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2007年12月

2007年12月31日 (月)

1年間ありがとうございました

本年最後(と思います)のドジ。今朝、買い物に行ったスーパーで、ハッと気がついた。「こんにゃく忘れた!!」。
昨日、一生懸命煮物して、何となくいつもより楽に終わったなという気はしていたのだ。こんにゃくを忘れていたとは。なによりも一番味をしみこませたかったのに。慌てて、今日煮ました。超・主婦的ドジでした。
ちなみに年賀状は昨夜頑張ってデザインを決め、今日夕方には無事に郵便局にもっていけました。一応年内に間に合って、めでたい。
皆様、1年間おつきあい、ありがとうございました。あと数十分後にはやって来る新しい年もよろしくお願いいたします(いつもと同じ時の流れでありながら、いつもとは違う時を過ごしているんだなあという気もするのが、毎年この時間帯です)。

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年末:働くおばさん

今日はよく働きました~。
昨日もよく働いたけれど、それは掃除というか部屋の片付けで、「はい、これ10年も押入れに入れっぱなしだったんでしょ」と、さまざまな紙袋だの古いカレンダーだのを娘が引っ張り出して強引に捨てさせられたから、自ら率先して「よく働いた」という気分ではなかった。
それこそ山のような紙袋類。ちょっとオシャレだから、外国のだから、程よい大きさだから(何に程よいんだか)、等々いろいろな理由をつけて溜めてきた紙袋。いざ使う段になると、「ちょっともったいないかな」と、結局は別の袋にしたりして…。で、結果として押入れの大半のスペースを占領してきた。今見たって捨てるには惜しいのもあったけれど、<10年使っていなかった>というキーポイントを衝かれれば、捨てるしかない。カレンダーも同じだ。<今日の出来事>だとか<気象>だとか、お役立ちカレンダーはいつか何かの資料として使えるんじゃないかと、保存していた。
その他にも、すっかり忘れていた物がわんさか出てきて、もう年内はゴミの収集はないから、新年をゴミ袋の山の中で迎えることになった。もっとも片付けた部屋は、足の踏み場もなくて雨戸も開けにいかれなかったのが、実にスッキリ、明るくなった(あまりの変化に、フランス人の客がビックリしていた)。
いっぽうで、先日苦労して片付けた私の部屋は、もう元に戻りつつある……。

で、今日働いたのは、煮物作り(きんとんと黒豆は、もう手製にはしない)。いつもは大晦日に作るのだが、どうも味のしみ方がイマイチな気がしていた。そこで、今年は1日前にやってみたわけ。アクの強い野菜を扱うから、手の指先がガサガサですわ。手間も暇もかかる煮物作りからいい加減解放されたいんだけど、娘が毎年おせちが楽しみで帰ってくるようなものなので、仕方ない。今日は外出するから明日なら手伝うという娘にそろそろ煮物の伝授(それほど大げさなものではないけど)をしなくてはいけなかったのだろうが、タイミングが悪かった。
煮物が終われば夕飯の餃子作り。これも娘が楽しみにしているので、けっこう気合を入れる(親バカというか、子離れしていないというか)。客にも自慢していたそうだから、失敗は出来ない。だいたい私はセッカチだから、数が多くなると面倒でいっぺんにたくさん焼いては失敗する。今回は、丁寧に丁寧に、10個ずつ焼いて、見事デリシャス。みんなの「おいしいおいしい」という声に、今日一日の疲労も吹っ飛び、「よく働いた~」と自己満足したことでした。
年賀状作りはいつになるんだ~。仕事はどうするんだ~。

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2007年12月29日 (土)

朝三暮四

年末に預ったいくつかの仕事、とても終わりそうにないので、恐る恐る締め切りを延ばしてもらえないか問い合わせた。すると、どの担当者も「大丈夫ですよ~、年明けでけっこうですよ」といったノリで、あっさりOKが出た。そういえば、たいてい今日から休みか。
これで安心して、まだ残っている掃除や、娘たちの相手、毎年恒例の煮物つくりができるぞ。
と、ここでハタと気がついた。年末にやろうが年始にやろうが、仕事の量が変わるわけじゃない。むしろ年始のほうが仕事できない気配が大きい。なぜならバラエティ好きの私、正月のくだらない番組をあれこれ見て、あちこち初詣に行って、お屠蘇で眠くなって、と正月気分を満喫しそう。結局アッという間に無為な日々が過ぎていたということになるに決まっている。それだけではない、歌舞伎もある(♪早く来い来い、お正月)。
おまけに、最初から「年明けにお願いします」という仕事も次々入っていて、机の脇のボックスは文字通り仕事が山積。歌舞伎の資金稼ぎもしなくちゃならないが、<徹夜で仕事→芝居で居眠り>の本末転倒悪循環に陥りそう。
いや、社会に必要とされているのは本当にありがたいことです。

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2007年12月28日 (金)

2007年歌舞伎千穐楽

071226night 1226日 十二月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座千穐楽)
夜の部、初見。初見を千穐楽まで引っ張るというのはきつい。早く見たいという気持ちを抑えなくてはならないし、もう一度見たくなっても二度と行かれないのだから。そういう意味で、今月はもっと早く見るべきだった(けれど、日程上、無理だった)。2007年最後の歌舞伎は、素晴らしかった。
071226terakoya 「寺子屋」。こんなにボロボロ泣かされた寺子屋は初めてだ。千代(福助)が用事を済ませて戻ってきて、小太郎を「連れて帰ります」と言った途端涙が出てきて、それからずっとぐしょぐしょ泣きっぱなし。福助さんの千代は小太郎への愛情がひしひしと感じられて、胸がしめつけられた。
小太郎の最期の様子を知ってからの勘三郎さんの松王に、さらに涙の量が増す。桜丸を不憫に思う松王丸の気持ちというのは、多分「寺子屋」だけではわからないような気がする。私はこの場面になると「賀の祝」の桜丸のあの寂しげな佇まいが浮かんで、松王とともに泣くのである。松王にはこれまでだって見るたび感銘を受けていたのだが、今回の勘三郎さんはとりわけ心に染み入ってきただけでなく、今年勘三郎さんが見せた政岡、俊寛というシリアスな役どころの中で、私には一番しっくりときた。身体はそう大きくないのに、松王の人間の大きさというものがよく現れていたとも思う。
海老蔵さんの武部源蔵。あの独特のセリフ回しが気にならないと言ったらウソになるが、私には非常にわかりやすい源蔵であった。また、海老蔵さんのワイルドさが見え隠れするのが面白くもあった(しかし海老ちゃんは綺麗だ~)。
特筆しておきたいのは、勘太郎さんの戸浪。まず声がいい。演技が確かで丁寧で、セリフや動きの間も実によく、あの若さでこれだけ古風な雰囲気を醸し出していたのに感心した。
071226awamoti 「粟餅」。楽しかった、という感想だけでいいかしら…。粟餅の曲投げや曲取りというのがもうちょっと沢山見られるとよかったのだけど…。
「ふるあめりかに袖はぬらさじ」。杉村春子の舞台は大昔に「女の一生」を多分見たと思うのだけど、あまりに昔で、もうかすかな記憶しか残っていない、という程度。だからまったく知らないに等しいのだけど、玉三郎さんのお園を見ていると、杉村春子のお園を見ているような錯覚に陥った。七之助さんの可憐で薄幸な亀遊に対するお園の気持ちが痛いほどに伝わってきて、泣き笑いしながら玉様のお071226america 園に「そうだそうだ」と力を入れて加担したくなる。獅童さんの藤吉もよかった。女を想う気持ちと自らの志の間で揺れる、というか、志は絶対捨てられないのに、亀遊のことも放っておけない、どうしたらいいんだ~という青い感じがよく伝わってきた。
やりきれない思いのお園を玉様が大熱演で、幕が降りた後も、客席の拍手は鳴り止まなかった。客席に照明が入り、歌舞伎座だからカーテンコールはないようなあ、と諦めかけた頃(帰ってしまった人も何人かいた)、再び照明が落ちた。やがて静かに幕が上がり、舞台中央に玉様が手をついて正座している。何度もお辞儀をする玉様に惜しみない拍手が寄せられ、もちろん私も手が痛くなるほどの賞賛を送ったのである。
お姫様の気高い美しさやアマテラスの神々しさは玉様の真骨頂でもあるけれど、「牡丹灯籠」でもそうだったように、こういう市井の女の玉様にとても共感を覚えて、私は好きである。

おまけ1楽しみにしていた舞台写真入り筋書き、なんと非情にも売り切れだと!!! 演舞場の帰りに寄ってみればよかった。それとも25日にももう売り切れていたのかしら。いきなりショックを受けて、なんか頭が混乱した。それなら舞台写真、と思ったけれど、休憩が短くて、食事したりトイレに並んだりで精一杯。あ~あ。
おまけ2何の時だったっけ、携帯が鳴った。マナーにはなっていたけれど、ブルルル、どこかからはっきりと聞こえた。まだ携帯鳴らす人がいるのか、と驚いた。それにしても歌舞伎座の2階席には電波が通じるらしい。 

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2007年12月27日 (木)

感動の後で

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感動のカーテンコールの後、日比谷公園のイルミネーションを見に行った。いつもは日比谷線入り口の混雑を避けるところを、何となく地下鉄で行ったところが、これが大正解。午後
10時終了で、会場外からは見られるものの、中へは入れなくなるというのだ。歌舞伎座千穐楽(感想は後ほど)の終演が予定の9時半を15分もオーバーしたから、まさにぎりぎりセーフ。
やっぱり来たからには中に入らなくっちゃ。「午後10時で終了で~す。お急ぎくださ~い」とあちらでもこちらでもメガホンが叫んでいる。その声に煽られて、走るようにして会場へ向かう(意外と距離があったりする)。
東京ミレナリオが終了して寂しいと思っていた人が多かったのだろう(私もその1人)。日比谷公園に会場を移したイルミネーションは人気らしい。
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様々に色変わりする日本一高い(らしい)ツリー。

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向かいの帝国ホテルのイルミネーション。

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2007年12月26日 (水)

冬のひまわり≒サウンド・オブ・ミュージック

1225日 「冬のひまわり」(新橋演舞場千穐楽)
どう見たって、トラップ一家の物語だ。もちろん、時代背景も場所も人物設定も違うけど、ベースは間違いなくトラップ一家だ。母親をなくした6人の子供たち、厳格な父親、身分も気位も高いその婚約者、自然体で子供たちに対峙する家庭教員(家庭教師)。五十嵐渉(西郷輝彦)はトラップ大佐であり、福田あかね(藤山直美)はマリアであり、渉の婚約者・三浦松子(鶴田さやか)はエルザ男爵夫人なのだ。
ああ、ここはあの場面、と映画が甦る。とくに前半、あちらこちらに「サウンド・オブ・ミュージック」を思わせるエピソードが鏤められている。

<サウンド・オブ・ミュージックとしての「冬のひまわり」>
いちいち挙げたらキリがないけれど、たとえばあかねが家庭教員先の五十嵐家の裏口の前で、あまりの豪邸ぶりにひるみ、でも次の瞬間自分に気合を入れて裏口を入るところ。マリアがI have confidence in meを歌いながらトラップ家に乗り込む場面が重なる(でも、そこは喜劇。あかねは自分の腰のあたりをバンバ~ンと叩いて気合を入れる。場内爆笑です)。
長女蘭子(木崎メイ)はまさにリースルだ。
あかねが子供たちと枕投げをしているところを、子供たちの父親であるおっかない旦那様に見つかってしまうところは、さしずめ池だか川だかで子供たちもろとも舟から落ちてずぶ濡れになるマリアか。
「冬のひまわり」は「サウンド・オブ・ミュージック」と違ってミュージカルではないけれど、劇中歌が何曲か歌われる。渉とあかねの「デュエット」はSomething good。テーマ曲ともいえる「ヒマワリの歌」はSound of musicでもあり、My favorite thingsでもあり、Climb every mountainでもあり、Edelweissでもあり、そしてDo-Re-Miでもあると言っていいだろう。
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年代の横浜にナチスに追われるような息詰まる深刻さはまったくないけれど、この一家にも試練と新たな希望への旅がちゃんと待っている。

<人情喜劇としての「冬のひまわり」>
しかしこの作品は、ベースはサウンド・オブ・ミュージックでありながら、ちゃんと日本の人情喜劇としてのドラマトゥルギーももっている。1幕目の幕がおりた後、しばらくの間客席に笑いがどよめいていた。こんなこと初めてじゃないかしら。2幕目は逆に涙ぼろぼろというところで幕が降りてきちゃった。鼻水たらし、目は真っ赤。こんな顔で場内が明るくなってうらめしい。
周囲の目も気にせず、本当に自然に泣いたり声をあげて笑わされたりした。脚本も、主役も、脇もよかったからだろう。あかねは大阪出身だけど、横浜で化粧品店を営む伯父夫婦の許に身を寄せ、実の娘のように可愛がられている。この伯父夫婦と店の番頭が小島秀哉、大津嶺子、小島慶四郎とくれば、松竹お得意の人情喜劇が展開されるのも頷ける。そしてここに、サウンド・オブ・ミュージックには絶対いない人物が1人いる。それはあかねの婚約者・後藤清太郎(国広富之)である。あかねに五十嵐家の家庭教員の話がまわってきたとき、周囲の反対を説得してあかねにチャレンジさせたのは、ほかならぬ清太郎だった。それが清太郎の悲劇を生む。でも彼はあのとき自分の運命が決まったのだと、それを受け入れる。
一方の渉の婚約者・松子も「妻になれても子供の母親にはなれない」と諦め、自ら身を引く。
こんな哀しい事情の上に主人公の幸せがあるというのも、人情喜劇に必要な1つの要素だろう。

<役者さんたち>
子役がうまい、可愛い(下の3人はダブルキャスト)。何度も泣かされた。笑わされた。とくに、ヤンチャな次男(家庭教員に悪さばかりするのだが、あかねは負けていない。その髪型から「キノコ!」とあだ名をつけやり返す)は藤山直美が本当に可愛がっている感じを受けた。寡黙で花を育てるのが得意な三男も、複雑な心境を巧みに演じていた。この子も、オネショに悩む三女も、みんな可愛いのだ。上の3人もよかった。
鶴田さやか、久しぶりに見た。昔、鶴田浩二の娘が女優デビューと騒がれたときのイメージしかなかったから、そりゃあおばさんになったとは思ったけれど、気位高く美しい、しかし婚約者の愛情を得られず苦しむ役柄によく合っていた。
鶴田さやかの乳母・入江若葉がイメージを180度変え(エライ!)、お嬢様大事のモーレツオバサンをオーバーに演じている。ちょっとがなりすぎかな~ってこともあったけど。
西郷輝彦は前半ほぼずっと気難しい顔をしていなければならず、藤山直美の演技によく噴き出さないでいられるなあ、と感心した。だって藤山直美の共演者はたいがい笑いをこらえるのに必死になっているんだもの。上流社会の生活が本来の自分の性格とかけ離れていることに気付いた西郷輝彦が藤山直美に惹かれるのはいいとして、骨がきしんだり(本当の恋をすると、骨がきしむのだそうだ)、熱いまなざしで見つめたりするのが、いくら直美ファンの私でも可笑しかった。片や大真面目、片やコミカルというズレの醸し出す可笑しさだろう。口ひげを生やした西郷さん、カッコよかったです。ただ、歌は元歌手の割にはイマイチで…。私、デビューしたての頃の西郷輝彦はかなり好きだったのですが…。
ロマンチック・コメディー以上に大笑いしたのはやっぱり藤山直美の才能によるものだろう。表情ひとつ、動きひとつで笑いを取れる。でもただ笑わせるのではない、喜びも哀しみも悩みも苦しみも、全部笑いの中に表現されている。ホント素敵な女優さんです。珍しいドレス姿も見られたし(西郷輝彦とのダンスの場面でやたらくるくる回ったとき、綺麗なおみ足まで拝見)、「狸御殿」以来の歌も聞けたし、藤山直美の魅力、堪能しました。
そのほか、横浜らしく外国人が何人も登場し、英語などのセリフが飛び交う。プログラムを見たら、出演者の数がびっくりするほど多い。総勢60人だとか!!
カーテンコールは西郷輝彦と2人だけで出た1回しかなくて残念。2人の短い挨拶の後閉じた幕は、再登場を促す拍手が続いているにもかかわらず、ついに上がらなかった。他の共演者、子供たちも出てくるかと期待したんだけどなあ。でもまあ、そういう余韻も残しての舞台ということだろうか。演舞場1年の締めくくりに、心温まる「冬のひまわり」を見られて、満足満足。

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2007年12月25日 (火)

千穐楽

明日の準備
 ↓
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今日行ってきたのはこちらのほう
 ↓
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プチ・カルチャーショック

昨日からフランス人の女の子(といっても20代後半女性)が来ている。以前にもフランス人の男の子を2人泊めたことはあるが、いずれも長期滞在の足がかりとして落ち着き先を決めるまでの数日のことだった。今回は2週間と長いし、言葉があまり通じないのはいいとして、波長が合わなかったらイヤだなあと少なからず気が重かった。

ところが、はるばるやって来た女の子は陽気で礼儀正しく、なかなか可愛らしい。元々日本大好きで、これまでにも何回か日本には来ているとのことだが、一般家庭に宿泊してしか経験できないことを色々させてあげたいな、と思わされる。

その第一がウガイ。海外からインフルエンザウイルスを持ち込まれたら大変だから、まず手洗いとウガイをしてもらった。ここで、互いにカルチャーショック(ってほどのものでもないか)。彼女は、ウガイの仕方を知らなかったのだ。これまでウガイってしたことがない、と。日本では風邪予防の基本だが、フランス人はどうやって風邪やらインフルエンザやらの予防対策を立てているのだろうか。

第二。夕飯に手巻き寿司をしようと、市場風の魚屋に連れて行った。フランスにはそういう店はないらしく、それだけでも物珍しくてちょっと興奮気味だった彼女、四角いトレイに入った刺身を買ったら、真ん中から開くポリ袋(よくお寿司のトレイなんかを入れる類の袋。持つと四角いトレイがきちんと納まる)に入ってきたのを見て、「ニホンジン、スッゴ~イ!!」。そうか、用途に応じたポリ袋って決して当たり前のことではないのかもしれない。

第三。彼女はよく喋る。四六時中、娘にぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃ話している。どうかすると、このオバサンにして、彼女のほうが年上?と思わされそうになるほど、話題が豊富なのだ。食事だって、あちらの人はお喋りを楽しむためにしている感さえある。2人が楽しそうに喋っているのを見ているだけでも楽しい。

とまあ、出だしは順調であります。

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2007年12月24日 (月)

三つ子の魂

071223cord 日常生活していて、どうにも不思議なことがある。我が家はあっちこっちに電気のコードがだらしなく這っているのだが、父がひっかかって転ぶといけないからと、それを部屋の片隅に寄せてある。父にも注意を促している。なのに、そういう私自身が必ず引っ掛って、つんのめる、吹っ飛びそうになる。十分気をつけているのに(少なくともそのつもり)、である。なんで~?
私は子供のときから足元が悪かった。最初の記憶は、幼稚園か小学校低学年の頃、汚い話だが路上の痰の上ですべって転んだ。母に怒られたから服でも汚したのかもしれない。
同じ頃、後楽園のそばの都電線路に靴がはまって抜け出せなくなったことがあった。交通量は今とは比較にならないとはいえ、それなりに怖かったことを覚えている。靴を脱いで、そばにいた大人に取ってもらい、大事には至らなかった。
以来、そうした事故は数限りなく、自宅の階段を滑り落ちたこともしばしば。家族の誰も落ちないから、やっぱり私の足元が悪かったのだろう。何十年も前に傷めた尾骶骨は、未だに当時の記憶を引きずっている。そういえば、おなかに子供のいるとき、ホームの階段を数段落ち、入ってきた電車に危うく接触しそうになったこともあった。そんなだから、私はヒールのある靴をほとんど履かない。
人生最大の転倒は、自宅廊下で滑った昨年。何の障害物もなく、ただ前にバタッと倒れた。顔面骨折までしたこの足元の悪さは、一生モノだろうな。

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2007年12月23日 (日)

絶対楽しい美術展:うさぎの聖母

1222日 ミュージアムラボ「うさぎの聖母 聖なる詩情」
ルーヴルDNP3弾は、ティツィアーノ作「うさぎの聖母」である。実を言えば、ティツィアーノも「うさぎの聖母」も名前を知っているだけという、予備知識はゼロに等しい。
土曜日の昼間ということもあるのだろうか、これまでにない観客数で、ルーヴルDNPの努力がだんだん浸透してきているのかと嬉しくなった。
16世紀のヴェネツィアの中で」
いつものように受付で登録して音声ガイダンスを首にぶら下げ、まずは展示室に入った。これまでの2回と違い、展示室が2つに区切られ、エントランス的な空間ではヴェネチアの発展、ヨーロッパあるいは世界における地位などが3面の壁に映し出される。ティツィアーノが活躍した時期はちょうど「ヴェニスの商人」の時代と重なるようで、なかなか興味深い歴史ではあったが、次々と変わる画像についてはどれを見たらいいのか迷うこと多々あった。
そこから奥に入ると、作品が展示されている。これまでの2回と違って今回は、展示室での音声ガイドはない。じっくり自分の感覚で眺めることになる。とはいえ、絵の意味などわからないから、いい絵だなとは思いながらも、ただ、ふ~む、という感じ。
で、外へ出て解説を見聞きする。
「絵画の中で」
この作品に描かれているものの意味について学芸員が直接手でさまざまな部分に触れて解説しているかのごとく、私たちの目には見えるのが技術として目新しい。
一見、田舎の家族のピクニック風景のようなこの絵がなぜ宗教画なのか、イチゴ、林檎と葡萄、ウサギはそれぞれ何を象徴するのかなど、謎解きのような楽しさがある。またこうした情報は他の絵を見るときにも役に立つなと、知識の引出しにしまってもおける。
解説を聞かなかったら絶対わからなかったのは、後ろに描かれている羊飼いのこと。手前の聖母たちに比べてはるかに小さいのに、鮮明に生き生きと描かれている。こういう描き方はヴェネツィア絵画の特徴でもあり、描かれている人物は絵の依頼主であったりするそうだ。そしてこの絵での羊飼いは、キリスト教社会に取って代わられた古代社会を象徴しているのだという。絵画の奥深さを知らされた。
「ティツィアーノの人生の中で」
台の上に1冊の大きな本が置かれている。めくってみると、ティツィアーノの自画像があり、そこに「私はティツィアーノである」で始まる彼自身のナレーションによる生涯が語られる。そのページが終わると、ページの片隅に光が当てられ、次をめくるように示唆される。そして次々めくると、青年期、成功期といったように、時代を追って、その生涯が紹介されていく。片方のページには既に地図や絵画などが載っているが、もう片方のページは白紙で、ティツィアーノが絵を学んだ環境や師匠たちの顔や絵、彼自身の絵画がその都度映し出される。この技術は実に素晴らしい。
「視線をめぐって」
071222louvrednp ここで「うさぎの聖母」を眺めると、自分の視線が追跡され、どの辺に目が留まったか、どのような順序で見ていったかがわかる。残念なことに、娘と私はここを最後にまわしてしまった。本来なら解説を聞く前にまずここを体験して、解説を聞き終わった後もう一度分析すべきであった。解説を聞く前後に分析していれば、絵の見方が変わったことが実感できただろうに、失敗した。ミュージアムラボに行かれる方は、是非、まずここから始めていただきたい。視線追跡の記録は後で印刷してもらえる。
そのほか、「自然の中で」「作品の構成の中で」というブースがある。「自然の中で」は、大きな窓の向こうにそびえる(?)岩(DNPの敷地内にこんな岩があったのか!)を眺めながら、ヴェネツィア絵画が描く自然を画像で見る。現実の自然と絵画の自然を組み合わせた面白い趣向である。「作品の構成の中で」は、3方を囲んだ大型スクリーンの前の床に立ってバーチャル体験ができる。前へ進むにつれ、自分が「うさぎの聖母」の中に入り込み、聖母たち人物を通り越して、前方の景色にどんどん近づいて行く。

もう一つ非常に興味深かったのは、映像ラボで見た絵の修復のこと。古くなったニスが絵の鮮明さを損なうため、それをきれいにするのだが、たしかニスは剥がさずに修復すると言っていたように思う。その過程で、紫外線や赤外線、X線を当てたりしていくと、肉眼では見えなかったものが現れ、絵がどのようにして完成していったかがわかるのである。たとえば、聖母の腕ははじめウサギを摑んでいなかった、とか。画家ははじめミネラル成分の入った材料で描くから、X線で骨が写るように白く浮き上がり、最初の構成がわかるのだそうだ。
すべての解説を網羅した後、もう一度本物を見ると、当然のことながら見る目が違ってきているのが自分でもわかる。

このミュージアムラボは、DNPの最新技術を駆使して、ルーヴルの作品を細かく解説しながらじっくり見せてくれるわけだが、その技術も素晴らしいし(毎回レベルアップしているように思う)、解説の構成も毎度違っていて、優れている。またその作品を客観的に眺めるだけでなく、自分が作品と触れ合ったり、中に入っていくこともできる。有名作品の展覧会といえば、行列して人の頭の後ろから見ざるを得なかったりもするが、ここは無料で、完全予約制だから、マイペースでゆっくり楽しめる。
しかも、HPでチケットのIDを入力すれば、今日見てきたことがまるまるおさらいできて、2度楽しめるのである。
絶対おすすめ!!

おまけ1ルーヴルの作品で他の美術展に貸し出し中だと観客から苦情が来るものが5点あるそうだ。その中の1点がこの「うさぎの聖母」だとか。他の4点が何かについては触れられなかったが、想像するに「いかさま師」はその中に入っているのではないかしら。
おまけ2偶然にも今日は14時からクリスマスコンサートが行われる日で、大半の客が会場のロビーに行ったために、肝心の美術展のほうはぐっと人が減り、おかげで私たちはよりゆっくり楽しむことが出来た。しかも、素敵なコンサートはすぐそこでやっているわけだから、それをバックグラウンドミュージックにする、なんて洒落たマネもできて、ラッキー。
おまけ3昼食を食べ損なった私たち。目黒のアトレで、話題のモチクリームをたくさん買って帰った。空腹時のスイーツは目の毒。ついつい散財するし、おいしくて、いくらでもおなかに入ってしまう。

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2007年12月22日 (土)

討ち入りもとっくに過ぎて:それぞれの忠臣蔵

129日 「それぞれの忠臣蔵」(国立劇場大劇場)

せっかく討ち入り前の9日に観劇して盛り上がろうとしたにもかかわらず、その後なんだかんだと忙しく、途中まで書きながら完成させられず、感想のアップが今頃になってしまった。

12月っていうと忠臣蔵(いわなくたって、歌舞伎では忠臣蔵系がしょっちゅうかかる)というのに、ちょっと辟易気味ではあったけれど、忠臣蔵が日本人に愛されるっていうことが、やっぱりわかる。
日曜日は混むからと、極力避けてはいるのだけど、今回はこの日しか空けられなかった。で、劇場前に着くと、なんだかいつもと違う雰囲気。団体さん受付がいくつかあったのだ。そのうちの1つは女子大で、若く華やいだ雰囲気が漂っている。3階の私の席のまわりも、女子大生。熱心にメモを取っている子あり、頭が前に垂れっぱなしの子あり、若いってステキ(ああ、我が学生時代ははるか遠くに消えにけり)。

「堀部安兵衛」。歌昇さんは、私の中にある安兵衛のイメージ*と全然違うけど、若々しくて、かつ味があり、さらに歌昇さんらしい真面目ぶりがとてもいい安兵衛だった。こういうの見ると、日本人の血を意識するんだなあ。
*
むか~しむか~し、その昔、TVで松方弘樹がやったとき(このドラマ共演がきっかけで仁科章子と結婚した。古いこと知ってるなあ、私も)の印象と、もう一つ、なんてったって染五郎さんの印象が強烈で。

隼人クン、ここにいたのか。おとうさんと京都かと思っていた。その隼人クン、ずいぶん成長したのではないかしら。もちろん、まだまだだけど、巡業で身長の高さを持て余していたようなところはみられなくなり、声変わりもやっと終わったらしく、可憐であった。しかし、残酷なものだ、三々九度だけでそのまま慌しく、死にに行く夫を見送るんだから。
そういえば、三谷さんの高田馬場では亀ちゃんが彌兵衛の娘<堀部ほり>役で出てきて、堀部ほりって名前だけだって大いに笑わせてくれたけど、この<ほり>って名前、決して三谷さんの創作ではないらしい。イヤホンガイドでちらっとしか聞かなかったから私の聞き間違いというセンもなくはないけど、一説には<ほり>と呼ばれていたらしい。
彌兵衛に比べて寡黙な妻(吉之丞)が安兵衛に羽織袴を着せる場面、ぐっときて、自然に涙がこぼれてきた。こういう場面に2人の情が表れるのだ。羽織袴をつけるといえば、先月の歌舞伎座「種蒔三番叟」で梅玉さんがパントマイムやっていたし、「傾城反魂香」で吉右衛門さんが芝雀さんの助けで着ていたなあと思い出し、続くものだなと面白く思った。
彌兵衛(吉右衛門)がさんざん望んだ養子縁組が成立して泣くときなど、客席から暖かい拍手が湧いた。見せ場でのお決まりの拍手ではなく、客席のみんなが、「よかったね、彌兵衛さん」って一緒に喜んだ、そういう拍手であった。

「清水一角」。最初と最後しか目を開いていられず、サンドイッチのパンだけを食べたような感覚。日が経ってしまったので記憶が定かでないが、終わりのほうで、染五郎さんが芝雀さんに渡された稽古着かなんかを、槍で戦いながら着ていた? ここでも舞台で衣裳をつけている。
この一角は吉良側の人物の話だし、なんとか再見したいと思っていたが、もう無理。時間的には1日だけチャンスがあったのだけど、疲労のため「そのうち又行かれるだろう」にしてしまったのがすごく残念。やっぱり物事というのは、出来るときにやっておくべきだ。

「松浦の太鼓」。吉右衛門さんの殿様が、大高源吾の付句の謎を解き、大喜びする様、居ても立ってもいられず馬を出すところ、源吾が討ち入りの様子を物語る間の嬉しそうな様子、微笑ましくて、やはり客席からそういう拍手が湧いた。以前、勘三郎さんで見たときより、すんなり殿様の無邪気な喜びが伝わってきた(話の内容がわかっていたからかもしれない)。

日が経ってしまい、自分がどう感じたか、記憶が薄れてしまった。でも、3つの独立したエピソードで一つの事件へと結ぶ演目の立て方は面白いし、登場人物に心から共感をおぼえて拍手できる場面が多々あり、後味のよい帰り道であった。

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2007年12月21日 (金)

リベンジ失敗の訳は…

何が忙しいって、今週中に家の中をある程度片付けておかなくてはならない事情があり、仕事をひとまず中断して、大の苦手の掃除に専念せざるを得なかったのがきびしい。実は1週間前、娘が一時帰国し、その娘が私の仕事部屋のあまりの乱雑さ(汚さと言うべきか)に呆れ果て、近日フランス人の友人を自宅に宿泊させることもあって、なんとしても「この部屋を片付ける」と宣言したのだ。
私は<片付け能力>がほぼゼロだから、平伏して、「はは~っ、お願いいたします」。
とはいうものの、まったく知らん顔をして任せっぱなしにするわけにもいかない。片付け、模様替えの青写真は娘の頭の中にあるとして、助手くらいはやらねば。
というわけで、スタートを切った我が仕事部屋大改造計画。部屋の半分以上の物を取りあえず別室に移し、これで2つの部屋がぐっちゃぐっちゃ状態。この壊滅的な状況の2部屋、どうすんのよ~。考えるだけで2人ともウンザリ。しかも、何を動かしても埃、埃、埃。喉はイガイガ、2人してゴホンゴホン埃に噎せている。
娘が気合を入れなおして、「さあ、やるよ~」。私1人では絶対捨てられない紙類、文具類、買っては使わないオモチャみたいなガラクタ。娘に「どうせ何年も使ってないんでしょ」と怒られながら、それでも未練たらたら。ああ、捨てても捨てても減らない物たち。たちまち大きなゴミ袋が5つも6つも満杯になって部屋の片隅に積まれる。
やがて、私にしてみれば、これでも整理してあるんだという様々な物たちが、娘の手にかかると、あれはとても整理とは言えなかったとシュンとなるほどそこここに納まる。10冊以上あった<ツンドク本>も本棚にいき、<積んどく>じゃなくなった。また、椅子をちょっと回転させれば必要な物に手が届いていたというズボラ収納(ではなく、散らかし)が改善(?)され、ちょっとは動いて取りに行くようにすれば、部屋がきちんと整理されることも覚えた。覚えたけれど、多分数カ月後にはまたズボラ収納(ではなく、しつっこく散らかし)に戻りそう。
そうなのだ、私のような人間にとって、大変な思いをして片付けた部屋は、その状態を維持していくのがむずかしいのだ。今だってもう、郵便物がたまってきて、開封もされないまま「忙しいから後で整理しよう」と、その辺にまとめて放置されている。で、また娘に怒られている(わかってますって。そういうことだから、自動引き落としになっていない電話料金を何カ月も払わずに、やっと開封したときには電話を止められる寸前、ってことになる)。
まる2日かかって、どうにかすべてが片付いた。埃もとりあえずはほぼ全部なくなり、そうなったら確かに喉のイガイガも消えた。
そんなこんなで私はほぼ徹が続き、せっかくの歌舞伎も半眠状態になってしまったわけだ。
そして気がついてみれば、5日間ほとんど(うち3日間は全然)仕事をしていない。これを取り戻すべく、まだ当分はほぼ徹が続きそうだ(今日は、あ、正確には昨日はだが、よく働いた!!)。もっとも、人間そんなに覚醒が維持できるわけがない。昼間だって、夜中だって、しょっちゅう睡魔に襲われ、そういうときは深い仮眠を30分から1時間とったりもするから、トータルで考えれば、145時間は寝ていそうだ。
少し瞼が落ち気味になってきたけれど、これからもう一踏ん張りだ。暖かいと眠くなるし、寒いとつらいし。深夜に起きていると、灯油代がかかるなあ。

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2007年12月20日 (木)

リベンジ失敗:昼の歌舞伎

071219hiru 1219日 十二月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)

初日のリベンジのつもりだったけれど、いまだ睡眠を十分に取れず、あえなく敗退。早くこの状態から抜け出さなくては…。

071219kamakura_2 「鎌倉三代記」。やはりダメでした。結局どんな話で何を言いたかったのか全然わからず、せっかく三姫の一人である時姫の物語なのに、残念。福助さんが風邪気味ででもあるのか、声がしゃがれて出しにくそうだったのが気になった。赤姫の衣裳で姉さんかぶり、世話女房みたいな時姫が、歌舞伎風な大らかさで面白い。初日、秀調さんのセリフがちょっと危ないなと思ったけれど、今日はさすがに大丈夫だった。歌江さんと鐵之助さんのお局が古風な感じで、この芝居の雰囲気に合っているよう菜感じがして、とってもいい。

071219onizoroi 「信濃路紅葉鬼揃」。前半の能仕立ての動きの部分は、私にはつらい。能はやっぱり私の守備範囲外なのかもしれない。海老ちゃんが綺麗で綺麗で、今日は海老ちゃんばかり見ていたかも。勘太郎クンの山神はハツラツとしてメリハリを与えてくれてよかったけれど、動きにしても踊りとしてのドラマ性にしても、オペラ座の亀ちゃんのほうがずっと楽しめた、と私は思う。亀ちゃんの山神を見ていなかったら、きっと勘太郎クンのこの山神もいい踊りだったに違いない。鬼女さんたちは、近くで見ても、あの隈取りではやはり誰が誰だかよくわからない。前に見た鬼揃でもやはり吉弥さんが出ていて、思い切り弾けて楽しそうに踊っていたが、今回の鬼揃は能を意識しているからか、毛振りにしても様式的な感じがした。鬼好きの私としては、普段おしとやかな女性を演じる女方さんたちがもっともっと弾ける姿を見たかったな。

071219hudekou 「水天宮利生深川」。元武士という気概から時代に乗り遅れた幸兵衛の哀しみというものが、最初のほうでは、私にはイマイチ感じられなかった(眠かったせいかも)。むしろ子供たちの態度からこの一家がどういう家であったかということが伝わってくる(鶴松クンのお雪、そして今日は原口智照クンだったと思うがお霜のいじらしく上手いこと上手いこと)。だけど、隣の清元を聞いて死を考え出すあたりから、勘三郎さんの幸兵衛の気持ちが俄然伝わるようになってきて、狂気に陥る幸兵衛に胸が痛んだ。
登場人物は金貸し(猿弥)とその代言人(彌十郎)以外は、いわゆるいい人ばかりだから、安心して見ていられる。歌女之丞さん、芝喜松さんの長屋のおばちゃんたち、とくに芝喜松さんに自然な存在感を感じた。市蔵さんの大家さんが私はすっごく好きだ。市蔵さんはこういう人情味溢れる町人が一番合っているように思う。幸四郎さんのときの車夫は歌六さんで、たしか身投げした幸兵衛を助けるために皮に飛び込んだあと、ふんどし一丁の裸だったように記憶しているが(違っていたらごめんなさい。あの頃、歌六さんが何か他の演目でもふんどし一丁だったことがあり、裸続きだなあ、なんて思ったような気がする)、今回の橋之助さんは服をつけていた。小山三さんの下女お仙が、らしくていい。
幸四郎さんの筆幸を見たときは、幸四郎さんには町人はむずかしいなあなどと思ったりもしたが(私は幸四郎さんと相性が悪いせいか、申し訳ないが偏見があることは間違いない)、あの舞台をけっこう覚えているところをみると、案外あの舞台も悪くはなかったのかしら。
おまけ:今日はカメラに電池を入れ忘れ、ただのお荷物になってしまった。昨夜、充電するのに普段と違うコンセントに入れ、「絶対明日の朝忘れちゃうなぁ」と危惧していたのが、やはり暗示に弱い私でした。

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2007年12月18日 (火)

クラブワールドカップ写真篇

1216日 クラブワールドカップ3位決定戦/決勝戦(横浜総合競技場)
続々と競技場へ
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競技場に
UFOが?
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実はTVカメラ
3位決定戦
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勝利を祝うレッズサポ
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南米か欧州か

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ボカの大旗(ミランにはこういう応援はなかった)
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表彰式後の花火(スタジアム中にうぉ~っと歓声があがる。これが楽しみ)
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記念すべきチケット(上が3位決定戦/決勝戦、下が準決勝。決勝戦のチケットは完売したそうだ)
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ハマの競技場はとにかく寒く、がたがた震えながらの観戦だった。膝掛けをしても膝のあたりがすうすうと冷え、路上と競技場で無料配布された使い捨てカイロを手袋の中に入れても指先までは暖まらず、芯からというのか、芯までというのか、冷え切って、試合は面白かったのに、あまりつらくて写真がだんだん撮れなくなってきた。それでも、今回の席は下のほうだったのでまだよい。アッパーになると、きっと気温が1度以上は違いそう。

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2007年12月17日 (月)

最高の締め:クラブワールドカップ

1216日 クラブワールドカップ3位決定戦(横浜総合競技場、1600キックオフ)、決勝戦1900キックオフ)

3位決定戦
勝てると確信していた。その確信があったからこそ、2番続きのほぼ徹による睡魔に負けて、前半のほとんどを夢の中で過ごしてしまった。がくんがくん前に垂れる頭を後ろの人はなんと思って見ているかなあ、とちょっと恥ずかしかったが、私の前のおねえさんもけっこうがくがくやっていた(居眠り仲間だぁ)。でも、得点シーン、失点シーンはちゃんと見たよ。
ワシントンの2発の置き土産ゴール、素晴らしかった。ありがとう。
反面、都築、つまらないチョンボをしちゃったなあ。審判が笛を吹くまでは絶対プレーを続けなくてはならない。自分で判断してしまった都築のスキを衝いてゴールを決めたエトワール・サヘルの9番シェルミティはたいしたものだ。このシェルミティ、その速さったら、敵ながら天晴れ(スピードのあるプレーは見ていて楽しい)。周囲のレッズファンも感嘆の声を上げていた。
さて、勝利を決めるPK戦が私たちの目の前で行われる。レッズサポが大挙して陣取っている南側ゴールでやるのかと思っていたら、カメラマンが一斉にこちらへやってきた。嬉しい半分、大応援団の目の前でやったほうがパワーがもらえていいんじゃないのという気持ちもある。だけど、こっちにもサポーターはたくさんいたし、反対側からもパワーが届いた。決勝のために来ていたボカファンも応援してくれた(応援歌の1つのメロディーがボカとレッズは同じなのだ)。
PK戦というのは酷なものだ。ミスった選手は責任を感じ、自分を責めるのだろうか。サヘルは2人失敗したから1人よりは気が楽かなあ。しかしサヘルの監督は何を思ってGKを代えたのだろう。PK用に出したのだろうが、結局1本も止められなかったし、この交代に意味はあったのだろうか(コワモテの顔でレッズをびびらせようとしたのかなあ、なんて思ってしまった)。
3位は大きな結果だ。3位は表彰されて4位には表彰はない、というだけではない。ヨーロッパに負けてもアフリカには勝った。世界で3番目になった。クラブW杯の再来年以降の日本での開催も堂々と叫ぶことができるではないか。
決勝戦
インザーギの先発が見事成功した。カカのスピードと的確な判断によるインザーギの1点目は、なんてステキ。私たちの席はボカサポの近くで、さっきレッズを応援してもらったにもかかわらず、日本人はミラン好きなのだろうか、みんなついついミランを応援してしまう(ヨーロッパのチームのほうが有名選手が多いこともあるのかも)。それに私みたいなミーハーはインザーギとカカを見ているだけで目が♡。
決勝戦というのはとかく1点勝負になることが多い。こんなにアグレッシブな決勝戦は初めて見たような気がする。21でも面白いのに、42と、6回もゴールシーンを見ることができた。うち4本は反対側ゴールで遠かったけれど、インザーギの1点目を目の前で見ることができたのは嬉しい。
去年のロナウジーニョがインテルナシオナルに抑えられて見せ場が作れなかったから、カカだってそういう可能性があるかもなあとの心配もなくはなかった。杞憂どころか、2アシスト1ゴールの大活躍!! 贅沢を言えば、後半16分のカカのシュートも目の前で見たかったなあ。カカは18歳の時にプールの事故で命にかかわるような大怪我をしたが、奇跡的な回復が今のカカを作ったのではないだろうか。私はこのことを以前TV番組で見て以来、カカという選手を好きになった。
今年のサッカー観戦をレッズの世界3位、カカの大活躍によるミランの勝利という最高の形で締められて、幸せ。

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2007年12月16日 (日)

六本木で東西美術展

1215日 「牛乳を注ぐ女」(新国立美術館)「鳥獣戯画」展(サントリー美術館)

どちらもぎりぎりセーフの美術展。「牛乳」のほうは17日、「鳥獣戯画」は明日までだが、当初の目的は「牛乳」だった。見終わってミッドタウンに足を伸ばしたところで、「鳥獣戯画」が明日までと知り、ラストチャンスをものにできた。
終了間際の土曜日だから、かなり並ぶことを覚悟して出かけた「牛乳」だったが、途中携帯でしらべた混雑状況によれば並んではいないとのこと。実際、拍子抜けするほど楽に入れた(午前中だったからかも。午後3時過ぎの時点では20分待ち)。見終わった後に休憩をとったカフェも比較的空いていて、ゆっくりコーヒーを味わうことができた。
それでも中はそれなりに人が多い。この絵画展は「フェルメール<牛乳を注ぐ女>とオランダ風俗画展」と銘打っており、もちろん「牛乳を注ぐ女」が目玉だけど、その他にも1600年から1900年にかけてのオランダ絵画がたくさん。台所風景など生活観溢れる絵画、版画、素描で、小さなものが多い。大きくても7080センチ、中には10センチ程度で、顔をよほど近づけないと見えないものもある。
私が「牛乳を注ぐ女」に初めて触れたのは、何年前だろうか、テレビ東京の「美の巨人たち」でだった。この絵が目に入った途端、胸が震えるような感動を覚え、以来フェルメールにすっかり憧れてしまった。芸術論的なことは全然わからないけれど、映画「真珠の耳飾りの少女」を見たり、「フェルメール全点踏破の旅」なんていう本を買ったり。そしてこの「牛乳を注ぐ女」を日本で見られる幸運に、チケットは7月に入手した。そんなにまで思い焦がれていたのに、実際に見られたのは終了2日前。それだけ思いが凝縮していたから、他の絵画はほとんど素通り状態。
「牛乳を注ぐ女」の前にはロープが張ってあって、ロープ内の通路で見る人は立ち止まってはいけない。昔のモナリザやパンダみたいなものである。じっくり見たい人はロープの後ろに立つ。人の流れを滞らせたくないのはわかるけれど、この絵だって45.5×41cmと決して大きくはない。人の頭をよけながらではなく、ロープ内でゆっくり慈しみたかった。
この絵については、遠近法とか、赤外線でわかった左腕を描く上での苦心、はじめに描かれていたものと完成した作品に描かれているものの違いなど、解説がなされていて、興味深かった。この絵の消失点(遠近法で、たとえば2本の線路がはるか向こうに延びていって1つになる点)は右手首の上あたりにあるそうで、フェルメールはそこにピンを留め、糸を結びつけて遠近法を構成したという。光のやわらかさといい、女性の存在感といい、テーブルの上のパン、女性の後ろに置かれた足温器(足温器は当時の女性のお気に入りだったらしい)、壁の下のタイル(ここに描かれたのと同じ種類のタイルの展示もあった)といい、気持ちがすんなりとこの光景に溶け込める。
ざっと眺めたその他の絵にも、ヤン・ハーフィクスゾーン・ステーンの猥雑さを漂わせた絵画など印象に残るものはいくつかあったが、やはりフェルメールの光や雰囲気に似た作品は、心落ち着く。

「鳥獣戯画がやってきた」は10分待ちの行列に並んだ。だいたい日本で開かれる美術展は、壁に沿って作品が展示され、人々は列を作って移動していくわけだが、私はそういう見方があまり好きでない。だから、展示作品からちょっと離れたところで、人の頭の後ろから背伸びして眺めたりもするのだが、この鳥獣戯画は巻物であるから、連続して見ないわけにはいかない。
鳥獣戯画は甲乙丙丁の4巻から成る。甲巻では、さまざまな動物を人間に見立てて描いているが、乙巻ではそうでなく、動物のままである。乙巻には想像上の動物や日本にはいない動物が描かれているのがだが、中でも象にはびっくりした。だって、私のイメージする優しい顔ではなく、かなりおっかない目付きでいかにも猛獣という感じなのだもの。丙では人間が出てきたあと、動物が人間のように描かれる。丁は人間のみ。
というようなことは、私、恥ずかしながらまったく知らなかった。鳥獣戯画といえば、蛙が兎を投げ飛ばすというあまりにも有名な場面やそれに準ずるつまり甲巻のことしか頭に浮かんでこなかった。こんなにも色々な情景が展開されているとは…。
鳥獣戯画の作者密教の絵仏師あるいは宮廷絵師の2説があるそうで、結局誰だかよくわからないみたい。私、てっきり鳥羽僧正だとばかり思っていたが、一部は鳥羽僧正の手になるものであっても、これだけの絵巻全部となると複数の作者がいるのだろう。
今、日本の漫画が海外で大人気だというが、そのルーツが12世紀の鳥獣戯画であり、さらにさまざまな模本やアレンジを生んだということに日本人として大きな誇りを覚える(ちょっと下品になるが、「勝絵絵巻」のおなら合戦なんて、実に馬鹿馬鹿しくておかしい)。と同時に、日本人のくせに自分の国の芸術に無知であることを恥ずかしく思ったことであった。
おまけ:ミッドタウンの5階デザインハブで「ポスト切手展」というのをやっていた。切手のデザイン展で、静かな展示室にはさまざまなデザイナーによる斬新な図柄の切手がたくさん展示されている。展示の仕方も、入り口から奥まで2列の長い吊りケース(って言うのかな?)が設えられ、壁にも切手デザインの大きなパネルがかかっている。吊りケースでの展示は大変見やすいが、多少揺れがあるのかもしれない。じっと見つめていると、酔ってしまいそう。でも、とても楽しい展示だった。

新国立美術館内外
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鳥獣戯画展へ
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ミッドタウン
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2007年12月14日 (金)

歴然たる実力差

まる1日たってしまい、今さら興奮した感想でもないが、やっぱり記念すべき試合だから、書いておきます(写真は、スタジアムで観戦した仲間から)。

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昨日は点差以上に完敗だったと言ってもいいんじゃないだろうか。もちろん、ミランを慌てさせ、どうしたって真剣勝負にさせざるを得ない力は見せた。
1点取られはしたけれど、よく守りもした。

だけど、攻められなかった。確かに最初の10分は積極的に攻め、チャンスも作った。それから後半、投入された山田が彼らしいスピードに乗った果敢な攻めを見せた。しかしそのほかは、ボールを支配され、とくに後半はボールに追いつくのがやっと、自陣に引いてという場面が多くみられた。当たり前のことだが、相手を0点に押さえたとしたって、こっちが点を取らなくては絶対勝てないのだ。セパハン戦で貴重な先制点を入れた永井がよくなかった。ぼんやりしていたのか、自分に出されたボールを追っていかないというような場面が何回かあった。何とも残念なのは、終了直前の山田。まさにシュートのタイミング、ああそれなのに山田は打たなかった。ボールを回してしまったのだ。どうせ最後のワンプレーになるかもしれない時間帯、シュートは外れたかもしれない。しかし入った可能性だってある。あるいはキーパーが弾いてチャンスが生まれたかもしれない。なぜ、自ら蹴らなかったのか、出場直後に見せた積極性をあそこでも見せて入れば、と悔やまれる。

ところで、TVで紹介された啓太の話。正確じゃないけど、こんなようなことだった。「ピッチの中央に赤いユニフォームが多かったら、僕たちの試合ができている。だけど、それが片側に集まっていたら、負けている」。TVで見ていると、この言葉の言っていることが実感される。

もちろん、レッズサポとしてはレッズの攻撃に期待をかけ、力をこめて応援していたが、そのいっぽうで、ミランの素晴らしいプレーにわくわくもした。その見事さに感動すら覚えたのはセードルフ。絶妙のポジショニングで、気がつくとDFの後ろにいる。1点決めたのもセードルフだった。カカのスピードもスゴい。いきなりトップギアに入っちゃうんだから。それにインザーギも見ることができた♪ 相変わらずいい男だわ~。GKジダに噛み付かんばかりのガットゥーゾの闘志、どれをとっても、レッズはかなわなかったな。

16日の3位決定戦。絶対負けられない。南米・ヨーロッパの次に位置するのはアジアのチームであることをアピールしたい。この大会、来年の開催国は日本と決まっているが、それ以降はどうなるかわからないのである。日本が強さを示せれば、今後も日本で開催される可能性は残るのではないだろうか。そういう意味で、今回開催国枠でなくレッズが出場したのは、大きなことだと思う。

ところで、レッズの試合でいつも思うことがある。前半レッズがホーム側に陣取ることが多いのだが、この前半に相手チームが攻めこんできたとき、ゴール裏に控えた真っ赤なレッズサポの声と念力でボールを押し出したりコースをはずさせたり、そんな力が働くような気がするのだ。しかし後半サイドが変わると、サポーター席から遠くなるから、ボールにかける力が半減する。それで失点するんじゃないかしら……。

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2007年12月13日 (木)

恐れを知らぬ三谷幸喜・その3

128日、11日 「恐れを知らぬ川上音二郎一座」(シアタークリエ、13時の部、13時半の部)

先日の手抜き感想でも書いたが、脇の役者さんたちがうまい。そのせいか、惜しむらくは、主人公である音二郎の人物としての魅力がイマイチ伝わってこない。ユースケのキャラとかぶるところがあって、この役にユースケをもってきたのはわからないではないんだけど、音二郎の大きさというものがちょっと不足しているかなあ、と思った。「ベニスの商人」では音二郎はシャイロックを演じる。このシャイロックにも迫力は感じるんだけど、何かが足りないような……。

常盤貴子。実際の貞という人は本当に華のある人だったらしく、海外の観客の目をすべて惹きつけるようなところがあったらしい。しかし常盤貴子自身は意外と地味な感じで、そういうイメージはちょっと薄いような気がした。演技もそれほどうまいという印象はない。ないんだけど、綺麗で慎ましい貞のもつ大らかな包容力と素直さ、愛らしさ、そういうものの陰にある貞の複雑な思いがほどよく滲み出て、時としてじんときた。

三谷さんは、敢えて舞台俳優ではない2人を主役にもってきて<新しさ>を狙ったということだ。音二郎、貞を、そしてユースケ、常盤貴子を支える脇の人たちはみな個性的で、素敵だ。女性陣では劇団のマネージャー的存在のタエ戸田恵子)と音二郎の愛人・伊東カメ堀内敬子)。カメの口から機関銃のように飛び出してくる津軽弁には大笑いさせられた。可愛くてしたたかで強烈な個性をもつカメを応援したくなるのは堀内敬子の演技力と個性によるものか。第一カメって名前がいいよね。絶対亀治郎の亀から名づけたと、私は勝手に確信している。

タエは昔、音二郎と曰くのあった元芸者。人前に出ると緊張して踊りも踊れなくなるという弱みがある(「ベニスの商人」で割り当てられた役をガチガチに緊張して演じるときの戸田恵子の可愛らしさったら)。音二郎の妻である貞の才能と魅力を十分認めている彼女には、「私が貞ちゃんに勝っていることが一つだけある。これはどう逆立ちしたって引っくり返らない」という自負がある。それは、彼女のほうが先に音二郎を知っていたということ。とっくに男女の関係でなくなっている2人だけれど、タエにしてみたらその意地があるからこそ、貞を認めているのだと思う。このセリフを言ってタエは客席に背中を見せる。戸田恵子の背中の演技である。ただでさえバツグンの存在感を見せる戸田恵子の演技は、ここのためにあった、ここに集約されているといってもいいのではないだろうか。

男性陣で私が一番興味を覚えるのは伊達。この作家はスッゴイ天才だ。次々降りかかってくる難題を見事なアイディアで即解決するんだもの(三谷さんが自分の姿をダブらせた?)。この伊達を堺雅人が好演、熱演。堺雅人って、元が笑い顔なのか泣き顔なのか。自分の文学的理想と座付作者としての現実とのジレンマに葛藤しながら、ピンチを救うアイディアがさっと湧き出してきて、その笑い顔だか泣き顔だかわからない表情とともに何とも言えないおかしみを感じる。

女方のくろうどさん(浅野和之)。その名前の音からクロードさんかと思っていたら(んなわけ、ないだろが)、蔵人だった。女方の立ち方の基本を貞と伊達に説明していたけど、三谷さん、亀ちゃんに教わったのかな(亀ちゃんも絶対、この芝居見に行ってる、あるいは行くよなあ)。このくろうどさんは劇団の主役を張る女方だけど、貞を暖かく見守る目に、なんとなく中村屋の小山三さんの姿がダブった。

私が一番素敵のが今井朋彦。観劇経験の浅い私は小笠原長時(「風林火山」)とエステーのCMでしか知らなかったが、真面目で<いかにも>な演技に思わずニヤっとさせられ、惹き付けられる。目の使い方がとくにうまい、と思った。

とにかく、この芝居、あんまり可笑しくて、出演者がみんなよく吹き出さないものだと感心してしまう。

<その他の出演者>

小村寿太郎小林隆。この人、私にとっては古畑任三郎の向島クン。声でわかったけど、三谷さんがあまりに出世させたものだから初め誰かと思った。清濁併せ持つような飄々としたおじさん。

秘書・野口新納慎也。ハンサムでカッコもよく、英語もペラペラ(って役だからか、実際そうなのかは不明)なのに、どこか朴訥な部分があって好感がもてる(カメと同じく津軽出身で津軽弁ペラペラだからか)。

劇場オーナー夫人瀬戸カトリーヌ。実はオーナー夫人じゃない。アメリカで女1人暮らしていくバイタリティーがよい。ココリコ田中が似ているとか言っていたのと、「芋たこなんきん」でちょっと見た程度しか知らなかった。弾けた演技で、なかなかなもんだ、と見直した。

道具方・大野熊吉:阿南健治。いっちばん最初はアリキリの石井正則かと思い(私、TVの見すぎ)、次は佐藤B作かと思った。私の目には、そういう味の役者さんに映った。身軽で、運動量は出演者中一番かも。

悪徳弁護士・綿引哲人:小原雅人。唯一の悪役。なんだけど、憎みきれない悪役っていうのかな。だめ~なヤツなんだ。ちゃんとしていれば、一見立派そうなんだけど、どこかに崩れた感じの胡散臭さを漂わせている。

最後は忘れてならない甲本与之助:堺正章。イントロの講談師を見て、ああ狂言回し的な存在なのね、というのは私の早とちり。自分で「堺正章主演、恐れを知らぬ川上音二郎一座の始まり~」とか言っていたけど、たしかに陰の主演かも。声にちょっと聞き苦しいところがあったけれど、と言って通らないというわけでもない。役どころは、え~と、一座の幟を作ったりするおじいちゃん。このジイサンを「ベニスの商人」のバッサーニオに仕立て上げるんだから、三谷さんの発想には恐れ入る。しかも、腰が曲がってヨタヨタ歩く与之助ジイサン、それだけではない、役者の人数が足りない(そのくせ、アントーニオは2人もいる)から、必要な役は何でもやるのだ。早替り、ジャンプと、まるで正月かくし芸大会みたいな八面六臂の大活躍。しかし、致命的なのはセリフが覚えられない。ところが、だ。ストーリーはみんな知っているし、どうせアメリカ人には日本語のセリフなんかわかりっこない、全部「すちゃらかぽこぽこ」でいっちゃえ~。というわけで、与之助ジイサンのセリフはほとんどこれ。さすが芸達者な堺正章、さまざまな「すちゃらかぽこぽこ」で大笑いさせてくれる。この「すちゃらかぽこぽこ」は、音二郎が実際にやったことらしい(すげ~度胸だ)。

今、思い出してもあんまり可笑しくて、もう一度見たくなってきた。

おまけ:11日、開演にまだ30分ほどある劇場前、早足で歩く三谷幸喜を発見(気付いた人少ないと思う)。もちろん野次馬オバサンは、軽く興奮して後姿を追っかける。三谷さんは楽屋口に消えた。カバンを持って、ごくふつうに<劇場に出勤です>って感じだった。堺正章が前説で、「この公演が始まってもう1カ月もたつのに、三谷さんは未だにダメだしをする」、だからお芝居は毎日マイナーチェンジがあるみたいなことを言っていたけど、この三谷さんの出勤風景を見て、さもありなん、と納得。

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恐れを知らぬ三谷幸喜・その2

128日、11日 「恐れを知らぬ川上音二郎一座」(シアタークリエ、13時の部、13時半の部)

何というラッキーさ。8日からわずか3日後の今日、再び音二郎を見ることができた。2度見ても、面白さは変わらず、いや、ますますヒートアップという感じ。以下、ネタバレします。

そろそろ開演かという時間になると、なんと懐かしい歌がかかる。♪ど~してらべな~ど~してらべな~♪ そう、「エレクトリックおばあちゃん」。どうしてこんな歌が流れるのか。ほとんど何の予備知識もないまま見に行った8日、幕が降りたままの舞台下手に置かれた演台のところに堺正章が登場したので、納得。堺正章が昔所属していたスパイーダースの曲なのだ。

さて、この芝居のイントロとも言うべき場面が始まる。ここでの堺正章は講談師である。前説のようなことを少し喋った後(基本的な内容は同じだが、前回と今回で少しは変えてあった)、幕が開く。あらら、舞台が高くて下のほうが見えない。ここは、堺正章の語りに合わせ、音二郎(ユースケ・サンタマリア)と貞(常盤貴子)の生い立ちから出会い、芝居生活がテンポ良く簡潔に紹介される。無声映画を見ているみたいで、実に面白く、さらにこれが、どことなく「高田馬場」を思い出させるのよね。うまいなと思うのは、この早回しのような場面で、音二郎の性格がある程度摑めること。どんな芝居でも、人物造型は重要だ。

劇団員を連れて2人がアメリカへ渡ったところで、さあこれから本編第1。このまま高い舞台を見上げなくちゃならないのかと思ったら、ちゃんと通常の高さの舞台になっていた。非常に見やすい高さである。

アメリカはボストン。悪徳弁護士に金を持ち逃げされ、劇団員の大半にも去られ、ぼろぼろになった音二郎一座が1日だけ借りることのできたとある劇場。音二郎はちょうど向かいの劇場で大人気を博していた「ベニスの商人」を全編日本語で演じることを決める。まともな役者は音二郎と飯尾床音(今井朋彦)、女方の津田山蔵人(浅野和之)だけ。これに劇団スタッフたち、成り行き上役がつくことになった、後の外務大臣・小村寿太郎とその秘書・野口、劇場オーナー夫人を次々と加え、そのたび「シェークスピアに対する冒瀆だああ」と嘆き叫びながらも台本を書いていく座付作家の伊達実(堺雅人)。

トラブル続き、一晩のはちゃめちゃな稽古の末、いよいよ開演となる。

2。大変面白い趣向(いわゆるサプライズってやつですか)が2つ用意されていて、観客は2度、え~~っと驚かされる。そして、ここからは我々観客一同、音二郎一座の「ベニスの商人」の観客でもある。つまり、「恐れを知らぬ川上音二郎一座」という芝居を客観的に見ながら、自分たちもそこに参加しているような一体感を覚えるのである。だから、見終わったあと、非常な満足感に浸ることができる。

さて、突然ですが、疲れたので、ここらで一休み。以下、続く。
<上演時間>第1部90分、休憩20分、第2部90分

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ちょっと寒かったボカ

1212日 エトワール・サヘル vs ボカ・ジュニアーズ(クラブW杯、国立競技場、1930キックオフ、37,255人)→01ボカ勝利

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つよ~いボカと新進気鋭のアフリカチームのハイレベルで面白い試合を見たいという期待は裏切られた。もちろんところどころ、さすがという場面はあったにしても、ボカにして凡ミスは多いし、イエローは多いし(バルガスなどイエロー
2枚で退場になる始末)、スピードもそんなになかったし。それでもきちんと勝つのがボカのしたたかさ、強さなのかもしれないけれど、全体に大きな盛り上がりに欠ける試合ではあった。

決勝戦のために力を温存したとかは言ってほしくない。ボカは後半、サヘレの猛攻に翻弄されていた。手を抜いたのか、あるいは真剣に戦っていたのなら、世界の差は紙一重に縮まっている(選手登録が間に合わなかったというリケルメの不在が、ボカには大きいのかもしれない)。

スポーツの試合は、自分の贔屓チームあるいは選手が出ていない場合、どっちが勝ってもいいんだけど、観戦するにはやはり応援チームを決めておいたほうが燃える。この試合、日本人客の大半がボカというビッグネームに惹かれて見に行ったのは間違いないだろう。私ももちろんそうだ。しかしこういう試合を見ていれば、サヘレに思い入れたくなるというもの。若い選手が一生懸命走り、パスをつなぎ、いいプレーをみせている姿に、私はいつの間にかサヘレに声援を送っていた。私の周囲でも、一部を除き、サヘレに肩入れするムードが漂っていたと思う。

今回の座席は、ほとんどゴール裏に近いエリアで、でも最前列だった。本当は前から3列目なんだけど、前2列には客を入れていなかったから。おかげで、あの狭い国立の座席にしてはゆったり見ることができた。また、ボカの得点シーンはまさに目の前というラッキーさ。ゴールへ走ってくる選手たちが、まるで私のほうに向かってくるようで面白い。ただ、サッカー専用スタジアムでないから、ピッチと座席に距離があるのが非常に残念。決勝が行われる横浜だって、サッカー専用じゃないしなあ。

さあ、この試合を見たら、レッズとミランの試合への期待がふくらむ。今日はTV観戦だけど、燃えますわよ(頼むから、みっともない試合だけはしないでください。ミランという名前に負けることなく、勝ちにいってほしい)。

ボカ応援団


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数は少ないけれどサヘレ応援団


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おまけ1ウェーブを仕掛ける人たちもあり、こっちにも回ってきたが、そのウェーブだって盛り上がらなかった。また、こういう試合って、1人や2人、通路をだ~っと横切って走り回り客を盛り上げようとする目立ちたがり屋がいるもので、これがウケるんだけど、昨日はイマイチだったな。

おまけ2スタジアム最前列座席の前には、一定の間隔をおいて警備員がずら~っと並ぶ。もちろん、ピッチではなく客席を監視するわけだから試合中もずっと客席を向いて、試合の前後とハーフタイムは立ち、試合中は座っている。仕事とはいえ、私はいつも、この人たちって大変だなあと同情する。身体は冷えてくるし、盛り上がっているときだって、表情一つ変えず、じっとしていなくてはならないのだ。サッカー好きの人だったらつらいだろうなあ。

おまけ3通常、国立競技場へはJR千駄ヶ谷駅から行くのだけど、私の場合、朝の出勤時と同じ市ヶ谷乗り換えになる。それもちょっとつまらないなということで、後楽園から大江戸線に乗った。えっ、どこの電車?という車両が時々走っていた。
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2007年12月12日 (水)

ドジな朝の出勤

今日も朝から会社へ。仕事の最中に居眠りが出ないよう、昨夜は0時前に寝るつもりが、結局のところ無理。
しかし朝は比較的スッキリ目覚め、この前ラッシュでびびったからと、今日は一つ遅い始発電車にした。私の場合フリーだからキッチリ出勤時間が決められているわけではないのがお気楽である。
そして1本遅いだけのことはある混み方の違いにホッとしながら、さあ寝ておかなくちゃという気持ちが空回り。文庫本が捗る。ああそれなのに、本駒込で突然眠気が差してきた。あと二駅か…少し緊張を残して軽い睡眠に入り、ほわっと何となく目覚めると、電車はどこかの駅に止まっている。私の計算では、東大前。確認のため首をあちこちに回し駅名表示を探すと…あちゃあ、後楽園だあ!しかも今から飛び降りようとしたら、絶対ドアに挟まれるな、というタイミング。立ち上がり損ねた。
まだ眠気から覚めやらぬ脳神経ネットワークを急いで働かせて、乗り換えのセカンドチャンスを探る。ツーステップだけど東京メトロだから料金の安い飯田橋か、同じ駅名でありながら乗り換え先がやたら遠いし、都営線に移るため料金が高くなるけど一度ですむ市ヶ谷か。
結果、二度乗り換えるのは面倒と、市ヶ谷を選んだ。
遅れを取り戻すべく、人を追い越し追い越し、激しく歩いてやっと辿り着いた都営線。意外にもひどく混んでいて、「ドア閉まりま~す」のアナウンスに焦りながら体をねじ込んだというのに、なんだよ~一向にドア閉まらないじゃねぇ。あたしゃ、体勢保つのけっこうキツいんですけど…。
どっちらけのような、緊張感漂うような、どっちつかずでバツの悪い沈黙が流れる。やがて、ドアを点検しているというアナウンス。なんだなんだ、ひょっとして半分体が外に出そうなわっちのせいかい? いや、このドアには駅員さんが誰も来ないから違うな。周りの目が白いような気がしてちょっと身体が縮まったのは、自意識過剰か。

あ、やっとドアが閉まった。安堵感流れる車内でやっと身の置き所を見つけた私は、無事神保町で下車。

お気楽出勤の朝は色々あって面白いけれど、やっぱり私には合わないな。

おまけ:会社では案の定、ちと眠くなった。治りかけた風邪をぶり返さぬよう、また喉の乾燥を防ぐべく未だ手放せぬマスクの下で大欠伸の連発。鼻水も隠してくれるマスクの有り難さよ

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信玄公、民放初(?)登場

先日たまたま聞いたラジオで、今日の「大沢悠里のゆうゆうワイド」に亀治郎さんが出ることを知った。おお、これは絶対聞かなくっちゃ。

と張り切って、昨日録音用のMDも買った。私、壊れかかったふる~いラジカセしか持っていないのだ。その後得た後援会情報では亀ちゃんの出演時間は8時半から約2時間の予定。MD80分だから、途中で入れ替えなくてはならない。ロングプレイ対応MDなら入れ替えなくてもいいかもしれないと聞き、わざわざそれを求めた。

ところが、今朝、午後から出かけるし、仕事をその前に片付けなくてはならないし、家事やら雑用やらでバタバタしているうちに、すっかり番組のことを忘れてしまった。

うわっと気付いたのが15分も過ぎた頃。慌ててラジオをつけ、MDをセットして録音しようとしたが、なんてこった、録音の仕方がわからない。もう何年も録音なんてことしたことないから、やり方を忘れちゃったのだ。さあ大変、説明書を引っ張り出したはいいけど、焦ってるから録音方法がどこに書いてあるか見つけるのにエライ時間がかかってしまった。

やっと見つけて録音開始。本当なら、亀ちゃんの出ていない時間帯は削除したりして編集したいところだが、慣れない作業でヘタして肝心のところを消しちゃったら大変だから、そのまま保存だ。

ああ~っ、なんてことだ。せっかくロングプレイ対応を買ったのに、その操作を忘れた。バッカみたい。結局途中でMDを入れ替える羽目になった。

さて、亀ちゃんは信玄の声で「おはようございます。武田信玄、市川亀治郎でございます」と挨拶。その後もCM明けになると、大沢悠里の求めに応じて、でも嬉しそうに信玄の声で挨拶していた(^_^)

私のようなミーハーには暁星時代の話が面白く、聞きながら思わずニタニタしてしまう。だって、あの亀ちゃんがサッカーやってたんだって言うんだもの!! まあ、そりゃそうだ、暁星といえばサッカー学校だ(今も強いのかな)。早朝サッカー、放課後サッカーと、全員サッカーをやらされたのだそうだ。DFだったが、サッカーはキライだった。ボールに当たると痛いし、ケガをして芝居に迷惑をかけるといけないからボールが来ると逃げる。やってるように見せかけたそうだ。だいたいがスポーツは全然ダメで、野球もどっちへ走るかわからなかったくらい。ふうん、それはちょっと意外だなあ。

慶應時代は徹マンばかりしていた(私の学生時代は雀荘花盛りだったけど、亀ちゃんの時代にもマージャンやる人いたのか)。それなのに大変成績優秀で、大学院で勉強しないかと勧められたのだそうだ。でも芝居を4年間休んだし、大学院は年をとっても行かれる。身体がきかなくなったら行こうと思ったと。

亀ちゃんらしいなと思ったのは、蔵書の保管の仕方。文庫は出版社別、その他はジャンル別に分けているのだそうだ。1回しか読まない本か、何度も読む本かでも分ける(私みたいなツンドク派にはとても真似できません)。本はよく読むけれど「これだけ読みました」とは言いたくない。何にも読んでない振りをする(これも亀ちゃんらしいな)。

大好きな仏像のことにも触れたが、歌舞伎の型、隈取は仏像から取っているのだそうだ。

興味深い話が盛りだくさんでキリがないから、この辺でやめるけど、最後に最終回の信玄と謙信の一騎打ちのエピソードを。TVはカット割りで撮るのだけど、この場面だけは一連でやりたいとガクトが言い出した。スタッフは絶対危険だからと反対したが、信玄になりきっていた亀ちゃんもガクトの提案に賛成した。どんなにか緊迫した場面になっているか、楽しみ。なお、今の亀ちゃんは立役のほうが面白いと思っているそうだ。

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2007年12月10日 (月)

おばさんジャンプ:レッズ勝利に浮かれる

やりましたぁ!!!!

今日は豊田に行かれないのは仕方ないとして、仲間たちが集まっている酒場(スポーツカフェ)にも、家庭の事情ってヤツで行かれなかった。

そこで、自宅で1人ギャースカ応援。

ピンチには「きゃあ、やめて~!!」「アブな~い!!」「ぎゃーーー!!」。近所の人は「又か」と思うかもしれないけど、たしかにこれじゃ、外を歩いている人が聞いたら、この家、強盗にでも襲われてるんじゃないか、って思われそう。

そして、永井の見事な素晴らしいワンダフルな!!!先制ゴ~~ル。私は思わず、きゃあきゃあ叫びながら両手を突き上げて部屋中を膝曲げジャンプしてまわり、食事していた父に笑われてしまった(オバサン、どっしんどっしん、です)。

今日は相馬がバツグンによかった。リーグ戦ではあまりぱっとしなかった相馬が、しっかり左を抜いていたし、いい攻撃の形を作っていた。誕生日パワーか。

ミスばっかりのワシントンに私は「コイツ、本当にヘタクソだな」「又かよ~」「ブラジル帰れ!!」とぼろくそに悪態をついていたが、現金なもので1点決めたときには「えらい、ワシ! よくやった」と、ころり寝返って賞賛。

2トップが2人とも決めたんだ。理想的だね。これで啓太のミドルが決まっていてくれたら言うことなしだけど、そんな欲張ってもねえ。

しかし、圧倒的に有利だったリーグ戦を制することが出来ずもやもやしていたものがスッキリしたわ。ポンテのケガが逆にバネになったのかもしれないな。試合終了の笛と同時にオバサンは又力強くジャンプしたのでした。

この試合、伸二も出たし(ワールドカップ3回、クラブワールドカップ1回、計4回のワールドカップ出場になる)、1点取られてヒヤっとしたけど、それでも私はずっと笑いが止まらなかった。なのに、岡野の姿がピッチに現れた瞬間、あまりの嬉しさに涙がこみ上げてきた。本当にわずか過ぎる時間だ。それでも、この大舞台に岡野の姿がある。年齢からして、こんな場面ラストチャンスだろう。あと2試合、もっと走らせてあげて~。

私にとってJ2を経験している岡野、伸二、永井、そして山田は特別な存在なのだ。山田がケガで特異な才能を見せられないのはとても残念。

さてこうなると、親善試合なんかじゃない真剣勝負のミラン戦、行きたくなっちゃったけど、ぴあで見たら完売でした(今頃買おうってほうが甘い)。

さあ、次こそがレッズの真価が問われる試合だ。セパハンはコンディションづくりに失敗したのか、主力選手の一部が体調を崩して本調子ではなく、今日はいいところがほとんどなかった。そういうチームに勝つのはある意味当然のことであって、浮かれることではないのかもしれない。ミラン戦で青ざめることのないよう、選手もサポーターも気を引き締めていきたい。でも、今はまだ浮かれさせておいて

おまけ:昼間、駐車場で5番に止めた。駐車場ではだいたいいつも、レッズの選手のナンバーで考える。「ネネかあ」。ネネは試合に出ない可能性もあるからなあ。と、一度は他の番号に移動しかけたが、1台車が入ってきたので動きづらくなってしまった。ええい、ままよ、と再び5番に入れ直したが、結果としてネネは出場したし、かなり頑張っていた。

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2007年12月 9日 (日)

復活歌舞伎チャンネル

あれほど夢中になって録画しまくっていた歌舞伎チャンネルを、1011月と完全に休んでしまった。これまでは、自分が見た月の演目をほとんど全部録画していたのだが、一般番組との調整が面倒だったり、整理する時間がなくてたまるいっぽうだったり、それに何より、やっぱり本物の舞台に優るものはないなという気持ちが強くなったのだ。そう思ったら虚脱感というか、送られてくる番組表にも目を通さなくなった。

だけど、昨日、どういうわけか再び歌舞伎チャンネル熱が復活して、開封もしていなかった番組表を急遽開き、録画予定番組に赤丸をつけ、早速予約した。毎年12月はデジカメニュースを1年分やってくれるのだが、遅かりし由良之助、20本のうち最初の3本はもう放送が終わってしまっていた。それから、今度は、自分が見ることのできなかったお宝映像とか、たとえば昭和40年代とか50年代の、もう既に鬼籍に入られた先代や先々代の映像とか、そういうものを狙っている。今月は孝夫時代の仁左様さまの与兵衛(「女殺油地獄」)が私にとっては最大のメダマかな。あとは「芸に生きる」の新作。

今は、なんと昭和43年の「山科閑居」を録画中。

というわけで、またハードディスクの容量オーバーしそう。

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2007年12月 8日 (土)

恐れを知らぬ三谷幸喜・その1

「恐れを知らぬ川上音二郎一座」を見てきた。
今、締め切り目前の仕事が山のようにあって…。
そこで、一言だけ。
<
恐れを知らぬ三谷幸喜>、あんなこと考えつくなんて!! さすがと唸った。
あ、もう一言。
脇の役者さんたちがうまい。この人たちあっての音二郎一座だろう。
しつこく、もう一言。
蜷川が歌舞伎で得たものを後の芝居に応用しているように、三谷幸喜にもそれがみられた(と思う)。
で、こんな手抜き感想ではなく、もう少しじっくり書きたいのですが、それは仕事をきちんと終えてからにします。
<
上演時間>190分、休憩20分、第290
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←当日券待ちの列


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2007年12月 7日 (金)

いよいよ開幕クラブW杯

今日のクラブワールドカップ開幕戦、チケットは持っていたのだが、風邪、仕事、家庭のトリプル事情で、断念。幸い代わりに行ってくれる人が見つかり、気は楽になった。

自宅で、前半は父と食事をしながら観戦(サッカーなんて普段はほとんど見ない父にも試合はおおむね理解できる。サッカーってわかりやすいスポーツなんだ、だから面白いんだ)、後半はのんびりもしておられず仕事しながらTVを聞く状態。下馬評どおりセパハンが圧倒的に強い、一方的になりそうかなと思ったら、後半、俄然ワイタケレが盛り返してきた。最初はセパハンを応援するつもりでいた私も、判官びいきというか、早いうちにセパハンが2点取った時点でワイタケレ側に寝返った(国立の観客のワイタケレへの声援も大きく聞こえてきた)。必死で攻めるその姿に、仕事の手を休め拳を握り締めることもしばしば。力が入ったなあ。ワイタケレは初出場の緊張感から解放される前に決められちゃったのが残念だったな。でも1点取れてよかった。

ここ何年か、毎年のように「日本でやるのは今年が最後」と言われてきたこの大会だが、世界の最強クラブチーム同士がぶつかる試合は本当に面白い。これからレベルが上がるにつれてもっと面白くなるだろう。こんな素晴らしい大会がはるばる海外へ出かけることなく見られるというのは、なんて幸せだろう。12月という開催時期のため、なかなか全試合を見に行くのはむずかしいが、今年は3試合観戦する予定である。

さて、世間はレッズがミランと対戦することが決まったかのように浮かれているけど、レッズの前には今日ワイタケレを倒したセパハンが立ちはだかっていることを忘れないでほしい。そんな大事な試合に、レッズは大事なポンテを負傷で欠く。リーグ戦でも坂を転がり落ちた。選手の負傷の多さ、優勝できなかった原因など、言いたいことはい~っぱいあるけれど、今そんなことをぼやいても仕方ない。10日はとにかく全力でセパハンを倒してくれ~っ!! 気持ちだよ、気持ちを入れて戦ってくれ~!! 私だってミランとの試合を見たいんだよ~。

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笑って泣いた無償の愛:トリツカレ男

125日 「トリツカレ男」(サンシャイン劇場、14時の部)

笑った。そして泣いた。

芯にあるものは、ちょうど2年前の今頃やっぱり笑って泣いた「クロノス」と同じだと直感した。1人の女性を好きになって、その人のために無償の愛を捧げる。その人に幸せになってほしいから、その人の笑顔が見たいから、そのためには何でもできる。その姿はまるで滑稽だけど、最後にはその真摯さに打たれる。

最近、あまりに色々芝居を見るから、キャラメルボックスはどうしようかなと思っていたとき、次の公演は「トリツカレ男」だと。そのタイトルに惹かれ、やっぱりチケットを買ってしまった。

そして、笑い、泣いた。見てよかった。

トリツカレ男・ジュゼッペ(畑中智行、一生懸命ぶりがかわゆい)は、しょっちゅう色んなものに夢中になる。取り憑かれるのだ。でも、彼女・ペチカ(岡内喜美子、「クロノス」でも無償の愛を受ける女性役だった)への思いは、トリツカレているのとはちょっと違うんじゃないかなあ。取り憑かれたものは、どこかで剥がれ落ちると思うのだ。だから、次々色々なものに夢中になるんじゃないのかしら。でもペチカに対する気持ちはきっと永遠のものでしょう。だからトリツカレ男はそのニックネームを卒業したんだ、きっと、彼女への愛によって。そしてペチカはペチカでタタン(西川浩幸、この人が出るだけで芝居が良くなる)に取り憑かれていて、ジュゼッペの愛によりそれから脱け出すことができたのだ(ここ、泣いた)。

芝居って、体力がいるものだなあと常々思っているが、この舞台の運動量も凄まじい。スマートなドタバタ風、飛んで跳ねて、走って滑って、歌って踊って、大きな声でセリフを言って。

人物造型もよくできていたし、キャラメルの良さが集約されたクリスマス公演に相応しい舞台だったな。

カーテンコールの挨拶で、「アンケートにご記入ください。とくに、皆さんが今取り憑かれているものを読むのがとっても楽しみなんです」と言う出演者。私はアンケートは出さなかったけれど、何に取り憑かれているのかなあ。歌舞伎なのかなあ。でも、歌舞伎は取り憑かれているっていうのとは違うような気もするなあ。だって、歌舞伎への気持ちはトリツカレじゃない、愛だもの。

<上演時間>120

おまけ1原作は、いしいしんじ「トリツカレ男」。まだ買っていないが、いずれ蔵書に入れようかなと思っている。

おまけ2終演後、1回限定50個で芝居にちなんだほかほかパンを販売している(数が少ないから、お1人様1個にしてほしいそうです)。とってもおいしそうだったけれど、持って帰ったらほかほかじゃなくなっちゃうよなあ、と諦めた。

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2007年12月 6日 (木)

美容院にて

まだ残る風邪と伸びた髪の毛のせいで重くなった頭にガマンができず、美容院に行ってきました♪

カラーをやってもらいながら、シャンプーしてもらいながら、寝ました(仕事で超お疲れということになってる。芝居ばかり見ているのは内緒)。

女性週刊誌もざっと読みました(大判のおも~いお洒落雑誌は苦手。親指と人差し指の間が痛くなって持っていられなくなるから)。小栗旬クンと前田知洋さんの記事がありました~❤ 

持っていった文庫本も少し読みました。

シャンプーの時、「ここが洗い足りないです」って、今日もまた言えませんでした (^-^; 一説によると、大阪の人はそれが言える(あるいは言う)けど、東京の人は言えない(あるいは言わない)んだって。だいぶ昔にそういう検証(?)番組を見たことがある。でも本当なのかな。結論ありきの調査だったんじゃないかという気もする。

年をとってコシの弱くなった髪の毛は、伸びるとただただ重いだけ。スッキリしました。

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2007年12月 5日 (水)

緊張の15分

今日は浅草歌舞伎の発売日。今回は遠来の客を連れて行くので、いつも以上に緊張した。ゴールド会員だから、取れないことは絶対ないとは思うものの、やはりドキドキする。

まずは10時を忘れないようにとアラームを954分と56分にかけ(緊張してると逆に忘れそうで)、先にログインだけすませておいた。そして959分、117の時報を聞きながら、1020秒、購入サイトにアクセスしたら、まだ画面が切り替わっていない(毎月、同じことの繰り返し。私のアクセスの仕方が悪いのかなあ)。

戻ってやり直すと、今度は発売画面に切り替わっていたから嬉々としてクリックしたら、緑色の帯が真ん中に凝縮された画面になってしまった(混雑してる、ってことらしい。これが出てくると、ガクっとする。毎月少なくとも23度は悩まされる)。仕方ないから再び戻ったが、ヘタをすると「サーバーがみつかりません」になってしまったりするから、怖くて怖くて。

そんな弱気でどうする。姿勢を正し、気合と熱意で、やり直すこと2回。ああ〜つながったぁ!!

早速希望日をクリック。そうか、浅草は座席表が自動で出てこないのね。番号を見て座席はわかるけれど、何しろ緊張のため頭の中が白くなりかけているから、確認のために震える手で慌てて「浅草公会堂 座席」でグーグル検索(浅草は<お気に入り>に入れてなかった)。よし、まあかなりいい席と言えるだろう。

さて、恐怖はまだ続く。送信時点でのエラー。これまでに何回あったことか。送信ボタンに祈りをこめてぽちっ。よしっ、無事に操作完了。安心した途端に、胃が痛み出した(遅いっつうの)。

毎月そうだが、10時も20分くらいになると、余裕で入れる。アクセスが集中するのはわずかの時間なのだ。それがわかっているなら、それまで待ちゃあいいのに、それができない。

次は10日か。ふ〜っ。

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2007年12月 4日 (火)

12月の憂鬱

今に始まったことじゃないけれど、11月末あたりからとくに12月に入ると、年の瀬の慌しさを実感する。車の通行量も気のせいか、増えたような気がする。

デパートに行けばお歳暮・クリスマス商戦、スーパーではもう鏡餅が山積みされている。日本の場合、クリスマスがすんだと思ったら1週間後にはお正月だから、ケーキが片付けられた翌日には大半の食品がお正月バージョンに変わる。

私は今の時期が一番嫌いである。自分の中では普段と何も変わらないのに、流されやすい私は世間のそういう慌しさに煽られて、脳が心がプチパニックを起こすのである。何も今やらなくてもいいことを、ああ、1年が終わるんだから早いとこやっちゃわなくちゃ、と自分で自分を追い込んでしまう(まだ12月になったばかりだというのに)。ただでさえそういう状態なのに、スーパーの食品がお正月バージョンになった途端、明日にも正月がやってきそうな恐れを抱く。買いだめする必要なんかないのに、頭にはあれもこれもと、今から買い物メモが次々浮かぶ。

そこへもってきて苦手な掃除の集大成、大掃除が待っていると思うと憂鬱になる。ここ何年か大掃除をサボったので、今年はそういうわけにはいくまい……。

ぐっちゃぐっちゃの脳。動きたくない身体。

でも、この時期、楽しみなことが一つある。街の人波の中でも、帰宅途中の近所の民家でも、目を楽しませてくれるイルミネーションだ。うちでも一時期やっていたが、何となく面倒くさくなってやめてしまった。今はよそ様の飾りで気分を味わっている。

今年のシャンゼリゼは青い光で、雨みたいにそれが降るようになっているのだそうだ。

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コンコルド

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2年前のシャンゼリゼ

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2007年12月 3日 (月)

さんざんな出勤

通常ならやっと起き出す時間に家を出て(夜光虫じゃない夜行虫だから、朝は遅めなのです)、仕事を提出すべく神保町に向かった。

★目覚めたらラッシュ
南北線は絶対座るつもりで、某始発駅で粘った。爆睡してふと気付いたのが、乗換駅永田町より
2つ前の市ケ谷。うわっ!! 目の前に誰かのカバンが迫ってる。誰かのコートの裾が迫ってる。超ラッシュだぁ! 足場もしっかり獲得できずに立っている方には本当に申し訳ない。私が乗ったために今日約1名、座り損ねちゃった。そう思うと、覚醒して平然と腰掛けているのは何とも肩身が狭い。でも、再眠したら絶対寝過ごすから、小さくなって2駅やり過ごした。

★降りられるかしら…

それはそれとして、通勤に慣れない私は、永田町で大勢降りるのはわかっているけれど、果たしてちゃんとその流れに乗れるかしらと、ちょっと心配になった。第一、前に立っている人がこちらに向かって斜めに刺さりそうな体勢の中、私、立ち上がれるんだろうか……。

永田町に着く少し前に、バッグを持ち直したりして、「次、降ります」ってポーズをアピールしておく。そして何とか無事にホームに押し出された。と、ここまではよかったのだ。

★失敗への道

<乗換案内>で、半蔵門線への乗換時間は3分だと出ていた。普段なら余裕だけど、こんなに人が多いと間に合わないかも。そこで半蔵門線のあのなが~い下りエスカレーターへダッシュ。当然、歩行側の列につく。それなのに全然動かないゾ。なんだなんだ、誰か立ち止まっているのかぁ? せっかちな私がイラつきかけてきた頃、列が動き始めた。車の渋滞と同じ原理だ。

★気付くの遅いっ:ファーストパンチ
隣のエスカレーターでは怒涛のように人々が上ってくる。で、ちょっと下を覗くと、ホームの両側に電車がいるいる。前の人について駆け下りながら、「あれっ、どっちの電車に乗るんだっけ
??」。行き先案内板を見ても、なぜかピンとこない。脳の中でこれまで何回も乗り降りしたホームの構造を瞬間的に考える。え~と、一番前だっけ、後ろだっけ。ああっ、わからん。ええいままよ。もう脳を回転させている時間はない。閉まろうとする電車の一番後ろに飛び乗った。途端、「→半蔵門」という矢印が目に入った。逆じゃあ~~っ!!

ああ、バカな私。何やってんの。しょっちゅう乗ってるのにぃ。何のために急いだのよ(急いてはことを仕損ずる)!! 青山一丁目で降りてすごすごと反対ホームに行ったけど、もし誰かが私の行動見てたら、カッコわりぃ~(自意識過剰だって)。

★遅延のダブルパンチ

で、電車を待っていたら、なんと「ただ今、半蔵門線は遅れております」!!うわああ、失敗したぁと頭を抱えたら、意外に早く来たその電車はドアが開いても私1人入る余地もなく、そう、まるでサッカー終了後浦和美園駅で出発時間を待つ埼玉高速鉄道のようだ(わかる人にはわかる譬え)。他のドアにしようかと身体の向きを変えたとき、内部の人垣が割れるのが見えた。奥のほうから誰かが必死になって入り口にたどり着いた。自然、扉口の何人かが外に押し出され、「ドアしまり~す」「発車しま~す」のアナウンスに、こっちはまだ乗降すんでないんだよと心の中で毒づきながらも、おかげで私は車内へ。ところがああっ、足は入ったものの、お尻から上が…。早くドア閉まって~。ヤバイ。ドアにコートが引きずられてる。足を踏ん張りながら、背中にも集中し、どうにか弾き飛ばされることなく、かつ引きずられることなく納まったが、あれえ、なかなか発車しない。ドアが閉まりきってないのだ。何となく車内の空気が殺気立ってきている。え、私のせい? と思ったら、駅員さんが飛んできた。どうやら誰かのカバンが挟まれて動きがとれなくなっていたらしい。

電車の遅延は、東急線内で急病の乗客救出と、どこかで信号故障があったためだということで、45分遅れだと言っていた。永田町に戻ったら車内の半分くらいの人が降りる(どこにそんな大勢の人がいたの、っていうくらい吐き出されてくる)のに、また同じくらいの人数が乗ってくる。でも、多少は数に違いがあるのだろう、心持ち隙間ができて、それが次の駅でも繰り返され、少しずつ身動きができるようになる。

毎日通勤している人は、きっと毎日こんなもみくちゃなんだろうな(お疲れ様です)。私は運の良いことに、小学校から会社まで、すご~いラッシュって経験したことがない。おまけに通勤から解放されてン十年が経つ。そういう慣れない人間がまごついたりして人の流れを乱したら悪いと思うから、今日はちょっと緊張した。

ところで、なぜ私がそんなに早く家を出て、時間を気にしていたかというと、10時半に歯医者の予約が入っていたから。ムダな間違いはしたけれど、仕事を出して、トンボ帰りの今度は半蔵門線を避けて都営地下鉄経由、実にバッチリ間に合ったのでした。

おまけ:朝の天気予報で、昼頃から雨と言っていたのに、神保町に着いたときにはもうポツポツきていた。その数分後には傘はなくても歩けるものの、けっこう大粒の雨に打たれた。

初冬の桜、あるいは都会の紅葉

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初冬の桜、あるいは冬支度

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2007年12月 2日 (日)

とりあえず

0712021kabukiza 122日 12月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)

せっかくの初日昼の部、体調不十分でイマイチ集中できなかった。昨日の<反省会>では極力アルコールを抑え、早く帰宅したのに、風邪がぶり返した感じで、結局今日もマスク美人(どういうわけか、芝居が始まって少し経つと咳の発作が起きる。本当にこれには参る。周囲に迷惑をかけていると思うから肩身も狭いし)。

補助椅子が出るほどだった客席もやけにざわついていて、集中を欠いたのはそれも多少影響していたかも。とくに花道に役者さんが登場するとお喋りのトーンが高くなる。それもあっちからもこっちからも。セリフがなくても芝居は始まっているんだし、セリフが途切れても芝居は続いているんだけどな。

そんなわけで、今日は感想はざっと。

「鎌倉三代記」は、合計すると3分の1は意識を失ってしまったように思う。三姫で見ていないのはこれだけだったから、ちゃんと見るつもりだったのに。まあ、周囲でもご同様の方がけっこういらしたけど。「信濃路紅葉鬼揃」では、玉さまと春猿さんが群を抜いて綺麗。海老ちゃんも美しかった。玉さまは鬼だとやっぱりちょっと華奢すぎる感じかな。席が少し遠いせいもあって、鬼に変身した美女たちは誰が誰だかよく見分けられなかった。右近、猿弥、弘太郎さんの3人はほんのちょっとだけで引っ込んじゃって残念。「筆屋幸兵衛」は、鶴松クンがすごい良かった。姉娘らしくしっかりしていて、けなげで情があって。もちろんもともととても上手なんだけど、こういう役もこなせるんだと感心した。妹娘の須田あす美ちゃん(だと思う)もとても上手で、この2人は泣かされた。小山三さんのお元気な顔も見られる。最後の「来年はいい年になるぜ」で、客席、なるほどと納得。

昼の部は後日もう一度行くので、そのときには体調を整えておかねば。

<上演時間>「鎌倉三代記」83分、幕間30分、「信濃路紅葉鬼揃」60分、幕間15分、「筆幸」90

反省をこめて:仕事と体調と年齢を考えて、来年からは歌舞伎以外の芝居はなるべく減らそうと決意をしたにもかかわらず、3月までにもう5本も入れてしまった。多分今月からは新しい仕事も増えるというのに、どうするつもり……

そんなわけで、歌舞伎衣裳展を諦めた帰りの銀座上空

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2007年12月 1日 (土)

ぽろり

連敗ストッパー伝説は生きていたか。
私は今日はスタジアムには行かなかったし、仕事が山のようにあり、先制点を決められたところで、心を鬼にしてTVを消した。スタジアムのサポーターと同化してTVの前で声を嗄らして応援できなかったのは、内心忸怩たるものがある。
正直言って、鹿島に負けた時点で優勝は難しいなと思っていた。天皇杯で愛媛に負けた時は、さらに難しくなったなと思う反面、横浜FC戦にその教訓を生かすことができるかもしれないとも期待した。
試合を見ていなかったのでなんとも言えないが、選手たちの疲れがここに来て噴き出したのだろうか。あるいは落ちかけた勢いというのは止められないものなのだろうか。
アジアチャンピオンがJリーグチャンピオンでないというのは何とも拍子抜けする。勝者は貪欲だ。すべてのタイトルを独り占めしたい。だけど、他のチームはそうさせじと頑張る。鹿島しかり、愛媛しかり、横浜FCしかり、だ。追いすがるそういうチームを蹴散らして(言葉は悪いが)タイトルを独占するのが真の王者だろう。レッズはまだまだ真の王者からは遠い。
でも、敗戦から学ぶことは多々あるはずだ。それに私たちの希望はまだ1つ残されているではないか。クラブチームワールドカップに全力を注ぎ、この悔しさをそっちで晴らしてほしい。
この後、祝勝会変じた反省会へ出かける。気は重いが、スタジアムまで応援に行ってくれた仲間たちをねぎらうつもりだ。大勢のレッズサポ(今朝、仕事に行くのに9時前に電車に乗ったが、もうスタジアムに出かける人がいた)も、ありがとうございました。

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