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2007年10月

2007年10月31日 (水)

待ってました、亀ちゃん!!

1030日 松竹大歌舞伎(浅草公会堂 15時の部)

0710301asakusa_4 今月最後の歌舞伎は、待ちに待っていた亀ちゃん!!

11時の部を見た方から補助席が出ているという情報をいただいていたが、実際、公会堂に着いたらあまりの人の多さにビックリだけど、亀ファンとしては嬉しい限り。

「奥州安達原」。亀ちゃんで見るのは去年の亀治郎の会に引き続き2度目、その前の吉右衛門・福助さんも含めると3回目だけど、とても新鮮だった、そしてとても面白かった。久しぶりに見て、忘れている部分もずいぶんあったせいかもしれない。いや、大半は覚えているのだけど、細かい部分で、え、こんな場面あったっけ、っていうことが時々。それに去年は意外に泣けなかったのに、今回は泣いた。

まず、花道もどき(せっかく花道を設置できる会場なのに、座席数を増やすためか、花道はなかった。ジレンマだねえ)からの出で、もう哀れさにウルウルした。お君が自分の着物を脱いで袖萩に着せ掛けるところ、それを知った袖萩が泣きながらお君を抱きしめるところ、浜夕が自分のうちかけを投げてやるところ。親子3代の愛情がひしひしと感じられるこの一連の展開には、涙がぼろぼろこぼれた(泣いていたのは私だけ?)。

出演者全員が丁寧に演じており、しかも主な役どころは源義家とお君を除いては去年と同じメンバーで役がちゃんと手に入っていて、安心して見ていられる。直方の段四郎さん(娘の父親ってこういうもんだろう、ってよくわかる)も、浜夕の竹三郎さん(こういう役は実にうまい)も、義家の門之助さん(品位と人としての大きさを感じた)も、宗任の亀鶴さん(好きですっ)も、お君の谷口可純ちゃん(可愛い、いじらしい。お君は下田澪夏ちゃんとダブルキャストだが、可純ちゃんも歌舞伎にはよく出ているから、さすがにうまい)も、み~んないい。

袖萩が自らの胸に短刀を突き立てて苦しんでいる間に、亀ちゃんは阿部貞任に変身していた。線の細さはどうしても否めないのだが、そこをカバーしようとしている様子は十分に感じられた。考えてみれば、袖萩と貞任の2役を演じるということは、2人の人物というだけでなく、お君の母親と父親を演じるということでもある。となれば、袖萩は母であると同時に娘でもあるから、これに父親も加えて亀ちゃんは3つの心情を演じ分けなければならない。私にはその心情が強く伝わってきて、泣かされたのにはそれもある。

それにしても親と子を厳しく分ける小さな枝折戸ひとつの何と大きく高く重いことよ。

「吉野山。真っ白な雪の世界に展開する緊迫した空気の「奥州安達原」とは打って変わって、満開の桜の明るい場面にほっとする。梅枝クンの静御前が品よく美しい。そして亀ちゃんの踊りの素晴らしいこと。動きの一つ一つに狐の心が感じられる。躍動感に溢れ、ドラマが見える。梅枝クンとの踊りもきれいで思わず見とれた。逸見藤太の薪車さんもちょっとまだ動きが硬いような気もするが、ユーモラスで楽しかった。風林火山がらみのセリフは受けた。

見ているときは、たくさん書きたいことがあったのに、なぜか全部飛んでしまった。終演後、どこかのおばさまが「安達原が終わった後帰ろうかと思ったんだけど、帰らなくてよかったわ~」としみじみおっしゃっていたのが、私の気持ちを表している(もちろん、私は帰るつもりは最初からありませんでしたが、よかったわ~という気持ちとして)。

私は猿之助さんの舞台は大人になってから見たことがないからよくわからないが、全体的として、亀治郎さんが猿之助さんに近づきつつあるような気がした。

<上演時間>奥州安達原95分、幕間25分、吉野山58

0710302asakusa_5 おまけ1なんと、安達原の最中にどこかで携帯の呼び出し音が。それも2回も。同じ携帯のようでしたよ。あ~りえねぇ~(怒)。

おまけ2今日の席は前のほうではあったものの、思い切り上手側。残念なことに、「奥州安達原」の芝居はほとんどが下手で行われる。とくに袖萩は、下手から動かないし、舞台に座ったままの姿勢がほとんど。なのに、斜めに見ている私の視線の先にかなり姿勢のよろしい方が…頭と頭の隙間から覗くようにしないと見えず、首がす~っごく疲れました。「吉野山」では、そういうこととは関係なく、立雛の男雛のお顔が見えなかった(泣)。とまあ、舞台は非常に見づらかったのだけれど、浄瑠璃の山台がすぐ近くで、迫力たっぷり。演奏の合間に三味線の弦をちょっと直すなんていうところも見られて、それはそれなりに興味深いことであった。

おまけ3亀ちゃんが自分で解説をしているというのでイヤホンガイドを借りたのに、開演前と幕間の解説では、周囲もざわついているし、私自身もあちこちウロウロして集中できずで、結局亀ちゃんの声を聞いただけ、というはずし方。かえすがえすも残念。

おまけ4段之さん、イメチェン?「吉野山」の後見をしてらしたけど、一瞬わからなかった。

おまけ5日生劇場「風林火山」のチラシ、get!!  松竹の一般発売は12月19日。4月の舞台なのに、年内に予定立てなくちゃならないか。早いなあ。勘三郎さん、来年3月「春暁特別公演」のチラシもget。3日、4日はゆうぽうとホール、5日調布グリーンホール、6日グリーンホール相模大野、7日千葉文化会館。一般発売は12月1日。これって松竹の扱いがあるのかどうか不明。風林火山のほうは、プログラムにも掲載あり。それから、浅草歌舞伎、去年と同じメンバーに亀ちゃんがcome back

0710303asakusa_3 おまけ6帰りに、公会堂隣の天麩羅屋で食事した。開演前に通ったら行列ができていたから(夜はすぐ入れた)。ガイドブックに載っているのか外国人のお客さんも多い。ネタが大きく、衣がけっこう厚い割には油もたれせず、おいしくいただきました。3時開演、6時終演というのは、前も後も慌しくなくてありがたい。

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2007年10月30日 (火)

今度は勘三郎さん:ますます楽しみな来年

昨日たまたま聞いていたラジオに、勘三郎さんが出ていらした。わずか数分しか聞くことができなかったのが残念だったけど、心惹かれる情報が。

今年の夏ニューヨークでやった英語の歌舞伎を日本でもやりたい。「でも、日本人のお客様の前で英語でやったら気障でしょ、だからパスポートを持った方(この場合、外国人のこと)限定でやってみようかと思ってる。来年1011月、浅草寺に中村座をたてるから、週に1回くらいやってみたい」っておっしゃっていた(正確な再現ではありません)。

勘三郎さ~ん、外国人の方限定なんていわずに、私たちにも是非是非見せてくださいませ~。

あと、来年はベルリン公演も予定されているそうだ。ますます意欲盛んな勘三郎さん、くれぐれもお体お大切に。

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ドラマチックドキュメンタリー:北極のナヌー

1029日 映画「北極のナヌー」
厳しい北極に生きる動物たちのドキュメンタリーではあるが、ストーリー性も情緒もある映画だった。ドキュメンタリーというジャンルは演出された作品までも含めて考えてよいようだ。以下、思い切りネタバレします。

さて、題名にあるナヌーとは、北極熊の女の子の名である。春、ナヌーと双子の弟は巣穴から顔を出し、きょろきょろと外の世界を覗く。熊の母子は6カ月間、何も食べずに穴の中でじっとしていたのである。彼らは食べ物を求めて旅に出る。お母さんの後を追いながら無邪気に双子の弟とじゃれあう姿はそれこそぬいぐるみ。ナヌーはとても積極的で好奇心旺盛な女の子なのだ。それに引き換え弟のほうはおとなしく、ちょっと頼りない。

熊たちの狩場は氷のあるところ。氷の下にいるアザラシがごちそうなのだ。しかし、北極は近年温暖化が進み、氷が溶けて、彼らの狩場は減ってきているのだそうだ。無知な私は、「北極の厳しい自然の中で」なんていわれると、<厳しい>のは寒さのことだとばかり思っていた。確かに寒さも<厳しい自然>には違いないが、そうか、寒くないと北極の生物は生きていけないのかあ、と初めて知った。さて、そういう厳しい環境の中、母熊はやっと1頭のワモン(漢字で書くと輪紋だろうか?)アザラシを襲うことに成功する。アザラシは氷の下のせま~い空間にひたすら隠れて難を逃れようとするのだが、それを敏感に察知した熊は氷を両の前足で思い切り叩き割る。その迫力ったらスゴイ。

一家には飢えだけでなく、多くの脅威が待ち構えている。飢えに耐えかねて、どこかのオスの熊の獲物を分けてもらおうとすると、オスは容赦なく襲ってくる。時には子熊がオスのエサになってしまうこともある。ブリザードも恐ろしい。ナヌーの弟は基礎体力がなかったのだろう、ブリザードの中で倒れてしまう。お母さんとナヌーは氷と雪の上に横たわる弟の身体を必死で温める。でも、ついに弟の命の灯は消えてしまった。小さな弟のそばを離れがたい母と姉。でもいつまでもそこにいたら自分たちも危険である。後ろ髪を引かれる思いで、母と姉はそこを後にする。人間と同じ情が通うこういう描写は、やっぱり泣ける。オスの白熊に食われて死んだのでないだけよかったと考えるべきなのだろうか、あるいは同じ死ぬなら誰かの役に立ったほうがよかったのだろうか。厳しい自然の中ではそんな酷なことさえ考えてしまう。

環境の変化が早いことに危機感を覚えた母熊は、予定より早くナヌーを突き放すことにする。もうナヌーを養っていけない、別々にならなければ共倒れになるからだ。しかし、早すぎる別れのために、ナヌーは狩の仕方も教わっていないのだ。ナヌーは氷の張らない海を渡り、岩場へとたどり着く。

この映画は、ナヌーの生活を追ってはいるのだが、もうひとつ、セイウチの一家の様子も描いている。セイウチの生態なんて全然知らないだけに、これがとても面白い。どちらかというと、この映画、こっちに重点があるんじゃないかと思ったのは、そのせいか。

ナヌーが生まれたのと時を同じくして、セイウチの赤ちゃんシーラ(こちらも女の子)が生まれる。セイウチの出産はあまり頻繁でないらしく、赤ちゃんは群れの中でとても大切にされるのだそうだ。興味深いことに、赤ちゃんには子守がつくのだ。母親と子守が2人(?)でシーラを育てる。セイウチというのはとても大人しい動物だそうで、氷の上で集団で生活している。食べ物は2枚貝で、1頭が一度に4000個も食べるという。4000個ってすごい数だとは思うけれど、でもあの大きな身体をそんなもので維持していけるのかしら。セイウチたちは見つけた餌場で、貝を獲り尽くすことはしない。数年後に再びそこで繁殖した貝を食べるためだ。満腹になって氷の上に戻ったセイウチたちはさかんにおならをする。重なり合うようにして寝そべっているセイウチは、鼻先に別のセイウチのお尻があることもしばしば。「うっ、くさっ」というような表情がなんともユーモラスだ。

北極の温暖化はセイウチたちの生活の場も奪う。薄い氷の上では生活できなくなり、彼らは海を渡り岩場も見つけてそこに棲むことになる。ある日、オスの白熊がセイウチたちを襲った。逃げ遅れたシーラは白熊につかまってしまう。それに気付いた子守は岩場に戻り、果敢にも白熊に戦いを挑み、シーラを救う。だが、彼女は白熊の餌食になってしまった。身を挺してシーラを守ったこの子守は、ブリザードの時もがんばった。荒れ狂う波に群れからはぐれてしまったシーラを母親と子守は必死で探す。そして、遠く離れた海でついにシーラを見つけるのだ。

ナヌーは1人で、シーラは群の中で成長し、8年後どちらもかつて自分が生を享けたように、子供を儲ける。ナヌーの子はやっぱり男女の双子。これからナヌーはシーラが辿った以上に厳しい生活が子供たちには待ち受けているのかもしれない。それでも、彼らは生き、子孫を作らなくてはならないのだ。

食うものがいれば食われるものがいる。食われる側が逃げおおせれば食う側は飢える(自然の中で生きる動物って、どこまで飢えに耐えられるのだろうか)。それが自然の掟なんだよなあ。そこには人間の感傷なんて入り込む余地はない。映画の作りのせいか、あるはナレーションのせいか、時にそういう感傷も呼んだけれど、最後は何か粛然とした気分がして、背筋が伸びた。
映画は一体どうやって撮影したのだろうという場面ばかりだったのだが、もうちょっと詳しく見たいなあと物足りなく思う場面も多々あった。たとえば、この映画では、白熊でもセイウチでもオスがあまり出てこない。白熊のほうは一家の危険のもととして登場する程度、セイウチに至ってはわずかに愛の歌を歌うあたりに出てくるだけ。セイウチはあれだけ何百頭(1つの群は数千頭から成るらしいが、映画ではせいぜい何百頭という印象を受けた)も一緒に暮らしているんだからオスだっていそうなものなのに、子育てにも関与していないし、オスの存在感が薄い。

それから、セイウチって見張りがいないのかしら。危険が迫ってきたって、あんな大きな身体のセイウチが何百頭も一斉に海に逃げ込むなんて不可能だ。長い牙が2本あり、岩に登るのも下りるのも、小さな前ひれだけで大きな身体を支えなくてならないのに、なんかセイウチってノンビリしている。

他の動物:冬、北極熊の行くところにはある動物が付いて歩く。ホッキョクギツネだ。ご馳走を分けてもらうのだ。クマとキツネの共生がちょっとユーモラスな感じ。でも泳げないホッキョクギツネは、熊が海の向こうへ渡ってしまうと、ただ黙って見送らざるをえない。そのほか、イッカクが出てくるのが珍しい。

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2007年10月29日 (月)

笑って泣いて――鹿芝居

1027日 中席千穐楽その2(国立演芸場)

0710274engei 「芝浜革財布。鹿芝居と芝居の題名がいっしょになって、つい「鹿浜」と言ってしまいそうになる。元々は落語の「芝浜」だから、噺家さんが演じて面白くないわけがない。配役は次のとおり。

魚屋政五郎:金原亭馬生

女房おたつ:林家正雀

桶屋梅吉:金原亭世之介

大工勘太郎:古今亭菊春

錺職金太・若い者:金原亭馬治

豆屋八兵衛・若い者:金原亭馬吉

指物師源次・若い者:林家彦丸(彦丸さんは落語は馬吉さんと日替わり。26日が彦丸さんだったらしい)

家主半兵衛:蝶花楼馬楽

財布を拾った政五郎が自宅へ戻り、女房といっしょに中を見ると、二分銀ばかりがぎっしり入っている。政五郎は「お前、数えておけ」と言って、自分は着替えだかなんだかする。おかみさんは床に薄い布を敷いて、その上に二分銀をあけ、「ちゅうちゅうたこかいな」と数え始める。そのあまりの金額におかみさんの手はぶるぶるぶるぶる震えている。

ふふふ、どこかで見た情景でしょう。へっへへ、つい1週間前、歌舞伎座で玉様がやっていたことですよ~。私、嬉しくなって、きゃっきゃっ笑ってしまった。

鹿芝居だから、間にお楽しみもある。政五郎が五十両を拾って長屋の連中に大盤振舞いをする場面、まずは馬治さんと彦丸さんの踊りがあり、それが終わると、なんとビリーが登場。もちろん本物のビリーなわけはない。大工勘太郎のはずの菊春さんが顔を黒く塗って体操着っぽい扮装で、ブートキャンプの中でもお馴染みの運動を長屋の連中にいくつか指導。菊春さんのあまりのおかしさに客席はみんな笑い転げている。

しかし、「芝浜」の話に洋モノは合わない、何か江戸前の芸をということになり、じゃあっていうんで世之介さんが三味線を取り出し、ちちんしゃんと弾き出したと思う間もなく、別の音楽が流れてきた。三味の手を止め、その音楽に合わせて歌いだす世之介さん。歌は、かの「千の風になって」。朗々と気持ちよさそうに歌う世之介さんの上手いこと。ひょっとして秋川雅史の声に合わせた口パクかと思ったくらい。そのほかに使われたギャグは「そんなの関係ない」と「欧米か」。「欧米か」は歌舞伎でも聞くことがあり、使いやすいギャグなんだなあと改めて思った。それにしても、「千の風」は太田光をはじめとして今やお笑いネタの定番になってしまった感がある。

大盛り上がりした後、これも恒例(?)、客からのお題で解く謎かけ。私は「亀田」って叫ぼうかと思ったけどちょっと下品なお題かなとためらっているうちに、後ろのほうから「赤福!」という声が。一同苦笑する中、早くも世之介さんが「ママさん合唱団と解きます」。その心は「どちらも<こおらす>」。ママさん合唱団という時に、はじめ世之介さんがなんか回りくどい言い方をしていたから「ママさんコーラスでしょ」と心の中でツッコンでいたら、心が<こおらす>じゃあ、<ママさんコーラス>とは言えないな、と納得。菊春さんは解くことができず、世之介さんだけで終わりかと思ったら、酔って居眠りしていたはずの政五郎(馬生さん)が手を挙げ、「国会議事堂の中」と解く。心は「いろいろな<あん>でもめています」。

もう一つお題を、といって「年金」という声がかかったのに、なぜかそれは誰も解かず終わってしまった。

2幕目。立派なお店を構えるようになった魚屋で、下働きの若者たちが一口駄洒落小噺合戦みたいなのをしているところへ世之介さんが登場。先ほどお客様からお題をいただいたのに放ったらかしにしたのは噺家にあるまじき行為と怒られた、とかで「年金とかけて国立演芸場と解く。その心は<老後の楽しみ>」。私も、もう老後かもな。

と、そこへ今度は白塗りの菊春さんが出てきて、「自分も何か役をやりたい。團十郎で与三郎をやる」と。まあ團十郎さんの特徴を捉えていないではないが、そこは菊春さんのことだから。で、世之介さんが、團十郎さんは与三郎はやらないが、やるならこうだろう、と手本を見せる。世之介さんの團十郎は菊春さんのとは微妙にちがって、やはりそれらしくて上手い。この後、菊春さんが同じ与三郎を海老蔵式、猿之助式でやり、團十郎さんと海老蔵さんはほとんど同じだから、そのヘタクソぶりを世之介さんに叱られる。世之介さんが猿之助で与三郎の手本を見せたが、猿之助さんをあまり見ていない私にはこれはよくわからなかった。

とまあ、こうしたおふざけが終わったあと、芝居は佳境へ。おかみさんが政五郎に、3年前五十両拾ったのは夢だったと思わせるウソをつき、ずっと騙し続けてきたことを詫びる場面。正雀さんのしみじみした熱演に自然と涙が溢れてくる。そして女房のおかげで心を入れ替えまじめ人間になった政五郎の「逆にオレが礼を言わなくちゃならねえ」といったセリフを聞きながら、後から後から湧き出す涙を拭いていたら、折りよく鳴った鐘の音に、正雀さんが「お前さん、六つの鐘だよ」。すると馬生さん、くっくっ笑いながら「ありゃ、六つの鐘じゃねえよ。除夜の鐘だろ」。間違いに気付いた正雀さんが、慌てて「そうだそうだ、除夜の鐘だ」と言い直し、場内大笑いになってしまった。馬生さんは、芝居が終わってからもこのことをしきりにつっこんでいた。

はじめに思ったとおり、やっぱり噺家さんだから、こういう芝居はとてもよい。馬生さんは、前回の「七段目」の大星由良之助よりずっと合っていたし、3年後の姿なんかカッコよかった。馬楽さんの大家さんも、温かい人柄がよく出ていて、姿形からも適役。正雀さんのうまさは言うまでもない。「芝浜革財布」は、お話そのものも後味がいいし、鹿芝居の演目として実に相応しいものだったと思う。

おまけ:定式幕がしまりかかったとき、馬生さんがそれを止めて、全員でのご挨拶。その後手拭撒きがあったが、今回は最前列だから、最初から期待していなかった。正雀さんが11月に風間杜夫とコラボするらしく(風間杜夫は正雀さんと対談をした後、自身落語もする)、風間杜夫の手拭も撒かれていた。いいなあ。

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2007年10月28日 (日)

負けないレッズ

1028日 対名古屋グランパスエイト戦(埼玉スタジアム、0710282vs_nagoya_4 0710283vs_nagoya_4
17
00キックオフ、52,314人)→00引き分け

凡戦といってもいいかな。どっちも点を取れそうもない展開だった。昨日、ガンバが負けたと知ったときに、これはヤバイぞと心配したのだ。だって、ガンバが負けてレッズが勝ったら勝ち点差は9点になって、これは完全に優勝でしょう。レッズが負けたって、勝ち点差は縮まらず、圧倒的にレッズ有利。本来なら、ここで早くも優勝を決めたら真実強いチームのはずだったが、モチベーションも低下し、疲労も蓄積した我がレッズは、案の定勝てなかった。

それでも、負けずに00とはいえ引き分けで終わったのは、今のレッズの強さを表しているのかもしれない。

みんな応援してます。相互乗り入れしている東急の車両では無理だけど、埼玉高速鉄道(SR)はさながらレッズ特別号。


0710283metro

0710284net_3 おまけ1今日初めて気付いたこと。ゴールネットが赤と白の縞になっていた。仲間の言うことには去年からそうだったんだそうだ。なんで、私、今まで気付かなかったのだろう。私ってまったく注意力とか観察力に欠けるのね。さすがにちょっと自己嫌悪気味。

おまけ2仲間のネット情報によれば、117日の対イラン・セパハン戦のシミュレーションとして、サポーター席は赤でなく白く染めよということだったという(イスラムの国の観客席は白い)。白い集団もほ~んのわずかいたけれど、やっぱり埼スタは今日も真っ赤であった。

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亀治郎さんの2役:晴信と勘助

亀治郎さんが来年4月日生劇場で、晴信と勘助2役だあ。
千葉真一さんも板垣で復活。
亀ちゃんの宙乗りも見られるんだって!!
あああ~、もう今から胸がドキドキして大変。
詳細は↓
http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20071027-OHT1T00047.htm

http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2007/10/27/02.html

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今度も笑って笑って――落語

1027日 中席千穐楽(国立演芸場)

0710271engei 三響会を敢えて諦めてこちらを採ったのは、思い切り笑いたかったから。今年2月に見たのと同じメンバーによる中席千穐楽である。お目当ては鹿芝居だけど、まずは落語から。

今回は前座はなく、最初が金原亭馬治さんの「強情の灸」。はじめのうち、周囲がざわついているのが気になって集中できず、何の話か全然わからず退屈しかけていたら、ふと「灸」という言葉が聞こえてきて、それで内容がわかった。すると俄然、話は面白くなる。ただ、この話はどちらかというと、聞くよりは見るものかもしれない。強情な男がたどんのようなもぐさを腕に載せて、やがてそのモウレツな熱さに耐えられなくなるという、その表情やら動きやらに声を立てて笑った。サゲは「石川五右衛門はさぞ熱かったろうな」。

0710272engei_2 以下、メモしてないので覚えている範囲で。

次は馬吉さんの「米揚げ笊」(または「笊屋」?)。「米を揚げる米揚げざる~っ」という売り声を聞いたあるお店の主人が笊屋を呼び入れる。実は主人は相場に凝っていて、この「あげる」という文句が気に入ったのだった。笊屋は事前に番頭に「下がるというような言葉は絶対使ってくれるな」と釘を刺される。このザル売り、少し足りないような男に思えたが、実に調子よく、喋る言葉がすべて「上がる」に関連する。店に入るのに暖簾が邪魔になったら「暖簾を上げて入ります」。お前さん、兄弟はと聞かれれば末っ子と言わずに「上ばっかし」。生まれは下谷と言わず上野のどこそこ(忘れたけど、これにも高いという音が入っていた)。などなど、上・高づくしで会話するから、主人が大喜びして、いちいち小遣いをあげ、最後は財布ごとやってしまうというサゲ。この話は元々上方落語らしく(「ちりとてちん」でそのうちやるかもね)、話はまだまだ続き、したがってサゲも違うらしい(ザル売りはそのうち失敗して「つぶれる」という言葉を使ってしまう。しかしうちのザルは「つぶれるような品もんと、品もんがちがいます」)。今回はわずか15分ながら江戸の町の様子が生き生きと語られ、目に浮かぶ。テンポのよい上・高づくしが聞きどころ。

世之介さんは落語もやったのだけど、物真似目当てだったので、話のほうは忘れてしまった。出から始まる物真似はまずは彦六師匠。いやあ、そっくりそっくり。「死ぬ3日前お師匠です」とか言うから、涙が出るほど笑った。志ん生師匠については高座に上がって居眠りしてしまうという有名なエピソードを実演。そして前回もやった談志さん。腰を屈め斜に構え、顎をさすりさすり。それだけで場内爆笑である。

古今亭菊春さん。「九段目」という話ではないかと思うのだけど、内容は七段目だったような。素人芝居で「五段目」をかけることになったところ、全員が勘平をやりたがる。で、舞台に鉄砲をかついだ勘平がずっら~っと並び、「勘平(観兵)式だね」。このあと、大事な出演者が1人欠けてしまい、代役として白羽の矢が立った男と頭取のやりとりになる。この男は七段目をやったことがあるとかで、その話をするのだが、ひどく訛っていて、頭取がいちいち考えないと内容がわからない。というやりとりに面白味があるのかな。サゲは忘れた。

次は、待ってました、林家正雀さん。枕なしでいきなりの「七段目」落語家って仮名手本がよっぽど好きなのね。ていうか、仮名手本モノのだしものが多い。今の菊春さんのもそうだし、正雀さんは前回も「四段目」をやったし、そういえば前回は馬楽さんと菊春さんの茶番「五段目」もあったし。「四段目」は芝居好きの小僧さんの話だが、「七段目」は芝居好きのお店の息子。父親に怒られた返事も芝居調。ますますいきり立つ父親をなだめ番頭が息子を二階に上がらせたものの、二階でも独り芝居をやっている。父親は注意させに番頭を遣わせる。ところが、この番頭も実は芝居好きときていたのである。となれば二階は一気に芝居の舞台へとはや替り。平右衛門(おかるの兄)を気取った息子が熱の入ったあまり本物の刀を抜き、慌てた番頭が逃げて階段を転がり落ちる。てっぺんから落ちたのか。「いえ七段目でございます」がサゲ。

正雀さんは、床も座布団も濡らすほどの大汗で大熱演。落語の後「どんどん節」も踊ったし、これから鹿芝居があるっていうのに、今からこんな熱演で大丈夫?って心配になるくらい(って、こっちが本業でした。失礼しました)。

次の馬楽さんごめんなさい、寝ました。それが奇妙なことに、前回も馬楽さんの時に意識を失っている。面白いなあと思っているうちに、いつの間にか睡魔が忍び寄っている。なんでだろう。踊り「深川」はちゃんと見ました。

最後は真っ赤な羽織で登場の馬生さん。私、どうやら正雀さんで力つきたらしく、全然寝てはいなかったのに、そして大いに笑いもしたのに、話、覚えてない。ごめんなさい。馬生さんは、大きな拍手をもらうと踊るということで、落語の後、客席から思い切り大きな拍手が起こった。嬉しそうに踊ったのは「こうもり」。

このあと、恒例(見に来たのは2回目なのに、恒例って言っちゃったりして)の世之介さん・菊春さんの獅子舞。口に入れたみかんやバナナのむいた皮を口から出したり、動きもなかなか見事。今回は、素早くチケット申し込みをしたおかげか、なんと席が最前列だったので、ご祝儀をあげて獅子に頭を噛んでもらいました。このお獅子は、丸いお金だとおなかをこわすんだそうだ。

おまけ1今回初めて気付いたこと。噺家さんって、マクラの途中からマクラが終わるあたりにかけて、後ろにすべらかすようにしてさりげなく羽織を脱ぐ。それに気付いたら、何となくちょっと面白かった。

おまけ2出演者はわかるのだけど、だしものの題名もどこかに表示してほしいなあ。たまにしか落語を聞かないド素人の私は題名がわかれば有難いのです。
0710273engei

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2007年10月27日 (土)

ライオンの劇場で虎を見る

1025日 傾城反魂香(三越劇場1300の部)

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今回の公演では、「土佐将監閑居の場」の前に、「近江国高嶋館の場」と「館外竹薮の場」があるというので楽しみであった。この、序幕の
2場は、浮世又平の懊悩そのものとはほとんど関係ないのだけど、これがあることによって、「土佐将監閑居の場」での、将監の家のまわりで、虎が出て大騒ぎになっていたり、突然、手負いのオニイサンが飛び込んできて悪人どもにさらわれた姫様の救出を頼んだりという話の唐突感がなくなる。それに、この2場は見ていて面白い。つっこみどころがいっぱいあるし。歌舞伎にツッコミはナンセンスとわかっていても、ちょっとつっこんでみます。

①高嶋館の姫・銀杏の前(春猿)は絵師狩野元信(笑也)にゾッコン(そのなんと積極的なことか。何しろ、歌舞伎のお姫さまだからね。春猿さんが一途で可愛らしい)。それなのに元信は銀杏の前の思いを受け入れてあげない。そこで銀杏の前は一計を案じて腰元・藤袴として元信に近づく(元信は姫の顔を知らないのかぁ)。そして、「私と結婚すれば、姫も妻ある貴方のことを諦めるでしょう」と元信に言い含め、夫婦の杯を交わしてしまう(そんな理由で、初めて会った藤袴と結婚するってかぁ。ところが、今夫婦の約束をしたのが本当は銀杏の前であることがわかってしまう。ええ~っ、オレが結婚したのは藤袴のはずだと言い張る元信に、じゃあ本物の藤袴のほうがいいの?と迫る銀杏の前。そこへ現れた本物の藤袴。袖で顔を隠して出てきた途端に、これ絶対喜昇さんだな、と確信した。で、その確信が当たったから、思わず吹き出してしまった。元信は、藤袴がおかめ顔なので、やっぱり銀杏の前のほうがいいってことになる(なんて、いい加減なヤツ)

②元信は悪人どもにつかまり縛られる。何とか逃げ出そうと、自分の肩を食い裂き(やってみたけど、私は自分の肩に歯が届かない!!、襖に自らの血潮で虎を描くと、その虎が襖から抜け出して大暴れする。悪人・不破入道道犬(猿弥)がそこへやってきて、虎と戦う(日本にいるはずのない虎が屋敷の中にいることを不審にも思わないのはなぜ~? それに、虎とけっこう互角に戦っちゃう道犬って、すっごい強いんじゃない)

③元信の弟子の雅楽之助(段治郎)は姫君を守って悪人どもを相手に孤軍奮闘する(この人も絵師なんじゃないの? 絵筆より刀のほうが得意なんじゃないの?)。序幕第二場はほぼこの立ち回りだけ。立ち回り大好きな私は、舞台が小さいせいでいつもにも増して大きく見える段治郎さんの身体と動きに大喜び。それに、思い切り狭い花道(に仕立てた部分)での捕手さんのトンボにも拍手(猿琉さんだった? 違う? よくわからなかった)。

④雅楽之助が土佐将監(寿猿)に姫君救助を依頼すると、将監は弟子の修理之助(弘太郎)を派遣する。最後には又平(右近)も姫君救助の栄誉を担うことになる(この時代の絵師って、みんな武道にも優れているの?)

又平が死を決意して自画像を描くのに、なんで手水鉢なの~? って、これつっこんじゃうと、話にならない。

とまあ、私の無知によるツッコミはお許しいただくとして、つっこみながら、とてもとても楽しく見た。「土佐将監閑居の場」なんか、こんなに面白かったっけ、と思うくらい。序幕だって、いつも上演すればいいのになあ。

この演目を見たのは2度目で、前回は平成185月、三津五郎さんの又平、時蔵さんのおとく、梅枝クンの修理之助、彦三郎さんの将監であった。この時は、将監と又平夫婦のやりとりにぴりぴりと緊張した空気が張り詰めていたような記憶があるが、今回はそれに比べるとユルい。ユルいといっても悪い意味ではない。あたたかい感じがしたのだ。差別用語だなんだって小うるさいこの時代にそういうことを言う人たちが見たら目をむきそうなくらい、どもりどもりとさんざん言われる又平だが、寿猿さんの将監が又平を見る目は、その奥に愛情を感じさせ、弘太郎さんの修理之助にも兄弟子へのいたわりが感じられた。それから将監夫人の延夫さん、初めて女方を見たように思うが、とてもお似合いで、控えめながらやはり弟子を心配する様子がよかった。そういう雰囲気のせいだろうか、何となく安心感をもって見ることができた。

又平の女房おとくは笑三郎さんだったが、これが実によかった。適度にくだけたしっかり者の世話女房。右近さんのちょっと幼ささえ感じさせる又平をやさしく守る、素敵な奥さんだった。とは言いながら、実は前半のおとくの見せ場は、その前の幕間に突然襲ってきた睡魔が抜けていかず、かなりしっかり意識を失ってしまいました。右近さんが土佐の名前をもらって喜び踊るところは、せっかくの踊り上手な右近さんにしては物足りなかったなあ。

でも、最後夫婦で舞台を下り、客席の間の通路を通って姫君救出に出立するという趣向は嬉しかった(出口のドアの向こうがちょっと見えちゃったのは興ざめだったけど)。

三越劇場って「女殺油地獄」を見たときにはあまり感じなかったけれど、舞台がとても小さくて、それだけに舞台と客席の一体感があるような気がした。色々な芝居を見るけれど、やっぱり歌舞伎が一番面白いし、しっくりくるなあ、と今日も思ったことでした。

<上演時間>序幕第一場37分、幕間10分、第二場13分、幕間25分、第二幕95

おまけ1虎に入っている役者さんコンビが素晴らしくいい。ユーモラスで、踊りのような立ち回りが楽しいし、前足を上げたりする激しい動きも見事にこなして大拍手。面白いことに、虎の顔は変わらないのに、元信にすり寄るときは愛らしく、悪役に立ち向かうときは強さや恐ろしさが表情に出る。これも、見事な動きによるものだろう。

おまけ2元信が自分の血で虎を描くのも、又平の絵が手水鉢の反対側に浮き上がってくるのも、どうやってるんだろう? 手水鉢の絵は、時間がたつにしたがって色が濃くなってきた。

おまけ3元信が肩を食い裂いて血を出さざるを得なくなる原因を作ったのは猿琉さん。悪人方の侍で、元信が口にくわえた筆をふっ飛ばしてくれちゃったから。猿琉さんと元信の立ち回りもちょっとある。ここで、もう一つナンセンス・ツッコミを。元信は縛られている色男系の絵師なのに、この侍、案外苦戦するのだ。なんで~? 猿琉さんは第二場の立回りでも大活躍。

おまけ4普段は口が不自由でも、節があればつっかえずに喋れるって、そういえば「輝虎配膳」のお勝(時蔵さんで見た)がそうだったなあ、とふと思い出した。

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2007年10月25日 (木)

目指せアジアクラブチームベスト1

1024日 対城南一和戦(埼玉スタジアム、1930キックオフ、51,651人)→PK53で勝利

0710243vsjonan 0710242vsjonan
大事な試合なのはわかっているけど、遅いキックオフにちょっと億劫で、自宅で
TV観戦でもよかったのにな、と思いながらも、ぴあの先行販売でとんでもなくいい席が当たっちゃったから、出か0710241vsjonan_2 けた。今日の席はギリギリ第3希望で取れたのに、VIP席の真下と いうスゴイ場所。の割には、すぐ隣に変なコンクリートのスペースがあって、左コーナーが隠れて見えない。それならせめてVIP席に誰かVIPがいるかとミーハー的きょろきょろ観察をしたが、それらしい人は全然いなかった。VIP席の待遇の良さ(あったかそうなコートとひざ掛け付、椅子も一般席とは全然違いそう)が観察できただけ。

0710244vsjonan 試合は前半1点取って圧倒的有利になったにもかかわらず、後半2点も献上して、こりゃいかんと一時は負けを覚悟した。と言いながら、心のどこかでは、「絶対諦めるな」「絶対勝つ」とも念じていたんだけどね。ああ、そしたらなんと、長谷部のまこちゃんが同点ゴールを決めたよ!! 

アウェイの時と逆の得点の仕方で同じ結果(城南でやったときは、城南が前半に1点、レッズが後半2点、そして城南が同点に追いつく)。そして、互いにアウェイゴールが2点ずつだから、まったくの引き分け。今日は決着をつけな 0710245vsjonan_2 くちゃいけないから、延長戦に入った。レッズは後半からずっと動きが悪く、ルーズボールは取れない、クリアボールもほとんど全部相手にいっちゃう、パスはつながらないという苦しさで、選手が交替しても、延長に入ってもそれは変わらない。内容は圧倒的に相手のほうが上で、だけどとにかく凌いで凌いで、延長も失点せずに乗り切った。

そしてPKJリーグでは延長PK制度がなくなっちゃったから、ずいぶん久しぶりに見るPK戦だ。PKって何番目に蹴ろうと緊張するものだと思うが、とくに一番手はプレッシャーが大きいだろう。ポンテが落ち着いて決めた。次はワシ。何しろ試合中のPKをはずしまくるから信用がない。それでもサポーター全員の祈りが通じたか、これも見事に決めた。対する相手の2人目ははずした。これで楽になるかというと決してそうではない。逆にこちらの3人目は優位をキープしようと思うからプレッシャーがかかる。その0710246vsjonan 厳しい状況を阿部ちゃんが乗り切った。もちろん4人目だってはずすことはできない。心配したが、永井がキッチリ決めた。そしてこれを入れれば相手のキックを待たずに決まるという5人目、平川が重圧をものともせず、ネットを揺らし、その瞬間、埼スタは5万近くのサポーターの歓声に揺れた。

城南はラフプレーも目立ったが、スピードがあり、いいチームだった。前回戦った同じ韓国の全北現代に比べ強さも一段上だった。試合中はブーイングを盛んにとばしたレッズサポたちも、試合後城南の選手たちがピッチを後にするときには拍手を送り、健闘を称えていた。

こうやって、アジアの強豪と真剣勝負ができるというのも、レッズが強くなったからであり、またこういう試合経験がレッズをますます強くしていくのだと思う。それにしても、これだけの応援を集めたホームで、しかも圧倒的に有利な状況の中でこれだけ苦戦するとはなあ。とはいえ、勝利は勝利。今日は試合終了が遅かったから真っ直ぐ帰宅。で、今1人、赤ワインにてレッズの勝利を祝っている。

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2007年10月23日 (火)

堪能しました:歌舞伎座夜の部

1022日 芸術祭十月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)

大満足です。

0710231kaidan 「怪談牡丹燈籠」。子供の頃、父から聞かされた種々怪談が、薄れかつごっちゃになった記憶の中から甦り、牡丹燈籠もところどころ覚えているけど、お札のところなど「あれは耳なし芳一だったっけ」という程度の知識。

いずれにしても季節はずれの怪談だし、人に恨みを残すお化けや幽霊の類は昔から怖くて(今は生きている人間のほうが怖かったりする)、後味もあまりよくないし、そういう意味ではあまり気乗りしなかった(もちろん、仁左・玉様共演には期待しておりました)。ところが、この「牡丹燈籠」は、面白くて、後味の悪さを感じさせない哀しさに心を動かされた。

伴蔵(仁左衛門)とお峰(玉三郎)の悪事は、自分が直接手を下して人を殺すわけでなし、誰でもが陥りそうな浅はかな判断だったが、それだけに恩義ある主人の死に加担したわりには悪事性の伝わり方が薄く、見ているこちらも罪の意識をあまり感じない。逆にもう一組の男女、お国(吉弥)と源次郎(錦之助)は実にワルい奴らだ。自らの欲のためにお国の夫を殺し、だけでなく口封じのための殺人まで犯す。

どちらも女性主導でパートナーをそそのかしているのがおもしろい。さらにはお露(七之助)・新三郎(愛之助)のカップルも女性のほうが積極的で、焦がれ死にして挙句に取り憑いて殺してしまう。

だけど、私はここで3人の女性を「悪い女たちだ」と突き放せない。だって、3人とも心から相手を愛しているのだ。とくにお国なんて悪女は、落ちぶれて、歩行もままならぬ体になった源次郎をどうせ捨てるんだろうと踏んでいたら、全然そうではなかった。意外にも一途な愛を捧げており、その気の配り方にいじらしささえ感じてしまう。吉弥さんの演技は、堂に入った悪女ぶりも、源次郎を思う女心も、とっても好感がもてた。錦之助さんも年増女(本当は、2223歳にしか見えない27歳の女なんだそうだけど、吉弥さんの貫禄に縋りつく錦之助さんの若さがそういう年齢差を感じさせてしまう)に翻弄される気の弱いチンピラ武士を好演。2人が1本の刀に串刺しになって死んだのは、残酷な罰のようでもあるが、この世では幸せになれない2人へのせめてもの慰めのようにも思えた。

牡丹燈籠というと「お露」と「カラ~ンコロ~ンという下駄の音」とばかり思っていたのだが、お露のエピソードは2組の悪事にうまく絡む形で、これが主というわけじゃなかったのね。七之助さんの一途な娘心も可愛く怖かった。お露の忠実な乳母お米(吉之丞)との幽霊コンビは、最高!! ユーモラスで、だけど本当に出て来たら怖そう。とくに吉之丞さん、よかったわ~。

最高!! っていうのがもう1組。それは、もちろん仁左様・玉様の夫婦。貧乏暮らしの玉様は白塗りでなく、いわゆる庶民のおかみさん姿、仁左様も二枚目は二枚目なんだけど、幽霊に腰を抜かしたり震えたり、あまりカッコはよくない。この2人のやりとりが実に生き生きとしており、落語を<見て>いるみたいな情緒と雰囲気を醸し出す。しっかり者の女房であり、亭主を焚きつけ、金に飛びつくしたたかさも持ち、だけど夫を心から愛し、嫉妬で夫婦喧嘩をする(この場面、秀逸)のも亭主に捨てられたくない一心から、久しぶりの亭主との外出、着物を買ってもらい喜ぶ愛らしさいじらしさ、そういう女心を玉様が余すところなく表現している。気位の高い役が多い玉様のこんな一面もと~っても素敵。

仁左様の伴蔵が、悪事がばれるのを恐れてお峰を殺したときは許せない思いだったが、そのお峰の亡骸を抱いて「お峰~っ!!」と泣いたとき、やっぱり伴蔵も哀れだ、と悲しくなった。

先入観とは全然違う舞台だったな。因果応報、人間の業ってものを描きながら(なるほど、業に季節はない)説教臭さが全然ないのがよい。

追記1三津五郎さんが舞台下手、観客の前で船頭から円朝に変身したのが面白い趣向。円朝が時々出てくることによって、伴蔵とお峰夫婦のやりとりが落語的要素を帯びるのかもしれない。三津五郎さんは、そのほかに馬子・久蔵役でも芸達者なところを見せてくれる(笑った、笑った)。

追記2幽霊に取り憑かれたお六(歌女之丞)は、その後どうなっちゃったんだろう。

おまけ:途中、牡丹燈籠が客席内を飛んであるき、客席が沸く。この燈籠にヒラヒラがついていて、それが私には案外不気味でした。

0710232yakko 「奴道成寺」。食後の「牡丹灯籠」2幕目で全然寝なかったから、こちらで絶対寝るなと思っていたら、盛り沢山の内容、三津五郎さんの踊りのうまさ、楽しさに、まったく退屈することがなかった(この踊りって、こんなに楽しかったっけ、という感じ)。しかも所化さんのメンバーにジュニアたちが揃っているのも楽しい。だけど、私が最も感銘を受けたのは、尾上右近クンだ。それまでも名子役ぶりを発揮していた岡村研佑クンが尾上右近として初登場したのは平成171月、「文七元結」のお久。その頃からふっくらしていて、その後何回か見た時もふくよかだったのに、今日見た右近クンは身長も伸び、ずいぶんスリムになって、まずびっくり。そして踊りのうまさには元々定評があったけれど、さらにうまくなっているように思った。動きがやわらかくメリハリがあり、しかもほんのりと色気がある。いつまでも見ていたいようなその踊りに、ずっと目を引き付けられた。

追記:3つのお面をとっかえひっかえするところは、後見の三津右衛門さんとの息もぴったり。あのお面は内側に短い棒か何かがついていて、口で咥えるようになっているのだろうか。しかし、お面をつけると顔に汗かいて大変だろうなあ。

<上演時間>牡丹燈籠序幕78分、幕間30分、第275分、幕間20分、奴道成寺47

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2007年10月21日 (日)

やればできる…

宅配便で仕事を3つ出した。メールでも2つ出した。土日でそれだけ仕事をしたということだ。布団も干したし掃除もしたし、たまった録画も少し整理したし、他にも色々用事をすませたのに、我ながらすっげえ集中力。

子供の頃、たまにいい成績をとって「あんたもやればできるのよ」と親の決まり文句を受けたのを思い出した。

おまけ1:今日は稚魚の会の茶話会だった。出席を楽しみにしていたのに、どうにもならない事情ができて行かれなかった。その残念さの分、仕事したってことかもしれない。

おまけ2:夕食時、味噌汁を温めていたのをすっかり忘れ、なべを1つダメにした。94のじいさまに「何か変なにおいがする」と言われ、やっと思い出した私(仕事のしすぎ?)。未だに家中こげくさい。

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2007年10月20日 (土)

カードコレクター

ここのところ、立て続けに3枚もポイントカードを作った。最近、どの店へ行っても、「ポイントカードはお持ちですか」ときかれる。持っていないと言おうものなら、これこれこうでああで、お得ですよ~と、作るよう強く勧められる。これでも気の弱い私は、「めったにお宅では買い物しませんので」とか「たまたま寄っただけですから」などとは言えず……かくて100円ショップで買った20枚収納可能なカードケースは、年に1回使うか使わないかのカード類でふくらみ、憂鬱になる。

でもって、それこそ1年近くもたってふと、あ、あそこの店で買い物しなくちゃ、確かカードも作ったしな、と思い立ち、ケースをめくっていけど、目当てのカードは見つからない。そうだ、この前いらないカードは整理して、捨てたんだっけ。あるいは見つけたカードはスタンプ1つで期限切れ、な~んてこともある。

というわけで、年に1回使うか使わないかの新しいカードを又作る羽目になる。ま、しかし同じ物を買うなら、カードを持っている店へ行くのが人情ってものでしょう。テキのドつぼにはまっています。

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2007年10月19日 (金)

町と人と:寝坊な豆腐屋

1018日 寝坊な豆腐屋(新橋演舞場夜の部)

3丁目の夕日」から4年後、東京オリンピックの2年前(昭和37年)の話である。内容は、母と子の葛藤・情愛を軸に、町の再開発を巡る住民の姿をからめて描いた人情モノというのでしょうか。母子の情愛には何度もしんみりきたけれど、私は再開発問題のほうに、より興味をひかれた。

というのも、私は年齢のせいか、古い町に心惹かれ、だんだんそういう古さがなくなって町の姿が変わっていくのを寂しく感じているからだ。だけど、そういう感傷が、観光客あるいは他所からの訪問者(生まれ育った町も、離れてしまえばよそ者だ)としての身勝手なものであることもよくわかっている。私がなくなってほしくないと思っている町は、住んでいる人にとってみれば時代に取り残された不便な存在かもしれない、といつも思っている。

だとしても、お金も絡む再開発が地元に複雑な問題を生じることは当然察しられる。この物語でも再開発すなわちマンション建設か、あるいは現状維持か、で町が二分する騒ぎになる。子供の頃くぐって近道をした工場の塀の穴、そこの前に立てば戦死した悪ガキ仲間の姿が今でも甦る。マンションが建ったら、その穴はなくなってしまう。そう言ってマンション建設に反対する豆腐屋(勘三郎)の気持ちは、私の心に強く訴えるものがあった。

町の様相が変わったら、町の人の心も変わるんだろうか。再開発にはお金の問題もからむから、やっぱりこれまでと同じ、というわけにはいかないのかもしれないな。といって、町の姿もいつまでも変わらないわけにもいかないだろう。この物語でも、そういう含みをもたせている。

町の住人、建設会社の社長、金貸しのオバチャン(森光子)の世話をするオバチャン、脇の役者さんたちがみんな生き生きとして、当時へのノスタルジーを掻き立てる。そして「いつでも夢を」「上を向いて歩こう」、懐かしい歌が流れてくると、心がキュンとなる。ただ、時として説教くさいセリフがあるのが気になった。メッセージ性を含ませるのはいいのだけど、こういう芝居ではその含ませ方がむずかしいのかもしれない。それを表に出されちゃうと、少し引く。

さて、ここからはミーハーになります。

森光子さんが若い!! 肌がきれいだし、ほっそりと小柄できれい、そして何より可愛らしい。私は若い頃の森さんってあまり好きでなかったし、ある程度お年になってからはジャニーズ系とどうのこうので、これもあまりいい感じはもっていなかった。でも、今日見て、天性の愛らしさに魅了された。気風のいい役柄もぴったり合っていたと思う。ちょっとお年を心配するような部分もなくはないが、いつまでも可愛らしく素敵で元気な女優さんでいてほしい、と心から思った。

波乃久里子さんの存在感はバツグン。こういうオバチャンいるいる。

勘三郎さんは前にも時代劇でない姿を舞台で見ているが、他に歌舞伎役者さん5人(弥十郎さん、扇雀さん、亀蔵さん、勘太郎さん、仲之助さん)も一挙に現代劇姿で見られるのって、ちょっと珍しいんではないかしら。

電気屋の倅・扇雀さんがとてもよかった。若々しい夢をみる当時の青年の姿がよく伝わってくる。土建会社の社員・弥十郎さんも会社に対する実直さと下町の人情の板ばさみになるつらさを可笑し味とともに出していた。畳屋の亀蔵さんがやっぱりもったいないなあ。いいキャラなんだから、もっと活躍させてほしかった。でも、みんなで剽軽な踊りを踊る場面では、亀蔵さんは案外シャイなのか、ちょっと照れくさそうな感じがした。反対に扇雀さんはノリノリで、私は顔はにやにや、あまりの楽しさに腹の中で大声で笑ってしまった。勘太郎さんは、新聞配達の役だったが、勘三郎さんとお約束のようなやりとりをして(「親の顔が見たいね」「親は人に見せられるような顔じゃない」って)、花道脇のお客さんに23部新聞を配って引っ込んで、それっきり。これもちょっと寂しいけど、反対に特別出演的な観客サービスと考えればいいのかも。

豆腐屋の勘三郎さんは、ステテコ姿のしがない独身42歳っていう役でも、そこはかとない色気がある。ラスト近く、夕陽を寂しそうに眺めていた母親(森光子)を見つめる目がとても優しくて愛に満ちていて、私はその目を見た途端、涙が出てきた。実は、そばに途中から激しく泣いている観客がいて、おかしなものだけれど、私は泣きそびれてしまったのだ。それでもこの場面は泣かずにいられなかった。

<上演時間>170分、休憩30分、第290

この芝居を見た帰り道、奇しくも木原光知子さんの死を知った。東京オリンピックで日本中を沸かせた美しきスイマーの死はあまりに早すぎる。

おまけ1 扇雀さんの「いつでも夢を」が聞けます!! ステキです。

おまけ22階で販売中の舞台写真。「文七元結」での小山三さんの写真も数枚あって、かなり心惹かれたけれど、結局買わないでしまった。ごめん、小山三さん。なお、確認したほうがいいとは思うけれど、筋書きの舞台写真は20日から入るとのこと。

おまけ3休憩時間に音無美紀子さん発見。どなたかとご挨拶してらしたが、温かい笑顔はテレビで見るとおり。

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2007年10月18日 (木)

夜の銀座で

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夜の銀座でSAIGONというベトナムビールを飲み、本田美奈子さんを思ってふとしんみりし、映画「インドシナ」で見た美しいサイゴンの町の風景がドヌーヴ様のお顔とともに脳裏に甦り、一度はベトナムを訪れてみたいな~と想いが広がった。

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2007年10月17日 (水)

伝統芸能の顔

今月3日から国立劇場伝統芸能情報館で「伝統芸能の顔」という展覧会が開かれている。ということは、昨日国立劇場に足を運んで知った。で、歌舞伎の後、ちょっと寄ってみた。

翁から始まって各種能面が展示され、角度などによってそれぞれの表情がこう変わるというのも示されていた。ふむふむと感心したが、私は能にはあまり興味がないので、そこはさっとすまして次は文楽の頭へ。

文楽は実際には見たことがないのだが、頭のできるまでの工程は興味深かった。素材は木曽ヒノキで、木取り(元の木から頭の大きさに合わせて木を切る)、下絵、荒彫りなどはよくわかる作業だが、ちょっと驚いたのは耳の前で頭を2つに割り、中を刳りぬくという工程。考えてみれば確かに仕掛けなどを組み込まなくてはいけないのだから当然の作業なのだが、改めて割ったところを見せられると、ほほ~と納得した。中の仕掛けにはクジラのひげを使うんだそうだ。

歌舞伎からは隈取り。嬉しいことに故尾上松助さんのお顔(松也クンにほとんど似ていないような、ちょっとは似ているような)に20種類の隈が描かれている。ああ、これは土蜘の隈、これは時平の隈、などと、舞台を思い出しながら楽しめる。その隈の下には、役者さんの使う化粧道具がたくさん。確か梅之さんが前に、役に合わせて砥の粉と白粉の配分を変えるのだが、他の同じ役の方々と顔色を揃えるのがむずかしいというような苦労話を書いておられたな、などと思い出した(0759)。これだけ色々塗ったらお肌に悪そう…。その隣には鏡台が置かれている。5代目嵐璃寛さんという人のものだそうだ。

さらには貴重な押隈が。明治204月市村座「国性爺合戦」和藤内の隈で、現存する日本最古の押隈だとされているらしい。他にも垂涎ものの押隈が展示されている。

さらに進むと、狂言「靫猿」の子猿の面。野村萬斎さんの息子さんが使ったものだ(ったと思う。メモしてこなかったので、自信はない。ただ、この面を目にしたたとき、いつかNHKのドキュメンタリーで見た萬斎さんと息子さんの姿が目に浮かんだから、そう記憶しているだけかも。萬斎さんが息子さんに初舞台を踏ませるまでの軌跡を追ったあの番組はよかったなあ)。

それから孫悟空、猪八戒、沙悟浄の文楽面、雅楽の面と衣裳。衣裳は、能も歌舞伎も1着ずつ出ていた。歌舞伎は「寿曽我対面」から五郎の衣裳。

これ、来年127日までやっているから、又見に行けそう。

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2007年10月16日 (火)

4人目の俊寛

1016日 「平家女護島」「昔語黄鳥墳」(国立劇場11時半の部)

0710116ntj 今年4人目の俊寛だ。すなわち、1月の吉右衛門さん、7月の右近さん、そしてつい先日の勘三郎さんに続いて今日は幸四郎さん。で、この間の勘三郎さんの時にも書いたけれど、吉右衛門さんで自己完結してしまった俊寛は、私の中でどう折り合いをつけるか。

今回の「俊寛、意外によかった。幸四郎さんは私はあまり合わないのだが、この俊寛ならいいと思える。最初に登場したときの足取りがしっかりしていたのが印象的だった(俊寛ってまだそんなに年をとっていないはずなので、リアリティを出したのかな)。また、俊寛がよじ登った岩が波に囲まれたところを俯瞰することによって、俊寛の気持ちがぐ~っとこちらに押し寄せてくる。思わず涙が出そうになった。俊寛は絶対上から見るべし、と思ったことである(奇しくも吉右衛門さんと幸四郎さんの俊寛は上から見たことになる)。

段四郎さんの瀬尾、梅玉さんの丹左衛門、どちらも多分少なくとも2度は見ているが、この役ではこの2人がベストじゃないかしら。丹左衛門には富十郎さんという大きな存在もあるけれど。千鳥の芝雀さんは、情も愛らしさもあるのだけど、どうしても身体の大きさが気になってしまう。

0710162hikosaburo この「俊寛」の前に「清盛館」があるが、今回これがなくて「俊寛」だけだったらパスしたかもしれない。彦三郎さんの清盛は堂々と憎々しくてよかったし、私はこういう芝居は案外好きだなと思いながら見た。清盛が、俊寛の妻・東屋の美しさに口をあんぐりと開けて見惚れる、というところでは、実際に彦三郎さんがそうやったので、私はぷっと吹き出してしまった。周りは誰も笑っておらず、ちょっとバツが悪かったな。歌江さんと鐵之助さんの局が揃って出てらしたときは内心1人盛り上がり(お得な場面だ~)。歌江さん、座り方がうまくいかなかったのか、前をずいぶん気にしていらした。あるいは足がお悪いのかなとも心配したが……。

「清盛館」があることによって、俊寛の悲劇がよりわかりやすくなるということであるが、私は必ずしもそうは思わなかった。つまり、それがなくても俊寛の悲劇はぐっとくる。といって「清盛館」が要らないとも思わない。確かに清盛の権勢がいかばかりだったかはよくわかったし、赦免状を出すあたりの経緯は明確になる。

さて、演目はガラリと変わって「昔語黄鳥墳(むかしがたりうぐいすづか)」。話自体は、まあどうってことのない、肩の凝らない昔話という感じだろうか。染五郎さん、大活躍。いきなり大詰にいっちゃうけれど、悪党・大仁坊と主役の佐々木源之助の早替りはオペラグラスでは捉えきれず、目を白黒させてしまった。

染五郎さんは、長者の婿としての資質を問われ、お茶、鼓、太鼓の腕前を披露するのだが、阿古屋男性版か。阿古屋の演奏も素晴らしかったが、こちらは打楽器ということで、一緒にノレる。長者の梅玉さんは、それらしい大きさとおっとりした感じがあったが、後妻の東蔵さんの悪だくみや浮気に気付かないなんて、ありえないでしょ。芝雀さんはそのお嬢様の守り役の腰元。私は、千鳥みたいな役よりもこういうしっかり者のほうがあっていると思うけどな。

宗之助さんは可憐なお嬢様。襖があいて恋の病姿の宗之助さんが登場すると、客席から笑いが起きたが、何だったの? 宗之助さんが泣いたときも笑いが湧いたけれど、これも何だったのぉ? それから、籠から放たれた鶯がなんともいえないユニークな飛び方をしたときにもずいぶん笑いが起きていたなあ(これは、私もちょっと笑った)。

こういう芝居でのお約束ギャグ。今回は「どんだけ~」と「お尻かじり虫」でした。後者は錦弥さんが歌ってウケていた。

私が一番ウケたのは、悪役の染五郎さんにナタでめった斬りされて殺された宗之助さんが生き返ったとき。そんなのあり~? もっとも、宗之助さんが殺されちゃ、話がどうなっちゃうのかなって思ってはいたのだけど。

「俊寛」のあとに、こういうお話をもってくるのは、あの絶望と諦めの空気を中和させたいのかな。
残念ながらお客の入りはあまりよくなく、役者さんが登場したり引っ込むときの拍手も何となく中途半端な感じがした。

<上演時間>平家女護島110分、幕間30分、うぐいす塚序幕・二幕目45分、幕間10分、大詰65

おまけ1段四郎さんの瀬尾、死んだ後、前は高々と持ち上げられていたけれど、今回はそうでもなかった。私の中では高々との印象が強い。

おまけ2セリフの入っていない役者さんがいて、プロンプターの声が3階まで聞こえたのには驚いた。

おまけ3イヤホンガイドの藤野穣さん、ダジャレっていうのかオヤジギャグっていうのか、盛んに飛ばしていました。今日面白かったのは、「ききなす」(藤野さん、「焼きナスじゃありません」って)。多分、「聞き做す」と書くのだろうが、鳥の鳴き声を人間の言葉のように聞き取ることを言うらしい。有名なのはホオジロの「一筆啓上仕り候」だが、藤野さんから受け売りの例をいくつか。「ツバメ:土食って虫食ってしぶい」「コジュケイ:かあちゃんこわい」「メジロ:長兵衛、忠兵衛、長忠兵衛」「ホオジロ別バージョン:サッポロラーメン塩ラーメン」

梅之さんウォッチング:女方になってから進境著しい。清盛館での六波羅踊り、もうちょっと見ていたかった。うぐいす塚ではセリフもしっかり渡り、色々なお仕事をこなしている。梅之さんのいいところは、楚々とした感じで品がくずれないことだと思う。

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2007年10月15日 (月)

タフな役者魂:勘三郎奮闘

0710136enbujo 1013日 錦秋演舞場祭り昼の部(新橋演舞場)

「中村勘三郎奮闘」と銘打ったこの公演、まさに奮闘、後日見る予定の夜の部も含めて、勘三郎さんは出ずっぱりである。イヤホンガイドの塚田さんも勘三郎さんの健康を心配しておられたが、私もそのタフさに感銘を受けるとともに、身体は大丈夫なんだろうかと心配になってしまう。

とにかく歌舞伎役者って1日に2つも3つも違う作品の違う役をやるわけだから、ただでさえ凄いって思うのに、勘三郎さんは昼の部だけで、孤島に取り残される孤独の僧が30分後には狂言師から力強い獅子の精になり、またその20分後には貧乏で気のいい町人と、全然違う人物になるんだし、そのどれもが主役だから一番セリフも動きも多いし、まったく凄いの上をいく。体力的なタフさだけじゃなくて、異なる役柄をこうやっていくつもこなすという意味でのタフさにも感動する。

芝居を見た後では、一度見たからいいや、という場合ともう一度見たい、何度でも見たいという場合があるが、この歌舞伎は少なくとももう一度は見たい(時間的に難しいけれど)。

「俊寛」。今月は国立でも俊寛があり、何だかな~という気分ではあるが、勘三郎さんの俊寛は初めてだから、こちらはちょっと楽しみにしていた。勘三郎さんの愛嬌をほとんど必要としない俊寛が意外にもよかった。勘三郎さんの俊寛は、表情豊かで、丹波少将成経と平判官康頼が訪ねてきたときの喜びや、成経と千鳥の結婚を知ったときの温かい気持ちが素直に伝わってきて、こちらもついつい笑顔になる(祝いの舞での転び方は元気すぎるかな)。ご赦免船を見送る場面では、見慣れた俊寛は高い岩の上に登るのに何度もよろめいたり転んだりしていたのが、勘三郎さんはあまりそういうことをせずに上がっていき、「おお~い」と船に呼びかける声もかすかに聞こえる程度の大きさになったり、船からの呼びかけに耳をすましたりして、勘三郎さんなりの工夫が興味深かった。

そもそも「俊寛」に関しては今年1月の吉右衛門さんで自己完結した感が私にはあるから、これを再び解くのはかなり難しいが、勘三郎さんの俊寛に新鮮さが感じられたのは確かだ。

勘太郎クンの成経がとてもよい。俊寛に対する尊敬や心配している様子が伝わってくるし、千鳥への愛情が初々しい。千鳥の七之助クンは、動きがロボットみたいだった(私の中で、最高の千鳥は魁春さんだな)。
浄瑠璃の清太夫さん、座から転げ落ちそうなほどの大熱演。本当に素敵な語りです。

「連獅子」。よかった~。きびきびとしてメリハリのある3人の動きから目が離せない。私は花道に近い席にいたので、子獅子たちが谷底に落ち気絶しているという演技(花道に座り、目を瞑ったまま腕を交叉させて指を反らせている)の間にも気を抜いていないことがよくわかった。毛振りは、私の席からは勘太郎クンはちょっと見づらかったので七之助クンを重点的に見ていたのだけど、りりしく力強い子獅子の姿がそこにあって、勘太郎ファンの私でもああ七之助クンもいいなあと、ちょっと感動した。兄弟2人の動きは若々しく、それだけでも十分満足する踊りなのに、勘三郎さんに目を移すと、そのうまさが一段と光っている。とにかく、勘三郎さん。毛振りというと染五郎さんのヤケクソみたいな振り方が未だに忘れられないが、中村屋の3人は見事に揃っていて、何度も拍手した。

「文七元結」。笑って笑って、あんまり笑ったから涙が出た。一緒にやっている役者さんたちはよく笑わないものだと感心するほど可笑しかった(一度、勘太郎クンが吹き出しかけて、たまたま平伏する場面だったから顔を下に向けてこらえていたような気がする)。勘三郎さんのこういう役は心地よく見ていられる。ただ、一つ難を言えば、時々くどさがあるってことかな。そのくどさでも笑いは取れるのだけど、もうそこはわかったからいい加減次へいけば、っていう感じがすることが何回かあった。

勘太郎クンの文七がとてもよい。こういう場合の勘太郎クンのよさは、丁寧な芝居で可笑しみの出るところだと思う。芝翫さんの角海老おかみはさすが。人物の大きさが感じられ、舞台がしまる。とはいえ、ここの場面、ところどころ意識を失い、細切れになってしまった(もったいない!!)。そんなわけで、フッと目に入った芝のぶさんのお久は、えっどこのオバサン?と思うほど顔がまっくろで、びっくりした(お久ってそんなに黒かったっけ。多分、普段の芝のぶさんの色の白さとの落差が、ぱっと目を開いた瞬間に衝撃的だったんだと思う)。それなのに、とってもいじらしく可憐なのだ。お久はこれまで尾上右近クン、沢村宗之助さんで見ていて、それぞれに良さはあったけれど、可憐さは芝のぶさんが一番かも。身請けされて自宅に戻ってきた姿は華があって美しく、長兵衛が「あんただれ?」といぶかるのも納得の大変身。角海老の女郎として小山三さんが元気な顔を見せているのが嬉しい。

<上演時間>「俊寛」75分、幕間30分、「連獅子」50分、幕間20分、「文七元結」85

おまけ1「俊寛」は先代が倒れたときにかかっていた演目で、1日の休演を挟んで、当代が代役を務めたのだそうだ。また、13年前、勘九郎さん(って、遠い名前になったなあ)は喜界島で舞台を作らず実際の浜辺で演じられたそうで、TVでも放送されたということだが、私はそれを見ていないのがとても残念。今回はそれ以来の公演だそうだ(イヤホンガイドより)。

0710137hikimaku おまけ2今公演では、中村座の引き幕が使われている。おなじみの定式幕とは違う白・黒・柿の三色。

おまけ3瀬尾は弥十郎さん。死んだあと供侍4人に抱え上げられて舞台から去って行くのだが、あの大柄な弥十郎さんを頭上に掲げられるのかしらと心配していたら、やっぱり、だった。これが段四郎さんだと、高々と抱え上げられる。

おまけ4亀蔵さんがちょっともったいないポジションにいたかなあ。康頼も、「文七」の鳶の頭も、大事な役には違いないけれど、なんか私としては物足りない。「連獅子」の僧蓮念が面白かったからいいか。でも、もっと弾けた亀蔵さんを見たい。私、役者さんのキャラに先入観持ちすぎだな。

おまけ5今日の席からは、時々裏方さんが見えた。「俊寛」で本舞台の浜が浪布に変わるとき、花道からひたひたと押し寄せる波のタイミングを計って、さっと布を引いていたのが興味深かった。そんなところを見ていちゃいけないんだけどね。

追記:幕が開き、まだ舞台に役者さんは登場していないけれど、義太夫や長唄の演奏が始まっている。それなのに平気でお喋りをしている人たちがいる。ご本人たちはまだ芝居が始まっていないと思っているのかもしれないけれど、大事な入りの部分を邪魔しないでほしい。

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2007年10月14日 (日)

演舞場の後で

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     ↑
フェアレディZ

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     ↑
玉さまが天に舞い上がってらっしゃる頃の歌舞伎座

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     ↑
恒例のお祭り。明日はさいたま市の鉄道博物館がオープンだ。

0710134map
     
2年前は南北線の駅名案内図を、今年はこういうのを買った。
本当はJRの路線図がほしかったのだが、高くて諦めた。

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     ↑
来月7日の杮落としに向けてラストスパート。ちなみに、
オープニング作品第一弾「恐れを知らぬ川上音二郎一座」は、
前売り初日で完売したそう。

0710136itocia
     ↑
有楽町駅地下へ下りる新しい通路からイトシアを望む。
イトシアと有楽町駅の間は以前あった車道がなくなったから、
広場のようなひとつながりになった。

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2007年10月13日 (土)

一聞の価値あり、北島三郎版ジャンゴ

1012日 「スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ」
残酷で汚くて、なのに音楽は美しく心にしみて、そんなマカロニ・ウエスタンは一度も見たことがない。その私がなぜ、こんな映画見に来ちゃったんだろう。という疑問は、映画が始まってすぐに湧いてきた。少なくとも最初の30分は、後悔しっぱなし。帰りたくなってしまった。泥の中に顔突っ込んだり、血まみれになったり、ダメなんだ、ああいうの。しかも最初に蛇の出てくるシーンがあって、もうそこは目をぎゅっとつぶって見なかった。何が嫌いって、蛇が一番嫌い。

で、時々居眠りもしたりしながら我慢しているうちに、後半は笑える場面もあり、かなり見られるようになって来た。

話は、源平の戦いとウエスタンを結びつけた荒唐無稽なものなんだけど、ストーリー自体はありきたりでどうということはない。義経、弁慶、清盛、静といった名前の人物が登場する(と言っても、あの時代の人たちではない。壇ノ浦から数百年がたったという設定。ってことは江戸時代? そういう雰囲気じゃなかったけれど、そういうところに目くじら立てる必要もないわけで)が、出演者の中では保安官役の香川照之がバツグンに面白い。二重人格になってしまった保安官の可笑しさに、5人しか観客のいない映画館で1人で受けちゃった。とにかくうまい(もっとも他のキャラはとくに演技が必要とされるとも思えない)。

それから源平の争いはイギリスでは薔薇戦争みたいなものだと言われた清盛が(誰に言われたんだっけ)シェークスピアを読み出し、「今日からオレはヘンリー(6世のこと)だ」と宣言したときには、思わず吹き出してしまった。

まあ、B級映画としてはつまらないというほどではなかったけれど、すごく面白いというわけでもなく(半端だねえ。マカロニ好きの人には面白かったのかも)、いずれにしても私にとってこの映画は、全体としてより、こういう小ネタのほうが楽しめた。

ただ、やっぱりバイオレンス・シーンはイヤだ。11あるいは1対複数の戦いは、描き方も執拗で残酷さが際立ち、目をそむけたくなる。ああイヤダイヤだ。それなのに複数対複数、それも数が多くなればなるほど、殺し合いが平気で見られるようになってくる。殺し殺される残酷さに変わりはないのに、バンバン銃をぶっ放し、あっちでもこっちでも人が吹っ飛んでいるシーンを平気で見ている自分にふと気付いたとき、私はゾッとする思いがした。殺しをエンタテインメントにしたこの種の映画は、やっぱり今後はもう見ないだろうと思う。っていうか、私みたいなのは、マカロニ・ウエスタンへのオマージュ作品は見ちゃいけなかったのかもしれない(でも、見たことを後悔はしていない)。

ま、私にとって一番よかったのは、映画より最後のサブちゃんの「♪ジャンゴ~」かな。あの名曲「さすらいのジャンゴ」に日本語の歌詞をつけ、北島三郎が歌っているのだ。これ、You Tubeで聞けちゃったりして。

なお、この映画は全編英語。ということで字幕付きだが、翻訳モノと違って、セリフを字幕の文字数に合わせたんじゃないかと思う。日本人の英語だから、わかりやすい。

おまけ1クエンティン・タランティーノが出ていたよ。日本好きだからノリノリだったでしょう。しょっぱな、香取慎吾クン(も、この場面だけ出ています)の額に向けて早撃ちで銃をぶっ放す。スゴい爺さんになってからは「アニメおたくなんだ」とかいうようなセリフもあり、にやっとさせられた(おまけ3参照)。

おまけ2その導入部分が終わり本筋に入ると、最初に出てくるのが松重豊。「ちりとてちん」のおとうさんだ。思わず心の中で「おとうちゃん~」と声をかけてしまった。途中いなくなっちゃったと思ったら、後で重要な役どころで再登場してきた。

おまけ3思いもかけず小栗旬クンが出てきて、びっくり嬉し。登場人物の中では一番普通で(だって、みんな狂ってるよ)、アッという間に殺されてしまった。旬クンの役名はアキラ。クエンティンが自分はアニメおたくだと言ったのは、平家出身のアキラという若者がいたことを知ったとき。

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2007年10月12日 (金)

オセロー

071011othello 1011日 「オセロー」(さいたま芸術劇場13時の部)

辺りが闇に包まれると、誰かが走る足音と振動を感じ、やがて明かりが入ると、今まで何もなかった目の前に何本かの柱が立てられており、その1本の陰に男が1人がいるのに気付く。

私の今日の座席は、最前列上手側(そういうスゴい席が当たることもあるのに、この前の「エレンディラ」や次の「リア王」などは相当後ろの席)。B列だから2列目だと思っていた私は、自分の席に人が座っているのを見て少し動揺したけれど、よく見ればA列をなくして舞台を前にせり出してあったのである。それだけに、舞台先端まで役者さんがやってくると、ド迫力。唾が飛んできそうな距離である(今日は、唾を飛ばす場面はほとんどなかった)。足音にはボディソニック効果がある。

はじめ私のところからは見えなかったが、柱の陰にいる男の向こうにもう1人男がいた。イアゴーである。深夜のヴェニス。2人は柱をはさんで背中合わせになにごとかを話しているのだが、ひそひそ声の上にこちらに背中を向けており、その内容はほとんど聞こえない。イアゴーの相手はこちらを向いているから、声はまあまあ聞こえた。

舞台は歌舞伎座などに比べて低いため、最前列でも足元まできっちり見えたが、中央で人物が2人並んだりすると、向こう側の人物が見えなかったり、向こう側を向いてセリフが言われるとよく聞き取れなかったり、多少見づらさがあったのが残念(贅沢な…)。

オセローが吉田鋼太郎、デズデモーナが蒼井優という配役に違和感を覚えていたが、開演前に少し目を通したプログラムに、翻訳者の松岡和子さんが中年のオセローと少女のデズデモーナという組み合わせが理想である、娘のような妻ならさまざまな場面の違和感がないというようなことを書いておられて、へええと思った。

さて、そういう目で見ると、蒼井優はまさに清純な少女であり、笑顔には幼ささえ感じられ、吉田鋼太郎とじゃ親娘になってしまうのではないかと危惧したが、意外にもそういう感じはしなかった。年齢差は親娘ほどもあろうが、ちゃんと夫婦であった。ただ、イアゴーの策略が功を奏するあたりになると、むか~し見た映画のオセローでは、デズデモーナは清純ながらも色気のある大人の女優であった(マギー・スミス)からすんなりと受け入れられたオセローの嫉妬も、この芝居ではあんな子供みたいな妻が他の男と浮気をしたと信じたりするものかしら、オセローがそこまで狂うものかしらと納得がいかない気分がした。自分が黒人だというコンプレックスが、イアゴーの言葉を簡単に信じてしまう背景にあるのはわかるのだけど……。

ところが不思議なもので、デズデモーナを寝室で殺す場面に至って、初めてオセローの嫉妬が理解でき、それだけに身に覚えのないことで責められ、その嫉妬が理解できないまま「殺さないで。せめて1日待って」と懇願するデズデモーナが本当に可哀想で、涙が出てきた。

吉田鋼太郎は老け役というイメージだったのでもっとおじいさんかと思っていたら、案外若々しく、堂々として精力的で高潔な将軍オセローにぴったり。立派で大きな人物だけど、非常に人間臭さも見せる。イアゴーに操られていとも簡単に嫉妬に狂っていくかもしれないと思わせる一面は確かにある。大熱演で、激情の表し方など、ホント迫力あって怖かった。ところで、オセローって癲癇の持病があるの、初めて知った。

蒼井優は、途中までは敢闘賞ものだと思って見ていた(オセローとの結婚に猛反対する父親に向かってオセローへの揺るぎない愛を語る姿など、真っ直ぐな感じが美しい)に過ぎないが、終わりのほう、侍女のエミリアと2人になって「柳の唄」を歌うあたりから、俄然よくなってきて、そうなるとそれまでの心情もすべて伝わってきて、それが寝室での場面で私がオセローの嫉妬を理解するきっかけにもなったのだと思う。デズデモーナのイメージとして、悲劇性ばかりが強調されて私の中にあったのだが、蒼井優の笑顔は、本来デズデモーナは明るく好奇心(良い意味での)に満ちた女性なのだということをわからせてくれた。あの明るい少女がこのような結末を迎えるから、余計悲劇性が強まるのかもしれない。ミーハー的には、名前だけはあちこちでよく見ていた蒼井優を初めて、しかも間近で見られてラッキーだったかも。

エミリアの馬渕英俚可がよかった。エミリアという人物は、デズデモーナのことを本当に敬愛していて、心から仕えているのだけれど、夫イアゴーの命令に従って、デズデモーナの大事なハンカチを拾いそれを夫に渡したことにより、悲劇の具体的な種を作ってしまう。だから私にはこれまで一番理解しがたい人物だった。彼女もまたイアゴーの策略にどこかで加担しているのかと誤解さえしていた(それは、私がこの作品をきちんと把握していなかったせいもある)。今回、エミリアの心情が馬渕英俚可を通してよく伝わってきた。エミリアがイアゴーに殺されるときも泣けた。それに、デズデモーナは手厚く葬られるだろうに、殺されたエミリアには誰も駆け寄ってあげない。可哀想すぎる。

イアゴーは高橋洋。イアゴーがただの悪いヤツならその仕掛けた罠もわかりやすいが、それでは物語が薄っぺらになってしまう。高橋洋のイアゴーは、内面に憎しみ(だけではないかもしれない)を溜めに溜め込んでいる。昏い炎を燃え上がらせていく嫉妬と、人を冷たく落としこんでいく憎しみは、一見反対の様相をもちながら、裏腹の感情なのかもしれない。イアゴーはその両方をもっていたのかもしれない。しかしそれに加えて、高橋洋のイアゴーには繊細さと空虚さ、そして深い哀しみのようなものが窺えた。実に複雑で魅力的なイアゴーだった(魅力的という中には憎らしさも含まれる)。

人間の愚かしさを片や喜劇という形で表現し(「ヴェニスの商人」など)、もう一方では悲劇という形としても表しているシェークスピアは、やっぱり<凄い人>である。

しかし、それにしても「オセロー」というのは救いようのない話ではある。夫に殺される妻2人、誤りを知り自ら命を絶つオセロー、そして罪人イアゴーには出来るだけ長く苦痛を味わわせる恐らく残酷な刑が処せられるであろう。

「ヴェニスの商人」でも感じたが、ヴェネツィアの貴族たちには何か納得しがたい気持ちがある。シャイロックにしてもイアゴーにしても、残酷な刑を下せばいいのだろうか。

おまけ1オセローに首を絞められ死んだと思っていたデズデモーナが突然息を吹き返し、二言三言喋る。ビックリした。ひょっとしてこのまま生き返っちゃうんじゃないかと心配になってしまった(生き返ったら「オセロー」じゃなくなっちゃう)。喋ったあと、今度はちゃんと息を引き取った。

おまけ29月に見たシラノ、ヴェニスの商人、ドラクル、ロマンス、みんな前半が冗長だったが、オセローははじめの23分、聞き取りにくいひそひそ声の会話を除いて、ずっとテンポよかった。さすが蜷川なのか、元々そういうつくりなのか。

おまけ3役者さんはタフである。この「オセロー」では、金属製の階段があちこちに置かれ、役者さんはそれを昇ったり降りたり。長いものは20段くらいあったから、駆け上がったりするとけっこう大変だと思う。

追記1ヴェニスの将軍オセローは、キプロスでトルコ軍と闘って全滅させ、キプロス総督になっているが(悲劇はキプロスで起こる)、実際はヴェニスの完敗だったということだ。

追記2ムーア人とは、北西アフリカのムスリムの総称だということだ。オセローはモーリタニアの出身だ。ムスリムというとイスラム教徒だが、オセローはたしかキリスト教徒だったはず。改宗したのだろうが、それでもムーア人なのか。よくわからない。

<上演時間>1110分、休憩15分、第2110分。歌舞伎並みの長さである。もう一度見たいけれど、時間的にもきついし、今日も補助席が出ていたくらいだから、チケット的にもむずかしいかも。

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2007年10月11日 (木)

秋の薔薇

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さいたま芸術劇場のある与野本町駅前は薔薇の花盛り。
行きは駅ビルの中を通ってしまったからわからなかったが、帰りに高架線路沿いにさまざまな色の薔薇が咲いているのを見つけ、道を急ぎながらも目を楽しませてもらった。
これまでに何回か通っているのに、シーズンオフだったのか、今回初めて薔薇に気付いた。
そういえば、与野本町から徒歩7分という与野公園は薔薇の名所として有名らしい。薔薇の花を見たくなると、駒込の旧古河庭園に足を運ぶが、与野公園にも是非一度行ってみたい。

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2007年10月10日 (水)

祝・体育の日

気持ちのいい空気になってきた。朝から予感はあったけれど、さすが1010日。家じゅうの窓を開け、日光と空気を入れる。

実にバカげた法案によって、体育の日が意味をなさなくなってから8回目の1010日を迎えた。

19641010日。前日までの雨が見事に晴れ上がり、東京オリンピックは開幕した。体育の日は東京オリンピック開会式を記念してできた休日である。そして、開会式は過去100年の中で最も雨の降ることの少なかった1010日を選んで決められたのである(100年で雨は5日?)。

そういう祝日の意味(上記のように、体育の日には二重の意味がある)を無視してつまらぬ第2月曜日などという移動祝日にしてしまったら、実に過去8回中6回も雨が降っているという。天が怒っている、などと常套句的なことは言いません(あ、言ってるか)が、こうなったらいっそのこと、体育の日は雨の特異日と決め込んで行事など行わぬがよいとさえ思う(個人的にはその日の行事・外出は避けようと計画が立てられるから、ありがたい)。

納得いかないのは、体育の日だけではない。成人の日。元々は元服の日であったという。そういう制度の良し悪しは別として、1人の人間が大人になるという、歴史的にも意味があった日が、これもただの休日に変わってしまった。

もちろん、ハッピーマンデーで実際に幸せを感じている人も多々いるにはいるだろう。しかし、私は開会式当日の空に描かれた五輪のマークをこの目で見た者として、この日には特別な思い入れがある。だから、どうしても1010日以外を体育の日とは考えられないのである。
私にとっての体育の日は今でも
1010日であり、成人の日は115日である。

以上、オバサンのガンコな繰言でした。

追記1敬老の日も同様に、移動祝日となった。これはもともと兵庫県の「としよりの日」が全国に広まったものらしいが、それは知らなかった。起源を知らなかった分、思い入れはやや薄いとはいえ、それでも固定日でないと、ついつい忘れ、敬老精神がどこかへいってしまいそうである。いや、特別な日だけ敬老精神を発揮するっていうのもおかしなものではありますが。いやいや、普段からお年寄りを敬わなくなっている時代だからこそ、年に1日だけでもそういう気持ちを持てるよう、やはり元の915日に戻すべきではないでしょうか。

追記2体育の日と勤労感謝の日を11月の初めに移動し、文化の日を中心に秋の大型連休を作るという案があるらしい。真偽のほどは知らないが、何をか況やである。

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2007年10月 9日 (火)

鴈五郎さん、安らかに

中村鴈五郎さんの訃報を、今日の朝刊で知った。
正直言って、鴈五郎さんという役者さんはよく存じ上げない。だけど、鴈五郎さんも又歌舞伎を愛し、歌舞伎に奉じたお一人であることは間違いないだろう。60歳(歌舞伎手帖では昭和24年生まれとある。だとすると、まだ60歳にはなっていらっしゃらないはず)という若さでのご逝去に、無念の涙が思われる。
どうぞ安らかにお眠りください。

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憑依

宅配便で出す仕事。集配ステーションに行く時間がなかったから、外出時、駅前のコンビニで出すことにした。

2つあるレジの1つしかやっていない。しかも肉まんとかポテトを買ってる先客が1人いる。イラ度を示す針が12振れる。それを袋に入れる店員の手際の悪いこと。とろとろとろとろ。イラ度の針大きく振れる。

2つほどの肉まんとハッシュドポテト1枚を苦労して袋に詰め終わり「○○円です」と店員が言う。よし。と思ったら、客、「あ、××と△△ください」って、おでんなんか注文しやがった!! イラ度、危険閾値へ。押さえて押さえて。必死で針を戻す。

店員、23歩離れた鍋のところにちんたら行って、のんびり中を覗き、「あ、今温め始めたところなんですけど」。客、少し考えて「じゃ、いいです。肉まんにしてください」って、又肉まん注文しやがった!!

店員、どう考えたって、今まで以上に早い行動はできない。たらたらたらたら、また苦労して袋に肉まんを詰める。「○○円です」。客、わずか何百円の買い物に1万円札を出しやがった。店員、ちんたらちんたら釣りを用意する。も~うっ、イラ針、振り切れ寸前!!

その時、不意にもう1人の店員が現れ、隣のレジを開くではないか。「次の方どうぞ」。なんだよなんだよ、私はこっちのレジでさんざん待たされ、その間にもほかに店員はいないのか、隣のレジはいつあくのか、って気を揉んでいたんだよ。今並び始めた次の人が、私を差し置いて隣のレジで会計済ませてる!! そんなのアリかよ。

こっちの店員、伝票書くのもタラタラタラタラ。イラ針はもう振り切れちゃって動かない。機嫌悪い声を出さないように「明日午前中でお願いします」と言い、受取りもらった途端に身を翻し走って店を出たのが精一杯の抗議。どうせ、相手にはわかっちゃいないと思うけどね。

こら~、金払う段階になって新しく注文なんかするな!! こら~、コンビニの店員って普通、もっとテキパキしてるだろが!! 客を10分も待たすな!!!(実際は5分かな。でもイラ度的には10分)

って、これ言ってるの、私じゃないからね。私は他人様の買い物にイチャモンつけたり、勤労者の一生懸命働いている姿に文句は言いません。こんなことを私に言わせるなんて、何かが私に憑依してるのだ。最近、多い。南無三。あ、私、仏教徒じゃなかった。

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2007年10月 8日 (月)

さらば、ノリック

昨夜のニュースで、阿部ノリック(典史)の死を知った。
ノリックの長髪と素晴らしいパフォーマンスは、F1は見てもバイクのレースについてはほとんど知らない私をも興奮させた。
あれからもう10年ほどもたったのか。すっかり忘れていたノリックをこういうニュースで思い出すとは悲しいものである。まだ32歳…
ご冥福を祈る。

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2007年10月 7日 (日)

歌舞伎を支えて

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歌舞伎を支える、これも歌舞伎座の姿。
今どき珍しい裸電球の部屋なんかも見えたりして、ちょっと胸が熱くなった。

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2007年10月 6日 (土)

意外な収穫

106日 芸術祭十月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)

0710061jinbaori 「赤い陣羽織」。あの美貌の錦之助さんがブサイクなおやじにどうやって変身するんだろう、翫雀さんと錦之助さんは瓜二つの役だっていうけど、そんなに似るんだろうか、と開演前からちょっと楽しみであった。

さて幕があくと普通は拍手が起こるけれど、そして私も拍手しようと手を挙げかけたけれど、今日はなんとなく皆が手を叩きそびれたという感じで始まってしまった。錦之助さんはなるほど、そう変身してきたか。眉はぶっとく、垂れ目、<ほもおだほもお>みたいなヒゲの剃り跡で。やっぱり真面目というか、演技が丁寧で、一見面白くなさそうなんだけれど、何となく可笑しさが漂った。孝太郎さんのおかかはすごい美人のはずなのにそうではなかったし、う~んという感じ(かなり男入ってる)。でも、実直に慎ましく暮らす夫婦の情愛は感じられた。

翫雀さんのお代官は錦之助さんのおやじとそんなには似ていない(そこは歌舞伎だから)。翫雀さんも丁寧に演じる中に天性の可笑しみがあって、登場人物の中では一番魅力的(人物像が面白いという意味で)。吉弥さんの奥方、亀鶴さんのこぶん、松之助さんの庄屋、みんなそれぞれに適役で、民話の絵本を見るような雰囲気を醸し出し、肩がこらずに楽しめた。

ところで、おやじ夫婦は馬の孫太郎をかわいがっているが、この馬に入っている役者さんがさぞ大変ではないかと思う。全体の3分の2くらいは厩の中でじっとして、せいぜい足踏みしたり、時として首を振ったり嘶いたりするくらい(ひひ~んと嘶くたびに客席から笑いが湧いたけど、そんなに何度も可笑しかったかなあ)。これは案外きついだろうなあ、とずっと気になってしまった。

0710062huingiri 「恋飛脚大和往来--封印切・新口村」。いくら時様の梅川でも、心中物は苦手だし、藤十郎さんのこってりはきついなあ、と敬遠したい「封印切」であったが、これが意外や意外、面白く見ることができた。藤十郎さんの忠兵衛が、上方のこてこて感は時々あったものの、全体には思いのほかあっさりしていて、これなら受け入れることができる。どころか、私はこれまで忠兵衛はどうしようもないバカだと思ってあんな展開になることにほとんど同情なんか感じなかった(悪役の八右0710063ninokutimura 衛門のほうがよっぽど魅力的だった)のに、忠兵衛の追い詰められる気持ちが今日は何となくわかるような気がしてしまったのだ。危ない危ないと自戒しながらついつい八右衛門の挑発に乗せられて、気がついたら封が切れていた、という、やっぱりおバカさんではあるけれども、そこを理解させられたのは藤十郎さんの芸なのかもしれない。ぷっと思わず吹き出すような場面もあったりして、私にとっては、今までで一番納得のいく、いい「封印切」だった。

3階席だと、藤十郎さんの花道の出と引っ込みをほとんど見ることができず、今にして残念に思う。

時様の梅川はきれいで、とくに新口村での細やかな心遣いが胸に沁みた。ところが、我當さんの孫右衛門でたっぷり泣こうと思っていたら、こちらも意外なことに泣けなかった。我當さん、どうしちゃったのかな(それとも私がどうかしていたのかな)。最後、竹藪の向こうを落ち延びて行く2人を見送るところだけ、ぐっときたけれど。

0710064hagoromo 「羽衣」。玉三郎さん、見るたび綺麗になっている。踊りはいきなり最後になっちゃうけれど――というのも、途中私が少し天に昇ってしまい、また不本意ながら全体的にぼ~っと見ていたので、しっかり感想が書けない――天に帰る足取り(っていうのも変なものだけど)が滑るようで、羽衣をひらひらしながら飛ぶ天女が頭にイメージできました。これも、子供の頃に見た絵本のページが甦ってくる感じだったが、やっぱり花道がほとんど見えず、残念。

おまけ:お昼にカレーを食べた後、朝からずっと漂ってきていた鯛焼きの香ばしさについに負けて、デザート替りにぱくついてしまった。最近、食後に甘いものがほしくて、本気で糖尿を心配しているというのに。その後の休憩時間でももう1つと手を出しそうになる誘惑と戦うのに必死でした。

<上演時間>赤い陣羽織60分、封印切76分、新口村44分、羽衣35

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2007年10月 5日 (金)

日課になるか

今週から始まったNHK朝の「ちりとてちん」を見ている。ミツ(貫地谷しほり)が主役だからである。未だにミツって言ったら進歩がないけど、それだけ私にとってインパクトが強かったということだろう。

「ちりとてちん」に貫地谷しほりは、まだ出てこない。今は子役の桑島真里乃。この子がとっても上手で可愛い。おじいちゃん(米倉斉加年)との触れ合いがたまらなく良い。で、この桑島真里乃が貫地谷しほりによく似ていて、明日、いきなり何年後かになっても「いもたこ」の時のような違和感は絶対ないと思う(明日、土曜日から貫地谷しほりに替わるらしい)。そして、桑島真里乃はお母さん役の和久井映見にも似ていて、ということは貫地谷しほりも和久井映見に似ているってことかな。

半年間、毎朝見続けることができるかどうか、まったく自信はないけれど(面白くなくなったらやめる、面白くても自信はない、何しろ毎朝だからなあ)、当面はちょっと楽しみ。

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3億年の闘い

少々汚い話なので、そういうのが苦手な方は飛ばしてください。

燻煙式殺虫剤をたいた。ここ何年も見なかったゴキブリ(書いただけでor入力しただけで、口にしただけで、見ただけで、聞いただけで、いや~な気持ちになる名前だ)を今年は時々見かけるようになった。そこで夏に1回たいたのだが、以前にやったときは即死骸を何匹か発見したのに、この夏はゼロ。そのときから怪しいとは思っていたのだ。そうしたら、又最近、ちょくちょくヤツらが出てくる。こりゃたまらん、と思い(うち、そんなに汚いか~)、今日再びたいたわけである。

こういうのって、食器や食品、衣類や布団に薬がかからないように準備するのも大変だけど、終わった後のほうが大変。家じゅう掃除機をかけ、雑巾掛けをして、出したものを元のところへしまう(これ、元々苦手だから、よけい大変)。プチ大掃除ってところだ。2日も続けて掃除しちゃった、この私が!!!  

ところで、やっぱり「私って…」。準備万端整えたつもりだったのに、ティッシュとペーパータオルを避難させ忘れた。これ、夕食の準備中に気がついた。ティッシュは上のほうの何枚かを捨てれば大丈夫かもしれない(この後、恐る恐る使うことになるだろう)けど、ペーパータオルはダメだな。まだ半分くらい残ってるのに……。もったいないから、ガス台を拭いたりするのに使おうかな。

ところで、今回もヤツらの死骸を見ないのよね。ってことは~。

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2007年10月 4日 (木)

温かい哀しみ:「ブラフマンの埋葬」

やっと電車の中で本が読めそうな余裕ができたので、机に積んである文庫たちの中から一番文字数の少ない「ブラフマンの埋葬」を選び、4回の乗車で完読した。

小川洋子さんの本はこれも含めて2冊しか読んだことはない。「ブラフマン」は、以前にmamiさんが感想を書いていらしたのを見て、どうせツンドクくせにな~と自嘲しながらも早速購入したもので、そのときはまだ「博士」も読みきっていなかったから、まず先にそちらを読んだ。

2冊を読んだだけではあるが、小川さんの文体は1人称でありながら感情に溺れることがない。どこかで<><>を見ている別の視点があるような感じがする。もしかすると、その視点は<哀しみ>という視点かもしれない。静かに淡々と、しかし温かく描かれる博士やブラフマンとの日常の中に、常に哀しみが潜んでいるような気がするのだ。哀しみの感情が表に現れるときでさえ、淡々としたその筆致は変化することなく、それが逆にストレートに、しかし突き刺すのではなしに、徐々に心に染み渡ってくる。涙が出るのとは違う。温かい哀しみとでもいおうか、そういうものに包まれる。

小さなブラフマンに寄せる<>の思いは、私もサンタという名の小さなシーズーと生活していたからよくわかる。ブラフマンの仕草や行動がサンタに重なり、何度微笑みそうになったことか(電車の中だから、一応)。

いい本に出会えたな、そんな感じである。
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昨日の続き:久々の朝陽の中で見る部屋は、埃やゴミが目立ちすぎ、一昨日掃除したばっかりなのに、ついつい今日も雑巾掛けしてしまった。

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2007年10月 3日 (水)

2日が3日に、3日が…

3日ぶりに拭き掃除をしてサッパリした。私は3日に1回拭き掃除をするんだけど、こういうのは3日ぶりっていうのかな、それとも2日ぶり? 恥ずかしながら、この「○○日ぶり」っていうのがよくわからない。

まあ、今それはどうでもいいことで、要するにあまり頻繁には掃除しないってこと。去年くらいまでは1日おき(つまり2日に1回)にしていた。3年くらい前までは毎日やっていた。

拭き掃除が日課だったときは、それをやらないと気持ちが悪くて1日が始まらないし終わらなかった。旅行などでどんなに早起きする必要がある日でも、さらに早く起きて掃除してから出発した。大変そうだからと、子供たちがクイックルワイパーを買ってきてくれたが、だいたいが我が家には障害物がたくさん置いてあるからそういうものは使いにくいし、自分自身床に這いつくばって濡れ雑巾でごしごしやらないと掃除した気分になれないのだ(子供たちは雑巾がけはしない)。で、結局クイックルワイパーは未だに部屋の片隅に突っ立っている。

そういうきわめて勤勉な(決してきれい好きではない)私であったのに、いつの頃からかな~んとなく面倒くさくなって、「明日でいいや」となってしまった。そして、やたら芝居を見るようになってからは、「今日は忙しいから明日」と自分に言い訳して、間を2日あけることが多くなった。そうなると、別に3日に1回でもどうってことないな(大した面積じゃないんだけど、本当はそれでも埃やゴミの量が増えて汚いし、それだけにそれをきれいにするのはけっこう大変である。そこを目を瞑り、どうってことないと思うのがズボラの図式:指示代名詞が多すぎるな、この文)ってことで、現在に至っている。本来のだらしなさが徐々に表に出てきたのだろう。ひっくり返すと洋服を少しずつ脱いでヌードになるボールペンみたいだ。ボールペンは反対にひっくり返せば又服を着るけれど、やがてもう少し年をとった私は、だらしなさがエスカレートして、掃除は週に1回、月に1回なんてなっちゃうんだろうか。その先は怖くて考えられない。

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2007年10月 2日 (火)

ケガは眠い証拠?

私は時々、手の指に大きなケガをする。包丁で親指をざっくり切って病院に行ったこともある。また、訪ねて行った家のドアの蝶番のところになぜか手を置いてしまい、ぎぃ~っとゆっくり閉まる重いドアに中指をはさみ、出血もしたが、内出血のほうが激しく、全治半年というバカなケガをしたこともある。このときは、周囲の忠告を無視して、病院へは行かなかった。そのほか、おろしがね、スライサーで皮膚をむいちゃうなんてことは数知れず。

しかし、思い返してみれば、そういうケガは必ずといっていいほど、睡眠不足の時に起こるのだ。今より若かったときでも、睡眠が足りなければ注意力も散漫になっていた、というわけだ。

最近、こと睡眠に関しては比較的健全な生活を送っていた私だが、昨夜はそのツケがまわり、仕事が間に合わなくなって久々にほぼ徹をやってしまった(ってことは、仕事を間に合わせるには健全な睡眠を貪っていてはダメだってことか。な~んて、屁理屈か)。そして、つい先ほど、大根をスライサーにかけているとき、やってしまった。親指の先端を軽くざっくと。

こういうときに活躍するのが、昔ながらのホルム散。黄色い粉の血止め薬である。即効性があり、浅い傷で出血量だけが多い場合は、これをパッパッとかけ、絆創膏でもしておけば、間もなく血は止まる。今も早速この手当てで、バッチリ止血できた。あとは、抗生物質入りの軟膏を塗っておけば感染も防げるはずだ。当分ずきずきと痛むのは仕方ないだろう。

睡眠不足時のケガは、体をいたわれという警告だと受け止めている。

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2007年10月 1日 (月)

初日

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早速、新会社の売上に貢献してしまった私

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1点でも気分好し

930日 対アルビレックス新潟戦(埼玉スタジアム、1533キックオフ、47,755人)→10勝利

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0709303niigata 朝から氷雨の吹きつけるような日には、試合会場まで行くのが億劫で、はなはだ気乗りのしない状態で家を出た。第一、こんな日は荷物が多い。今日の座席は屋根のないところだということで雑巾、レインポンチョ、寒いから座布団、ひざ掛けと、ただでさえ荷物が多いうえに、観戦中に何となく身体がしめってくる。出掛けにポンチョにかけた防水剤が足りなかったのかもしれない。前半は、試合もレッズに疲れが見えたし、こちらも座り心地が悪く、応援に全然力が入らなかった。

これじゃいかんというので、ハーフタイムに思い切って袖のついた合羽を買うことにした。今着ているのは10年も前に買ったものだし、生地が薄いのはいいけれど袖がないから行動しづらい。サイズはLしかなかったが、値段が意外に安かったので購入し、さっそく古いポンチョを新しい合羽に替えて、気分も新たに後半戦へ。

いい場面も多々あったが、雨でみんなつるつる滑ったり転んだり。おお、残り12分で永井に替えて岡野投入。もっと早く入れてほしかったなあ。岡野のスピードは全然衰えていない。岡野が走るだけでスタジアムが沸く。エンターテインメントサッカーだ!!

しかし、岡野は雨のせいか球さばきがあまりよくなく、試合も00のまま残り時間あとわずか。絶対勝ってくれ~との祈りが通じたか、42分、ポンテの蹴った球がポストに当たりそのままゴールへ。やったやった!! 前日、ガンバが大分と対戦し、00で試合終了かという間際、バレーが1点入れてしまった。「くそ~」という同じ気持ちを、この時ガンバサポが味わっていたかもしれない。

ロスタイムはほとんどないだろうと思ったら、3分も。そんなにあるのかよ~なんてブツブツ言い、とにかく攻め続けてくれ、ヘタに守りに入るなと叫び、イエ~イ試合終了だあ。

たった1点だけど、なんとも気分が好い。選手と同様雨に打たれながら(ちょうど屋根の途切れるあたりで、軒にあたるところから、時々ボタッボタッと大きな雨滴が落ちてくる)の応援だったから、連帯感もより強まったのかもしれない。

選手が挨拶に来るのを待ち、一緒に勝利の雄たけびをあげ、行きとは正反対のノリノリ気分(現金なものだよね)で飲み屋へ。ナマを4杯くらい飲んだだろうか。他の酒とちゃんぽんにしなくて正解だ。今朝はほとんどアルコールが抜けている。

さて、これでやっと9月がすべて終わった。最後の2週間は遊び以外にも用事が多く、ちゃんと家にいたことは1日もなかったから、さすがに疲れた。

追記1新潟は地元に根付いたサッカー人気を実証するかのように大勢のサポーターが応援に来ていた。あとわずかというところで1点を失い負けたわけだが、サポーターは挨拶に行った選手たちに暖かい拍手を送っており、ほっとした。

追記2写真は、雨の合間を縫って撮影。バッグは濡れないよう膝の上に置きその上から合羽を着ていたから、カメラを取り出すのも一苦労だった。そういえば、足元にリュックを置いている人がいたが、見るとリュックはびっしょり。あれじゃあ、中の荷物も濡れているだろうし、背負って帰るってわけにもいかないんじゃないかと、他人事ながら心配になってしまった。
おまけ:昨日は仲間4人が並んだ席は取らなかったので、祝勝会は飲み屋集合になった。遅れて着いた私にはビールはきたけどお通しがこない。注文しかけたその時、隣にいたお節介な仲間A(自称「親切のかたまり」。確かにそうだが、親切は時にお節介にもなる)が私に自分のお通しをくれようとして、手をすべらせ、自分のジョッキをひっくり返した。おかげで私のジーパンはビール漬け。試合中にだって濡れなかったジーパンがここでびしょびしょになるとはねえ。
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