団七の心理の深みを見せるという意味では吉右衛門さんのほうがくいっと心に滲み込んできたような気がする。実は、私、吉右衛門さんの時の義平次役が誰だったかすっかり忘れていた。筋書きを取り出してみて、歌六さんの名前を発見しても「そうだったっけ」くらいの記憶だったのに、どういうわけか途端に歌六さんの義平次も、あの場面も、鮮やかに甦ってきたのだ。あの時は、ここで終わっていたから余計印象が強かったのかもしれない。
しかし勘三郎さんの殺しの場面もじつに印象的だった。この場面に入る前に、準備として数分の間があるのだが、このときに鳴る和太鼓と笛と鉦がとても効果的で、緊張感が高まる。そして舞台の縁に蝋燭(後に出てくる手燭と同じもの?)が並べられただけの闇となった空間、団七と義平次の動きを、白い紙を張った手燭のスポットライトで黒衣さんたちが照らし出す。恐らくちょっと向こうでは祭りが最高潮に達しているはず。それなのに暗いここだけは泥沼のように時間が淀んでおり、暑苦しい緊張感が漂う。やがて義平次は泥の底に沈み、団七は刀を井戸水で洗う。にわかに祭りの音が近づいてくるのが聞こえる。団七は大きく震える手で何度も何度も失敗した後やっと刀を鞘に納めることに成功し、水をかぶって返り血を流す。ぱっと照明が入る。昼の明かりとなったそこで展開されているのは大勢が踊り狂う祭りの場面。この対比は実に見事で、団七の心の闇が浮き上がった。踊りの波は、客席の間を駆け巡り、団七もまたそれに紛れて姿を消す。

<祭り気分>
祭りの雰囲気は舞台の上だけではない。ロビーに入った瞬間にもうその空気に取り囲まれる。売店ではお弁当の他に、みたらしや磯辺などの団子(お茶とのセットもある)、さつま揚げなんていうのを売っている。「生ビールとさつま揚げいかがですか~」という声にかなり惹かれたが、飲んだら寝ちゃうし、トイレにも行きたくなるし、で私は休憩時間にみたらしをいただいた。あのタレが好きな私は、カップにたっぷり入ったタレ(そのタレの中に2コずつ串に刺さった団子が4本入っている)を飲み干したい気分でした。

前後するが、開演10分ほど前になると、役者さんが通路を歩いて互いにお喋りに興じたり、客に声をかけたり、客席も陽気な祭りの空気に包まれる。扇雀さんが小さな子供(団七とお梶の子供。とっても可愛い)の手を引いて歩いている姿が<らしくて>思わず微笑みました。そうこうしているうちに、祭り姿の役者さんたちがみんな舞台に上がり、どこかでケンカが始まり、自然と開演になる。そして場面はまもなくお鯛茶屋にと、テンポがよく進む。演舞場にはなかったここまでの場面で、出番は少ないけれどこの物語の重要人物である玉島磯之丞(勘太郎)のことがよくわかった。
<逃げる>
二幕目はまったく初めて見る。親殺しの大罪から団七を救おうと一芝居打つ徳兵衛(橋之助)とお梶(扇雀)だが、結局団七は追われる身となってしまったのね。徳兵衛が泥沼のほとりで拾った雪駄から団七の親殺しを察して団七にそれを突きつけるあたりは、逆シンデレラ?なんて不謹慎なことを考えてしまった。
団七が逃げる場面は、江戸の町が三谷さんの「高田馬場」みたいなミニチュアタウンになっていて、ウケた(勘三郎さんと橋之助さんがスローモーションで走る場面も「高田馬場」を思わせた。もっとも、ミニチュアもスローモーもこっちが先?)。そのミニチュアの家々の後ろからぬっと大勢の捕手が姿を現したのにはビックリした。そこからの立ち回りはみんなの見事な呼吸が感じられた。通路から舞台奥への刀投げなんて、ハラハラしたけれど、投げ手のコントロールと受け手のタイミングのよさで大成功。ひとつひとつの演技に客席から大きな拍手が送られる。
私の席は役者さんが一番よく通る真ん中ブロック下手寄り通路側だったので、立ち回りが目の前で行われてこっち斬られるんじゃないかと思うほど。この席、<とちり>のあたりで、最高でした。泥場はよく見えなかったのだけど、花道がわりの通路も程よく見渡せたし、何より役者さんをすぐ下から見上げる形でミーハー心を十分満足させてくれた。
080625cocoon さて、いよいよ大詰め。期待どおり、舞台奥の壁をこわし(搬入扉が開くことになっている)、勘三郎さんと橋之助さんが駐車場へ飛び出す。外では見物の人たちが、走り回る2人にさかんに拍手を送っている。2人が舞台に戻ってくると、最後、パトカーが向かって右側からきゅ~っと入口ギリギリに突っ込んでくる。グリーンを基調としたパトカーにはPOLICEではなくてドイツ語でPOLIZEIと書いてあった。ああ、私、この先千穐楽まで1日でも時間があったら、絶対345分くらいまでには搬入口のところに行って、この数分を外で楽しむわ。

カーテンコールでは役者さんだけでなくこのパトカーももう一度登場したのが嬉しいサービス。スタンディングオベーションの中(私も今回は迷わずすぐに立ちました)、役者さん全員が通路に下りて平場席一周。通路側の客と握手したりして、一体感がより増す。
「これじゃあ、チケット完売だよなあ、完売後歌舞伎の戻りもないよなあ」と納得するわけです。
七之助クンのお辰もきりっとした覚悟が見えてよかったけれど、勘太郎クンでも見てみたかった。今月は2回取るのはきびしかったから後半にもってきたけれど、前半のキャストでも見ておくべきだったかなあ。
笹野さんは、悪どさがちょっとアッサリしているように思ったが、「義平次は笑いもすれば幸せなときもあったはず」という面を強調していたのだろうか。だとすれば、その意図は伝わったと思う。
おまけ:プログラム2000円はちょっと痛い。扮装していない役者さんのモノクロ写真はみんなテキヤ風で、とくにスキンヘッドの勘太郎クン、正面にガン飛ばして見事なコワモテぶり(いや、ほんとコワイです)。
<上演時間>第一幕100分、幕間20分、第二幕30

渋谷は好きじゃないけど、こんな可愛いバス発見。
080625sibuyabus

| | コメント (4)

2008年6月24日 (火)

ゆるさと緊迫感の「アフタースクール」

623日 「アフタースクール」
本当は、「ザ・マジックアワー」と「アフタースクール」のハシゴをするつもりだったのだけど、前日父が自力では立ち上がれず歩行も杖にすがってやっとという状態に陥ったため(数日前に転倒したことによる。骨折はなし。ここ1年半で、何回X線被曝していることか)、その時点で映画は諦めていた。ところが、95歳の驚異的な回復力!! 一晩たったら、すっかり歩けるようになっている。そこで、シネコンで先に終わってしまいそうな「アフタースクール」を見ることにした。
うむ~、良い意味で裏切られた~という感じ。ミステリーだとは聞いていたが、大泉洋の宣伝活動を見ていて、「キサラギ」みたいな笑い満載映画かと思っていたのだ。笑いの小ネタはあちこちにあったが、ゆるいようでいて、意外にもかなり緊迫感のある進行だった。ネタがばれてからは、「そんなにうまくいくものかぁ?」という思いはしたけれど、それでもやっぱり緊迫感は持続して面白かった。
ミステリーだから、多くは語れないのが残念。
3人の主役のもつ独特のゆるさが、この映画のいい味となっている。
佐々木蔵之介チャンがあやしくていい。あの昏い目と常に自分を外から見ているような喋りには引き込まれる。
堺雅人の相変わらず<切ない笑い顔>には癒されるし、その一方で、あの穏やかな目の裏には何を考えているかわからないあやしさを感じる(こういう人が一番怖かったりして)。
大泉洋のやわらかそうなほっぺは、いつもちょっとつっついてみたくなる。大泉洋はどこか斜に構えているようでいて、案外まっすぐにこちらを見ているような気がする。いや、その逆かも。まっすぐこっちを見ていながら、どこか斜に構えたというか、裏があるというか。そして軽薄なようでいて、しっかり心を据えているような気がする(役のせいか?)。
常盤貴子はどうしても米搗きバッタ的貞奴の印象が抜けないのだが(堺雅人も、あの舞台に一緒に立っていたんだっけね。あの芝居は堺雅人の芝居だったなあ、なんて思ったんだっけ)、映画だと悪くない。やっぱり映像の女優さんなんだろう。反対に田畑智子は私は舞台のほうがいいかなあと思ってしまった(映画で悪いというのではなく、舞台のほうがより良い)。
キャストに山本圭の名前を発見して、「えええ~っ!!」と驚いた。その役の人はけっこうちゃんと見ていたのに、ぜ~んぜん気付かなかった。かつての繊細な好青年もこう変わっちゃったのかあ。
エンドロールで席を立つ人はいなかったが、もしこれからご覧になる方で、いつも早めに席を立たれる方はご用心。最後にまだ続きがありますから。

| | コメント (2)

2008年6月23日 (月)

命がけ3

080623gondola01
080623gondola02

まるで空中散歩、なんて言ったら申し訳ないですね。命がけのお仕事ですから。
ゴンドラに乗るだけでも命がけのスゴ業、目まぐるしく変わる今日の雲の様相に、私は雨よ降らないで、と願うばかりでした。
080623gondola03
080623gondola04 080623igondola05
080623gondola06 080623gondola07
080623gondola08
やっぱり、す、すげぇ~としか言いようがありません。

| | コメント (4)

2008年6月22日 (日)

ジブリでルーヴル

615日 「小さなルーヴル展」(ジブリ美術館)
宮崎監督の映画って「魔女の宅急便」をテレビで見ただけなんだけど、ジブリ美術館はとてもいい所だと聞いていたし、このたび「小さなルーヴル展」をやっているというので、先週の日曜日、行ってきた(今日と違って、気持ちのいい天気であった)。
三鷹駅を出て、井の頭公園の中にある美術館を目指す玉川上水沿いの道は、情緒とともにお洒落な雰囲気を醸し出し、ただ歩くだけのことがとても楽しい。
三鷹の森に入るとやがて、木々の間にカラフルな建物がちらちらと見えてきた。入口の切符売り場には大きなトトロがいる、と思ったら、ここはニセの受け付けだった。矢印に従って本物の受け付けに行くと、映画のフィルムの形をした切符をくれた。中で上映されている短編映画のチケットだ(日曜日のこととてお子ちゃまがたくさんいたので、見ないでしまった)。
080622ghibli1 080622ghibli2 080622ghibli7

館内は当然撮影禁止なのだが、これ、とっても残念。レトロなエレベーターも、人1人がやっと通れる螺旋階段(昇ってみたけど、かなり怖かった)も、そしてルーヴルの作品が展示されているお部屋も、トイレも、どれもどれも素敵で、記憶の悪い脳ではなくちゃんとカメラに残しておきたかった。
080622ghibli3 080622ghibli4

ここでまず見学したのは、ゾートロープの部屋。つまり、アニメーションの原型が展示されている部屋である。電動パノラマゾートロープは、回転する筒の中にポーズの異なる絵が貼ってあって、筒にあけてある隙間から覗くと絵が動いて見える。立体ゾートロープになると、1秒に1回転する円筒の中にポーズの異なるたくさんの立体人形が並べられており、筒を回転させて発光ダイオードを当てると、人形が動いて見える。前アニメとでも言うべきこれらのゾートロープは、言葉にするとなんだかわからないだろうが、実際に見ると、かなり感動的である。ココを見ると具体的にわかると思います。
長くなるので駆け足で「小さなルーヴル展」へ。展示室は石造りの地下室を模したようなレイアウトで、一画にツタンカーメンの棺みたいなものが置いてあった。ついついみんな、この蓋を開けたくなる。それで、恐る恐る蓋を上げると、あら、又同じものが出てきた。その蓋を又上げると、あらあら、もう一つ同じものが。すると、どの見学客も異口同音に「マトリョーシカだぁ」。この一画にはギリシア彫刻ならぬ、薄いスクリーンに印刷された彫像が2体下がっており、古代ムードに満ちている。また別の一画には石の井戸が設えられ、底を覗くと水が入っているのがわかった。
展示品の絵画は、ルーヴルの原画を写真に撮るか何かして額装したものだろうか。本物よりだいぶ小さく、子供の視線に合うように並べられている。ちょうど国立西洋美術館で始まったばかりのコロー展にも出展されている(らしい)「青いドレスの女」「モルトフォンテーヌの思い出」「ナルニの橋」「真珠の女」をはじめ、フラゴナール、アングル、ダヴィッドなど、16世紀から19世紀にかけての絵画が楽しめる。もちろん「モナリザ」もある。ルーヴルで見るとびっくりするほど小さいこの絵は、小さなルーヴルで見ると意外に大きい。展示されている空間の大きさによる錯覚だろう。
絵画が掛けられている壁にはところどころ窓があいていて、奥を覗くと、建物としてのルーヴルの歴史とそれを育んできたセーヌを中心としたパリの町の様子が立体的に再現されていた。
それほど広くはない空間にこれだけの絵画をうまく集めたものだなあと感心し、プチ・ルーヴルの雰囲気をしばし楽しんだ。ただ、絵画名と作者名を書いたプレートが少し見づらいように思った。絵画の邪魔をしないようにしたかったのかもしれないが、何枚分かをまとめて掛けてあるため、いちいち確認しなければならない(知っている絵ばかりじゃないから)。もっとも、子供の目の高さで見ると、あまり苦にならないのかも。
パリ気分のまま外のカフェでランチでもと思ったが、あまりの賑わいに諦めた。
帰りは井の頭公園の中を吉祥寺駅に向かって歩いた。森林浴がたっぷりできた。
080622ghibli5 080622ghibli6
ところで、これ(↓)、記念に買った付箋なんだけど、子供たちには気持ちが悪いと不評。
080622ghibli8
なお、ジブリ美術館に入るには、ローソンで前売り券を買うか、電話、ネット、携帯での予約が必要になります。詳細はこちらで。

| | コメント (0)

2008年6月21日 (土)

やっと今月初歌舞伎座

620日 六月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
080621hirunobu
やっと今頃になって、今月初歌舞伎座。待ち遠しかった~。筋書きがいきなり写真入りになっていたくらいだから

080621usuyuki1 「新薄雪物語」。初見です。面白かった。幕が開くと、清水寺の色鮮やかな社殿(清水って、こんな真っ赤っかで派手だったんだ)。そこへ登場する、艶やかな一行。芝雀さんの薄雪が愛らしく、福助さんの侍女・籬(まがき)が色っぽく(ちょっと作りすぎという気もしたが)、遠眼鏡の場面では立役が扮する奥女中たちが不気味で笑いを呼ぶ。そして、錦之助さん(園部左衛門)と染五郎さん(奴・妻平)の美しいこと。今日の席は上手寄りで花道から遠くて残念だなあと思っていたが、序幕では錦之助さんがずっと目の前にいて、残念分を取り返してくれた。
薄雪は左衛門に一目惚れして、思いを遂げたいと迫る。でも左衛門は人間が固いから断る。すると、染五郎さんと福助さんの入れ知恵で、薄雪は左衛門の刀を取って自害しようと見せる。慌てた左衛門は薄雪の思いを受け入れる。
って、これと同じシチュエーション、どっかで見たぞ~…そうだ、先月の「白浪五人男」で梅枝クンのやったお姫様がそうだったじゃない。まったく、日本のお姫様って、ただのお人形ではないのがすごい。
このあたりの場面、芝雀、錦之助、福助、染五郎さんの4人だけが舞台に立っている。おお、5月の「女方の夕べ」マイナス亀ちゃんじゃん。と思ったら、あの日のトークが思い出されて、1人でウケてしまった(そういう場面じゃないから、もちろん、心の中で密かに、です)。
さて、ここに園部家にライバル心を燃やす秋月大膳という大ワル(富十郎。ワルでも桜を愛でる心が日本人を感じさせる)がいる。コイツの仕掛けた罠に左衛門がはまって、物語は悲劇へと進んでいく。しかしその前に大膳側の奴と染五郎さんの立ち回りという素敵なサービスがある。さまざまな技が繰り出されて、いつもとは一味違った印象を受け、大いに楽しんだ。清水の屋台下からの大ジャンプは客席を沸かせるし、最後の花道のイモムシという引っ込みが面白い。初めて見たが、かなり難しそう、姿勢もキツそう。ところで、この立ち回りで、錦弥さんが黒子で出ていたように思ったけれど違ったかな。錦弥さんはその前にコワイ奥女中の1人として登場していたから、アレっ?と思った。
ここでちょっとナンセンスツッコみ……福助・染五郎は、薄雪・左衛門に恋をけしかけるだけけしかけておいて、後はどこか行っちゃった。って無責任じゃない?
080621usuyuki2 二幕目、詮議の場の葛城民部(富十郎・二役)。この富十郎さんが、スッキリとかっこよく、また人間の大きさ、情というものをよく表している。大膳のワルぶりもよかったし、ふと「先代萩」の仁左様の二役(八汐と細川勝元)が頭をよぎった。
薄雪と左衛門の両親がまたいい。薄雪の親・幸崎伊賀守夫婦(吉右衛門・魁春)には「井伊大老」の直弼とお静の方を思い出させるようなしっとりとした愛情が通うのが見え、左衛門の親・園部兵衛夫妻(幸四郎・芝翫)もまた、穏やかに男の子を育ててきた手堅さが窺える。民部のはからいで、それぞれの両親が互いの子を交換して預り詮議することになったのだが、父親はともに、軽率な子供たちを守るため、互いの立場を気遣いながら(こういう気遣いがじ~んとくる)我が命を張る。
080621usuyuki3 園部兵衛は薄雪に信頼のおける奴をつけて落ちのびさせる。その時の幸四郎さんの表情がいい。嫁である薄雪が本当の娘であるかのような思いが現れていた。伊賀守もまた、左衛門を逃がしてやり、自らは蔭腹を切る。腹に巻いた白布を血で染めた伊賀守が園部家にやってくると、せっかく逃がしてやった左衛門が一目親に会いたくて裏門に忍んできた。「なんでオレの気持ちがわからないのか」と絞り出すような声で叱るその声に真情が溢れている。紫の頭巾をかぶって裏口に控えている錦之助さんの美しいこと(これ、花道だった)、闇に浮かび上がる白い花を見るようでした。錦之助さんって、こういう、ちと頼りなげな二枚目が実にいい(本当は、もっと<オトコ>って役も絶対いいと思うのだが)。

伊賀守の意図を察した兵衛もまた、蔭腹を切る。そして2人の父親は互いの子を預って以来いつも心が重かったから、笑って死にたいと、呵呵大笑する。3人笑いである。笑うと腹圧がかかる。刀を立てた後の腹では力が入るまい。そこを踏ん張って笑うというのは不気味ですらあり、しかしとても悲しい。幸四郎さんは甲高い声で、吉右衛門さんは低い声で、徐々に徐々に力を入れて見事に笑った。2人の父親の笑いを聞いて、私は「ああ、よかった、笑えて」と、とてもほっとした気分になった。いっぽうの兵衛の妻は死を賭した夫たちを見て笑うどころか大声で泣きたいところである。それを夫に命令されて無理矢理笑う。はじめは泣いているみたいな笑いから、何とか大笑しようと試みる。ヘタしたら客席に失笑が漏れそうな場面である。しかし芝翫さんの古風な容貌、腹の入った演技は、3人笑いのトップバッターというむずかしい立場を見事にこなし、緊迫した悲しみを盛り上げた、と思う。

「寺子屋」「先代萩」「熊谷陣屋」。子供を犠牲にする作品に比べたら、「新薄雪物語」ももちろん理不尽な悲劇であるには間違いないけれど、親が犠牲になるという分、後味の悪さがほとんどなかった。
キャラメル、こまつ座、そして歌舞伎座、親の深い愛に触れました。
080621niwakajisi 「俄獅子」。染五郎さんのいなせな鳶頭、福助さんの粋であでやかな芸者というコンビが素敵。2人が手にもつのは獅子頭ではなく扇獅子。これが面白い。扇を2枚あわせ、その間に鈴をたくさん挟み、上には獅子の毛をあしらってある。この扇獅子で獅子の狂いを見せるという趣向。華やかな気分のこういう踊りは文句なく楽しめる。薄雪の重苦しさが中和された感じかな。

<上演時間>「新薄雪物語」序幕83分、幕間30分、二幕目47分、幕間10分、三幕目79分、幕間15分、「俄獅子」15分

| | コメント (2)

2008年6月20日 (金)

演劇の力

友人が貸してくれた「名セリフ!」(鴻上尚史著、文藝春秋刊、2004年)。洋の東西を問わず、さまざまな芝居から鴻上さんがコレと思ったセリフを鴻上さんの切り口で紹介している。
その中の一節に語られているエピソードは、私が見た芝居にまつわるものだったので、以下、鴻上さんの受け売りでご紹介する。
民間と違って官の劇場というのは、非常に制約が多い。なぜなら、演劇が好きで公立の劇場・ホール勤務になった人は少なく、自分の勤務中は何の問題もなく終わらせたいと願っている場合が多い。したがって、制約だらけになる。舞台に傷がつくのを神経質に気にする(だから釘1本打てない)、時間きっちりに電源を落とす、客席に下りての演技は前例がないから認めない。鴻上さんはそういう劇場と常に戦い続けている。
ところが、ある地方で、とても協力的なスタッフと出会った。演劇人は新しいこと、すなわち前例のないことをやりたがる、するとスタッフとモメがちになる、しかしそこでは演劇を尊重しているように思われた。感動した鴻上さんは理由を聞いた。
先日、この小屋である芝居を見たんです。ほとんどの者は劇場でちゃんと芝居を見るのは初めてでした。それがとても感動的で、以来この劇場のスタッフは演劇を大切にしようと思ったんです。
なんというお芝居だったんですか?
「父と暮らせば」というお芝居です。

「…僕が、演劇の力を信じてもいいと思うのは、たとえばこんな瞬間です。」

鴻上さんは、こう結んでいる。

| | コメント (0)

2008年6月19日 (木)

しっとり新派

618日 「婦系図」(新橋演舞場)
新派たるものをつい先日初めて見たばかりの私が何を軽々しくほざくかと自分でも思うが、独断と偏見を百も承知で言えば、この「婦系図」に「ああ、新派の世界を見た」という気持ちになった。以下、ネタバレしますが、有名な作品だから…(なお、役者さんの敬称は、その時の気分で)。

固定観念:まったく毎度恥ずかしいながら、日本文学は教科書に載っていた作品に毛の生えた程度しか読んでおらず、「婦系図」が泉鏡花だとは知っていても、鏡花といえば去年歌舞伎で見た幻想文学という固定観念に捉われていた。あるいは「婦系図」といえば、お蔦・主税、真砂町の先生、湯島の白梅、別れろ切れろは芸者の時にいうことば、といった、ごく断片的かつ表層的な、これも固定観念に捉われていた(しかも、2人が別れるところまでしか知らなかった)。
そして普段はプログラムを読んで粗筋を頭に入れたりはしないのに、なぜか「鹿鳴館」で先に筋書きを読んだために、自分の感覚が筋書き寄りになって失敗したから、今回はその轍は踏むまいと決意して臨んだ(大げさな)。
覆った先入観:というわけで、主税は愛する女よりも真砂町の先生(酒井先生)をとった意気地なしの青白き文学青年で、お話はドロドロの泥沼と単純に思っていた。それに、ポスターやチラシの仁左様の苦汁に満ちたお顔を見ると、やっぱりそんな感じをもってしまうのよねえ。それが今回、なぜ、主税が先生をとらざるを得なかったか、よくわかったし、意気地なしだとばかり思っていた主税が実は男気あふれるカッコいい青年だった、とも初めて知った。そして話もドロドロではなかった。
実は仁左様は最初からカッコよかった。青白き文学青年どころか、べらんめえ(静岡出身だけど)の男っぽさ。酒井先生のお嬢様・妙子の縁談相手が身元調査をしていると知って「好きなら好きで一緒になればいいじゃないか。家柄がどうの、と調べるなんぞ気に入らねえ」って、はじめから言ってたんだし。ちょっと意外な気分だったのに、そのときはまだ、ドロドロなんだろうと思い込んでいて、主税の真実を見抜けなかった(私、オトコを見る目がないねえ)。
お蔦と別れた主税が静岡に帰ってしまうと、それからしばらくは女たちを中心とした芝居になる。仁左様は歌舞伎座と掛け持ちだし、もうこれで出てこないのかぁ、なんか中途半端だなあと勝手に決め付けた私はなんてバカなんだろう。
静岡に引っ込んだ主税は大詰で再び登場するや、河内山かと見紛うほどの(ちょっと大げさに言い過ぎた)小気味よさ。妙子の縁談の相手である河野家の秘密を暴き、その虚栄を地に落とすのだ。でも…河野家は一家そろって最低な奴だし、妙子を救うための策としては格好の材料が揃ったのだし、仁左様はカッコよくて小気味よかったのは間違いないけれど、それなのに、なぜかこのやり方にあまり後味のよい思いはしなかった。
女性たち:久里子さんはいつもに増して勘三郎さんによく似ていて、とくに主税と幸せに暮らしている間、どうしても勘三郎さんと重なってしまい(顔、物言い、仕草、すべて似ている)、ちょっと調子狂った。しかし、主税と別れてからは、勘三郎さんから抜け出し、はかなげできれいで哀れさが感じられた。
今時とても考えられない世間知らずのお嬢様、妙子役の紅貴代、はじめは「え~、お嬢様ぁ~?」とかなり違和感を覚えたが、芝居が進むに従って、だんだんそれらしく見えてきたから不思議である。お嬢様っていうのは赤姫と似て、無謀に積極的だったりもするもんだなあ、と面白く思った。紅貴代さんは清楚で愛らしさもあり、その無謀さが妙にとぼけていて、微笑ましい。
八重子、芸者役がぴったり合っている。粋で哀しくて、でも八重子さんの表情には、そういうものすべてを呑み込んで自分なりに生きていますっていう大らかさみたいなものがあって、私はそういう部分は好もしく思っている。
不可解な先生:自分は芸者に子まで生ませながら、その芸者もちゃんと自分を弁えているのに、なぜ、主税とお蔦の仲を引き裂いたのか、よくわからない。お蔦の人間性も知らないじゃなかったのに。それに、自分の娘の縁談相手がどんなヤツか知らなかったのだろうか。この先生が周囲の人間すべてを不幸にしているような印象を受けた。そのせいか、はじめは重厚な感じだった先生がだんだん安っぽく見えてきた。安井昌二は好演していたが、第四幕で二言三言にプロンプターがついて、どきっとした。
笑いどころ?主税の「月は晴れても心は闇」の有名なセリフのときに、どっと笑いが起きた。それから、酒井先生のお嬢様が実は八重子扮する芸者・小芳の娘であり、名乗りたくても名乗れない、つらく切ない思いの小芳とお蔦が「わたしたちって因果だねえ」と声を揃えて嘆くと、これまたいっせいに笑い。もう1箇所、何だか忘れたけれど、ここ笑いどころ?と疑問に思うような笑いが湧いた。
印象的な場面:妙子がお蔦を訪ねてくる場面。お蔦が住んでいる魚屋の家をやっと探し当てた妙子のそばを子守がとおりかかる。年齢は同じくらいなのだろう。子守は背中の子をあやしながら、お嬢様をちらちら見る。妙子はそれに気付かない。身分、置かれた状況の違いを子守がどんなふうに感じているかが伝わってくる。些細な場面だが、印象的だった。

「鹿鳴館」でもそうだったが、新派を見た後は、なんとなくしっとり気分になった。

<上演時間>序幕・第二幕50分、幕間30分、第三幕45分、幕間20分、第四幕・五幕・大詰115

| | コメント (0)

2008年6月17日 (火)

父と暮らせば

616日 「父と暮らせば」(紀伊国屋サザンシアター)
宮沢りえの映画を見損ねたので、待ちに待っていましたというこまつ座公演である。月曜日の14時開演というのに、チケットは完売と貼り紙されていた。
萬長さんはやっぱりいい。最高の<日本のおとうさん(あるいはおじさん)>役者だと私は思っている。娘役の栗田桃子さんは、その演技がとても印象的だった「紙屋町さくらホテル」以来の登場。
2
人芝居である(以下、ばっちりネタバレしますし、毎度お馴染み長い長い記事になりました)。

こまつ座にしては珍しく、開演前の舞台に幕が降りている。雷鳴とともにその幕が開くと、古い簡易住宅のセットが現れ、美津江が雨の中、飛び込んでくる。家に入ったとたん、床につっぷして雷の恐怖に震えている。「おとったん、こわい!!」娘の叫び声に押入れがあき、座布団を頭にかぶった父親が上段から顔を出し、早く押入れの中に入れ、と娘を招く。この瞬間、私はこの父娘の世界にぐいっと引き込まれた。
美津江が雷鳴を怖がるのは、<ピカ>、すなわち原爆が落とされて以来のこと。ああ、そうか、そうだろうな、その恐怖は特別のものなんだろうな。「いい年をして雷を怖がって」と恥ずかしがる娘を陽気な<おとったん>が痛ましそうに、悪友の写真屋がマグネシウムが光るたびにピカを思い出して写真が撮れなくなった、ピカを浴びた者はぴかっと光るものを怖がっていいんだ、それが蛍であっても、と娘をかばう。その言葉に胸がしめつけられる。
このおとったん、この家に住んでいるはずなのに、なんか変なのよね。麦茶を出されても飲めない、まんじゅうを目の前にしても食べられない、「あら、来てたの?」なんて娘に言われたりして。それなのに、不覚にも私、ず~っと気付かなかった。いつ、「あっ」と思ったのだろう――変だ変だと不審に思いながら、かなり長い間気付かなかったのだ――、おとったんはもうこの世にいないんだって。図書館に勤める娘が、どうやら恋をしたらしい、原爆で命を失ったおとったんは娘の恋の応援団長として、この世に現れたのだ。娘が図書館によく来る青年に抱いた「ときめきからわしの胴体ができ」、娘の「ため息からわしの手足ができ」、あの人私のいる窓口にきてくれないかなという娘の「願いからわしの心臓ができ」た、って、そんなセリフを聞いてもピンとこなかった私は、なんてニブイ。
井上ひさしは、<幸せになってはいけない私>と<幸せになりたい私>に分裂した娘を12役にして対立させようとしたのだそうだ。しかし1人の女優がそれを演じ分けるのは大変だから、幸せになりたいと願う娘のかわりに父親を登場させた、娘の幸せを願う父親は美津江の心の幻なんだと言う。その手法に、私は見事にひっかっかってしまったわけだ。

娘は恋に消極的で、おとったんの応援を強く拒絶する。
「あたしは幸せになっちゃいけないの!!
おとったんがどう励まし、どう指導しても(この人、かつて未亡人にちょっかいを出したりして、けっこうお盛んだったらしい)、娘は頑な態度を崩さない。友達もみんな死んでしまい、自分1人が生き残ってしまったから。違う。
本当は…家の下敷きになって動けない父親を見捨てて逃げたことが娘に幸せを禁じていたのだ。いや、娘は父親を助けようとして、あらゆる努力を試みた。でも非力な娘1人でどうやって、父親にのしかかる梁やら柱やらをどけられるのだ。火が回ってきて娘の髪も眉もちりちりいいだした。娘は父と一緒に死ぬつもりだった。でも父親が「逃げろ」といい、娘は結局それに従ったのだ。そのいきさつが胸を抉る。
身近なところで考えれば、阪神大震災でもこういう状況はたくさんあったはずだ。1カ月前四川で、そしてつい先日東北で大きな地震があった。自分が暮らす関東にだっていつそれがきて、そういう選択をしなければならないとも限らない。相手が家族であっても、見知らぬ他人であっても、炎に包まれているのになすすべもない状況で、どういう選択をするのか。一緒に死ねばいいというものでもないだろう。生き延びられる人は生き延びるべきだと、思う。だが、助けることができなかったという十字架は一生背負って行くことになるんだ、とも思う。死ぬも地獄、生きるも地獄…。
あのとき、お互いに納得したはずだという父親に対して、娘はそれでも自分を許せないでいる。その心を溶かしたのは、「おまえはわしによって生かされている」という父親の言葉。こんなむごい別れが何万もあったことを覚えていてもらうために生かされているのだ、人間の悲しかったこと、楽しかったことを伝えることがおまえの仕事だろう、それができないなら、「わしの孫、ひ孫」にかわりにやってもらう。
やっと幸せをつかみそうな娘は、風呂に薪をくべに行った父親の背中に深々と頭を下げ「おとったん、ありがとありました」。

私は声高に反戦を叫ぶ者ではないし、あまりに反戦思想を前面に出されると、うんざりしてしまう。戦争なんて、それで儲けている人間を除けば誰だってイヤに決まっている。だけどこの作品は、父と娘の会話だけであの無惨な場面を描き、2人の会話のどこにも「戦争はいかん」とか原爆投下に対する恨み言はなく、ただ終わりのほうで父親が「こんな別れが末代まであってはいかん、むごすぎる」と言う。その一言に、胸を衝かれる。後半はずっと涙が止まらず、何度も嗚咽をこらえ、最後の場面では声をあげて泣きそうになった。栗田さんは自分の思いのたけを吐き出すとき、ちょっと絶叫気味になるので(そういう演出なのでしょう)、やや引き加減になるときもあったが。幕が降りても、みんななかなか席を立たず、私も真っ赤な目と鼻を見られるのは恥ずかしいなあなんて思って、少し席でじっとしていた。
テーマがテーマだし、さぞや重苦しい芝居かと思われるかもしれないが、全然そんなことはない。笑いどころもたくさんある。辻萬長さんの軽妙な演技は心なごむし、父親の思いがユーモラスに伝わってくる。雨が降れば家中の桶やら鍋やらで滴を受けなければならないような雨漏りでも、「雨に歌えば」みたいな感じで楽しそう。2人の会話は時に喜劇といってもいいような展開をする。それなのに、悲しいことがいっぱいつまっている。
時代も状況も全然違うとはいえ、先日のキャラメルでは死んだ母親が息子の前に、今日のこまつ座は死んだ父親が娘の前に現れる。奇しくもそんな類似性をもった芝居を見た後に、ひょっとしたらキャラメルのおかあさんも、12役の息子の心の幻かもしれない、と思った。
<上演時間>80

| | コメント (2)

2008年6月16日 (月)

2日目:祝副都心線開業

080616fukutoshin1_2
伊勢丹レストラン街は、どのお店も行列。副都心線開通も一役買っているのだろうか。新宿三丁目駅への地下道は途中から改装されたとみえ、明るくきれいな通路が伊勢丹の先の駅まで続く。
080616fukutoshin2
グッズがほしかったが、こちらも長蛇の列で諦めた。
080616fukutoshin3
080616fukutoshin4
↑が新型車輌。残念ながら私が乗ったのは↓
080616fukutoshin5
飯能行きのこの電車は、なんと急行電車で、池袋までノンストップであった。普段はノンストップ大好きな私だが、途中下車の旅を楽しもうと思っていたこんなときに限って、知らずに乗って否応なく池袋へ連れて行かれた。
池袋では、他の線とかなり離れており、乗換には時間がかかる。通路も整備中なのか暗くて狭くて、ちょっとガッカリした。私はあまり使う機会がなさそうだなあ。

| | コメント (2)

2008年6月15日 (日)

積み重ね、そして鬼の居ぬ間に

6月13日
08061501_3
部品たち

08061502 08061503

6月14日
08061504 
08061505
そして鬼の居ぬ間に(もちろん、鬼は私)
08061506

ちょっとわかりづらいけれど、上の2本の高圧線が張られている。いつの間に、どうやって 滑車とロープを使うらしいことはらしいんだけど。
08061507

受け手側も既に…

| | コメント (0)

2008年6月14日 (土)

得しちゃった「鹿鳴館」ゲストコーナー

幕が降りて、普通に拍手が起こって、そのままカーテンコールを求めるでもなく拍手はやんでしまった。あれ、もう終わり? そういえば、日替わりゲストって、私が気付かない形でどっかで出てきた? なんて席を立とうか立つまいか迷いながら、でもじっと座っていたら、幕が再び開きました。主な出演者がずらりと並んでいる。
八重子さんが新派120年についての挨拶と観劇御礼を述べ、続いて團十郎さんがご挨拶。天然の團十郎さんは「市川家は新派が始まったときからご縁があって」と言おうとして「市川県」と言ってしまい、ご自分でも苦笑しながら言い直していた。西郷輝彦、波乃久里子、安井昌二と挨拶が続く。そして安井昌二により、新幹部に昇格した川上彌生が紹介された。林与一の姪だそうで、きれいな人。
080613rokumeikan そして、お待ちかね、ゲスト登場。プログラムには呉汝俊(ウー・ルーチン)と書いてあったが、劇場内には呉汝俊・井上尭之と出ていた。ちょっと横道にそれるが、昨日のゲストが嘉島典俊・笹野高史で、「うぉ~っ、昨日がよかったよ~」なんてちょっと残念な思いがした。
閑話休題。まずは井上尭之さん。なんで、新派に井上尭之が?と不思議でしょうがなかった、そのわけがここで明らかになる。なんと、清原久雄という重要な役を演じた井上恭太は尭之さんの息子さんだったのである。これには思い切りビックリした。顔も似ていないし、まさか元スパイダースの息子が新派にいるなんて、思いもしなかった。恭太クンが新派に入ったのは15年前だそうだ。西洋音楽をやっている自分だが、日本の心を伝える新派を見て、自分もそういう音楽を世界に発信していきたい、というようなことを尭之さんは語った。照れくさそうに並ぶ親子は、鹿鳴館コスチュームの恭太クンに対し、尭之さんはラフでお洒落なジーパン姿と、その対比が微笑ましい。
次は、手に楽器を持って勢いよく登場した呉汝俊さん。新派との接点は聞き漏らした(「鹿鳴館」の音楽演奏していた?)。スピーカーから流れてくるオーケストラにあわせて、その楽器を演奏してくれた。後で八重子さんの説明で知ったのだが、京胡という楽器だそうだ。初めて見た、初めて聞いた。私の席はスピーカーの音量がきつくて、せっかくの音色が消されがちではあったが、ソロになってはっきり聞こえてきたらこれが素晴らしくよくて、さっきの「昨日でなくて残念」は現金にもどこかへ吹っ飛び、「ああ、今日でよかった」「もっと京胡を聞きたいわ~」などと余韻に浸ったのでありました。京胡とともに初めて知った呉さんはなかなかの美形で日本語も達者。と思ったら、京劇の女方でもあるんだそうだ。日本にやってきたのは7年前と言っていたように思う。呉さんのHPはココ
毎日それぞれの個性がみられるゲストコーナーなんだろうが、ホント、今日は得した気分で帰ることができた。でも本当は、井上尭之さんと呉さんのコラボが聞きたかったなあ、なんて、それは欲張りすぎですか。

| | コメント (2)

團十郎さんの目力:鹿鳴館

613日 「鹿鳴館」(新橋演舞場夜の部)
子供の頃に12度見たことがあるが、大人になってからの本格新派は初めて。「鹿鳴館」も原作すら読んでいない。三島は「金閣寺」をやっと読んだ程度だからえらそうなことは言えないけれど、三島の人間観みたいなものが感じられるような気はした。ただ、はじめのうち、新派独特のリズム(どこがどうと明確には言えないが、これまでに見た色々な芝居とはちょっと違う気がした)になかなかついていけなかった(実は、やや眠気を誘われたということです)。普段なら食後の幕は眠くなるのに、今回は後半ばっちり。
そもそも今月の新派を見ようと思ったのは、昼なら仁左様、夜なら團十郎さんが出るからで、その伯爵・團十郎登場は2幕目から。正直、團十郎さんのセリフはイマイチで、少々危なっかしい場面もあった。しかし、團十郎さんにはそれを超える魅力がある。妻・朝子(水谷八重子)、若い久雄(井上恭太・さわやか青年)相手に次々繰り出される負の論理のパンチは圧倒的で、本来八重子が主役なんだろうに、こりゃ團十郎の芝居じゃないか、と思うほど。冷酷さを表すためか、常にほとんど無表情に近いが、強い目力がそれに代わり、時として頼りなげな様子が垣間見られる。強大な政治力をもち、冷静に卑劣な陰謀を企てる一方で、その目の表情がとても人間臭さを感じさせる。あの悲劇は伯爵の「愛情が、嫉妬が起こした」という言い訳にも頷ける気がするのである。っていうか、この人が登場して間もなく、なんかそういう黒い感情が透けて見えて、ああやっぱり、と思ってしまった。ちなみに、嫉妬というのは、単に妻の心が昔の恋人・清原に(西郷輝彦)あるということに対するものではなく、それもあるだろうが、2人の間に歴然と通い合う信頼に対する嫉妬らしいのである。それって、わかる気がする。
水谷八重子は、後半の鹿鳴館の場での洋装より前半のお引きずりの着物のほうが可愛らしくて似合っていた(登場人物は洋装の朝子をベタボメだったけれど)。何度も演じているからだろうか、朝子という女性の性格・心情をきっちり摑んでいる演技だったと思う。昔愛しながら引き裂かれた清原への思いにもおっとりとした清らかさが感じられたし、その清原の元へ置いてこざるを得なかった2人の間の息子・久雄に自分が母親であることを打ち明ける心情にも切々としたものが感じられたし、だけどもそうそう過去ばかり振り返ってうじうじ生きているわけではないしたたかさもあったし。夫の陰謀を知って、自分の気持ちをたたきつける激しさ(先の影山の愛情・嫉妬云々のセリフに対し、「あなたの口から出ると汚らわしい」と痛烈に非難する)は、それまでの受けの演技から攻めの演技に転化し、誇り高い明治の女ぶりがかっこよかった。
明治女のかっこよさといえば、英太郎(大徳寺侯爵夫人)も際立ってよかった。歌舞伎における吉之丞さんや歌江さん的な感じをちょっと受ける。品もよく、セリフも美しく、包容力がある。新派唯一の女方として貴重な存在だ。
影山家の女中頭・草乃役の波乃久里子は、朝子の八重子が陽なら陰といったところだろうか。しかし芯の強さが感じられ、伯爵の愛を受け入れるときにやや自己主張をみせたのが印象的だった。
清原永之輔の西郷輝彦は清潔感があり、理想に燃える政治家を好演していたが、政治的に影山に負けたのが團十郎さん自身の大きさに屈したのと重なって見えた。
原作も読んでいないし、他の役者さんでの公演も見ていないから何とも言えないが、少なくともこの芝居では冷血であるはずの影山の人間性が案外魅力的であった。しかし、ハイソはいつの時代も豪勢ですなあ。
以下、ゲストコーナーへと続く。
付記:宮村陸軍大将役で、おひげをピンと両頬に張らせた新蔵さんがなかなかユーモラスな演技を見せている。
<上演時間>第一幕40分、幕間15分、第二幕55分、幕間30分、第三/四幕90

| | コメント (0)

2008年6月13日 (金)

ちりが積もれば

だいぶ前から、パソコンのファンが強烈な音をだすようになり、いつぶっ飛ぶかと、ヒヤヒヤしながら使っていた。とくにウイルスバスター作動中や、気分転換のゲーム中など大きな負荷がかかるとザーッという音が部屋じゅうに響いてうるさいくらい。それにもメゲずゲームについつい熱中してしまい、これでパソコン壊したらみっともないよなあ、とぼやきつつ、バックアップだけはこまめに取っていた。
先日、自分のパソコンのファンが少し音を出すようになったと気にし始めた息子が、ファンを掃除したら、音がしなくなったと言った。じゃあ、私のもお願いと頼んでおいたのを、昨夜やってくれた。
中は、私のことだからさぞ埃が積もっていることだろうと恐る恐る覗きこんだら、うっすらたまってはいるものの意外ときれい。しかし、ファンは別だった。円形の壁の内側にびっしり埃がついていて、掃除機では取れない。ウェットティッシュで丁寧に拭き取り、やっと大方取れた。
さて、このお掃除、実に霊驗あらたかであった。パソコンからやや離れた所にいれば電源が入っていることを忘れるほどの静かさだし、試しにゲームをしてみたら、ウソのように音がまったくしない。さんざん騒音に悩まされてきた身には、これはちょっとした感動だ。
息子に感謝。ちなみに息子のファンはもっと全然きれいで音もわずかだったらしい。
080613cleaning1

掃除機で全体の埃を吸い取る。

080613cleaning2_2

埃だらけのファン。触ったらかなり熱くなっていた。

ついでにごちゃごちゃだったデスクトップも整理したら、諸動作が早くなった。セッカチの私はこのパソコンのとろさにいつもイライラしていたけど、私のだらしなさのせいだったのね

| | コメント (0)

2008年6月12日 (木)

神田川下りで成長:「ハックルベリーにさよならを」

611日 「水平線の歩き方/ハックルベリーにさよならを」(シアターアプル)
080612ajisai2 「ハックルベリーにさよならを」
引き続いてのこの作品は、題名からして、少年成長記だと想像できる。こちらの少年ケンジも両親は離婚。6年生のケンジはやっぱり母親と暮らしている。ただ、岡崎の父親は息子を捨てた(と岡崎が言っていた)が、ケンジは月に1回父と会っている。家庭教師のコーキチくんはカヌーが大好きで、ケンジもカヌーに興味をもつけれど、母親は危険だからとカヌーに乗ることを許してくれない。ある、父との面会日、ケンジが父と近くの池でボートに乗るのを楽しみにマンションへ行くと、カオルという女性がいた。カオルは父が再婚を考えている人だったが、ケンジはそれを受け入れられなくて…。
前日仕事をしていてほとんど寝ていなかったせいで、申し訳ないながら、この辺でダウン 気がついたら、ケンジがカヌー(ボートかな)で神田川を下る場面になっていた。ケンジは父の再婚に傷ついたのかなんかよくわからなかったが、さかんに「僕は1人になりたいんだ」と叫んでいたから、ある意味自由を求めていたのだろうか。そういえば、ハックルベリーは友人の逃亡奴隷ジムと自由を求めてミシシッピを筏で下るんだったっけ。ということは、ここにはジムはいないけれど、題名を見ずともハックのお話がモチーフになっていることは明らかだ。
ケンジにジムはいないけれど、実はケンジのボートにも同乗者がいる。最初からケンジを見守ってそばにいたその人の正体は最後にわかる。私は最初からそれが誰だか予測がついていたけど、やっぱりそうだったんだ、とニンマリした。
素晴らしい「水平線の歩き方」を見た後だからなのか、あるいは別に理由があるのか、意外とこの芝居には入っていかれなかった。川くだりの場面なんかよく出来ていて手に汗握るような場面もあったし、涙が滲むような場面もあったのに、残念ながら寝てしまい、申し訳ないが感動も思いのほか薄かった。先にこちらを見たらどうだったのかな、とは思うけれど。
ところで、この2つの作品には1人だけ同じ人が出てくる。1つは子供時代、もう1つは大人になってからの姿で。おやっと思ってパンフを見たら、やっぱりそうだった。その性格はちっとも変わっていなくて、ちょっと笑えた。それが誰かも舞台を見てのお楽しみ。

最後に付け加えておくと、今回の芝居は2本とも携帯電話が非常に効果的に使われている。万が一客席でが鳴っちゃったら効果半減。ご覧になる方は絶対に電源切ってね。
おまけ1いつものような前説がなく、それぞれの芝居の前に坂口理恵、岡田さつきによる声での<あたりまえ注意事項>が放送された。面白かったのは、シアターアプルの舞台の真上はコマの回り舞台になっているそうで、上演中「ごんごろごんごろ音が聞こえてきたら、それは中条きよし(2本目は中村美律子)さんが回っているということですから」というアナウンスに場内爆笑。
おまけ21本目と2本目の間の休憩時間に、プロデューサーの加藤さん(本人は社長だと言っていた)の中説があった。コマが今年いっぱいでなくなるのは既知のことだが、それに従ってシアターアプルも姿を消す。キャラメルもずいぶんお世話になったので寂しい。で、劇場の話になり、サンシャイン劇場が現在改装中だが、改装直前の公演がキャラメルの「きみがいた時間、ぼくのいく時間」、改装直後が同じキャラメルの「嵐になるまで待って」で、キャラメルに挟まれた改装だってことになって。サンシャインはかなり大掛かりな改装になるらしい。とくに二階の客席の狭さが改善されるのだとか。8月は公演も楽しみだが、劇場の新しい姿を見るのも楽しみ。
おまけ3西川浩幸命名の「ねみみにみず」というペットボトルを売っていた。いやに小さく見えたけれど500mL入っているのかなあ。中身は阿蘇のミネラルウォーターで300円。たかっ。加藤さんも向かいのカフェでボルヴィックを200円で売っています、飲料水のほしい方はそちらでどうぞ、と言っていた。

おまけ4貼ってあったポスターで、NHKで放送予定の「七瀬ふたたび」の脚本がキャラメルの真柴あずきだと知った。それつながりで、亀ちゃんがキャラメルに客演するなんてこと、ないよね

| | コメント (0)

one of the best 1:「水平線の歩き方」

611日 「水平線の歩き方/ハックルベリーにさよならを」(シアターアプル)
080612ajisai1 「水平線の歩き方」
キャラメルボックス恒例のハーフタイムシアター。1時間の芝居が2本立てで上演される。間に1時間の休憩が入るが、通しで見た。上演順はその日によって違う。私が見た昨日は「水平線の歩き方」が先であった。
こういう芝居は、ネタバレしてはこの後ご覧になる方にとって面白くないと思うので、キャラメルのHPに出ている程度のストーリーだけご紹介しておく。
岡崎は35歳のラガーマン。その不屈の闘志は伝説的に有名だが、日本代表にも選ばれたことはない。ある日、ぐでんぐでんに酔っ払って部屋に帰ると、岡崎が6年生の時に死んだ母がいた。21歳で岡崎を生んだ母は死んだ当時のままの若さ(ってことは今の岡崎より年下ね)。母は幽霊なのだろうか?
岡崎は母に問われるまま現在の生活を語り、また2人は一緒に生活していた頃の(両親は離婚して岡崎は母1人に育てられた)思い出話をして、それによって岡崎のこれまでの人生が自然に私の心に浮かび上がる。
このあたりの芝居の作り方がとてもうまい。舞台は母と
2人の部屋だけなのに、岡崎がこれまでにかかわってきた人たちが登場して過去のストーリーが同じ舞台で進められてもまったく違和感なく岡崎の過去と現在を客も行ったり来たりできる(こういう手法って、「憑神」でも見たな)。熱くなって、時に自分を見失う岡崎を冷静に現実に引き戻す母。
この2人の会話がいいのよ~。看護婦をしていた母は多忙で息子と一緒にいてやれる時間が少なかったにもかかわらず、限りない愛情を注いでいたんだと思う。だから息子は1人ぼっちで過ごす時間を寂しいと思いながらも母を恨みに思うことはなかった。母の死後、母の弟夫婦が岡崎を引き取ってくれて、実の子供のように愛して育ててくれたのも、私の胸を熱くする。でも、岡崎にとって母の死はトラウマになってしまったのね。<失う>ことを極端に恐れ、自分の周りに予防線を巡らせて暮らしているの。
やがて、死んだ岡崎の母がなぜ岡崎の部屋を訪ねたかが明らかになる。もうここまでで涙涙の観客は、耐え切れず、あちこちで嗚咽が漏れる。一見能天気な母親だけど、その愛情の深さは海よりも深い。
母親役の岡田さつきが以前に比べて綺麗になっている、と思った。このおかあさん、舞台に出ている間じゅうほとんど何か食べている。スナック菓子であったり、魚肉ソーセージであったり。ユウレイなのに~? いや、ユウレイじゃないのかな~。その答えは、舞台を観たらわかる。
もあちこちにちりばめられ、それでいて涙が溢れ、私がキャラメルを見るきっかけとなった「嵐になるまで待って」(8月公演で、初めて本物が見られる)、そして初めて見たキャラメルの本物舞台「クロノス」とともに「水平線の歩き方」は、私のキャラメルone of the best 1 と言える。しかしキャラメルってこういう死んだ家族との再会(映画「ゴースト」みたいなシチュエーションも含めて)って好きだよねぇ。
ちょっと一言:岡崎の母の弟、つまり叔父役が若すぎる。一生懸命年齢相応に作っている努力は見えるが、どう見たって岡崎より若い。歌舞伎でもままそういうことがあるが、これは役者さんに気の毒。

以下、続く。

| | コメント (0)

2008年6月11日 (水)

イスラム創成期に思いを馳せる

67日 「都市スーサとその陶器、イスラム時代の創成期」(ルーヴルDNP
ルーヴルDNP4弾の展示はイスラム美術。
ルーヴルでは現在、イスラム美術の新展示室を建設中で、それは南翼ヴィスコンティの庭に2010年オープンするそうである。そこに展示されるコレクションの充実度はもちろんだが、展示室のデザインもまたユニークで、完成が楽しみ。
さて、イスラム史といえば、受験勉強の歴史では通り一遍のことしか習わなかったし、歴史がかなり複雑で(マホメットいや今はムハンマドか、その後継者が4人いて、それは正統カリフ時代、その後がもうわからん)、人名もややこしく覚えられない。
そんなわけであまり馴染みのないイスラム美術に入る前に、まずはその辺の歴史のお勉強から入った。イスラム諸国の元は1つ、みんな親戚ということはわかっていても、ムハンマドが7世紀(632年)にアラビア半島を統一した、その死後30年ほどたってからややこしさが始まるわけで、やっぱり途中で挫折した。ただ、イスラム創成期って7世紀だったの~と、認識を新たにしたのは大きいかな。
スーサの歴史
今回の展示品が出土した都市スーサは、5000年の歴史をもつ町だそうだで、その基盤ができたのは紀元前3900年頃、ダレイオス1世時代(紀元前6世紀~5世紀)に首都となった。7世紀にはアラブ人が戦うことなく征服、複数の宗教が混在し、砂糖の生産やさまざまな交易で発展し、その全盛期は13世紀であったという。14世紀以降さびれていき、19世紀に遺跡発掘により再び注目を集めたというのが思いっきり大まかなスーサの歴史である。場所は、アラビア半島のペルシア湾側の付け根あたりから北へ約250km入った草原地帯(イラン)に位置する。
スーサの建築物
2人がその前に立って見られるくらいのタッチパネルに住居、モスク、ハマム(浴場)、ダレイオス1世の宮殿、陶器工房、ガラス工房などが映し出される。それぞれに触れれば詳細情報が得られる。モスクは古代のもの(広さ18002)と8世紀のもの(古代の1.5)。興味深いのは浴場で、床下暖房によるスチームバスというのかサウナというのか。建築物の様相、位置関係などを見ると、当時のスーサの繁栄ぶりが想像できる(なんてったって首都だし)。
このタッチパネルは、左右両側に別のものを映すことができ、1人で画面を独占する気遣いがあまりなくてよい。
展示品
今回の展示品はそれぞれ、型押文、白釉藍彩、ラスター彩の3種の技法で作られている。
①型押文の水差し(89世紀)と受け皿(78世紀)
形も模様も古代の流れを汲むもので、粘土製の型の表面に模様が刻まれており、形と模様が一度に出来上がるという製法だそうだ。
②白釉藍彩の水差しと鉢(ともに8世紀末~10世紀)
750
年頃登場した新しいタイプの陶器で、中国の白磁の影響を受けている。成形は手で行う。できた物の内側と外側に釉薬をかけ、それが乾いたら絵付けをする。鉢の模様はアラビア文字をモチーフにしている。イスラム美術では文字そのものが装飾的に捉えられていたそうだが、私などの目から見ると、たしかにアラビア文字は模様的。
③ラスター彩の皿(9世紀)

9世紀に登場したというが、これはなんとも見事な製法である。ロクロで成形し、釉薬をかけ、窯で焼いて、ラスター彩で絵付けをする。これには銀や銅といった金属、粘土をちょっととレモンとか酢が使われるのだそうだ。この絵付けの後、もう一度窯に入れるのだが、これが素晴らしい。最初の焼成より300度ほど低い温度で、まず第1段階では通気孔をあけて焼く。すると酸素が入ることにより、金属が酸化する。次の第2段階では通気孔を閉じて焼く。今度は煙が窯に充満し、空気中の炭素が飽和状態になって、先ほど酸化した金属が微粒子となり、釉薬の上から中に入り込み、微妙な模様を作り出すというもの。模様はササン朝ペルシア時代の王冠についていた羽根だったり、アラビア文字だったり。
しかしこの第2段階の通気孔をふさぐという発想はどこから出たのであろうか。よく失敗が思いがけないものを生み出すというが、ひょっとしたらこれも、陶工の1人がうっかり通気孔を閉じたまま焼いてしまい、ミスったと慌てたら素晴らしい模様が出来ていた、ということだったりして。そんな思いをはるか9世紀に漂わせるのも興が乗る。

080611dnp1 展示室ではラスター彩の皿に特殊なカメラを当て、自由自在に向きを変えたり、発掘当時のバラバラな状態にして貼り合わせたり、色々なことができる。そして自分の最も気に入った状態でシャッターを押せば、その写真をお土産としてもらえる。私は展示品の裏ってなかなか見る機会がないからと、裏を撮ってみたが、なんだかよくわからなくてあんまり面白くなかったかも。本当は、バラバラになった皿が元に戻る瞬間を捉えたかったのだ。でも、これってちょっとシャッターチャンスが難しい気がして…。

今回の展示はこれまでの3回に比べ学術的な要素がやや強く、遊び心が少ないような気がした。しかし、日本であまり馴染みのないイスラム美術を何とかわかってほしいという美術館側の真摯な態度が垣間見られて、とても好感がもてた。ぜひぜひ、足を運んでいただきたい展示である。予約が必要だが、927日までやっているし、大きな美術展とちがって、自分のペースでゆっくり堪能できるし、帰宅してからも自分のIDでログインして展示振り返ることができますよ。

| | コメント (0)

2008年6月10日 (火)

信繁七変化を楽しむ

610日 「嘉島まつり/狐狸狐狸ばなし」(三越劇場)
武田信繁がとってもよかったから、思わず買ってしまったチケット。けっこう楽しみにしていました。
「嘉島まつり」
開演時間を知らせるブザーが35分前に鳴ったかと思うと、スピーカーからいかにもな音楽が流れてきた。いや、私の席はスピーカーのすぐそばだったから、「流れてきた」という生易しいものではない。かなりの大音響。でもその割りには鬱陶しい感じはしない。
やがて、通路から祭りのたこ焼き売り(曾我廼家寛太郎)と綿菓子売り(菊池敏昭)が登場し、なんだか忘れたけれど少し喋って、それからたこ焼き売りが観劇マナーの注意をする。携帯の電源と撮影録音等禁止のことです。
で、幕が開いたらいきなり美空ひばりの「お祭りマンボ」が流れてきて(大音響でね)、ビックリした。私は何を想像していたかというと、いわゆる日本舞踊的な、そんな踊りかと思っていたのだ。そうしたら歌謡曲舞踊だったのね。気分はもう浅草大勝館か木馬館(って行ったことないんだけど)。
嘉島クンは4曲目(第四景)までは女方で登場し、曲と曲の間がほとんどないから、全部早替り。そして第四景の「涙そうそう」では幼い少女から成長した大人の女性に変身したから、ここも早替り。第五景は嘉島クンが登場せず、甲斐京子が歌い踊る。甲斐さんは元SKDの男役だとかで、立ち姿も動きもかっこよく、女方には女方の作り方があるように男役には男役の作り方があるのだろうということを思い起こさせた。で、第六景からの嘉島クンは立役。第六景は音楽はなく、激しい殺陣がとてもステキだった。
信繁しか知らない私としては、嘉島クンの女姿を見るとなんか変な気持ちになった。ぽっちゃりして童顔だからとても可愛いし、コケティッシュなところもある。踊りはキレがあってぴちぴちした感じ。でも「涙そうそう」の<喜一の塗り絵>みたいな女の子姿で出していた脚はヒラメ筋が発達していて、男性の脚だった。第七景で見せた股旅姿がよく似合っていて、いい感じだった。第十景の「八木節」は嘉島クン自身による替え歌になっていた(と思う)。
全十一景にフィナーレ(フィナーレでの嘉島クンの扇さばきが実に見事)、変化があって、気張らずに楽しめた。
「狐狸狐狸ばなし」
おきわ(山本陽子)、伊之助(松村雄基)が周囲を巻き込んでの化かし合い、物語を言ってしまっては今後この芝居を見る人に悪いから(今回だけでなく、歌舞伎でもかかる演目だから)多くは語らないが、よくできた芝居だった。一番驚いたのは松村雄基。あのオトコっぽい松村雄基が元女方の役者で、愛するおきわのために家事いっさいを引き受けて、という役。仕草もなよなよしているし、言葉も女っぽい。あの顔でそういう役だから、ちょっと怖くはあるんだけれども、そのギャップがおかしくて、だけど役としての違和感は全然なくて、うまいし、なかなかオツな配役だと思った。山本陽子は見た目はちょっとどぎつさがあるものの(どぎつさは、役づくりのためかも)、若くて綺麗だった。映像系出身の女優さんは舞台での発声が気になる人が多いが、山本陽子はやや低めの声が自然に出ていてよかった。
寺男役の中山仁に昔の面影がなく、ううむ…。嘉島クンは「牛娘」と渾名されるスッゴイ醜女の娘役で、特別出演とか友情出演みたいな感じで出てきた。元の顔がわからないくらいの作りで、演技も多分本人かなり楽しんでやってるなと思われた。
この演目は平成15年に伊之助=勘九郎、おきわ=福助、おきわの間男・重善=新之介(今回は寺杣昌紀)で歌舞伎座公演があったそうだが、これ見たかったわ~。いずれまた、歌舞伎座で見られることを期待している。
<上演時間>嘉島まつり40分、休憩25分、狐狸狐狸ばなし110分

おまけ:ロビーのお花、「風林火山」組から嘉島さんへのお花はやっぱりすぐに目に付く。亀ちゃんは何日か前に、見に行ったらしい。
080610kasima1_3 080610kasima2 080610kasima3 

| | コメント (2)

2008年6月 9日 (月)

脳内整理の歌舞伎入門展

68日 「ようこそ歌舞伎の世界へ」歌舞伎入門展(国立劇場伝統芸能情報館)
歌舞伎が思いのほか早く終わったから、歌舞伎入門展を見てきた。自分の記憶のために、簡単に記録を残しておきます。
1.
「歌舞伎の始まり」
出雲阿国による女歌舞伎から、若衆歌舞伎、野郎歌舞伎への流れを浮世絵等で見せる。
女歌舞伎:阿国歌舞伎図屏風、花模様慶長期(小林清親)など
若衆歌舞伎:四条河原の芸能を描いた屏風
野郎歌舞伎:中村座を描いた歌舞伎図屏風(江戸時代初期のもので、舞台で大勢の役者が踊り、客は土間に座ってそれを見上げている。お喋りに興じたり、飲み食いしている客もいる。今じゃ顰蹙モノだけど、昔は大らかだったのね。
2.
「歌舞伎の役柄」
立役は役者絵と現代の役者の写真(大正12の羽左衛門と昭和12年の松蔦はブロマイド)とのセットで展示されていて、その役が連綿と受け継がれてきたことを改めて思う。
立役
 荒事→曽我五郎:豊国歌舞伎十八番シリーズ vs 左近(現松緑)
    梅王丸:12世團十郎(明治27vs 勘九郎(現勘三郎)
 和事→曽我十郎:12世羽左衛門(嘉永5vs 菊五郎

    藤屋伊左衛門:12世羽左衛門(嘉永5vs 富十郎

 敵役→仁木弾正:3世九蔵(7世團蔵、明治15vs 吉右衛門

    松永大膳:3世嵐吉三郎(文久2vs 富十郎

 色悪→田宮伊右衛門:8世仁左衛門(文久1vs 羽左衛門(大正12
    斧定九郎:3世九蔵(7世團蔵、安政4vs 写真なし
女方
 娘方→八重垣姫:3世田之助(文久1vs 時様
    お光:6世梅幸(明治40vs 勘九郎
 傾城→揚巻:4世福助(5世歌右衛門)vs 菊五郎(昭和52年)
    八橋:4世福助(5世歌右衛門)vs松蔦(昭和12年)
3.
「義経千本桜」
静御前の文楽人形が展示されていた。実際に使われるものより小型ということだが、実際に文楽を見たことのない私は、「えっ、これで小さいの!!」とやや驚いた。そのほか、初音の鼓(海老ちゃんの無邪気な狐が思い出された)、狐の衣裳である毛縫いが目を引いた。
4.
「神霊矢口渡」
源内さんの肖像画、新田大明神絵巻のほか、矢口の渡、新田神社、頓兵衛地蔵堂の写真があった。地蔵堂は、前非を悔いた頓兵衛が義興の冥福を祈って建てたのだそうだ。小道具として、頓兵衛の家の生活用品も展示されている。暗闇の中、この煙草盆につまずいたのかなあなんて思いながら眺めるのも楽しい。義興の霊が放ち頓兵衛の首に刺さった矢は、さっき双眼鏡で見たとおりだった。真ん中がU字型になっていて、そこに首をはめると、ちょうど刺さっているように見えるわけ。
ここに展示されていたお舟の写真におやっと目がとまった。平成3年としか書かれていないのだが、これ、ひょっとして亀ちゃん? うん、この顔、絶対そうだ。で、後で調べたら、やっぱり亀ちゃんでした(海老反りしている亀ちゃんの写真がココに。頓兵衛は亀パパです)。まだ15歳。
5.
「歌舞伎の演目」
純歌舞伎:青砥稿花紅彩画、三人吉三
義太夫狂言:奥州安達原(貞任の文楽人形あり。これも実際のものより小さい飾り人形であった)、妹背山女庭訓
歌舞伎舞踊:積恋雪関扉、京鹿子娘道成寺
新歌舞伎:沓水鳥孤城落月、斑雪白骨城(はだれゆきはっこつじょう:初めて聞いた。斑雪をはだれゆきと読むのも初めて知った)、椿説弓張月(大掛かりな舞台で面白そう)
番外(?):江戸時代の歌舞伎解説書
式亭三馬(三津五郎さんですよ)の「戯場訓蒙図彙(しばいきんもうずい)」(初版享和3年、展示品は文化3年の再版本)。これは文化デジタルライブラリーで全文を見ることができる。
三亭春馬の「御狂言楽屋本説」(安政
56年)は宙乗りなどの仕掛けについて絵入りで解説。

もう一つ人気を集めていたのが、バーチャル歌舞伎舞台。バックステージツアーみたいな感覚かしら。タッチパネルで回り舞台、黒御簾、スッポン、奈落などを見学できる。さらに指でドラッグするようにすると、アングルが変わってスゴい(ルーヴルDNPの技術みたい)。奈落なんて実際に見る機会ないから、面白い。
そんなに広くない空間での展示だからあっさりはしているが、少しは歌舞伎に慣れてきた私みたいなのでも、脳の中も整理されるし、たっぷり楽しめた。

| | コメント (0)

お大事に、段治郎さん

昨夜なにげなく、パルコ劇場のHPにいって驚いた。段治郎さんが8月の二十一世紀歌舞伎組「新・水滸伝」への出演をとりやめたというのだ(ココ)。膝に慢性的な炎症を抱えているらしい。あわてて段治郎さんのHPを見たら、やはり休演のお知らせが出ていた。いつ出た情報なんだろう。全然気付きませんでした。
今月は、「ヤマトタケル」4カ月公演の最後を飾る月。段治郎さんも中日劇場でタケルとタケヒコを熱演してるんでしょう。痛みに耐えながら演じてるんだろうか。 体が大きいから膝への負担も大きいのかもしれない。
「新・水滸伝」休演はとても残念だし、症状が心配でもあるけれど、ダメージがひどくならないうちに治療に専念してください。そしてあのスケールの大きな端正な演技をまた存分に見せてくださいね

| | コメント (0)

2008年6月 8日 (日)

楷書の演技「神霊矢口渡」

68日 歌舞伎鑑賞教室「神霊矢口渡」(国立劇場大劇場)
080608yaguchi 源内さんの説明によれば、最後に新田義興の霊が頓兵衛をやっつけるから、「神霊」とついているそうだ。亀寿さん(新田義峰)は、正面からみると、お舟が一目惚れするのも納得の美形。優男でもあり男っぽくもあり、という印象を受けた。
お舟といえば、私は1812月歌舞伎座の菊之助さんに大いに感銘を受けたものである。お舟は義峰の顔を見た途端の変化が見もの。声だけで会話しているときのそっけなさからメロメロになるのがかわいらしい。孝太郎さんも可愛いのだが、私は後半の孝太郎さんのほうが好きだ。もっとも、この後しばらくしてから、かなり意識を失ってしまい、気がついたら、お舟は上手の部屋へ消えるところだった。したがって恋心を打ち明けたりする場面が飛んじゃったりして、前半はだいぶ見逃したことになる(もったいない)。後半の孝太郎さんは、何が何でも好きな人を落ち延びさせるという決意を見せた表情が美しく、また動きのラインがきれい。3度(たぶん)の海老反りは客席を沸かせた。
後半、いよいよ頓兵衛(市蔵)の登場。こいつは信じられないような強欲なヤツで、娘を間違えて刺してもなんとも思わない。そんなヒドいヤツなんだけど、妙に大らかで剽軽でもある。だから、見ていてもイヤな気分にならない。市蔵さんがその両方を併せ持った頓兵衛を好演。暗闇となった自分の家でタバコ盆につまずいたり、柱に頭をぶつけたり、「おいおい」と思わず笑った。第一、頓兵衛っていう名前はナニ? 名前からして剽軽だ。
解説書を見ると、富十郎さんに「しつこく派手に、ちょっと下卑たように演りなさい」と教えられたそうだが、あまり下卑た感じは受けなかった。頓兵衛は衣裳が重いらしい。あまりそうは見えないが、絨毯を着ているようなのだとか。その衣裳で、特有の引っ込み(「蜘蛛手蛸足」というのだそうだ)をじっくり見せてくれるのがとても楽しい。
今回は、舟で義峰を追いかける頓兵衛が義興の亡霊の放った矢に討たれる最後の場面に、当の亡霊が登場する。「神霊」の題名がここで明確になるというわけだ。亀寿さんの二役で、青隈をとった亡霊の姿が見られるのも嬉しい。ミーハーおばさんとしては、矢が義興の手を離れた瞬間を捉えたいと思っていたが、残念ながらよくわからなかった。頓兵衛の首に刺さった瞬間も捉えそこなった。ただ、矢が刺さっているのをどういうふうに見せているかは、双眼鏡でしっかりキャッチ。この矢は、終演後に立ち寄った伝統芸能情報館の歌舞伎入門展で展示されており、私が見て理解したことが間違いでなかったと確認できた。
前回の歌舞伎鑑賞教室「葛の葉」もそうだったが、この鑑賞教室は楷書の演技と言っていいかと思う。丁寧にきっちりと演じられているのだ。これは決して面白くないとか柔らか味がないとか、そういうことではなくて、文字と同じで、楷書だと客が理解しやすいということなんだと思う。それに、楷書にだって味はある。それぞれの役者さんの個性が反映された楷書なんである。
<上演時間>「歌舞伎のみかた」35分、休憩20分、「神霊矢口渡」70

| | コメント (0)

いいな、いいなの「歌舞伎のみかた」

68日 歌舞伎鑑賞教室「歌舞伎のみかた」(国立劇場大劇場)
今月初観劇、初歌舞伎。いよいよ怒涛の6月の始まりだ。
今回の「歌舞伎のみかた」、案内人は坂東亀寿さん。以下、かなり草敷くネタバレします。場内が闇に包まれると間もなく舞台が浮かび上がり(いつ、幕開いたんだろ?)、舞台奥スポットライト(って歌舞伎の場合言わないか)の中に後姿の亀寿さんが。亀寿さんの乗った板はせり上がりせり下がりしながら回って、前面中央に止まった。さかんに「音羽屋っ」の掛け声が聞こえる。解説はきわめてオーソドックス、回り舞台、セリ、スッポン、花道、御簾(義太夫さんの演奏あり)、黒御簾(これも簡単な演奏あり)と基本的な説明のみで、これまでにも鑑賞教室のたび聞いていることではあるが、何度聞いてもけっこう楽しめるのが不思議である。亀寿さんは前回に比べこなれていた感じがした。
このままアッサリいくのかなあと思っていたら、これから大太鼓を客に実演させるという。これをやる人はあらかじめ決められていたそうで、おじさんとおばさんが(失礼!1人ずつ舞台に上がった。望月清太郎さんの指導で、風の音、雪の音を表現する。風は細長いバチで軽くバシバシと、雪は先に布を巻いた太いバチで静かにど~んど~んと(歌舞伎における、この雪の表現って秀逸だと思う)。
突然、江戸から六里の場面に変わり、旅姿の女性が「江戸に帰るところなの」と言って通りかかった。片岡嶋之丞さんである。急いで通り過ぎようとする嶋之丞さんを引き止めた。2人のお客さんは再び実演へ。今度は嶋之丞さんの指導で女方の歩き方をやってみる。おひげのおじさんの女方はユーモラスで客席が笑いに包まれた。この後、駕籠かき実演もあり(2人で向かい合わせになったり、その逆に背中合わせになったり、それじゃ駕籠は動きませんって)、2人のお客さんおいしい。嶋之丞さんは駕籠で江戸へと去っていきました。
さて、この2人にはもっとおいしいことが待っていた。なんとなんと、矢口の渡の舟に乗ったのだ~。場面は渡し場に変わり、岸でくつろぐ船頭さんが漕がずに舟を岸に着けた。歌舞伎の定番、この船頭さん、実は平賀源内なのでした。源内さんがエレキテルで舟を操っていたというわけ。お客さん2人は早速舟に乗り込み、亀寿さんは出番の準備があるからということで源内さんに後を任せ、2人とともに舟で花道を引っ込む。いいないいな、今回舞台に上がるお客さんはすっごいお得。
源内さんは自分の功績をやや得意げに話した後(とくに土用の丑にウナギをくっつけた立役者だと強調していた)、「神霊矢口渡」の、今日上演される場面までの物語を画像を使って説明してくれた。おかげで事情はよくわかった。なぜ源内さんかといえば、この「神霊矢口渡」は福内鬼外(ふくうちきがい。もちろん、節分のあの掛け声から取ったペンネーム)、すなわち源内さんの作品なのだ。その自慢話によれば、破魔矢の元となるアイディアを出したのも源内さんだそうだ。それは新田神社で売っている矢で、新田神社のものは、新田氏の旗が矢についている。なかなか面白く見ることができた。源内役は嵐橘三郎さん。
以下、続く。

| | コメント (2)

2008年6月 7日 (土)

階段百段の~ぼった

67日 源氏物語×百段階段(目黒雅叙園)
ルーヴルDNPのイスラム芸術を見に行って(こちらのレポは後日)、帰りに思わぬおまけがついた。今やDNPの後の定番となった目黒川沿い散策。気持ちのいい風に吹かれて、でもけっこう車の通りが多くて端に寄りながら目黒新橋まで歩き、雅叙園のテラスでお茶でもと思ったその時、「百段階段公開」のポスターが目に入った。去年からずっと見たかった百段階段。その公開がなんと明日まで。これぞ神の与え給うたチャンス(そんな大げさなものじゃないけど)、お茶などしている場合ではない。早速チケットを買った。
080607gajoen1 080607gajoen2_2 雅叙園は去年もレポしたが、どこもかしこも、これでもかという装飾だらけ。螺鈿の豪華なエレベーターで何階だか(3階らしい)に運ばれ、そこから先は靴を脱いで上がる。雅叙園に唯一残された木造建築なのだそうだ。百段もある階段はどんなに壮観 かと思ったら、あまりに見物客が多いせいか(元の広さが体感できない)、あるいは階段のステップそのものの高さが低いせいか、はたまた踊り場がおおいせいか、圧倒されるような感じはない。1つの階段は8段から1213段くらいでできており、よく磨きこまれた木の段々をそれぞれ上がった先を右へ行くと(建物南側)、実に豪華な日本間が設えられている。「十畝の間」「漁樵の間」「草丘の間」「静水の間」「星光の間」「清方の間」(最後のは鏑木清方が作った部屋らしい)、どの部屋でも、飾り柱、天井画、欄間と実に手の込んだ細工が施されている。
今回の公開は源氏物語の世界を組み合わせたもので、「十畝の間」には辻村寿三郎の手になる源氏物語のジオラマとでもいおうか、代表的な場面を再現した世界が広がっていた。小さな人形たちの顔には目鼻はないが、状況や心理がよく表現されていた。六条御息所の生霊が夕顔を取り殺してしまう場面など、迫真の恐ろしさ哀しさが見えた。
「漁樵の間」の室内はなんと、すべて純金箔、純金泥、純金砂子で仕上げられているとか。それほど金ぴかという感じは受けなかった。むしろ天井画や巨大な床柱の絢爛な彫りに驚いた。ここは黒漆塗りの回り廊下があって、時代を感じさせる。
この後のどの間でだったか、多分映画「千年の恋」で使われた衣裳を試着・撮影できるとかで、女性の行列ができていた(撮影禁止の館内で、ここだけは撮影可。でも私はこの前の間で、携帯で撮影しているオジサン見ちゃったぞ。注意できなかったけど)。
頂上に着くと、「頂上の間」というのがあって(雅叙園のあるところって、坂になっているから、上へ上っても上っても1階のような感じがする)、これは昨年オープンした資料室だということだ。螺鈿細工の作り方の解説が興味深かった。漆の塗った上に薄~くそいだ貝(あこや貝とかあわびとか、真珠貝タイプのもの)で美しい模様を作り、それを漆にのせて、再び漆をぬっていくというもの。この貝の細工が見事。と、ふと思ったのだが、これっておおまかな手法は「ちりとてちん」で見た若狭塗り箸と一緒? 一緒でないにしても似ている。
資料室にはフランス語版の「源氏物語」本もあった。ああいう微妙な世界をどのように翻訳したのか興味あるところだ。フランスの宮廷社会も恋愛事情は似ていたかもしれないが、風情などは全然違うから…。
ところで、会場のあちらこちらに辻村寿三郎の人形が置かれている。お市の方、朝日、千姫、おなか、おね、おごう、秀吉、信長、犬千代(前田利家:川津祐介の犬千代さまを懐かしく思い出した)、明智光秀、蜂須賀小六等々。面白いのは美人の誉れ高いお市の方があまり美人でなく、とてもオデブさんで(おねも太目だった)、女性の中で私が綺麗だと思ったのはおごうだけという感覚。だけど、おなかは、らしかったな。
お土産品売り場で思わぬ買い物をしてしまった。なんと辻村さんご本人がいらしていて(普通のいいおじいちゃんという感じでした)、買ったものにサインをしてくれるという。なんてったってミーハーな私、それほど辻村作品に関心があるわけでもなかったのに、つい、布モノを2点(手拭と大風呂敷。細長く斜めに走っている文字がサイン)も買ってしまった。どちらも耳のなが~いウサギで、福を呼ぶのだそうだ。
080607jusaburo2_2 080607jusaburo1_3

さて、階段は本当に100段あるのか。上りに数えていたら、途中途中で各部屋の見学をしたためにわからなくなってしまった。それで帰りにもう一度数えた。99までは間違いなくあった。
ところで、百段階段の公開は時々やっているみたいで、今回の辻村・源氏物語とのコラボは明日まで、ということらしい。

| | コメント (0)

2008年6月 6日 (金)

面白い町・上野

08060601shortcut08060602step_2美術館に行くのに、昨日はたまたま公園口でなく不忍口から降りた。そこで、いつもどおり線路沿いの道をダラダラ上ろうかと思っていたら、ふと「近道」という看板が目に入った(今まで気付かなかった)。しばし足を止め、ダラダラ坂の上まで連れて行ってくれるエレベーターと階段の近道を見比べ、階段がけっこういい感じに見えたので「近道」を選 んだ。しかし、この階段が3階分あるので、案外きつい。両脇に植えられた竹や途中にある韓国料理店に目をやりながら、上に着いた。
08060603forest 08060604forest2
うわっ、ここはどこ? 目の前にはいい感じの森が広がっているじゃないの。下の雑踏がウソのような静謐な空間。人がいないわけではないけれど、美術館付近の人だまりとは全然ちがう。階段ひとつで異空間に入り込んだような、そんな気がした。

しかし、ここはどこ 近道っていうから、てっきり国立西洋美術館のあたりに出ると思っていた(私、おそろしく方向音痴。しかも看板をよく見ればそんなこと書いてない。だけど東京都美術館への近道ではあるんだよね)。バカだね、階段は上下移動なんだから、そっちへ出るわけないじゃん。公園口はあっちだから、あ08060605inoue っちへ向かえばいいわけだと理解し、階段出口から右へ移動。見ると、階段を出てすぐ右にある建物は上野の森美術館。今までここ知らなかったのかなあ、初めて来たような新鮮さがある。ここでは「井上雄彦 最後のマンガ展」 というのをやっており、帰りに再び通ったらけ っこう行列ができていた。井上雄彦って知らなかったけど、「スラムダンク」を描いた人らしい(私が知ってるのはそれだけだ)。
08060606tree さて、公園口のほうへ近づくと(面白い木の前を通った)、あらら、またまた見慣れない光景が。わくわくしながら近寄ると、<パンダ橋>だって なに こんな橋、今まであった? え~っ、公園口中央口を結ぶ橋で、2000年にできたんだって。で再び 8年もパンダ橋の存在を知らなかった私ってナニ いかに訪れる場所が偏っているか、そしてあたりに注意を払わないかということだ。
08060607pandabridge 08060608pandabridge2
行きは美術館に急いでいたので、帰りにも寄ってみた。渡ろうと思っていると、なんと急に雨。傘をささずにはいられないほどの降りだったので、上野はまた時々来るから、と今回は諦めた。

梅雨の時期なのに修学旅行生がたくさんいて、今日はなんとかお天気もちそうでよかったねえ、なんて心の中で呟いていた矢先の雨。楽しそうに談笑していた高校生たち(中学生かも?)、慌てただろうなあ。でも若いって、それも楽しくてきゃっきゃっ言いながら傘を取り出したり、建物の軒下に駆け込んだりなんだろう、と微笑ましく想像。
08060609sweets 私はといえば、ついさっきまで、お気に入りのカフェでスイーツを食べていた。もちろん外のテーブルで楽しんでいたわけだから、ここで雨にあたらなかったのはラッキーだった。いただいたスイーツはマンゴープリン。脚が疲れたからケーキセット600円にしようと思っている目にマンゴープリン450円が気になって仕方ない。これに飲み物付けると高いから、飲み物は諦めてプリンだけにするか。でもやっぱりちょっと何か飲みたい。セコい計算をしながら迷った結果、マンゴープリンの鮮やかな色に負けた。展覧会のチケットで300円浮かしたんだから、ちょっと贅沢してもよかったかな(ほんと、セコい)。
08060610bus 上野って、面白いよなあ。カフェでなくてもぼんやりどこかに腰をかけ、人の流れや木々の姿を眺めるだけで楽しい。←こんなバスも時々見かけるし。そのうち、いつも入口の前を通るだけで何十年も中に入っていない動物園にも行ってみようかしら。

| | コメント (2)

2008年6月 5日 (木)

パリ半日紀行?

今日も仕事でお茶の水に行ったから、ついでに上野に寄ってきた。「薬師寺展」を狙って国立博物館まで行ったら、信号の前で08060501yakusiji130分待ち」の看板が見えた。すっぱり諦め、くるりと踵を返し、東京都美術館へ。こんなこともあろうかと、昨夜ネットで割引チケットを買っておいた「芸術都市パリの100年展」に鞍替えというわけ。
このチケットは、自分でA4用紙に印刷して、当日受付でバーコードを読み取ってもらって入場するというもの。入場券のみなら100円引き(1400円→1300円)、図録込みで300円引き、音声ガイドもつければ400円引きになる。私は図録とチケットのセットで300円を浮かせた。カード決済は仕方ないとして、入口でA4の用紙が返ってこないため半券が手元に残らなかったのはちょっと残念。
08060502pari100 さて、展示は分類の仕方に工夫が見えて面白かった。1章「パリ、古きものと新しきもの--理想の都市づくり」では、19世紀半ば頃からのパリという町を描いた絵画、写真が展示されている。よく知られた話だが、昔のパリは汚物を道路に捨てるなど、本当に汚い町だったという。それを整備したのがナポレオン3世時代のセーヌ県知事ウジェーヌ・オスマン。1875年、オペラ座の完成により、近代都市パリの顔がはっきり見えてきたということだが、その変貌しつつある、あるいは変貌したてのパリを描いた作品たちである。どの絵画を見てもパリの町が懐かしく思い出され、胸がきゅんとする。面白かったのはジャン・テクシエ作「カルーゼル橋の再建」という絵画と、建設中のエッフェル塔を写した一連の写真。なんてったって、テーマは工事だからね。エッフェル塔なんか、足場と鉄骨がごちゃごちゃ複雑に見えて、「よくあんなもの造ったなあ」と感心する。地上からはるかな「足場でポーズを取る4人の作業員」なんて、今なら「スッゲェ~~!!」と早速ブログに載せてしまうところだ。「エッフェル塔の落雷」という写真も貴重な瞬間を捉えていて興味深い。
2章「パリの市民生活の哀歓」。ここで楽しかったのはオノレ・ドーミエによる石版画シリーズ(「泳ぐ人」「おしゃれ」「釣り」など各シリーズ作品)。11つの作品は大きくてもせいぜい25×30cm程度のものなのだが、風刺がきいており、ユーモアもある1コマ漫画風で、じっくり眺めると思わずニヤリとしたくなることもしばしば。そうかと思うと、ボナールの「かわいい洗濯屋さん」という石版画では、重労働に従事する幼い少女の後ろ姿にちょっと胸のつまる思いがした。
3章「パリジャンとパリジェンヌ男と女のドラマI 絵画・写真」。いきなり、ユゴーの絵が出てきたのには驚いた。ユゴーって、ペンとインクによる淡彩画を生涯に3500枚以上も残しているのだそうだ。知らなかったぁ…。展示されている2枚の絵は、なんとも暗く陰鬱な雰囲気なんだけど、意外に面白い。「ノートルダム・ド・パリ」を絵画化した作品(本人の手になる絵ではない)はわかりやすく、小説が思い出される。そのユゴーの肖像画(エメ・モロー「ヴィクトル・ユゴーの肖像」)は、強い生命力、固い決意を感じさせる表情がとても印象的である。
ここに集められた肖像画はほかにエリック・サティだったりユトリロだったり、ミーハー的な興味も駆られる。もっとミーハー心が興奮したのは、肖像写真だ。ジョルジュ・サンド、アレクサンドル・デュマ、ボードレール、リュミエール兄弟の父、エドガー・ドガ(これ、自分撮り)、幼少時代&62歳(!!)のエミール・ゾラ…まさに「すっげえ」人たちが揃っている。さらに、肖像写真家ナダールの自分撮り写真はベンチに横たわった姿という面白いものである。
4章「パリジャンとパリジェンヌ男と女のドラマI 彫刻」。ロダン登場。「修道服を着たバルザック像」という作品は、パリ・ロダン美術館最寄り駅のヴァレンヌにあるものと似ているような気がしたが、それよりはかなり小ぶり。ブールデルの「ジャンヌ・アヴリルの顔」は印象的。ロートレックの絵で有名な、ムーラン・ルージュの踊り子だが、笑顔がちょっと怖い。
5章「パリから見た田園へのあこがれ」。都市化が進めば田園への憧れが生じるのは人間の常だろうか。パリ郊外にアトリエを構えたというモーリス・ドニの「パリ、プティパレ美術館天井画下絵」のうち「フランス美術の歴史(ロマン派と写実派)」にはドラクロワの「民衆を導く自由の女神」や、マネの「笛を吹く少年」など、同じく現代美術にはロダンの「考える人」、ゴーガンのタヒチの女性など、有名な作品が鏤められていて、ああ、あそこにあれが、などと探すのも楽しい。
展示は3つの階にまたがり、作品数も多いのだが、わりと小さなものが主体なので、圧倒されるような雰囲気はなく、しかもほとんどすべての作品に解説がついており、非常にわかりやすかった。この解説に時々、解説者の意見や感想がみられて、それも面白い。しかし、展示室の両側の壁に作品が並べられる方式はあまり好きではないし、とくに写真など照明の関係でかなり作品に近寄らないとよく見えなかったりして(混んでいたらむずかしい)、見づらいものもあった。
でも、写真がパリやそこに暮らした人たちの姿をストレートに伝えているのをはじめ、絵画や彫刻もわかりやすい作品が多いので、気楽に楽しめる展覧会だと思った。
おまけ:途中にエッフェル塔コーナーがあって、ここだけは写真撮影OK(フラッシュ不可)。エッフェル塔の脚の部分をごく簡単に再現してあり、その中に出品美術館の地図がある。また、エッフェル塔建設の映像も流している。こういうコーナーがあると、遊び気分も入って、さらに楽しい。
08060503pari100 08060504pari100
もひとつおまけ:記念にこんなの買いました(↓)。パリじゃ見たことないけど、あればいいお土産になるのに。クリップです。
08060505clip
ところで、またフェルメールをやるらしい。8月2日から12月14日まで、東京都美術館にて。嬉しいけど……

| | コメント (0)

2008年6月 4日 (水)

老後は芝居小屋めぐり

今朝、「ズームイン」で秋田県小坂町を見た。エコをテーマとしたコーナーで、使用済み携帯から金を抽出・精製する工場を取材していた。小坂町はかつては鉱山の町。その時のノウハウがあるからこそ、きわめて純度の高い金を再生しているのだそうだ。こうした技術をもっているのは世界で3カ所だけだという(他の2カ所はどこなんだろう、TVでは言っていなかった)。ここにも日本の誇れる技術があるわけだ。
秋田県は母の故郷である。小坂町と母の生まれた町は遠く離れているけれど、秋田というだけで私も郷愁を覚えるし、アンテナがぴくぴく反応する。明治時代に建てられた鉱山事務所はとてもモダンな美しい建物で、中で貸してくれるドレスを着ればきっと鹿鳴館気分。明治100年通りという名の大通りのアカシア並木は白い花が満開。町には何百万本ものアカシアが植えられ、甘い香りが町じゅうに漂っているそうだ(今週末はアカシアまつりがあるって)。青空に映えるアカシアは、北国にもかかわらず南国の明るさを思い出させ、私の好きな光景である。
いいところだなあ、と見ていると、さらに…「この町には康楽館という芝居小屋があるんですよ」という声が。あっ、そうか。そうだそうだ。小坂町は康楽館がある町だったんだ。俄然、<行きたい病>を発症し、熱が上がってきた。この夏、錦之助さんの襲名興行があるんだよなあ。でも、今年は絶対ムリ。何とか熱を鎮めて、老後の楽しみに取っておこう、と言い聞かせる。
そこで思うのが、去年ドタキャンで行きそびれた内子座。松山の町、道後温泉とともに、私の中の憧れは満たされないまま、胸にくすぶっている。同じ四国の金丸座も歌舞伎好きなら一度は行かなくっちゃ。
去年の俳優祭で幻想的な燈籠踊に魅せられた熊本県山鹿市の八千代座も忘れちゃならない。美濃の相生座は猿之助さんがお気に入りの小屋らしい。
日本全国、他にもたくさん芝居小屋があるだろう。老後の楽しみとして、せめてこれらの小屋はまわってみたい。それには健康第一。加齢と健康が正比例するくらい元気なおばあちゃんになろう。

| | コメント (2)

2008年6月 3日 (火)

現場の変化

ずっと止まっているように見えた鉄塔建替え現場が少しずつ動いている。
毎日作業は続いているのに、工事現場って、ある日突然様相が変わるってことが多い、と私はいつも不思議に思っている。ここは、そうしょっちゅう見に行くわけじゃないけれど、やっぱりゆったりとしたスパンで変化している、と私の目には映った。
Construction08060301_2 

5月1日
Construction08060302 Construction08060303
Construction08060304

5月16日
Construction08060305  Construction08060306

6月1日。左:ここに鉄塔が乗っかるかと思うとわくわくする。右:穴を掘った後の土。
Construction08060307 Construction08060308

6月3日。現場は大半が右のような網で囲まれている。もどかしい気分。

| | コメント (2)

長沼さん

長沼健さんが亡くなったことは、昨夜のうちからニュースなどで報道されていたから、もう周知のことと思うが、私がそれを知ったのは、オマーン戦を飲み屋で見ているときであった。
試合前のセレモニーでの黙祷、また選手たちの袖についた喪章を見て、みんなで「何があったんだろうね」「中国の地震被害に対する気持ちかなぁ」などと言い合っていた。しかしよく見ると、喪章は日本の選手しかつけていない。そこでふっと思い当たった私、「もしかして長沼さんが亡くなった?」
試合前はがやがやわいわい騒いで飲んでいるから、TVの音声など聞こえはしない。ところが、一瞬テロップに目をやったときに「長沼健」という文字が目に入ったのだ。その時はそれだけのことだった。それが日本人選手だけの喪章を見て、あっと気付いたわけ。早速仲間の1人が携帯でニュースを見て、確認。
それからしばらくは、長沼さんを偲ぶ話になった。
当時はまだサッカーにほとんど興味のなかった私だが、それでも長沼監督・岡野(俊一郎)コーチが率いて銅メダルに輝いたあのメキシコ五輪の時のチームは今でも覚えている。
77
歳。まだまだ日本サッカーを心配して旅立たれたと思うが、今は「ありがとうございました、ゆっくりお休みください」と言うしかない。
さて、その長沼さんのためにも絶対快勝しなければならなかった昨日の試合は、点数上はそれを達成したかもしれない。しかし後半1点というのは物足りないし、大久保が引っ込んだ後の展開には大いに不満が残る。これでは長沼さんもゆっくりお休みになれないかもしれない。とは言いながら、勝ちは勝ち、よかったよかったというのも正直な気持ちである。

| | コメント (0)

2008年6月 2日 (月)

トンビ vs ツバメ vs カラス

偉大なるお天道様に感謝した昨日(今日からまたかよ~。いや、適度な雨にももちろん感謝です)、両親と施設の周りを散歩し、ちょっと珍しいかも光景に遭遇、1人興奮した。
以前、雨模様の日に、前の川面を超スピードで飛び交う鳥の話をしたけれど、あの鳥はやっぱりツバメだったみたい。あの後、なかなか確かめる機会がなくて、気になっていた。それが、今日、施設の上空をやっぱり超スピードで飛びまわる鳥が。今度ははっきり見えた。ツバメに間違いない。うわ~っと、母そっちのけで上を見上げ、ツバメの後を視線で追う。施設の建物のどこかに巣を作ったのかもしれない。
080602swallow1 080602swallow2
デジカメで飛ぶ鳥を捉えるのはむずかしい~とぼやいていたら、同行の親戚が「一眼レフなら写せるよ」と言うので、そのうち絶対一眼レフを買ってやる
!!と心に決め(EOS Kissが女性に人気なんだって~)、ツバメを追っかけまわしていると、かなり地面に近いところで突然茶色い羽の大きな鳥が目に飛び込んできた。一瞬、「トンビだ!」と確信した(トンビなんて見たことないんだけど)。残念なことに、これ見てたの私だけ。きっとツバメを襲おうとしていたのだ。アッという間にいなくなっちゃったから、親戚には幻を見たんじゃないかと思われたようだけど、本当に見たのだ。
すると、その直後、今度はカラスの大軍(大群ではない、大軍という感じがした)がやってきた。56羽ずつ、何グループも何グループもやってくる。どうやら、施設の前にある林とも森ともいえない木群に塒があるらしい。
080602crow1_2 080602crow2_4

おお、すっげえ~。こんな大軍初めて見た。まだ4時頃だったから何しに戻って来たのかわからないが(帰宅には早いでしょう?)、おかげでツバメさんたちはびびってしまい、いなくなっちゃった。私だって、ヒッチコックの「鳥」を思い出して、ちょっとぞっとした(子供の頃、父が映画「たたり」と「鳥」とどっちかに連れて行くと言い、そりゃあ「鳥」を選ぶしかなかった私)。
ツバメにトンビ、そしてカラス、あの45分は何だったのでしょう。

| | コメント (0)

亀ちゃんファンはお見逃しなく

本日、「Qさま」、亀ちゃん出演。
ウジー(宇治原史規。私は密かにこう呼んでいる)との対決がみられるのかしら。楽しみです。
と言いながら、今夜はサッカーを飲み屋で見る。したがって、Qさまは録画。

| | コメント (0)

2008年6月 1日 (日)

つれない雨

昨日、モジリアニを見に行ったのは、実は仕事で出るついでにというのもあって…。
通常宅配便での遣り取りが多い神保町の会社に何カ月ぶりかで出かけた。そうしたら、三省堂の裏のすずらん通りで<すずらんまつり>をやっていた。そういえば、何回かこのすずらんまつりの日に会社に行ったような気がする。
080601suzuran1 080601suzuran2_2
080601suzuran3_2 080601suzuran4 

だいたい、いつやってるか知らないからまったくの偶然なんだけれど、路地を曲がって出た通りがいつもと違う雰囲気だとちょっと心浮き立つ。出店にはお祭り心というか縁日心というかが刺激されるから、たこ焼きをつまみに、生ビールをくいっとやった年もあった。しかし、今年は気の毒なことに、この雨、この寒さ。気軽にナマ一杯というわけにはいかない。じゃあ、というので1000円で似顔絵でも描いてもらおうかとも思ったが、少し待ちそうだったのでやめにした。
080601kinnen1 080601kinnen2

モジリアニのあとは用事があって、赤坂サカスへ足を向けた。ここでも雨じゃなければ、と残念に思うイベントをやっていた。セパタクローの試合。試合そのものは、屋根の下でやっていたし、観客席も同じ屋根の下に設えられていたからいいのだけど、天気がよければ、もっと回りを囲んで大勢の観衆が観戦しただろうに。私も傘をさしながらだし、ちょこっとしか見なかった(ちゃんと見ようと思って行ったら、まもなく試合終了になってしまったのだ)。初めて見る試合はしかし、サーブでほとんど決まってしまっていたし、ラリーが続かないから試合が止まることが多く、やや盛り上がりに欠ける気がした。それをカバーするMCの声がマイクを通してがんがん響いて、おばさんにはちと鬱陶しかったし。ただ、足で叩きつけるようなボールのスピードはもの凄く早く、そういう点は魅力的だと思った。
080601serve 080601sepak
この試合会場の近くに、佐世保バーガーの販売カーがいた(写真撮り忘れた)。けっこう話題にもなったし、いいチャンスだったのに、傘をさしてちゃバーガーは食べられないでしょ(腰掛けるところもないし)。

というわけで、イベント主催者にとってもそれを楽しみたい人にとっても、つれない雨でした。

セパタクロー:バレーボールを足でやるみたいな競技。31組で行う。サーブはネット際の1人が手でトスを上げて、その斜め後ろにいるサーバーが足で蹴る。

| | コメント (0)

五代目朴清さん

昨年9月急逝された望月朴清さんの名跡を長左久さんが継がれるということを531日付東京新聞夕刊で知った。発表されたのは320日だというから、2カ月以上もこのニュースを知らなかったことになる。
五代目朴清になられる長左久さんはまだ49歳。当然お顔は若々しく、古武士のような風情のあった四代目を思うとピンとこないものもある。しかしお父様を早くに亡くされた長左久さんとその双子の兄(!!)太左衛門さんを朴清さんが支えつつ望月流を盛り立ててきたのだと知れば、襲名にあたっての長左久さんの万感の思いは私の胸をも熱くする。
どうしても役者さんに夢中になりがちなのだが、これからは長左久さんにも注目していきたい、とすぐその気になる私であります。
追記:Webに出ていない記事を一つ。玉三郎さんのシネマ歌舞伎「ふるアメリカに袖はぬらさじ」の前売りが東劇とチケット本松竹だけで4000枚と、シネマ歌舞伎史上最多なのだそうだ。もう6作目となるシネマ歌舞伎のうち私は「野田版鼠小僧」と「日高川入相花王」「鷺娘」しか見ていないが(「二人道成寺」を見逃したのがとても残念)、心躍らせるその迫力、臨場感は忘れられない。「ふるアメリカ」は見る機会あるかなあ。

| | コメント (0)

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »