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2008年5月

2008年5月31日 (土)

優しさと郷愁と:モディリアーニ展

大きな山が2つ、中くらいの山が4つ、小さな山が5つ(仕事のことです)。だらだら登っても先が見えなくてウンザリするだけ。歌舞伎のないこの時期に集中しなくてどうするってわけで、この4日間で大山と中山を1つずつ、そして小山はすべて征服した。そこで歌舞伎以外の見たいものに少しずつ出かけることにした。
第一弾は、終了間近なモディリアーニ展。モジリアニ(面倒くさいから、こう表記する)は何度か見ているし、全然行くつもりはなかったのだけど、あの独特な長い顔と首、瞳のない目になる前のプリミティヴィズム時代(プリミティヴィズムというのは、アフリカの黒人美術や、オセアニアのアボリジニ美術、カンボジアのクメール美術のこと:受け売り)の絵画が展示されていると聞いたので、急遽関心がたかまったというわけ。
ロートレックやエゴン・シーレを思わせるような初期の作品、彫刻と絵画の両方を追求していた第2期のカリアティッド(簡単に言えば、ギリシア建築にみられる梁を支える女性像:受け売り)や、健康上の理由から彫刻を諦め、不特定の人物像からやがて実在の人物像を描くようになった第3期、そしてお馴染みの人物像が登場する第4期。専門的にはもっとむずかしい表現で分けられているのだが、私の言葉で言うと、こんな感じでしょうか。
この中で面白かったのはやはり、見慣れない第2期、3期の作品だ。単純なラインで一気に描かれたような力強いカリアティッドを見ていると、ぐいぐい引き込まれ、人類の起源はアフリカであるということに思いがいかずにはいられない。第3期でおおっと思ったのは、「ライモンド」という作品。絵画自体がどうこうではなく、ミーハーの私らしく、12歳のラディゲがモデルらしいということに惹かれたのであります。
4期の目玉は、「女の肖像(通称:マリー・ローランサン)だろうか。アメリカで展示されてから約50年ぶりの公開になるんだそうだ。実にくっきりと美しく強い顔立ちなのに、絵から受ける印象は優しい。
そう、私がこの展覧会で最も強く感じたのは、この優しさかもしれない。どんなに優れた絵画の展覧会でも、たとえば豊かな色彩の波、あるいは陰影の暗さ、塗り重ねられた油の厚さなどが徐々に浸透してきて、最後には感動とは別に、疲労を覚えることが多い。ところが、このモディリアーニ展はそういう押してくるものをまったく感じなかった。ゆっくりこの中に浸っていたいような感覚さえ湧いてきた。デッサンが多いせいもあるだろう、カリアティッドに人類の源をみて一種郷愁のようなものを覚えたせいもあるだろう。だけど、やっぱり、人物像から受ける優しさが心地よさを生んだのではないだろうか。
東京では69日まで新国立美術館で展示中。お勧めです。

詳しいレポはこちらで。

http://journal.mycom.co.jp/articles/2008/03/27/Modigliani/menu.html

080531tothemuseum おまけ1雨だから駅直結の千代田線・乃木坂から行った。改札を出て曲がった先の通路で、この展覧会のチケット販売をしていた。会期も終わりに近いし、土曜日だし、チケット売り場で並ぶのはきつい、即ここで購入した。案に反してチケット売り場も行列はできていなかったし、中もゆっくり見られる程度の入りではあったが、帰りにはもう販売していなかったから、ちょっとラッキーだったと思っている。
おまけ2美術展のもう一つのお楽しみはグッズを見ること。普段は一筆箋を買うことが多いのだが、今日は見つけられなかった。そこで目に付いたのが、素描の複製。シルクスクリーンで再現したそうだ(素人の私にはよくわからないけど)。1000円という値段にひかれ、2枚も買ってしまった。ほしかったカリアティッドは売り切れだったので、やや近いものを選んだ。もう1枚は青鉛筆のものがほしかった、というごくごく単純な理由から。
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2008年5月30日 (金)

良い緊張、悪い緊張:勘太郎クン、語る

東京新聞、昨日の夕刊で見つけた小さな記事。

平成中村座のベルリン公演の際、勘太郎クンが日本人学校を訪問して、子供たちに話をしたそうだ。
いつもやめたくなるほど緊張するけれど、舞台に立つ幸せのほうが勝つ。練習を重ねた緊張は、自分を高めるいい緊張。勉強してなかった、どうしよう、というのは悪い緊張。とは、勘太郎クンの緊張論。

越路吹雪がステージに出る前、毎回緊張のあまり震えていたという話を思い出した。そういう緊張が、私たちを楽しませてくれる見事な舞台を作るんだろうなあ。

ベルリン公演では毎回総立ちの拍手が送られたそうだが、観劇中はアメリカ人と違って、静かだったという。逆の場合、日本人の観客は大人しいとよく言われるみたいだが、やっぱり国民性がドイツと似ているのかしら。

ベルリンとルーマニアの公演については、私のアンテナがあまりキャッチできずにいたから、この記事は嬉しかった。

ちなみに、この記事は東京新聞のHPで見ることができると思うのだけど、現時点ではまだアップされていない。

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2008年5月29日 (木)

珍事

古い話です。いつだったか覚えていないけれど、私が歌舞伎を見始めて間もない頃だから、平成16年後半あたりのことだと思う。
いつも開演前のざわつきの中、歌舞伎座の職員の方が舞台の前に立ち、携帯の電源を切ってくださいとか、写真撮影、録音はしないでくださいとか、お客にお願いするでしょう。あまり真面目に聞いている人はいない(と思う)けど。聞こうとしても、ざわめきでよく聞こえないし。
ところが、その日はなぜか、おねえさんが口を開いたとたんにす~っと客席が静かになったのです。みんな大人しくしっかりと話を聞き、喋り終えたおねえさんがお辞儀をしたその瞬間、どこからともなく拍手が起こり、つられてみんなが手を叩き始めました。思いもかけないこの拍手に、おねえさんはもちろん戸惑って顔を赤くするし、客のほうも「あれ?!」って思いながら、叩き出した手を止めるわけにもいかない。拍手の中、おねえさんは花道ならぬ通路を去っていきましたが、その間、互いに照れくさそうな顔ながら、何となく連帯感のようなものも生まれて……。
こんな経験、後にも先にもこの1回きり。
以来、私は、おねえさんが喋り終わってお辞儀をするとついつい手を叩きたくなるのであります。でも、自分が率先して拍手をする勇気はない……。

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2008年5月28日 (水)

夜のウインドウ

歌舞伎が終わった後の夜の銀座。ちょうど三越や松屋といったデパートがディスプレイを変えたりしている時間帯で、しばらく覗いてみたら面白いそう。とくに「山おんな壁おんな」をやっていた時期は、ドラマをちゃんと見ていたわけではないけれど、ミーハー的興味心が高まったこともあった。残念なことに家路を急ぐ私はそれを横目で見ながら、松屋を過ぎて小走りに駅へ向かいかけたその時、伊東屋の前でふと何かに気付いた。渋谷とは違って程よい明るさ、程よい流れの中央通りに向けて黄色い光を放つウインドウ。
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昼間だったらつい見逃してしまったかもしれないし、気を引かれなかったかもしれない。ささやかな発見にちょっと嬉しい気分になった。

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2008年5月27日 (火)

幸せ気分で歌舞伎座千穐楽

526日 團菊祭五月大歌舞伎千穐楽夜の部(歌舞伎座)
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先日の夜の部の感想にいただいた皆様のコメントに刺激されて、どうしてももう一度見たいという気持ちを抑えきれなくなった。それで、最初から予定していた演舞場昼の部の後、
1時間並べば「浜松屋」から入れるだろうと、思い立った。でもオバサンの1時間並びはきつい。3階席があいていれば押えておこうと思ったのだが、ネットでは売り切れ。ひょっとして窓口分が別にあるかな、なんて期待して、朝歌舞伎座に寄ってみた。やはり完売でした。

千穐楽の幕見実態
080527tatimi 演舞場から歌舞伎座に来ると、二重の列ができていた。やっぱりねえ。今から入るのは到底ムリと踏んで、幕見担当の職員さんに「浜松屋から入りたいんですけど~」ときいたら、「千穐楽ですからねえ。日本人のお客さんは通しの方が多いでしょう」とのお言葉。今ならギリギリ座れるかも、というので急遽予定変更。いや、もちろん、座れるなら序幕から見たかったのだ。ギリギリの線に賭けて並び(写真は、歌舞伎座が切り取った空を並んでいる間に撮影)、4階まで息せき切ってたどり着き、下手側から上手に向かって座席を探して歩くと、あった!! まだ数席残っていた。もしかしたら1時間前から並んだ人もいるかもしれないのに、ほんの10分ほどで座席確保はラッキー。
ところが、夕食を考えていなかった。即並んじゃったからお弁当を買うヒマもなかった。3階席と4階席を隔てるものは手すり一つなのに、4階では鯛焼きも売っていない、カレーを食べに行くわけにもいかない。おなかが鳴ってもガマンするか。と、そのとき、非常時用にカロリーメートを持ち歩いていたことをふと思い出した。で、序幕後の食事時間は座席でカロリーメートをぽりぽり。おかげで、いつも見逃す緞帳紹介を見ることが出来た。
序幕も二幕目も立ち見の人がたくさんいた。とくに二幕目は大変な混雑。序幕で席を立つ方も意外に多く、二幕目からでも充分入れたじゃん、と思っているうち、あっという間に後ろの通路が通りにくいほどになってしまった。人の波が押し寄せてくるとか、人が膨れ上がる、とか、そういう雰囲気を実感した。しかし、そのせいか、エアコンがんがんきいて、寒くて寒くて仕方なかった。

3階席も4階席も、花道がほとんど見えない。そのため、序幕、だんまりで定式幕が引かれると、多くの人が終わったと思って席を立ったから、ざわざわしてしまった。まだ弁天が花道に残っているのにぃ~。舞台の人数見てよ。大事な人がいないでしょ~。私が今日座った席は、意外と穴場で、前の人の頭があったって、花道が辛うじて目に入る。このときも弁天がわずかに見えたし、「勢揃」のときには弁天と忠信利平の傘が見えた。
私は大詰の大屋根での立ち回りを上から見るのが楽しみだったが、「勢揃」がお目当てという人が多かったみたいで、大詰前にけっこう帰る人の姿が目立った。もったいない。

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階席の醍醐味?
高い場所にいると、下からでは見えないものが見えたりもする反面、一部が見えなくて芝居からおいていかれるような気分になることもある。だけど、それも気楽に芝居を楽しめるってことかも。
不純な興味心:捕手が弁天と戦って屋根から川に落ちる場面、上からなら着地も見えるかなと期待していたが、それはさすがにうまく見えないようにできていた。でも、着地後、袖へ駆けていく姿は時々見てしまった。ま、知ってはいけないマジックの種を見たい心理と同じかな。
弁天昇天に涙:屋根の上のほうに菊五郎さんが上ると、脚しか見えなくなる。最後の團十郎さんも高いところにいるから顔が見えなくなってしまうけれど、脚だけの菊五郎さんのほうが何となく可笑しくて、思わずくすっと笑ってしまった。がんどう返しは最後に菊五郎さんが堪え切れなくなるところまで見えたので、こっちも身体に力が入った。胸のすくような弁天の立ち回り、潔い立腹(たちばら)に、弁天のこれまでの生涯と遅きに失した実の父親との巡り会いがば~っと脳を駆け巡り、涙が湧いてきた。

わかっていてもわくわく:つい先日見たばかりなのに、どの場面も初めてみるような面白さで、わくわくわくわくしてしまう。役者さんも生き生きと演じていて、それぞれの人物像がくっきり浮き出る。初瀬寺の田之助さんは、千寿姫を思うあまりの気持ちが巧まずしてユーモラスだし、團蔵さんはいかにも憎らしげだし。番頭さんのセリフに五人男の役者さんの名前が折り込まれているのも、橘太郎さんの個性と相俟って楽しい。左團次さんと菊五郎さんのコンビの揺るぎなき信頼感は心を暖かくする(そういうところも、<ワルなのにかっこいいヒーロー>を作り上げるのよね)。浜松屋の菊五郎さん、男とバレて窮屈な着物を脱ぐところの大らかな不良ぶりが秀逸。この変貌が、いつ見ても小気味良いのだ(以前に歌舞伎チャンネルで見て惚れ惚れした)。役者さんの姿の美しさにもため息が出る。「稲瀬川勢揃」は言うまでもなく、絵になる場面がふんだんに鏤められている。だんまりもその一つだ。蛇籠では菊五郎さんと三津五郎さんの決めの形が揃っていて、とっても綺麗。
大好きな、花道での南郷との引っ込みは残念ながら見えなかったし、声もほとんど聞こえなかったから、今日も海老ちゃんウォッチングに専念した。今日は双眼鏡ビーム発射。遠すぎて届かなかったよね。
大詰でセリ上がってくる松江さん、富十郎さん、友右衛門さんの
3人を乗せた橋がなんとも小さく狭そうで、それを黒子さんが押して舞台中央から下手へ移動させるのが武者人形を移動させているみたいで可笑しくて。
千穐楽バージョンのアドリブがあったのかどうかはわからなかった。ひょっとして、丁稚ちゃんに何か頼んだときの返事があんまり長かったので「おい、今日はなげぇな」と言ったのがそうだったか、あるいは前回も言っていたかしら。そういえば、大屋根の立ち回り、前回に比べ一段と激しかったような印象を受けたけど…。
大向こう:4階席にいると、あっちからもこっちからも、すぐ後ろからも大向こうが聞こえてくる。先日の素人掛け声とは違って、全然うざくない。歌舞伎を見ている~って実感がより深まる。今日はずいぶん「よろづや~っ!!」が多かったように思う。時様にもだが、梅枝クンにもさかんに掛かっていて嬉しくなった。

さて、本当はここで帰ろうかと思っていたのだが、最初にチケットを買うときに、「通しで」と言ったため、チケットが3枚きた。「白浪の通しで」のつもりだったのが、言葉が不足していた。でも、失敗したなと思う反面、松緑さんをはじめとする役者さんたちが一生懸命演じるのだからやっぱり見ていこうと気を取り直し、空席が目立つ4階席で、千穐楽最後の演目「三升猿曲舞」に大きな拍手を送ったのでありました。
夜の部初見がもっと早かったら、もう1度見ていたかもしれないけど、う~ん、2度見ることができて実に満足。1度じゃ絶対後悔していた。昼夜フル観劇は多分初体験だったけれど、意外にも疲れなかったのは、いいお芝居を見て幸せ気分満喫だからでしょうか。
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垂れ幕がなくなって、やっぱりちょっと寂しい歌舞伎座。

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2008年5月26日 (月)

上から見てお得気分:毛谷村

526日 五月大歌舞伎千穐楽昼の部(新橋演舞場)
二度目の演舞場歌舞伎、今日は3階から見た。

「毛谷村」の私の最大の関心事は、もちろん、亀ちゃんのお園。最初に見たときは晴信がまだ入っている気がしてぶっ飛んだが、今日はほとんど違和感を覚えなかった。花道の出の時は多少お屋形様を感じたものの、虚無僧の笠を取って顔を見せてからは、声だけでなく全体に、武張った感じでありながら、やや柔らかくなったような印象を受けた。こちらが慣れたせいもあるのかもしれない。
上から見ていると、お園の動きが踊りを見るように美しく、「三社祭」とは別にもう1曲見たようで、得した気分になった。下で見ていると、ついつい顔に注意がいっちゃうから、全体的な動きが目に入らなくなってしまうのです。
染五郎さんの六助も進化していた。前は大きさを見せるのに作った感じがあったが、今日はそれが無理なく自然に出ていた。微塵弾正にだまされたことを知ったときの怒りが声に滲んでいたのが素晴らしいと思った。感情って、動きや表情に表すのは役者さんならそれほど難しくないかもしれないが、声にそれを含ませるというのは、役の心を摑んでないとできないと思うのだ。ただ、これも下で見ていたら気付かなかったかも。
亀ちゃんと染五郎さんが「わが夫(つま)」とか「こちの人」とか呼び合うときに照れ合うのが初々しくて、思わず微笑んでしまう。これに吉之丞さんが入った3人のバランスがとてもよい(形の綺麗さとか、位置の良さとか)。
吉之丞さんは、孫の弥三松が自分にも仇を討たせてくれと六助に頼んでいるとき、それを見る目が優しく、いかにも本当の孫を見ているといった愛情が控えめに迸っていた。ホント、吉之丞さんのおばあさん、よかったなあ。
錦之助さんの微塵弾正はメリハリがあって、声は先代にますます似てきた感じ。これを見ていたら、錦之助さんの斧定九郎を見てみたい、なんて思ってしまった。
亀治郎さんは、テレビドラマの撮影とこの演舞場が並行しており、大変厳しいスケジュールで、大丈夫なんだろうかと心配になる。今日だって、出番が終わった後、すぐに京都に行っているはず(染五郎さん、梅枝クンは夜の部終了後の移動となる)。でも、「三社祭」は元気に踊りきった。前回はやや染五郎さんのペースが先行して亀ちゃんが合わせているからいっぱいいっぱいだという感がなきにしもあらずだったのだが、今日は息もぴったり。いい踊りだった。
「勢獅子」の歌昇・錦之助コンビもぐんとよくなっていた。前回はこの2人以外の人たちの踊りのほうが印象に残ったが、今日は2人の踊りをとても楽しむことができた。幸せ。

「一本刀」は一部寝てしまった。クレジットカードの大騒ぎの余波が残っていて、耐え切れなかった。我孫子屋の場はちゃんと見ていたが、次は気がついたら、吉右衛門さんが口に入れたお餅をぴゅ~っと伸ばしているところだった。
大詰、お蔦の家の場までは、ややウトウト。錦之助さんが登場して緊迫感が漂ってきたら目が覚めた。錦之助さんって、こういう役、うまい。大詰はやっぱり泣けるなあ。「千穐楽!」という声がかかり、当たり前なのに、「だよな~」と改めて千穐楽感を味わった。
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度見て、満足。1度だったら、お園についてモヤモヤが残ったと思う。今日、それが払拭されてよかった。
実は、今日、この後に幕見で團菊祭夜の部を見た。そのご報告は明日。
おまけ:染五郎さんと吉之丞さんが金包を投げ合う場面。絶対、その瞬間をキャッチしようと目を凝らしていたのに、わからなかった。最初は待ち構えていたのに不意を衝かれたし、染五郎さんか吉之丞さんかどちらかに焦点を絞りきれなかったのが敗因かも。いや、まるで奇跡の指先・前田知洋ですなあ(そんなこと言ったら前田さんに怒られるかな。関係ないけど、昨日の「課外授業ようこそ先輩」、よかったなあ。感動した)。

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2008年5月25日 (日)

記憶と記録

深夜、仕事に飽きた私は、何を思ったか突然、部屋の片付けを始めた。片付けといっても、2カ月間放置してたまりにたまった郵便物とチラシ等の整理。これが案外時間を食って、気がついたら外が白んでいた。
とまあ、それはいいのだが、一つ冷や汗をかいたことがある。クレジットカードの請求明細にどうしても心当たりのないものがあったのだ。金額はとてつもない高額というわけではないが、海外で使ったらしい形跡に、そんな覚えのない私はさ~っと体が地の底に沈む気分で、一瞬頭が真っ白になった。やられた、と思った
すぐにでもカード会社に電話しようと思ったが、請求内容についての問合せは日中に、と書いてある。
とりあえず自分で調べてみようと、ネットでの物品購入歴をあたってみた(何かを買えば必ず確認のメールがきているから)
ない。その時期には何も買っていない。うわあ、朝になったら早速カードを止めなくちゃ。

ってわけで、朝9時、カード会社に電話した。すると、海外で使ったような表示になっていても国内使用のケースがあるということ。そして、この時期、このカードで何かの公演チケットを買ったらしい。
記憶にない。
それで詳細を調べてもらうことになった。その手続きをすませたところで、ふと思い立つことがあった。私は受信メールを相手先や項目別に作成したフォルダにしまってあるのだが、<チケット>というフォルダを開いてみたのだ。……ありました。ありました。あるじゃあ、ないですか。
カード会社には平謝りに謝って、すべてをなかったことにしてもらったが、何という恥ずかしさ(カード会社の女性、こんなバカヤローな問合せにも怒ることなく、丁寧に気持ちよく応対してくださって、本当にありがとうございました)。
しかしなぜ、気付かなかった パニくった脳は、<買物>というフォルダしか開かなかったのだ。<チケット>フォルダはまったく目に入らなかった。これほどしょっちゅうチケットを買っている私としたことが。自分の記憶と調査能力の無さは棚に上げ、カード情報を盗まれたとしか考えなかった。ある意味、これもカードの落とし穴かもしれない。
ともかく、1人大騒ぎは無事解決。見えない恐怖に怯え、慌ててカード停止にしなくてよかった。
教訓その1郵便物は受け取った時点できちんと開き記憶の薄れないうちにチェックすべし。以前にも口座引き落としの領収書と思い込み放置しておいた電話会社からの封筒の中に現金振込み用紙が入っていて、滑り込みセーフ、電話を止められる直前に支払いをすませたことがあった。その時も「郵便物はすぐ開くべし」との教訓を得たが、それはいつの間にか「電話会社からの郵便はすぐ開き、すぐ払うべし」に変わってしまっていたわけだ。

写真は、今年1月半ばに撮ったもの。なぜ、今頃?というと、何があってこんな変哲もない写真を撮ったのか忘れていたのを、思い出したのだ。
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青のゾロ目。歩いているときにこういう状態に気がつくことはまずなかったので。写真はいつも、すぐにキャプションをつけて保存しておくのだが、このときはそれを怠った。
教訓その2記憶力の悪い私は、何でもすぐに記録しておくべし。

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2008年5月24日 (土)

理屈抜きに楽しんだ五人男

523日 團菊祭五月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
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「青砥稿花紅彩画」(白浪五人男)。楽しみました!! たっぷり楽しみました。
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1
.時様、「ちっ」って思わなかった?
最初に登場した梅枝クン(千寿姫)のきれいなこと。許嫁だと思い込んだ弁天小僧菊之助(菊五郎)と茶屋で休息した後の梅枝クンが、ちゃんと艶かしくなっていたのには感心した。体の線もきれいだし、動きも柔らかさがあるし、梅枝クン、ますます美しく成長中だ。「稲瀬川谷間の場」では時様と親子の絡み。舞台に2人だけっていう絡み方って今までなかったような気がしたから、ちょっとドキドキした。時様、錦之助さんに対する時みたいに「ちっ」とかやってるのかな、なんて余計なことまで考えた。私からはいくら上手に見えても、親にしたらダメ出ししたいところがあるんだろうな、なんてね。梅枝クンはここで川に飛び込んで自害。私、赤姫って積極的だから、許嫁と思い込んで操を捧げた弁天に惚れちゃったのかと思ったら、千寿姫はそんなフシダラな女ではないのでした。
時様の赤星十三郎は「賀の祝」の桜丸っぽい感じがした。「稲瀬川勢揃の場」の赤星しか知らない私は、優男ながらそれなりにカッコイイあの場面での白浪ぶりとはずいぶん違って頼りない~と、ちょっとびっくりした。でも勢揃の時様はめっちゃきれいで、弁天に負けずお嬢様に化けられるわ、と思ったのでした(気風は弁天ほどよくなさそうだけど)。
2
.知らなかった日本駄右衛門一家
五人男は他に日本駄右衛門に團十郎さん、元武士の忠信利平に三津五郎さん、漁師の息子・南郷力丸が左團次さんと、役の個性と役者さんの個性がよく合っていた。左團次さんの南郷がワル知恵と大らかさと愛嬌を感じさせて、とても魅力的。
ところで駄右衛門の手下って、この4人だけかと思ったら、いや4人だけでないにしても、何十人もいるということを初めて知った(天下の大泥棒なんだからそれだけいて、当然か)。「神輿ケ嶽の場」で弁天小僧が手下になる血判状を駄右衛門に差し出されて、その巻物をばっと広げる。そのまま舞台は上に持ち上がり、下は先述の「稲瀬川谷間の場」になるのだけど、そのときになが~い巻物が下に流れたまま持ち上がっていく。それで沢山の名前が書いてあるのが見える。とても見事な舞台効果だ。
3
.息も乱さぬ菊五郎さん
菊五郎さん、さすがに17歳の娘役はちょっと苦しいかなあ、おばさまに見えてしまった。でも弁天に戻ってからは若々しくてかっこよくてすてき(浜松屋で男だってバレて、俯いた顔を徐々に上げていくとき、弁天ってすっごくこわ~い顔をして睨みつけるようにしているんだけど、今回の菊五郎さんはその辺をあまり強調していなかった)。スッキリした仕草とセリフが良い。屋根の上で大立ち廻りをした後のセリフ、全然息が乱れていなくて、当たり前のことかもしれないけれど、やっぱりスゴいなあと大拍手しました。がんどう返しもかなり粘っていたし。これ、やっぱり三階で見たかったわ~。
4
.大らかな團十郎さん、トミーを慌てさせる
團十郎さんの駄右衛門は團十郎さん自身が醸し出す大らかさが魅力的。
極楽寺山門の場の富十郎さんと團十郎さん、山門の上と下でセリフの遣り取りをする。豪華だなあ。ところが2人の会話が始まって間もなく、富十郎さんが一言発したとたん、團十郎さんが自分のセリフをかぶせてしまった。トミー、びっくりして思わず上を見上げて「ちがうちがう」と言いたそうだったが、團十郎さんは高い場所で正面向いているからトミーのことが見えないし、もしかして気付いたかもしれないけどそんなことおくびにも出さずに自分のセリフを続ける。こちらはどこがどう、どのくらい抜けたかわからないし、しばらくは落ち着かない気分だったが、大過なく芝居は進んだようだ。何しろ2人とも声が大きいから、ごまかしがきかないのよね
5
.海老ちゃん宗之助のワケ
海老ちゃんの浜松屋倅・宗之助、意外におっとり感が出ていたけれど、大きな体を一生懸命縮めて平伏してもやっぱり大きい。弁天や南郷にすごまれても、海老ちゃんが暴れたら勝っちゃいそう。なんで海老ちゃんが宗之助なの? とずっと不思議がっていたら、ああそうか、日本駄右衛門と実の親子の名乗りをする場面のためだったのね、と納得。2人が親子だったのは知っていたんだけど、実際の場面で見ないと、何となくそれが抜けてしまう。通しを見ていつも思うのは、イヤホンや筋書きの解説で、演じられない部分の事情はわかっていても、実際に見ると理解の度合いが全然違うってこと。ジグソーパズルのあいたところが埋まっていくのが実感できる。この場面もまさにそう。
ましてや今回は團十郎・海老蔵という実の親子関係が芝居でも活かされているからさらにその思いが強い。2人がおとっつぁん、息子よと抱き合う場面(そんな場面なかったか。そんなような場面ということで)では客席から笑いが湧いたが、微笑ましいといった温かい笑いだった。親子でない役者さんがやったら絶対湧かない類いの笑いだろう。
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大好きな場面に勝った海老ちゃんの魅力
弁天・菊五郎と南郷・左團次が浜松屋を出て花道のひっこみで遣り取りしている間、海老ちゃんが私の正面に。今日は最前列ではなかったけど、前の人の頭の間からバッチリ。思わず花道そっちのけで海老ちゃんにビーム発射。これに気圧されたか、海老ちゃん、けっこうきょろきょろ視線が定まらない。客席を見たり(目が合ったと勝手に信じ込んでいる私。おばさんの妄想ね)、花道に目をやったり。
実は、この花道の場面、私大好きなのだ。ずっとつるんできた2人の不良が唯一見せる若者の素顔で、とても和む。こんな短い場面に2人のこれまで歩んできた人生、信頼感、仲の良さが凝縮していて、涙が出そうになるほど2人が愛おしくなる。そんな秀逸な場面なのに、今回は海老ちゃんの魅力が勝った。だって、目の先にじっと座っている海老ちゃんをず~っと見つめていられる機会なんて、そうそうないでしょ

7.番外的なお楽しみ
番頭(橘太郎)、小悪党だったのね。お人よしなところもある小悪党が橘太郎さんにぴったり。浜松屋の店頭での商売の様子なんか、江戸時代本当にこうだったんだろうなと思えて楽しい。丁稚さん2人に店の金を盗むところを見つかって、そこからの子役ちゃんとのからみは、北京五輪でまとめていた。卓球で「サー」。サッカーはヘディングとシュート、野球もあり。本来スポーツ好きな私はこういう場面を喜ぶところだが、いろんな意味で、あはあは笑うことはできなかった。

黙阿弥のワルは、同じワルでも陰湿さがなく、ユーモアもあって、痛快、理屈抜きに楽しめるから好きだ。ワルが悲惨な最期を遂げるとしても、威勢のいいときの彼らは実に生き生きとスッキリ悪い。民谷伊右衛門の陰惨なワルの口直しができた。ところで、今さらながらおやっと思ったことが。この話っていかにも江戸っ子のムードを感じるのに、舞台は江戸の町じゃないのね。鎌倉。それに五人男も江戸出身じゃないのが面白い。

さて、客席だが、今日はかなり調子の狂う掛け声が盛んにかかり、興をそがれること甚だしかったそれから、はじめのうち、どこかから話し声が聞こえて気にはなっていたのが、あるとき、思わぬ大きな声が。思わずあたりの客がみんなきょろきょろと振り向いたほど。舞台にも聞こえたんじゃないかと、はらっとした。


セットも大掛かりだし、これから先、通しでなんかなかなか見られないだろうから、もう一度見ておきたかったなあ。とくに大詰、せめて幕見で又見たいけれど、むずかしいだろうなあ。

080524saru_2 「三升猿曲舞」。なんで、通しの後にこれをもってきたのか、よくわからない。これはこれで楽しめたのだが、豪華な通しの昂揚感が冷めないうちに終わったほうがよかったのではないかと思った。先の大詰の立ち回りとこの舞で、久しぶりに辰巳さんを見た。とんぼは相変わらず巧いし、決めの形も以前よりきれいになったと思った。

<上演時間>「白浪後人男・初瀬寺花見」30分、幕間5分、「同・神輿ケ嶽、稲瀬川谷間」33分、幕間35分、「同・雪の下浜松屋、同蔵前、稲瀬川勢揃」91分、幕間10分、「同・極楽寺屋根立腹、同山門、滑川土橋」18分、「三升猿曲舞」13

いつもながら、長々とおつきあい下さって、ありがとうございました。

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2008年5月23日 (金)

いよっ、日本一

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私もかなり肩こりだけど、さすがに日本一とは……
   ↓
   ↓
   ↓
いや、日本一の正体は
   ↓
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新橋演舞場手前、采女橋のところに出ていた看板でした。

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2008年5月22日 (木)

お盆に再会:勘三郎 vs 三津五郎

8月歌舞伎座公演、演目が決まりましたね~

ここ

予告どおり、勘三郎さんと三津五郎さんの共演。見たことないものが多いから、今からとってもわくわくしています。だけど、8月は既にもう芝居だけで6本決まっており(チケットも4本分は手元にある)、日程調整に悩みまする。
さあてこれから又手帳とにらめっこだぁ。
                          

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哀れなお岩さん

521日 五月大歌舞伎夜の部(新橋演舞場)
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←写真は演目とは関係ありません。






昨日の今日でちょっときついなあと思いながらも(だって、昨日の昂揚感はまだ静かにくすぶり続けている)、見てしまえばやっぱり歌舞伎は面白い。面白いけれど、四谷怪談は理不尽で救いようのない陰惨さで、あまり好きではない。

何の落ち度もないお岩さんがなぜあそこまで苦しめられなければならないのか。伊右衛門がDV夫で、欲と金に目がくらんでお岩さんを苛めるというのはまあよくある話で、許せないながらわからないではない。でも、伊藤のじいさまが孫娘かわいさに毒薬を使うというのは、私にはわからん。うまいこと言いくるめて離縁させるとか、他の手はなかったのか。百歩譲って毒薬を使うとしても、女の顔を崩すなんて残酷な方法しかなかったのか(この毒は丹毒らしい。鶴屋南北が実際に目にしたことなんだそうだ)。
って、お話にケチつけたってしょうがない。無惨な毒だからドラマが出来るのであり、お岩さんの恨みが強調されるのだ。
私は四谷怪談は2年前のコクーンでしか見ていないが、伊右衛門の悪ぶりは橋之助さんに比べて吉右衛門さんのほうがいやらしかった。吉右衛門さんはねっとりした陰湿さを感じさせ、お岩さんに対するいじめには底なし沼のような容赦のなさを覚えた。それなのに、どういうわけか、より腹が立って許し難かったのは橋之助さんの伊右衛門のほうだ。理由は自分でもわからない。
福助さんのお岩さんは怖かった(メークがよくできている)。私は子供の頃、父から色々な怪談を聞かされて育ち、とくにお岩さんのことは単純に怖くて、絶対1人では留守番できなかった。福助さんはまさに、そういう私のイメージする本来のお岩さんであった。やや作りすぎる部分が気にはなったが(鉄漿を付ける前の歯磨きとか、髪を梳くときの声とか…遠慮がちながら笑いが起こっていたような気がする)、毒薬とも知らず、伊藤家に向かって手を合わせお礼を言うお岩さんなど、可愛らしく哀れで、ちょっとうるうるした。
お岩さんの頬にはやつれて顔色が悪いことを表すためか、水色が塗られていたが、これにはちょっと違和感があった。福助さんは小仏小平と二役やっており、たしか最初に小平が登場したときは普通の白塗りだったのに(と思う)、途中早替りのため頬の水色が残ったままになっていた。なかなか細かいと思ったのは、福助さんの胸に薄くあばら骨が描かれていたこと。お岩さんのやせ細った様子がわかる。しかし、お岩さんが鉄漿をしたり、髪を梳いたりするあの時間帯は長かったなあ(鉄漿は興味深かったけどね)。武士の娘であり武士の妻であるプライドの高いお岩さんが、醜く腫れ上がった額で「女の身だしなみ」を整えるのは哀れでもあり、恐ろしくもある。ここで一つツッコミ。お岩さんは宅悦に鏡を見せられるまで自分の容貌の変化に気がつかないんだけど、あんなにずっと顔に手を当てていたら、腫れていることぐらいわかりそうなものなのに(こんなツッコミ入れたら、お岩さんに怒られそうだ)。
芝雀さんと染五郎さんとの夫婦はちょっとアンバランスな気もしたが、芝雀さんはきれいで、可憐さとしたたかさが感じられた。染五郎さんは立ち姿が美しく、錦之助さんと並んで立つと、非人や小間物屋に身をやつしてはいても、ともに凛とした美しさが際立った。錦之助さんはすぐ殺されちゃう役で、もっと見たかったのに残念。
直助の段四郎さんと、宅悦の歌六さんがうまい。段四郎さんは残忍なくせにどことなく愛嬌がある直助に十分な存在感を与えており、時に小気味よさを感じるほど。だけど川で髪の毛の絡みついた櫛を見つけるシーンは気分悪い。自分の手をごしごし洗いたくなる。余談だが、髪の毛って、頭にくっついているときは美しくさえあるのに、ひとたび頭から離れるとどうしてあんなに気味悪いのだろう。
歌六さんはもうちょっとアクが強くてもよかったような気がするが、歌六さんにしては意外にアクがない分だけ、容貌の変わってしまったお岩さんに同情し最後まで面倒をみてあげる気のよさ、やさしさが感じられ、ちょっと救いを感じた(宅悦の奥さん役の段之さん、「風林火山」の中将が下々のおかみさんになって、やっぱり三枚目部分を強調していた)。 
本来四谷怪談は仮名手本忠臣蔵との2本立てで演じられたから、最後の立ち回りは怪談としては季節はずれの雪の立ち回りになっているのだそうだ(この場面の後、雪の討ち入りが演じられる)。三角屋敷の場がないのは仕方ないとしても、終盤がかなりの駆け足で、終わり方が唐突な気がした。主人公が死んではいけないので口上で終わるのだそうだが、ちょっとはぐらかされたような気分だった。立ち回りの前にだんまりがあり、福助さんが三役目のお花(小平の女房)として登場する。恐ろしい顔の後に美しい顔を見せるというお客サービスなんだそうだが、役者さん自身も美しい顔で終わりたいだろうな。
それにしてもあまりに可哀想なお岩さん親子(おとうさんも、本人も、赤ちゃんも)。コクーンで見たときに計画倒れになってしまった巣鴨のお岩さんのお墓まいり、今度は実行したいと思っている。
<上演時間>第一幕60分、幕間30分、第二幕105分、幕間20分、第三幕45
おまけ:今月初めてイヤホンガイドを借りた。借りてよかった。開演直前に、亀治郎さんと亀鶴さんのミニミニ対談があったのだ。こういうのって、たいてい幕間に入って聞きそびれるのだけど、開演直前なら必ず聞くから。内容は夏の巡業の宣伝だったけど、ちょっと得した気分。

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2008年5月21日 (水)

緊張を強いる女:「わが魂は輝く水なり」の巴

昨日は、大急ぎで感想をアップしたので、色々書き足りなかったこともある。その中で、巴については触れておきたい。
子供の頃読んだ「義経物語」とか「平家物語」とか、そういうお話の中で、巴は<気は優しくて力持ち>、おまけに見目形は美しく、という女性だった。この「わが魂は輝く水なり」の巴はまったく違う。
男性でも女性でも、そこにいるだけでこちらが緊張を強いられる人というのが、私には何人かいる。勝手にこっちが緊張しているだけかもしれないが、威圧的というのとも違う何かよくわからないオーラが出ているのだ。私は、巴にそれを感じた。
ただ、芝居の中の巴は威圧的でもあった。義仲を狂人に仕立て(義仲は芝居には出てこない。登場人物のセリフにのぼるだけなのに、とても重要な役割を果たしている)、自分が義仲になり替りという、当時の女性が軍神のような立場に立つわけだから、威圧も必要だったろう。だが、それ以上に、私は<緊張感>を強いられた。巴が実盛に「森へ帰ってきて」とすがりつく場面でさえ、彼女にはそれがあった。彼女が出てくるとかなりの疲労感を覚えもした。だが、面白いことに、その緊張感はある時点で消えてしまったのである。
考えてみれば、この巴は一番可哀想な人物だったのではないだろうか。狂気の世界に入り込み、過去へ戻りたくても戻れない。いや、自分は過去にしがみついているのに、時勢も周囲の人間も、良くも悪くもどんどん前に進んでいっている。実盛に「人間は変わるのだ」といわれても、それについていけない。だが、すがりついた末に実盛に突き放された巴に、私はもう緊張感を覚えなかった。
それは清水邦夫の人物造型なのか、蜷川がそう演出したのか、演じた秋山菜津子の持ち味なのかわからないが、永田洋子は今何を考え生きているのだろうという思いも湧いて、案外この巴は心に残る人物であった。
補足です。亀三郎さんは若者の気持ちをストレートに出して、というようなことを昨日書いたが、巴に対する感情には複雑なものを滲ませていて、これがよかった。カーテンコールでは思わず「音羽屋っ」て叫びたくなるのを抑え、亀三郎さんの大役に心からの拍手を送りました。

またまた補足。とこ様からのコメントで思い出しましたが、NHKのカメラが入っていました。いずれ放送される日が楽しみです。

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2008年5月20日 (火)

わが魂は輝く水なり

520日 「わが魂は輝く水なり」(シアターコクーン)
とても、良かった。見終わって静かな昂揚感を覚えた。時々「ああ、これは」と思う程度で、連合赤軍や永田洋子という集団・人物をあまり強く意識せずに見ることができた。というか、彼らのことも含めて、現代の狂気を感じずにはいられなかった。殺し合いのシーンは歌舞伎の様式的な立ち回りに慣れた目には生々しく、ヤマトタケルが熊襲を倒したときから、いやもっと前からあった殺戮を歴史にしてしまってはいけない、という思いが湧いてきた。
内容は相当重苦しいのに、けっこう笑わされるところがあって、おかげで疲れずについていけた。とくに実盛父子の遣り取りがユーモラスな含蓄があって面白い。生きている実盛が、亡霊となった息子・五郎に甘えたりして、言葉の上では「父上」「五郎」と言いながら、その実父子関係は逆転しているんじゃないかと思えてくる。実盛が時々姿を消してしまう息子を探して「ごろう~」と叫ぶ声は哀切であり、幼子が父を求めるような響きさえ感じられた。
萬斎さんは、カーテンコールで勢いよく飛び出してきたとき、「あれ、萬斎さんって、こんなに若かったんだっけ!!」と不思議な思いに捉われるほど、老け役がはまっていた。顔にはシワを描いているんだけど、それ以上に肌感が年齢を感じさせた(特殊メーク?)。そういう明らかに作った部分だけではない、体の傾きや動き方、目の表情、声など、作らずして作ったというよう感じで、身体的年齢に精神的な熱情を力まず自然に含ませ、骨太な感じもあり、見事な実盛だったと思う。それに、セリフはさすが、萬斎さんが一番しっかりしていた(発声とか、発音とか、そこに含ませる感情とか)。
菊之助さんは、穏やかで美しく、敵味方に分かれたけれど父親を案じる深い思いが感じられた。長髪の後姿はまるで女性のよう。五郎にだってさまざまな葛藤や苦しみがあったに違いないのに、菊ちゃんにはそういうものを超越した透明感があって、亡霊・五郎にぴったり。戦う人々の狂気を静かに悲しげに見ている様は印象的だ。父・実盛の正気を支えてきたのは五郎の正気(魂というべきか)だったのではないか。
それと好対照なのが、五郎の弟・六郎。自ら望んで参入した集団の狂気に自らも正気を失いかけ、危うくそこを逃れてきた。だが、彼が戻った集団(平家)だって、狂気の集団かもしれないのだ。亀三郎さんがこの芝居で大きな役を演じていることが嬉しい。ほとんどずっと絶叫状態で、野心と希望にとり憑かれた若者の迸る思いがストレートに出ていた。もともとよく透る声の持ち主だけど、あんなに声を出して、よく1カ月持つものだと感心した。

清水邦夫は、10年以上も前に「悪童日記」を見て大いに感銘を受けた。「悪童日記」は、アゴタ・クリストフ(アガサ・クリスティーのパロディーではありませんよ)の原作もとても優れているから、芝居の良し悪しはそれをどう料理するかにかかっていたのだが、素晴らしい出来で、感動のあまり木冬社の公演案内をその後しばらく送ってもらっていたのに、とうとう全然行かれずじまいだった。たった2作でどうのこうのは言えないが、人の生というものを真摯に見つめ、それをわかりやすい台詞に表していると思う。
補足1萬斎さんの実物は三響会で1回だけ遠くからちょっとだけ見たことがあるだけ。あとは息子さんに「靫猿」を教え込むっていうだいぶ前のドキュメンタリーを見たことがある。でも萬斎さんをステキと思うようになったのは、TVの「鞍馬天狗」で。今回、ますますステキと思いました
補足2惟盛の長谷川博己さん、「シェイクスピア・ソナタ」より好きです
補足3今日の席はネットで2時間ねばって、ぽつっと1枚出てきたもの凄くいい席。通路にも近いし、超ラッキー。
<上演時間>第一幕75分、休憩15分、第二幕70分

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2008年5月19日 (月)

ああ、数字

仕事で数字の入力をしなければならず、60個くらいの数字を打ち込んだ。チェックをしたら、千の位がどうしても合わない。足したり引いたり、何回計算してもダメ。いい加減ウンザリして、これは別の人の目で見てもらおうと諦めかけた頃、やっとミスの箇所に気がついた。
ホント、単純な入力ミスなのに、なんとこの発見に30分もかかってしまった
だいたい、私は数字が苦手で、ゼロの数が4つ以上になると、読み取れない。必ず、一、十、百、千、万、・・・と読みあがっていかないとわからない。こんな私だから、大金とはまったく縁がない

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2008年5月18日 (日)

地図で遊ぶ

1カ月ほど前に、Google Earthとは別に面白い地図があるよ、友人からと聞いた。
Live Search Maps

航空写真の高度を下げていくと、ひどくローカルな(つまり、地元の地図にしか載らないような)商店や場所の名前が出てくるのが楽しい。解像度もかなり鮮明で、我が家の屋根もはっきり見える。娘の住んでいる建物を検索し、どんどん高度を下げたら、まるで娘の姿が見えそうで、ドタコンの私は時々そうやって娘のことを思っている。
すっかりこれにハマっていたが、そうだ、たまにはGoogle Earthも見てみようかとクリックしたら、しばらくいじらなかった間にバージョンアップされており、ローカルな名前は出てこないものの、これまた色々遊べて面白そうである。
地図を読めない私ではあるが(ナビなんて、私には全然役立ちそうもない)、ヤマのような仕事にうんざりして集中力が途切れたとき、あっちこっちに飛んで遊んでいる(行きたい場所や所番地を入力すると、画面がぐ~~っと動いてそこへ自動的に連れて行ってくれるのも、けっこう迫力があって楽しい)。

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2008年5月17日 (土)

戦いはピッチの上だけにして…

517日 対ガンバ大阪戦(埼玉スタジアム、1404キックオフ、57,050人)→23で敗戦

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今季、初の大旗が登場したというのに、非常に後味が悪い試合であった。

まずは試合開始前、一部のガンバサポからレッズサポ席に対し、物や水が投げられた。どちらが先に挑発したか知らないが、レッズサポはこれに乗ることなく(と見えた)、無事試合開始に至った。
私はガンバサポのこの行為がとても気分悪く、絶対勝ってこのモヤモヤを晴らしたいと思っていた。
試合は珍しく最初からレッズが積極的に攻め、何度もチャンスを作った。しかし決められない。こういう時って、絶対相手にワンチャンスで決められるのよねえなんて心配していたら、案の定やられた。全く何しとんねん!決めたのは相手2番。実はつい直前、2番の子かわいい顔してるねって仲間とニヤニヤしたばかり(このオバサン、時々そういう見方をする)。猛省。
相手2点目は、こちらから見る限り誤審だと思うから、スッゴく気分悪い。3点目、フリーの遠藤にきれいに決められた。この点は、フリーでも決められないレッズFWとの差だと、悔しいけれど仕方ないと思える。
こちらも2点取っただけに負けたのは悔しいが、試合そのものはラフプレーもなく、選手は互いに一生懸命戦ったと思う(ガンバのキーパー、素晴らしかった。34歳のベテランだそうだが、判断力も良かったし、彼に防がれたのが何点あったことか)
なのに、なのに。試合終了後、ガンバサポが又暴れだし、しばらくするとレッズサポもそれに乗って一触即発、険悪なムードが漂ってきた。レッズ側は、緩衝エリアの鉄柵を倒そうとしている。ガンバサポの1人がサポーター席から下のコンクリートに落ちた。怪我してなければいいが。そうやってサポーター同士が争っている間に(ガードマンがたくさん配置されているのに、どうしてこういうことになるの?)、今度はレッズGKの都築が、何があったか知らないが、さかんにガンバサポに対して文句を言っている。すごい剣幕で、土田コーチが必死で抑えていたが、それでもおさまらない都築はガンバサポのところへ言って、拳をふりあげ、大声を出している。そんなこんなの混乱で、レッズの選手たちの挨拶もとまどいをかくせないまま行われた。
私は事情があって急いで帰宅しなければならなかったので、そのあたりで帰ってきたが、その後乱闘シーンがあったらしい。帰り道ではパトカーのサイレンもずいぶん聞いた。きっと埼スタへ行くんだろう、と歩いている人たちはみんな噂し合っていた。
試合に負けたことは気分悪いが、そりゃこういうこともある。仕方ない。でも、このサポーター同士の争いは絶対やめてほしい。多くのサポーターは気持ちをこめて応援しているのに、その気持ちに水をさされる。それに一生懸命プレーした選手に対しても失礼だと思う。熱くなるのはいいけれど、もっと建設的に応援しようよと言いたい。
ところで、今シーズン、私の応援選手がやっと決まりました。梅崎司。豊富な運動量、巧みなボールコントロール、献身的なプレー、どれをとっても魅力的。それに何より明るい感じがするのがいい。今日はコーナーキック何本あったんだ、っていうくらい(10本以上あったと思う)CKを取り、右も左も全部梅崎が蹴ったよ。最後の最後まで必死に走り、笛を聞いたとたんにピッチに仰向けに倒れこんだ梅崎の姿に涙が出た。それだけに、一部のサポーターの暴走はとても残念である。

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2008年5月16日 (金)

可愛い女? 恐ろしい女?:王女メディア

515日 「王女メディア」(シアター1010
昔、マリア・カラスの主演で見た「王女メディア」がとても印象的だったので、これはぜひ見たかった。「王女メディア」に対する関心のうち、主演の松井誠(以下、敬称略)への興味は1割くらいかな。
舞台は至ってシンプル。黒い背の高い円柱が4本。これだけで古代ギリシアの雰囲気を私は感じた。手前の2本は舞台の端と端に置かれているが、奥の2本は扉の支柱のような感じで、ただ扉がわりに2本の柱の間には赤い幕が下がっている(この幕が最後に2倍の長さになるのが唯一の仕掛けといえるだろうか。しかも最後に幕の色が変わり、赤い色はライトを当てて出していたことを知った)。
さて、舞台にはまず、普通にジャケットを来た現代人男性が出てくる。案内役であるこの男性は赤坂泰彦。何の役をやるのかと思っていたら、なるほど、DJで鳴らした赤坂なら声よし、滑舌よし、この役にぴったりだ。ただ、DJと舞台は違うからね。まあ、はじめは赤坂泰彦に対するこっちの先入観念があって何となく居心地が悪かったけれど、だんだん乗せられてきた。この案内役の説明で「王女メディア」がどんな話なのか、最初の因果から語られる。
それを説明すると長くなるので簡単に言ってしまえば、愛する夫に裏切られた女が、相手の女とその父親、そして自分と夫との間にできた2人の子供を殺すという話である。
松井誠は実にきれいであった。あの北条氏康がこんなに変身するなんて。和モノの女方としての松井誠はわかるのだが、洋モノの場合は胸や背中の大きくあいた衣裳になるから、どうかなと思っていた。同行した、氏康を見て松井ファンになったという男性の友人はごっついと言っていたが、私は華奢ではないにしても、ちゃんと女性の体つきになっていたと思った。セリフ劇であり、膨大な量のセリフに時々難がみられたが、声はやや高くする程度であまり作らず、でも感情によって高さや太さに変化をもたせ、メディアに渦巻く昏い情念を観客に伝えている。
しかしそれだけでは客がメディアの気持ちを摑みきれないと考えたのだろうか、案内役が時々登場して、その時のメディアの心境を問いただしたり(レポーターか)、「なんて恐ろしいんだ」などと、恐らくは大方の観客の気持ちを代弁するようなセリフを言ったりして、メディアがなぜこういう行為に及んだかをより明白にしてみせようとする。
メディアをそういう行為に走らせたのは、簡単に言ってしまえば嫉妬、裏切りへの復讐なのだろうが、子供を殺すに至る心境はそんな単純なものではあるまい。そういうドロドロした感情をコントロールできなくなったということなのではないだろうか。カッとしたという短絡的なものではない。重すぎる愛によくよく悩んで、よくよく苦しんで、ますます情念の渦の深みにはまって、そこから抜け出したい、楽になりたい、そういう気持ちが頂点に達したとき、子供に手をかけたのだろう。私にはそんな情念はないから、メディアの気持ちが心底からは理解できないけれど、それは人間なら誰しもが心の奥深くにもっているものなのかもしれない。そんな情念がないと思っている私だって、ひょっとしたら…。
松井誠はもっとねっとりどろっとしたしたいやらしさがあるかと思ったが、意外に清潔感があり、メディアをいやな女にはしていない。ただ、愛する人のためには父を捨て、弟も殺せる(イアソンと結ばれるにあたって、そういう前段階の物語がある)激しい一途さをもっていることは間違いない。それを抑えた狂気として表現していたように思う。
一方のイアソンは愚かな男だ。メディアの重すぎる愛を支えきれなくなったのか、あるいはメディアに弟を殺させることになった事情の報いがイアソンを襲ったのかもしれない。しかしメディアに対してストレートに向かいすぎる。イアソン役の山崎銀之丞は、なかなかいい感じであった。
赤坂泰彦を含む出演者は4人。イアソンの結婚相手の父であるクレオンは文学座の菅生隆之。菅生はアイゲウスという、メディアに同情する人物も演じている。菅生の演技を見ていると、クレオンもまたある種の狂気に駆られていたような気がする。
夫の結婚相手とその父親を実に残酷な方法で殺して、また罪もないわが子を手にかけ、イアソンを絶望の淵に追いやり、となんとも後味が悪いはずなのに、見終わった後は、後味の悪さよりもやりきれなさが残った。

芝居が終わると出演者が1人ずつ出てきて、最後に全員が舞台に並ぶ。そのまま終わりかな、もう1回くらい出てくるかなと席を立つべきかどうか迷っていたら、出てきました。満面笑みの誠さんと他の出演者が再び舞台に並んだ。私はこういう役者さんの舞台は初めてだから、よくテレビで見るように、おばちゃんたちが先を争って舞台に駆けつけるのかなと思っていたけれど、意外にもごく一部のおばちゃんたちが立ち上がってきゃあきゃあ言っていただけであった。そういえば、チケットも意図せずして最前列が取れたのだった。
最後に、友人の感想を一言。「なんだ、可愛い女じゃないの」。

こういう女を可愛いと思うとは、けっこうこわいんじゃないの~?と私は内心密かに警戒警報を発信してあげたのでした(つまり、そういう女性に見込まれやすいんじゃない~? ってことで)。友人は松井誠の剣劇を見たくなったそうだが、私は多分パスかな。

<上演時間>90分 18日まで。

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2008年5月15日 (木)

「能楽と歌舞伎」展

せっかく国立劇場に来たので、「能楽と歌舞伎展」が行われている伝統芸能情報館にも寄ってみた。能にはほとんど関心がなくて、な~んにも知らない私だけど(歌舞伎も見て楽しむばっかりで、知識はちっともない)、歌舞伎の演目には能からきたものが数多くあるからには、そのまま通りすぎるってわけにはいきますまい。
まずは「道成寺の世界」。能の「道成寺」は重い演目であったが、鐘が落ちてくるという派手な演出、また物語がわかりやすくて大衆向けということもあり、早くから舞踊化が進み、やがて様々な道成寺ものが歌舞伎舞踊として作られるようになったそうだ。その集大成が1753年、初代中村富十郎によって演じられた「京鹿子娘道成寺」ということだ。なるほど、そういう流れを知れば、あんなに色々な道成寺があることにも頷ける。
展示品として、3代目豊国による市村座「二人道成寺」の錦絵(1840年、天保11年)が目を引く。描かれているのは初世翫雀と三世家橘。おお翫雀さんの初代かいな、と思わず唸ってしまった。白拍子花子の持ち物も興味深い。鞨鼓、鈴太鼓、振り出し笠とおなじみのものが目の前にある。蛇体となった清姫の打杖もあった。

次は「石橋と獅子舞踊」。「いしばし」って読んでいたら「しゃっきょう」だった。そうだそうだ、そういえば「しゃっきょう」だったよ、1人でよかった、誰かといたら声に出して周りの失笑を買っていたかも。当初の歌舞伎舞踊は女方のみによるものだったそうで、1734年初演の「相生獅子」「枕獅子」は女方向けだったという。18世紀後半に立役向けに「石橋」、明治に入って「新石橋」「連獅子」「鏡獅子」ができた。
展示品は「連獅子」の手獅子。口の中に赤い把手がついていて、ああ、これでいろいろ操作して動かすのかと納得。「春興鏡獅子」の手獅子は桐製で、その見事な彫りに感心した。また同じ「春興鏡獅子」の蝶は、竿の上につけてある鯨のヒゲのばねを利用してひらひらさせるそうで、ちょっと自分でもやってみたいという誘惑に駆られた。
「紅葉狩」。能の前シテにも合うという女性の装束(紅白段替四季草花に苫屋模様唐織。長い!!)、前場で使われる更科姫の衣裳(赤綸子流水鳳凰紅葉縫振袖。これも長い。しかしまさに文字通りの模様なのだ)が豪華で美しい。増女の面は前シテの高貴な女性用。更科姫の扇(鏡獅子扇)がけっこう大きくて重そう。これを2本もつのだから、大変だなあ。蒔絵の提げ重セットも豪華。変身前の鬼さんたちの舞を酒を口にしながら眺めるっていうあの場面が頭に浮かぶ。
1990
11月、国立劇場「紅葉狩」の舞台写真は、團十郎さんとジャッキー。
「松羽目物のさまざま」。「船弁慶」「土蜘」「二人袴」「吹取妻」「枕慈童」などの錦絵や舞台写真が展示されている。「吹取妻」と「枕慈童」は知らない。ホント、能からきた狂言ってたくさんあるのね~。
「安宅と勧進帳」。入口を入ってすぐの「道成寺」の向かいにあったのに、全然気付かず、最後に目に入った。歌舞伎と能の2種類の弁慶の衣裳が展示されていて、比較してみるのも面白い。能のほうは、大格子の内着に縞の表着、上から篠懸をかける。歌舞伎でもはじめは能と同じ衣裳をつけていたが、昭和初期に現在のものに落ち着いたのだそうだ。金剛杖、笈、勧進帳の巻物、そして刺高(いらたか)の数珠という、能と歌舞伎の2種の数珠。歌舞伎のほうが球の数が多くて、だから数珠の輪も大きい。明治20年の天覧歌舞伎(このときは九世團十郎の弁慶に、へええ富樫は初世左團次だった)の錦絵を見て、去年だったか團菊が120年ぶりに天覧「勧進帳」をやったことを思い出した。1840年「勧進帳初演番付」っていうのもあって、五世海老蔵(七世團十郎)が弁慶、二世市川九蔵が富樫、義経は八世團十郎であった。
百聞は一見に如かずというが、実際この目で見るってことは大切なのかもしれない。知らなかったことも、何となく知っていたことも、こういう展示で実感をもって頭に入ってくる。こぢんまりした展示はとても楽しめた。
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国立劇場そばのお宅に咲いていた花

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2008年5月14日 (水)

怒る富士、怒るSwingingFujisan

513日 「怒る富士」(国立劇場大劇場11:30の部)
前進座公演、初見である。以前に富士山噴火についての本(「富士山宝永大爆発」永原慶二著、集英社新書)を読み感銘を受けたのと、本演目の主人公が伊那半左衛門であることから、ついチケットを取ってしまった(それにわたくし、SwingingFujisanですものね)。関東郡代・伊那半左衛門がそこに住んだかどうかは知らないが、伊那氏の赤山陣屋跡は、我が家から比較的近くにあるのだ。
1707
(宝永4)年1123日、富士山が噴火した。私って我ながらバカだと恥じたのは、富士山噴火って、あの天辺が吹っ飛んだんだと思っていた。あれがなくなっていたら、今の富士山があるわけないのに。で、噴火したのは中腹あたりなのだった。周辺の村々はどうにも始末に負えない火山灰に覆われ(雨が降ればコンクリートのように固まってしまうのだそうだ)、不毛の地となる。幕府は伊那半左衛門に被災地の復興を命じ、諸藩から計48万両の復興救援金を集める。しかし、赴任直前、伊那が風邪で臥せっている間に、幕府は突然この59カ村を亡所(廃村)とし、その土地の農民はどこへ行こうと勝手次第と決めてしまったのである。しかし農民がどこへ行かれるというのか。
亡所の復興よりも下流の地域を守れという幕府の方針を受け、伊那が酒匂川の堤防工事を指導しているとき、亡所の若者たちが直訴しにきた。飢えに苦しむ農民たちの惨状を目にした伊那はこれを見捨てておけず立ち上がる。しかし、将軍綱吉の死去、柳沢の失脚、新将軍による大奥改修や朝鮮使節受け入れのため、救援金48万両の大半がそちらに回されるに至り、亡所の農民たちは木の芽、草の根も食べつくしていよいよ死を待つばかりになる。
伊那は保身や権力にしがみつく幕閣に1人立ち向かい、ついには米5000両を供出させることに成功するが、手続きに不備があり(芝居ではただの不備ではない、そこにも悲劇の物語が…)、その責任をとって自刃するに至った、という話である。
舞台の奥に大スクリーンが設えられ、富士山の姿が映し出される。噴火のシーンは映像で表現され、舞台上の農民たちの頭には灰や石が降ってくる。このシーン、意外と迫力に欠けた。富士の姿は、その後もそのスクリーンに映し出され、村の背景となっている。舞台には、村の場面では象徴的なこぶしの木が1本とお地蔵さま。そして代官所や関東郡代屋敷、料亭の座敷にもなり、幕府評定所にもなる1段高くなった広い台がひとつ。こんな簡素な舞台で、さまざまな場面をきちんと表している。
最大の見所は、あくまで農民の味方である伊那半左衛門が幕閣の良心に訴えかける救援お願いの場面である。政治の実権を握った間部越前守、新井白石、勘定奉行荻原近江守、小田原藩主・大久保加賀守など錚々たる幕閣相手に、伊那はただひたすら訴える。主演の嵐圭史(以下、基本的に敬称略)の抑えた口調に滾る熱い思いが込められて、痛いところを衝かれながら耳を貸そうとしない幕閣たちへの腹立ちに私は胸がきりきりと痛んだ。最後はただ1人良心を動かされた勘定奉行(綱吉時代の遺産である財政逼迫をすべて柳沢にかぶせたり、救援金を幕府のために利用するなどしてない金をひねり出す、幕府側にとってはなかなかのやり手)が、駿府の米蔵の米を供出する許可状をこれも彼の知恵で作ってくれるのだ。
そこへ到るまでに、多くの農民の悲劇があり、人としての心を問うとともに、米の作り手である彼らをどうして大事にしないのかという疑問と怒りが湧く。状況は違っても、現在でも弱者切捨てという問題は多々目にし耳にし実感もすることであり、伊那の良心、正義感は篤く清々しい。しかしその伊那だって幕府の役人であり、その職務の全うと良心のジレンマに悩むのである。そんな伊那の人間くささが伊那をただのヒーローにしていないというのがよい。

前進座の俳優さんは昔テレビに出ていた中村梅之助(かの遠山の金さん、です)、その息子の梅雀(信濃のコロンボ、ね。今は前進座を退団してフリーらしい。前進座の芝居にも出演することがある)、河原崎なんとか(お名前失念)、そして嵐圭史くらいしか知らない。そのうち、今回出演していたのは嵐圭史のほかに中村梅之助だけ。梅さん、ずいぶんおじいさんになっちゃったなあと思ったら75歳だそうだ。煮ても焼いても食えない諸悪の根源的な幕閣のジジイを実にうまく演じていた。さすが、である。が、昔の金さんの姿を知る私にはちょっとショックでもあった。梅之助さんは伊那に味方する大物か何かをやるんじゃないか、との期待があったから。ま、甘い、大甘な期待でした。
嵐圭史は確か、昔昼メロかなにかでちょっと見たことがある。二枚目ではあったが、何となく好みでなく、だがその顔はかなり記憶に残っている。その嵐さんもやはり年をとり、当時の面影はあまり感じられなかった。それなのに嵐圭史に漂う不思議な若々しさ、清潔感が伊那の役にぴったりで、それだからこそ感銘を受けたような気もする。
被害地域の復興には何十年もかかったそうだが、少なくとも今目の前で苦しんでいる人々を見捨てなかった伊那半左衛門を偲んで、近いうちにその墓に詣でてみたいと思っている。
なお、原作は新田次郎(未読)。
ところで、この芝居のジャンルはなんだろう。時々「何とか屋っ」(よく聞き取れなかった)と掛け声はかかっていたが、私のイメージとして歌舞伎ではないように思ったので、一応演劇一般のカテゴリーに入れたけど…。
<上演時間>第184分、幕間30分(普通に食堂も営業しているし、売店もやっている)、第2106分。24日まで。

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8列目という高い席(もちろん、値段がじゃありませんよ)からでも、国立は花道がよく見える。

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2008年5月13日 (火)

小さな静かな空間:千代橋公園

昨日、妙に早く演舞場に着いてしまい、と言って入り待ちするような時間でもなかったし、いつも東銀座との往復経路しか通らないから、たまにはちょっと他も歩いてみようと思い立ち、金田中の前を通り、その先まで足を延ばしてみました。
すると行き当たったのが「中央市場通り」。左に曲がるとすぐが「千代橋」(せんだいばし)で、橋に沿って、緑濃い小さな公園がありました。
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オオデマリ‘ジェミニ’。
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白山吹。先日、お友達から白山吹の写真を送っていただき、私も今度どこかで見つけたいお花だと思っていたら、ここで出会い、嬉しくなりました。
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この赤い花をつけた木の名前を見たときには思わず笑ってしまいました。
「ブラシノキ」。オーストラリア西部の木で、おしべが瓶洗いのブラシ状だからこの名がついたようです。ほんと、ブラシに見える
賑やかなお喋りの中で開場を待つのもいいけれど、思いがけず静かな空間(車がたくさん通っている脇なのに、なぜか静かなのでした)で過ごしたわずかな時間は貴重なものに思えました。

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2008年5月12日 (月)

心地よい満腹感:演舞場歌舞伎昼

512日 五月大歌舞伎昼の部(新橋演舞場)
予定していた日に行かれず、とにかく自分のあいている日で前から5列目くらいあたりが取れたらいいなあと思いながらWeb検索したら、なんと最前列ど真ん中が1枚ぽつっと。気がついたときにはしっかりゲットしていました。う~ん、ラッキー~。亀ちゃん、文字通り目の前で見た。でも、最前列って居眠りできなくて、けっこうキビシイんですわ。歌舞伎の前の日は早く寝ようと心がけているのに、仕事がどうしても終わらず、結局寝たのは4時。絶対爆睡しそうとの不安を抱えて出かけました。
「毛谷村」。染五郎さんの六助はちょっと線が細い感じがした(大きくは見せているのだけど)。でも、剣の腕はすごいのに私欲が全然ないという若者の清冽さが優しさと鷹揚さとともに伝わってきて好感がもてた。微塵弾正に騙されたと知って怒りに駆られる表情の変化が、真っ直ぐな若者の正義感を表していてよい。
この芝居は、あちこちに笑いが潜んでいるのだなあと改めて思った。その第一は、見知らぬおばば(吉之丞)が飛び込んできたかと思ったらいきなり「親子になろうよ」と誘われちゃうところ。人品いやしからぬおばばではあるけれど、そりゃ、六助でなくても警戒はするでしょう。そしておばばが金儲けの話もあると投げて寄越した金包みを六助が投げ返すところ。まあ、ここは、テクニック上の笑いなんだと思うけれど、私も笑うまいと堪えながらついつい微笑んでしまった。子役ちゃんの可愛らしさも微笑ましい。六助がむずかる子供をあやすおもちゃが、何気に立派。でんでん太鼓はともかく、弁慶の人形とか、獅子舞人形とか。もちろん、お園にも笑いの場は用意されている。
亀ちゃんは私が見た4人目のお園(最初に見たのは時蔵さん。大人になっての歌舞伎鑑賞、記念すべき初回の演目に「毛谷村」があった。このお園を見てすぐ時様ファンになった。ほかに、菊之助、芝雀さん)。これまでのお園に比べて何となく違和感があったなあ。というのも、男性的部分がかなり強調されていたような気がしたのだ。とくに声にドスがきいていて、そろそろ愛らしい女性になってもいいんじゃないのと思うようなときでもまだお屋形さま声だった。晴信からまだ脱し切れていないんじゃないの、女声の出し方忘れちゃったんじゃないの、と心配したくらい。お園はこうじゃなくちゃいけない、なんて全然思わないし、あるいは亀ちゃんのお園が本当なのかもしれないけれど、やっぱり臼を軽々と片手で持ち上げちゃうような自分の力をちょっと恥じて、身をよじるような愛らしさを、声でも表現する、そのほうがお園らしい気が、私にはする。でも私の心配は結局杞憂に終わり、亀ちゃんが女性らしく高い声を出したときには、きりっとした強さと花のような愛らしさがぴったり噛み合って、私はずっとみとれておりました。
面白いことに、歌舞伎座の「幡随長兵衛」でも長兵衛が水野の屋敷を訪ねるにあたり仕立ておろしの着物に裃つける場面があるが、この「毛谷村」でも染五郎さんが衣服をあらため裃つける。また、微塵弾正の錦之助さんも裃をつける場面がある。長兵衛の場合は女房が甲斐甲斐しく着付けていくが、「毛谷村」ではそれはほぼ黒子さんのお仕事であった。
敵役の錦之助さん、憎ったらしかった…。吉之丞さんは淡々とした演技の中に色々な思いがこめられていてさすが。
そうそう、亀ちゃんが一番暑いのではないかとぼやいたお園の鬘は、やっぱり暑そうだった。亀ちゃん、首に大汗かいているのが見えました。
「藤娘」。福助さんの色っぽさ、時々見せるこぼれるような笑顔。今月にふさわしい演目で、福助さんらしい艶やかな舞で目を楽しませてもらいました。
「三社祭」。今日の目的はこれ、と言っても過言ではない。染五郎さんの踊りには勢いがあり、トンと踏み鳴らす足の音も気持ちがいい。硬の染五郎さんに対し、亀ちゃんは柔といっていいだろう。ずっと多忙で休む暇もなかった亀ちゃんはいくら若いといっても相当疲労がたまっているだろう。この踊りは動きが激しく、途中面もつけることからかなり体力を要すると思う。亀ちゃん、いっぱいいっぱいなんじゃないかという気がしないでもなかったが、指のしなりがとても美しく、染五郎さんにも目をやりながら、その一方ではやはり亀ちゃんの巧みな踊りから目が離せなかった。染五郎さんは、途中、面がはずれそうになり、手で押さえながら直していたが、一度では直らず、ちょっとハラハラした。
「勢獅子」。華やかで、変化があって、とても楽しかった。女形さんたちの手古舞では、段之さんと京妙さんが伸び伸びと踊っていたのが目に付いた。吉之助さんの1人踊りはいなせでカッコよく、歌昇さんと錦之助さんコンビの舞はどちらに目をやろうかと両方を均等に追いかけまわし(歌昇さんの踊りって、かなり好き)、獅子舞はその動きの激しさに目を奪われ(又之助さんと錦弥さん。汗びっしょりで相当体力消耗的)、若い者のトンボに感嘆し、ああ満足。
三社祭とか勢獅子とか、こういう江戸前の踊りってとっても好き。それに踊り3題で約1時間はほどよい配分で、この楽しさ、毎日でも味わいたいわ。
「一本刀土俵入」。勘三郎さんと福助さんで見たのがとても印象に残っていて、芝雀さんがお蔦って大丈夫かいなとあまり期待していなかった。ところがどっこい、大変失礼しました。芝雀さんのお蔦、とってもよかった。場末の酌婦というわびしい身の上でも、優しく情にあふれ、さらには1人で娘を育てながら夫を待ち続けるという純情が芝雀さんにぴったり合っていた。再会した茂兵衛のことをどうしても思い出せずにいたお蔦が頭突きを見て「思い出したっ」と叫んだ瞬間、この時をずっと待っていた私は嬉しくて思わず涙が出た。
吉右衛門さんからは、前半のもっさりとした、でも横綱になる夢を捨てていない純な若者が、後半立派な渡世人に変身したというところに、10年余りの時の厳しさを感じさせられた。話がいいから、泣かされる。とくに今回は珍しく劇場で筋書きをかなり詳しく読んでしまい、長谷川伸の人生と重なる部分が多々垣間見えるということで、より心に突き刺さるものがあった。
趣の異なる6つの演目。面白くて楽しくて、途中意識を失うことはほとんどなかった。千穐楽には3階席でもう一度見る予定。

<上演時間>「毛谷村」80分。幕間30分。「踊り3題」60分。幕間20分。「一本刀土俵入」90

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2008年5月11日 (日)

祝・母の日:母からの贈り物

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鴨が悠々と泳ぐ上を何羽もの小さな鳥(種類はわからない)がスゴいスピードで飛び交っていた。写真の鳥は川面すれすれに飛んでいる姿なのか、水面に映った姿なのか、私にもわからない。
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何羽いるでしょう。

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赤い矢印は鴨。飛んでいる鳥は3羽でした。
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羽ばたき。
以上、母の施設の前にある「春の小川」みたいな小川で見られた光景でした。この川で鴨なんて初めて見たし、小雨の中、こんなに飛び交う鳥を見たのも初めてだし、私は夢中でシャッターを切った。自宅での家族団欒ランチに大喜びした母からのプレゼントかな。

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2008年5月10日 (土)

明日言えなかった一言

親しい友人のおかあさんが亡くなった。昨日お通夜、今日は涙雨の告別式。
友の最後の挨拶に、ぐっときた。おかあさんの人となり、生き方に簡単に触れた後、
「最後に、明日言えなかった一言を。おかあさん、ありがとう」

で、1日早いけれど、カーネーションを。
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友よ、これでキミは大人になったね。私はまだまだ子供のまんまだよ。

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2008年5月 9日 (金)

ミーハーに終始:5月歌舞伎昼の部

58日 團菊祭五月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
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女子高生がいっぱい。
2階席から見ていたようです。歌舞伎座はやっぱりいい。しっくりきます。
080509senbonzakura_2 「渡海屋・大物浦」。海老蔵さん(海老ちゃんとは言い難い貫禄があった)の花道の出が実にカッコよかった。堂々と頼もしく、渡海屋銀平としての大きさを感じさせた。魁春さんが銀平女房だから釣合い取れないかと心配したが、全然そんなこと感じなかった。銀平女房・お柳の魁春さんは動きがとても綺麗で、お安(実は安徳天皇)の手習いを見ているときの表情や仕草にとても愛情が溢れていて、その穏やかなひと時も束の間、やがて悲劇が訪れることを思うと哀れを催す。
コミカルな権十郎さんと市蔵さんは存在感ありますねえ。船を出せ出さないでお柳がごちゃごちゃ喋っているのに「黙れ黙れ」と割って入る権十郎さん、いかにも苛立っている感じが伝わってきた。
さて、大物浦での血まみれの知盛、迫力たっぷりだった。仁左様の知盛には深いところからにじみ出る哀しみのようなものを感じたが、海老蔵さんからは熱く滾るマグマがとめどなく溢れ出してくるという印象を受けた。清太夫の大熱演と相俟って、それは激しく、しかし安徳天皇に諭されるとふっと力が抜け、哀しみが湧いてくる。あの大きな目が実に効果的で、私はずっとその目の動きに引き付けられていた。これは海老蔵さんならでは、であろう。
典侍の局は七之助さんの清冽な演技が記憶に新しいが、魁春さんは大人な感じ。やわらかく静かに天皇の無事を祈って死んでいく。

さて、私が内心ミーハー的にきゃっきゃっ言っていたのは、義経の四天王が登場したとき。亀鶴さん!! 松也クン!! 亀寿さん!! こんなにいい男揃いで(男女蔵さん、ごめん)。しかも幕外の並び、私の目の前に亀鶴さんと松也クンがいるではないか。ビームをびんびん送ったけれど、2人に分けたから威力半分になっちゃったな(オバサンが何やってる)。
歌舞伎を初めて見る女子高生だって絶対知ってる海老蔵さん。その知盛を彼女たちはどう受け止めただろうか。興味あるところである。
080509kisen 「喜撰」。食後でかなりきつかったけれど、頑張って目を開いていた。こういう踊りはやや苦手なのかもしれない、以前は寝てしまった記憶がある。この踊りのお目当ては所化さんたち(時様ファンの風上にも置けないなでも、梅枝クンも萬太郎クンも所化さんだから。2人隣に並んで踊っていた)。
ここにも亀鶴さん、松也クン でも私から遠いほうへ行っちゃった。真ん中で踊っていた梅丸クンと小吉クンが上手で楽しい。巳之助クンもさすがに坂東流直伝の実力。ま、
喜撰の感想はこの程度で。

080509banzui 「幡随長兵衛」。こういう江戸の男っぷりのいい芝居は好きだ。旗本が町人をだまして殺すという、後味はよくない物語のはずなのに、それを中和する幡随長兵衛の気風の良さが心地よい。水野の中間がイチャモンつけているとき、長兵衛は上手寄りの通路から登場する。私、最初気がつかなくてキョロキョロしてしまった(失敗)。團十郎さんの長兵衛は、大きくて、大らかで、カッコよくて、独特の口調もあまり気にならない。藤十郎さんは若々しくて綺麗で、江戸のおかみさんになろうとしているのはわかるのだが、これも藤十郎さん独特の洟をすするようなずるっとした発声が気を削いで残念。
菊五郎さんの水野は2度目。損な役どころのような気もするが、卑怯な手を使いながらも侍の意気を感じさせるのはさすが。彦三郎さんの近藤が、しっかり脇をしめていてよかった。
この芝居は劇中劇で始まるのだが、これがけっこう面白い。山崎権一さんがあの飄々としたセリフに珍しく動きのある役で、ぴょんぴょん跳ねたからビックリした。舞台番の新十郎さん(新七改め)が姿も口跡もよく、スッキリしている。市蔵さんに名題昇進の紹介をされて挨拶したのは、ご本人も嬉しいだろう。おめでとうございます。
亀鶴さん、松也クンは幡隨長兵衛の子分としてここにも登場する。だけど、この場でなんてったってカッコいいのは海老ちゃん(ここは「ちゃん」にするゾ~)。色浅黒く、眼光鋭くきりっとしたその姿はドキドキときめいてしまうほどカッコいい。知盛の大役とは違って、セリフもあまりないし、子分たちの1人として気楽な感じで水野の侍にガン飛ばしたりして。
水野の屋敷の場では、奥のお庭に藤棚が2つあり、ちょうど今の季節にぴったりねと、2日前の藤見プチプチ旅行を思い出したのでありました。

<似てる~>

その1知盛の海老蔵さん、時々、すっごく團十郎さんに似る(顔が)。團十郎さんと海老蔵さんは同じ系統の顔にもかかわらず、これまではあまり似ていると思ったことがなかった。ところが、髪を両側に振り乱した姿の顔には、ハッとするほど團十郎さんが出てくるのだ。

その2「幡隨長兵衛」の幕が開いた途端、権十郎さんが座ってるかと一瞬見紛ったのは萬次郎さんだった。萬次郎さんが女形のときには似ていると思わなかったこの兄弟だが、今日白塗りの源氏の棟梁役を見て、うわ~やっぱり兄弟だ、と思った。
その3もう1組の兄弟。市蔵さんと亀蔵さん(亀蔵さんは出演していない)。赤っ面の市蔵さんを見ていたら、おお、ここも兄弟似ているぞ、と認識を新たにした。

その4これはしょっちゅう思うから今さらここに挙げることもないが、一応まとめとして。それは菊五郎さん親子。不思議なことに、いつも、菊五郎さんが菊ちゃんに似てる、って思ってしまう。逆なのにね。
こんなこと考えて見ていたなんて、やっぱりミーハーだ。

おまけ:多分、多分そうだと思うのだけど、舞台の由布姫がいらっしゃいました。三津五郎さんの受付にいらしたのだけど、ごくごく普通の女の子に見えて(舞台より若く見えた)、でも、あのお顔は菜生さんでしょう。とても清楚な感じでした。

<上演時間>「渡海屋・大物浦」122分、幕間30分、「喜撰」32分、幕間20分、「幡随長兵衛」93

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2008年5月 8日 (木)

藤の牛島番外編

旅に出たら、やっぱりちょっとそういう風情も味わいたい。
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春日部駅のお菓子の自動販売機。ちなみに、春日部から帰りに乗った電車は中央林間行きで、おおお、なんと長い距離を走るのであろうと、改めて驚いた(永田町や半蔵門で「中央林間行き」とか「南栗橋行き」とか見ても、あまり距離を感じないのだけど…)。
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「藤の牛島駅」って、まんまじゃないの 駅のアナウンスでは「藤」のアクセントは「ふ」にある。音だけ聞いていたら「富士の牛島」だ。私はそれとは関係なく、「牛の藤島」とよく間違える。
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この路線は単線なのだ。のどかさに心が和む。
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藤園までの道を歩いていたら、突然こういう建物に遭遇した。何かの博物館?と思ったら、デザイン会社でした。駅外の壁もこんな風に楽しい。

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路上で無人販売していた。左隅にお金を入れる筒がある。

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平安の時代を偲ぶ:藤の牛島

5月6日、サッカーの前に藤を見に行った。昨年は足利フラワーパークまで行ったのだが、1つ年を重ねるとバイタリティーが落ちるのだろうか、今年はそんなに遠くまで足を延ばせず…。また、サッカー場からあまり遠くないところ、というわけで、ここ藤の牛島を選んだ。
足利は商業的に作られた花園という感じで、お客が色々楽しめるようになっているが、ここ牛島の藤は特別天然記念物であるのに、個人の所有であるせいか、素朴な風情がしみじみと良い。
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こういう藤が3本あります。
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この幹からあれだけの蔓が伸びるのだぁ~。樹齢1200年 酒粕を肥料の一部としているのだそうだ。
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藤のシャワー。
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藤の蜜を狙って、蜂がぶんぶん。それも、こんなに大きい↓ 刺されはしないかとちょっと怖かった。
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藤の花と蜂の大きさ、比べてみて。
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藤の間から天上を見る。
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藤のほかにもこんな花たちが。左は花菖蒲(多分)。真ん中は西洋シャクナゲ。右はわからないけど、とても可愛いお花。

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2008年5月 7日 (水)

プロは非情

56日 対ジェフ千葉戦(埼玉スタジアム、1600キックオフ、52,008人)→30で勝利
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連敗ストッパーと言われたレッズのこと、かなり心配したが、実力差が結果になって現れたというしかないだろう。前半、点を取りに行っても守られてやや苦戦はしたものの、後半に入ると明らかに相手のペースが落ち、こちらは
3点きっちり取った。
実は連休中、仕事仕事であまり寝ていなかったうえ、今日はサッカーの前に藤を見に行き、昼間から飲んだビールが睡眠不足との相乗効果を生み、この試合、後半20分ほどまでほとんど寝てしまった。でも、得点シーンはすべてきっちり見ました。
しかし、千葉は気の毒だ。せっかくこれからというときにオシムを代表に取られたのが痛かった。おまけに主力選手の大半が外へ出てしまい(阿部ちゃんもレッズに来ちゃったしね。今ではすっかりレッズの主力選手だよ)、今の選手たちは一生懸命プレーしているにもかかわらず(前半はけっこう苦しめられた。後半はさすがにいっぱいいっぱいでレッズについてこられなくなってしまったけれど)、このままではJ2落ちは免れない。レッズが弱かった時代、いつも千葉と崖っぷち争いをしていて、でも千葉は一度も崖から落ちることなく、粘っていた。レッズが落ちたときはたしか、最後の最後で千葉がギリギリ残り、こっちが持ち堪えられなかったのであった。
千葉がまだ市原だったとき、Jができた年かその翌年だったか、市原まで試合を見に行ったこともある。
それだけに、千葉に対するそういう思い入れがあり、しかも今日の座席はかなりアウェー寄りで、レッズの応援よりも千葉の応援のほうがよく聞こえ、ついついそっちに乗ってしまいそうになり、気がつくと「千葉、がんばれ」なんて思っている自分がいて、いやいかん、これはプロの試合だと、我と我を諌めたことであった。アウェー応援席はぎっちり黄色で埋まり、点を取られても取られても、心をこめて応援していて好感がもてた。
毎年どこかのチームが必ず落ちる。プロだから弱いところを叩くのは仕方ない。非情だ。しかし、千葉の熱心な応援を見ていると、私たちの苦しかった時代が重なり、とても他人事とは思えないのである。こんなことを言ったらおこがましいけれど、やっぱり言おう、ジェフ諦めるな、と。

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2008年5月 6日 (火)

素顔の役者さんたち

55日 女形の夕べ(新橋演舞場、ラウンジ東)
歌舞伎終演後、夜の9時から45分の予定で「女形の夕べ」というトークショーがあった。今日5日のほかに9日にも行われる。今年で3回目だそうだが、私は初参加。

あんまり楽しくて、また話が色々に飛ぶので、海馬をしっかりかっぽじって(?)いたつもりがかなり記憶が飛んでしまった(いつものことではある)。mamiさんのところにも詳しい記事が出ています。ぜひぜひ、そちらもご覧ください。
<ぎこちない4人>
終演から20分しかたっていないので、ひょっとして扮装のまま?なんて思ったりもしたが、皆さん素顔でノーネクタイのジャケット姿。正面ステージに奥から芝雀さん(素顔のコジャック、初めてっす)、亀治郎さん1つあけて錦之助さん(すっごくステキ)、染五郎さんと陣取る。真ん中の空席には福助さんが座る予定。支度に時間がかかっているとかで、とりあえず4人で始まった。客席から「染五郎さん、MC」と声がかかり、何となく染五郎さんが話を引っ張る形にはなったが、みんなイマイチぎこちない。話題を振っても、すぐに話が終わってしまう。4人とも、早く福助さん来てくれないかなあという感じ。
<仕切る福助さん>
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分ほどたった頃だろうか(時計をもっていないのでわからない)、ついに福助さん登場。黒の縁の太いメガネがお洒落。仕切り待ってましたという歓迎ムードに、「又仕切ったって2ちゃんねるに書かれちゃう~」。と困った様子を見せながら、福助さん、やっぱり仕切っていた。しかし福助さんの仕切りはぶっ飛んでいる。それぞれに話を振ったかと思うと、話が終わらないうちに別の話題に変わっているのだ。ソフトな口調で(やや、おねえ系入る)、緩急つけながらのトークに、私は何回、身体をよじり、手を叩いて笑わされたことだろう。「藤娘」、笑わないで見られるかどうか心配になってきた。
<いじられる亀ちゃん>
今日の亀ちゃんは、いつもの亀治郎節は封印して、自分からは口を出さず、答えもそっけない。そのせいか、また夜の部に出ていないこともあってか、やたらいじられる。
★時間つぶし:染五郎さんとの対話。今日は昼の部終わってから何してたの?→時間つぶすのに困った。この人、本屋にいれば何時間でも過ごせる→今日は本屋は3軒行った。何か買ったの?→何も買わなかった。最近眼が疲れて見えなくなってきている。
亀ちゃんのやる気なさそ~な態度(新しいキャラか)に福助さんたびたび「疲れてるの?」と突っ込むと、それにもやっぱり目が疲れて見えないと答える。福助さんすかさず「老眼?」
で、パルコ歌舞伎のときに亀ちゃんが渋谷の本屋に入り浸っていたことはけっこうよく知られていると思うが、なんとその時亀ちゃんはモーツァルトを全曲買ったのだそうだ。染五郎さんったら「だってクラシックだよ」といかにも感心してみせるから思わず笑っちゃったら、「いやいや、1枚が長いっていう意味」ですって。
★ヒゲの剃り跡:「高田馬場」で染五郎人形はヒゲの剃り跡が青々していたけれど、亀治郎人形は青くなかった。でも、亀ちゃんもけっこう青いよねえ、って。う~ん、私から見たら染五郎さんのほうが絶対青いけれどなあ。三谷さんの映画「マジックアワー」で小野寺右京が又見られるらしい(姿だけ、ね)。

★テレビ出演:NHKの「七瀬ふたたび」に刑事役で出演する。「つかまるの?」と染五郎さんにつっこまれ、「いや、つかまらない。いい刑事です」と苦笑い。面白いことに、これ、後で福助さんにもまったく同じにツッコまれていた。亀ちゃんと悪い刑事ってなにか繋がりあるの?
ちなみに、染五郎さんは4月某日の「スッキリ!! となりのマンマミーア」を名古屋で見たそうだ。「風林火山」の舞台裏でグッチ裕三さんがカレーを作った、あの回のこと。日生は窓がないからカレーの匂いが…。
★汗:「毛谷村」のお園は一番汗をかく役ではないか。鬘に姉さんかぶり、かなり暑いのだそうだ。「三社祭」も染五郎さんと2人、たくさん汗をかく。
JJとサニー:染五郎さんが「ところで(千葉さんの)JJってどういう意味なの?」と質問したところで福助さんが登場し、この話題は立ち消えになってしまった。ところが、ずっと後になって、まったく申し合わせたかのように、福助さんが「JJってどういう意味なの?」と同じ質問をした。おおお、一巡りしたなという感じ。「サニーは? 車?」。って、福助さ~ん
★筋肉:亀ちゃんはかつてトータルワークアウト(だったかな)をやっていたのだそうだ。2週間でおなかの筋肉が割れたとか。でも肩に筋肉がつくのでやめたんだって。そりゃ女形としてはマズいよね。筋肉隆々の亀ちゃんなんて想像できない。

★将来は僧侶?:飲みにもいかない、梅原猛さんと話すのが好きなどと、ちょっとストイックなところのある亀ちゃんに、福助さん、「出家するの?」。ははは、亀ちゃんの出家かぁ。似合うかも。今日のメンバーでただ1人独身の亀ちゃん、結婚はお金がかかるからしないのだそうだ。
<意外にもとぼけた味の錦之助さん>
★立ち役なのに?:私もメンバーを見たとき、染五郎さんはたまに女形をやるから、まあいいとしよう、でもなんで錦之助さん? と思った。錦之助さん自身も「女形じゃない僕が出ていいんですかねえ」と首を傾げていたら、染五郎さんが「えっ、これ女形の夕べなの?」とびっくりした様子。そんな冠のついたイベントとは知らなかったのだそうだ。
後から登場した福助さんが「なんで立ち役がいるのよ」とツッコムむと、錦之助さん、びしっとした声で「これから女形になります。皆さんのを見て勉強して、来年は女形で」。私、涙が出るほど笑いました。
★教えられること教えられないこと:7月、錦之助さんの巡業では今演舞場でかかっているのと同じ「毛谷村」をやる。兄弟で六助・お園を演じる。福助さん、それを聞いて「ああ、またチクチクやられるわね」。時蔵さんは錦之助さんができないと、舞台の上でも「ヘタクソ」とか言うらしいというのは、以前に聞いたことがある。錦之助さん、苦笑いして、「父親がわりですから」。こういうところに、この兄弟の愛情が感じられて、嬉しい。
染五郎さんの六助を毎日見られて勉強になるという錦之助さん。播磨屋の兄さんに色々教わっているんだけど、染五郎さんのを見ていると、そんなこと教えてもらわなかったということが間々ある。親戚にしか教えないことがあるんじゃないか、と言う錦之助さんに、福助さんが梅幸さんとの体験を語る。菊之助さんには教えて自分には教えてくれなかったことがあったのだそうだ。
<本数契約? 染五郎さん>
染五郎さんは今月4本、来月歌舞伎座4本と、5人の中で出演作品が最も多いらしい。そこで福助さんが、この人だけ本数契約なのと言ってさかんにからかう。染五郎さん、否定するのを諦めて、齋ちゃんが今年幼稚園に入ったから物入りなんだと言い訳する。
ところで、去年のパリ公演で亀ちゃんのフランス語が話題になったが、染五郎さんも12年間暁星だからフランス語はかなりできるはず。12年間やってフランス語が役に立ったのはあのときが初めてだと亀ちゃんは言っていたが、染五郎さんにもぜひ役立てていただきたいわ~。お2人の年齢差は、亀ちゃん中1の時染ちゃん高1、だそう。
<スーツ姿は司会者の芝雀さん>
080506maturi_2 福助さんが開口一番すっぱ抜き。今朝、1人だけビシッとスーツ姿で決めた人がいた。それが芝雀さん。それなのに、今はノーネクタイになっている。芝雀さん、スーツを着ると司会者に見えるんだそうだ。着替えちゃって残念。しかし、芝雀さん、素顔と役の顔が結びつかない。
今日はあの辺のお祭で、歌舞伎座前に立派なお神輿が来たそうで、芝雀さんはしっかり写真を撮ったようですよ。
<海外珍談>
★危うく銃殺:染五郎さんが「ハムレット」をイギリスにもっていったときのこと。どこかの宮殿だかで仲間が夢中で写真を撮っていた。その人は夢中になるあまり、徐々に徐々に進入禁止の白線に近づき、ついには踏み越えてしまった。途端、その先にいた衛兵が銃を構えて寄ってきた。あわてて仲間を引き戻したが、白線を越えたら撃たれても仕方ないところだったのだそうだ。
★目出し帽でティファニー:寒い時期だったらしい。我當さんが目出し帽のままティファニーへ入っていった。うわあ、考えるだけで恐ろしい。よくぞご無事で。でも我當さんの目出し帽姿、想像したら吹き出してしまった。
★堂々たる日本語:福助さん、錦之助さん、芝雀さんがドイツへ行った。まだ壁があった頃だという。スーパーでみんな会話本などと首っ引きで買い物に悪戦苦闘しているとき、芝雀さんは日本語で「そこのおねえさん、このハム100グラムちょうだい」と。なんとそうしたら、ちゃんとハム100グラムが出てきた。芝雀さん、大物っ。
<長嶋チックな團十郎さん>
團十郎さんの長嶋みたいなエピソードを福助さんが紹介してくれたが、長くなるので1つだけ。平成29月夜「お祭佐七」で福助さんの小糸が團十郎さんの佐七に殺された場面。團十郎さんは「小磯を殺した、小磯、小磯」と嘆く。そのうちハッと自分でも気付いたのか、昼の部で毛抜をやっているものだから、小磯と小糸がごっちゃになったというようなことを福助さんに言ったのだそうだ。はっきり聞き取れなかったが、これは舞台の上で言ったのだろう。忘れられない出来事だそうだ。やっぱり團十郎さんって大らか。

事前に質問事項を提出しておいたのだが、トークが盛り上がって、質問コーナーはなくなってしまった。でも役者さんたちの素顔(亀ちゃんの新キャラ?も)、和気藹々とした雰囲気が窺えて、時間を忘れるほどの楽しさ、参加して本当によかった。ところで各後援会から計200人限定だけど立ち見も出たほど盛況のこのイベント、客は23人を除いて全部女性。いやあ、役者さんはモテますなあ。
このあと、嬉しいおまけが。帰りに楽屋口にさしかかったところ、芝雀さんが出ていらした。む、と思ってちょっと足をとめたら、ひゃあ~っ、亀ちゃんが ドキドキでお見送りしましたわ。

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2008年5月 5日 (月)

鯉のぼり競演:祝・こどもの日

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近頃あまり鯉のぼりを見なくなったように思うが(子供が少ないことを反映しているのか、あるいはもうそういう時代じゃないのか)、ここは毎年、こうやって鯉が泳ぐらしい。友人が送ってくれた2葉は川口元郷駅付近。一度は実物を見てみたい。
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浦和美園駅のレッズ鯉のぼりと小さな鯉たち。
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母が入居している特養の鯉。各フロアの掲示板に兜とともに貼られていて、少し寂しいけれども、きっと入居者はこれで季節を感じるのだろう。母にも「ほら、鯉のぼりだよ」と声をかけると、そちらに眼を向けて、子供のように喜ぶ。

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2008年5月 4日 (日)

父の眠り

今日は父の話である。
連休中、お天気の良い日に母を自宅につれてきて、父と3人で庭でランチでもしようかなと考えていた。今のところ天気もちょっと、というところだが、それより何より昨日、父が風邪をひいたらしく熱を出してしまった。幸いにも近所の総合病院で休日診療をやっており、風邪薬をもらう程度ですみ安堵したが、この薬がクセモノだった。
「眠気を催すことがある」との注意は受けていたのだが、催すどころではない。昨夜服用したら今朝はちっとも起きてこない。昼直前になってやっと目を覚まし(死んじゃったかと思って何度も見に行った)、その後も気がつくと椅子に腰掛けたまま居眠りしている。起きれば頭がぼーっとするといってふらふらしている。とにかく1人じゃ危ないので、着替えから何から手伝って、こちとら介護最前線にいる気分になった。そんなこんなで本人も「これじゃまるで赤ん坊と同じだ」と苦笑い(私にとっちゃ、休日に病気するほうが赤ん坊とおんなじだと言いたい)。しかしクセモノ薬がきいたのか、熱は下がり、風邪の症状もほとんどなくなって一安心。とはいえ明日もこんな調子じゃたまらないから、クセモノ薬は今夜はパスしてもらった。
父はここのところ体調も良く、少し張り切りすぎたのかもしれない。抵抗力は幼児並みだろうに、また年齢を考えたら少しは自制すればいいのに、どうもブレーキがきかない。今日だってふらふらしながら、紙の資源ゴミの整理をしようとしていた(「ひもくるりん」があるから)。
でも、父のいいところは、とにかくよく寝ることである。昼間もよく居眠りしているが(これも赤ん坊並みか)、夜ベッドに入ったら、もうその瞬間には眠りに入っている。しかもその眠りたるやもっのすごく深い。そばで大きな音を出したってぜ~んぜん平気でガ~ッゴ~ッ強烈なイビキをかいている(このイビキは隣の部屋で寝ている私にとって、父が生きているかどうかのバロメーター。しかしあまりにも激しいので、加湿器をかけてあげる。そうすると、かなりおさまる)。そして父の目覚まし時計で起きるのは父でなく、私である。
だいたいが、普段眼を覚ましているときだって、父は色々なことに気付かなすぎる。地震しかり、大風、大雨しかり。ニュースで地震を知って「この家は揺れないねえ」などと感心するが、アンタが気付かないだけでしょ、たいした神経だね、とこっちが感心したくなる。
しかしランチは当分延期だな。ま、両親も私も連休じゃなくちゃいけない、っていう生活をしているわけじゃないから。

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2008年5月 3日 (土)

小さなすぐれもの

080503himokururin1p それは全長15cmほどの「ひもくるりん」。新聞紙、広告、雑誌、ダンボールなど紙の資源ゴミを縛る道具である。重ねた紙にまずはひもをかける。ひもは、紙の幅より78cmほど余裕をもたせて切り(「ひもくるりん」にはカッターもついている。写真矢印部分)、結び目を作る。
ここからが「ひもくるりん」の腕の見せ所。結んだことによって輪になったひもの側面がわに「ひもくるりん」の鉤型の金属を引っ掛け、軽く引っ張りながらくるくるくるくる回していくのであ080503himokururin2 る。最初はこれが空回りしたりしてうまくいかなかったりもするのだが、支点、力点、作用点を頭に置いてコツを覚えてしまえば簡単。で、紙の端までくるくるひもを捻ったら、紙の束に体重でちょっと重しをかける。すると、ひもと紙の間に又少し余裕ができるから、今度は円を描くようにくるくるやる。すると、捻れが固まりになり勝手に渦巻いてくれて、もうその先はほどけない(写真)。
ひもは十字にかける必要はない。これで終わりである。
文字で見ると大したことないが、実際にやってみると、「おおお、すぐれもの」と唸ってしまう。
この「ひもくるりん」、息子が以前から実演販売を見てほしいなと思いながら迷っていたそうだ。先日売り場に行ったら実演をしていなかったので、手にとって眺めていたところ、どこからともなくオジサンが現れて、息子1人のために実演をしてくれたのだという。「そうしたら、買わないわけにいかないじゃない」っていうわけで、迷いに踏ん切りをつけ(そんな大げさな買い物じゃないんだけど)、購入した次第である。
我が家では、紙ゴミは父が担当している。そこで、早速父に実演をしてみせたが、人一倍ぶきっちょな父はその見事な機能にひどく感心しながらも、慣れるまでには少々時間がかかりそうだ。
ハンズで525円。
ココで「ひもくるりん」の動画が見られるが、これを見たら買いたくなくなるかも。何しろおねえさんたちヘタ過ぎで逆効果。でも、実際はこんなにむずかしくはありません(別に「ひもくるりん」の回し者じゃないから、いいんですけどね)。

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2008年5月 2日 (金)

7月演目決定

7月歌舞伎座の演目が決まったそうだ。
歌舞伎美人臨時号によれば、

昼は海老・玉による「義経千本桜」(鳥居前、吉野山、川連法眼館)。
夜は春猿・笑三郎さんの「夜叉ケ池」、そして再び海老・玉+歌六さんの「高野聖」。

う~む。「義経千本桜」は何回か見ているが、海老・玉というのがおいしい(私はこのコンビでは初めて)。海老ちゃんのあの可愛い狐さんが又見られる。「夜叉ケ池」は一昨年春猿さんが好評だった。あの時は百合と白雪姫の二役をやったけど、今回は白雪姫は笑三郎さん。「高野聖」は初めてだから楽しみ。
7月は今後も玉三郎さんの泉鏡花になっていくのかな。

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ドラマ「パズル」に亀ちゃん登場

今夜9時、テレビ朝日のドラマ「パズル」第3話に亀治郎さん、登場です。
現代劇初お目見えかな。弁護士役らしい。
「パズル」って全然見ていないのでよくわからないけれど、もちろん、今日は見ますよ

「パズル」→story→#3⇒第3話のあらすじ
      →cast→#3⇒第3話の出演者
      →pr spot→#3⇒第3話の予告動画

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2008年5月 1日 (木)

母の新しい生活

母が引越しをしてから、今日でちょうど1カ月。実は、41日、今まで約3年半お世話になったグループホームを出て、特養に入ったのだ。
母の終の棲家と決めていたグループホームだったが、諸事情あり、特養探しを真剣に始めたのは半年前。グループホームよりも近くにあることを条件に、まずはネットで情報を集め、何軒か見学するうちに、ほぼ理想に近い所が見つかった。しかし特養というのはだいたいどんなところでも200人待ち*。とりあえず申し込みはしたが、母が生きているうちにはとても入れるわけがない。ところがそこと母体を同じくする特養が、自宅から歩いていける場所に新規オープンすることになった。
これ以上理想的なところはあるまい。新規オープンはほかにもいくつかあったが、まだ建設中の建物の前を通るたび「ああ、ここに入れたら…」と念じ、とりわけここの理念を知ってからは、どうしても入りたい、ただその一念で行動した。申し込み書もいち早く提出した。その甲斐あってか、入所が認められ、私はどんなに嬉しかったことか。

母はラッキーな人である。なかなか施設に入れないでいる方が多い中で、前のグループホームも新規オープンですんなり入ることが出来た。そして、私はあまり面会に行かれなかったけれど、とても親切な介護を受けて、穏やかな暮らしをしていた。母を大事に介護してくださった職員の皆さんには感謝してもしきれず、お別れには思わず涙が出た。
しかしすぐに新しい生活が待っている。環境の変化に慣れること、お友達を作ること、職員さんに可愛がっていただくこと等々、母が抱えきれないのでは思うほどの課題にずいぶん不安を覚えたが、最初の数日を乗り切ってからは、ほとんど問題なく穏やかに毎日を過ごしている。私も最初の2週間はほぼ毎日顔を見に行ったが、今は週に1度の散歩(いい散歩コースがあるのですわ。今日も散歩してきました。写真はその際見つけた小さな花たち)と、あと1~2回顔を見にというか見せにというか行く程度に落ち着いている。父も週に1度は母に会えるようになり、またそれとは別に私が散歩に連れ出したりもして(たまには3人で散歩をするが、1人で2人みるのはちょっとキツい)、なんかいい生活してるな、と自己満足しているこの頃である。

*待ちの順位は申し込み順ではない。要介護度や、家庭の状況などを点数化して、その高いほうから順位がつくということだ。
080501flower1_2 080501flower2_2 080501flower3_2

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