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2007年3月

2007年3月31日 (土)

パリの一面

パリの町であまり見たくないのは物乞いである。「私は1日何ユーロ必要としています」とか「子どもが何人います」とか書かれたボール紙を立てて街角に一日ぼんやりと座っている人、地下鉄に乗ってきて大声で「私は何歳で仕事がないから」恵んでくれと言う人。本当だったら気の毒だなあと思うし、それにしちゃ太っているなと思うこともあるし、いずれにしても人のこういう姿を見るのは切ない。

郵便局などの入り口に雑誌をもって1日立ち、ドアの開閉をしてくれる人もいる。別にそんなことしてくれなくてもいいんです。って、あちらはそれでチップをもらうつもりなのだろうが(雑誌も売っているのかもしれない)、お金を渡している人を見たことがない。それでも私はこういうとき、どうしてもドギマギしてしまう。ボンジュールと言う相手に対しボンジュールと返すものの、言葉を交わしたらそこでその人との関係性が生じ、無視するのがつらくなるのだ。

あるバス停で、ベンチを占領しているホームレスのオジサンを見た。生活用品らしいものを入れた紙袋いくつかをまわりに置き、ベンチには布団まである。バス停は三方をプラスチックの壁で囲まれており、屋根もついているから、ただ道路にいるより暮らしやすいのかもしれない(普通に道路に寝転んでいる人も見た。ホームレスの凍死は多いらしい)。この人はそのバス路線では知らない者がないというくらいよく知られた人だそうで、けっこう親しみをもたれているらしく、一時姿が見えなくなったときは、みんな心配したということだ。

こういう人たちを見ると、生きていくことのきびしさ、人間の逞しさを知ると同時に、わが身の幸せを実感する。

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doremi様

そうおっしゃっていただけると嬉しいです。

ここまでぴったり寄せられた真ん中の車が出て行くところを見たことがないので何とも言えませんが、前後にぶつけたって出られそうもありませんよねえ(前後に少しでも余地があれば上手に出て行くようですよ)。一日観察していたいところです。

本日、帰国の途につきます。

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パリのテクニック

聞いてはいたけど、というか、聞きしにまさる、というか。パリの町ではどこでもこんな光景がみられる。どうしたらこんなことできるの? どうするのさ、この後? 2_5  1_6

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これも呆れるほどのすごいテクニックだけど、凱旋門のところを走るバスは凄い。ここの交通の流れは恐ろしいのだ。バスに乗っていると、いくら運転技術が上達しても、パリの道路を熟知していても、私には絶対凱旋門のまわりは走れない、と思う。凱旋門のまわりをまるく回る流れと、それを突っ切る流れと、ややこしいことおびただしい。うわあ、ぶつかる~と思わず目を閉じそうになるが、バスは動じることなく、何重にもなって向かってくる車の流れを突っ切っていく。こういう複雑なところでは、自転車の若者たちは、コバンザメのようにバスにくっついて移動するらしい。

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2007年3月30日 (金)

コメントありがとうございます6

doremi様

日本では年度末で皆様お忙しいのに、一人申し訳ない気分です。せめてパリの雰囲気をお伝えしたいと思っているのですが・・・。

「十二夜」、やっぱり亀治郎さん出られるんですね!! 楽しみが増しました。麻阿が物を食べる場面は注目ですよ。

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歌舞伎の未来

328日 長谷部浩講演会「歌舞伎の新しい波」 (日本文化会館)

7_3 18時半からの講演会は東京芸大の長谷部浩氏が講師で、亀治郎さんが特別出演の予定である。30分以上も前に着いたが、講演会の行われる小ホール前にはもう45人の人が並んでいた。このホールの外では亀ちゃんの写真展も行われていた。といっても、7点だけの写真展示だが、どれも長塚誠志さん撮影による素晴らしい作品で、ああ1枚でいいからほしいわ~、とため息が出た。展示されていたのは、合邦・玉手御前(02年)、一条大蔵卿(04年)、角力場・

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吾妻(04年)、寿式三番そう・三番そう(04年)、弥生の花浅草祭・悪玉(?年)、鷺娘(06年)、そして私の大好きな八百屋お七(06年)。6点はひとつの壁に並べて展示されていたが、別の壁にかけられているお七だけがちょうど順番待ちの行列の人の陰に隠れてしまい、多くの人の目に触れないのが残念に思えた。

1820分になってやっと中に入れそうな雰囲気になったのに、どうしてフランスっていう国はしゃきっとしないのだろう。係員が2人でああでもないこうでもない、という感じで額を寄せ合って、なかなか入れてくれようとしない。せっかち日本人おばさんである私がこの国で耐え難いのは、こういうところである。たった23分のことにすぎないのではあるけれどね。

小ホールは階段教室になっていて、ただし前3列は段差がない。私たちは事前に3列目あたりに陣取ろうと話していたのだが、中に入ると23列目は招待席であった(あとでわかったのだが、新国立劇場の舞台監督だという方や、現代演劇の作家らしい方たちがいらしたようだ)。さすがに最前列は遠慮して、4列目に決めたのだが、誰しも同じことを考えるらしく、すでに4列目は入り口に近い方から埋まっていた。それでも真ん中より向こうに空席がみつかったので急いで確保。これは結果オーライであった。だって、後から合流した亀ちゃんの顔がバッチリ私の正面だったんだもの。

110席、全10列くらいだから約100人のキャパはほぼ全部埋まったらしく、予約をしないで来た人たちなのか、78人が階段に腰掛けさせられていた。聴衆は日本人とフランス人半々か、やや日本人が多かっただろうか。

正面にはスクリーンがあって「歌舞伎の新しい波 Conference La nouvelle vague du kabuki」の文字が映し出されている。その下に講師席が設けられ、我々から向かって一番左、マックのパソコンが置かれた席に長谷部氏、その右隣に通訳の女性がすでに座っていた。やがて館長挨拶が始まった。フランス語で行われた挨拶の内容は、この講演会のパンフレットに書かれた程度の歌舞伎の説明、長谷部氏・亀治郎さん、長塚氏の紹介であった(招待席には長塚氏ご夫妻もいらしていた)。

講演は長谷部氏が現代歌舞伎の課題を3つに絞って解説し、その後亀ちゃんが加わってさらにこれを掘り下げていった(通訳は一文一文ごとに入る)。少し長くなるが、この講演およびディスカッションの模様をお伝えしたい。

長谷部氏はまず、「上演演目の固定化」というところから話を始められた。現在歌舞伎の上演演目は約200、たまに上演されるものも含めると300あまりになり、創作が出てくる余地が少ない。最後の歌舞伎作者は岡本綺堂(18721939)、真山青果(18781948)、宇野信夫(190491)、三島由紀夫(192570)であり、1950年代くらいで大きな作品は途絶えている。古くて良い作品をやっていればいいという考え方もあるだろうが、新作を作り出せなくなった演劇は博物館行きと言ってよい。この10年、歌舞伎ではそれを打開しようという試みが単発的に行われてきた。ちなみに、17世紀から続いた演劇が現在も興業として成り立っているのは歌舞伎とインドのカタカリくらいなものであり、歌舞伎の興業状況(毎月全国で3座の興業、歌舞伎座だけで2000席、年間250日)は奇跡に近いのだそうだ。

さて、こうした歌舞伎の変化のきっかけとなったのは、二代目松緑(191389)、十七代目勘三郎(190988)、六代目歌右衛門(19172001)、七代目梅幸(191595)の4人の名優の死である。この中で歌右衛門は、この人が生きていれば歌舞伎の新しい波は起こらなかったといわれるほど、その存在が歌舞伎の規範を作っていた。そこで、現代歌舞伎の3つの課題である。

①古典の再解釈(型の再検討)

六代目菊五郎の呪縛:六代目のそばで育った梅幸(六代目の養子)、松緑、勘三郎により、六代目の型が支配的になった。今後は六代目以外の型をやっていかなくてはならない。

上方の型の復活:東京の菊五郎型に対して上方の型を復活させようという動きは絶えずある。

現代の演出家による再演出の可能性:従来の型にとらわれない演出。たとえば1949年武智鉄二の「野崎村」「熊谷陣屋」では文楽の原本を尊重する方法がとられた。また1988年、猿之助の「ヤマトタケル」は歌舞伎をまったく新しいエンタテインメントとして作り変えた。亀治郎の家系は歌舞伎の主流・権威(六代目菊五郎、団十郎家)があるとしたら、それにノンと言い続けてきた家系である。面白いことに、後に長谷部氏は、海老蔵さんは革命家である、歌舞伎に野性を入れようとしていると評価した。ただし市川家だから許されているような部分もあるが、と付け加えて。

②現代演劇の作家・演出家との共同作業

日本では現代演劇と歌舞伎はまったく別のジャンルだと考えられていた。現代演劇の俳優が歌舞伎に出ることはきわめて稀。それが変わりつつある。蜷川、串田、野田、三谷による新作あるいは新演出が続いた。ここで、これまでにない演出として、スクリーンに「高田馬場」のDVDから、安兵衛が酔っ払い小野寺右京が嘆く場面、堀部ホリの口説きの場面が流された。しかし、ここだけ流されても、従来の演出を知らなければピンとこないのではないか、と私はちょっと疑問に思った。

③劇場空間の問い直し

歌舞伎の舞台は、広い本舞台に直角の花道という特徴的なもの。これを備えた専用劇場でないと上演できなかった。それがコクーン、平成中村座などで変わりつつある。

歌舞伎の未来には以上の3つのことがすべて必要であろう。フランス人の方は日本に来られたら是非現地で歌舞伎を見てほしい。そうすれば、より幅の広いものが見られるであろう。

ここで亀ちゃん登場。ピシっとスーツに身を固め、「二代目亀治郎です。皆さんにお会いできて嬉しいです」とフランス語で挨拶した。その後は日本語で、自分は亀治郎の会というものをやっているが、これは亀治郎のリサイタル公演であり、歌舞伎を新たに創造し直すという試みもあるが、もっと重要なのは自分がやりたいことをやるということだと述べた。以下、長谷部氏と亀ちゃんのやりとりをかいつまんで再現しよう。

長谷部:亀治郎さんが新しい演目をやるときは、部屋じゅうに資料を並べて勉強するそうです。

:歌舞伎は難しい演劇である。何をもって歌舞伎とするか、誰も答えられない。自分が知る限り、歌舞伎が何たるかについて書かれた本はない。一言で言えるような簡単な演劇ではないのだ。だから様々な問題が生じる。一番の問題は、歌舞伎があまりに時代性を帯びていることである。歌舞伎は江戸時代に生まれた、その時代の現代演劇である。その時代の文化、風俗すべての影響を受けており、それが歌舞伎をむずかしくしている。

:三津五郎さんは、「歌舞伎役者がやるものすべてが歌舞伎だ」と言っているが。

:それは究極的な答えですねえ。(テーブルに置かれた水を例にとって)中に入っている液体が歌舞伎なのか、入れ物を含めて歌舞伎なのか、あるいは入れ物を置いたテーブルも含めて歌舞伎なのか。捉え方によって歌舞伎は違ってくる。本来の歌舞伎を演じるならば、劇場空間も含めてすべて変えなければならない。役者も江戸時代と同じ生活をして、歩行も右手と右足を同時に出すようにしなければならない。そんなことは不可能であり、現代の我々が正統な歌舞伎を守っていると声高には言えない。

:原点主義だけが意味をもつものではない。歌舞伎からあらゆるものをはぎとっても、歌舞伎俳優がもっている歌舞伎の味のようなものが歌舞伎の本体ではないか。亀治郎さんは若いが身体に歌舞伎味がある。

:子どもの頃からそこの環境に身を置くこと、その空気を吸うこと。これが歌舞伎の大事な要素である。ただ、型は変わってよい。名優が残した型を絶対視することは危険である。ある時代まではその型が一番よいとしても、それ以上の型が出てくることもある。しかし型を作るのはむずかしい。一つの型を壊すには世の中に残された型をすべて知らなくてはならない。(→ここで部屋じゅう資料だらけというところに結びつくのでしょうね)

ところで、作品の問題だが、ギリシア悲劇やシェークスピアは普遍的であるのに対し、歌舞伎の演目で普遍的なものはあまりない。悲劇というものは人間 vs 世界であり、世界に呑み込まれる人間が悲劇なのである。近松の悲劇もそれに則って書かれてはいるが、世界が当時の大阪に限られている。社会と作品が結びつきすぎており、当時の社会を知らなければ理解できない。客が歌舞伎を見に来るのは役者を見に来るのであり、それも大事な要素ではあるが、作品自体で客を魅了するという努力がなされていない。

:亀治郎さんの心配はよくわかる。役者を見に行くのも大事だが、3本に1本は作品も見てほしい。現在のレパートリーでそういうものは少ないが、たとえば合邦は「フェードル」に似ており、ドラマとしても感動できる。しかし国際性をもつには新作が必要。国際的には、歌舞伎は高度に洗練されてはいるが日本の民族舞踊として見られているのではないか。

:蜷川や三谷が作品を提供するという外的要因によって俳優が変わらざるを得なくなった。歌舞伎は世界遺産になったことで、世界演劇にならざるを得ない。世界を舞台に活躍するには改革が必要。今はまだ、日本民族がやる日本の民族演劇である。それこそが歌舞伎だという人もいるが、我々は先祖に呪縛されることは一切ない。歌舞伎は現代に生きてこそ歌舞伎である。したがって、このオペラ座公演は大変意義のあるものである。演出も多少変わっているし、花道もない、それでも歌舞伎である。団十郎、海老蔵、亀治郎を知らない人が見ている、それでも歌舞伎である。口上をフランス語で行った、それでも歌舞伎である。歌舞伎が何なのかを問いかける非常に重要な公演である。

:歌舞伎では女形は立役の一歩後ろに立つ。しかし菊之助さんは「十二夜」のセリフはそれでは喋りにくい、ちょっと前に出た方が喋りやすい、と言っていた。

:シェークスピアの世界を完全に理解することも歌舞伎で完全に表現することもできないが、「十二夜」で演出家が言ったのは、シェークスピアの世界で重要なことは貴族というものはいやらしい話が好きで、2人寄れば酒を飲んで人の悪口を言う。「十二夜」ではそこにマライアが加わる。それがシェークスピアの世界だ、ということ。しかし自分には女形のご飯の食べ方が見つからなかった。歌舞伎では女形が物を食べるということはあり得ない。日本女性は昔は人前で食事をしなかったし、男性が食べ終わるまで食べなかった、そういう時代に生まれた歌舞伎ではシェークスピアは演じられない。そこで自分は女が物を食べる型を作った。シェークスピアを歌舞伎でやることによって、新しい型が生まれたのである。

:歌舞伎の未来についてだが、能や文楽のような形で存続すればいいとは思わない。亀治郎、海老蔵、菊之助が変えていくことを期待する。その道は、古典の再解釈、新作、どちらなのか。

:新作と古典、両方やる必要がある。守りと攻めという二つの意識をもたなくてはならない。守りというのは、変わらないように守るのではなく、古い作品を現代の視点で解釈し、古典に新しい命を吹き込むことで守るのである。攻めは、シェークスピアやモリエールなどに取り組む。これによって、役者が豊かになり、その役者が再び古典をやるのである。

以上が講演会の内容だが、その後の質疑応答(主にフランス人の質問を受け付けた)で今回の「勧進帳」について亀治郎さんは、再解釈ではない、伝統に従っているが、作られた当初とは微妙に異なっており、現代におけるクラシックといえるだろうか、と説明していた。意味のない美辞麗句は省略して多少短くもなっているとのことである。

また今回のオペラ座での注目点は、「照明を明治時代の明かりに近くしたことである。それによって、よりクラシックになった」そうである。(そうなんだあ。オペラ座独特の雰囲気というか暗さというか、そういうものに気をとられて、気づかなかった)
お二人の話を聞いていて、自分がこれまでぼんやり疑問に思っていたことが形になって現れ、それがいいのか悪いのかはともかく、一つの方向性が示されたような気がした。それと同時に、長谷部氏が挙げた3人だけでなく、新しい歌舞伎の波を起こそうとしている、あるいはもう起こしている役者さんは他にもたくさんいることが思われた。それにしても亀ちゃんの頭の良さには脱帽する。論旨があきらかであり、ディスカッションでも、自分でどんどん問題提起して長谷部氏の意見を引き出したり、一般人にわかりやすいように比喩を多用したり、通訳が訳しやすいように一息で喋りすぎることなく言葉を区切ったり、その喋りもメリハリがきいている。よく勉強をしていることも窺える。本当に魅力的な役者さんです。帰宅してもう一度「高田馬場」のDVDを今度は副音声で聞くと、亀ちゃんがこの芝居に出て、どんなに刺激を受けたかが分かるようで、実に興味深かった。

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2007年3月29日 (木)

自然&人の手

328日 アンドレ・シトロエン公園→マジック博物館→日本文化会館の歌舞伎講演会
今日の行動の目玉は夕方6時半からの歌舞伎講演会である。事前に予約はしておいたが、12時から配られる整理券が必要だということで、12時過ぎに日本文化会館に もらいに行く予定を立てた。天気予報ではまた少しずつ天気が悪くなりそうといわれていたので、私はまだ上天気のうちに近所 Photo_22 のアンドレ・シトロエン公園を特急で散策。緑に囲まれた静かなたたずまいの人工公園で、子どもたちがきゃあきゃあ騒ぎながらかくれんぼをしていても騒々しさを感じない。
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気持ちよさそうに日光浴をする人たちもいて、やはりこの国の春の太陽は貴重なんだなあ、と思った。公4_5 園の奥には気球の乗り場があって、一般人が楽しむためのもののようだった。高所恐怖症の私でもちょっと乗ってみたい気持ちになった。

公園近くの駅で娘と待ち合わせ、日本文化会館へ。エッフェル塔のそばにあるガラス張りの建物である。入り口で荷物検査と空港にあるようなゲートで金属チェックを受け、受付で入場券をもらった。
そこからマジック博物館へ。ネットで調べたら12時開館とPhoto_6 あり、13時頃着いたのに14時開館となっていた。娘はなんかそんな気がしたんだような~と言っていたが、こちらでは12時から14時までは昼休みらしく、そういえばオペラ座の歌舞伎舞台制作も14時から再開されたのだった。仕方ないので、サン・ルイ島へ渡ったり、アラブ文化センターのものすごい大きさに感嘆したり、それでも時間があるのでお洒落なカフェを探していたらちょっといいかなと思うクレープ屋があり、入ってみたり。私はグランドパッションというのを頼んだ。出てきたのは大きなクレープ生地に生クリームが山ほどのった強烈なインパクトのある品。うわっと思ったが、クリームが意外にもとても軽く、全部おいしくいただけた。
そろそろ時間だということで再びマジック博物館へ。小さな子どもたちが10人くらい、付き添いの親が数人並んでいる。14時過ぎたのに開館まで5分待たされた。せっかちな日本人である私は、こういうのにイライラする。だいたい、美術館の入り口やバスの乗り口でよく誰かが何かイチャモンつけて(係員、運転手とケンカしているわけではなさそうだから、イチャモンではないだろうが)、そこで列がつまってしまうことがよくある。みんな案外おとなしく待っている中、言葉がわからないから、なにやってんだよ~と私一人苛立つのである。
博物館は地下にあり、壁は石というか岩そのままで実に怪しい。なにしろ、地上の入り口ですでに怪しげな雰囲気をかもし出しているうえ、地下の切符売りのでっぷりとしたオジサンが、これまた怪しげである。我々最初に並んでいた一団が入館すると、別の怪しいオジサンが登場してみんなを集め、フランスにおけるマジックの歴史を説明し始めた。英語が喋れないとかでフランス語限定の説明だったから私はところどころ聞こえてきた単語を集め、適当に解釈した。Robert Houdinという人がフランスマジックの祖ともいえる人物らしい。オジサンは今日誕生日の女の子やその他の子どもを前に出し、簡単なマジックの実演もやってくれた。オジサンの喋りは怪しげに怪しげに、声をひそめたり突然張り上げたり。子どもたちもよく笑っていたし、言葉がわかればもっと楽しかっただろう。
その後若いマジシャンのショーを15分ほど見て、展示物を見学。鏡やレンズを覗くことによって見えているものが違ってきたりするマジック的なものは自分で体験でき、他愛はないものの、こういう場ではそれも楽しい。実際にマジックの主役になったり、本物のマジックショーを間近で見たり、こういう場で子どもたちの好奇心が育てらるんだろうなあ。
1時間近くをここで過ごし、外へ出てみると、いや~だ、雨が降っている。天気予報大当たりだ(晴れと曇りと雨、全部のマークがあった)。
大急ぎで帰宅の途についたが、道路大渋滞でバスがいつもの倍近くかかった(おかげで十分居眠りできた。今日は娘といっしょなのでスリの心配もない)。帰宅後一休みし、気合を入れて講演会へ。18時10分くらい前に日本文化会館に到着。
実はここで今日の前半の行動の失敗を悟ることになった。というのも、整理券は18時までにもらえばよく、しかも会場に入る順番はその時並んだ順だったのだ。ということは12時に取りにいく必要もなかったし、マジック博物館の開館までの時間、天候も考えると、前半は気球に乗るべきだったなあ。残念至極。

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コメントありがとうございます5

kirigirisu様

つたない記事を読んでいただけるだけで、嬉しいです。娘のところはネット環境や画像処理能力があまりよくなく、記事の作成が思うにまかせず、そのへんは諦め気分です。

歌舞伎のニュースはなかなかこちらでは見ることができず、かえって日本のほうがよく報道されているようなのが残念(私のアンテナのはり方が悪いのかもしれません)。

フランスという国の芸術に対する姿勢にはちょっとかなわないな、という気がします。舞台裏やリハーサルを隠すのではなく公開することによって、こちらの芸術に対する純粋な関心が掻き立てられるようです。もっとも非公開、写真も不可というのが必ずしも全面的に悪いとは思いませんが。

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ついに出会ったステキな怪人

327日 ロダン美術館→郵便博物館→オペラ座→マルモッタン美術館→韓国料理店 2

郵便博物館のあと、考えに考えてオペラ座へ。何を考えたかというと、どうしても歌舞伎の舞台を作るところを見たい、だけど何時に行けばいいのだろうか、ということ。マルモッタンは古い情報によると17時半まで。オペラ座はおそらく15時頃が佳境かと思われるが、遅く行って作り終わっていたらつまらない。郵便博物館を出たのが12時過ぎだったので、本当ならマルモッタンに先に行けばよかったのだが、交通の関係上、オペラ座を優先してしまった。これがよかったのか悪かったのか。

1_3 オペラ座に着いたのは13時過ぎ。舞台を覗くと、オーケストラボックスに張り出させた舞台は未完成のまま、オペラ座の幕(多分)が降りていて、誰の姿も見えない。何とか時間をつぶして14時ごろ見に行くと、おっ、作業が始まるようです。日本人とフランス人2_3 のスタッフが握手をして、それぞれ作業に入る。私が見ている間に動いていたスタッフは総勢30人ほど。舞台は意外と奥行きがあり、なんだか体育館みたい。大きな板を何枚も運んで、舞台に張り、手前の舞台にも薄い板を張り、という作業が30分ほど続いただろ3_4 うか。私はマルモッタンのことを考え、見学は15時までと決めていたので、このまま板張りだけで終わっちゃうのかなと心配していたら、やがて色々な大道具が運びこまれてきて、俄然面白くなってきた。五色幕と臆病口の設えられた装置(何という名前か分4_4 からない)は非常に重そうだった。ちょっと移動させるのに、何人もで力いっぱい押していた。定式幕はどうやって張るのかなと興味津々でいたら、すでに張ってあって、降りてくるところだけ見ることができた。私はずっと作業を見守っていたが、あまり1カ所に5_2 陣取っていては次々と入ってくる見学客に悪いので、右の部屋、左の部屋と何度も移動しながら、見ていた。移動している間に、紅葉狩の紅葉が降りていた。

このあと、どんな作業になるのか、役者さんたちは出てくるのか、後ろ髪を6_2 引かれる思いだったが、仕方ない、外へ出た……荷物検査口の手前のことです。おお、何と言うことでしょう、怪人がいるではありませんか!! ついに怪人に出会ってしまった。思わず夢中でカメラを取り出し、すれ違ったばかりの彼の後を追いかけると、心やさしき怪人は立ち止まってポーズをとってくれたのである。ステキなステキな怪人さんだった(本当は酔狂な、目立ちたがり屋の見学客でした)。

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マルモッタン美術館は町の喧騒を通り過ぎ、緑広がる公園を過ぎた先にあった。中は残念ながら写真禁止。ここの目玉は何といってもモネ。地下に睡蓮、日本の橋、ルーアン大聖堂など、モネがこれでもかというくらい展示されている。実に見事なコレクションである。ゆっくり目を楽しませてから帰宅した。

夜は娘と待ち合わせ、カンブロンヌというところにある韓国料理店へ。きれいな店で、お店の奥さんもきれいで愛想Photo_13 がよく、何より料理が美味しい。餃子もお肉たっぷり、皮はパリパリ。石焼ビビンバも思い切り石が熱く焼け、いつまでもジュージューいうこの幸せ。キムチに春野菜をたっぷりのせ、味噌汁とともに味わった。ここでは韃靼ソバ茶も出してくれる。高級感漂う店内の割には値段もまあまあで、実に満足な夕食だった。

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2007年3月28日 (水)

晴れた朝はロダンの彫刻と

327日 ロダン美術館→郵便博物館→オペラ座→マルモッタン美術館→韓国料理店 1

今日も朝からいい天気。といっても娘の仕事のために早起きした6時半はまだ真っ暗。なにしろ、ついこの間までは5時半だった時間である。こんなまだ3月に夏時間になるなんて変な気持ち。

今日も元気オバサンは単独行動である。まずは朝イチでロダン美術館へ。ここは前Photo_82度来て、一度は休館日、一度はあまりの行列に諦めたから、今回は絶対朝イチ で行くことにしていた。そしてそれは大成功。素晴らしい美術館であった。広い庭園がいい。アンヴァリッドを背景に考える人とバルザック像。地獄門の外には普通に道路を行き交う人々の姿が見える。おおカレーの市民も。あまりにも有名な彫刻の数々に浮き立つ気分を落ち着いた庭園の緑がなだめてくれる。朝のさわやかな空気の中をのんびりと彫刻を眺めながら散策する気Photo_9 分は最高である。庭園にはカフェもあり、なんの花だか知らないが黄色い花のまわりを蜂たちが飛び交っている。館に入ると、ロダンの多数の作品だけでなくカミーユ・クローデルの彫刻も展示されている。またゴッホやルノアールなどの絵もあり、充実した時が過ごせる。

ここからマルモッタンに行くのが最初の予定であったが、せっかくだから近くに何か見所はないかしPhoto_11 ら、と地下鉄路線図と「地球の歩き方」を見比べていたら、モンパルナスにある郵便博物館が近いこと がわかった。モンパルナスはとても大きな駅で、私一人の手にはあまるのがわかっていたが、えいままよ、と出かけてみた。案の定、どこの出口から出たらいいのかわからず、とにかく適当に外に出て、あとは通りの名前を地図につき合わせて判断し、比較的簡単に郵便博物館を見つけることができた。

ここで一つ、イヤなことがあった。入場料5ユーロのところ20ユーロを出したのだが、お釣りとしてコインが3つしか返ってこない。2ユーロ2枚と1ユーロ1枚である。ん?おかしいぞ。そこで、なんと言おうかと思いながら口をついて出たのは、一番簡単ながらなんだか間抜けな「セ・コンビアン?」(それって、いくら?)。これで通じなかったら、今20ユーロ払ったんだけど、と言おうと思っていたら、2人いるうちの受付の女性の1人がはっと気がついたように、お金をしまってあるケースから私の20ユーロ札を出し、別の窓口へもっていって10ユーロ札2枚と交換し、1枚を私に戻した。最初に金を受け取った女性はバツの悪そうな顔をしただけで、謝りもしない。黙っていたら10ユーロ損するところだった。外国人だと思ってわかりゃしないと踏んだのか、単に間違えたのか知らないが、こんな博物館でそんなこと、許されるのかいな。まったくふざけた話だ。

ここはまずエレベーターで5階に上がり、そこから少しずつ下って展示品を見て回る。展示室はすべて薄暗く、他に人もいず、なんだか不安に思いながらまわったが、郵便の歴史を辿る展示はかなり充実していた。フランスで郵便切手制度ができたのは1848年だそうで、それまでは郵便制度が複雑だったのと料金が高かったのとで、一般の人は年に3通程度しか手紙を受け取ることができなかったという。郵便の発達に功績のあった人などの声が聞こえる装置もあり、耳に当ててみると、もちろん本物の声ではなく、その人が何をしたかを自分で言う、という形をとっているだけであった。ただ展示を見るだけでなく、こうして見学者がちょっと参加できるような工夫が他にもあり、けっこう楽しめると思った。

モンパルナス駅へ戻り、ここで時速9kmの動く歩道に乗った。これは以前日本でも話題になった、早すぎて転倒者が続出したPhoto_12 歩道である(当時より少し時速を遅くしたかもしれない)。その隣には時速3km<非常に快適な速さの>歩道がある。<非常に速い>歩道は、本当に速かった。怖かった。転ばないよう、慎重に慎重に進んだが、乗るときと降りるときが危ない。そういえば、私、出発のときに空港で保険に入ろうと思って忘れたのだ。忘れた、と思ったのは飛行機の中。ケガしないよう、病気しないよう、盗難にあわないよう、これまで心がけてきた(つもり)。こんな冒険して、ちょっと危険だったな。

Photo_10 ところで、23日前にバスの広告で「アレルギーに注意」というのが目に付いた。こういう広告が出るのかあ、なんて思っていたら、今日は朝ちょっと目がかゆく、その後目は治ったがくしゃみがひどい。とくに午前中はクシャンクシャン、ひっきりなしに出て閉口した。何のアレルギーだろうか。

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2時間近くかけて得た恐怖の絶景

326日 オペラ座→エッフェル塔 2

オペラ座堪能のあとは、またバスに乗ってトロカデロへ。ここは2004年、海老蔵さんが歌舞伎を上演したシャイヨー宮のあるところ。お仕着せ市内観光バスの下車ポイントにもなっていて、ここでエッフェル塔をバックに写真を撮ったりするための時間が15分程度設けられている。ただでさえ観光客が多いこの場所はだから、とても賑わっている。私はここでランチがわりのクレープを食べようと思ったが、そうだクレープはもうすでに何度か食べているから今日はワッフルにしようと決め、アンズジャムのワッフルを頼んだ。こういうクレープ売りの屋台はあちこちにあるけれど、知らないところでの買い物客心理で、行列の出来ている店に並んだ。実際のところ、行列ができていたのは、たった1人で店をやっていたからに過ぎなかったのだが。他の観光客に混じって石段に腰を下ろし、食べにくいワッフルと格闘し(クレープにすればよかった)、少しべとつく手を気にしながらエッフェル塔へ。今回は10年ぶりに上へ昇ろうというのだ。

2_2 エッフェル塔の上り口は、西、東、南と3カ所ある。西と東は長蛇の列だが南はほとんど列ができていない。当然、南へ行くと、なんとそこは歩いて昇る人の入り口だった。行列がないのは当たり前だ。甘かった。仕方ないので西よりは東のほうが人がいくらか少ないかなあと思い、東へ並ぶ。こういうときにアタマにくるのは外人(自分だって外人なんだけどね)。12人で並んでいて、やがて78人がどっとそこへやってきて並んでしまうのだ。今日も前にいたおじさんのところへイカレた若者の集団が押しかけ、スペイン語かなんかでべちゃくちゃべちゃくちゃうるさいこと。もうムカツクんだから。と内心カリカリしていたら、中で一番イカレた男の子が私をつっつき、先へ行けと示す。あらあ、いい人たちじゃ~ん。とりあえずメルシーと言って彼らの前に並ばせてもらった。私、よほど怖い顔していたのかもしれない(自分じゃ、そんな意識はないのだけれど)。

1_2 15分ほどたつと、ようやく荷物検査。ここからの待ち時間は平均30分です、と書いてある。げんなりである。その表示どおり、約30分でやっとチケット購入(頂上までは11.5ユーロ)。これからエレベーターに乗るのにまた10分待ち。団体優先だから、個人客は待たされるのだ。私はエレベーターホールで絶対積み残されまいと、しっかり前のほうに進んでエレベーターを待った。乗り込むと、まずは33_2 階へ。ここで頂上行きのエレベーターに乗り換えるのだが、まずは展望台へ。高所恐怖症の私、足がすくんで、もう恐る恐る、震えながら一歩を出すのがやっと。それでも決死の覚悟で写真を撮った。カメラのストラップは手に巻きつけてあるのに、カメラを遥か下に落としそうな感覚に陥る。なんで頂上までの切符を買ってしまったのだろう。挫けそうになったが、11.5ユーロ払ったことを思い、再びエレベーターを待つ行列についた。そういえばチケット売り場で、3階からのエレ3_3 ベーターは20分以上待ち、って書いてあったなとまたまたウンザリしながら待った。やっとエレベーターが来たが、ここでも怖い怖い。鉄骨の繋ぎ目か何かを通過する時だろうか、途中で何度か、軽くガタンという音がしてそこだけスピードが少し落ちる。これが余計怖さを増す。それでも無事に頂上に着き、意を決して展望台に出ると、意外にもさっきより怖くない。どうやら、展望台の通路が広いせいPhoto_1 らしい。さっきは人がやっと2人通れる程度の広さだから、外の柵と自分が異常に近くて怖かったのだ。今度は通路の内側にいれば柵から遠く、落ちるという不安感は薄れる。それでもやはり高いところは苦手だ。早々に下りエレベーターへと移動した。下りは上りより怖いかと思ったら、これもまたそんなに怖くなかった。あるいは怖さに慣れたのかもしれない。

エッフェル塔ができたとき、パリ市民が醜悪だと嫌った気持ちはわからないでもない。しかし、今のパリで見るエッフェル塔は、どこから見ても美しく、パリの象徴 だよなあ、と東京タワーファンの私などは痛感するのである。それだけに、外から見えないとはいえ、塔に上がるとそこここPhoto_7 に落書きがあるのは残念。今日も実際に自分の名前を書き込んでいる男の子を見た。記念にそうしたくなる気持ちもわからないではないが・・・・・・。

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懐も奥も深いオペラ座

326日 オペラ座→エッフェル塔 1

パリへ来てはじめて、朝からの上天気。暖かさを通り越して、コートなど邪魔になるくらい暑い一日であった。

お疲れの娘は明日大事な仕事があるため外出を控え、12時間の長旅以来毎日元気いっぱいのオバサンは今日は単独行動である。

1_1 歌舞伎の初日は、人も多かったし、自分も舞い上がっていたので(ミーハーで有名人を探すのに忙しくて)オペラ座そのものをよく見てこなかった。そこで、もう一度オペラ座を見に行くことにした。ここもやはり別のバス1本で行かれる。実に便利便利。しかもオペラは終点というあまりの便利さに、ついついバスの中で居眠りしてしまった。パリで居眠りとは私もなかなかなものである(スリにバッグ2_1 をあけられてもわからない!!)。私はしょっちゅう娘に注意を受けている。というのも、あちこちで写真を撮りたいから、カメラをずっと手に持っていると、「盗ってください、と言わんばかりだ。写真を撮るときだけカメラを出して、あとはバッグにしまっておいて」と怒られるのである。また、写真を撮るときも絶対カメラのストラップに手を通しておかなくてはならない。うっかりしていると、構3_1 えたカメラをそのままひったくられることがあるそうなのだ。まあ他の観光客を見てもたいがいカメラをずっと手にして、しかもあまり神経を集中させていなさそうだけれど、住んでいる人はその危険性が身にしみているのだろう。こちらでは、バッグは歩道側の手にしっかり持つ(バイクなどでひったくられないように)、バッグの口はやたらあけない、など神経を尖らせて歩かなくてはならない。おまけに景色に見とれていると、「ほら、ウンチ」と声が4_3 5_1 飛んでくる。中心地はそうでもないが、住宅地などではとにかくあっちにもこっちにも犬のフンが落ちているから、下もしっかり見ながら歩かなくてはならない。気疲れすること甚だしい。

さて、13時過ぎにオペラ座に着いて、荷物検査を受け(美術館でもどこでも、公共の場所ではほとんどすべて荷物検査がある。ごく簡単なものだけれど、一応バッグの中を見られる)、チケット(8ユーロ也)を買い、薄暗い内部へ入った。

7 入り口に「今日はバレーのリハーサルがあるため舞台はご覧いただけません。その他は全部ご覧いただけます」と貼紙が出ており(フランス語、ドイツ語、英語、日本語が併記されていた)、がっかりしたが、実際は2階席の左右2カ所の個室席の扉があいており、舞台を見ることが出来た。舞台装置はそのバレー用だろうか。ここは、先日私たちが見た席よりもっと後ろになるが、意外と舞台が遠く感じら7_1 れない。調子に乗って、もっと上のほうの席に行こうとしたら、階段は立ち入り禁止になっていた。5階席、6階席から見たらどんなものか経験したかったのだが、残念だ。実際にチケットを買って、何か見るしかないだろうが、今回はパス。

せっかく来たのだからと、色々歩き回っていたら、オペラ座は奥が深かった。豪華なのは劇場だけではない。グラン Photo_2 Photo_3 ド・ホワイエというから大広間というのか大きなロビーというのかわからないが、ここの装飾が実にきらびやかで、ベルサイユの鏡の間みたい(壁は鏡じゃないけれど)。ここを一歩一歩進むと、優雅な舞踏会の様子が目に浮かぶようだ。またライブラリー・ミュージアムがあり、舞台の古い模型がいくつも置いてあったり、ため息の出るような素晴らしい絵画がかかっていた。しかも、オペラ座全体どこでも写真OK。一部フラッシュはダメというPhoto_4 場所もあるが、写真そのものはどこを撮っても文句を言われない。懐も深いオペラ座である。地下にも行ってみると、天井は鏡張りで、いかにも怪人が出てきそう……翌日、私は三たびオペラ座に行き、ついに怪人に出会ったのであった。それは明日のお楽しみ。

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2007年3月27日 (火)

コメントありがとうございます4

ミッチ様

ハイビジョン見られたのですね!! 団十郎さんをはじめ、出演者の皆さんのパリ公演にかける意気込みが感じられたでしょうか。でも意気込みといっても気負うというようなことではなく、日本の歌舞伎をわかってほしい、という熱意でしょうかしらね。日本公演にはないカーテンコールも珍しく、楽しかったですよ。

海老蔵さんの弁慶も是非見たい。多分チャンスはなさそうなのでとても残念です。

mami様

いただいたコメントがもしかして非公開になっていたかもしれません。ごめんなさい。公開の操作をしたつもりでしたが、今朝確認したら公開されていなくて。あわてて操作し直しました。本当にごめんなさい。

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遊園地と高田馬場

325日 Jardin d’Acclimation

久しぶりに晴れたので、パリ郊外のヌイイー(ここは高級住宅地だとのこと)にある遊園地に行ってきた。ところが、だんだんくもってきて、寒いこと寒いこと。多くの家族連れが楽しく遊びに興じるなか、早めに引き上げた。

しかし、ここの遊園地は子どもが喜ぶアトラクションだけでなく、大人も楽しめるPhoto_94 舟やミニトレインもあり、また小さな動物園もある。鳥類、羊などのほか、熊が2頭いたのには驚いた。ミニトレインは遊園地の入り口から中心地まで出ていたのだが、私たちはそれを知らずに中に入ってからチケットを買ったため、帰りにしか使えず片道分損した計算になる(チケットは往復で購入)。でも往復で2.5ユーロと安かったからまあ仕方ないか。だって舟の1回料金が同じ2.5ユーロだったから(舟はそれなりに面白かったが、高いと思った)。Photo_95 もし、この遊園地に行く方がいらしたら、Port Maillotからミニトレインに乗ると、歩かないで緑の中の小さな旅が楽しめるのでお勧め。

帰宅してからは、「決闘! 高田馬場」のDVDを見た。娘は初めて、私は舞台を見ているから2度目だが、まあ面白くて面白くて、しんみりしたり腹を抱えて笑ったり。改めて思ったのは、この芝居でも亀ちゃんがかなり主役に食い込んでいたこと。亀ちゃんのあのクソ真面目でとぼけた小野寺右京がいなかPhoto_96 ったら面白さは半減だったかもしれない。このDVDには特典映像もついているのだが、私はだらしないことにワインの飲みすぎで、見ながらダウン、そのまま朝までぐっすり。娘が一人大いに楽しんだということでした。私は日本に帰ってから見直しますわ。

しかし、フランス人の子どもはかっわいい~。みとれちゃいます。日本で言う綿菓子(綿あめ?)は、こちらでは「パパの髭」(バーバパパ)と言うみたい。漫画のバーバパパに似ているからかもしれない。P1020167

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2007年3月26日 (月)

遅ればせながら

北陸地方を中心に大きな地震があったようですが、心からお見舞い申し上げます。こちらのテレビでも少しですがニュースが流れました。フランスは地震がありませんが、長い将来的な目で見れば、絶対地震が起こらないとは言えないようで(油断を怠らないようにする忠告かもしれませんが)、もしこの国で大きな地震が起きたら、石の建造物が崩れたりして、その被害たるや恐ろしいものになりそう。
歌舞伎のパリ公演の模様は日本のメディアのほうが詳しく報道しているみたいですね。こちらは、私がTVニュースを見ている範囲では歌舞伎の情報が流れたことはありません。あるいは公演が始まる前にはいろいろ取り上げられたのかもしれませんね。日本の情報を見ると、海老蔵さんの弁慶は通路から引っ込むとのこと、これも見たかった!! でももうチケットは完売。当日売りがあるのかどうかはわかりません。勲章も亀治郎さんのお話では、ただ「勲章」ということでしたので、娘とシュヴァリエかしらね、と喋っていましたら、団十郎さんはコマンドゥール、シュヴァリエは海老蔵さんに授与されたのですね。素晴らしいことです。
ル・モンドの無料版(23日付)に公演前の少し記事が出ていました。遅ればせながら、その内容を(日本の伝統芸で使われる言葉などがフランス語ではどのように表現されているのかをお知らせするために、あえて日本語らしい訳は控えました。訳が間違っていたらお許しを)。
3月30日までガルニエは、17世紀以来日本の伝統芸歌舞伎を伝えている市川家を迎える。日本列島父祖伝来のこの芸術は、歌<ka>、舞踊<bu>、技巧*<ki>が組み合わされたものである。歌舞伎では化粧が重要な位置を占める。つい今しがたまで恐ろしい武士を演じていた役者が、化粧によって間を置かずして優美な若い女性に変身することができるのである(役者は必ず男優)**。きらびやかなガルニエで行われるこの興行では、市川団十郎とその息子海老蔵***は家のレパートリーから、勧進帳(寄進のリスト)、口上(春の訪れ****を祝う慣例の儀式)、紅葉狩(楓を眺める)の3つの演目を発表する。市川家は、12代を数える。
これと並行して、三越(長い間芝居の衣裳製作を専門としていた日本のデパートの名前)のエスパス・デザールにおいて歌舞伎の美しい衣裳が45点展示されている。
歌舞伎公演:32325272930日。ガルニエにて。
衣裳展:331日まで。エスパス・デザールにて。
*ル・モンドではtechniqueと表現されていた。
**紅葉狩では娘が鬼に変身するが、ここは一般論だろうか。
***表記が Ibizo になっていた。単なる誤植か、記者がそう発音しているのか。
****春としたのは原語がprintempsになっていたからだが、printempsには「青春」「若さ」「盛時」「(若い人の)歳」という意味もあり、そちらのほうかなとも思うが、口上の原点を私は知らないので、よくわからない。

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コメントありがとうございます3

mami様

「十二夜」は、私たちが今から気をもんでも仕方ないと思いながら、やっぱり気になりますね。パリ公演のためだけでも亀治郎さんは大変なスケジュールをこなしてこられたのですから、2カ月の公演となるとね。それだけでなく、信玄になりきっている亀さんが2カ月も信玄以外の人物になることに耐えられるかどうか。

東京の桜はまだまだもちそうですね。国立劇場のさくら祭り、去年も行き損なって、今年こそは、と思っていたのに残念です。

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2007年3月25日 (日)

寒さを忘れる暖かい食事会

324日 亀治郎さんとの食事会Chez Francoise

19時開始の会に、18時半前に着いてしまい、しばらく時間を無為に過ごした。レストランはアレクサンドル3世橋近くのエール・フランスビルにある。寒さに震えながらビルに入っていくと、オフィスはすでに閉まってひとけのないはずのエントランスには、なんだか怪しげな人たちが7~8人いて、異様な臭いがする(何日もお風呂に入っていないというニオイ)。こういう場所は持ち物に気をつけなければならない。彼らから離れたところでボンヤリしているうちに、亀治郎さんの付き人の女性がいらして、おかげでレストランの中に入って待つことができた。純弥さん情報は、実はこの方からお聞きしたものである。

もともとこの食事会はツアーの方たちを対象としたものだったが、私と娘もお願いして参加させていただいた。サロンはあまり広くなく、全員がテーブルにつくと、給仕が客にぶつかりそうになるほど。それだけに、こぢんまりとした楽しい会であった。

亀治郎さんは、みんなのリクエストに答えて、昨日フランス語で述べた口上の内容を日本語で語り直してくれた。どうやらフランス語で覚えているためか、時々フランス語を小さく口に出して日本語に訳しておられた(やるねえ、亀ちゃん!!)。

HPでもわかるが、亀ちゃんがこの公演に参加するには大変なスケジュールをこなしてきたということだ。渡仏直前に体調を崩し、風邪気味だったが医者に行くヒマもなく飛行機に乗ったそうだ。成田屋さんたちも風邪気味で、しかも乾燥にはだいぶ悩まされているらしい。これは、オペラ座で実際に歌舞伎を見て、普段あまりのどの乾かない私が渇きを覚えたくらいだから、役者さんはずい分気を使うだろうなあ、と思っていた通りであった。

亀ちゃんは、ここでも信玄であることを忘れていない。<本業>から離れていることが気になって仕方ないようであった。これからの信玄は、千葉真一さんの助言を次々退け、どんどん暴走して横暴な主君になっていくということであった。24日にBSで放送された「風林火山」をホテルで見た方もかなりいたらしい。ただし、先週分なのか今週分なのか不明。

和やかな雰囲気のなか、簡単な自己紹介タイムが設けられ、九州や新潟から参加されている方もいらっしゃることを知って驚いたり、比較的お近くに住んでいらっしゃる方の存在にまた驚いたり。また何組かの親子参加、2組の夫婦参加もいらして、ご夫婦の方は2組とも、妻の付き添いではありません、私のほうが先にファンになった、とご主人が誇らしげに言っておられたのが微笑ましかった。

初日にはいろいろ有名人がいたけれど、周囲の方のお話では月亭八方さんもいたのだそうだ。全然気づかなかった。また私たちの席は、前の人の頭が気にならなかったが、もう少し前のほうの席だった方たちは、前との段差がなく、案外見づらかったようだ。全部の席が見やすくできているのかと思っていた。少しでも舞台に近いほうがいいのか、多少遠くても見やすいほうがいいのか、ということになるが、さて、どちらがよかったのかしら。

段之さんが、亀ちゃんの宴会担当といった感じで、たくさん面白いことを言って笑わせてくれた。

テーブルごとの写真撮影などすませ、翌日亀ちゃんは舞台があるし、ツアーの方たちはもう帰国なので、お開きに。それでももう10時近くになっていた。

ところで、67月の「十二夜」だが、後援会員の間では亀ちゃん出演の噂しきり。2カ月間<本業>を離れることが可能なのかどうかわからないが、やはりあの芝居は亀ちゃん抜きでは考えられない。もうしばらくすれば、はっきりするだろうが、早く知りたいと思うのがファン心理。

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パリの歌舞伎衣裳

3月24日 歌舞伎衣裳展(パリ三越エスパス・デザール)

パリはずっと天気が悪く、22日夕方晴れ間が出て期待をもったら23日はまた曇り時々小雨。そして24日は朝から小雨。夕方にはかなりまともに降ってきた。雨だからよけい寒い。娘が言うには、1月からずっとこんな天候で、ヘコムそうだ。こんなときは太陽のありがたみが実感できると。よく公園で日光浴をしている人たちの写真を見るけれど、たしかにこんな天候が続けば、そういうことをしたくなる気持ちはよくわかる。

今日は、おおいに寝坊して、午前中ダラダラ過ごし、昼頃からバスでシャンゼリゼの近くにある三越のアートスペースに歌舞伎衣裳展を見に行った。ここはデパートの三越とはまったく別の場所にある。ネットで番地を調べ、氷雨がそぼ降る中、その通りをさがした。パリは通り片側が奇数番地、反対側が偶数番地になっているのだが、三越があるはずの8番地がちっとも見つからない。しかしふとした瞬間に建物発見。な~んだ、8番地ではなく3番地でした。通りを渡ってそこへ行こうとしていたとき、1人のおばあさんが話しかけてきた。2時からでないとやっていないと教えてくれたのだ。おばあさんは私に話しかけてきたのだが、とっさのことで聞き返すと、すかさずDo you speak English? と言ってきた。このときには娘とタッチしていたので娘がnonと答えると(娘は英語ができない)、もう一度フランス語で教えてくれた。失礼ながら、どちらかというと貧しそうな身なりのおばあさんだったが、英語を喋れることに、そして何より親切に教えてくれたことに感激。フランス人というのは冷たいところもあるが、困っている人には必ず手を貸してくれる。階段を上がれないでいる乳母車を引いた女性、転びかけたお年寄り、さっと手が差しのべられる。小さい頃から身についているのだろう。感心する。先日の三流銀行員とは大違いだ。日本にあるフランス大使館の日本人職員が、これまた超冷淡で、大使館に用事がある日本人は大半がイヤな思いをしている。

話がそれた。2時までの20分ほどの時間をシャンゼリゼでつぶし、会場へ。

入り口からなんとなく入った部屋では、シャイヨー宮で海老ちゃんが演じた「春興鏡獅子」のビデオが流れていた。小さな部屋で、10人程度のフランス人がけっこう熱心に見入っていた。弥生が小さな獅子頭を手にすると、何がおかしいのかあちこちから小さな笑い声が聞こえてきた。でも、弥生が引っ込んだときは、ビデオを見ている人からも拍手が涌いて、ちょっとびっくりした。嬉しいことにビデオはカーテンコールまですべて流してくれていた。4回もカーテンコールがあり、後ろのほうの若い観客は熱烈なるスタンディングオベーションで海老ちゃんを称えていた。4回目には、海老ちゃんが自分で定式幕を引くというお茶目なオマケまでついた。このときは団十郎さんが病気で参加しておられず、パリ市民もそれを残念に思うというようなコメントをしていた。それだけに、今回の公演は、団十郎さん、海老蔵さんだけでなく、パリ市民も待ちに待っていたに違いない。私は団十郎さんがとってもよかったと思ったが、やはりこの公演にかけるものが現れていたのだろう。お元気になられて、私まで本当に嬉しく思っている。

さて、衣裳のトップバッターは、「大森彦七」の直垂。え~、大森彦七なんて知らないなと思いながら説明を読んでいたら、三越の方が説明してくださった。新歌舞伎18番の人物で、楠正成の家来を斬ったことで、その娘に恨まれる。だが実はその家来は自害したのであった。彦七は狂ったふりをして難を逃れる(だったかな。その辺はよく覚えていない)。9世団十郎がこれを活歴物として史実に忠実に演じたが、芝居としてはあまり面白くなく、江戸時代の民衆には不人気だったらしい。この衣裳は団十郎時代のものかどうかまだはっきりとは分かっていないが、9世団十郎が考案した(鎌倉時代の衣裳を再現した)物であることは間違いがないのだそうだ。そういう意味で、三越衣裳部の象徴的存在として、最初に展示したのだそうだ(チラシを見ると松竹衣裳部となっているが、三越衣裳部と言っていたように思う)。

1階には白拍子花子のしだれ桜模様の緋色綸子のさしこみ襦袢、振袖、やはり花子の浅葱色の綸子の振袖、鯉の滝のぼりをモチーフとした男性衣裳。亀ちゃんの袖萩の写真もあった!!でも展示品はこれで終わり~?思っていたら、2階、3階とたくさんの衣裳があった。だいたい昭和初期のもので、揚巻、船弁慶の静、岩藤、紅葉狩の更科の衣裳など。フランス人見学者たちが7~8人、ガイドの説明を熱心に聞いていた。3階には白浪五人男の5枚の縮緬の衣裳がずら~っと並べられ圧巻。

壁に貼られた説明はフランス語のみで、日本語の着物用語と対比させて書いてあるので、案外面倒くさく、読むのは適当に切り上げた。

外へ出たら、雨はまだ降り続いている……。夜は亀ちゃんとの食事会。一度帰宅して気合を入れ直さねば。

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コメントありがとうございます2

doremi様

やっぱり日本では成田屋さん中心ですか。でも、こちらのレセプション等では亀さんが渉外担当のようですよ(「海老蔵さんは、そういうこと何もやらないから」と、亀さんが冗談半分に言ってました。いかにも海老蔵さんらしい、と笑ってしまいました。和気藹々とした一座の様子が窺えます)。

今日のNHKはハイビジョンでしたかぁ。うちも録画を頼んでありますが、ハイビジョンはいるのかなあ、心配になってきました。後日また放送があるようですけれど、その時はハイビジョンでないことを祈ります。

今日はやっと朝から(といっても9時過ぎくらいからですが)太陽が出てきてくれました。

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コメントありがとうございます

なぜか、こちらのパソコンからコメントを送れませんので、恵美様からのコメントのお返事を記事欄に書かせていただきますね。

恵美様
コメント、ありがとうございます。時差がありますので、公開が多分大幅に遅れたかと思いますが、ごめんなさい。
そうなんです、団十郎さんの口上はとってもとっても可愛らしく、なおかつ堂々としていて、ステキでした。大らかな団十郎さんと早口の海老蔵さんの対照も面白かったですよ。
亀さんは、やはり意味をわかって喋っているとご自身おっしゃってましたから、フランス人に伝わりやすかったかもしれませんね。
純弥さんは今回お役がなくても、この一座で学ぶことは多かったのではないでしょうか。お仕事だけでなく、パリ滞在を楽しんでおられるといいな、と願っています。

今日NHK BSだかハイビジョンだかで、放送があるようですね。

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やっぱりスターだ、団十郎さん

323日 オペラ座歌舞伎

団十郎さんが実によかった。魅力満開である。とっても素敵で、私は今回、団十郎さんの弁慶を見ることができて、本当によかったと思った。

実は弁慶は本当は海老ちゃんで見たいと思っていたのだが(去年の演舞場で失敗したから)、団十郎さんの弁慶は大らかで頼もしく感情豊かで暖かく、考えてみたら団十郎さんの弁慶を見るのは初めてだったかもしれない私はこの弁慶が大好きになった。花道がないから、舞台の前に一段下げてせり出させた部分を六方でひっこんでいくのだが、これも弁慶の喜びと安堵がひしひしと伝わってきて、感動した。

団十郎さんは口上も最高。最初日本語で一言挨拶したあと、歌舞伎の台詞を言うときのちょっとクセのあるあの口調に近く、一言一言を噛み締めるような感じで見事にフランス語で長い口上を述べた(口開きと、全員の口上が終わった後最後の締めを述べた。あれだけの長いフランス語をよく覚えたものだと感心した)。勧進帳は武士道精神を表しており、フランスにも騎士道精神があるからおわかりでしょう、というようなことを言っていた。決して上手な発音ではないが、思いをフランス人に伝えようという熱意が噴き出していて、本当に団十郎さんてステキ、と思ったことでした。

「紅葉狩」の維茂は、やっぱり大らか、そしてただ上品なだけではない、生き生きとした貴公子となっていた。団十郎さんの大らかさ、明朗さは以前から感じていたが、弁慶も維盛も、そこが十分に活かされて、大きな人間として魅力が増したのだと思う。

亀ちゃんの義経がまた、よかった。花道がないから登場はどうなるのかなあと心配していたら、全員下手の揚幕から現れた。義経もそこから出て、一段低い舞台に降り、そこで振り返りの動作をする。亀ちゃんは、上品で威厳のある、なおかつ我が身の不運に翻弄される弱さも備えた義経であり、今後持ち役になる可能性を示した。

亀ちゃんの口上は、流れるようなフランス語で、いかにも亀ちゃんらしい、通り一遍でない内容であった。すなわち、自分は二代目市川亀治郎である、この場にいるのは大変名誉である、歌舞伎はオペラと同じくらいの1603年(? 記憶定かでない、ごめんなさい)に生まれ、進歩を続けてきた、世界文化遺産にも選ばれ、世界に認められた、(中略)自分は「オペラ座の怪人」が好きである、だからシャンデリアが皆さんの頭上に落ちてこなければいいが…、というようなことであった。ずい分長く話したが、亀ちゃんは暁星で14年間フランス語をやってきたので、意味がわかって喋っているから比較的楽だったそうだ。成田屋さんはただ覚えただけの文を喋ったので、そのご苦労は並大抵ではなかったらしい(フランス語は皆さん、専門の先生に習ったということだ)。

「紅葉狩」の山神では、もうリズム感にあふれる亀ちゃんの踊りを堪能できる。手にした金棒(?)を床に突き、足踏み鳴らして維茂主従を起こそうとするところなど、「なんで起きてくれないんだ~」という感じがよく現れていた。この踊りはもっともっと見ていたかった。

海老ちゃんは富樫がよかったが、私は弁慶のほうが合っているように思った。富樫は抑えるところの多い役だから、海老ちゃんのはみだす魅力が生きないのかもしれない。「紅葉狩」の姫は、歌舞伎座で見たときは大きな体を小さくして踊っていたような印象があったが、今回はのびのびとしていた。姫が引っ込むときには歌舞伎座以上に鬼に近くなっていた。

そうか、今回は、成田屋親子、澤潟屋親子が共演したんだなあ。貴重な舞台だったのだなあ。段四郎さんのフランス語なんて、今後絶対聞けないだろうし(ちょっとプロンプターがついているようであった。でもそんなのOKOK)。主な出演者全員(他に梅枝、右之助、市蔵、権十郎、上村吉弥)がフランス語で挨拶した。だいたい自分の名前と役名程度で、あとはオペラ座で演じることができて光栄だというようなことだろうか。なお、権十郎さんも暁星出身で、フランス語の心得はあるようだ。

長唄の歌詞や台詞、口上は舞台上方に電光掲示板でフランス語訳が出る。時々それを見ると、舞台がおろそかになり、また時々双眼鏡を覗いていたため、全体と詳細のバランスがむずかしかった。

なお、今回の出演者は、以上に挙げた方々のほか、段之さん、京紫さん、京妙さんまではわかった。あとは新蔵さん、升寿さんが出ていらしたかもしれない。純弥さんは一生懸命探したがどうしてもわからず、後でお聞きしたら、裏方で活躍されているようだ。

では、ご報告が大変遅くなりましたが、明日は朝が早いので、これで失礼します。おやすみなさ~い(フランスは明日から夏時間です!!! おっそろしく寒いのに。今日は氷雨でした)。

なお、今日のル・モンドには歌舞伎の記事は出ていなかった。TVのニュースはタイミングなのでわからないが、私が見ている限りでは歌舞伎の話題はなかった。しかし、成田屋さん親子が何かの勲章を受けるらしい。

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2007年3月24日 (土)

オペラ座とりあえず

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パスポートの次に大事に大事に、もってきたチケット。

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オペラ座の目の前にあるメトロの駅(オペラ)は何と閉鎖中。仕方なく一駅歩く。周辺ではやはり歌舞伎の看板など見かけなかった。

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最初の入り口を入ると、両側に「勧進帳」と「紅葉狩り」のポスターがかかっている。

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お客は日本人とフランス人半々というところかしら。有名人がたくさん来ていたみたいだが、私がわかったのは、元NHKの磯村さん、筑紫哲也、森元首相というところだろうか。あと、時蔵さんの奥様のお顔も見えた。多分万太郎クンだと思うが、一緒にいた。それから、私の隣の座席に市蔵さんの奥様が座っていらした!とてもきれいで感じのいい方だった。

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もっともっと大きい劇場だと思っていた。舞台も意外に狭く、花道もないから、ここで上演するための苦労がしのばれた。

座席は確かに最後方だったが(もっと後ろに個室のような席もあったが)、舞台との距離をそう感じることはなく、やや下手寄り正面という、予想外にいい席だった。また、前列とずらして席が置かれており、段差も各列についていて、前の人の頭がまったく気にならない。実に見やすい席であった。桟敷の観客は、皆立って舞台を覗きこむような感じで見ていた。

肝心の歌舞伎はまた、あとで。こちら、もう深夜なのです。19時半開始で、カーテンコールも含め、終わったのが23時過ぎ。私の報告より先に日本のニュースで詳細が伝えられているかもしれませんね。ごめんなさい(ニュースのほうが正確かも。メモをしようと思っていたのに、筆記用具を忘れた。記憶のみに頼るのは心もとない)。

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パリの三流日本人

今日は銀行で実に不快な思いをした。

私が日本で購入したTCをそのまま娘の口座に入れようと、某銀行のオペラ支店に行った。ここの銀行の窓口はよく閉まっていて、そうなるとすべての人が入り口そばにあるカウンターで用事をすませることになる。銀行員1人で対応しているから、ただでさえ待たされることの多いこういう場で、ますます待ち時間が長くなる。

現に今日は、私たちの前のフランス人男性にやたら時間がかかっており、私たちは辛抱強く待った(待たされること自体はフランスではしょっちゅうだから、半分は諦め気分である)。応対の銀行員は日本人女性である。やっと順番がまわってきて、日本語でこちらの用件を言ったら、恐ろしく冷たい早口で、「小切手と同じだからそこを見てやってください」の一言。こちらの顔もろくすっぽ見ず、次の人の応対へ。ムカっときたが、仕方なく説明書をみると、小切手(TC)と必要書類を封筒に入れて、封もせずポストに入れるのだそうだ。こちらは大事なお金をそんないい加減な方法で預けて大丈夫なのだろうかと不安だし、説明書ではわからないことがあったので、彼女が今応対している人のための書類を取りに席を立ったついでに訊いてみた。すると、これにもこちらの顔を見もせず、短い、たった一言で答える。とにかく態度が冷たい。とりつく島がない。

なんなのだ、この人は! さっきのフランス人には笑顔も見せて、たくさん喋っていたのに。日本人と日本語で話すのがそんなにイヤなのか。同じ日本人が困っているのになんとも思わないのか。きっと「私はパリの有名な銀行で働いている超エリートなのよ」とでも思っているに違いない。実に人をバカにした態度だし、少なくとも日本の銀行ではあり得ない。日本人としても、人としても恥だわ。

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2007年3月23日 (金)

SwingingFujisan in Paris 3--アートで痩せよう

3月22日 ルーヴル→コニャック・ジェイ→カルナヴァレ→広告・装飾美術館

午前中は1人でルーヴル見学だ。娘の住居から72番というバスでルーヴルへ。このバスはセーヌに沿って市役所まで走るもので、ラジオ・フランス、エッフェル搭、グラン・パレ、プティ・パレ、コンコルド、チュイルリー、ルーヴルと、パリの主な観光拠点を窓外の景色として楽しむことができる。通勤・通学にしてもおよそ退屈しないような路線である。

朝9時過ぎのルーヴルはまだ人の数もそれほど多くはない。あちこち写真を撮るには最適の時間帯だ。

Photo_86 ガラスのピラミッドから中に入り、まずはサモトラケのニケへ。人が少ないときに見る大階段の上に翼を広げるこの彫像は、まことに荘厳さを漂わせている。

10年前はパンフレットに出ている超有名作品だけを駆け足で見たが、今回はルーヴルのHPからダ・ヴィンチ・コード・ツアーなるものを選んで、プリントアウトしたものを片手に回ってみた。このガイドが実に役に立ち、無駄なく短時間で見ることができた。

時間がだいぶ余ったので、そのほかに目星をつけておいた作品を見ることにしたが、今度はガイドもなく、展示してある部屋番号しかわからない。ルーヴルというのは、さんざん歩き回ってやっとその近くに着いたのに、ここからは行かれません、とか、階段がそこから先はなくなtっている、とか、けっこうそういう徒労に泣かされることがある。そういう苦労をしてさんざん探し回ったあげく、木曜展示休止という部門が2つも3つもあり、おまけに開いてはいるが作品がなく、係員に訊いてみると貸し出し中だというものもあり、後半はかなりガッカリの連続であった。HPから別のコースも検索しておくのだったと、軽く後悔。

フランスの美術館を歩いていて楽しいのは、模写をしている人を時々見かけることだ。う~む、年代の操作はともかく、作品の出来栄えに限れば、十分贋作になり得るなあ、と素人目には映る。また、館内でよく授業をしている光景をみかける。先生が小声で説明し、生徒は床に座り込んで、ノートをとっている。フランス語がわかれば、そっとそばにいて説明を聞きたいところだ。

P1010762 ルーヴルは写真禁止の部屋がずいぶん増え、カメラを構えて注意されている観光客がけっこう目についた。人の流れが滞るということが、写真禁止の理由らしい。




Photo_87 昼過ぎに娘と合流して、マレ地区のレストランに行く。マレというのはユダヤ人街のあるところで、おお、たしかにラビのような人たちがいる、いる。レストランはうなぎの寝床といった造りで、狭いが、次々お客が入っていた。私たちはひよこ豆を挽いた粉の入った揚げ団子とホワイトソースのようなクリームをパンにはさんで食べるという、ファラフェルを試してみた。団子は餃子の中身をこま~かく刻んだような感じで、とても美味。だけど、かなりのボリュームで1人前食べると苦しくなった。

マレにあるコニャック・ジェイ美術館は、個人のコレクションで、私は最上階の屋根裏部屋のようなところにあった小さな装飾品が気に入った。タバコ入れ、針入れ、錠剤入れ、といった小さな容器に繊細な装飾が施され、かわいらしい絵が描かれている。野菜をモチーフとした容器を見て、そういうものが19世紀だか何世紀だったかに流行したという、記憶の片隅にかすかに残っていた知識が引っ張り出された。しかし、こんな美術品に囲まれてする日常生活というものは想像がつかない。

カルナヴァレでは、パリの歴史の流れを知ることができる。けっこう時間がかかりそうだったので、さ~っと流したが、革命のときの生々しい絵画は、フランス人が見たらどう思うのかなあ、と気になった(私はマリー・アントワネットの処刑の絵に大変ショックを受けた)。

広告・装飾美術館はルーヴルの建物にあるが、ルーヴル美術館とは独立して開かれている。ここはかなり見ごたえがあり、お勧め。家具やおそらく教会などの建物に取り付けられていたような装飾は、細かい彫刻が施され、目がおかしくなってしまいそう。中世から現代までの装飾品が展示されており、モダンアートにくるとスッキリとした美しさが楽しめる。

日本にいれば、これだけ歩くことはまずないから、今日はそうとう脂肪が燃焼したな、と実感する。本当はオペラ座周辺あるいは内部も見学したかったのだが、それはかなわなかった。今日歩き回った範囲では、ポスターでも何でも、歌舞伎のかの字も見なかったなあ。

Photo_88 おまけ:石畳の床、倉庫がそのまま本屋になったみたいな店で、こんなものを発見。

おまけ2:きょうは至るところで「コニチワ~」と声をかけられた。日本人とわかるのか、あるいは東洋人と見れば「コニチワ~」なのか。映画「タクシー2」で、おとぼけ警官たちが「コニチワ~」と練習していたのを思い出し、笑った。

おまけ3:フランス人、とくに男性は声がデカい。腹式呼吸してるな、といった腹の底から出てくるような声で喋るから、時々何事かと振り向くこともある。彼らには日本人の喋り方が小鳥のさえずりのように聞こえるらしい(いい意味ではない。ぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃ、甲高い声で早口で喋るという意味で)。

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2007年3月22日 (木)

SwingingFujisan in Paris 2--スーパー騒動記

夕飯のため、スーパーで買出し。山のように積まれているのを野菜や果物はとてもおいしそう。ついつい手にとって買ってしまいそうになる。

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レジ係は腰掛けている。レジの手前でベルトに買ったものをのせ(前の人のと一緒にならないように、文鎮みたいな境界線を置く)、レジ係が値段を入力した品物をレジの向こう側に置いてあるポリの買い物袋に自分でせっせと詰めてから、支払いをする。

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隣のレジはたまたまエコロジー系レジで、ポリ袋は置いていない。そこに並んでいた1人のおじいさん、袋をくれないとさんざん文句を言っている。レジ係も規則だから、と袋を出さない。それなら払い戻ししろ、とおじいさんは怒っている。すると、このやりとりで待たされてカリカリきていた後ろのおばさんが、つかつかとこちらのレジの向こうにやってきて、置いてあった袋の束をパッとつかみ、おじいさんに1枚渡していた。おじいさんは喜んで、買った牛乳2本を袋に入れて帰って行った(牛乳2本、手にもてるでしょうに)。来た早々の面白い光景(以上のやりとりはすべて、娘の説明による)。

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SwingingFujisan in Paris 1--12時間の時空を超えて

おかげさまで、無事パリに到着しました。

出国後、パリへの第一歩はシャトルに乗って。

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エコノミーも最近は座席が向上して、狭さをそれほど感じない。

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珍しくも定刻(11時5分)どおり成田を離陸し、定刻より30分も早く(15時13分)シャルル・ドゴールに到着した飛行機の窓からの光景。キラキラしているのは窓についた霜。外気温の低さを実感。

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12時間の時空を超えたパリは着陸時は雨だったのに、すぐに晴れ間が出た。今日は一日そんな天気だったらしい。写真は空港から市内に向かう郊外電車。ガラが悪いので持ち物等には注意が必要(この電車に限らず、パリを南北に通る郊外電車は、車体も車内も汚いことが多く、危険なことも時としてあるらしい)。日本との時差8時間。

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2007年3月20日 (火)

チケットに振り回されるの巻

5月演舞場のチケットを取った。最近、なかなかアクセスできない。今日も、ゴールド会員先行販売中というところをクリックしたのに、緑の3cmくらいの帯が出てきてしまって、カレンダー画面にいかない。何度、<戻る>を繰り返しただろう。

イライラしながらやっとカレンダー画面に入って、OKという席が確保できたのに、いざ確定というところで送信エラー。もう、どんなにガックリきたことか。私のネット環境のせいなのか、松竹のほうのせいなのかわからないが、送信エラーはアクセスが集中していそうな月は必ず出てくる。

半泣き状態で最初からやり直すと、今度は「サーバーが見つかりません」って。別にアクセスもしてみたが、やっぱりダメ。何度かトライしてやっと繋がったと思ったら、もう席はう~んと後ろのほうになっていた。でも、仕方ない。ここで取り消したらどうなるかわからないもの(誰か、前のほうの席を取り消した人がいないかなあ、なんていう期待は空しいと思うから)、予約を確定しました。

せっかくパリへの出発日と予約日が重ならなくてよかったと思っていたのに(明日、出発です。考えてみれば、私のことだから、重ならないように出発日を設定したのかもしれない)、ちょっとガッカリした。鬼平、近くで見たかったのになあ。土曜日にしたのが敗因かなあ。というか、最初からその席ならその席で仕方ないかと思うのだけど、一度確保できた席が送信エラーで逃げていっちゃった、っていうのがねえ。でも、取れただけいいか。新しい双眼鏡も使えるしね。前向きに考えましょう。

ところで、俳優祭のチケットは、私はほぼお手上げ状態である。先日俳優協会に確認したところ、427日の発売日は電話のみだという。私、この日、「夫婦善哉」千穐楽のチケット取っちゃったのだ。それもこの日は昼の部なのだぁ。大好きな藤山直美だし、私の年代では懐かしいジュリーだから(あの美しさはどこへやら。すっかりオッサンになってしまったけど)、千穐楽取ったけど、こんな落とし穴があるとは。10時からの1時間弱では電話繋がらないだろうなあ。どうしたらよいのだ!! 今から悩んでいても仕方ないか。

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2007年3月18日 (日)

のれそれ なにそれ?

昨日は、サッカーの後、いつもより少しグレードの高い飲み屋に行った。そこで、生まれて初めての食体験をした。

のれそれ

名前も聞いたことがない。好奇心から注文してみた(値段は忘れたが、それほど高価ではなかったように思う)。

無色透明、平らで長さ5~6cmくらい。ところてんをう~んと薄くしたような感じかな。食感はつるっとしており、適度に歯ごたえもある(ところてんって苦手なのでよく知らないのだが、食感も似ているのかしら)。何かと思ったら、アナゴの稚魚だということだ。そういえば、ポチっと小さな目がついている。ポン酢にもみじおろしでいただく。

アナゴやウナギは苦手だが、赤ちゃんはけっこうイケた。仲間たちは、目を見たとたん怯えていたが、私は平気だったなあ。しかし、人間って何でも食べるんだなあ。

のれそれのリンクに選んだのは、たまたまこれが昨日いただいたものに一番近かったから。昨夜は酔っ払って記憶もかなり薄れているし、自分で写真撮ってくればよかった。

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2007年3月17日 (土)

まだまだ実力差あり

317日 レッズ vs ヴァンフォーレ甲府戦(埼玉スタジアム 14時キックオフ)
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色々言いたきことはあれど、まずは地元に迎えた風林火山勢を打ち破り、仲間たちと勝利の美酒。前回なぜかワシのピンバッジを買ったB(理解できん)をからかいつつ、レッズからサッカーへ、サッカーからスポーツ全般へ、そして歌舞伎などの趣味へ。話題は尽きず、酔っ払いました~。
出発間近にしてまだ遊んでいると呆れられそうですが、多分、これで打ち止めのはず。
では、また明日。写真右は、甲府から乗り込んできた青い軍団です。今年はやっぱり晴信サンのおかげで親近感あるなあ。

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シェイクスピア歌舞伎?

316日 「恋の骨折り損」(彩の国さいたま芸術劇場)
シェイクスピアを見ると、いつもその人間を見る目の確かさ、それを表現するセリフの膨大さに圧倒される。

「恋の骨折り損」は、「お気に召すまま」「間違いの喜劇」に続くさいたま芸術劇場オールメール・シリーズ(男優のみによる芝居)の第3弾だそうである。私自身にとっては「間違いの喜劇」以来で、忘れかけていた前作を思い出しただけでなく(共通点がかなりある)、あのときよりはっきりと歌舞伎を意識して見た。

Photo_77 簡単なストーリー:ナヴァール国(この時代のフランスは国家として統一されておらず、勢力地図はけっこう複雑だった)では、王ファーディナンドが、今後3年間、勉学のみに勤しみ、恋愛禁止、断食、睡眠3時間という誓いを友人貴族のビローン、デュメイン、ロンガヴィルに立てさせていた。ビローンはそんなこと不可能だと反対するが、結局しぶしぶ誓約書にサインをする。そこへフランス王女が3人の侍女たちとともに、借金を返済するからアキテーヌ地方の権利を返してもらいたいと言ってやってくる。すると、先の誓いはどこへやら、4人はそれぞれこの女性たちに恋をしてしまうのであった。ここからは男性陣と女性陣の恋の駆け引き。でも女性陣のほうがはるかに上手で…。
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10分前になると、実際に芝居の中で生演奏をする楽団5人が宮廷楽師風扮装をして、楽器を鳴らしながらロビーに登場する。歌舞伎でいう柝が入ったような感じだろうか。やがて客が全員座席につくと、客席後方入り口から4本の通路を使って、ナヴァールの宮廷に仕える人々がそれぞれ舞台に上がる。本作品を含めてこれまで3本見た蜷川のシェイクスピアは、花道ならぬ通路の使用頻度がきわめて高い。前2作は忘れたが、今回、舞台袖は役者の引っ込みはあってもそこから登場することはほとんどなかった。だから上演中はロビーと通路に客がいては困るのだ。客はうっかり遅刻できない。

小人さんが何人かいる。本当に小さい人に見えなくもなかったのだけど、絶対膝に靴をはかせているなと睨み、そこをしかと確かめようと、私は最初衣裳に隠れた脚ばかり見ていた。このときは見えなかったが、あとで、たしかに膝を折って厚~い膝当てをして膝頭に靴をはいているのがチラと見えた。これをやる役者さんは大変だろう、と同情した。歩くのも、跳ねるのも膝で、なんだから。でも、全然不自然さを感じさせずに行動していて、感心した。
幕の前に揃った彼らが歌い踊り、舞台袖に引っ込むと、幕があき、舞台一杯に葉を茂らせた森が現れる。その見事さに私は思わず声をあげてしまった。通路から4人の貴公子(ナヴァール王とその友人貴族)が現れる。うわ~、北村一輝だぁ~。きゃあ、カッコいい~。だいぶ前にテレビドラマで見たエキセントリックな役の顔がすっごく怖かったけれど、顔立ちの美しさは抜群。彼を見たさに、チケットを取ったんだから。期待に違わぬいい男ぶりに見惚れちゃいました。他の3--高橋洋(ビローン)、窪塚俊介(デュメイン、顔がち~っちゃい)、須賀貴匡(ロンガヴィル、反町隆系のお顔)もみな美形。この中で高橋洋は、「十二夜」で亀ちゃんが演じた麻阿を思い出させた。つまり、名目上の主役ではないけれど、実質的には主役みたいなもの。セリフも多分一番多いし、国王よりも智恵者である。そして、うまい。
女性陣も実に綺麗。声なんかほとんど作っていないのに、ちゃんと女性になっている。王女は姜暢雄(大地真央の「紫式部ものがたり」に出ていたっけ!)。背が高く、賢くイタズラっぽく、仕草や表情がとってもかわいい。だけど何よりも、指がほっそりと美しいのに目を奪われた。ビローンが恋するロザライン(内田滋。名前はしげるじゃなくて「しげ」だそうです)は活発、個性的な美女で、大いに笑わせてくれる。ビローンといいコンビだ。デュメインの相手はキャサリン(中村友也)、ロンガヴィルはマライア(月川悠貴)。この2人は前の2人に比べて華奢で、本当の女性かと見紛うほど。私の席はかなり下手寄りではあったが、最前列。目の前を役者さんたちが何度も通るし、最前列の前の通路に椅子を置いて4組のカップルが腰掛けたりもするし、だから顔が間近に見える。そんな間近で見ていても、この2人はため息が出るくらい綺麗な女性であった。最後、王女の感動的な語りのシーンで、マライアの頬に涙の跡が一筋光っていた……。
この8人を中心に、個性豊かな登場人物が何人もからむ。中でビックリしたのは、宮廷に出入りする怪しげなスペイン人のお付き・モス(西村篤)。ウエストの紐を手でもっていないとすぐ落ちるズボンを穿いていて、これがまた、しょっちゅうするっと落ちるのだ。そうすると、なんとお尻丸出し。うわわっていうかっこうになっちゃう。こんな姿を舞台で見せるなんて、相当勇気が必要だっただろうなあ。でも全然いやらしくないし、なんだか可愛い。そういえば、「間違いの喜劇」でもすぐズボンが落ちる人物がいたことを思い出した(今回のほうが強烈)。
膨大なセリフは、時としてラップ調になり、DJ風にディスクを回す仕草をしながらリズムに乗って喋る。一緒に手拍子を打ったりして、客席大うけ。こんなとき、私の隣にいたオバサマはくっくっくっくっ、いつまででも笑う。そんなに可笑しいかぁ? このオバサマは相当色々見ていらっしゃるようで(お連れの方に、先日玉三郎の歌舞伎見てきたわ、と例の国立小劇場の話を詳しくされていた。私は耳ダンボでそれを聞いていた)、なんでも大笑いすればいいってもんじゃないでしょ、というようなところでも、さも、ここは笑いどころよ、という感じでいつまでも笑うのが、ちょっと気になった。いえ、笑うのは大いにけっこう。でもその笑いに優越感が感じられたのは、私がひねくれ者だからかしら。
今日は初日だったせいか、けっこうみんなセリフをかんでいた。言い直しや、あれ、セリフ間違ってるんじゃない?と思うようなこともあったし。それとは別に、アドリブもあったかもしれない。あの厳しい蜷川の芝居でも、初日はそうなのか、と意外な思いがした。
いくら動きが面白くても、シェイクスピアはやはりセリフ劇だと私は思う(シャレとか韻を踏むとか、わかりやすさとか、翻訳が芝居の良し悪しの決め手となると言ってもいいかも。今回は松岡和子さん)。初日ゆえの未熟さはあったけれど、観客を飽きさせることなく、あれだけのセリフをポンポン繰り出していく役者の力量、演出の妙に、観客はスタンディングオベーションで応えた(最近、簡単に立ちすぎるきらいはあるが)。
それにしても、19時開演、休憩をはさんで3時間10分は、帰りを考えると、ちょっときびしかったな。

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2007年3月16日 (金)

オペラ座グラス

オペラ座の座席は一番後方らしい。舞台との距離がどの程度あるかわからないが、豆粒になってしまう可能性もある(状況によっては細かいご報告ができないかも。その場合はなにとぞご容赦を。ネットでちょっと調べたら、「6階の座席(っていわゆる天井桟敷のことかしら)は舞台が見えません」なんて書いてあった。それって、どういうこと? 何のためにそんな席があるの?) 
で、ごっつい双眼鏡をもっていくわけにもいかないし、今後の観劇のことも考えて、この際オペラグラスというか双眼鏡というか、新しいのをひとつ買った。
売り場で適当なサンプルを手に取り、一生懸命ピント合わせをしながら見ていたら、後ろから「お客様、それ反対ですよ」の声。ひゃあ、赤っ恥。でもね、一見どっちが対眼レンズだかわからないのですよ。
恥をかいても正しい使い方がわかったのだから、あとはタイプの異なるサンプルも応用をきかせればよい。いくつかP1010499 試してみて、コレというのに決めた。メーカーは知らないところだったが、天体望遠鏡や光学機器の専門メーカーだという。それならバッチリ。 ところが、決めた直後に、同じメーカーで、もっといいのを見つけてしまった。目に当ててみると、見え方が全然違う。P1010500 ふつう、倍率が上がると明るさは反比例して暗くなるのだそうだが、それは倍率も明度も高い。おまけに値段も高い。私、機械はできるだけいいものが欲しい。でも、さすがに手が出ず、初志貫徹、最初にいいと思ったものを買った(下の写真は目と目の間を調整し、ピントを合わせたところ)。軽いし、手ごろな大きさだし、まあ気に入っている。一つ不安は、私のことだからカメラと間違えたり(先日又JRの改札でパスネットを通してしまった(・・;)、落としたりしそう……。
ところで買った店は家電量販店。双眼鏡ってどういう店に置いてあるのかしら、と悩んでいたら、息子が教えてくれた。考えてみれば、もともとカメラ屋なんだから、量販店にあるのは当然といえば当然なのでした。

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2007年3月15日 (木)

歌舞伎のルーツは溢れるエネルギー

314日 阿国(新橋演舞場 昼の部)
070314 演舞場にしては珍しく、幕が降りていない。つまり、私がよく観るキャラメルやこまつ座みたいに、開演前に舞台装置を観客に見せている。舞台奥には大きな橋がかかっている。京の四条大橋らしい。橋の下の中層部分左右にバンド席。下手側はドラムとパーカッション、上手側はべースとキーボード。さらにその下の舞台が四条河原というわけである。花道内側、中央、上手の3カ所に舞台から客席に通じる小さな階段が設えられ、役者が通路に現れることを期待させる。花道内側の階段の上、舞台よりちょっと低くなったところに、小さな道祖神が置かれている。開演5分前くらいになると、どこからともなく乞食が1人、2人と現れて、細かい演技をするが、舞台はまだ暗いし、客席はお喋りに興じていて、どのくらいの人がこれに気付いていたか。この乞食は後半の開演前にも同じようにして現れた。

「阿国」は、一言で言ってしまえば、四条河原に彗星のように登場してから江戸へ進出するまでの出雲の阿国の栄枯盛衰を無国籍的(というのか無時代的というのか)歌と踊りで描いたミュージカル。前半は四条河原に阿国が現れて押しも押されぬ大スターになるまで。実に猥雑なエネルギーに溢れた舞台で(猥雑さを表すためだろうか、こういう芝居には必ず奇怪な様相の登場人物がいる)、木の実ナナはもちろん、出演者たちの歌に踊り、そして上条恒彦の特筆すべき肺活量が堪能できる。後半は若い別のスターに女王の座を奪われ、また風紀を乱すとの理由でかぶきそのものが禁止されたりで阿国が苦悩し、暗い。対照的に若い遊女歌舞伎の歌と踊りがハツラツとしている。ここに池畑慎之介演じる謎の美剣士と阿国の恋愛などがからんでくる(この男の存在の意義が、最後までよくわからなかった)。

花道はあまり使われず、役者さんたちは時々客席の通路に下りてきた。たとえば、前半、百姓の親子が舞台下で、観客と同じ視線で阿国の歌と踊りを楽しんだり、後半出だしでは木の実ナナも通路に下りて客席にインタビューしたり、他の出演者も通路に下りて、客席に一緒にパフォーマンスを要求したり(私も一緒に手を挙げたり下げたり「ちっちゃいこと気にするな」と歌ったりしました)。

舞台から客席何列目かまで降ってきた激しい花吹雪で終わった前半はとにかくエネルギー一杯で面白かったが、後半は途中からところどころ、かなり寝た(芝居の前日はよく睡眠をとりましょう。これ教訓)。

無国籍的(もしくは無時代的)音楽と踊りと書いたが、音楽は上々颱風と知れば、さもありなん(って、全然詳しくないのですが)。で、この音楽がいいのよ(後半眠くなったのは、音楽的要素が減ったからかも)。客も手拍子とったりしてノレるし、なんとも楽しい。リーダーの紅龍さんとボーカルの女性2人が阿国一座として、楽器の4人が四条大橋の下の中層スペースで演奏者として、この芝居に参加している。最後には上々颱風の歌がまるまる一曲聞けて、これはちょっと嬉しかった(詳しくないから曲名はちょっと…)。

衣裳も無国籍的で、ステキだなあと思っていたら、辻村ジュサブローさんのデザインだった。

役者さんは、何人かを除くとほとんど知らない人ばかり。あ、鷲尾真知子さんだ! はじめは冴えない百姓のオバチャンだったけど、後半はあっと驚くような変身ぶりで綺麗でした。あ、深沢敦さんも! 特異な姿形だけど、いつ見てもうまいし、明るいし、楽しい人だ。ピーターはピーターじゃないんだ、池畑慎之介だ。女形より、白塗りの美剣士のほうがステキだわ。カーテンコールでは木の実ナナにキスしてたよ。へええ、あのスケベじじいは石井愃一さんだったんだ。気がつかなかった。もっとへええだったのは、鷲尾真知子さんの娘の役の女優が大和田獏の娘さんだってこと。大和田美帆。堂々とした演技で、好感ももてるし、将来性十分。

そのタフネスさに驚いたのは、若松武史さん。この方はプログラムで知った。阿国一座の座長で、重要な役なんだけど、プログラムの扱いはあまり大きくない。この人が失礼ながら、のどのシワシワの割には身軽に歌い踊り、大活躍なのだ。あのシワじゃあ、かなりお年だろうにこの運動量、スゴイなあと感心した(後で知ったが、かなりお年ではなかった。ごめんなさい)。しかも、この芝居に溢れる猥雑さに見合った奇妙な色気がある(これは、私の守備範囲ではない)。あるとき、ふと目を覚ますと、バッチリ目が合った。絶対、コイツ寝やがって、と睨んでいたに違いない。すみません、昨夜徹夜に近かったもので……。

上条恒彦さん。彼こそ今回の出演者のなかではご老体かも。前半は存在感たっぷりだったが、後半は小さくなった。でもこれは計算された演技ではないだろうか。なぜなら阿国がそう言っていたから。アンタ、四条河原の小屋の元締めやってたときのほうが大きかったよ、というようなことを。

そして木の実ナナさん。若い。個性的な顔立ちと豊かな表情がとても魅力的。でも、この芝居は最後に江戸進出への希望で立ち直るものの、後半、全体に落ち込み感があるので、その爆発するような魅力がちょっと薄まるのが残念。もっともっと木の実ナナの歌を聞きたかったし、踊りももっと見たかった(寝ていたせいかな)。

でも、なんにしろ、こういうパワフルなミュージカルは楽しい。

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2007年3月14日 (水)

逃げに走るようですが、ご了承を

当面の間、トラックバック受付けを見合わせることにしました(というか、もうしております)。トラックバックをお受けする際の自分なりの基準は、このブログのテーマに合わないもの、商売系H系、その他悪質と思われるものを除く、というものでした。ただ、最近、判断に迷うことが多くなっています。テーマからはちょっとずれるのだけど、情報としては面白いかもしれない、でもこのご時勢ですから、ちょっと公開する自信がない、というものが増えてきているのです。一つ一つに迷うなら、いっそお受けしないのが一番ではないか、ということで、一種の逃げではありますが、そのようにさせていただきました。これまで真面目にトラックバックをしてくださった方には大変申し訳ないのですが、事情ご賢察くださいませ。

ブログを始めたとき、自分にうまくブログを運営することができるだろうかという不安があり、ココログ・フリーという無料プランを選びました。これを有料プランに変更することは、ココログのシステム上不可能なようです(人間、ケチっちゃいかん)。そのため、スパム等の対策は自衛手段を講じなければなりません。コメントをいただくのにメルアド入力必須としたのも、タイムラグをかけてあるのも、その自衛手段のひとつです。そのような手段をとっていても、ひところ、わけのわからないコメントがしょっちゅう来て、大変迷惑しました(こういうのって、びびる大木ならぬびびるS.Fにとってはけっこうキツイんでございますよ)。皆様方にはお手数、ご迷惑をおかけして大変心苦しくは思っているのですが、今後もこの対策法を続けますこと、ご了承くださいませ。

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2007年3月13日 (火)

全員無事でよかった!!

たまたまつけたTVで高知空港からの中継映像が流れていた。すわ事故か?と思って見ると、前輪が出なくなった全日空機が後輪だけで着陸しようとするところだった。先月の博多に続き、今月もあと10日もたたないうちに機上の人となる身には関心をもたざるを得ない。ついつい画面に釘付けになった。

前輪が出ないというのは、パイロットにとって想定内のことだそうだが、大阪空港を810分に離陸し、850分高知着陸予定の便がそういう状態で2時間も上空を旋回していた、その間の乗客の不安と恐怖を思うと、身につまされる。

この飛行機は双発のプロペラ機(ボンバルディアDHC8)で、乗客56人、乗員4人。1025分頃、一度着陸のトライをしたそうだ。その様子を録画で見たが、後輪で着地したあと、す~っと再上昇していった。このトライは、後輪が着地した衝撃で前輪が出るかもしれないという期待をもったものだった、ということだ。

そして残っている燃料を使い終わり(ただし、2回目の着陸が失敗したときのことを考慮して、少しは残しておくらしい)自重で降下できるようになった1054分頃、飛行機は無事着陸した。まず後輪で着地し、機体はできるだけ水平を保ったまま滑走を続け(衝撃をやわらげるため)、やがて自重で機首を垂れ、機首が地面をこすり火花を散らしながら飛行機は止まった。専門家の話を聞いて、ふ~ん、なるほど、トライの理由はそういうことなのかあ、自重で降下・接地させるようにするのかあ、胴体着陸と後輪のみの着陸は違うのかあ(→あとでニュースを見たら、胴体着陸と言っていた。私の聞き間違いだったか)とか、そういう方面の知識のまったくない私は、大事故にならないようにと願ういっぽうで、不謹慎ながらかなり関心をそそられた(全員無事であった今だからこそ言えることだが)。

やや火花だか煙だかが見えたので火災を心配したが、すぐに機体に対する放水が始まり、11時過ぎ、乗客は全員無事降りた。2回目の着陸の前、滑走路には約500mにわたって消火剤らしきものが撒布され、また消防車や救急車の待機など、火災予防に関して万全の措置がとられていたようだ。

乗客・乗員にケガがなかったのが何よりだ(パイロットが上手だったのだろう)が、私は着陸の瞬間が好きでないので、TV画面を見ながらドキドキしてしまった。飛行機に乗ると最初に万一の時のための注意事項が客室乗務員から伝えられる。慣れてくると、ついカッコつけていい加減にしか聞かない。それでいながら、脱出用のシュートなんか、私怖くて滑れるかしら、なんていう不安にも駆られるし、いざというときは荷物は捨てていかなくちゃいけないんだよなあ、それはキツイなあ、などと暢気な不満ももつ。でも、実際着陸で機体がボンと跳ねたような感触を受けると、ちょっといや~な気持ちになる。静かな着陸って、なかなかないのだ(この前の博多往復はともに着陸はスムーズだった)。

だいたい、あんな重いものが空を飛ぶなんて信じられないと言いながら、でも私、飛行機はけっこう好きなんである。

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こんな歌舞伎もあるのか~

312日 蓮絲恋慕曼荼羅(国立劇場小劇場)
P1010467 普通の歌舞伎(って、どんなものだか定義はできないけれど、いわゆる普通の歌舞伎)を期待していくと、それは外れる。いかにも玉さん好み、そしてやっぱり澤瀉屋向きなんだろうなあという感じの芝居であった。

舞台装置はきわめてシンプル(小劇場という制約を工夫に換えたということである)。上手側と下手側にそれぞれ5枚の色の違う壁のような大きな板のようなものが間をあけて立てられているだけ。そのどれかが動くことにより、またライトの色が変わることにより、場面転換を表す。これに関してはイヤホンガイドを聞くか、プログラムでいちいち確認しないと、わかりづらいかもしれない。花道使用はなし。黒簾、下座音楽なし。こういう歌舞伎もあるのかぁ、と思った。

玉さんがとにかく綺麗、段クン(って、記者会見かなにかで玉さんが言っていた!)サイテー男(誤解のないように付け加えます。段治郎さんが演じた男のことですよ、サイテーと思ったのは)、右近さん、寿猿さんの女形が珍しい、春猿さんはちょっとしか出ない、笑三郎さん、猿弥さんはお得な役、物語に流れるものはかなり宗教的。

配役の妙が光る。玉三郎さんの<初瀬姫>は、神秘的でなよなよしているが、芯には清明な強いものをもっている印象を受けた。原罪に苦しむ様が見ていてつらい。この役は、最初演出のみの参加予定であった玉さんが、ぜひやりたくなっちゃって、自分で演じることにしたそうだ(玉さんならそう思うだろう、ってわかる。そしてやっぱりこの役は玉さんじゃなくっちゃ)。

段治郎さんの<豊寿丸>は、16歳という若者の分別のなさをうまく表現していた。押し出しのよさから、え~っこれで16歳?と初めこそこそばゆい気がしたが、すぐに「図体ばっかりデカくて子供なんだから~」と思わせられた。ただ、その自己中心的な恋に共感を覚えられなかったのは、彼の描かれ方ゆえか、私の好みのゆえか。段治郎さんは、もう一役、含みのある役があります。

豊寿丸の実母であり、初瀬の継母である右近さんの<照夜の前>は、初瀬を善とするならば悪の部類に入るのだろうが、単純にそうとも言い切れない。また悪だとしても、その心情は共感をもつわけではないが、わかりやすい。継子いじめは、「おちくぼ」のようなデフォルメはなく、かなりストレート。右近さん、汗びっしょりでいじめていた。右近さんが女形をやるならこの役しかないかもな、と思ってしまった(つまり、あまり女おんなしていない。カーテンコールでは、姿は女、歩き方は完全に男になってたよ~)。

寿猿さんは、照夜に仕える老女。内心初瀬を気の毒に思いながらも、主人に忠実だから初瀬に意地悪をする、という感じだろうか。男が入っているというわけではないのだが、といってあまり女性という印象も受けなかった。

笑三郎さんは、初瀬の代弁者でもあり、初瀬をしっかり守る乳母<月絹>の実直さがいい。丁寧に演じていて、好感がもてる。笑三郎さんは10年前の国立30周年で、はじめて国立劇場の舞台を踏んだそうだ。小劇場は初めてとのこと(イヤホンガイド日替わりご挨拶より)。

猿弥さんは、ご自身で「この作品で一番人間味のある役、一生懸命いい人を演じたい」と言っていた(イヤホンガイド日替わりご挨拶より)。かなりお得な役なんだけど、これから大活躍するのかと思いきや、早くも死んじゃって(ネタバレごめん)、意外とインパクトが弱かったのが残念。国立はバリアフリーだし、駐車場もあるし、大好きな劇場だそうです。

門之助さんの初瀬の父親がよかったなあ。人を見る目がないダメ父親(なんで、照夜なんかと結婚したのぉ?)、でも気品は十分、いかにもといった貴族がよく似合っていた。ダメ父親だけど、私けっこう好きだと思った。

春猿さんの<紫の前>は、ほんのちょっとだけしか出てこないが、この悲劇を昇華させる大事な役どころ。並の力量ではむずかしい。この芝居が定番となったら、大物がちょいとだけ出るという「金閣寺」の狩野直信みたいな役になるかも。

私の席は3列目のかなり上手寄りで、花道なしはありがたかった。また、上手側での演技もかなり頻度が高く、他の歌舞伎だと上手より座席は芝居からおいてけぼりを食うような思いをすることもあるが、今回はその点はほぼ満足した(小劇場だから、ということもあるかもしれない)。右近さんなんか、何度も目の前でしっかり見た。玉三郎さんは中央から下手寄りポジションが多かった。

禁断の恋とか継子いじめというし、澤瀉屋の芝居だからどんなセンセーショナルな舞台になるのかと思っていたら、後半少し笑いをとる場面もあったが、大半は静かな緊迫感に満ちている。セリフは平明で聞き取りやすいのに、芝居全体から観念的な印象を受けたため、居眠りしたらついていけなくなりそうな展開だと思った。私は後半はじめのほうだけ、ほんのわずか、意識が遠のきかけたが、眠くなったのはそれだけで、幸いちゃんとついていくことができた。

ただ正直言って、物語自体は辛気臭くてあまり好きでない(あくまで好みの問題です)。では芝居は面白かったどうかと訊かれれば、そう面白いと思わぬ割には舞台に引き込まれていたような気がする(ということは面白かったのか? 自分でもよくわからん)。周囲のおばさま方からも、どう捉えていいのかわからないような空気が感じられ、終演後は「きれいだったわね」(多分玉三郎さんのこと)という声しか聞かれなかった。若い方はどういう感想をもたれたのだろうか。

★お土産:入り口で配られるアンケートに記入して帰りに提出すると<粗品>がいただけます。劇場特製でいただける物は何でも嬉しいから、書きづらいエンピツ(ゴルフのスコア記入するときみたいなエンピツ。ちなみに私はゴルフはしたことありません)でせっせと記入して提出しました。

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2007年3月11日 (日)

春、一番好きな光景

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↑ 3月6日

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↑ 3月8日

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↑ 3月11日

一番好きな、春の光景である。道を曲がり坂の上に出ると、遠くに並んだ桃の木たちが見えてくる。まるで、そこだけピンクの霞がかかったよう。この瞬間を味わいたさに、毎年何回もそこへ行く。

この時期になると、私の脳の壁には、水彩で描かれたこの光景が掛けられる。でも私の脳はそれを実際に描く力がないから、この絵が自宅の壁に掛けられることはないのが残念である。

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おめでとう!二代目錦之助さん・大事な追加

一つ、忘れていました、大事なこと。
昨日は、初代錦之助さんのお命日だったのですね。信二郎さんは、朝、鎌倉のお墓におまいりしていらしたそうです。普通に記事として読むとどうということのない、当たり前のことのような気がしますが、会場にいてこのお話をお聞きしたときは、ちょっと胸にぐっとくるものがありました。

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知性溢れる亀治郎さん・書き忘れたこと

そういえば亀ちゃん、こんなことも言っていた。

勘助の内野さんとは、演技上の会話を十分している。演技が終わったらあとは必要ないだろ、というくらい演技で会話をしている、って。したり!!

それから、歌舞伎役者は目の不自由な方がセリフだけ聞いても、その人物がどれくらいの位にいるのか、どういう境遇にいる人物なのかわかるようにセリフを言いなさいと教わるそうだ。そうだよねえ、その通り、当然のことかもしれないが、深い・・・・・・

晴信以外にやってみたい役は?に「由布姫」と即答。ややあって、あとは大井夫人かな、と。納得。

そして、我々は精魂を傾けて風林火山を作っている。どうか、我々が画面から発する「気」を受け取っていただきたい、って。もちろん、そのエネルギーは毎回びんびん伝わってきています。だから文句なく面白い。

いよいよ明日は前半の佳境に入りますわよ~。ちなみに、怪しいオヤジ(信虎さんのことです)は、信玄公より長生きされたそうです。これ、ホントのことなんですって。

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2007年3月10日 (土)

知性溢れる亀治郎さん

帰宅してすぐに、今度は録画しておいた亀治郎さんのスタジオパークを見た。これまでのスタパは1人での出演ではなかったから、色々語り足りないことがあったのだろうが、今回はかなり言いたいことを言えたのではないだろうか。

亀ちゃんの言葉でとくに感銘を受けたのは、

①自分が起用されたのは歌舞伎役者しかできない演技が求められているからだ。歌舞伎的演技がどこまでできるだろうか。<では、歌舞伎的演技とは?>→ムダがないこと、できるだけ美しく見せること、必ずおなかから声を出すこと。

②父・信虎との葛藤について。自分も歌舞伎役者の子として、家庭における親子の情は舞台に立てばなくなり、先輩後輩としての葛藤があるから、よく理解できる。

<猛将・信玄とは違うようだが>→これだけ過去の人になるとイメージの世界になり、イメージに合うかどうかはあやふやである。一般に甲府駅にあるような信玄の銅像などから役作りをしがちであるが、自分はそういうのはいっさい無視をした。積み上げていった結果どういう信玄像になるか、という演技をしている。だから、初期の頃と今では声の高さが違う。

以上のことの大半は、これまでの後援会のイベントで亀治郎さんが言っていたことである。亀ちゃんはこれを広く視聴者にわかってほしいのだ。新聞の投書欄で、亀治郎さんの演技や「風林火山」のドラマそのものに否定的な意見を時として見る。私などは単純に、実に面白いドラマだと思うが、そういう人もいることは想像できる。でも、そういう人にこの亀ちゃんのことばを聞いてほしいな、と思う。

もう一つ亀ちゃんの言葉で面白かったのは、勘助を斬るかと思いきや助けた場面について。<どうして助けたのか>→自分でもわからない。考えていたら人物像が浅くなる、どうしてだかわからないが助けた。ただ、あとで辿って行くと、勘助と「僕」(「あ、僕だって。もう僕になってますけどね」)には共通点があるな、ということなんでしょうね。

この言葉なんか、「僕」と言わなくたって亀ちゃんが晴信に同化していることが明らかである。これほどなりきれる役を得た亀ちゃんも幸せだが、この晴信という人物も幸せだ、と羨ましく思うのである。

とにかく、亀ちゃんのトークはいつもインテリジェンスに溢れていて、私よりはるかに若い年齢でありながら、教えられるところが多い。だから年がいもなく亀ちゃんの魅力に取り憑かれちゃうんだろうなあ。

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おめでとう!二代目錦之助さん

今日は信二郎さんの「二代目錦之助襲名を祝う会」に行ってきた。時蔵さんの後援会から案内をいただいたのだが、ずいぶん迷った。立食パーティーだとは聞いたけれど、新年会などと違って、格式もぐっと高いのだろうか、いくら案内をいただいたとはいえ私なんかが行ったら場違いではないか、1人で行っても大丈夫なものだろうか、などなど悩んだ挙句、好奇心には勝てませんでした。だって、こんなチャンス、めったにないでしょう。

それで、朝支度をしながら、昨日の勘三郎さんの録画を見て、最初からまたウルウルきて、勘太郎クンは役者生命も危ぶまれたほどの大怪我だったんだなあ、あんないい役者さんがダメにならなくてよかった、とホカホカきて、途中で時間になったから、細切れになってしまうけれど、後は帰宅してから見ることにして、出かけた。

気の小さい私は電車の中でもまだ、クヨクヨ思い悩んでいたけれど、信二郎さんの後援会ならきっと若い女の子もいるよなあ、と気を取り直し、会場へ。エレベーターを降りPhoto_72 たとたん、これまでの不安は簡単に吹っ飛んだ。とにかく人でごった返していて、場違いも何もない。あ、梅枝クン、萬太郎クン、隼人クンがいる! 早速ミーハー・アンテナが働く私です。

会場の入り口では松竹の社長と信二郎さん、時蔵さんが私たちを迎えてくださった。それでも、何となく遠慮して後ろのほうにいたら、同じように1人らしい女性がいたので、その方と一緒に会を楽しんだ。

Photo_73 まず松竹社長のご挨拶、富十郎さんのご挨拶、そして信二郎さんのご挨拶があって乾杯。富十郎さんは、やっぱりお話好きなんだなあ、勘三郎さんの襲名の口上でも1人長々と喋られたことを思い出した。でも、話が面白いから、長くても気にならない。富十郎さんは先代錦之助さんより3歳年上だそうで、青春時代の一番好きな親友だったそうだ。戦後の大変な時期を共に過ごした思い出を語られて、自らご自分の門を叩かれた信二郎さんがその大親友の名を継ぐということが心から嬉しくて仕方ないという感じだった。松竹の社長は、この襲名を心にかけていたのは亡くなった永山会長だったから、実現をさぞ喜んでおられるだろう、と話された。信二郎さんは、自分が継いでいいのかと考えたが、初代が演じた幡隨長兵衛の「人は一代(いちでえ)、名は末代(まつでえ)」というセリフを思い、このままではなくなってしまうかもしれない錦之助の名前を自分が残していきたい、また初代吉右衛門の播磨屋の芸を引き継ぎたい(信二郎さんのおじい様の三代目時蔵さんと初代吉右衛門さんが兄弟)、と挨拶され、さかんに「二代目っ」「錦之助っ」の掛け声を浴びていた。

信二郎さん、富十郎さんを中心に、総勢10人で鏡開き。この樽酒を「錦之助」の焼き印入りの枡で頂き、その枡はそのままお土産となった。飲食しながらの歓談の間に、梅枝、萬太郎、隼人の3人による踊り「鶴亀」。三味線に杵家栄津三郎さん、お囃子に田中伝左衛門さんがいらして、はじめは遠慮していた私もその頃には図々しく前のほうでカメラをかまえ、踊っている3人はもちろん、このお2人もバチバチ撮らせていただいた。踊りはやはり梅枝クンに1日の長があるかな。

その後、初代と二代目錦之助さんの貴重な写真を何枚も見せていただいた。写真のあとは初代と二代目が共演した歌舞伎「幡隨長兵衛」と映画「遊侠一匹」。ともに信二郎さんがまだ幼い頃の作品である。初代のことは映画に入ってからしか知らないが(映画は見たことがない、テレビの時代劇は見た)、歌舞伎時代の初代は実に美しくカッコよく、もちろん映画で国民的スターにはなったのだけれど、歌舞伎にそのままいてほしかったな、という気がした。初代の後援会の方が二代目に楽屋暖簾を贈られた。へえ、まだ後援会が続いているのかあ、と驚いた。4月から使われるそうだ。

信二郎さんって、シャイでおとなしい感じを受けるが、子供の頃は大変なヤンチャさんだったらしい。「先代萩」の鶴千代君の役をやっているとき、チューインガムを噛んでいて、あとで芝翫さんに怒られたとか、歌右衛門さんの芝居の間に何かの鐘を鳴らして怒られたとか。そのたびにおとうさんのお弟子さんの時蝶さんが謝りに行ったという話だ。

この話を聞いて、中村屋のドキュメントが思い出された。勘三郎さんのところは勘三郎さん自身が幼いときから国民的に人気があったからとくに注目を浴びるが、やっぱりどこの家もおんなじなんだ。家の苦労もそれぞれにあるはずだ。信二郎さんは、2歳の時にお父様が亡くなられて、それは大変なご苦労だったろうし、これまで本名でこられたことを思うと、私なんかみたいな、ほとんどミーハー的興味で今日のこの会に出席した者でも(約750分の1らしい)、信二郎さんの前途をお祝いできたことに、胸が熱くなる思いがした。

信二郎さんは年男だそうで、「私はのんびりやですので、猪突猛進でなく、ちょっとずつ猛進します」と結ばれた。真面目で控えめな信二郎さんの人柄に大いに好感をもった。つくづく行ってよかったなあ。

★今日のミーハー:獅童さん(カッコいいよ~)とツーショット撮った。梅枝Photo_74クンともツーショット。さっきの枡に、梅枝、萬太郎、隼人クンにサインしてもらった(青田買いじゃあ!!!)。3人とも可愛いよ。隼人クンは、まわりのオジサマオバサマ方に早くも「三代目錦之助」なんて言われていPhoto_75た。あ、今気付いたけど、種太郎クンもいたかも。どこかで見た顔だと思っていたのだ。失敗したぁ。

北大路欣也さんが来ていた。「華麗なる一族」まんまだった(ドラマは見てないけどね)。ツーショットのチャンスは逃した。私、若いときの欣也さん好きだったんだ。日本一白タイツの似合う(つまり、王子様役が似合うってこと)男っていわれていた時代ね。欣也さんは意外と細かい気遣いをされ、私の後ろを汚れた食器を満載したワゴンが通ったとき、私がぶつからないように注意してくれた(いい人じゃん)。

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2007年3月 9日 (金)

今日も泣いた

勘三郎さん、勘太郎クン、七之助クン…

源左衛門さん…

そして仁左様……

今日は頭痛がするから早寝しようと思って、それでも寝室で気になってつけたテレビ。後半の30分ほどだけ見たが、胸がつまった。

前半は録画したからあとで見る。

こういう一家は中村屋だけではないと思うほどに、ますます歌舞伎が好きになった。

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北斎夢の宇宙

3月8日 「星の贈り物」「北斎の宇宙」(日本橋HDD DVDプラネタリウム)

0703084 ★みぢかい本編

予定より5分ちかく遅れて開演。まずは「星の贈り物」。日本の春、南の島の夏、どこだかの秋、そして南極か北極の冬と、各地の各季節の星を見せてくれる。私の中のプラネタリウムは、解説のオジサンがい07030804 て、星座にラインを引いて、神話をはじめ、その星座にまつわる色々なお話をしてくれるものであった。ところがここは、ただ星を写しているだけ。ぼ~っと満天の星を眺める、というものだが、これなら規模は比較にならないものの、家庭用のプラネタリウムでも十分じゃないかな。

やがて「北斎」が始まる。人間が白いシルエットで出てくる。時は現代、若い男の子が若い女の子と携帯で喋っている。そのうち男の子は江戸時代にタイムスリップして北斎に出会う。江戸の町を2人は歩き回る。

というところまでは覚えている。気付いたら、男の子は現代に戻ってきていた。

エンドロールを見ていたら、北斎の絵などが写ったらしい。私、な~んにも見ていない。ただ白いシルエットを見ただけ。宮本亜門演出の評価をするどころではない。何しに行ったんだろう。でも、ムリはないよね。ただでさえ寝不足の日々、リクライニングシート、寝てくださいと言わんばかりの環境だもの。1500円プラス交通費でお昼寝したというわけかぁ。それも北斎夢の宇宙どころか、実際は夢も見ないくらい熟睡していたよ(それなのに、「川連法眼」で寝ちゃうんだから、我ながらイヤになる)。

終演後、係員がドアを開けるより早く飛び出して、走って銀座線に飛び乗ったら、普通に銀座乗換で、歌舞伎座には開場時間より前に着いちゃった。移動のみ大成功だった……。レポを期待していた方、ごめんなさい。

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山羊座のA型

3月8日 「星の贈り物」「北斎の宇宙」(日本橋HDD DVDプラネタリウム)

★なが~い前置き

先日何かでこのプラネタリウムのことを知り、「北斎の宇宙」なんて面白そう、と早速チケットを買った。日程が厳しかったが、今月はうまい具合に歌舞伎座夜の部開演が415分と少し遅い。北斎の開演が230分、約65分の上演だから、それから行ってもバッチリ間に合うではないか(とはいうものの、初めてのところだから様子がわからず、バッチリ間に合うのか、ギリギリなのかわからなかった。結果としてバッチリすぎるくらいだった)。

というわけで、日を選びチケットを購入した後、どなただかのブログを見たら、ガクッ。北斎が全然よくないと書いてあったのだ。宮本亜門の演出だというので期待していたのだが、宮本亜門はこの程度なのか、とさえ断定している。がくっとはきたが、私が見たらまた違う感想をもつかもしれない。自分の目で確かめなくては、と気を取り直した。

そして昨日、まずは仕事の関係で神保町へ。プラネタリウムは銀座線三越前、徒歩1分とある。で、ここからがA型山羊座人間の本領発揮。

原則1:現地には許せる時間内でできるだけ早く着くこと(途中で電車が止まるかもしれない)

原則2:初めての現地では、時間の余裕があったら次の行動へ移るための行程、時間をしらべること

この原則に従い、神保町から三越前は半蔵門線で一本だから、本屋に寄ることもせず、まずは地下鉄へ。そしてかなり時間に余裕があったので、三越前で銀座線に乗換え、わざわざ日本橋へ行き、都営浅草線乗換えの行程探索と時間計測を行った。というのも、プラネタリウムの終わる時間によっては、東銀座へは浅草線が早いらしいのだ。ガイドには乗換時間3分とある。日本橋での乗換なんてしたことがない私は、用心のため現地検証をしたというわけだ。

その後三越前に戻り、パスネットが異常情報をキャッチしたため(そりゃ、当然だ。同じ改札を出入りするのだから。私、半蔵門線から銀座線に乗るときは一度改札を出る、ということをすっかり失念していた。同じ改札内なら日本橋往復したって、神保町が起点となり、スンナリ出られると計算していたのだ)、駅員さんに処理を頼み、無事改札を出た。

07030801a6 三越前はA6という出口が一番プラネタリウムに近い。この出口が恐ろしくレトロというか、寂れたというか、取り残された感じというか、へ~、こんなところ出て大丈夫なんだろうか、と半分不安になりながら地上へ。出たら左へ行くとすぐ大通り。そ0703082 れを左折してすぐのところにありました! 白いドーム型テントのプラネタリウムが。三越百貨店の正面にあたる。

215分開場だが、まだ15分も余裕がある。そこでトイレへ行き(テントの外にある。内部にはトイレはない)、少しテントの様子を伺い、それから周辺を一周してみた。団十郎刃物なんていう看板があった。戻ってみると、さっきま07030816 で数人しかいなかった入り口にずらっと行列ができている。トイレへ行ったりしているときにもだったが、並んでいると、近所の定食屋かららしい焼き魚のにおいが漂ってくる。これはちょっとキツイ。座席は指定だから慌てることはないけれど、このに0703083 おいからは早く解放されたかった。

座席はあまり前だと見づらいとどこかで読んだ。私の席はちょうど通路を前にしたところで、半分より後ろのまんなか辺。そうとういい席だ。プラネタリウムなんてずいぶん久しぶりだからすっかり忘れていたが、座席がリクライニングになる。左のスイッチ(?)を一生懸命上げたり下げたりしてみたけれど、椅子はうんともすんともいわない。困ったな、どうやったら動くの?と、しばらくの間他人の手の動きをキョロキョロ見ていたら、な~んだ、右のスイッチなんじゃん。普通、リクライニングのスイッチって左手側にない? 実際右手でスイッチをいじるのは左手に比べてやりづらかった。

隣のオバサン2人連れが「昔、彼と来なかった?」なんて話をしている。誰にでも若いときはある。続く。

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眠くてごめんなさい

38日 三月大歌舞伎「義経千本桜」(歌舞伎座夜の部)

川連法眼館~奥庭

なぜか昨日は眠くてたまらず、後述するが、歌舞伎の前にある場所で熟睡したにもかかわらず、ここはかなり寝てしまった。一つ言い訳させてもらえば、食後で、しかも歌舞伎座の暖房が強すぎる。おまけに私、ちょっと風邪気味なのか、出かけるときに寒くてババシャツなぞを着こんでいたし。必死でこらえたけれど、あまりの暖かさにぱかっと口をあいてしまった(アサリやハマグリじゃあるまいに)時間が相当あった。昨日は最前列で、菊五郎さんに睨まれたかも(昨日は、なんだかイヤに役者さんとの距離が近いような気がした)。本当にごめんなさい。

そんなわけで、ところどころしか覚えていない。

最近、狐忠信が初登場するところは、花道奥の声にだまされなくなって、しっかり前を向いている。どこから出てくるか確かめる楽しさもあるが、その一方でだまされていたほうが面白かったかもなあという我儘な気持ちもないではない。

梅玉さんの義経はやっぱりしっくりくる。福助さんの静は本当に美しい。菊五郎さんの狐はとっても可愛かった(前回はあまり可愛らしさは感じなかったのだが)

「奥庭」は形式的なものだから、幸四郎さんのセリフもそれほど気にならなかったし、逆に幸四郎さんの大きさがあってよかったように思った。

という程度のことしか言えない(もったいなかったなあ)。

そこで、簡単に辰巳さんと梅之さんウォッチングを。まずは辰巳さん。昼の部に続き夜の部も立ち回りで大活躍。とんぼのうまさは一級品。無音の着地は辰巳さんくらいでないか(ほかにもいらしたら、ごめんなさ~い)。辰巳さんは着実に進歩を続けている、そんな姿に拍手喝采しました。

梅之さんは、「川連法眼」で義経に座布団を持ってくる腰元役。以前には「籠釣瓶」の振袖新造(だと思った)を見たことがあるが、これから本格的に女形を勉強されるそうで、その第一歩といえるお役である。いやあ、登場と同時に、そのあまりの美しさに思わずハッと息を呑みました。私が最初に梅之さんを意識したのが稚魚の会の「修善寺物語」源頼家だったからかもしれないが、スッキリとした二枚目役が一番だと思っていた。この前の並び大名でもそういう印象を受けたし。だから、え~女形か~、とちょっと残念な気もしていたのだ。ところが、昨日の腰元はほんの少しの出番だったが、挙措にも品と腰元としての腰の低さがあり(この腰の低さは、いいか悪いかわからないが、後見にも通じるところがあるような気がする。きっと梅之さんの人柄があらわれているのだと思う)、今後の女形への期待を十分窺わせるものであった。また楽しみが一つ増えたなあ、とニンマリしたことでした。

★おまけ:「奥庭」の始まり、何とか幕(正式名称は知らない。浅葱幕のようなものだが、下のほうに絵が描いてあり、浅葱幕より厚みも重さもありそう)が振り落とされようかというとき、舞台の中から「まだまだ」「まだ?」「まだ」というかなり大きな声(大道具さんだろうか)が聞こえ、一瞬びっくりした客席はやがて、クスクス笑いに包まれた。歌舞伎を見ていると、こんなハプニングも時々あって、それなりに面白い。幕は道具幕の一種らしい。

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権太に涙

38日 三月大歌舞伎「義経千本桜」(歌舞伎座夜の部)

P1010316 木の実~小金吾討死~すし屋

「すし屋」以外は初見である。もう、めっちゃくちゃよかった。仁左様、うますぎるっ。小金吾をだますときのスカッとした悪さ(なんて悪いヤツだと憤慨する反面、手もなくだまされる小金吾のとっぽさにも苛立ちを覚え、権太の悪ぶりがカッコよく思えた)、女房子供に対する愛の深さ(なんだかんだ悪態をつきながらも女房に惚れている。子供の可愛がりようも微笑ましい)、母親に甘えるときの小ずるさ(権太は絶対マザコンに違いない)、死を前にした告白(死んでいくことへの無念と喜びが哀れを誘う)、どれをとっても、権太という人物が仁左様の身体を借りて生き生きと、こちらの胸に飛び込んでくる。おかげで、私、鼻がズルズルいうくらい泣きました。そもそも私の趣味として、ワルくても良くても、ウジウジしていないスカッとした人物が好きだから、そこへ仁左様のそういう面が重なり合うから、余計いいのだ。ふふふ、仁左様のナマ脚もしっかり見せていただき、ドキドキしちゃいました。

そして意外にも(なんて言ったら大変失礼だけど)よかったのが左団次さん。この気の毒なおとっつぁんの心情が痛いほど伝わってきて、これも鼻がズルズルになった理由の一つ。

梶原景時の首実検のところでは、「お、松嶋屋三兄弟揃い踏みじゃん」と気がつき、しかも孝太郎も加わって、内心「豪華~」とほくそ笑んでおりました。秀太郎さんはここの場面は猿ぐつわをされているけれど、「木の実」では所帯やつれと独特の色っぽさと上品さ(昔もぐりの遊女だったらしいけれど)がうまくミックスされて、やっぱりうまいなあと思わせられる。我當さんは、景時の人間の大きさにぴったり。いい役者さんだなあ。以前はあの声がどうも…と思ったことがあったが、今では我當さんの魅力の一つとして、かなり気に入っている。

孝太郎さんは、時々男が入っていたように思うけれど、まあ積極的で可愛らしいお里ではあった。

扇雀さんは、はじめ前髪立ちの若侍にはムリがあるんじゃないか、と思っていたが、仁左様との対比でみていくと面白かった。いかにも世間知らずの忠義一筋若侍という面が徐々に馴染んできて、敵を相手に1人戦う場面では思いを入れることができたのは我ながら思いがけないことであった。

時さまの維盛がおっとり品よく、ユーモアも含ませて、その弱さと風格が平氏の公達ってこんなんだったんだろうなあ、と思わせる。空の寿司桶を重そうに運んだ後、孝太郎のお里が軽々と持ち上げる場面は、ちょっとわかりにくかった。維盛もお里も、もっと誇張してもよかったのではないだろうか。ところで、維盛とお里は実際契ったのであろうか。セリフだけ聞いていると、よくわからないのだ。お里が維盛を床へ誘い続けたあげく、諦めて先に寝てしまうと、維盛は自分には妻がいる、他の女とは契るわけにいかない、と暗い顔をして悩む。でも、若葉内侍には契ってしまったと言っていなかったかしら。浅草で見たときも、ここはアレ?と思っていたのだが、今回もまた???であった(内心、契ったと思っている。権太が店に現れる前の2人きりのいちゃいちゃがあやしい)。

子役の下田澪夏ちゃん、可愛かったわ~。そしてやっぱりうまい。澪夏ちゃんには先代萩の鶴千代といい、お殿様系の品格も備わっているし、いじらしい女の子の可愛らしさももっているし、私は澪夏ちゃんが出てくると嬉しくなる。

「すし屋」はつい2カ月前に浅草でかかった演目で、私はそれが初見であった。その時の自分のブログを読み返してみたら、そこで感じた物足りなさが今回のオヤジ様たちの芸でしっかり埋められ、さらに盛り上げられていたことがわかった。それと、浅草では「すし屋」のみであったが、権太の心情をより理解するには「木の実」ははずしてほしくないなあ、と思った。あの子供を可愛がる権太を知っておけばこそ、最後の別れの場面での権太の手ぬぐいを目に当てる心が切々と胸に沁み入るのではないだろうか。

幕が引かれたあと(そういえば、このときも上手から下手に引かれていた)、目が赤くなっていないかしら、化粧が崩れていないかしらって、私はちょっと気恥ずかしい思いで席を立ったのでした(自意識過剰!)。

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2007年3月 8日 (木)

先行き不安

レッズのことです。

昨日のACLは、自宅観戦した。TVの前に2時間張り付いていることは、私にはできない(忙しくなくても、性分としてムリ)。だからサッカーもスタジアムに行かなければ、ほとんど見ない。でも、昨日は仲間たちが応援に行っていることだし、途中経過を見たら2対0で勝っていたから、後半だけ見た。

実力差は歴然なのに、まあ今の状態では連携も悪く、相手が強いチームだったらどうなることか(オジェックがやっと途中でワシントンを引っ込める気になったのが収穫か)。事前に仲間Aが「今日は7対0だな」と言っていたが、7点はムリでも4~5点は取るものと期待していた。3点ではとても納得しがたい。

伸二のシュート、そして岡野の惜しいシュート(オフサイドを取られてしまった)、このときだけはスタジアムにいたかったな、と思った。うちで、1人で「きゃ~っ」とスタジアムにいるとき並みの歓声をあげ、いつまでも拍手してしまった(ご近所さまがあきれていたかも)。やっぱり伸二の笑顔は太陽だ。そして岡野の野人ぶりも健在だぁ。

昨夜はとても冷えて、応援に行った仲間Aは、座布団カイロを使っても寒かったとボヤイていた(相手はインドネシアのチームで、この寒さだってレッズに有利だったのだよ)。

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2007年3月 7日 (水)

追い詰められて

人間、追い詰められないとなかなか仕事をしないものである。なんて決め付けてはいけないか。「人間」というところを「私は」と言い換えましょう。

仕事はけっこうたくさん抱えていて、一つずつ片付けていくつもりだったのだけど、あるものは担当者が出張で、締め切りは私が自分で決めていた提出期限より数日後でいいことに途中で気付いた。そうなったらもう、気がすっかり緩んでしまう。その間に1件入っていた仕事をさっさとやればいいものを、これまた締め切りに少し余裕があり、ゆるゆるとしてしまった。だからブログにアルバムを作ったり、たまった録画の整理などにうつつを抜かしてしまったのだ。そこへ緊急の仕事が2件入った。それが今日(6日)。あああ、急がぬはずの仕事も、これでお尻に火がついた。

というわけで、追い詰められた私は、久々にびしっとした気持ちで仕事に精を出している。夏休みの宿題に追われる多くの子供たちみたいな気分だ。ということは、やっぱり「人間、追い詰められないとなかなか仕事をしない」と言ってもいいのかしら。

パリへの出発にはまだ2週間ほどあるから、きっとその間にもいくつか仕事をこなさなくてはならないだろう。それだけでなく芝居、サッカーと予定が詰まっている。私もかなりタフでありますな。

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2007年3月 6日 (火)

シュールく~ん

今日は久しぶりにのぺ~っと自宅にいて、仕事もそっちのけで1日中、たまりにたまった録画の整理をした。普段でも2時間もTVを見ると疲れるのに、今日はもう脳が破裂しそうなくらい膨張している気がする。HDD34ページ減らしたから、相当なものです。そうしたら、コナン君の録画がされていないことに気付いた。もう1947分。ぎゃ~っと叫び、慌てて録画したけれど、ガックリきてかなり落ち込んだ。予約したつもりでいたのになあ。それでも途中で気付いただけよかった。

以前、コナン君と同じくらいはまっていたのがウゴウゴルーガ(「おきらくごくらく」は今でも口癖とまではいかないまでも、よく口から出る)。そのDVD BOXが発売になるということを数日前に知った。すぐにも飛びつきたいところだが、9枚で29400円という値段にかなりためらいが…。そこで子供たちに「ほしくない? ほしいでしょ?」と訊いたら、2人とも「別に」。あんなに毎日楽しみに見ていたのに。子供のほうが親より堅実なのか。う~ん、それでも私はまだ迷っています。だって、シュール君に会いたいのだ~。

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2007年3月 5日 (月)

贅沢

今月、もう一度贅沢をさせていただく。オペラ座の歌舞伎公演を見に行く予定なのだ(家庭の事情っていうのが起こらなければ)。去年のロンドン、アムステルダム公演の時は、まだ亀治郎さんの後援会に入っていなかった。後で知って、行ってみたかったな、と思ったから、今度のパリ公演には飛びついた。オペラ座は誰でも中を見られると聞いたことがあるが、歌舞伎を見られるなんて夢みたいだ。海老ちゃん、亀ちゃんはもちろんだけど、梅枝クンも出ると聞いたから、楽しみがより増した。で、そんな贅沢をするから、3月、4月の東京以外の歌舞伎観劇は涙を飲んで封印した(当たり前か)。

一昨年の暮れから昨年の正月にかけてパリに行ったときの写真と、一昨年の山陰旅行の写真をアップしました。冬のパリもそれなりにステキだけど、観光という意味では、やっぱりシーズンオフなんだと思いました。よろしかったら、そちらも覗いてみてくださいませ。サイドバーを下のほうにスクロールしていくと出てきます。

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2007年3月 4日 (日)

新恋人現る?

33日 浦和レッズ vs 横浜FC(埼玉スタジアム1603キックオフ)

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初のディフェンディングチャンピオンとして迎える開幕戦。相手は今年J1に上がってきたばかりの横浜FCだ。

結果から言えば、勝ててよかったの一言。実力から言えばレッズが圧倒的に上なのは間違いない(プレーを見て実感した)。だが、気迫とか精神的な面で、レッズは横浜FCに負けていた部分があったのではないか。レッズの欠点は、相手を格下と見ると、手を抜くというか、甘くみるところにある。この開幕戦で一番心配したのはそこだ。そして、そういう面がまったくなかったとは言えない今日の試合であった。

なにしろ後半40分までレッズの得点はなかったのだ。前半25分の1点は相手オウンゴールだから。オウンゴールを得るのも力のうちと言えなくはないけれど、やっぱりスッキリと点を取りたい。ああ、それなのに、ワシントンが全然ダメ。もう、何度「ヘタクソ~」「引っ込め~」と叫んだことか。一番許せないのはFKのチャンスを阿部から奪ったことだ。お前みたいなヘタクソがFKなんか蹴るな~。オフサイド取られるな~。だいたい、この前のガンバ戦といい、FWの差が結果になって現れるんだ~。

仲間の1人はワシントンが好きだ。今日は一緒の席で見られなかったので、試合終了後、その仲間をさんざん<いぢめて>やった(ははは、こうやって意地悪するのも試合後の楽しみで。根性悪いね、私も)。

今日目立ってよかったのは相馬。スピード、ボールコントロールの正確性、巧さ、全部光っていた(オシム、見てくれたかな)。相馬崇人26歳、最近伸二の調子が悪く、いまひとつサッカーにノレないでいた私も、新しい恋人を見つけたような気分である。

どんな試合でも献身的な働きを見せる鈴木啓太。危ないときには必ずやってきて相手チャンスをつぶす。気がつくとそこにいてくれる、頼もしい存在である。

阿部勇樹。前日のガンバ戦ではほとんど目立たなかったが、今日はよく働いていた。だいたいレッズの選手は闘莉王を除いて全般に大人しい気がする。阿部ならその中で闘争心をむき出しにして他の選手を叱咤激励できるのではないか。なかなかFKを蹴らせてもらえないのが心配だが、レッズの一員として迎えた以上、他の選手たちも早く阿部を認めてあげてほしい。

永井雄一郎。その才能を嘱望されながら、伸び悩み、期待した私たちをがっかりさせてもいた。今日も、もっと自分でもっていけばいいものを(永井の強みはドリブルなのだ)、すぐにダメワシントンに渡してしまう。それが、後半40分やっと自分でもっていき、素晴らしいゴールを決めた。髪を切ってすっきりと男前を上げた新生永井、やったね。

小野伸二。今日は伸二にしてはかなり走っていた。でも、天才が普通の選手になっちゃった、という感じはまだ払拭できていない。それになぜかイエローもらっちゃったね。

しかしオジェックはなぜ、サブの選手を使わないのか。結果として勝ったからいいけれど、流れが悪かったときも動こうとしなかった。今日の試合では堤とか使いづらかっただろうが、だからこそ、この前のガンバ戦で使うべきだったのだ。サブに入っても使ってもらえないのでは、選手もクサるだろうに。

相手チーム横浜FC。久保のシュートはスンゲかった。目の覚めるようなシュートっていうのはああいうのを言うのだろう。敵ながら天晴れ。それからキャプテンの山口素弘を私は好きなんだ。久しぶりに目の前で見られて嬉しかった(これは仲間には内緒である)。でも、カズも見たかったな。絶対出てくると思っていたから残念。チーム全体としては、プレー再開が遅すぎる。キーパーのキックにしても、スローインにしても、キックにしても、すべてが遅い。審判がなぜ遅延行為をとらなかったのかわからない。

今日の勝利でホーム連続負けなし記録がまた伸びた。ただ、開幕戦勝利は7年ぶり(?)らしい。ホント勝ってよかった。おかげで、試合後仲間と飲む酒がおいしかった。

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2007年3月 3日 (土)

自己嫌悪

今日またカメラを落とした。人通りがほとんどない道を駅に向かってカメラ片手に歩いていたら、暑くなったので上07030303 着を脱いだ。そのうちきれいな花(桜と桃?)が咲いているのを見て写真を撮ろうとした。ない、カメラがない。え、え?? 慌てて2つ持っていたバッグ(サッカーを見に行くところだった。1つは観戦グッズ、1つは身の回り品の入ったバッグ)を引っ掻き回した。ない!! 又落としたのか…

急いで来た道を引き返した。さっき写真を撮ったから、落としたとすればそこから上着を脱いだところまでの間のことだろう。気が急く。走る。12分戻ったところに、あった。落ちていた。ああ、よかった。よく車に轢かれなかったものだ(人通りはないが、車はけっこう通る)。安堵して拾い上げ、再び駅に向かう。すると、今度はレッズの手Photo_71 袋が片方落ちていた。あああ、私って!! バッグを引っ掻き回したときに落としたに違いない。もう、自己嫌悪だ。なくしてもすぐ戻ってきてくれる「可愛いヤツら」なんて言ってられない。今日のカメラなんて、途中で花を撮ろうと思わなかったら、そのまま知らずにスタジアムに行ってしまっていたかもしれないのだ。ここまでくると、脳神経の問題かもしれない。

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可愛いヤツら 3

今日はこんな子が顔を出していた。

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銀座色々歌舞伎座色々

①歌舞伎座に行く前に、銀座駅でぴあに寄った。ぼんやり順番を待っていたら、前の人がクオカードを大量に買っていた。ふとカウンターを見ると、「ホワイトデーにはクオカードを」という掲示が出ていた。買っていたのはサラリーマン風のちょっと冴えないオジサン(ゴメン)。ふ~む、それか!と、一人合点。義理チョコへのお返しか、あるいは部署でお返し買い係りをさせられているとか・・・。私、思い込みが激しいもので、違っていたらすみません。

②グッチの前で56人が開店待ちしていた。グッチの開店って何時なんだろう。私が通ったのは10時半少し前。

③「耳で観る歌舞伎」が朝、まだ来ていなかった。イヤホンガイドを返すときにもらった。

Kare ④歌舞伎座のカレー、初めて食べた。歌舞伎会のサービスで、喫茶・カレー券は使ったことがない。たまには使ってみようか、ということでカレーにしてみた。予約は不要だが、早く席に着けるためには、食券を買っておいたほうがいいと、店の人に言われ、その場で買い求めた。でも、昼の部の食事は1139分。今日は珍しく朝食を摂ってから出たので、「ええ~っ」と思ったが、ちゃんと全部食べてしまった。お隣の席の老夫婦は「ご飯の量を少なくして」と頼んでいた。私もそう頼めばよかったとちょっと後悔したのに、全部おなかに入っちゃうとはね。カレーは普通においしかった。

⑤この休憩時間に登場した掛け声のオジサンたち。かけるタイミングについて話していたと思ったら、突然1人が「明日もう試合だからさ~」と言い出した。明日試合といえば、Jリーグじゃないか? 私はオジサンたちの前の椅子に座って耳ダンボにし、時々チラチラ顔を見ながら聞いていた。オジサンの1人はエスパルスファンらしい。それから1人は韮崎高校(中田ヒデの母校)の関係者が親戚にいるらしい。レッズの話でも出たら、会話に割り込んじゃおうかと思ったが、それは出なかった。

⑥「渡海屋」と「大物浦」は両方で2時間強。この間休憩はない(「仮名手本」のときみたいに、幕がしまったまま数分の余裕はある)。その後のトイレ、行列でした。私は3階のトイレで挫け、1階に行ってみた。こちらも混んでいた。しかも男性トイレが隣にあるから、余計大混雑であった。

⑦今日は初日であったにも拘わらず、このトイレ以外はずっと3階にいたので、初日らしい華やかさを味わうことはできなかった。でも、トイレの帰り、ちょっと2階に立ち寄って、ロビーを覗いてみたら、仁左様の奥様と、富司純子さんの姿が見えた。さすがに上からカメラで狙うのはためらわれた。

Photo_70 ⑧帰り、三越の屋上にある「出世地蔵」を見てきた。もちろん、お参りもしました。行きに屋上にそういうものがあるっていう控えめな表示を見つけ、先に寄ろうかとも思ったのだが、やっぱり歌舞伎座には早く行きたいし、ということで帰りにまわしたのだ。出世地蔵の由来や名称のいわれ、時期は不明だそうだが、明治の面影を残しているのだとか。

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2007年3月 2日 (金)

ひょうきん仁左様

32日 三月大歌舞伎「義経千本桜」(歌舞伎座 昼の部)

Photo_69 「道行」

「渡海屋」「大物浦」をすっとばしちゃうのは、今回の配役が私には相性が悪かったせい。「鳥居前」の後の休憩時間に、大向こうの会の人かどうか知らないけれど、とにかく掛け声をかけるらしいオジサンたちが藤十郎は見ものだというようなことを話していた。

そうか、と思って筋書きを見ると、たしかに藤十郎さんが典侍局をやるのは、何十回という上演回数を誇るこの演目なのに今回が2回目。で、けっこう心して見る勢いで席に着いたのだが、始まってみると、藤十郎さんの声がほとんど聞こえない。だから相模五郎(歌六)と入江丹蔵(高麗蔵)とのやりとりが一方的にしかわからない。そこで、まず挫けてしまった。その後、幸四郎さんが知盛で出てきたけど、これも相変わらずセリフがはっきりせず、私はもうここはすっかり諦めた。それで、つまらぬことを見ていた。安徳天皇を藤十郎さんが抱き上げるときは、後ろに黒子さんがついて支えている(義経側の家臣は自分1人で抱えている)とか、知盛が海にダイブした時、岩の向こうにスタッフが3人ほどいるのが見えちゃったとか。

多分、藤十郎さんはうまいんだと思う(マジで泣いたのか、目のまわりの紅が頬に流れ出していた。汗じゃないように思う。でも見ているほうの私は浅草であれほど泣けたのに、今回は全然泣けなかった。)。幸四郎さんもああいう大きな役向きなんだと思う。でも、結局これは相性の問題なんだろう、仕方ない。

で、道行。これはよかったわ~。まず芝翫さんの静が上品で、きれいで可愛らしかった。失礼ながら、あのお年でこれだけ化けるのだから、それが芸っていうものなのだろう(さっきの静は福助さん。親子競演ってとこですな)。それから菊五郎さん、「鳥居前」の忠信もよかったし、この忠信も本来の菊五郎さんっぽいきれいさで、よかった。でも、もっともっとよかったのが仁左様の逸見藤太。それこそ仁左様には珍しい、さっきの笹目忠太や「仮名手本」の鷺坂伴内みたいなつくりで、役どころも臆病者のひょうきん者。鷺坂伴内がお軽に横恋慕していたのと同じく、逸見藤太も静に横恋慕している。そして、さっきの笹目の忠太と同じく、自分は臆病だから手下に偵察に行かせ、まったくさっきと同じやりとりになる(女武者がどうたら、というクダリ)。逸見藤太と笹目忠太は同じ人物なのだろうか?

仁左様の逸見藤太は、ひょうきんな化粧をしていてもやっぱりいい男だし、身体は大きいし、どう見てもそんな役は合わなさそうなのに、実にうまい。おかしみを全身から漂わせ、楽しそうに演じている。藤太のセリフの役者づくし(?)の時には、すましている芝翫さんに対して菊五郎さんは頬が緩んでいて、なんか微笑ましかった。私、今日はこの仁左様を見られただけで、大満足だわ~。

ちなみに、今回は花道度が非常に高く、3階席からは見えない部分がけっこうあった。仁左様が花四天を引き連れて出てきたとき、花道に並んだ花四天の中に辰巳さんがいるはずなのに見えない~、と心の中でボヤイた。でも所作殺陣で、辰巳さん、大活躍。中でも特別いい場面があるよ。思わず真っ先に拍手してしまった。所作殺陣は実に楽しい。そういえば、花四天が仰向けにひっくり返って脚をあげて決まるときって、頭は床についていない。おなかプルプルしそう。あれを私もマネしようかしら。

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義経も弁慶も忠信も、違う

32日 三月大歌舞伎「義経千本桜」(歌舞伎座昼の部)

「鳥居前」

定式幕があくと、舞台には浅葱幕。竹本が入った後、浅葱幕が振り落とされる。そこにいるのは義経(梅玉)を中心に下手側に伊勢三郎(亀三郎)、駿河次郎(亀寿)、上手側に片岡八郎(男女蔵)、亀井六郎(松江)。おお、いい眺め。だが、この美しき集団(男女蔵さんも失礼ながら意外ときれいだった)の将・義経は弁慶が余計なことしやがって、という感じで文句を言っている。鎌倉に謀反の疑いをかけられ、弁明をしたい義経なのに弁慶が鎌倉方の侍を討ってしまったのだ。そこへ、静御前(福助)が義経を追いかけてやってくる。私も一緒に連れてって~と泣く静に、義経主従はダメダメする。静がごねていると、今度は弁慶(左団次)がやってくる。おお、すっげえ頭。バクハツしちゃってる。義経は弁慶を見ると駆け寄って、こいつ、なんで余計なことしたんだ、お前のせいでオレは落人だとばかりにビシバシひっぱたく。勧進帳と立場が逆なのが面白い(事情は違うけれどね)。で、癇性の義経は手討ちにしてくれようなどとも口走る(あの穏やかな梅玉さんがそういうタチに見えてくるから不思議だ)。弁慶は主君を思ってやったことなのにわかってもらえなくて悔しいよ~と、子供みたいに大泣きする(客席、笑)。静をはじめ家臣のとりなしで、義経はじゃあ、今回は許してやるってことになる。弁慶は「坊主頭をなでまわし」(義太夫)静に礼を言う。どこが坊主頭なんだっ。

すると今度は静が弁慶に、とりなしてあげたんだから今度はアンタが私の味方をしてよ、と応援を求めるが、弁慶もダメダメ。静がもう死んでやるから、と言ったって、この旅に連れて行くわけにはいかない。で、義経は初音の鼓を形見として静に与えるが、それでも言うことを聞きそうもないので、家臣が鼓の紐で梅の木に括りつけてしまう。そして静を1人ほったらかしにして、一行は鳥居の中へ入っていく。

そこへ現れたのが鎌倉方の笹目忠太(亀蔵)。臆病者の忠太とその軍兵とのお定まりの剽軽なやりとりがあって、忠太は軍兵を偵察に出す。戻ってきた軍兵は「おりました、武者がおりました。武者は武者でも女武者でした」。忠太はそれは静に違いないと、勇んで捕まえに行く。こういう役ってまさに亀蔵さんのモノだなあ。ここのクダリがあとの「道行」と連動していて面白い。しかも、「道行」の逸見藤太がここで忠太のかわりに出てくるバージョンもあるみたい。

忠太が静を捕らえようとすると、狐忠信(菊五郎)が現れて、静を助ける。おお、忠信は荒事のつくりだ。菊五郎さんのこんな姿、見たことないぞ。「四の切」のあのいじらしい子狐の面影なんてひとつもな~い。忠信が静を助けると、義経一行が鳥居から再び出てくる。心配で見ていたらしい。って、アンタ、縛り付けておいて、助けもせずにぃ・・・。で、義経はいいところに現れてくれた忠信に静を託し、今度はちゃんと去っていく(鳥居でなく、上手袖に引っ込む)。

定式幕が引かれ、静が花道を去ると、忠信の引っ込み。狐になったり、ふと我に返って人間になったりを繰り返し、やがて狐六方で引っ込んでいく。やんややんや。いいぞっ音羽屋っ。

福助さんは時として表情やシナをこしらえすぎて、せっかくの美貌を台無しにしたり、笑っちゃうことすらあるが、今回はそういうこともなく、きれいで、義経についていきたい気持ちが素直に表れていたと思う。

「鳥居前」は初めて見たけれど、なかなかよくできている芝居だ。弁慶も忠信も他の段で出てくる姿形と違うし、義経もここはイメージが違って、興味深い。

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びびった

歌舞伎を見て、帰宅し、とりあえずメールチェックしたら、びびった。次から次と、スッゴイ勢いで受信メールが出てきて、しかもそのほとんどが[MEIWAKU]メール。受信すると同時にやっぱりスッゴイ勢いで迷惑メールフォルダに自動的に移動して、その流れを目を白黒させながら見ていたら、気持ち悪くなった。そして、いつになったら止まるんだよ~と、怖くなった。結局120通も来ていた。これまでもよく来てはいたけど、こんなのは初めて。もちろん、即、全部削除した。

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2007年3月 1日 (木)

可愛いヤツら 2

0703012 毎年、な~んにもしないのに、ちゃんと春の挨拶に来てくれる可愛いヤツら。

0703014 今年も4~5日前から、枯葉だらけの荒れた庭の片隅に、ぽつぽつと顔を覗かせている。

Photo_67 さっき見に行ったら眠っていた。生命の営みを目のあたりにして、余計愛おしくなっちゃったよ。

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可愛いヤツら

78年前からよく忘れ物をするようになった。家に何かを忘れて出かけるのではない。行った先に物を置いてきてしまうのだ。

P10101362 マフラーはバス、カラオケ屋、飲み屋(つい先日)と3度やった。傘は地下鉄、カバンはJR。どれも気に入っているものだし、マフラーは友人の、カバンは娘のプレゼントである(しかもこのときは仕事の書類が入っていた)。幸いどの場合もすぐに気付き、必死で乗り物は追いかけ(終点まで取りに行くことになるが)、店には引き返し、で無事に手元に戻ってきた。

携帯は大変だった。1度は歌舞伎座で落とした。東側筋書き売り場で保管されていて、この時はすぐに安堵できたが、もう1度はそうはいかなかった。ある日、自宅で携帯がないことに気付いた。どこを探してもない。さんざん自分の番号にかけてみたが、どこからも着信音は聞こえない。どこへやっちゃったのだろうと、家族を巻き込んで大騒ぎしていたところへ、金属回収業者さんから連絡をいただいた。「携帯、預っています」と。その日は金属ゴミ回収の日で、他の金属ゴミと一緒に捨ててしまったらしいのだ。収集所で、手にしていた携帯を無意識のうちにポリ袋に入れたのだろう。業者さんは、たくさんの金属の中から着信音を聞き取り、どうやって私が落とし主だと判断したのかはわからないが、親切にも保管してくださったのだ。即、お礼をもって業者さんを訪ね、携帯は奇跡の生還を果たした。そんなことがあったためか、この携帯は手放し難く、もう何年も機種変更をしていない。

このほかにも、書類を地下鉄通路に落として、1駅先から戻って掃除のおばさんに捨てられる寸前に取り戻したり、友人への北海道土産をその前に立ち寄ったところに置いてきたり、そんなことがしょっちゅうである。

昔は、大金を車の屋根に置いたまま発進してなくした、というようなニュースを見ると、「なんで、そんな大事なものを雑に扱うんだろう」と信じられない思いであったが、雑に扱ったわけではなく、人にはふっとモノに対する意識の途切れる一瞬があるのだろう。意識の回復が早いか遅いかが、モノをなくすかなくさないかの瀬戸際なのかもしれない。自分がこうなってみると、そういうこともある、と理解できるのである。ん、それとも単に年齢のせいか?!

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