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2007年8月

2007年8月31日 (金)

胸キュンな鉄道

829日 大鉄道博覧会(江戸東京博物館)

キャラメルの芝居が意外と早く終わったし、同じ大江戸線沿線にあるということで、江戸博に行った。もうこの博覧会を見るチャンスはないものと半分諦めていたから、しめしめ、である。

入ってすぐ目に入るのは、下工弁慶号。写真撮りた~い。だけど無理だよなあ。ところがふと見ると、「フラッシュ撮影はお控えください」の文字が。てことは、フラッシュをたかなければ撮影いいの? いいに決まってるよね。とはいうものの、気の小さい私は咎められるのを恐れて係りの人に確認した。OKが出たから気兼ねなく撮らせていただいた(嬉しいご配慮です)。ところが、私のカメラはどうも室内がうまく写せず(設定か何かが悪いのかもしれない)、大半ピンボケ(--,)

日本の鉄道って、明治13年には、かの有名な新橋~横浜間と、神戸~大津間、そして北海道の2線――手宮(小樽)~札幌間と、釜石製鉄所の鉱石運搬用の釜石鉄道――しかなかったのだそうだ。本当に短い短い路線だ。それが20年後の明治33年には東海道線全線、信越線が高崎~直江津間、北陸線が富山まで開通しており、私鉄もかなり発展したという。明治~大正期の鉄道発達の勢いが、昔歴史で習った記憶の甦りとともに、地図や展示品で実感された。

0708291carriage_2 修学旅行列車に集団就職列車、待合室のだるまストーブは、まさに「3丁目の夕日」を思い出させ、館内に流れる井沢八郎の「ああ上野駅」の歌とともに、直接知りはしないのに、胸を熱くさせる。そう、列車って、郷愁を誘い、実際の旅は大変だったろうにロマンを感じさせるのだ。

私は子供の時、毎年ではなかったと思うが、夏休みになると、母の故郷である秋田県に寝台車で連れて行ってもらったものだ。当時は2段ベッドなんていうのに憧れてもいたから、寝台車はその気分が味わえて楽しみだったように記憶している。寝台車の実物の前で、駅弁、蓋付き土瓶のお茶、冷凍みかん、狭い最上段…あの当時が一度に甦り、胸がキュンとした。

0708292observation_car_2 つばめの展望車。多分私は実際に乗った経験はない。だから今回の実物展示に乗ったのが最初で最後だ。内部にはつばめに関連する写真パネルが何点か掛けられていて、その中で「元旦のつばめ1号車内 市川猿之助らが乗車」というのが目を引いた。昭和25年の写真であるから、亀治郎さんのひいおじいさん・初代猿翁であろう。

0708293tablet_2 展示品は、ほかに種々列車の模型、昔の列車ではおなじみのタブレット、車掌さんの7つ道具(入札鋏は昔の少年少女憧れの一品)などなど。かつぎ屋さんの荷物まである。この荷物は実際に担いでみることができる。これが実に重い。私などよろよろと23歩進むのが精一杯。昔、我が家にも千葉0708294peddler からおばちゃんが野菜を担いで売りに来ていたが、今思うと、あのおばちゃんたちは偉大だったなあ。

別室に、ジオラマのコーナーがあって、これぞまさに郷愁の鉄道、郷愁の駅、郷愁の町。私もブキッチョながら、いつの日か、そういうものを作ってみたいものだ。

閉館時間が迫っていたから映像を見てこれなかったのは残念だが、展示品を眺めながら聞こえてきたある音声に胸打たれた。それは星晃という人の話で、列車の開発にあたって、一般市民の便利を考えて、3等車両や寝台車が優先されたのだという。そういう時代もあったのだなあ。

万世橋にあった交通博物館が10月にさいたま市で鉄道博物館として新たにオープンする。これも楽しみなことである。
江戸博の「大鉄道博覧会」99日まで。展示品の一覧はココ

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2007年8月30日 (木)

それでも1人盛り上がりの世界陸上

日本人選手は惨敗だなあ。あっちも痙攣、こっちも痙攣かよ~。中には自己新をマークした選手もいる(それでも世界には追いつかない)が、大半は調整に失敗したんだろうか。あるいは予選通過がいっぱいいっぱい程度の力しかないのか・・・
その中で一番ガッカリしたのは澤野(棒高跳び)だ。今日、唯一期待していたのに、戦わずして終わってしまった。無理に踏み切ってはみたものの、跳ぶこともできず、落下した姿は痛々しい。いやそれ以上に情けない。何やってるんだ、と言いたい。言いたいけれど、非難するのは簡単だけれど、しかし不甲斐なさを一番痛切に感じているのは澤野自身に違いないのだ。精神的にも肉体的にも(パリ大会では決勝に進む権利を得ながら、直前の練習でケガ、決勝を棄権)、もっともっともっと逞しくあれ!!
しかし、決勝ともなるとさすがに見ごたえあるなあ。男子200でタイソン・ゲイの疲労を押し切った大会新(!)での2冠目に興奮したと思ったら、男子走り幅跳びのすんげえバトル。イタリアの選手(仕事しながら見てたから、名前、忘れた・・・)が優勝を確信してはしゃぎまわった直後、パナマのサラディノがそれを超える8m57の跳躍。イタリア選手も脱帽、って感じだった。
世界新も出ないし、客の入りも悪くて(競技の時間帯が悪すぎるんじゃない?)、あまり評判はよろしくないようだけれど、それでも世界一流のアスリートの競技を見られるんだから、私は1人でそれなりに盛り上がっている。だけど、十種競技は全然TVでやらないなあ。

おまけ1:最近の女子選手は美人が多いですなあ。美しく逞しい筋肉に美しい顔。女の私だって、ステキだなあと見とれる。カメラ小僧の注目が陸上に移ってきているらしい。
おまけ2:走り幅跳びの砂場が小さく見える。9mも跳ぼうかという選手にしてみれば、着地で外に出てしまうんじゃないか、って怖くないかしら。

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チャレンジシアター:猫と針

829日 キャラメルボックス「猫と針」(俳優座劇場昼の部)
真っ暗な空間にチェロの音が流れる(生演奏です)。やがて舞台中央には白い百合の花束が浮かび上がる。そして舞台は再び闇に包まれ、次に明るくなったときには5人の男女が喪服姿で座っている。
3人、女2人は高校時代、同じ映画研究会に所属しており、今日は殺された仲間の葬式帰りなのである。だが、彼らが喪服を着ているのは葬式があったからだけではない。この5人のうちの女性1人が今は映画監督となっていて、他の4人にある映画を撮るから喪服姿で出演してほしいと依頼したその撮影日と葬式が偶然重なったのである。
普段のキャラメルの芝居とは違って、前説はない。出演者はこの5人のみのワンシチュエーションミステリー。キャラメルにしては一種、試験的な芝居といっていいのではないだろうか。
彼らの会話の基本にあるのは、そこにいない人の話である。死んだ仲間のことはもちろん、自分の家族、コンビニに買い物に行ったメンバー、携帯電話を掛けるために座をはずしたメンバー。そこにいる人たちは、そこにいない人の話をする。
喋っているとき、聞いているとき、間があくとき、役者さんたちの動きは、ウロウロ歩き回ったり、手をぶらぶらさせたり、運動をするみたいだったり、きっとこういう場で私たちが普段している動きなんだろうなと思わせるリアルさがある。
そして会話は、なんだか危うい。間(ま)が微妙に危ういのだ。時にはセリフを忘れたのではないかと思われるくらいの間もある。この間が妙にリアルで、こちらに奇妙な緊張感を強いる。死んだ仲間は誰に殺されたのか、そして高校時代に起こったミステリー。この間のおかげで、登場人物の誰もが怪しく思えてくる。そういう色眼鏡で見ていると、みんなそれぞれに事情を抱えているから、やっぱり誰もが怪しく見えてくる。

と、緊張感が高まったまま、芝居は突然終わった。あらら、という感じだ。ということで、なんだかわけがわからないまま終わってしまったが、それはそれとして、面白い芝居ではあった。
おまけ:出演者の1人、前田綾さんのコメントに、<「キサラギ」を見に行った。5人、ワンシチュエーション、喪服。今回の作品と似てるところありで、かなりおもしろかった云々>というようなくだりがあった。私も設定が似ているなあ、と思っていたので、このコメントを発見して、ちょっとうれしかった。
<上演時間>90分

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気がつけば…1年…

ブログを始めて1年が経った。
と、<決め>たかったのだけど、なんとおマヌケなことに、1年目が終わってからもう1週間も経ってるじゃないの!! 恐る恐るブログを始めたのは昨年の824日。てっきり29日だと思い込んでいて、確認もせず、歯痛を抱えながらの芝居芝居芝居で、あああ、本当に私って!!!


振り返れば、色々な方の楽しい歌舞伎レポを拝見して、私もそんな風に書けるといいな、と思ったのがきっかけだった。ところがなかなか簡潔で洒落た文は書けず、独善的でクドクドしい文になってしまう。歌舞伎の見方にしても、他の方がいいとおっしゃっているものが私にはピンとこなかったり、その逆もあったりで、自分の見方は間違っているんじゃないだろうか、と自信のないことおびただしい。

でも、やがて、こう思うことにした。自分は自分以外の何者でもなく、他の人になれはしないのだ。そうであれば、自分の考えを自分の記憶のために残しておこう、と。そう考えるようになってからは、気が楽になったけれど、一方で、そんな日記のようなものを多くの方に読んでいただいていいのだろうかという疑問も絶えずつきまとっている。それなら公開しなければいいようなものだが、どういうものか、自分の書いたものを読んでいただける喜び、というものが芽生えてしまった。もうブログなしの生活なんて考えられない。私って、こんな自己表現したがりだったのか、と自分でも驚いている。

浅田次郎の「女王の館」という小説で、ある小説家が、天の啓示が下りたかのように素晴らしい文を次々に綴っていくというシーンがある。羨ましい話だが、書きたいことがすらすらとほとんど手を加える必要もないような文になって脳に浮かぶことが、私にもたまにはある。その逆は、もちろん、しょっちゅうである。芝居を見たのに、書きたいのに、何を書いていいかわからず呻吟するのはつらい。そういう時は、その芝居に感激していないのかもしれない。

文というのは怖い。その人の人間性が現れるからだ。私など、まったくもって我儘かつイヤミな人間だなあと自分でも思う。それだけに、自分の書いたものが多くの方の目に触れることを恐ろしく感じることもある。でも、やっぱり私は我儘でイヤミな私のまま、今後もこういう文を書き続けていくのだろう。


最後になりましたが、多くの皆様に拙い文を読んでいただき(
24日推定で53,000
件超のアクセスをいただいております)、またコメントをお寄せいただいて、本当に有難く嬉しく存じておりますこと、遅ればせながら、ここに御礼申し上げます。今後もお読みいただければ、こんなに嬉しく励みになることはありません。

Calligraphy1_2

大袋に数多の物を詰込んで

持たんとすれど能はざりけり







Calligraphy2_2

小袋に持ち得る物をつゝましく

納めて軽々運び去りけり







私の文字ではありませんが、文を書くのもこういうことかな、と。私の場合は大袋になってしまいがち…

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2007年8月29日 (水)

私はトナラー

私は少し高さのある目印がないと、上手く車庫入れできない。だから、駐車場では2台の真ん中に駐めることにしている。真ん中が空いていないときは、誰かの隣に駐める。
これを嫌う人がいる。こっちはせっかく1台もいないところに駐めたのに、その隣に入れるんだよね、こんなに広いスペースがあるのに、なんでわざわざ狭いところに入ってくるんだ、と怒る。まあ、そういう駐め方をされれば、確かに車の出し入れでぶつけられやしないか、とか、ドアの開け閉めに気を使ったりはするわな。
どうして人の隣に駐めるのかと言われれば、私の場合は単に技術的な問題だけど、みんな、隣に誰かいないと不安なんじゃないの? いや、私も、ほんの少しは誰かにすり寄っていたい気持ちがあるのかも…。 

こういう人をトナラーと言うんだそうだ。案外多くみかけます。

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2007年8月28日 (火)

ショー的歌舞伎:新版舌切雀

827日 八月納涼大歌舞伎第二部その2(歌舞伎座)
070813sparrow_2 「新版舌切雀」
渡辺えり子の新作で、「今昔桃太郎」がとても面白かったから期待していたのだけれど、既にあちこちで見かける批評ではそれほど評価が高くなく、それはそれで自分自身にとってはどうかな?という期待をもって見た。

たしかに、はじめのほうに見たら、なんだか消化不良というか、まとまりのつかないまま帰ることになったかもしれないな、と思った。しかし、さすがに日が経ったこともあるのだろう、ごちゃごちゃ感は残るものの、案外面白く見ることができた。
暗闇に包まれた場内に、清太夫さんの「♪人は誰でも昨日は子供 今日は大人で夢忘れ」の声が流れる。幕が開くと、なんと鮮やかな舞台。舞台中央に設えられたひな壇の一番上には鳥の王様(孔雀王・孝太郎)とその奥方(鶴姫・芝のぶ)。ちょっと目を下にやると、おおお松也クンがいます。きれい~、かっわい~い。
勘三郎さんの玉婆は、ごうつくバアサンにしても強烈にデフォルメされた感じがあり、度肝を抜かれた。それが、扇雀さんのばかデカい蚊(「蚊よ」という名前)が出てきたあたりから、このバアサンの寂しさみたいなものが伝わってきて、なんだか親しみがもてて、可愛らしささえ感じるようになってきた。
三津五郎さんの小人が結局は3人の人物像をもっていた、というのがわかりにくかったが、まあ何となく押し切られたという感じであろうか。

鳥たちの中で私のお気に入りは梟の局の亀蔵さんと鷲丸の市蔵さん。亀蔵さんは顔も衣裳も真っ白で、ほとんど座っているだけという印象だったが存在感バツグン。途中変な眼鏡をして、それが光ったのには笑った。市蔵さんは赤っ面だけど別に悪人というわけではなく、鷲の強さを表現しているのだろう。この市蔵さんがとてもかわいいのだ。とくに踊りのときなど、私はかなり市蔵さんに目を釘付けにされた。
鳥たちの踊りはとても楽しい。私は群舞が好きなのだ。白鳥の湖のパロディ(筝曲版「白鳥の踊り」がかかる)にはその意外さに笑い転げた。黒鳥の鶴松クンが可愛い。
それから、勘三郎さんと三津五郎さんの「三社祭」もとてもよかった。このお2人の踊りは「越前一乗谷」でも見られたが、もっと見ていたい~。

渡辺えり子さんの意図にはそぐわないだろうが、私は細かいことは考えずに、ショーとして見たらかなり楽しめる芝居だと思った。

おまけ1玉婆が2人同時に舞台に出る場面が2回あったと思う。1回は勘太郎さんかなと思っていたのだが、2回目(フィナーレ)は勘太郎さんは本来の森彦という玉婆の息子役で出ていたし、ん??とよく見たけど、誰がやっているのかわからなかった。だれ、だれ? 気になる。
おまけ2小山三さんが孫娘お富士役で登場。真っ赤なおべべを着て、可愛らしい。お元気な姿に心から拍手。

おまけ3秀調さんと三津五郎さんは、やっぱりお顔が似ている。表情によってはそっくり、と感心する。秀調さんの飄々とした感じ、大好きです。

おまけ4清太夫さん、1人衣裳をつけてらしたから何?と思ったら、外国の鳥の通訳さんも兼ねていらっしゃいました。大好きな清太夫さんがこういう形でもお芝居に参加されて嬉しい(この衣裳をつけたお姿がまた、可愛い。あらら、誰でも彼でも可愛いで、「可愛い」のオンパレードになってしまった)。

おまけ5勘太郎クンと七之助クンは夫婦役、昼の恋人役といい、さすがに息ぴったりで、今年初めて見る予定の錦秋公演が楽しみ。
<上演時間>68分

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落語的歌舞伎:ゆうれい貸屋

827日 八月納涼大歌舞伎第二部その1(歌舞伎座)
070813ghost 「ゆうれい貸屋」

芝居の途中まで、ず~っと幽霊の出る家作、すなわち<貸家>のことだと思っていた。あ~あ、そうかぁ、幽霊のレンタルのことだったのね、そういえば<貸屋>っていう文字はそういうことだったのかぁと納得(遅いっていうの!!)。
まるで落語を聞いているようで、文句なく楽しめた。孝太郎さんの珍しいおかみさん役。歌舞伎で長屋のおかみさんっていうと、気が強くて、ダンナとしょっちゅう喧嘩しているっていうイメージがあったけれど、このおかみさんはそうではない。ちんまりとしたやつれ感、しょうもないダンナに対する愛情が孝太郎さんの丸めた背中からにじみ出て、なかなかよかった。
三津五郎さんと福助さんの掛け合いはもう、芸達者どうしだから可笑しくて可笑しくて。福助さんもこの役ならいくらでも顔を作れるし、本領発揮というところではないかしら。福助さんの幽霊ったら、すんなり壁から消えていったのに、料理の入った手桶を持って帰ってきたとき、入り口の戸を開けてもらわなくちゃ中に入れない。どうして?と不思議に思っていたら、ちゃんと芝居の中で謎解き(ってほどのものじゃない)してくれて、幽霊自身は神出鬼没だけど、手桶はそういうわけにいかない、って。ああなるほどなるほど。
じいばあの幽霊、権一さん、玉之助さん(初めて玉之助さんを舞台で拝見したとき、筋書きのユニークな素顔のお写真からどんな方かと楽しみにしていました。今は、私の中ではぜんぜん違うと思いながらも萬次郎さんにかぶるものがある)、好きです。無事成仏できて嬉しかった。
勘三郎さんはチョイ役だけど、三津五郎さんの主人公の心情に変化をもたらす重要な役どころ。この演技に説得力がなければ、こちらは芝居についていけない。そこはさすが勘三郎さん、独特の間と表情で、切なさ、つらさが表現されていた。

私はこの芝居を見ていて、やはり主人公が最後に人の本性を取り戻すという大仏次郎の「たぬき」を思い出していた。これもたしか三津五郎さん、勘三郎さん、福助さんが出ていた。山本周五郎も大仏次郎も、人間というものに向ける目が優しい。私のような意地悪根性の人間にはそれがとてもまぶしく、かつ懐かしく感じられる(きっと私も昔は優しかったに違いない)。
<上演時間>80分

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2007年8月26日 (日)

美酒に酔う

825日 対FC東京戦(埼玉スタジアム、1904キックオフ、46,951人)→31勝利
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細かいことは考えずに、レッズ首位堅持。だから、勝利の美酒に酔ったとしてもそれは当然の成り行きで。

浦和美園行きの地下鉄が目の前で行ってしまい(あと3秒だった)、これは又キックオフに間に合わないな、と覚悟してスタジアムに向かった。ところが、シャトルバスを降りると、いつも聞こえる歓声もしくは鬨の声が全然聞こえず、スタジアムは静まり返っている。どうしちゃったんだろうと不審な気持ちを抱えながら早足で進むと、ゲートの周りにはまだ多くのサポーターたちがたむろしている。あれまだ試合始まってないのかあ。座席への入り口に近づく頃、やっとサポ一丸となった「うら~わレッズ」の声が襲ってきた。選手入場だ。私、ぎりぎりセーフ。
相手に先制を許し(私の座席側のゴールだったよ…)、またいつものパターンかよ~なんてぼやきながら見ていた前半36分、平川のパスに達也が反応し、見事ゴールぅぅぅ!! おおお、この1点は大きい。01で折り返すのと11じゃあ、エライ違いだもんな。と、興奮冷めやらぬ3分後、平川のクロスにだれかが頭を出した。堀之内だ。おおお、よくぞ頭を出した。よくぞ枠内に落としてくれた。平川が上げたクロスはいいボールだったし、さっきの達也のことがあるから、確信をもって行く末を見つめていたんだけど、その確信が事実になって、私たちはきゃあきゃあきゃあの大喚声。前半リードでハーフタイムなんて、埼スタのリーグ戦では多分今期初めてだ。
ハーフタイムには、試合経過のダイジェストがオーロラビジョンに流れる。こちらの得点場面は角度を変えて何度も流されるが、そのたび、観客から「おおお」という歓声と拍手が沸く。堀之内のゴールシーンに上がる歓声は「おお、よくやった!!」という驚きが混じった感じ。しかしこっちのゴールシーンは何度見ても気持ちがいい。
後半15分、ポンテが3点目を決め、さあ楽勝と油断したのがいけなかったか、24分、今野に決められてしまった。うわああ、頼むから引き分けは勘弁してよね。この頃にはガンバが大敗しそうだという情報が入っており、ここで勝たなきゃ意味ないよ、と力が入る。危ない場面が何度もあり、そのたび「やめてやめて!!」と叫び、窮地を脱して胸を撫で下ろし。そんなことを繰り返して、結果としてやっと勝利という印象になってしまった。とはいえ、この勝ち点3は大きい大きい。ガンバに4点差をつけたわけだから。それに、これで平川、代表入りか。

おまけ1ボールのあるところ常に啓太あり、の啓太が前半24分イエローを取られた。私、その時友人からもらった柿ピーの袋と格闘していて(縦にはすぐ開くんだけど、私は横に開けたいのだ)、周りの審判に対するブーイングで気付いた(恥)。なんでイエロー出たんだろう。
おまけ2FC東京の金沢選手。ロスタイムに入った頃だったろうか、倒れてピッチ外で治療を受けていた。FCはすでに3人交代した後だから、もう替りは出せない。そういう事情だからなのだろう、金沢選手は気の毒に足を引きずり引きずりピッチに戻り、時には片足でぴょンぴょンと進み、見るからに痛々しかった。最後まで試合を捨てないという姿勢なのかもしれないが、わずか12分の残りのためにそこまで無理させる必要はあったのだろうか。そのために取り返しのつかないことになったらどうするのか。たとえ本人が「行きます」と言ってもそれを押し留めるべきだったのではないか。試合終了後、再びピッチに倒れこんで動けないでいた金沢選手はその後どうなっただろう。
おまけ3ロスタイムかその直前くらいか、闘莉王が倒れた。担架に乗せられてピッチの外に出て、それでも動けずそのまま医務室へ行ったようだったから、これはとんでもないことが起きたかと、とても心配した。どうやら脳震盪を起こしたらしいということで、その後普通に歩いてスタジアムを出たそうだから、大丈夫かな。
おまけ4:
大宮、がんばれ!! ハーフタイム、他会場の試合経過発表で前半3-0で負けているって知って、埼スタじゅうにため息が流れたよ。

おまけ5:サッカー仲間4人全員がそれぞれ91年の世界陸上東京大会を見に行っていたことが判明。へええ~。なんかやっぱり気が合うのかな。
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←ポンテの3点目に喜ぶ

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2007年8月25日 (土)

猿之助さん復帰か?!

友人からの情報で、猿之助さんが9月に公の場に登場される予定だとか。本当かな。本当なら嬉しいな。
ココに出ています。

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世界陸上開幕!!

世界陸上が再び日本にやってきた。今朝男子マラソンをやっているのは知っていたが、2時間もTVに張り付いているわけにはいかないから、これは諦めた。今食事をしようと思ってTVをつけたら、ちょうど男子100m 1次予選が始まるところだった。
なんと、まだ朝原宣治が出ているんだ、と驚く。いったい、朝原は何年日本のトップグループの1人であり続けるのだ。超人と言ってもいいんじゃないか(ちなみに朝原の奥さんがシンクロの奥野史子だって、23年前に知って、これも大いに驚いた。それから、さっき朝原の名前が「もとはる」と知ってこれも驚いた。だってずっと「せんじ」だと思っていたんだもの)。
で、朝原は1次予選第1組で理想的な走りを見せ(スターとがよかった)、軽く1位通過した。もちろん予選落ちしたら何にもならないけれど、それでもやっぱり予選は予選だからなあ。決勝でもこの走りを見せてほしい。
思えば、16年前の東京大会。何日目だったかは忘れたけれど、ふと思い立って国立競技場に駆けつけた。その日はずっと雨が降っていた。国立は屋根がないからどうしようかと思ったが、夜の部(?)狙いでチケット売り場に並んでいる間に、奇跡的に雨はやんだ。多分、あの大会の後、あるいはあの大会をきっかけに、世界陸上の人気が高まってきたように思う。何しろあの時はまだ当日券が十分買えたのだから。
高野進、カール・ルイス、マイク・パウエル、ブブカ。この目で見た!! 興奮した。

あの興奮をもう一度、と言いたいところだが、今年はどう調整しても大阪へ行くことはできない。
陸上は、主観的評価の入らない競技である(と言っていいだろう)。だからこそ面白い。「より速く、より高く、より強く」がそのままあてはまる。スポーツの商業化など批判は色々あるだろうけれど、私はやっぱりこの機会を楽しみたい。海外での大会と違って織田裕二に「もうじき○○が始まります」って引っ張りまくられることもないだろうし。
あまりマスコミが取り上げないけど、十種競技なんて、めっちゃくちゃ面白いよ(記憶は定かでないが、日本の第一人者・金子宗弘は東京大会に出ていたと思う)。でも芝居もあり、仕事も山ほどありだからなあ……。

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2007年8月24日 (金)

もっと経験の場をあげた~い:合同公演

824日 稚魚の会歌舞伎会合同公演B班、C(国立劇場小劇場)
070824 先日のA班から1日おいて、B班とC班を一気に見た。
「寺子屋」全体としては、A班とB班を足して2で割るとちょうどいいかな、という印象を受けた。松王丸の松本錦次さん、武部源蔵の澤村國矢さんがよかった。松王には泣かされた。染五郎さんのお弟子さんということだけど、役が役だから幸四郎さんの影がチラついた。しかし、千松といい小太郎といい、身替りになるために生まれてきたような子の哀れさがつらい。子を犠牲にする親も哀しい。
「乗合船恵方万歳」鳥追いが最初から船に乗っているのはわかっていたのに、あれ、あの綺麗な人誰?としばらく考えてしまった。いや~だ、梅之さんじゃない。なんて綺麗なの~~。手拭を使った踊りもとてもよかった。一心會、音の会(私は音の会は見ていないけれど)と努力を重ね、舞台で演じたことがしっかり糧になっているように思った。辰己さんが通人♪♪ 辰己さんって意外とうなじが細く、案外女方でもいけるんじゃないのかな(正月のおくらのスタントは、女方として鑑賞するという類の役じゃなかったから)。
「今様須磨の写絵」
なんといっても市川新七さんの船頭此兵衛が目を引いた。姿よく、声よく、動きよく、悪役なのに魅力たっぷり。全体に團十郎さんによく似ていて、とくに腕や手先の動かし方に師匠のにおいをたっぷり感じた。こういう敵役というのは、本当に憎らしいよりは、多少愛嬌があったほうがいいように思うが、新七さんは團十郎さんのもつそういう愛嬌というか明るさというか、その辺もあって、ただしこれは師匠を写したものではなく天性のものだろう。
清元って、ちょっと苦手なのだけど、今日のお三方はとてもいいお声でした。うちお二人はずいぶんお若いようにお見受けしたが、清元の将来、安心ですね。

「勧進帳」全体的に力が入りすぎかな、という気がしたが、勉強会という性質上、そういうものであるのだろう。市川左字郎さんは、去年の「三社祭」でバツグンの踊りの上手さで印象に残った。今年は義経という大役だが、やはり動きは綺麗。声がリンとして上品である。弁慶は市川新蔵さん。お顔だけ見ると左団次さんに似ているように思った。しかし幸四郎さんでも吉右衛門さんでもなく、まぎれもなく團十郎さんの弁慶であり、新七さんと同様、とくに手の動きがいかにも「ああ、團十郎さんだなあ」と思わせる。セリフは勧進帳を読むあたりにしてもずいぶんゆっくりで、何を言っているかがかなり聞き取りやすかった。富樫の市川升一さん。こちらは不思議なもので、海老蔵さんだなあという感じ。お二人とも緩急自在というまではいかなかったが、熱意と緊迫感が大いに感じられる演技であった。
勉強会であるから、役者さんたちの情熱、これまでの厳しかったであろう稽古の成果が舞台に現れればいいわけで、そういう意味では大変好感がもてた。そしてやはり舞台に立つ経験を重ねることの重要性を痛感した。みんなしっかり演技できているのだから、もっともっと経験の場があればいいのになあ、と思う。せめて、役者さんたちが緊張を維持したまま「楽しかった」と思えるくらいの公演期間があればいいのに。
ただ、やはり今日も現代の若者の顔の小ささが気になった。女方さんは顔が小さくてもそれほど気にならないのだが、立役になるとカツラに負けてしまい、どうしても若すぎて見えてしまう(富樫の升一さんだけは、やはり顔が小さかったにもかかわらず、どういうわけか違和感はなかった)。

イヤホンガイドのコメントは、今日は連れがあったためにほとんどまともに聞くことができなかった。梅之さんは、宗家のご指導で勉強したようにちゃんと踊りたい、というようなことでしたよね? その中でたまたま耳に入りかつ印象に残ったのは、片岡八郎役の中村蝶之介さん(だったと思う。違う方だったらごめんなさい)。師匠(歌昇さん)もよくやるこの役は衣裳の着方であっちが痛かったり、うまく動きが取れなかったりするのだそうだ。自分は着たことがなかったけれど、今回その辺もわかるようになり、弟子として師匠に着せるときの勉強にもなるだろう、という話が興味深かった。
ABC
の各班、もう一度ずつ見たいけれど、スケジュール、無理。
おまけ1勧進帳を見に、左団次さんがいらしていた。舞台で見るよりずっとお若い。松本錦弥さんが一番後ろの席にいらした。あと何人か役者さんがいらしたようだったけれど、お名前まではわからなかった。
おまけ2掛け声がずいぶん飛んでいたが「寺子屋」では「待ってました!」が多すぎ。私としては、「待ってました!」は肝心の時に1回っていうんじゃないと、待っていた重みがないような気がする。
おまけ3中村富彦さん、尾上佳緑さんに似ているかなあと思って見たけれど、似てないよねえ…
おまけ4猿琉さん、B班「寺子屋」の捕手に出てらしたのね。A班だけだと思い込んでいたから、ぜ~んぜん気付かなかった。失敗(--,)

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2007年8月23日 (木)

もう~っ!!

新しい携帯にしてまだ1週間というのに、もう2度も落とした。
1度目はバッグの中で財布の根付にストラップが引っ掛って、財布を取り出した瞬間に、携帯はアスファルトに激突。
2度目はついさっき。上空を見上げたら又縦の雲を見つけたから、そうだ、携帯で撮ってみようと、携帯を構えた後、手の中で車のキーとごっちゃになって、携帯は駐車場のコンクリートに激突。
あああ、なんてこった。私って本当に懲りないというのか、脳がちゃんと活動してないというか、こうやってカメラとか携帯とか何度落とせばいいのだ!!!
かなり動揺かつ心配したけれど、写真は無事に撮れていた。

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可愛いヤツ?それとも怪談?

1週間ほど前、やっと携帯の機種変をした。古い携帯はドコモのMOVAで、新しいモノ好きの私にしては珍しく、なんと5年も同じものを使っていたらしい。何か妙に気に入っていたんだよね。それでもさすがにあちこち傷んできたのと、カメラ機能がとっくに壊れていたのと、何よりも電池がなくなってきたのが、重い尻をあげさせた理由。
新しいものはFOMAであり、ワンセグ機能付きであり(やっと人並みになったか)、忙しいのでまだよく見てはいないのだが、これもまたオモチャ的に楽しめそうだ。ただ、メールはキーの位置がこれまでのものと微妙に違うため打ちづらく、今は練習中というところか。5年の慣れというものはそう簡単に排除できないのだ(そりゃ、オバサンだからだって? そうかもしれん)。
私は目覚ましを携帯に頼っており、以前も15分おきに5回鳴るようにしていた。今度もそうやってセットし、3日経ったとき、目覚ましよりもかなり早く起き仕事をしていたら、どこかで聞いたような音がするのに気付いた。あわてて音源を捜すと、ドコモの紙袋にそのまま突っ込んでおいた古い携帯がせっせと時を報せてくれているではないか!! おおお、なんと愛いヤツ。
アラームが鳴るということは、まだ携帯に生命があるような気がして、ほとんどなくなりかけている電池がもったいないからとりあえず電源を切って、時々取り出してみようかな、なんて思った…のも束の間、電池切れの表示が出て、ついに使えなくなってしまった。機種変の際に充電器だけ返しちゃったし(充電器もコードのコーティングが一部切れていたから)、これで未練は断ち切れた。
ところが、である。今朝、又聞き慣れたアラーム音がするではないか!! なんで?? アラーム機能って、電池に関係ないの?? そういう原理に疎い私は、5年間慣れ親しんだ携帯を可愛いと思うべきか、怖いと思うべきか…

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2007年8月22日 (水)

若さ、熱意、真摯:合同公演

822日 稚魚の会歌舞伎会合同公演A(国立劇場小劇場)
勉強会らしく、若さと熱意と真摯さ、丁寧さが溢れる舞台だった。
「寺子屋」なんだかあまり記憶のない場面が出てきたなあと思ったのは、辰己さんの涎くりがあまりのイタズラぶりに戸浪からお仕置きを受けるところ。火のついた線香と水の入った茶碗を持たされ、隅のほうに移動させられた自分の机の上に立たされ坊主。この場面は、私が歌舞伎座で2度だか3度だか見た「寺子屋」では省略されていたような気がする(それとも1度くらいあったかなあ。歌舞伎チャンネルで幸いにも見つけた幼少時代の亀治郎さん出演版、すなわち松王=猿之助さんでは、この場面あり)。おかげで、辰己さん大活躍で楽しめた。
こちら側で、小太郎を連れてきた松王女房千代と戸浪がやりとりしている間、私はチラチラ辰己さんを見ていたのだけど、いつの間にか線香が短くなっているのに気がつかなかった。ふと、辰己さんが線香と格闘(?)している様子に目が行き、あれれ、いつの間に?と思ううち、「あっちっち」という涎くりの泣き声。千代のとりなしで許され、とたん、千代がもってきたお土産のまんじゅうをさっと掠め取り、頬張ってニヤッと笑うところなど、思わず「かっわゆ~い」と言いそうになった。図体はデカいのにヤンチャな涎くり、辰己さん好演だった
このお仕置きの場面は初めて見たという気がしたが、小太郎の机を運んできた下男と涎くりのオウム返しの演技は何となく記憶の片隅にあったような……。
さて、次のお楽しみは猿琉さんの春藤玄蕃。堂々とした体躯によく透る声。松王や武部源蔵に比べれば造形がしやすいかもしれないが(決してそうではないかもしれない)、それを差し引いてもメリハリのきいた演技はとてもよかった。最後に小太郎の首を菅秀才のものと思い込んで得意げに引っ込むところなども、憎々しくてうまい。キメの形も綺麗だと思った。
竹部源蔵の中村吉六さんは、後ろに師匠・吉右衛門さんの姿が垣間見えるような感じ。やっぱり似るんですなあ。松王の市川竜之助さんともども大熱演だが、2人とも若い。そりゃ当たり前なんだけど、奇しくも先日亀治郎さんが言った「最近の若い役者さんは顔が小さくて脚が長い」、これをまさに実感するお2人であった。今回の寺子屋では、武部が菅秀才を守るために寺子の誰かを身替りに立てようとするその気持ちが、なんだかひどく不条理なものに思えた。武部は自分でもそれを不条理なものとして捉えているはずだが(「すまじきものは宮仕え」だもの)、丁寧な演技からその気持ちがストレートに伝わってきたような気がする。
女方のお2人(戸浪:中村歌女之丞、千代:尾上徳松)がさすがベテラン、うまい。とくに徳松さんの千代は出色で感銘を受けた。哀しい覚悟を決めた母親の心情には泣かされました。

「乗合船恵方万歳」一転して明るく楽しい踊りである。芸者の中村京三郎さんの色っぽさに目を奪われた。18期生2人の角兵衛獅子が初々しくて、これからもがんばれよ~と声をかけたくなった。江戸風俗が十分楽しめます。「寺子屋」のあと、客席に少し空席ができたのが残念。そう言う私も、昨夜来体調万全でなく、食事も摂らなかったのに後半少し意識を失いました(ごめんなさい)。
それにしても、小劇場はやはり舞台が小さい。とくに乗合船のように出演者がたくさん集まると、その小ささが余計感じられる。役者さんも含め舞台を作る方たちには、それゆえのご苦労がけっこうあったようだ。でも、逆に凝縮された熱意が迸るようでもあり、客席との一体感も増すような気がした。
おまけ:イヤホンガイドを借りると、出演者の一言が聞けます。猿琉さんは獅之助さん(? と思っていたけど、違うかも。ごめんなさい)との明るい掛け合いで決意を語ります。猿琉さんの決意のコメントは、梅之さんのブログ820日)にも載っています。猿琉さんファンは必見。辰己さんは、ひどく真面目にゆっくりと、でも絶対その後ろには本来の剽軽さや明るさが隠れているという喋りです。徳松さんは、普段の声(だろうと思いますが)も女性のようにやさしく、びっくりしました。決意の言葉の後に朗々と歌ったのも徳松さん?
追記:urasimaruさんのところへ伺って思い出したのだけど、後ろから「梅幸に似てるわね」と言う声が聞こえてきました。徳松さんのことだと思いますが、言われてみれば確かにお顔が似ていました。それから、プログラムを見ると、中村富彦さんが「いつも黙って見守っていてくれた祖父、尾上佳禄」と書いていらっしゃいますが、富彦さんって佳緑さんのお孫さん?(禄と緑の字が違うのが気になるけど)
<上演時間>寺子屋100分、休憩25分、乗合船40分

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2007年8月21日 (火)

先入観をなくすのは難しい:裏表先代萩

820日 八月納涼大歌舞伎第三部(歌舞伎座)
Part3
「裏表先代萩」。非常に評判がいいようだし、小助、政岡、仁木弾正の勘三郎さん
3役をかなり楽しみにして行った。けれど、期待が大きすぎたかな、という感じ。いやいや、つまらなかった、とか良くなかったというわけではないんだけど…それなりに面白かったのだけど…な~んとなく中途半端な印象を受けたのである。
序幕
は、好きなだんまりの立ち回りだけど、ちょっと冗漫な感じがした。七之助クンの頼兼はスッキリと上品。前に福助さんがやったときは、あまり品がよくないような気がしたから、その点、七之助クンのほうが私は好ましく思ったけれど、なんとなく物足りなさも覚えたのは否定できない。この役って案外むずかしいのかもしれない。
2の「大場道益宅の場」では、道益が鶴千代暗殺用の毒を調合したということで、裏と表のつながりがわかる。ここを丁寧にやっておかないと、後の対決がわからなくなるから、そういう意味でもこの場面はよかったんじゃないかな、と思う。私はけっこう面白く見ることができた。
3「足利家御殿の場」。中途半端な印象を受けたのは、多分にここが物足りなかったせいではないかと思う。この場面、ところどころ端折られていたように思うのだけど、今まで、しつこいくらいに思っていた辛いこの場は、やっぱりしつこいくらいのほうがいいのかもしれない。原口智照クンの千松のあまりのいじらしさに何回も拍手が起こっていたし(それにしても千松は哀れだ。主君のために食べたいものも食べられず、毒に苦しみ、八汐に嬲り殺しにされて……)、下田澪夏ちゃん(ちょっとふっくらした?)の鶴千代君とのガマンの張り合いには涙が出たけれど…、裏表の中の一場面なんだから、この場面はこれでいいのかもしれないけれど…、な~んか乗り切れなかった。それに、勘三郎さんの政岡に、いま一つピンとくるものがなかったのはなぜだろう。思うに、私の中でこれまで自然と築き上げられてきた勘三郎像というものとかなり乖離していたからなんじゃないかしら。だから、こちらの見方に問題があるのかもしれない(これについては、しつこく後述する)。
扇雀さんの八汐は、すっごく憎ったらしかった。でも、ただの意地悪女に過ぎないような感じもしないでもない。
栄御前の秀太郎さん、よかったデス。お顔が仁左様に似ていると、初めて思った。やっぱり兄弟だわ~。
「床下」の荒獅子男之助。勘太郎クン、最高っ。これぞ古典歌舞伎!! 実に気持ちのいい男之助。好きですっ。

大詰「問注所小助対決の場」は、本来の先代萩の細川勝元と仁木弾正の対決を裏に置き換えたもので、面白いし、小気味のよさはあるものの、表の対決の緊張感に比べたら気の毒だろうか。ここで気になったのは家橘さんのトチリがちょっと目立ったこと。興が殺がれるし、第2幕でもぎこちなさがあって、ハラハラさせられたし。

結局、勘三郎さんの3役のなかで一番しっくりきたのは小助だった。私の見方が浅いのかもしれないが、私が勘三郎さんに感銘を受けるのは工まざる愛嬌なのである。だから、政岡とか仁木弾正とか、忠義や悪の塊で愛嬌の入る余地のない役にはピンとこないのだろう。ただ、仁木弾正のほうがまだその余地があって、スケールの大きさは感じなかったが、それほどの違和感はなかった。幅広く色々な役のできる役者さんであることはわかっているけれど、こちらが自分の先入観や印象を変えるというのはなかなか難しいものだと思った。
ついついツッコミたくなる先代萩:勝元さ~ん、死にかけている老人に「歩行が困難そうだから」と言って自らの乗り物を提供しておきながら、無理矢理扇まで持たせて踊り踊らすな~~。って、この前の仁左様にもそうつっこんだんだっけ。
<上演時間>序幕・第252分、第365分、大詰第130分、第225

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2007年8月20日 (月)

気は病から

ここ数日、ひどく体調が悪かった。と言いながらあちこち出歩いているから信憑性が薄いように思われそうだが(不思議なことに亀ちゃんのイベントの間は全然気にならなかった)、首から上の右側全体がひどく痛み、気分が悪いことこの上ない。集中力はなくなるし、横になりたくても普段のツケで溜まった仕事をこなさなくてはならないし、二酸化炭素の雲に覆われたような脳にムチ打って、なんとかとりあえずの締め切りには間に合った。
今回はとくに歯と頭の痛みがひどく、右の奥歯に穴があいていてこの前いじったから感染を起こして細菌が脳にまでいったのではないかとか、去年顔面骨折した後遺症で血腫が脳を圧迫し、そこから歯に痛みがいっているのではないかとか、こわいことばかり考えた。もし大きな病気だとしても、年老いた親が生きているうちは死ねない、その一念だけで生き続けなければ、なんて覚悟もした。
今朝、起きたら痛みが軽減している。昨夜まではすぐにでも医者に行こうと決めていたのに現金なことだ、盆休み明けの医者は混むに決まっているし、もうちょっと様子をみよ~っと。
病は気から、と言うが、私の場合、気は病からだな。そういえば、100歳まで生きると常々宣言している父も、健康を害した途端気弱になって、明日にも死にそうなことを言う。そして回復すればまた100歳を目指す。親子揃って、気は病からだ。
ところで、一番耐え難い痛みってどこの痛みだろう。頭痛?腹痛?腰痛?歯痛? どこと言うよりは、とにかく痛いときの痛みが耐えられない痛みなんだろうな。

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2007年8月19日 (日)

楽しいトークを満喫

818日 市川亀治郎トーク&レセプション(パレスホテル)
広い会場の正面に設えられた小さなステージには肘掛け椅子が
2脚。漠然と出かけて行った私はそれを見て、ああ、トークショーってことは誰かと対談するのか、とおバカにもその時理解した。
やがて登場したのは鈴木治彦さん(この日、
78歳のお誕生日♪)。続いて拍手の中、スリムなスーツ姿の亀治郎さんが姿を現す。坊主頭である(つるつるだったが、だいぶ伸びたのだそうだ)。「情熱大陸」の撮影陣がカメラを構える中(来年16日放送予定)、ハの字に並べられた椅子の向かって右側に亀治郎さん、左側に鈴木さんが腰をおろし、1時間のトークショーが始まった。私は一番右の席だったため、鈴木さんのお顔はよく見えるが、亀ちゃんは形の良い坊主頭の後ろから、よくて横顔が見えるだけ。まあ、それでもいいけど、やっぱりちょっとなあ、と思っていたら、やがて鈴木さんが「ちょうど半分たったから席を替わりましょう」と立ち上がり、今度は亀ちゃんがバッチリこちらを向く格好となった。ステキな心遣いに感謝♪
風林火山、オペラ座公演、女方についてと3本の柱を立てて、鈴木さんが巧みに会話をリードしていく(歌舞伎チャンネル「芸に生きる」みたいな感じ。さすがに鈴木さんは話を引き出すのがうまい)。
まずは亀治郎さんに晴信役がきた経緯から。プロデューサーは「児雷也」の綱手姫を見て、亀治郎さんに白羽の矢を立てたそうだが、それを知った亀治郎さん自身、何を考えて自分が選ばれたのかわからなかった。後に「すべてをぶちこわしたい」という制作の意図を知って、ああそれならわかる、と納得したということである。
TVで学んだことの一つは、目をどこに向ければいいかということ。カメラを直視するのはよくない(いわゆるカメラ目線。誰かさんの例をとるまでもなく、不自然さを感じる)。カメラの少し脇を見るようにするといいようだが、カメラさんと親しくなることによって、向こうのほうから、きれいに見えるよう動いてくれるようになったそうだ。歌舞伎の舞台における視線とはまったく違うから、最初はとまどったであろうと、頷ける話であった。

興味深かったのは、役者の体型の話。今の若者は膝から下が長いので、床机に腰掛けると膝が床机より上にいってしまい、格好が悪い。立ち姿でも脚が長いのは安定感がないので、できるだけ腰を落とすようにしているとか。時代劇では顔が大きく脚が短いほうがよい。歌舞伎でもそうで、顔が小さい、脚が長い役者がふえてきているのだそうだ(もちろん、亀ちゃんもその1人。って脚長自慢かぁとは、私の心の中のツッコミ。でも、確かに亀ちゃんのスーツ姿はカッコいい!!)。亡くなった黒沢明監督が言うには、日本で一番鎧兜が似合うのは加藤武さんだという(ってことは、加藤さんは……。時代劇役者としては名誉なことだよね)。
もう1点大河の話で面白かったのは、TVは撮りの順番がバラバラなので、今どの場面を撮っているのか確認しないとわからなくなるということ。私もいつも、連続場面でないのによく感情移入や演技がすぐできるものだと、感心していたが、亀ちゃんの場合、それは比較的スムーズにできているということであった。というのも、その場その場の雰囲気で自然にアドリブを入れながらやっているかららしい。時代劇言葉に慣れない役者さんではアドリブなど入れづらいだろうが、亀ちゃんならお手の物だから。
次はオペラ座の話題。1年間大河に専念するつもりでいたのではじめは断ったのだが、市川一門でやりたい、ということと、大河主役経験者の海老蔵さんの「大丈夫。僕だって、大河やりながら舞台に出てた」の一言で断れなくなったそうである (^^)
義経は、大変だった。オペラ座の舞台には傾斜があり、じっと座っているのがきつかったのだそうだ。うっかりしていると前のめりになる。また、最後の引っ込みが成田屋さん親子で違うので、自分の引っ込みを間違えないように今日はどちらと意識しておかないといけなかったという。また、山神ではじめて息があがるという経験をし、歌舞伎体力が失われていることを実感した。TVは至れり尽くせりで、なんでもやってくれるし、ワンカットの撮影が短いから、体力的にぬるま湯状態になっていたそうである。でも、2カ月の麻阿で、歌舞伎体力は完全に回復したのじゃないかしら。
評判を呼んだフランス語の口上を、鈴木さんの希望で一部再現してくれた。例のオペラ座の怪人のくだりである。よく覚えているなあ、と感心した。アメリカ人と違い、フランス人は下手なフランス語でやるくらいなら日本語でやるべきだと考えるそうで、役者さんはみなさん必死で勉強したということである。
オペラ座夜の公演が終わるともう11時。開いているレストランはない。唯一オペラ座前のラーメン屋がやっているので毎晩のようにそこで食事した(私も、行けばよかった)。上村吉弥さんの荷物の半分は日本食で、みんなずいぶん分けてもらったなどという話も面白かった。
最後に歌舞伎の話。需要と供給の関係で女方をやることが多いが、自分は女方一本でいくつもりはない。亀治郎の会は今年はできなかったが、そこで立役をどんどんやっていく。猿之助劇団で学んだことは大きい。スーパー歌舞伎で使う体力はハンパではなく、そこで培った体力のおかげで、大河では一番元気。劇団を出るとき、猿之助さんに「外へ出て苦労しなさい」といわれた。劇団内では、どうしても猿之助という壁に亀治郎が守られることになる。その壁のない世界で怒られ、誉められることが大事だと。ありがたい言葉だった。猿之助さんの大きさを感じさせる話であった。
大河の撮影が終わったあとの巡業は、自分のやりたい役をやる。それが袖萩であり、安倍貞任であり、「吉野山」の忠信なのだそうだ。

このイベントには段四郎さんご夫妻、写真家の長塚さんもいらしていた。驚いたのは、長塚さんの写真の大半は狭い楽屋で撮られたということ。私はてっきり舞台を撮影したのだと思っていた(それにしてもいつどうやって撮ったのかしら、と不思議だったのだ)。今では1つのポーズについて23枚程度しか撮っていないということだから、亀治郎さんと長塚さんの集中力、呼吸には感銘を受ける。先日、私は長塚さんの写真は、亀治郎さんの動きを瞬間凍結したようだと書いたが、長塚さんに直接お話を伺い、その見方が間違っていなかったことを確信した。
イベント終了後、友人と10階ラウンジで暗い東京の町(皇居の森があるから)を眺めながら、余韻に浸ったことでありました。

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2007年8月17日 (金)

何かが心に残るエレンディラ その2

ニナガワが歌舞伎で得たものはこの芝居でもみられる。海の場面で、あの浪布が出てきたのだ。「十二夜」と同じように、エレンディラが、ウリセスが波に呑まれる。そしてウリセスの魂は宙に羽ばたく(「ヤマトタケル」を思い出した)。また出てくる動物たちは、歌舞伎と同じように人が入って演じている。さらに、年老いたエレンディラの肉体と若いままの心を表すやり方は、歌舞伎のような早替りではなく、ベッドの中で瑳川哲朗と美波が入れ替わるのだけど、12役逆バージョンとして獅子丸と琵琶姫に通じるものがあるような気がした。
おまけに、休憩15分+10分を含んで4時間10分という上演時間はまったく歌舞伎並みではないか。タイムテーブルを見たとき、「ながすぎるよ~」と思ったが、さすがニナガワと言うべきか、退屈することがまずなかった。登場人物の心理も猥雑さもよく表現されているし、固定装置を置かないで、役者がテントを出し入れしたり、自動車を動かしたりする手法も面白い。役者さんたちは体力が必要だ。デブのおばあちゃんが乗った高台を運んで砂漠を歩いたり、美波は砂漠を逃亡するのにあの広い舞台を何周も走り回っていた。
物語は男女の語り部によって進行していく(彼らは下手袖で紙芝居のように絵を移し変えながら語って行く。ただ、目はなかなか紙芝居にいかない)。だが、物語を進行させるのは彼らだけではない。國村隼の作家は第3幕では狂言回し的な存在として、語り部と絡んでいくし、ウリセス自身も物語を語っている。
この物語のカギの1つはワユ族というコロンビアの先住民族である。エレンディラもウリセスもワユ族の血を受け継いでいる。ワユ族の霊的な世界があればこそ、エレンディラとウリセスの物語があるといってもいいのかもしれない。開演と同時に、白い薄いカーテンの中で、大きなダイヤモンドが、赤い人面魚が、バスタブが飛ぶ。一瞬ぎょっとするが、幻想なのか現実なのかという、これから始まる物語を象徴していたのだろうか。あるいはワユ族の世界を現していたのだろうか。ただ、ワユについては、カギでありながら、私はよく理解しきれていない。

それでも、「エレンディラ」という物語はやっぱり、見終わってから不思議な感覚を私に残した。見ている間はそうでもなかったのだが(そのため、一部スタンディングオベーションのあったカーテンコールに、立ち損なった)、終わって時間が経過すると、何だかわからないものが心に深く食い込むんでくるのだ。芝居を反芻しながらの帰り道、ずっとそれを感じていた。この公演はスケジュール上もう一度見に行くわけにいかないが、再演の機会があったら、是非見て、その心に残るものの正体を見極めたい。

おまけ1この芝居は見世物祝祭劇(スペクタクル・オペラ)だそうで、中川晃教だけでなく、美波、瑳川哲朗の歌が聞ける。

おまけ2さいたま芸術劇場は観劇しやすいようにできた劇場だと思う。私の席は前から13列目だったが、双眼鏡なしでも十分役者の顔も見えるし、音響もよい。

おまけ3「身毒丸」が来年復活する。2002年に完結宣言されたそうだが、ワシントンDCのジャパンフェスティバルのオープニング演目として招聘され、その後凱旋公演があるということだ。主演は、もちろん、「身毒丸と撫子を演じきれるのは藤原竜也と白石加代子をおいてあり得ない」(チラシから)という2人。来年37日~410日、さいたま芸術劇場にて。先行販売を劇場でやっていたが、いくら見たくてもそんな先のチケット、買えません。11月に前売り開始だそうだから、その時を狙おう。

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何かが心に残るエレンディラ その1

815日 「エレンディラ」(さいたま芸術劇場)
何もない舞台の一番奥から、人々が行列をつくってわらわらと現れる。砂漠地方の広場を歩いているのだ。
固定された装置のない劇場の舞台というものの大きさ、広さに驚いた。オペラ座で歌舞伎の舞台が作られる過程を見たときにも舞台の大きさは感じていたのだが、その後装置が置かれたためか、こちらの劇場のほうがもっと奥行きが深いような気がした。
コロンビアのグアヒラ地方。人々は白い羽を背中にはやした男を広場に運び、横たえる。男はウリセスという名の老人である。ウリセスは、エレンディラのことを思い出している。このとき、若いウリセス(中川晃教)が舞台上手袖に立って、じっと舞台を見つめている。身体は老いさらばえているが、ウリセスの心は若いまま、物語を見つめ、また語っているのである。

「エレンディラ」は20年ほど前、映画で見た。ガルシア・マルケスの原作は読んでいない。映画については、恐ろしい祖母に無理矢理娼婦にされ、砂漠の町に行列ができるほどの評判の少女の話であること、祖母役のギリシアの大女優イレーネ・パパスが怖かったことしか覚えていない。女性が苛められる話は嫌いだ。ましてや祖母の命令で客を取らされる少女の話なんて絶対嫌いだ。それなのにこの舞台を心待ちにしていたのは、きっと映画にイヤな印象がなく、何か心に残るものがあったからなんだろう。
エレンディラ役の美波は、男たちに弄ばれながらも崩れたところが全然なく、清純で美しく、祖母の命令に従いながら運命を甘受し、必死で生きるいじらしさが感じられた。中川晃教と美波の一途な愛は初々しく、微笑ましい。
ところが話が進んで行くと、エレンディラはただ運命に甘んじている少女ではないし、その愛がウリセスの一途さとは少し違っていることがわかってくる。案外したたかな面があるのだ。清純さの中にエレンディラのそうした面が窺い知れるのは、新星・美波の力量に違いない。これに振り回されるウリセスの純真さが、私のようなオバサンには時として「バカな男だなあ」と思えてしまうのは、我ながら悲しい(中川晃教の頼りなさげな様子が、良い)。

祖母役の瑳川哲朗が出色。どぎつい化粧、身体には醜悪な皺だらけ超肥満の肉襦袢(かな?)をつけ、砒素でも爆薬でも死なないグロテスクな怪物女。金蔓のエレンディラを絶対手放そうとしない恐ろしい祖母。それなのに、どこか愛嬌があって、憎めない。イレーネ・パパスに覚えた暗い恐ろしさとはずいぶん違う。瑳川哲朗って、昔よくTVの時代劇で重厚な役をしていたように記憶しているけど、とても同じ人物とは思えない。時々声に、ああ瑳川哲朗だ、と意識できる程度。しかし、このとんでもない祖母に魅力を与えたのは、脚本・演出はもちろんとして、瑳川哲朗の力によるところも大きいだろう。
さて、その祖母もついに包丁をもったウリセスに殺される(怪物女だから、めった刺しにされた末、やっと命を落とす)。その瞬間、エレンディラは祖母もウリセスも放り出して、どこかへ姿を消してしまう。
この物語は、実は祖国の伝承を基にガルシア・マルケスと思われる作家(國村隼:かもかのおっちゃん。いつ出てくるかと思ったら、第3幕になってやっと登場)が書いたもので、祖母を殺したのが誰なのか、ウリセスとエレンディラはその後どうなったのか、作家は疑問を抱く。そして30年後、謎解きを試みて、真相が明らかになるのである。途中、話が理解できなくなったが、3幕目に至って、ああそうだったのか、と納得した。
エレンディラの魂は自由を求めていたのだろう。砂漠は果てしがないけれど、自由というイメージは湧かない。ウリセスを思いながらも、海にたどり着いたエレンディラがそこでの生活を捨てなかったのは自由を求めていたからなのではないだろうか(そのくせエレンディラは娼館を経営するという、ここでもしたたかさを発揮する)。私はそんなふうに解釈した。

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暑さに思う

74年ぶりに最高気温が更新された16日、新聞の夕刊の海外リポート欄に、ロンドンは寒いという記事が出ていた。最高気温が25度を超えることはほとんどなく、コートを着ている人を見かけることもあるとか。天気もよくないようだ。先日はラジオで、スイスではもう暖房を焚いているところもあると聞いた。
異常気象については前にも書いたが、パリでも同様で、娘の友人宅では暖房を入れているそうだ。寒い上にやはり天気が悪く、憂鬱になると娘は言っている(トゥールーズなどは太陽が出ているらしい)。40度の暑さはさすがに遠慮したいが、寒い夏は寂しいと。新聞記事でもこんな夏は物足りないと言っている。たしか去年とその前の年、異常に暑くて死者も出たと騒いでいたはずだが、その記憶も遠くなりそうな寒さらしい。いっぽうでルーマニアなどにおける異常高温が話題になっていたが、今はどうなのかしら。
東京地方だって、梅雨の間は気温が低かったよねえ。私はこれまで、夏の暑さは裸になったってガマンできないのだから、厚着や暖房で耐えられる冬の寒さのほうがいいと思っていた(ただし、東京地方の夏と冬です)。しかし低温の夏はやっぱり寂しい。夏は暑くなくちゃ、と宗旨替えしてしまった。
とはいえ、ここ数日のように、木陰に入ったってまとわりつく熱い空気の中では思考能力も減退する。申し訳ないけれど、地球の環境がどうのこうのなんて言ってられない。自分の身を守るのが先で、エアコンは24時間近くフル稼働だ。外で働く方々を思えば、(今私が一番大変だなあと思うのは、着ぐるみに入って、子供たちを喜ばせている人たち)、そうやって涼しい環境の中で仕事できるのは、つくづく幸せだ。
下は、ちょっと前になるが、8月9日のパリ。
0708091 0708092

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2007年8月16日 (木)

勝ち点3は大きい

815日 ガンバ大阪戦
へへへ、勝ちました~。
今日はアウェイの試合なので、浦和のワシントンホテル1階の飲み屋で観戦。私は昼間「エレンディラ」を見た後だったので、少し遅刻した。すると、店の前には入りきれないレッズサポが20人ほど群がって、入り口から大型画面を覗いている様子。私は予約してもらっていたので(最後の4人だったそうでラッキー)、そういう人たちに申し訳なく思いながら、そっと中に入り席に着いた。あまりの暑さのせいか、立ち見も大勢いる客の入りのせいか、ナマがあまり冷たくなくてちょっとガッカリ。ではあったけれど、一気に飲み干してしまった。

試合は1点とはいえ、勝ったから何も言うまい。播戸の蹴ったボールがレッズゴールネットを揺らしたときは蒼ざめたが、オフサイドとわかり、店内に安堵と歓喜の声が沸いた。前半はけっこう攻め込まれ、GK都築のファインセーブが光った。FW陣では永井が目立たず、ダメだなあなんて言い合っていたけれど、その永井が後半17分、ゴールを決めた!!
その瞬間の店内、全員が飛び跳ねて、そこここの人たちとハイタッチ。
そのままレッズはこの1点を守りきり、勝ち点を1差に詰めたのである。今日のレッズには勝ちしかなかった。負けはもちろん、引き分けも許されない。その気迫が勝利に結びついたのだろう。山田のむらっ気も、今日は「ま、仕方ないか」というところ。得点した永井は、もともとイケメンであるけれど、今日は実にいい男に見えたなあ。やっぱり活躍が顔をよくするんだろうな。
勝利の瞬間、またそこここの人たちと喜びを分かち合い、その後私たちは、別の飲み屋で勝ち点3の大きさに酔ったのでありました~。

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ル・コルビュジエ展:建築篇

814日 ル・コルビュジエ展その2
建築関係では、透視図や立面図などとともに模型が展示されており、興味深い(ただし、模型に建物名が入っていないので、どの図と対応する建物なのかわからなくなる場合が時としてあった)。都市計画や居住機能に関するル・コルビュジエの未来を視野に入れた考え方は、それまでの建築と大きく異なっている。建築のことはまったくわからない私だが、建物内外の空間の利用の仕方が優れているように思った。
多数の柱に支えられた建築物は、日本では無理だろうなあ、ル・コルビュジエが日本で建物を作るとしたらどんなものになったんだろうなあ、などと思いながら見ていたら、おおお、なんと、国立西洋美術館本館が彼の唯一の日本での作品なのだと知った。そういわれてみると、ル・コルビュジエの特徴が現れているような気がする(これは、近いうちに<実地検分>してこなければなるまい)。
展示されている模型は精巧なものだが、建物というのはそれだけではわからない。というので、映像ブースでも多くの人が熱心に説明を見ていた。また、ル・コルビュジエのアトリエ(パリ16区のアパルトマンにあり、晩年はほとんどそこで過ごしたという)、マルセイユの集合住宅(ユニットキッチンや子供用シャワールームなどが生活感を醸し出している)、小さな休暇小屋が再現されていた。休暇小屋は行列で閉館時間に間に合いそうもなかったので諦めた(残念!!)。

私のル・コルビュジエに対する認識がまったく恥ずべき程度であるのはもっともで、つい23年前までは名前を知ってはいるがほとんど関心がない、というくらいのものだったのである。クロースアップマジシャンの前田知洋さんのサヴォワ邸に関するブログ記事で前田さんがル・コルビュジエを好きなことを知り、好きな人が好きな事物は好きになるというファン心理が働き、フランスに行ったら是非見てこようと密かに誓って間もなく、パリへ行く機会を得た。しかしサヴォワ邸は遠くて行かれない。ところが何という幸運。16区にロッシュ邸があったのである。
ル・コルビュジエ財団が入っている建物だというのに、住宅街の一角にひっそりとした佇まいで建つこの住居を、私は地図を片手にずいぶん探し回った。コンクリートの住宅からは木造のような温かみは感じられなかったが、といって冷たいというのでもなく、不思議な居心地の良さがあった。ピロティ、吹き抜け、スロープ、折り返し階段、空中庭園、絵画と、ル・コルビュジエのエッセンスが詰まったようなこの住宅を見学しておいたからこそ、私のような建築ド素人は今回の展覧会も少しわかったような気になって見ることができたのではないかと思う。
機会があったら、ル・コルビュジエが建設した3つの宗教建築を見に行きたいなあ。
おまけ1ル・コルビュジエって本名ではない。1887年に生まれ時の名はシャルル・エドゥアール・ジャンヌレ。1919年に先祖の1人からとったル・コルビュジエという名に変えたのだそうだ。へええ。
おまけ2ル・コルビュジエ展は火曜日のみ17時閉館で、約1時間前に入った私は、慌しくまわらざるを得なかった。混雑していることも考慮に入れて、余裕をもって行くか、あるいは火曜日以外の日(22時まで)に行くのがいいと思う。
パリのロッシュ邸

0512261roche
0512262roche
0512263roche

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2007年8月15日 (水)

ル・コルビュジエ展

814日 ル・コルビュジエ展その1(森美術館)
六本木に出たついでだから、前から見たかったル・コルビュジエ展に行ってきた。そんなに混んでないだろうとみくびったのは大間違いだとすぐ思い知る。夏休みということもあり、また展望台とチケット・入り口が一緒ということもあり、チケットを買う行列に10分並び、さらにエレベーターにも少し並んだ。そして、混んでいるのは展望台だけだろうと再び見くびったのがまたまた大間違い。大勢の若い人たちが熱心に作品を見てまわっていた。へええ、ル・コルビュジエってこんなに人気があったのか、と認識を新たにした(私の認識なんて、まったくこんな程度で恥ずかしい)。
展覧会では建築を中心に、絵画や家具などの展示もあった。ル・コルビュジエの絵画はピュリスムから始まり(と言っていいのかな)、やがてかなり激しいデフォルメの世界へと変わっていく。私はあまり強烈なメタモルフォーズは理解できないのだが、ル・コルビュジエの場合、ダリから受ける臓腑をかき回されるような奇妙な感覚はない。色使いも割と好ましい。
木彫が何点か展示されているが、これはル・コルビュジエの下絵にあわせてジョゼフ・サヴィナという家具職人が制作し、さらにル・コルビュジエが手を加えるという方法で作られたものだそうだ。絵画を立体化したようなこれらの木彫は、木のもつ素朴な性質が活かされているような気がした。
面白かったのが最小限自動車「マキシマム」。最小限の大きさで最大効率を図った自動車だ。展示されていたのは2分の1の模型(道理で小さいわけだ。はじめ、本当にこの大きさの自動車を考えたのかと思った)。1920年代は豪華車に関心が集まっていたそうで、ル・コルビュジエの先進的なコンセプトは受け入れられなかったということだ。現在パリでスマートカーが大人気だそうだが、ル・コルビュジエの先見の明が光る。
家具にはもちろん触れることはできないが、会場の最後にル・コルビュジエ設計の椅子が何点か置かれてあり、実際に座ることが出来る。人間工学に基づいて作られたこれらの家具は、「住むための機械」である住宅の「屋内設備」というのが、ル・コルビュジエの概念らしい。
長くなるので、以下続く。

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有朋と小輔:天切り松

814日 朗読劇「天切り松 闇夜の花道」その2
松が一度舞台を去り、黒衣さんが衝立の上方に長槍をかけた。出演者に鷲尾真知子の名を見たとき、当然お紺ねえさんを演じるのだろうから、そうなら「槍の小輔」をやってくれるんだろうな、と期待していた。だから、槍が登場すると私は軽い興奮状態に陥った。畳が敷かれ、槍のかかった衝立の前には、山県有朋の座る椅子が置かれる(この椅子に座る人はいない。紋付がかけられていることで、主の存在を表している)。
2章「槍の小輔」。私の一番好きな話である。山県有朋の恩賜の金時計を掏り取ったお紺は有朋にそれを見破られ、「銭金より大事なものがある。長州の芋侍にはわかるまい」と胸のすく啖呵を切ったあと、金時計をぽ~んと大川に投げ捨てる。有朋はお紺を警察に渡すこともせず、そのまま小田原の別邸に連れて帰る。死を覚悟していたお紺だが、お紺の啖呵に思うところあった有朋に呼び寄せられ、色々語り合ううちにお互い惚れあう。粋でいなせ、小股の切れ上がった美人のお紺ねえさんが、84歳の老人に惚れ、以後半年の間妻の如く尽くすのだ。惚れているとはいえ、何もお紺にしてやれない有朋はなんでも欲しいものを与えると言う。そのときお紺が望んだものは、なんと、有朋が命より大事な長州以来の五尺槍だった。有朋はうろたえるが、半年後、死を目前にしてお紺に槍を与え、自分が死んだら騒ぎになるからと、その前に立ち去らせる。槍を抱いて停車場で泣くお紺。
葬儀の日、護国寺に近づいた葬列の前に飛び出した女がいる。お紺である。あの槍を山県の棺に納めてほしいと必死に訴え、その願いはお紺を見知る松方侯爵の計らいでかなえられる。かつて「槍の小輔」と呼ばれた有朋は、これで山県元帥としてではなく一介の「槍の小輔」として死んでいけるのである。当時国民の嫌われ者であった山県の葬列は国葬にしては寂しいもので、江戸市民の罵声を浴びたりもしていた。だが、有朋の本当の気持ちを知っていたお紺が、有朋を小輔のまま死なせてやったのである。親の死に目にも流すことのなかった涙が、路上に跪くお紺の目から流れ落ちる。
原作を読んで何度となく泣いたこの物語に、私のみならず客席のあちこちでハンカチを目に当てる姿があった。
鷲尾真知子さんは、個性的な顔立ちで、私が知る限りテレビでは剽軽な役柄が多いように思うから、お紺さんはどうかなと案じていたが、さすが女優さんである。見事なお紺であった。
それにしても、山県有朋という、どちらかというと悪役扱いされている人物をこういう形で評価した浅田次郎の心意気に感銘を受ける。

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江戸の盗っ人の心意気:天切り松

814日 朗読劇「天切り松 闇夜の花道」その1(俳優座劇場 昼の部)
朗読劇は初めてだが、天切り松は2回目。前回はミュージカルであった。
舞台は、小さな机と椅子、その後ろに衝立が置かれただけのシンプルなもの。ろうそくが5本、灯っている。原作と同じ、留置場内の雰囲気なのだろうか。やがて歌舞伎みたいに柝が入り、しかし歌舞伎と違ってなかなか音はやまず、おやおやと思っていると、黒衣さんが柝を打ちながら客席内をまわって歩き、「携帯電話の電源はお切りください」と呟くように言い、場内笑いが起こった。「昨日、上演中に鳴りました」ですって。
照明が落ち、舞台下手に藤原道山さんが現れ、演奏を始める(この音楽がまた、雰囲気を盛り上げる)。そして舞台に照明が入り、ろうそくが消され、いよいよ天切り松(すまけい)登場。お茶を運んできた黒衣さんとのやりとりで客席を笑わせてから、す~っと語りに入った。原作でいえば第1章「闇の花道」、まずは幼い松蔵が抜弁天の目細の安一家に引き取られる件である。
松蔵の父親ってのが酒と博打で身持ちを崩し、病気の女房を医者にも診せずに死なす、娘は女郎屋に売り飛ばす(この松のねえちゃんの悲劇はやりきれない哀しみをもって胸に残る)、倅は盗っ人にしようってひでえ男でね。はは、何も私まで松の口調を真似ることはないでござんすね。
そのひどい男が網走のムショにいたとき、なぜか仕立屋銀次の世話をして、その縁で倅を銀次を親とも慕う目細の安に預けることになったのであるが、こんなダメ男の本性を見抜いた銀次からの指示で、安は金を与えて松との親子の縁を切らせる。父親に売られたと思ってたまらず泣き出した9歳の松を安は優しく抱いてやる。文庫本にしてわずか8ページほどに過ぎないが登場人物の人となりがおおよそ摑めるこの経緯を、すまさんの松は緩急つけて、ときにあの大きな目でぎょろりと客席を見回し、ときに目を細めて楽しそうに子供時代を思い出すかのように、語って行く。

さて、釈放され網走から上野駅に戻ってきた銀次を迎えに出た安が銀次と対面した瞬間、警察の陰謀で銀次は再逮捕される件に入る。ここは説明すると長くなるから省略。
ともかく、汚い警察のやりくちに愛想をつかした安吉親分(目細の安のこと)の一家はその夜のうちに抜弁天を引き払う。全員大時代な黒装束で鼻の下にねじきりの頬かむり姿。現在の額にして億という現金のみを持ち出し、途中貧乏長屋を見かければ札束を放り込みながら、一晩中大江戸の町を走りまわる。濠端から桜田門を眺めた安吉親分は桜田門との縁切りを宣言したのである(当時は、器量の大きな泥棒を警察が利用して、泥棒界を仕切らせていた、ということになっている。抜弁天の邸も警察が安吉一家に貸し与えたものだった)。これが「闇の花道」という章名につながるのだが、歌舞伎の舞台を思わせるようなカッコいいこの場面、ぜひ原作の江戸言葉による名文を。

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2007年8月14日 (火)

ああ無常:越前一乗谷

813日 八月納涼大歌舞伎第一部その2(歌舞伎座)

070813ichijo 舞踊劇「越前一乗谷」。尼僧姿で登場する福助さんが美しい。朝倉義景の妻、小少将が数年の幸せな生活の後に続いた激動の戦乱を振り返るという物語。
これもまだ3日目ということで、上臈たちの踊りが揃っていないように見えたが、あるいはそういう踊りだったのかしら。食後で、ところどころ意識が薄れたが、記憶に間違いがなければ、扇を使った踊りで合戦を表現していたのが面白かった。男性の群舞はなかなか勇壮で、なおかつ扇なので優雅さもある。また、とくに勘三郎さんと三津五郎さんが織田方、朝倉方の郎党として一騎打ちを、これも扇を使った踊りで見せてくれたが、これがとてもよかった。ちょっと短かったのが残念。
橋之助さんの義景が血文字で辞世の歌を書くところはちょっとした工夫がされていて、なるほど、と思った。
生き残った小少将は、羽柴藤吉郎(勘太郎)の側女にされるが、義景の「必ず生きよ」という言葉に縛られて自害することもできない。その哀しみが胸に迫った。勘太郎クンの藤吉郎には少し好色さが足りないような気がしたが、まだ若い時代だからそんなにぎらつかなくてもいいのかもしれない。
「風林火山」を見るようになってからよく思うことだが、この日本で400500年前に激しい戦があったということがどうも不思議なことに感じられてならない。古戦場には戦で仆れた人々の無念、無常を嘆く魂が今でもさまよっているのだろうか。「越前一乗谷」を見ながら、そんなことを思った。
おまけ:10月歌舞伎座の演目が館内の看板に出ていた。昼の部が「赤い陣羽織」「恋飛脚大和往来」「羽衣」、夜の部が「怪談牡丹灯籠」「奴道成寺」。暑さボケでちゃんと見てこなかったので出演者は、「恋飛脚大和往来」が藤十郎さん、時様(!!)、「牡丹灯籠」が仁左・玉様、「奴道成寺」が三津五郎さん程度しか覚えていない。

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悲劇の若者たち:磯異人館

813日 八月納涼大歌舞伎第一部その1(歌舞伎座)
070813theater

さすがの元気おばさんも、この暑さにはかなり参っています。
070813ijin 「磯異人館」、すっごくよくて泣かされたのに、いつものようにだだ~っと感想を書こうという怒濤の意欲があまり湧いてこない。と言いながら、なんだかんだと書いてしまおう(少々ネタバレします)。

こんな哀しいお話だとは知らなかった。初日からまだ3日目ということで、演技には硬さやぎこちなさが多々みられたものの、胸に訴えかけてくるものは十分熱かった。真面目で情熱的で弟思いの青年岡野精之介(勘太郎)、抑えの効かない直情的な弟岡野周三郎(松也)、精之介兄弟を陰日向になりかばってくれる友人五代才助(猿弥)、精之介と恋仲になる琉球の王女瑠璃(七之助)。薩摩藩という権力(あるいは権力を傘に着る重役)と時代に翻弄される若者たちの悲劇が重い。精之介は若い夢と才能をあたら散らすことになり、瑠璃は琉球のため真の恋を諦め、すべてを諦め、イギリス人技師の許に嫁いでいく。
とにかく勘太郎クンがめちゃよい。時々おとうさんにそっくりなセリフの言い回し、表情を見せながら、夢を語る若者(桜島の夜の炎の色を切子に実現したいという夢をもっている)、恋する若者、苦悩する若者の姿を素直に演じていて心打たれる。七之助クンもよい。精之介の夢を共有することで、自らの運命に甘んじようとする女心が切なくて、ホント泣けた(この時代、外国人に差し出された女性の心情を思うとたまらなくなる。ましてや瑠璃は誰一人知り合いもいない、言葉も通じないロンドンへ行くのだ……)。
洋館やガラスの工房など、普段の歌舞伎とはちょっとちがった舞台が目新しいし、近代化を推進する幕末の薩摩藩の様子(いち早く紡織機を採り入れたり、薩摩切子などをパリ万博へ出品する)が興味深い。また、薩摩の属国にされた琉球の悲劇も瑠璃を通して見えてくる。イギリス人役の亀蔵さん、山左衛門さんがちょっと笑える。山左衛門さんは妙にイギリス人が似合っていた。作事奉行の家橘さんは、大きな目が悪役にぴったり。その息子役の橘太郎さんは私の好きな愛嬌のある役とは違って、今回は実にイヤなヤツである。猿弥さんは悪役・敵役も好きだけど、こういういい人役も味がある。悪役の時は割と老け役が多いような気がするが、今回は老成した若者ってところでしょうか(五代は東の渋沢栄一に並ぶ実在の人物)。松也クンは体は大きいけど、やっぱり私には可愛く思えてしまう。
この物語のもとにあるのは生麦事件で(生麦事件そのものは、芝居の最初に字幕と事件の模様が描かれた幕、そして騒ぎを表す音声などで紹介される)、精之介・周三郎兄弟は、イギリス人を無礼討ちにし、その咎で切腹させられた岡野新助の息子なのである。この父親の悲劇が息子たちの運命まで狂わせることになったと言えるのかもしれない。新しい時代を予感し、それを弟たちに託し死んでいく精之介が、私には哀れであり、無念さにギリギリした。

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2007年8月12日 (日)

悔しいけれど

811日 対柏レイソル戦(埼玉スタジアム1902キックオフ、47,359人)→11引き分け
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暑さのせいか、攻めが遅い。不甲斐ない
FW(といってもレッズは1トップで、その達也を不甲斐ないというのは忍びないが、好機を何度も逃したのだからやむを得ない)に業を煮やした闘莉王が、やっぱり点を入れた(後半15分)。大喜びはしたものの、1点じゃ心許ないよ~という不安が的中。1点ゲット後得点を重ねることはできず、それどころか、こちらのファウルで相手にFKが与えられ、見事に決められてしまった。

スッキリしない気持ちを抱えて試合終了後、混んだ地下鉄に乗れない仲間のため、さっとスタジアムを後にし(恐らく、ブーイングが起こったであろう選手の挨拶は見なかった)、汗をかきながらせっせと早足で歩き、うまく空いた車両を見つけ、そして飲み屋へ突進。これ、大正解。10分もしたら、もう待っている人たちが何人もいたもの(黄色いユニフォームの人たちもいて、彼らもあまり待たずに席につければいいなと、私は気になって仕方なかった。名古屋で親切にされた思い出があるから、逆の立場でアウェイの人たちにいい気持ちで帰ってほしいんだよね)。
しかし悔しいけれど、3位の新潟に勝ったガンバは強い。
こっちは9位の柏相手にこの引き分けだ。15日の直接対決が思い遣られるよ。

そして、悔しいけれど、ワシはもしかしたら必要なFWなのかも。たしかに結果だけ見れば、いいところで点を取っているような気はする。ただワシは本来23点取るべき選手なのに、チャンスに打たない、打ってもはずす、というのが目立つのだ。そういう期待と現実のギャップが、私がワシに苛立つ原因なのかもしれない。
おまけ
1:柏の動作がノロい。審判、遅延行為取れよ~と思っていたら、やっと終わりのほうになってGK南にイエローが出た。
おまけ2:後ろの母娘(娘さんは高校生くらいかな)のパワーに圧倒された。見事に同じ高さに揃って倍加したdB90分近く浴び、試合には集中できず、くたびれたけど、レッズを応援する気持ちの強さと、その元気の良さにはホント感心した。一つ教訓を得た。男女に限らず、罵声はみっともない。これは我と我が身への反省も深く込めて。

おまけ3:相馬がずいぶん抜かれていたなあ。平川に代わってから柏の右サイド攻撃がなくなった。山田~走れ!! 相変わらずムラっ気のヤマ健在(そんなの健在でどうするっ)。みんな一生懸命やっているのかもしれないけれど、それが一番伝わってきたのはやっぱり啓太だぁ。
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2007年8月10日 (金)

ベリブ:パリの貸自転車

10日ほど前、パリに貸自転車があるという新聞記事を見た。え~っ、3月に行った時気付かなかったよ~。と思ったら、71日から始まったんだそうだ。
0708016 フランスの自転車といえば、ツール・ド・フランスがすぐに頭に浮かぶが、交通手段としての自転車利用はそれほど多くないらしい。既にフランスの他の地域でも導入されているこの24時間利用可能セルフサービス式貸自転車は、渋滞や環境汚染対策の一つとして、また運動不足解消という副次効果としても、少なくとも官 のほうからは期待されているようだ。というのも、駐輪ステーションは現在市内に750カ所あり(年内に1450カ所に増やす予定だということだけど、今でもけっこうよく見かけるそう0708011_2 だ)、ユーザーはそこで借り出し、返却するシステムなのだが、意外と利用しづらいという不満が民側にはあるようなのだ。
たとえば、登録料が高い(事前登録制になっている)、30分ごとにかかる利用料が高い、車体が重い、といったような不便さらしい。新聞記事によれば、登録料は1年、1週間、1日の3タイプがあって、1日タイプなら観光客も利用できる。利用料は最初の30分は無料で、次の30分は1ユーロ、その次の30分は2ユーロ、また次の30分は4ユーロと加算される。したがって1時間15分借りた場合、登録料プラス3ユーロの利用料を支払うことになる。ただし、30分以内なら何回利用しても無料。
0708015_2 ということで、なんとか無料で利用しようとする市民たちは、30分以内にどこかのステーションに返却して乗り換えなくてはならない。しかも、その見つけたステーションが満車だったりすると、1回そこで、ピッとやって、また別のステーションを10分以内に見つけないといけない。1ユーロくらい払えばいいじゃん、と思わないのがパリっ子たちの心意気なのかな?(パリはとくに学生や若者にとっては交通費が安いから) 
0708014_2 元々30分ごとに料金設定をしたのは、1人が長時間利用できないようにするためで、「出来るだけ多くの人に利用してもらいたい。長時間の借りっ放しを防ぎたい」ということらしい。ってことは、安く長く利用したい民との間に大きなギャップがあるってことですな。車体も少なくとも20kgはあるそうで、これなどは盗難防止策ってところだろう。
ちなみにこのシステム、velo(自転車)とliberte(自由)を組み合わせてvelibと名づけられているとか。自由には代償が必要だ……。

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2007年8月 9日 (木)

可笑しくて哀しくてでも幸せな男たち:キサラギ

88日 映画「キサラギ」 
前日の「妻をめとらば」に刺激されて2日続きで香川照之が見たくなった、というわけではないけれど、又「キサラギ」を見に行った。
2度見てもめちゃくちゃ面白かった(1度目の感想は当ブログ625日)。次どうなるか、って展開はわかっているのに、全然退屈しないどころか、さあ、次あの男はこう出るぞ、こっちの男はこう言うぞ、私はみんな知ってるんだぞ(当たり前だけど)と密かに胸の中で自慢するのがひどく楽しい。
B級(C級かD級かも)アイドルの死を悼もうということで始まったはずのおタクたちのオフ会が、その死の原因を追求するというとんでもない方向に転回し、その中でおタクたちの正体がわかっていく(塚地の正体がわかったときは客席から思わず喝采が!!)。シチュエーションも登場人物の性格づけも、筋立ても、小ネタも、とにかくとても良く出来ていて、声を立てて笑わされたり、ほろりと泣かされたり。
男たちはみな可笑しくて哀しい(サイコウは香川照之。ネタバレしたくないから、どういう人物かは言えないけれど、香川照之が一番可笑しくて一番哀しい)。最後のほうで死んだアイドル、如月ミキちゃんの歌に合わせて男5人が思い切り踊るシーンなんて、みんな幸せそうだし、微笑ましいやら可笑しいやらで笑えるはずなのに、見ているうちに何だか切なくなって涙が出てきた(この場面、好きだ!)。

もう上映館がなくて、やっと銀座シネパトスでやっているのを見つけたのだけれど、明日で終わり。もう1度見たい気持ちは封印して、次はDVDで、ってことにしよう。
おまけ:ドランクドラゴン塚地は「裸の大将」に抜擢されたそうだけど、私はふと伊良部医師(奥田英朗「空中ブランコ」等の何ともユニークな登場人物)の役なんかピッタリなんじゃないかと思った。伊良部はこれまで阿部寛、松尾スズキがやっているのを知っている。阿部ちゃんは見た目もカッコ良すぎるし、キャラも原作とは異なっていた。松尾スズキ版はまだ見ていないけれど、キャラ的には伊良部にかなり近い気がする。でも体型も含めたら塚地がいいんじゃないかなあ
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←「銀座の柳4世」だそうです。

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2007年8月 8日 (水)

多分面白かった「妻をめとらば」

87日 妻をめとらば(明治座 昼の部)
1_2 藤山直美と香川照之という顔合わせ、絶対見なくちゃと取ったチケットだけど、取った時期が遅すぎたのだろう、何しろ座席が悪かった。藤山直美も香川照之もとってもよかったし、芝居も<多分>面白かったのに、疲労感が残った。
藤山直美を見ていて思ったのは、何を演じても藤山直美であるということ。これは、普通はあまりいいことではないのかもしれない。でも、藤山直美に限って言えば、そこが安心して見られるところであり、思い切り笑えるところであり、しみじみしたり、共感を覚えたりできるところなのである。そして何を演じても藤山直美でありながら、いつのまにかちゃんとその人になっている。というか、たとえば与謝野晶子の場合情熱の歌人という程度しか知らなくても、ああ与謝野晶子ってきっとこういう人だったんだろうなと思わせられる。そして藤山直美の晶子はとても可愛い。
いっぽうの香川照之、舞台で見るのは初めて。さすがにうまい。人間くさい。演じているんじゃなくて、自然に鉄幹になっている。私がこれまでに見た藤山直美の夫の中で(と言ったって、勘三郎、沢田研二、番外として市川右近だけだけど)一番ぴったりきた。「男がすたる」という口癖が鉄幹のプライドを表していて、とっても良い。
この夫婦、しょっちゅう喧嘩しているんだけど、それは「生活する」うえでどうしようもなく生じてくる喧嘩であって、本当はとても愛し合っている。何しろ、2人の間には66女が生まれるのだから(そんな子沢山なんて知らなかった!! この芝居では最初に6人いて、その後7人目だか8人目だかまでが生まれる。子役たちがと~っても可愛い)!! そしてお互い文学者として敬意も抱いている。鉄幹は時代に取り残されていることを自覚していて、そんな自分より晶子の才能を高く買っているし(これって、あの時代の男としちゃなかなか大したことじゃない? それに才能ある若い人を何とか世に出したいと心を砕いている)、晶子は晶子で官憲が鉄幹をバカにしたときに「主人に謝りなさい」と敢然と立ち向かうのである(ここ、拍手きていた)。こういうときの藤山直美はとてもカッコよくて、大好き。鉄幹はこのことにとても感謝していて、後になって晶子に嬉しかったと述懐するのだけど、その香川照之の味が良い。
藤山直美はこの舞台でも共演者を笑わせてしまう。みんな笑いをこらえるのに苦労する中で、香川照之と松金よね子(石川啄木の母)だけはこれに対抗していたように見えた。
この芝居では、大逆事件などという時代の暗部も描かれており、晶子たちは身近にその影響を受ける。管野須賀子が晶子の友人であるというだけで官憲に狙われるのだ。そして管野須賀子の処刑に至り、それは観客である私の心にも暗い影を落とすのだが、その後須賀子が幽霊として登場してくることにより、その影が取り払われる。この辺は喜劇としてのこの芝居の巧みなところだと思った。
ただ、いくつか気になる部分もあった。まず、1幕目の出だし、主役の2人が登場するまでが、私にはちょっと冗長に思えた。だいたい、与謝野夫婦の少なくともどちらか1人が絡んでいる場面は面白いけれど、この2人がいなくなると、ちょっと寂しいかなあ、という気がした(2人の初登場場面は喧嘩しているところなんだけど、とにかく可笑しい。今思い出しても笑える)。
もう一つ、セリフが聞き取りづらいことがあった。俳優の発声の問題だろうが、大声を張り上げすぎても聞き取りづらいし、小さすぎても聞こえない。ただ、少なくとも藤山直美、香川照之、松金よね子、匠ひびき(管野須賀子)にはそういうことはなかったように思う。

3 さて、芝居の面白さを満喫できなかった一番大きな理由は、冒頭に書いた座席の問題である。座席は後ろから3列目の一番右端。と言ってもそのさらに右に、正面席とは仕切りで区切られた上段席というのが2列あるから、客席全体の一番端というわけではない。最初、端の席でラッキーと思ったら、その先には通路がなく、一番奥に押し込められた形で、ちょっとガッカリした。でも、それはそれでどうということはない。
問題は、前の人の頭で舞台が二分されてしまうことである。舞台の中央からやや上手寄りの部分が完全に隠れてしまう。だから、頭をあっちへやったりこっちへやったりして、何とか全体を見ようとするのにとっても疲れてしまったのだ。これは、私の前の人の座高に責任があるわけではなく、他にも見づらそうにしている人が何人もいたから、客席の構造的な問題なんじゃないかと思う。一応椅子の縦の並びはずらして置かれているのだが、端の6席が舞台に向かってやや斜めになっているためかもしれない。それと、18列という場所は、やっぱり舞台から遠すぎる。双眼鏡で眺めるのにも、ちょっと疲れを覚えた。椅子の座り心地がよかっただけに残念だった。
芝居は3幕に分かれており、第1幕では遅刻客があっちにもこっちにもいた。そのたびガサゴソ紙袋の音などが耳に入り、興をそがれた。30分ほどたった頃、かなり前のほうの席にぞろぞろぞろぞろ客が入ってきてビックリした。どうやら団体さん(とにかく団体さんが多かった)のバスが渋滞に巻き込まれでもしたのだろう。せっかくの芝居の出だしにそんなに遅刻して可哀想。
お客は大半がオバチャン以上年代で、芝居の最中でも平気であちこちからお喋りが聞こえる。本当ならうるさいと腹を立てるところだけど、そのお喋りが登場人物への共感であることがわかるから、こういう芝居の場合、それもありかな、などと許せてしまった。それに、芝居の最後で歌われた「妻をめとらば才たけて~♪」の歌を帰りに口ずさんでいるオバチャンがいて、きっとこの人は芝居をみている間は心の中で歌ってたんだろうな、なんて思えたし。

2 ところで、明治座というのは初めて行った。どこにあるかも知らないで、前日慌てて調べたら、浜町にあったのね。行きは迷わないように、一番近い都営新宿線浜町駅で降りたが、帰りは半蔵門線の水天宮駅まで歩いてみた。モーレツに暑かった。明治座の前には通りを挟んで細長い浜町公園が緑の木陰を作っており、そこから敢えて離れたことを後悔し4 たくらい。今さら水天宮さまとはご縁がないけれど、せっかく来たので、ン十年前の安産のお礼をして帰ってきました。
おまけ:杉良太郎の息子の山田純大が平野萬里役で出演。おとうさんの舞台は見たことないから、もしこれから見る機会があるとして、先に息子さんのほうを見たことになる。赤貧生活の中で必死に生きた石川啄5 木役は岡本健一。男闘呼組で役者になったのは高橋和也とオカケンの2人だけかな。






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←清洲橋通りと書いてある。

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2007年8月 7日 (火)

美を閉じ込める:市川亀治郎写真展

「アマテラス」の興奮をそのまま胸に折り込んで帰ろうかとも思ったが、パレスホテルに用事があったので、長塚誠志さんによる市川亀治郎写真展も見てきた。
写真展をやっているのは、ホテル隣のパレスビル1階にあるギャラリー。私が行ったときは誰もいなくて、1人でゆっくり亀ワールドに浸ることができた(なんだけど、その反面、誰もいないっていうのは案外落ち着かない気分。外の道路から丸見えの空間だし)。この前見た勘三郎さんの写真展では、勘三郎さんをはじめとする役者さんたちが今にも写真から飛び出してきそうな感じを受けたが、長塚さんが切り取る亀ちゃんの世界は、それとは違う(と思う)。
長塚さんの写真には、亀ちゃんの一瞬の表情を捉えたらそれを一瞬にして閉じ込めるような、瞬間凍結するような、そんな感じを受ける。自分の好きなときに解放あるいは解凍したら、その時は亀ちゃんが飛び出してきそうな、そういう写真ではないかしら、と私には思えた。
パリの日本文化会館でも展示されていた写真を含み、一條大蔵卿、弁天小僧菊之助、狐忠信など、あれも亀、これも亀(亀ちゃんの写真展なんだから、あったりまえだって!!)と楽しめる。晴信様にもお目にかかれる。私の<お気に>は、麻阿のお茶目な顔。

写真展はこのギャラリーが中心だが、ホテルの1階ロビーでも何点か展示されている。それから、ホテル地階ショッピングアーケードのギフトショップで、亀さんの写真が買えます。311200円。写真展は8月31日まで(10:30~18:30)。
おまけ:パレスホテルのカーペットは毛足が長くふかふかで、足をとられてバランスを崩しかけることしばしば。気取って歩いていても、こういう贅沢に慣れていないことがバレバレ(恥)。

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2007年8月 6日 (月)

時間旅行:アマテラスの世界へ

86日 「アマテラス」(歌舞伎座 昼の部)
P1050077_2 P1050079 
舞台も客席も闇に包まれる。わずかに足元灯がともるだけの暗闇にドドドドド~ジャジャジャ~ンという音が響く。この瞬間から、日本という世界が始まるのだ(多分)。それと同時に私は時を超え、神話の世界に足を踏み入れた。むずかしいことはわからない。でも、太鼓が、シンバルが、鉦が、笛が、そして舞が生み出す世界に、まさに「ああ、神々の時代、神々の世界はこんなんだったんだろうなあ」と我が想像は掻き立てられ、本当にその世界へ旅したような気になったのだ。それも、宇宙飛行士となって神の世界を覗くような、そんな気分であった。

次第に明るみを増す舞台に、やがて、アマテラス、ツクヨミ、スサノオが登場する。
アマテラスとスサノオが対峙するときに印象的なのが、2人の衣裳に合わせた青系と金色(オレンジ?)系の2枚の大きな布。玉さまがこの布に感情を託す様は実に見事で、アマテラスの慈愛が布の美しい流れになってスサノオを包む。なのにスサノオは荒々しくそれを取り払う。スサノオ(鼓童・藤本吉利)の荒ぶる魂を自分でも抑えきれないという感じが、こちらの心身にまで伝わってきて、ちょっと一緒に暴れたくなった。2人の対峙は23度繰り返され、ついにアマテラスは嘆きの中に天岩戸に隠れてしまう。
ここまでが第1幕(38分)。
2幕も闇から始まる。アマテラスが身を隠した後の世界だ。天岩戸の前に、神々がやってくる。神々がたてる小さな音(木魚やチ~ンという鉦の音には笑いが起こった)はやがて大きな音になり、盛り上がったところへアメノウズメ(鼓童・小島千絵子)が登場する。このアメノウズメの踊りが素晴らしい。躍動感と可愛らしい色気に溢れ、アマテラスでなくても覗いてみたくなるというもの。
そして、ついに姿を現した玉さまアマテラスのなんと神々しいこと!! 白い衣裳に身を包み、まさしくこの世を照らす女神そのものです。神々の喜びが爆発し、太鼓が全身全霊をもって打たれる。

そもそも物を叩くというのは非常に原始的・基本的な音の出し方であり、それだけに人間の血を沸きあがらせ、肉を躍らせるものだと思う。そうであるうえに、鍛え上げられた肉体によって、統制の取れたリズムで太鼓が力強く打たれれば、血も肉も躍動感が何倍にも増す。3階席にいてもずんずんと響いてきた太鼓の音は、1階席にいたらもっと直に響いたんだろうなあ。さすがに1等席には手が出なかったのだが、こういうときに贅沢しておくべきだったかなあ、とちょっと残念に思った。
幕が降りた後も客席の興奮は覚めやらず、カーテンコール(今日の場合、アンコールっていうのかな?)は3回行われた。玉さまをはじめ全員が舞台に再登場し、1回目2回目は鼓童による楽しい演奏を聴くことができた。3回目は太鼓は2人で、あとは鼓童の全員による歌。花道も使っての楽しいアンコールの間、玉さまは鼓童のみんなに暖かい眼差しを向けていた(玉さまって、背が高~い。だから、余計、母あるいはまさに女神がごとき眼差しに感じられた)。最後は客席もスタオベになり、叩きすぎて痛くなった掌をいたわりながら、宇宙飛行士となった私は、幸せな気持ちを抱き、神話の世界から帰還した。
2幕は1時間10分。
世田谷パブリックシアターの初演はさんざん迷った末、TVで見ることになったから、今回の歌舞伎座公演を実際にこの目で見ることができて、本当によかった!! TVでは絶対得られない時間・空間だった。ちなみに、歌舞伎座での公演は3回で、今日が最後。
ところで、最後に出ていらしたのは、鼓童の代表の方かしら?私はドジなことに双眼鏡(この前壊れたはずなのに、いつの間にか直っていた)を持ってくるのを忘れてしまい、メンバーのお顔や細かい表情はあまりわからなかった。
もうひとつ、ところで。和太鼓の刺激を受けて、「ブラスト!」を久々に見たくなってきた。2年だか3年だか前に石川直さんがメンバーとして来日されたとき見に行って感銘を受けたのだが、その後はちょっとご無沙汰している。今年は石川さんがメンバーに入っているし…。

おまけ:3階でたい焼きを買おうと思ったら、もう売り切れていた。残念。1階の売店を覗いたら、実演販売の和菓子類はやっていなかったけれど、そのほかのお店は普通ににぎわっていた。

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2007年8月 5日 (日)

反動

米を食べると太る(と思っている)から、普段はなるべく米は我慢している。主食を摂るなら和洋中いずれかの麺類。ところが、本来米が大々好きなものだから、時々反動でモーレツに米が食べたくなる。そういうときの私の定番はしらすご飯。炊き立てのご1_3 飯の上に細かいしらすをたっぷりのせ、時によってとびっこ(これ、だ~い好き)や鮭ハラスの焼いたのをほぐして散らす。そしてここからが肝心。青じそとみょうがを千切りにし(面倒くさがりの私の切り方はちっとも千切りじゃないけど)、これもまたた~っぷりのせる。
2_2 で、今日どうしても米が食べたくなって、これを作った。私は日本の香草に弱い。青じそとみょうがを切っているうちに、たまらなくなって、どんぶりに盛ったご飯の量を少しずつふやしてしまった。茶碗3杯分は絶対あるな、というご飯に山盛りの青じそとみょうが。一気におなかの中におさまっ てしまったよ。風船のような私のおなかは今ぷく~とふくれている…。
でも、大丈夫。ビリーがついているから。5日ほどのブランクの後、きついだろうなあと覚悟して再開したブートキャンプは意外にも軽くこなせた。むしろ前出来なかったものが出来るようになったくらい。着実に筋肉が鍛えられているんだなあ、と実感。こうなりゃ、やっていても張り合いが出てくるってもんですわ。

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2007年8月 4日 (土)

う~む:憑神

83日 映画「憑神」
演舞場公演の前に見たいと思っていながら、なかなか機会が得られず、最終日になって慌てて見に行った。原作はツンドク状態でまだ読んでいない。
正直言って、ちょっと期待はずれだった。個別の場面場面ではそこそこ面白いのだが、全体として何となくピンとこなかったような……。
浅田次郎の江戸っ子の矜持として一番重要視しているのは卑怯者を嫌うことではないかと私は思っているが、この映画でも徳川慶喜の逃亡というのが主人公の心境の変化に大きく影響を与えている。きっと、その辺にもうちょっと感動したがっていた私の見方が、間違っているのかもしれない。というのも、主人公が慶喜に代わって出陣する(勝手に影武者として出陣するのだが)ところはどう考えたってドン・キホーテを彷彿させるし、貧乏神・疫病神・死神に取り憑かれ、そのたびその人の好さで神たちを泣かせてきた主人公の最期はカッコいいようでカッコ悪く哀しいようで可笑しく(あるいは反対にカッコ悪いようでカッコよく、可笑しいようで哀しいのかも)、そこに妙な感動をもちこもうとするほうが間違っているのかな、と今ちょっと思っている。
ま、でも「椿山課長」とか「メトロに乗って」を見た後のような「面白かった~」という満足感がなかったのは確かだ。これから原作を読んだら、そして演舞場の芝居を見たら、考え方がどう変わるか、あるいは変わらないのか、自分でも楽しみだ。
なお、出演者はなかなかのクセ者揃い。とくに佐々木蔵之介の無責任ぶりが楽しい。それから先日「舞妓haaaan!!!」の植木等に感慨を覚えたが、ここでも鈴木ヒロミツが出ていて、同じような気持ちになった。

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2007年8月 3日 (金)

素敵な素踊り:一心會

82日 一心會(日本橋劇場 夜の部)
6回を迎えた藤間勘十郎、田中傳次郎さん主宰の一心會は、毎回立ち見が出るくらい盛況だそうで、より多くの人に見てもらえるよう今回は昼夜2部制という形を取った、ということである。私は梅之さんが「茶壺」[操三番叟]「船弁慶」に出演されるというのに惹かれ、とくに夜の部は2演目に出られるので昼の部の「茶壺」は諦め、こちらを選んで見に行くことにした。

ところが、この日、私は仕事の山を越えたせいか、疲れがピークに達し、とにかく1日じゅう眠くて眠くて、自宅で仕事を開いていてもいつの間にかコックリしているし、電車でも爆睡、1駅乗り過ごしたくらい。この体調で踊りは大丈夫かよ~、と不安を抱えて劇場へ。
4時半開場で、全席自由席だからと4時過ぎには着くようにしたのだが、もう既に30人ほどが並んでいた。歌舞伎感覚で時間を計算して行った私は、まだ中から演奏の音が聞こえているのに、驚いてしまった。昼の部が終わったのが415分。その間、並んでいる人たちのお喋りのかまびすしいこと。中の音楽がこちらに大きく聞こえてくるのだから、外のお喋りも中に聞こえてしまうのではないかと心配した。でも、日本橋劇場の扉は厚くしかも二重になっていたし、多分外の音はシャットアウトされるように出来ているのだろう。中は清潔で明るく、こぢんまりとしていながら花道もちゃんとあり、なかなか立派な劇場である。私は前から2番目のほぼ中央の席を取った。

最初の演目は「五條橋」。弁慶が中村松江さん、義経が子息の玉太郎クン。玉太郎クンは覚えたとおりに一生懸命踊っており(あの幼さでよくこれだけのことが出来るものだ、と凡人の私は感心しきり)、じつに可愛らしい。見得がずいぶん上手になったし、舞台に立つことでそのたび成長しているんだなあと実感した。松江さんは玉太郎クンのことを心配しながらだったろうけれど、力の入った大きな踊りで表情もよく、気持ちのいい弁慶であった。

次は梅之さんの「操三番叟」。翁の出てくる場面は省略で、三番叟が箱から出されるところから始まった。後見は中村東志也さん。これはまず最初に三番叟と後見の息がぴったり合わないととんでもないことになってしまうから、それだけでも難しい演目だと思う。私は伯母のような気持ちで見ており、そういうことが心配にもなったが、東志也さんと梅之さんはバッチリ呼吸が合い、あとは安心してみることが出来た。梅之さんはジャンプも思い切り高く(客席からほお~っという感心の声が上がった)、汗びっしょりになりながらの熱演であった(見せ場では拍手喝采)。操りの糸がもつれて、三番叟がぺたっとうつ伏せになるところでは、額から滝のような汗が舞台に落ち、大丈夫かしらと又心配になっちゃった(私は目に汗が入るとその痛みに飛び上がるが、役者さんたちはそういうことはないのだろうか)。操三番叟は何回か見たことがあるが、こんなにエネルギッシュな踊りだったんだ、と改めて思い、糸が緩んだときの姿にもうちょっと人形らしさが欲しかった気もするが、素踊りだから化粧なしの表情だけで人形を演じるというのも一つの見せ場であったなあと、今楽しく振り返っている。
次は市川左字郎さんの「浮かれ坊主」。踊り上手な左字郎さんにぴったりの演目。柔らかい動きで楽しませてくれた。けれど、ごめん、途中で陥落。
「雨の五郎」は梅玉さんの部屋子・中村梅丸クン。梅丸クンの素顔は初めて見たが、意外と凛々しくてびっくりした。可愛らしいんだけど、きりっとした動きが決まっていた。これも途中何度も……。
「狐火」。簡素ながら幻想的な舞台が美しい。最初に中村梅秋さんが手に持った狐の人形を踊らせ、怪しげな雰囲気を醸し出す。八重垣姫は藤間紫恵悠さん、忍武士として澤村國矢さん。
「船弁慶」。亀寿さんの弁慶は声もよく透り滑舌もいいから、静御前を連れて行かれないというその事情がよくわかった。義経の男寅クンを見ていると、もしかしたらニンはおじい様やお父様とは違ったものになるんじゃないかと思った(もっとも、私は左団次さんはもちろん男女蔵さんの子供時代も知らないのだから、先はわからないけれど)。静と知盛の霊は亀三郎さん。静のときはやや白めに顔を塗り、髪も茶色にしていたように思う(髪の色は知盛のときに、さっきより黒いなあ、という気はしたけれど、本当に違いがあったかどうか自信はない)。また表情も動かぬながらやさしげで、歌舞伎の能面のような無表情さとは違って親しみがもてた。知盛のほうは舞台も小さいし、花道と客席の間隔もあまりないから暴れにくかったと思うが、これまた化粧がないおかげで、おどろおどろしさというよりは知盛の苦悩が強く感じられた。舟長で勘十郎さんが出ていらしたが、セリフもよく、何よりもさすがに動きが違うものだなあと思った。
他に、亀井六郎・中村東志二郎さん、片岡八郎・梅之さん、伊勢三郎・中村蝶之介さん、駿河次郎・中村蝶三郎さん、舟子に大谷友右衛門さんのご子息・廣松クンと廣太郎クン。梅之さんはもう立役をやられることはないかもしれないとのことだが、ちょっともったいなあという気はやっぱり残る。
こぢんまりした劇場での踊りはなかなか迫力があり、また途中だいぶ意識が抜けはしたが、素踊りの良さというものを十分楽しめた会であった。

おまけ:終演後、ロビーにスーツ姿の松江さん発見。玉太郎クンとお嬢さんをお連れになり、美しい奥様が寄り添っていらした。玉太郎クンはお父様にぴったりくっついて甘えている。私は東京新聞に一時連載されていた松江さんの育児日記を愛読していたから、松江さんが玉太郎クンを慈しみ育てている様子を思い出し、微笑ましいこの光景に思わず笑顔になってしまいました。
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←地下鉄半蔵門線・水天宮前駅

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2007年8月 2日 (木)

東西夕焼け

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昨夜、送られてきたパリの夕焼け。偶然にも私も昨日の夕焼け空を写真に納めていた。
こちらも気候が不安定だったが、パリもずっと気温がやっと20度を超える程度で天気もはっきりしなかったらしい。ルーマニアやイタリア南部じゃ40度を優に超える猛暑だといっていたのに、そんなに激しい気温差があるとは。昨日のパリは28度まで上がったそうだが、朝は19度だったとか。
左側がパリの夕焼け(ただし、撮影したのは先週)。

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スッキリ

81日 対サンフレッチェ広島戦(埼玉スタジアム 1932キックオフ、38,682人)→41勝利
Reds
Hiroshima
「スッキリ」といっても、日テレの朝の番組ではない。今日の試合、
4点も取ってスッキリというわけ。今季3点以上取った試合は初めてらしい。そして、ここのところ埼スタ4試合連続引き分けのもやもやを一気に晴らしてくれた試合だった。

リーグ戦前半で1試合だけ残った消化試合と言われ、そりゃ消化試合かもしれないけど、1シーズン制なんだから決してその言葉が表すような無意味な試合ではない。ここで勝っておかないと優勝は遠のくし、後半戦への幸先も悪いというものだ。しかし、試合前半は広島の動きがやたら早く感じられるのに対し、こっちはもたもたしていてちっともよくなかった。後半になっても何だかぱっとせず、9分にはついに、広島・佐藤に1点許してしまった(佐藤寿人は、スピードがある)。達也になかなかボールが渡らず、それは達也自身が機能していなかったのか、よくわからないけれど、せっかくオシムが達也を見に来ているというのに、しょうがねえなあ、なんて私は軽く不貞腐れ気味。
Ball_4 それがやがて、耐え切れなくなった闘莉王がガンガン上がっていき、ついに19分得点を決めると、レッズはまるで眠りから醒めたように攻め出した。そして2点目は相手DFのファウルによるPKPKを取ったのはワシだが、さすがにPK失敗続きの本人は蹴るとは言い出せなかったみたいで、ポンテが見事に決めた(ポンテ~、1回決定的なチャンスでふかしたね~)。するとその3分後の33分、待ってました! 達也がゴール。ダメかなと思ったボールがなんかするすると入っていった。そして38分、すでに永井との交代が決められていたワシが4点目。悪い体勢だったけど、ちゃんと決めた。ワシ、やればできるんじゃん。
嬉しかったのは、その後に岡野が入ったこと。山田、達也、永井、岡野って、これに伸二(累積で出場停止)がいたら言うことないけど、私はまだこの時代を引きずっているから、この4人が揃ってピッチにいる喜びにわずかの時間ながら浸ることができた。永井にも岡野にも惜しいシュートチャンスがあり、ああ決めさせたかったなあ、と残念な思いがした。でも、あんまり欲張っちゃいけないね。
1点取られはしたけど、それはまだ眠っている最中のことで、目が覚めてからは完封しているのだから、完勝といっていいだろう。みんなで祝杯をあげたいところだったが、何しろ平日の21時半に試合終了では遅すぎる。今日はそれぞれおとなしく引き揚げ、私はさっきビールをあけ、1人で勝利を祝したのであった。
おまけ1今日の座席はなんと、バック中央から気持ちアウェー寄りの最前列(この席と500円しか違わない値段でSA席の大半は5階席6階席になる。私は正面はるか上方のSA席を眺め、絶対納得いかないと、又カリカリする気分になった)。サッカー観戦では最前列というのは、目の前に手すりがあって視界をジャマしたり、ゲーム全体を見渡しにくかったりで、あまりいい席ではない。しかしそれを逆手にとり、ほぼ選手目線で試合を見ることにした。どこにスペースがあるかとか、誰がフリーでいるかとか、意外とよく見えた。目の前を山田がたったっと上がって行くシーンは、ちょっと感動だったなあ。これがなぜか他の選手ではダメで、山田の時だけ芝を蹴る音が聞こえるようで(本当に、たったっという音なのだ)、興奮を覚えた。
おまけ2レッズにPKを提供してくれた相手DF、盛田剛平(こうへい、と読む)。この選手は私の頼りない記憶によれば、駒大出身で大学得点王。大型FWとして鳴り物入りでレッズに入団したのであった。当時の原博実監督に抜擢されてレギュラーとして試合に出ていたが、どうも頗る気が弱いらしく、結局花開かぬままレッズを去り(FWっていうのは我儘なくらい気が強いほうがいい)、その後いくつかのチームを渡り歩いて、現在広島でDFとして出場している。そんないきさつがあるから、敵ながら密かに頑張れよと応援していた。その盛田がエリア内でファウルを犯し、1点献上するとはね。皮肉なものです。剛平、これに挫けるな。人生、そんなことも時にはあるさ。

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2007年8月 1日 (水)

がばしょ

いやあ、この10日間、頑張った頑張った。83日締め切りの超上級レベルの仕事を7月中に提出し、もう一つの3日締め切りの仕事もきっちり今日終わり、あとは締切日は阿吽の呼吸という仕事をわずかに残すのみ。その間、地元の夏祭りの焼きソバ製造販売に丸1日借り出され、汗と油まみれで疲労困憊になったりもし、「十二夜」の千穐楽もたっぷり楽しんだりもし、家事もいつもより丁寧にこなしたりもし、なんだから私ってエライ。へへ自画自賛だあぁ。もっとも、なんでこんなに自分を追い込んだかと言えば、12日と遊びの予定が入っていたから(あまり誉められたものではないか)。
こうして頑張ったかわりに、とばっちりを食ったものもある。それがビリーだ。さすがにあの激しい運動をやる体力気力が失せ、2日以上のブランクは作らない決まりを破ってしまった。もう5日くらい遠ざかっている。まあ仕方ない。今晩からガバショだ。
註:ガバショとは、「はねトび」(はねるのトびら)の「短縮鉄道の夜」というコーナーで塚地が言い始めた言葉(だと思う)。がんばりましょうの短縮言葉である。「はねトび」は毎週必ず録画する。私はほとんどのTV番組は録画して食事の時などに見るが、食事は父と一緒だから、94の老人にバラエティは見せても始まらない。そこで、外出のためのメークアップ時間か、入浴後に細切れで見ることになる。深夜1人バカ笑いするオバサンは、いつも息子に叱られる。でも、笑うって身体にいいんだから。
さあ、今日はこれからレッズ
vs 広島戦を見に行ってきます。ちょっと遅刻すると思うけど、応援もガバショ。ははは。

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