12月8日、11日 「恐れを知らぬ川上音二郎一座」(シアタークリエ、13時の部、13時半の部)
先日の手抜き感想でも書いたが、脇の役者さんたちがうまい。そのせいか、惜しむらくは、主人公である音二郎の人物としての魅力がイマイチ伝わってこない。ユースケのキャラとかぶるところがあって、この役にユースケをもってきたのはわからないではないんだけど、音二郎の大きさというものがちょっと不足しているかなあ、と思った。「ベニスの商人」では音二郎はシャイロックを演じる。このシャイロックにも迫力は感じるんだけど、何かが足りないような……。
貞は常盤貴子。実際の貞という人は本当に華のある人だったらしく、海外の観客の目をすべて惹きつけるようなところがあったらしい。しかし常盤貴子自身は意外と地味な感じで、そういうイメージはちょっと薄いような気がした。演技もそれほどうまいという印象はない。ないんだけど、綺麗で慎ましい貞のもつ大らかな包容力と素直さ、愛らしさ、そういうものの陰にある貞の複雑な思いがほどよく滲み出て、時としてじんときた。
三谷さんは、敢えて舞台俳優ではない2人を主役にもってきて<新しさ>を狙ったということだ。音二郎、貞を、そしてユースケ、常盤貴子を支える脇の人たちはみな個性的で、素敵だ。女性陣では劇団のマネージャー的存在のタエ(戸田恵子)と音二郎の愛人・伊東カメ(堀内敬子)。カメの口から機関銃のように飛び出してくる津軽弁には大笑いさせられた。可愛くてしたたかで強烈な個性をもつカメを応援したくなるのは堀内敬子の演技力と個性によるものか。第一カメって名前がいいよね。絶対亀治郎の亀から名づけたと、私は勝手に確信している。
タエは昔、音二郎と曰くのあった元芸者。人前に出ると緊張して踊りも踊れなくなるという弱みがある(「ベニスの商人」で割り当てられた役をガチガチに緊張して演じるときの戸田恵子の可愛らしさったら)。音二郎の妻である貞の才能と魅力を十分認めている彼女には、「私が貞ちゃんに勝っていることが一つだけある。これはどう逆立ちしたって引っくり返らない」という自負がある。それは、彼女のほうが先に音二郎を知っていたということ。とっくに男女の関係でなくなっている2人だけれど、タエにしてみたらその意地があるからこそ、貞を認めているのだと思う。このセリフを言ってタエは客席に背中を見せる。戸田恵子の背中の演技である。ただでさえバツグンの存在感を見せる戸田恵子の演技は、ここのためにあった、ここに集約されているといってもいいのではないだろうか。
男性陣で私が一番興味を覚えるのは伊達。この作家はスッゴイ天才だ。次々降りかかってくる難題を見事なアイディアで即解決するんだもの(三谷さんが自分の姿をダブらせた?)。この伊達を堺雅人が好演、熱演。堺雅人って、元が笑い顔なのか泣き顔なのか。自分の文学的理想と座付作者としての現実とのジレンマに葛藤しながら、ピンチを救うアイディアがさっと湧き出してきて、その笑い顔だか泣き顔だかわからない表情とともに何とも言えないおかしみを感じる。
女方のくろうどさん(浅野和之)。その名前の音からクロードさんかと思っていたら(んなわけ、ないだろが)、蔵人だった。女方の立ち方の基本を貞と伊達に説明していたけど、三谷さん、亀ちゃんに教わったのかな(亀ちゃんも絶対、この芝居見に行ってる、あるいは行くよなあ)。このくろうどさんは劇団の主役を張る女方だけど、貞を暖かく見守る目に、なんとなく中村屋の小山三さんの姿がダブった。
私が一番素敵のが今井朋彦。観劇経験の浅い私は小笠原長時(「風林火山」)とエステーのCMでしか知らなかったが、真面目で<いかにも>な演技に思わずニヤっとさせられ、惹き付けられる。目の使い方がとくにうまい、と思った。
とにかく、この芝居、あんまり可笑しくて、出演者がみんなよく吹き出さないものだと感心してしまう。
<その他の出演者>
小村寿太郎:小林隆。この人、私にとっては古畑任三郎の向島クン。声でわかったけど、三谷さんがあまりに出世させたものだから初め誰かと思った。清濁併せ持つような飄々としたおじさん。
秘書・野口:新納慎也。ハンサムでカッコもよく、英語もペラペラ(って役だからか、実際そうなのかは不明)なのに、どこか朴訥な部分があって好感がもてる(カメと同じく津軽出身で津軽弁ペラペラだからか)。
劇場オーナー夫人:瀬戸カトリーヌ。実はオーナー夫人じゃない。アメリカで女1人暮らしていくバイタリティーがよい。ココリコ田中が似ているとか言っていたのと、「芋たこなんきん」でちょっと見た程度しか知らなかった。弾けた演技で、なかなかなもんだ、と見直した。
道具方・大野熊吉:阿南健治。いっちばん最初はアリキリの石井正則かと思い(私、TVの見すぎ)、次は佐藤B作かと思った。私の目には、そういう味の役者さんに映った。身軽で、運動量は出演者中一番かも。
悪徳弁護士・綿引哲人:小原雅人。唯一の悪役。なんだけど、憎みきれない悪役っていうのかな。だめ~なヤツなんだ。ちゃんとしていれば、一見立派そうなんだけど、どこかに崩れた感じの胡散臭さを漂わせている。
最後は忘れてならない甲本与之助:堺正章。イントロの講談師を見て、ああ狂言回し的な存在なのね、というのは私の早とちり。自分で「堺正章主演、恐れを知らぬ川上音二郎一座の始まり~」とか言っていたけど、たしかに陰の主演かも。声にちょっと聞き苦しいところがあったけれど、と言って通らないというわけでもない。役どころは、え~と、一座の幟を作ったりするおじいちゃん。このジイサンを「ベニスの商人」のバッサーニオに仕立て上げるんだから、三谷さんの発想には恐れ入る。しかも、腰が曲がってヨタヨタ歩く与之助ジイサン、それだけではない、役者の人数が足りない(そのくせ、アントーニオは2人もいる)から、必要な役は何でもやるのだ。早替り、ジャンプと、まるで正月かくし芸大会みたいな八面六臂の大活躍。しかし、致命的なのはセリフが覚えられない。ところが、だ。ストーリーはみんな知っているし、どうせアメリカ人には日本語のセリフなんかわかりっこない、全部「すちゃらかぽこぽこ」でいっちゃえ~。というわけで、与之助ジイサンのセリフはほとんどこれ。さすが芸達者な堺正章、さまざまな「すちゃらかぽこぽこ」で大笑いさせてくれる。この「すちゃらかぽこぽこ」は、音二郎が実際にやったことらしい(すげ~度胸だ)。
今、思い出してもあんまり可笑しくて、もう一度見たくなってきた。
おまけ:11日、開演にまだ30分ほどある劇場前、早足で歩く三谷幸喜を発見(気付いた人少ないと思う)。もちろん野次馬オバサンは、軽く興奮して後姿を追っかける。三谷さんは楽屋口に消えた。カバンを持って、ごくふつうに<劇場に出勤です>って感じだった。堺正章が前説で、「この公演が始まってもう1カ月もたつのに、三谷さんは未だにダメだしをする」、だからお芝居は毎日マイナーチェンジがあるみたいなことを言っていたけど、この三谷さんの出勤風景を見て、さもありなん、と納得。
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