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2008年5月14日 (水)

怒る富士、怒るSwingingFujisan

513日 「怒る富士」(国立劇場大劇場11:30の部)
前進座公演、初見である。以前に富士山噴火についての本(「富士山宝永大爆発」永原慶二著、集英社新書)を読み感銘を受けたのと、本演目の主人公が伊那半左衛門であることから、ついチケットを取ってしまった(それにわたくし、SwingingFujisanですものね)。関東郡代・伊那半左衛門がそこに住んだかどうかは知らないが、伊那氏の赤山陣屋跡は、我が家から比較的近くにあるのだ。
1707
(宝永4)年1123日、富士山が噴火した。私って我ながらバカだと恥じたのは、富士山噴火って、あの天辺が吹っ飛んだんだと思っていた。あれがなくなっていたら、今の富士山があるわけないのに。で、噴火したのは中腹あたりなのだった。周辺の村々はどうにも始末に負えない火山灰に覆われ(雨が降ればコンクリートのように固まってしまうのだそうだ)、不毛の地となる。幕府は伊那半左衛門に被災地の復興を命じ、諸藩から計48万両の復興救援金を集める。しかし、赴任直前、伊那が風邪で臥せっている間に、幕府は突然この59カ村を亡所(廃村)とし、その土地の農民はどこへ行こうと勝手次第と決めてしまったのである。しかし農民がどこへ行かれるというのか。
亡所の復興よりも下流の地域を守れという幕府の方針を受け、伊那が酒匂川の堤防工事を指導しているとき、亡所の若者たちが直訴しにきた。飢えに苦しむ農民たちの惨状を目にした伊那はこれを見捨てておけず立ち上がる。しかし、将軍綱吉の死去、柳沢の失脚、新将軍による大奥改修や朝鮮使節受け入れのため、救援金48万両の大半がそちらに回されるに至り、亡所の農民たちは木の芽、草の根も食べつくしていよいよ死を待つばかりになる。
伊那は保身や権力にしがみつく幕閣に1人立ち向かい、ついには米5000両を供出させることに成功するが、手続きに不備があり(芝居ではただの不備ではない、そこにも悲劇の物語が…)、その責任をとって自刃するに至った、という話である。
舞台の奥に大スクリーンが設えられ、富士山の姿が映し出される。噴火のシーンは映像で表現され、舞台上の農民たちの頭には灰や石が降ってくる。このシーン、意外と迫力に欠けた。富士の姿は、その後もそのスクリーンに映し出され、村の背景となっている。舞台には、村の場面では象徴的なこぶしの木が1本とお地蔵さま。そして代官所や関東郡代屋敷、料亭の座敷にもなり、幕府評定所にもなる1段高くなった広い台がひとつ。こんな簡素な舞台で、さまざまな場面をきちんと表している。
最大の見所は、あくまで農民の味方である伊那半左衛門が幕閣の良心に訴えかける救援お願いの場面である。政治の実権を握った間部越前守、新井白石、勘定奉行荻原近江守、小田原藩主・大久保加賀守など錚々たる幕閣相手に、伊那はただひたすら訴える。主演の嵐圭史(以下、基本的に敬称略)の抑えた口調に滾る熱い思いが込められて、痛いところを衝かれながら耳を貸そうとしない幕閣たちへの腹立ちに私は胸がきりきりと痛んだ。最後はただ1人良心を動かされた勘定奉行(綱吉時代の遺産である財政逼迫をすべて柳沢にかぶせたり、救援金を幕府のために利用するなどしてない金をひねり出す、幕府側にとってはなかなかのやり手)が、駿府の米蔵の米を供出する許可状をこれも彼の知恵で作ってくれるのだ。
そこへ到るまでに、多くの農民の悲劇があり、人としての心を問うとともに、米の作り手である彼らをどうして大事にしないのかという疑問と怒りが湧く。状況は違っても、現在でも弱者切捨てという問題は多々目にし耳にし実感もすることであり、伊那の良心、正義感は篤く清々しい。しかしその伊那だって幕府の役人であり、その職務の全うと良心のジレンマに悩むのである。そんな伊那の人間くささが伊那をただのヒーローにしていないというのがよい。

前進座の俳優さんは昔テレビに出ていた中村梅之助(かの遠山の金さん、です)、その息子の梅雀(信濃のコロンボ、ね。今は前進座を退団してフリーらしい。前進座の芝居にも出演することがある)、河原崎なんとか(お名前失念)、そして嵐圭史くらいしか知らない。そのうち、今回出演していたのは嵐圭史のほかに中村梅之助だけ。梅さん、ずいぶんおじいさんになっちゃったなあと思ったら75歳だそうだ。煮ても焼いても食えない諸悪の根源的な幕閣のジジイを実にうまく演じていた。さすが、である。が、昔の金さんの姿を知る私にはちょっとショックでもあった。梅之助さんは伊那に味方する大物か何かをやるんじゃないか、との期待があったから。ま、甘い、大甘な期待でした。
嵐圭史は確か、昔昼メロかなにかでちょっと見たことがある。二枚目ではあったが、何となく好みでなく、だがその顔はかなり記憶に残っている。その嵐さんもやはり年をとり、当時の面影はあまり感じられなかった。それなのに嵐圭史に漂う不思議な若々しさ、清潔感が伊那の役にぴったりで、それだからこそ感銘を受けたような気もする。
被害地域の復興には何十年もかかったそうだが、少なくとも今目の前で苦しんでいる人々を見捨てなかった伊那半左衛門を偲んで、近いうちにその墓に詣でてみたいと思っている。
なお、原作は新田次郎(未読)。
ところで、この芝居のジャンルはなんだろう。時々「何とか屋っ」(よく聞き取れなかった)と掛け声はかかっていたが、私のイメージとして歌舞伎ではないように思ったので、一応演劇一般のカテゴリーに入れたけど…。
<上演時間>第184分、幕間30分(普通に食堂も営業しているし、売店もやっている)、第2106分。24日まで。

080514kokuritu

3
8列目という高い席(もちろん、値段がじゃありませんよ)からでも、国立は花道がよく見える。

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コメント

こんにちは。前進座は歌舞伎の興行体の集団なのでジャンルは歌舞伎です。歌舞伎座でも新作がかかると「歌舞伎?」と思うこともありますが「歌舞伎」の枠に入れますよね?それと同じように「歌舞伎」です。

投稿: 藤子 | 2008年5月16日 (金) 09時48分

藤子様
こんにちわ。
そうですよね、前進座は歌舞伎の集団ですものね。ジャンルは歌舞伎観劇記に直しました。ありがとうございました。

投稿: SwingingFujisan | 2008年5月16日 (金) 10時09分

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