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2007年2月

2007年2月28日 (水)

自制心ゼロ

従姉がお手製の粕漬けを送ってくれた。夕食の時、それで一杯いただこうと思って楽しみにしていたら事情があって飲めなくなった。こうなると、「ああ、飲みたかったのに」「ああ、さっき飲めなかった」という憾みがいつまでも尾を引く。

P1010121 で、こんな深夜にどうしてもガマンできなくなって、ついに←。

色々な野菜の中から人参、茄子、茗荷を選び(人参と茗荷の粕漬けなんて珍しいでしょ)、これでもカロリーを考えて、インスタントの玉こんにゃくを用意し、たまった録画の中からタモリ倶楽部の120日、京浜急行貸切の回を見ながら、1人飲む楽しさ。

ほろ酔い気分で録画を見ていたら、CMで小力がパラパラ踊ってる。ああ、こんな生活していたら、マジで小力のお腹になる。もうなりつつある。急に酔いが醒めた。

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2007年2月27日 (火)

藤山直美がもったいない

225日 殿のちょんまげを切る女(新橋演舞場)
演舞場に入ったとたん、私は嬉しくて飛び上がりそうになった。「あの素晴らしい愛をもう一度」がかかっていたのだ。前の日、カラオケで歌ったしねえ。でもなぜ? 演舞場に? その後も英語、日本語の懐かしいフォークソングが次から次へ。休憩時間にもまたかかる。ちょっと違和感はあるけれど、懐かしさに一緒に歌い出しそうになるのを堪えるのが大変だった。トイレへ行くのも売店を冷やかすのも、席についていてさえも、ついつい鼻歌混じりになってしまうのだもの。
帰宅してからプログラムを見たら、ああ、そうか反戦ソングだったのか、この芝居のテーマに引っ掛けたのか。そう思えば、多少興ざめもしないではないが、私はそういうことに関係なく、単純に歌を楽しんだ。だってノンポリ学生だった私は、当時だって反戦なんてことを意識しないで、ただ歌として好きだった曲が多いから。
私は藤山直美を「狸御殿」で初めて見て以来、大好きになり、久々の演舞場出演を楽しみにしていた。出てくるだけで、何かやってくれるという期待とおかしさが込み上げてくる。しかも藤山直美はただおかしいだけではない。とても可愛らしいのだ。美人じゃないけれど、真っ赤なお姫様の着物もよく似合うし、笑顔がとても可愛い。狸姫はまさに適役だった(藤山直美に惹かれて「芋たこなんきん」をほぼ毎日見ているが、舞台の彼女のほうがいいな)。この狸姫はアドリブで春猿さんを吹き出させ、毎日困らせていたのだそうだ(今日も岡本綾が途中で吹き出して、台詞が言えなくなり、でも必死に立ち直ろうとしていた)。
そんな藤山直美を見たかったのに、出番が意外と少なく、勘三郎との絡みも始めのほう以外はあまり迫力なく、アドリブをきかせるような場面も大してなかったように思う。私は、もっともっとハチャメチャな喜劇を期待していたのだ。藤山直美がよかったのは大村昆との絡み。藤山直美の攻めの演技を大村昆がふわっと大きく受け止めて、これももっと見たかったなあ。とにかく、藤山直美の面白さが活かされていなかったのが一番残念。
次に残念だったのが、後半、こぢんまりまとまってしまった気がすること。<反戦><現代社会の歪み>を意識しすぎたんじゃないのかな。ちょっと説教じみたところあり、だったし。たしかに、勘三郎の最後の演説は、間の取り方が台本ナシで本当に自分の言葉で言っているのかと思うほどうまかった。あちこちで泣いている人もいたみたいだ。だけど私はちょっと引いてしまった……。このとき、ワケありの赤ん坊を抱いて勘三郎を見つめる母親役の波野久里子が淡々とした愛情のこもった自然な表情で、演説よりもむしろそちらに心惹かれた(久里子さん、突然咳の発作に襲われて、こらえるのが苦しそうだった。私もし~んとした場面でよく咳が出るから、そのつらさ、わかる。かわいそう)。
収穫は大村昆を見られたこと。76歳(!!)のこの小柄なおっちゃんは、40年ぶりというとんま天狗を元気一杯見せてくれた。私は、実はとんま天狗って見ていなかったのです(もちろん、あの格好は知っているけど)。とんま天狗があんなカッコいいなんて知らなかったわ~。「うれしいとメガネが落ちるんです」も花道でやってくれた(それも藤山直美に促されて、右の客、左の客、二階の客、それぞれに見せるため3回もやった。2人のこういう呼吸がいいのよねえ)。私の席からは遠かったのが残念。もちろん、この時は首を動かしまくってベストポジションをみつけ、しっかり見るようにしたが、ホント首痛かったわ。
カーテンコールはスタンディングオベーションになったのだが、真っ先に立ち上がったのが、例の和服おねえさん。なんかシャクだから立ちたくなかったんだけど、私は小心者だから、周りの状況を見て、立ってしまった(ポリシーないのかよっ)。我が左隣の女性も右隣の男性も立たなかった(エライ!!)というのに。
何度目かのカーテンコールで、作者の中島淳彦と演出のラサール石井が出てきた。なかなか鳴り止まない拍手に、藤山直美がおどけたステップで踊り笑いを誘った。岡本綾が感動のあまり泣いていた。客席の明かりがついた後もまだ拍手が続いているので、もう一度幕があいた。藤山直美が勘三郎にもさっきの変な踊りをさせ、場内爆笑後、これで本当に幕。なんか、カーテンコールでやっと藤山直美の生き生きした姿を見たような気がした(変な踊りをしたから、っていうわけではない)。
で、歌はともかく、芝居が面白かったことを書こうと思ったら、困ったことに書けない。昨日、舞台がよく見えなかったと不満を書いたとき、最後に「芝居は非常に面白かった」と付け加えた。その後すぐに続きの感想篇を書くつもりでいた。なのに、何を書いたらいいのか、ちっとも浮かんでこない。たしかに、全然寝なかったし、おおいに笑いもした。だけど正直なところ、感想がスラスラと出てこないということは、私がその芝居にノッていなかったということになる。で、考えるに、な~んか私が期待していたものとズレがあったみたい。笑うには笑ったが、腹を抱えて笑うというほどではなく、欲求不満が残っちゃったみたいなのだ(だから、昨日の最後は変更しておく)。うんうん唸りながら、やっと書けた。
配役はどの役も適材適所、そして皆うまかったと思う。だけど、藤山直美の使い方がもったいない!!

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2007年2月26日 (月)

身を乗り出さないでいただけません?

225日 殿のちょんまげを切る女(新橋演舞場)
今月最後のイベントは、演舞場千穐楽。最前列ではあるものの、かなり上手寄りの座席で、見づらい。こちらに背を向けて喋られる台詞は聞き取りづらいし、建物のセットでは壁がジャマして一部見えない時もあった。だいたい芝居の重要な部分の大半は下手寄りで演じられるから、こちらはちょっと置いてけぼりを食う感じをもつ。

そういえば、15年近く前、ジャン・ポール・ベルモンドの「シラノ・ド・ベルジュラック」日本公演を見に行ったときのこと。急遽決めたので、空席があっただけよかったのかもしれないが、座席は前のほうながら上手端の席だった。セットの壁で半分くらいが見えず、高い料金を払ったのにぃ~と納得いかない気分だったのを思い出した。

閑話休題。まあ、そういう経験もあり、これまでも上手寄りで見たことは何度もあるから、それはそれである程度覚悟の上、仕方ないことなのだが、今日はそんな条件をさらに悪くする状況があった。左1つおいて隣の女性。和服で観劇はいいが、座席から半身が前に出ている。帯を背もたれにくっつけたくないのだろう。腰掛け方が浅く、しかも和服って姿勢がよくなるから、背筋がピンと伸び、座高が思い切り高い(彼女の左隣の女性も和服だったが、そちらはちゃんと深く腰掛けていた)。そこへもってきて、髪の毛を和服に合わせて少し高く結っているから、座高はさらに高く、そのうえ舞台中央に体を向けるため、角度がついて、彼女より右の席の客は視界が遮られる。年齢は30代前半くらいであろうか。よほど芝居を見慣れない人なのか、よほど自分のことしか考えない人なのだろう。この人のおかげで、周囲の多くの客が迷惑したはずである。私も下手や花道で行われる演技を見るのに大変な思いをした。彼女より身を前に出さないと見えないのだし、私がそうすれば、私の右側の人たちがみなもっと乗り出さなくてはならなくなる。そこで首の角度だけで何とか隙間から見ることになる(今でも首が痛い)。「もう少し深く腰掛けて、身を乗り出さないでいただけませんか」と何度も言おうと思ったが、結局最後までガマンしてしまった。隣の席だったらきっと言っていたと思う。でも1人あいだに入っているから、それを乗り越えるのもなんだし、博多のkirigirisuさんみたいに劇場の人に注意してもらおうかとも考えたが、なんとなくそれもしそびれた。

私の右隣の男性は最初から諦め気味だったし、気の毒に左隣の女性は、あちこちに首を動かしたあげく、しまいにはふてくされたかのように寝てしまった。ああ、やっぱり一言いえばよかった。でも、私だけじゃなく、皆何も言わないんだなあ。おとなしくガマンしちゃうんだなあ。そして、こういう人は観劇マナーを学ぶことなく、また次も平然と他人の視界を遮って芝居を楽しむんだろうなあ。彼女のためにも注意しておくべきだったなあ。

状況は面白くなかったが、芝居は非常に面白く(と思っていた…)、おおいに笑った。

以上は、昨夜カリカリしながら書いたので、どうしようかと思ったけれど、やっぱりアップしておきます。

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夜の歌舞伎座

演舞場の帰り、夜の歌舞伎座を愛しんできた。やっぱり歌舞伎座の建物を見ると、心躍り、心和み、ああ私の場所だ、と胸が熱くなる。

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銀座駅のこんなの(↓)、初めて気付いた。

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演舞場千穐楽のご報告はまた後で。少し遊びすぎたので、これから仕事します。でも、もう眠くなってきたよ・・・

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2007年2月25日 (日)

寒い試合

224日ゼロックススーパーカップ 浦和レッズ vs ガンバ大阪(国立競技場 1330キックオフ)
Photo_64 冬のサッカー観戦はちょっと面倒である。まず、着膨れる。そのうえ膝掛けだ、座布団だ、手袋だ、カイロだ、とやたら荷物が多くなる。ましてや国立競技場ともなると、屋根がないから天候によっては荷物に雨具がプラスされて、さらに膨れ上がるし、座席に背もたれが泣く、したがって飲み物のコップホルダーがなく、ひどく狭いときている。私など肩幅が広いから、隣の人とぶつからないように身体を縮めたりして、疲れちゃうのである。だから、昨日はぜ~んぜん見に行くつもりはなかったんだけど、サッカー仲間の1人が何かの抽選でチケットを当て、是非に、と誘ってくれたので、重い腰を上げた。

Photo_65 荷物検査もすませ、スタジアムに入っていくと、なんと座席が変わっていた。まず、背もたれがついた。だからコップホルダーが備え付けられていた。狭いのは相変わらずだが、この2点の改善だけでもかなり座り心地が違う。我々の席はメインのガンバ側ではあるが、ゴール裏でもない限り、その辺はレッズファンもガンバフPhoto_66 ァンも呉越同舟というような場所。前から7列目という実にいい席であった(本当はもう少し上のほうが見やすい気もするが、選手が近い分、私のようなミーハーは嬉しい)。

仲間の1人に、こういうときに相手に聞こえるような声でわざとイヤミを言う子供みたいな男がいて、近辺にガンバファンがいるのを承知で、盛んに挑発的する。喧嘩でも起きないといいが、とハラハラしたが、我々もしら~っとして乗らずにいたし、ガンバファンも大人の配慮があったのか、なにごとも起こらず、ほっとした。

席に着いた頃はまだ陽もあたり、まずまずであったが、メインの座席というのは時間の経過につれ、陰に入る。そうなると、寒いことこの上ない。仲間から使い捨てカイロをもらい、やっと少し暖まってくる。

だいたい、試合内容からして寒い。金の取れる試合ではない。チームとしてまったく機能していない。相変わらず、ボールを待って受ける。だからインターセプトされる。自明の理がなぜわからないのか。走り出しが遅い。ボールが蹴られたのを見てから走る。ルーズボールがとれない。途中からはもう戦意喪失か、がむしゃらに走ろうという気も見えない。

1点目は伸二のミスから取られた点だ。それまでの伸二はパスもいいところに出していたし、そこそこ走ってもいて、ちょっと期待が持てる気がしていた。ところが、気を抜いたようなプレーで相手にボールを奪われ得点を許してからはまったく精彩を欠いた。

ディフェンスもやっぱり闘莉王頼りということになる。坪井はともかく内館、ネネではどうにもならないことは予測していたが、まあひどい出来ではあった。

期待の阿部もほとんど目立たなかった。存在すら忘れてしまって、「あ、そういえば阿部がいたんだっけ」なんて思ったりもしたほど。FKのチャンスに蹴らせてあげればよかったのに、ポンテが蹴っちゃって。

頑張っていたのは鈴木啓太くらいなものであろうか。前半の危機にはいつも啓太がいて、献身的に走り、飛び込み、足を出し、防いでいた。

しかし最悪なのはオジェックではなかっただろうか。サブにこれまで見たことのない若手を数人揃えていた。だが、交代選手として使ったのは、平川に替えた岡野のみ。私は岡野が好きだし、今でもまだまだその走りは使えると思っている。しかし、昨日のあの状況なら若手を使うべきだろうが。しかも3人の交代枠をフルに使ったのはガンバであって、レッズは岡野だけ。いったい何のために若手を入れたのだ。たとえ技術が未熟であっても意欲でそれをカバーすることだってあるのだ。レギュラーの座を狙ってやる気満々(と思いたい)の若手にベンチを暖めさせ、やる気のないレギュラーメンバーをだらだらピッチ上に置いておくほどバカげたことはない。J開幕に向けて調整をしたかったのかもしれないが、それなら練習試合でやればいい。金を取っている以上、少しはサポーターを納得させる姿勢を見せて欲しい(タダ券だから許せるってものでもないし)。

そもそも、オジェックは弱かったチームを上位に引き上げた功績とは別に、攻撃的なサッカーではないから飛躍が望めないとして、ケッペル監督に代わられたのではなかったか。それならなぜ、再び監督として招聘したのか。レッズに限らないが、私はいつも不思議に思うのである。なぜ一度ダメだと判じた監督を再び起用するのか、と。昨日の1試合を見ただけでは何とも言えないが、オジェックの戦術が変わったのだろうか(シュート数、たったの3!!!)。

だけど、私はオジェックは好きである。だから、再起用に関する不審はもっていても、期待はしているのである。

前期優勝チームゆえ、パーティーパーティーで調整が遅れるのは予想がつく(私もその1つに参加させてもらったから大きなことは言えないが)。でも、このままでは、1週間後に控えた開幕戦、いくら相手がJ2から上がってきたばかりの横浜FCとはいえ、勝てないどころかボロ負けするんじゃないだろうか。37日にはアジアチャンピオンズリーグでインドネシアのチームと戦う。本来なら大差で勝つべき試合だが、これすら心配になってくる。

Photo_68 しかしグチを言っても始まらない。負けて問題点がたくさん出たのはいいことだ、と思うことにしよう。

前向きかつ飲兵衛の仲間たちは、試合後食べて飲んで、カラオケ3時間の間にも飲んで飲んで、まあ、昨日はよく飲みました。

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仮名手本、些事追記

23日、七段目の<見立て>が「風林火山」ネタで、私はてっきり亀治郎さんを応援してくれているものと思っていたら、実はその日NHKの録画が入っていたためらしい。TVが入っていたのは知っていたが、歌舞伎チャンネルだと思いこんで疑いもしなかった。だいたい段之さんが最初に立ったのも私の早とちりを呼んだものだが、道理で「日曜夜はNHK風林火山」とBSの放送時間から何から、詳しく宣伝していたわけだ。その次も勘助できたときに、一瞬おや?という気にはなったものの、思い込みというのは恐ろしい。勝手な解釈をして、お恥ずかしい限り……(もっとも、この期に及んでまだ、亀治郎さんへの応援も込められていた、と思いたいが)。この情報はurasimaruさんのところで知ったものである。有難いことです。

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2007年2月24日 (土)

幕見も楽し

223日 「仮名手本忠臣蔵・道行(歌舞伎座 幕見)
先日昼の部を見たときに、「道行」の印象が薄かった。ちゃんと見ていたとは思うのだけど、舞台そのものをあまり覚えていないような、自分がどう思ったかを覚えていないような、何かモヤモヤしたものが残った。まして、他の方のブログを拝見すると、わりと評価が高い。

で、どうしてももう一度見たい、という気持ちが強く湧いた。ところへ、昨日が夜の部観劇。千穐楽まで3日しかない昨日はチャンスである。というか、もうこの日しかない。しかも、「道行」は昼の部最後の演目であるから、時間のムダもない。

07022301 そう思い立ったら矢も楯もたまらず、家を早く出た。歌舞伎座に着くと、けっこう早い時間だったにもかかわらず、もう10人くらい並んでいた。そのうち、2人ほどいた外人サンのところに仲間の45人が押し寄せ、なんだなんだ、ズルコミじゃん。文句も言えなかったけれど、外人集団、図々しいぞ。

こんなにしょっちゅう遊び歩いていては、仕事はこういう待ち時間を利用してやることになる。少しは進んだけれど、さっきの外人さんたちのお喋りが案外耳に障って、思07022309 ったほど集中できなかった。発売時間になり、キップを手にし、階段をたくさん上って4階に行くと、もういい席はかなり埋まっていた。私は後列(4階席は3階席の後ろ、手すりで仕切られていて、2列しかない。さらにその後ろの通路を挟んだ壁際に荷物置きの07022305 ような、床より一段高い部分がある)の真ん中あたり、一番通路寄りに陣取ったが、どうも前の女の子の頭がジャマして舞台がそこだけ欠けそうである。幸い、女の子が左隣の席に荷物を置いていて、そこは空席になっている。そこで、その後ろの席、つまり左に一つ移動した。これは大正解であった。その後、誰もそこに座ることはなく、バッチリ見えたのである。

「道行」が始まったとたん、印象が薄かった理由の一つがわかった。私は清元が苦手なのである。失礼ながら、高い声を張り上げた合唱が調子っぱずれに聞こえてしまう。そっちのほうが気になって、舞台がおろそかになっちゃう。で、今日は清元はできるだけ気にしないようにした。それと、もう一つの原因は、とっても恥ずかしいんだけど、前回は梅之さんウォッチングのほうに注意がいってしまったみたい。だから今回は、それもやめた。

そうやって舞台に集中していると、はるか遠くから見ているにもかかわらず、時蔵さんのお軽に情愛が溢れているのが伝わってきた。踊りの振り、仕草、「よいわいな」という台詞の愛らしいこと。勘平を本当に好きなんだ、ってわかる。梅玉さんの勘平の心の動きもよくわかった。はじめはお軽主導の道行なんだけど、切腹を止められ、鷺坂伴内なんていうヘンなのが出てきてからはお軽を守ってともかく落ち延びようとする。その先に待っている運命を考えると、この「道行」が哀れにも美しく(舞台は明るく華やかなんだけれど実際は夜中なのだ、ということ、忘れていた)、ああ、二度見して本当によかった、と思うのであった。

翫雀さんの鷺坂伴内の鳥づくし、前回はなぜかほとんど記憶になかった(寝てなかったと思うよ)。これも悔しい思いで、二度見したかった理由の一つ。今回はちゃんと意識して聞きました。伴内は最後の定式幕を引くときに、2度本物の幕引きさんに<意地悪>され、どんどん引かれる幕を追いかけて3度目にやっと幕に縋りつくことができ、客席大笑い。このあと幕外でお軽勘平の花道引っ込みがあるのに、それを待たずに席を立つ人が3階席後方も含め目立った。定式花道が見えない角度の席の人たちだったかもしれない。

そういえば前半のちょうど台詞が入っているときに、座席で話し声がしたので見ると、1人の外人さんがカメラを取り上げられていた。上演中に撮影しちゃったんだろうな。

そうそう、もう一つ、私の真後ろで(最後には横の通路に来た)、やたら声を掛ける人がいて、これがビンビン頭に響いて参った。のべつまくなし、「たかさごや~っ」「たかさごや~っ」「よろずや~っ」「なりこまや~っ」「よろずや~っ」。ちょっと掛けすぎでね~のかい、とあきれた。

Photo_63 幕見は以前に一度だけ来たことがある。あの時は舞台上の人物が豆粒のようだったけれど、今回は思ったよりずっとよく見えた。時間さえ許せば、時々幕見もいいものだなあ。

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仁左玉吉、ねいねいねい

2月23日 二月大歌舞伎(歌舞伎座 夜の部)
ねいねいねい。も~っ、仁左玉、最高っ。おかる勘平で見たいなと思っていたけれど、おかる平右衛門で十分堪能、満足した。

玉三郎さんのきれいなこと!! 七段目、二階から降りてきた玉さんを目の前で見たとき、あまりの美しさに思わず声が出そうになった。その後はもう穴があくほど見つめてしまった。おかるって軽率でおバカな女だけど(勘平を苦境に陥れたのもそうだし、七段目でも他人の手紙を盗み読みするし)、その勘平を思う気持ちのいじらしさ、愛らしさに打たれ、泣けた泣けた。本当は熱いものをもっているのに、気位高く、一見ツンとして、私が男だったらちと苦手かも、という女性像である(と私は思っている)玉三郎さんが、こんなに素直で感情豊かなおかるを生き生きと演じている。すました玉さんもステキだけれど、私は今日のおかるの玉さんに何倍も魅力を感じた。と同時に、はじめておかるに共感を覚えることができた。

寺岡平右衛門の仁左様。なんであんなに巧いんだろう、なんであんなにカッコいいんだろう。華がある。出てきただけで舞台に大きさ・深みが出る。可愛さがある。酔って寝入ってしまった大星に布団や枕を用意する最初も、四十七士に加えてもらって喜びを全身で表す最後も、か~わいいのだ。多くは語るまい。この一言で十分だ。<仁左様こそ、私の中では当代随一の役者さんだぁ>。ねいねい(中間や足軽が使うこの言葉、仁左様の口から出ると自然で可愛く、すっかり気に入ってしまった。頭の中で、ねいねいがリフレインしている)。

この2人に吉右衛門さんの大星だもの、面白くないわけがない。配役は言うことなし。ストーリーの面白さとともに、役者さんの演技に引き込まれ、七段目は食後にもかかわらず、まったく眠くならなかった。

お楽しみ、<見立て>は日替わりだそうだが、今日はまず段之さん。竹の笛と信玄袋で、巧みにNHK「風林火山」を宣伝する。お、さすが段之さん(段四郎門下で、1月の亀ちゃんの新年会で挨拶したのが記憶に残っている)。と思ったら、次の方(お名前がわからない)も引き続き「風林火山」系。杯を片方の目に当て、「山本勘助~」。みんなで亀ちゃんの後押しをしてくれているようで嬉しい。

亀鶴さんのコミカルな鷺坂伴内も嬉しい材料の一つ。亀鶴さんは本当にいい役者さんになってきた。

今日は、七段目があんまりよかったから、感想はこの辺でとどめておこうと思ったが、ほんの少しだけ他の段も。

十一段目は、めでたしめでたしとなるわけだが、その前の立ち回り(歌昇 vs 松江)がスピードもあり、楽しめた。力弥の児太郎クンはまだ声変わり前で、セリフにはあれれ?と思ったが、裏門隊を指揮する姿に貫禄というか、大きさを感じた。中堅どころの役者さんがたくさん出てきて、渡り台詞もあり、私はあっちを見てはこっちを見、と忙しかった。

順序が逆になるが、五段目は何度見ても面白い。火縄に火をつけたあと、菊五郎さんが肩に羽織っている蓑に燃え移るんじゃないか、とハラハラした。今回の目玉は梅玉さんの斧定九郎。こちらに先入観(梅玉さんはいい人ってね)があるせいか、あまりワルには見えなかったなあ(血糊、梅之さんが作ったことを心して見ていた)。私にとって最高の定九郎はなんといっても海老ちゃんだ。あのゾクゾクするようなワルの色気ぶりは、今でも目に浮かぶ。ところで、勘平が死んだ定九郎の足に縄をかけ、さらにむき出しの脛を探るとき、定九郎はくすぐったくないのかなあ。直接脛には触れていなくても、気配を感じて私ならピクピク脚が動いてしまいそう。つまらぬことだけれど、それが毎回気になるのよね。

六段目は正直、たびたび意識が飛んでしまった。五・六段目は又かよ、っていう気もしていたし、今回七段目にかける意気込みが強かったせいもある。ここで寝ておかないと…なんてね(って、わざとじゃないけれど)。ただ、時様のお才はちゃんと見ようと思っていたのに、東蔵さんとの絡みと後姿くらいしか覚えていない(後ろ向きの立ち姿、綺麗でした~)。結局のところ、お才の台詞は毎回聞き逃しているような気がする。菊五郎さんは、昼の部に続いて2度目の切腹で大変だろうなあ。勘平の切腹は千崎も不破もいるのに、誰も介錯してくれないので可哀想、といつも思う。
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←歌舞伎座向かいのビル。下のほうのガラス窓にご注目。

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2007年2月22日 (木)

おまけ:びびった手ぬぐい撒き

220日 中席千穐楽(国立演芸場)
千穐楽だからって手ぬぐい撒きがあった。私も手を伸ばして待っていたら、おっ、見事にキャッチ
!! その瞬間、べべんべんべん、後ろから出た手が私の掌から手ぬぐいを強引に奪い取り!!! べべんべん、ああ、私の手ぬぐいゲットは幻に終わったのでした。いやあ、驚いたわ、あの強引さには。多分、数人で来ていたオバチャンの中の1人だと思うんだけど、おっかなくて後ろを振り向いて確認することもできなかった。オバチャン、「ああ、取れてよかった」なんてほざきやがって、チッキショー(失礼)。お客は男女半々くらいで高齢者が多く、ちらほら若い女性がいるかな、という感じで、まあ私は若くはないけど、高齢者でもないから、手ぬぐい1枚のことでもめても仕方ない、人生の先輩にお譲りしますわ。手ぬぐいの中身は何種類かあって、1つは去年の忠臣蔵3カ月完走の人に配られたのと同じらしい。その手ぬぐいなら持っているし。それに、私は手を伸ばしていたのだし、後ろの人が取れるということは、本来ならそっちの人のものかもしれないし……とはいえ、せっかく手に入ったものが取られた気分の悪さは残る。
ロビーに噺家さんたちが扮装のまま出て、客の見送りをしていたから写真を撮らせてもらった。残念ながらツーショット写真ではない。記憶は定かでないのだけど、このとき、力弥(役名です。大星力弥)さんにカメラを向けながら「彦丸さん、写真いいですか?」と声をかけたような気がする。力弥さんはあれ?というような表情で一瞬きょろきょろし、それから「あ、僕?」と自分を指差して、写真に納まってくれた。力弥は彦丸さんじゃなくて馬吉さんだったんだ、とは帰宅してから思ったこと。馬吉さんに「彦丸さん」なんて声をかけてしまった私が恥ずかし~い。
Photo_62 そんなこんなで、なんだか気分がハイになったせいか、カレンダーまで買ってしまった。さっき舞台で「カレンダーがまだ売れ残っております。11000円ですが、もう2月も半ば過ぎだから(やや間)、1000円でお願いしま~す」って宣伝していたもの。全員のサイン入りだというし、つい買ったはいいが、考えてみれば歌舞伎のカレンダーも買ってないのに、私もお調子者だなあ。
1階で演芸資料展をやっていたので、さっと見てきた。部屋も小さいし、点数もごくわずかだけれど、演芸家の衣裳や、書簡、萬成座の大入額などが展示されている。林家三平と円楽の真打披露の口上書もあるよ。
はい、これで220日国立演芸場ルポは終わりです。長かったぁ。

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マジ、見事な七段目--鹿芝居

220日 中席千穐楽(国立演芸場)
Pict0054 休憩後、いよいよお目当ての鹿芝居。だしものは仮名手本の七段目。おつ、義太夫は若い女性です。

大星由良之助:金原亭馬生(「主役しかやらない座長」と仲間から冷やかされていた)

大星力弥:金原亭馬吉(これが、若くてかわゆ~いのよ。私、演芸場の掲示を見て彦丸さんだとばかり思っていたんだけど、もらったチラシを見たら馬吉さんと書いてあった。白塗りになると、素顔がわからない~)

斧 九太夫:古今亭菊春(本気なんだかふざけているのかわからない演技で、義太夫のおねえさん方もこらえきれず吹き出していた)

鷺坂伴内:古今亭世之介(前の日に見た鷺坂伴内の面白メーク通りだった。当たり前か)

幇間:金原亭馬治、林家彦丸

寺岡平右衛門:蝶花楼馬楽(ぜ~んぜんいい男じゃないし、カッコもよくないんだけど、巧い!)

おかる:林家正雀(声も仕草も、まさに女形。巧い、しかも泣き方が巧い!! さすがにさっきの落語で四段目を演じただけのことはある。っていうか、これだけの力があるから、四段目の噺が見事だったのか)
幕があくと、ちゃんと一力茶屋の部屋が作られていて、走りこみのところにある幕(部屋の奥、役者さんが登場したり引っ込んだりするところ)が一気に振り落とされると、茶屋の向こう側の景色が描かれていたりもする、かなり本格的な舞台装置。上手には一段高い座に義太夫さんがいる。附け打ちさんもちゃんといて、ほぉっ、っと感心した。

場面は、力弥が花道ならぬ通路から現れ、酔って寝ている由良之助に顔世の密書を届けるところから始まる。力弥が去ると、斧九太夫が登場。もうここからはハチャメチャ。馬生さんなどすでにアドリブを飛ばしまくっていたが、さらに菊春さんのキャラが十二分に生かされ、もう恥ずかしいくらい声を上げて笑ってしまった。

幇間の見立ては、元禄忠臣蔵の手ぬぐい(去年、3カ月完走の客に配られたのと同じものらしい)で。鳩が出てくる手品では、一瞬ホンモノの鳩かとだまされた。

由良之助がひっこんだあと、鷺坂伴内が現れて、「武士の命である大小を忘れて行くとは、由良之助に敵討ちの意思はないな」というようなことを言うんだけど、その伴内自身も刀を忘れ、笑わせる。その後、九太夫が縁の下に隠れるまでが大騒動。予算の関係で縁の下が作れなかったといって、舞台下客席の隅っこに菊春さん用特別スペースが設えられ、豆電球のイルミネーションまでつけられている。菊春さん、稽古のときに隠れていて居眠りしたことがあるらしい。

鹿芝居っていうのは、こうやってずっとドタバタ、はちゃめちゃな喜劇で進行するのかな、と思っていたら、寺岡平右衛門とおかるの絡みになって様相がガラリと変わった。緊迫度も高く、真面目な芝居に、もう笑いは起こらず、私はただただ馬楽さんと正雀さんの巧さに目を丸くして、引き込まれていた。でも、噺家さんの芝居なんだからどこかに笑いが入ってほしかったなあ、という気持ちもある。

最後、再び由良之助と九太夫が登場して、またちょっと笑いを誘いながら真面目に幕。始まったときは気付かなかったけれど、最後は定式幕が引かれた。

そのあと、<大歌手>馬楽さんの「隅田川」に合わせて、馬生さんと正雀さんが踊り、総踊り「並木駒形」があって終わり。総踊りは力弥の馬吉さん(or彦丸さん?)が前列真ん中。若いのにいい位置にいるなあと思っていたら、やっぱり踊りが一番上手だった。馬生さんも「一番若いのが一番うまい」と自嘲を込めて言っていた。

今回私が大いに感銘を受けたのは、正雀さんの芝居のうまさ(定評があるらしい)と馬楽さんの才能だ。とくに、お客からお題をもらって「○○とかけて何と解く」っていうヤツ、見事だったなあ(って、中身メモっておけばよかった。忘れてしまった)。      <おまけ>へ続く

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2007年2月21日 (水)

笑って笑って--落語

220日 中席千穐楽(国立演芸場)
前座が終わると、林家彦丸さんの落語、「饅頭こわい」(だと思う。サゲは「四つ足でも炬燵は食えねえ」っていうやつ)。手元に詳しい出演者情報がないのでよくわからないが、彦丸さんは二ツ目らしい。だが前座とはこ~んなに違うんだ、と驚いた。間もメリハリもあって、ずいぶん笑わせてもらった。
次が金原亭世之介さんの落語と形態模写。噺家さんの形態模写というのは「山寺の和尚さん」にのせてやるのだと。で、まずは団十郎の真似。こっれが上手い。声といい、あの一音一音を伸ばして喋るようなセリフ回しといい、そっくり。次は芝翫。志村けんに似ているんだ、とか言って<志村けんに似ている芝翫>の真似をした。よくわからんかった。最後に談志の真似。腰を屈めて客席に半身を向けるような格好で出てくるところなど、かなりデフォルメされていたが、これは似ていた。世之介さんが演じているときに、どっかのオバサンが携帯鳴らして、私は「チッ」と思ってしまった。落語は小泉前首相ネタだった。

林家正雀さんの落語は、仮名手本の四段目。芝居好きの小僧さんがお店の仕事帰りに忠臣蔵を見に行ってしまったことが旦那にばれ、バツとしてお蔵に閉じ込められる。その恐怖と空腹を忘れるため、小僧さんは四段目の1人芝居を始める。幕開きから切腹まで、状況説明とそれぞれの登場人物のセリフをいうのだが、これが実に見事。そこここの人に、「ねねね、わたし、昨日これ見てきたばっかり!」「そうそうそう、この場面、そうなのよ」「ここは、よかったわ~」とか言ってはしゃぎまくりたかった~!! そんなわけにはいかないから、心の中でべちゃくちゃやっていた。 正雀さんは着物に汗が飛ぶほどの大熱演。

金原亭馬生さんと古今亭菊春さんの茶番「五段目」。馬生って、先代はたしか池波志乃のおとうさんだったよなあ。今の馬生さんは初めて見る。背がデカイ。一方の馬生さんは、小柄で、もう顔からしておかしい。いつも笑っている鈴木宗男顔で、顔見ているだけで吹き出してしまう。馬生さんの斧定九郎、菊春さんの与市兵衛。紙の鬘をつけた2人のハチャメチャな五段目に、場内爆笑の連続。

最後は蝶花楼馬楽さんの落語と踊り。馬楽さんって、すっごくうまいし面白いのだけど、私の脳に突然睡眠物質が大量に分泌され、必死でこらえて頭のどこかでは聞いていたのに、今落語の記憶はない。踊りは「猪牙行くのは深川通い」とかいうようなのだった。

ここで2頭の獅子舞が入り、じゃれあったり、蜜柑を取り合ったり。世之助さんと菊春さんが入っていたらしい。世之助さんの獅子は一度引っ込んでひょっとこになり、再び獅子として登場。お獅子はやがて客席に降り、通路から客の頭を噛み、ご祝儀をもらっていた(このとき獅子に入っていたのは、若い噺家さんだと思われる)。ご祝儀は青いお札がいいのだそうだ。茶色いお札だと味をしめるし、丸いのだと硬くて噛めないからって。つまり一噛み1000円ってこと。私もお財布を出しかけて迷っていたが、何しろ座席が真ん中だから、お獅子の口が届きにくい。それをいいことに、やめちゃった。獅子が客席を回っている間に自然と休憩時間に入る。小さな売店も混み混みだし、トイレにも列ができていた。

つづく(あ~、我ながら、最近どんどん長くなっていく。恐ろしい)

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初見参、国立演芸場

220日 中席千穐楽(国立演芸場)

10日ほど前、国立演芸場中席大喜利に鹿芝居「仮名手本忠臣蔵」が上演されるという新聞記事を見つけた。鹿芝居というのは、噺家(はなしか)の芝居だから。国立で行われるのは今年で5回目だという。三津五郎さんの指導というのに惹かれて(当日、ご本人に会えるんじゃないかなんていうスケベ心がなかったと言ったらウソになる)、早速国立劇場チケットセンターに電話してみた。もう日もないし、毎年大人気だというから、どうかなと思ったけれど、1枚なら何とかなるだろうという期待に違わず、確保できた。

最近乗り物に乗ると寝てばっかりいたので、半蔵門までの地下鉄で久しぶりに本でも読むか、と出がけに先日買った数冊の文庫から宮部みゆきの「あかんべえ(上)」をひっつかみ(諸事情で出かけるのがギリギリになった)、さて地下鉄に乗って取り出したら、なんだいなんだい下巻じゃないか。挫けた私は、結局いつものごとく惰眠を貪ったのでありました。

Photo_58 国立でチケットを受け取り、演芸場へ。人気(ひとけ)のない国立劇場に沿って一番向こうまで行き、そこで右折して地下道を通り、出たところ右手が演芸場であった。入り口の写真を撮ろうと思ったら、オジサンが1人入り口の外でタバコを吸っており、吸い終Photo_59 わるのを待つ時間もないから、仕方なく諦めた。中に入ると、開演10分前のブザー。あと10分あるから内部の写真でも撮ろうかとしたら、いきなり下座音楽が聞こえてきた。え、と慌てて座席につく。ひゃあ、めっちゃくちゃいい席だあ! 縦14列横22席ある中の6列、ど真ん中。ラッキーだったなあ。

で、開演10分前なのに始まっちゃったのは、前座さんの落語だった。そういえば、HPだか「あぜくら」だかに15分前に前座があるって出ていたっけ。

Photo_60 前座さんは柳亭市朗さん。若いっ。かわいそうに一生懸命やっているのに、客席はざわざわしっぱなし。弁当をしまうガサボソ音や、左右前後の人たちとのお喋り、これから席につこうという人もいる。前座ってそういうものなのだろうか。あら、今若いスタッフさんに手を引かれて危ない足取りで席についたオバサマ、さっきチケットセンターへ行く前にすれ違った人だわ。杖をついてポリ袋みたいなのを持っていたから、お散歩でもしているのかと思ったら、私と逆コースで演芸場にたどり着いたのだ。足が悪いせいか、ずいぶん時間がかかったのね、お気の毒に。でも、よほど演芸がお好きなんだろうなあ、なんて、私も市朗さんに失礼ながら、集中できず、他のことを考えたりしていた。だって、はっきり言って、早口で、間というものがないうえ、声の大きさに波があって、聞き取りづらいんだもの。結局何の噺だか、よくわからないでしまった。

Photo_61 でも、何の職業でも誰にでも駆け出しの時はある。噺家さんも前座で客の反応を実感しながら、場数を踏み、成長していくのだろう。今日聞いた市朗さんがいつの日か二ツ目になり、やがて真打にまでなる日がくるんだと思うと、ちょっと楽しい気持ちになる。         (つづく)

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2007年2月20日 (火)

幕間の楽しみ

地口行灯があちこちのブログで話題になっていたので、見てきた。はじめどこに吊るされているのかわからず、ちょっと探してしまった。結果、1階の東からイヤホンガイド手前まで廊下に吊るされていたものを見つけたのだが、他にもあったのかしら(私は何しろボンヤリだから、大事なものを見落とすことが多い)。

Photo_55 まあ、とにかく自分が見つけたものだけで言えば、すぐにわかったのは「穴よりだんご」だけ。く~っ、情けない。あとのものは、何となく記憶にあるんだけどすぐには出てこない(思い出そうとして脳を使うのが良いのです、なんて負け惜しみを言ったりして)。

写真を撮ってきて、自宅で脳をフル回転させ、いくつかは「あっこれか」と思うものが出てきたけれど、脳、相当硬くなっている。その後、色々調べて大半が判明。写真でいくつかご紹介するが、元が何かは考えてみてください。

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多くのお客さんは行灯の前を素通りしていたけれど、幕間に楽しめばいいのになあ、とちょっともったいない気がした。と言いながら、毎年飾られているらしいこの行灯を私も全然気付かなかったのだから、ご同様か。

今日は、お稲荷さんにも寄ってきた。これまで歌舞伎座の裏や、中の扉のガラスからチラッと見るだけだったが、今日は人が数人いたので、私も外へ出てみたのだ。だけど、Photo_56 その数人は私と入れ違いに中に入ってしまい、わたしだけがお稲荷さんに取り残された。こうなると、私が外にいるのを知らずに誰かがドアのカギを締めてしまうのではないかしら、と不安になって、おちおち写真も撮っていられず、すぐに中に戻った。ちょっと残念。

今月もう一度行くから、地口行灯の再確認と、できたらお稲荷さんの再トライもしよう。

そうだ、今日の初体験をもう一つ。茹で上げあずきというのを初めて頂いたのだ。朝から飲まず食わずで、さすがに空腹を覚えたから、抹茶のアイスをのせてもらって食べてみた。甘すぎず、おいしかった。私はおなかがすぐ冷えるから最中アイスなんか美味しそうだなあと思っても、怖くて食べられない。でも茹で上げあずきのアイスは小さいからOKだ。

★今までに書き忘れたこと2つ。1つは「仮名手本忠臣蔵」昼の部について。舞台上のあちこちに名優さんがいて、もう目をきょろきょろきょろきょろ、あっちへ動かしこっちへ動かし、あっちを見ている間にこっちで演技があり、またその反対もあり、どこを見たらいいのかわからない。まあ、大変でした。

もう1つは、1週前に遡り(もう1週間たつんだぁ)、博多座のこと。座席でお弁当を食べていたら、博多座の人が大きなゴミ袋をもって客席の間をまわり、空の弁当箱やゴミを収集していた。これはサービスなのか、それとも心無い客対策なのか。いずれにしても私はゴミ箱を探す手間が省けて有難かったが。

なお写真は、太宰府で壊した1代前のカメラを使って写した。メモリカードは今のカメラと共通だし、使い方はだいぶ忘れていたが、いざ撮ってみると、今のカメラよりきれいに撮れる気がする。

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拍手も遠慮の厳粛さ--塩冶判官の死

219日 仮名手本忠臣蔵(歌舞伎座 昼の部)

Photo_54 ★四段目

三段目と四段目は休憩時間なしで2時間20分、しかも四段目が始まると途中お出入り禁止(通さん場)とさんざん聞いていたので、用心してお昼は抜いた。それでも三段目が終わると即行トイレへ。これで安心して切腹の場が見られる。

四段目だったか、三段目だったか忘れてしまったのだけど、幕が開くと、大道具さんが舞台に丸めたゴザをさ~っと広げた。その丸まった部分がころころころっとすごいスピードで上手から下手に広がっていき、そのあまりの見事さに客席から期せずしてやんやの拍手が湧いた。

さて、四段目では切腹の作法が詳細に演じられる。いくら武士の心得とはいえ、自分のお腹に刃を突き立てるなんて、私は切腹っていつ見ても痛そうで怖い。切腹場の畳は裏返しに敷かれる。おや?と思っていたら、イヤホンでそう説明された。切腹したら前に倒れなくてはいけない。後ろに倒れないために、判官は力弥がもってきた三方を背中に回し、支えにする(実際には三方程度じゃムリだと思うけど)。

ここでよかったのは梅枝クンの力弥。塩冶判官に三方に載せた九寸五分の腹切刀(意外と短いんだ)を渡す。判官の前に平伏するから客席に背を向けているのだが、私はこの場面で泣いた。梅枝クンの力弥が背中(というより、こちらから見えるのはほとんどお尻あたり)に万感の思いを込めているのだ。それを見たら、涙が溢れてきた。その他の場面でもセリフこそほとんどないが、その上品な若さと丁寧な演技で、とてもよい力弥に仕上がっていた。

菊五郎さんの判官は、大星の到着を待って待って、ついに間に合わず、腹に刃を…。そこへやっと大星が駆けつける(遅かりし由良助だぁ。でも、判官が思いを伝えることができてよかった)。切腹を見届けた後、幕府の上使が扇に載せた下知状を遺骸の腰のあたりに置くのが興味深かった。大星は12月に大石を演じたばかりの幸四郎さん。出てきた当初は存在感もあり、よかったとは思うけれど、やっぱりあのセリフ回しは苦手。幸四郎さんの根の暗さを感じてしまい、辛気臭くなる。

大序、三段目は緊迫した場面もあれば、滑稽な場面もあり、笑いを誘われもしたが、四段目の切腹の場に関しては、とにかく舞台が厳粛だから自然と客席にも粛然とした空気が漂い、見せ場や引っ込みなどで拍手をするもの憚られるくらい。見ているほうもずっと息を詰めて、大変緊張した。

明渡しの場になると、少しほっとする。斧九太夫の芦燕さんがいい味を出していた。相変わらずセリフには怪しいところがあったが(正直、芦燕さんが出てくるとハラハラする)、裏表のある役どころが可笑し味を醸し出していた。悪役というよりは、日和見主義者なのかもしれない。諸士たちとして、秀調、高麗蔵、松江、男女蔵、猿弥、宗之助、桂三、門之助さんが出てくるが、贅沢な配役だ。猿弥さんがこの中にいるのが嬉しい。

大石の引っ込みの時の仕掛けには感心した。客席正面を向いていた表門の下手寄りがぐ~っと奥に引っ込む。明け渡した館が実際にも心情的にも遠ざかって行くという、大星の無念さを表す見事な工夫だ(全体が均等に下がるのではない。下手側が下がるというのは、花道にいる大星から見ての距離を示すのである、と思う)。幕外の大星の引っ込みでは、送り三重が演奏される。幕外に立っての三味線といえば栄津三郎さんですよ~。哀歓こもる三味でした。

★道行

舞台は明るく美しいのに、実際の場面としては夜なんだそうだ。恋の逃避行だものね。時蔵さんのお軽、梅玉さんの勘平で、お軽主導の道行だ。歌舞伎の恋する女性は、ここでも積極的だなあ。上品な美男美女の踊りに翫雀さんの愉快な追手・鷺坂伴内が絡む。梅秋さんの返り越し、見事に決まって拍手。ここの興味は定式幕が通常とは逆さに引かれること。開けるときも上手から。それは鷺坂伴内が2人に翻弄されたあげく幕に縋ってそのまま上手に引っ込むという形をとるためで、隣のオバサマたちは幕が開いたとき、さかんに不思議がっていた。教えてあげたかったけど、もう芝居は始まっちゃってるしね。時蔵さんの指がほっそりしてきれいだった。

■梅之さんウォッチング:四段目では黒衣で登場。ブログに、いくら黒衣はいないつもりでも、あの場でいかに目立たないようにするかあれこれ考えている、というようなことを書いておられる。先月の「松竹梅」のときもずいぶん気を遣っていらしたようだったが、今回は気配の消し方に先月のような気負いが感じられず、自然に目立たなくなっていた。バッチリです。道行では、「わ~、梅之さんのお顔がずっと見られる~」と喜んでおりました。

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あれもこれも知らなかった--刃傷までのドラマ

219日 仮名手本忠臣蔵(歌舞伎座 昼の部)

★三段目

大序は、他の演目にはない物珍しさという点でも実に面白かったが、他にも初めて知ったことによる面白さがあった。

まず、この時点ではまだ高師直が塩冶判官に意地悪ではないということ。師直は塩冶判官の奥さん・顔世御前(顔がよいから顔世なんだって)に横恋慕しているから、ダンナである判官の機嫌を損ねたくないらしい(ふ~ん、好きな人のダンナなら意地悪したくなるっていうのが普通かと思っていた)。

第二。師直の意地悪相手は桃井若狭之助だってこと。で、若くて激しやすい桃井はその意地悪がアッタマにきて、何度も刀を抜きかける。そのたびにタイミング悪くというか、結果としてタイミングよくというか、斬りつけることができない。

第三。桃井の家老・加古川本蔵が欲深師直にすんごい賄賂を贈っちゃったものだから、師直はコロっと態度を変えてしまう(賄賂の場面では師直は駕籠の中にいて、出てこない)。松の廊下で、桃井がカッカッきて刀を抜こうとすると、師直は大小まで投げ出して、はるかに格下の桃井に土下座して、今までの意地悪をひたすら謝っちゃうのだ。それじゃあ桃井も斬れはしない。一歩間違えれば刃傷沙汰を起こしたのは桃井だったのに、ここでも桃井は運よく刀を抜かないで済む。

第四。塩冶判官はそのとばっちりを受けたっていうこと。師直の意地悪の矛先がこっちへきたばかりか、顔世が師直に出した「ゴメンナサイ」、すなわち交際お断りの手紙(師直は顔世にラブレターを渡したりして言い寄っていた。ラブレターは目の前でポイと捨てられちゃうんだけど。このラブレターがやたらデカい結び文で笑える)を受け取っちゃったものだから、余計判官憎しになってしまう。で、師直は判官を「鮒」呼ばわりしたりして、さんざん虚仮にする。判官は腹に据えかねて師直に斬りつける。

ああ、塩冶判官みたいにタイミングの悪い人っているのよねえ(実感を込めて、そう申し上げる)。だいたい顔世の「ゴメンナサイ」レターが、あんなタイミングで届いたのも不運。

第五。その不運の原因を作ったのは、あのお軽であった。つまり、顔世はお軽にその手紙をいつでもいいから渡しておいて、と頼んだのだが、判官付家来の勘平と恋仲だったお軽は勘平に早く会いたくて、即、使いに出てしまったのだ(觀翁氏曰く、普通便でいいところを速達便にした)。これが後に、お軽が身売りした理由だと知れば納得がいく。しかし哀れなことではある。

塩冶判官というのは、温厚な「いい人」だったらしい。浅野内匠頭は短慮だったとかで性格が伝わってくるのだけど、私はこの塩冶判官の人間像というものが、菊五郎さんという名優の演技を通してもイマイチ摑みきれなかった。存在感が薄いような気さえしたのだ。

その点、桃井や師直はわかりやすい。ただ、桃井の吉右衛門さんは、演技はさすがなんだけど、激しやすい小身の若者というにはムリがある。立派すぎちゃって、師直の富十郎さんと対峙すると、どうしたって一昨年の「勧進帳」の名舞台を思い出してしまう。

富十郎さんはここでもうまい。大序で、桃井にさんざんキツイこと言った直後に顔世が現れたときの緩んだ表情、顔世に言い寄るときのしつっこさ、賄賂を受け取って桃井に土下座するしたたかさ。どれも一歩間違えれば下品なジジイになってしまうのだが、富十郎さんはあくまで品よく、格式をもって、そういうものを表現していた。だけど、その上に明るい感じがして、ために、あまり憎らしさは感じられなかった。とくに、大序の顔世に対する表情にはイヤらしい横恋慕というよりは愛情を私は感じてしまった。

顔世の魁春さん、師直に言い寄られて困っているときの顔がなんとも愛らしく、私、去年あたりからどんどん魁春さんを好きになっているかも、とあらためて認識した。

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本格的に芝居が始まる前も目が離せない--大序

219日 仮名手本忠臣蔵(歌舞伎座 昼の部)

★大序

Photo_53 今月、初歌舞伎座で~す。家族の事情で、ドタキャンしなきゃならないかと心配したけれど、無事に全部見られて、ああよかった。

「仮名手本忠臣蔵」は五段目・六段目は何度か見たが、そのほかは初見。初見のものであれば面白いと思うのが私の常だが、「仮名手本」がこんなに面白いとは思わなかった。梅之さんのブログから得た予備知識があったからその分も付加価値として楽しめた。「ああ、これがあれね」「うんうん、なるほど」と1人密かに頷いたりしてね(予備知識が飛んじゃって、見逃した、聞き逃した、ってところもままありますが)。

それからイヤホンガイド、小山觀翁節が快調。とても楽しい。

まず大序。口上を述べる人形が愛嬌があって、微笑ましい。口上は、登場人物とそれを演じる役者の名前を観客に知らせるのだが、裏で実際に配役紹介をする澤村紀世助さん、市川瀧二朗さんの声に合わせ、人形の口が動く。人形を使っていた役者さん(お名前失念、ごめんなさい)も人形の後ろで、一緒に口を動かしているのが面白かった。

重要なお役だと、役名の後に紹介される役者さんの名前は2度読み上げられる。すると観客が拍手する。やがて、名前の読み上げが1度ずつになると、次の配役との間隔が縮んでくる。そうすると、拍手のタイミングがむずかしい。だもんで、拍手がだんだん尻すぼみになって…と思ったら、再び2度読み上げになって、又拍手が大きくなる。という観客の反応も面白い。時々「えへんえへん」と言って、人形が客の注意を引くのが、らしくて興味深かった。

人形の首が1回転して、おおっと客席がどよめく。

そして定式幕がゆっくりゆっくり引かれていく。このときに打たれる柝の数が80くらいなんだそうだが、私は、そんなに多かったかなあという印象だった。この定式幕は、幕引きさんが幕に背を向けて、重ねられた部分を支えながら引いていた。あんなにゆっくり引くのには技術がいりそうだ。幕が開くと、「東西東西」の声が七五三で入る。これは、舞台の裏、下手で7回、中央で5回、上手で3回言っているのだそうだ。

幕が開くと、登場人物がみな首をうなだれ、目を閉じてじっとしている。文楽人形になぞらえているのだ。浄瑠璃が名前を語ると、その人が人間になるという趣向。足利直義の信二郎さんが最初に人間になるのだが、その瞬間を見逃してしまった。これに懲りて、富十郎、菊五郎、吉右衛門さんのときはしっかり見た。すーっと目が開き、顔を上げ、全然不自然さがない。とくに富十郎さんがよかったな。セピア色の写真が徐々にカラーに変わって人が動き出す、っていう映画の技巧を思い出した。

梅之さんウォッチング:並び大名の中で、群を抜いた品の良さ。

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2007年2月19日 (月)

記憶

Photo_52 1カ月ぶりくらいで丸の内線に乗ったら、後楽園駅が←になっていた。つまりホームにフェンスが付いていた、ってことなのだけど、これって前もあったっけ? あったのかなかったのか、全然記憶にない。まだホームドアがついてないから、きっと最近工事したのだろう。でもいつ?

大丈夫か?私の脳。

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2007年2月18日 (日)

ロクな写真はないのだけれど、太宰府と博多

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太宰府天満宮の太鼓橋
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境内でよく見かける御神牛の一体
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裏には一千年大祭日建と彫られてある。
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梅・・・
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九州国立博物館の建物はこの山の上。エレベーター、動く歩道を通って行く。
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天満宮を経由しないで博物館に行こうとすると、ここを上らなければならない。
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ホテル前の川。ホテルは抜群のロケーションだった。博多座には徒歩3分ほどだし、写真はちょっと汚いけれど、何より目の前に散策路付きの川が流れているのが嬉しい。室内は清潔で、料金の割に広く、欲しいところに鏡があった。
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福岡アジア美術館かと思っているのだけど、違うかも。
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博多座に展示されている「暫」の人形。
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写真がマズかったのは、こんなの(↑)で撮っていたから。なんて言い訳したいけど、緊急時にけっこう役に立ってくれた↑に悪いか。

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都会的な獅子--「春興鏡獅子」

215日 二月花形歌舞伎(博多座 昼の部)

この演目は、ついこの間歌舞伎座で勘三郎さんが演じた「春興鏡獅子」。イヤでも比較してしまう。

勘三郎さんのまろやか、ふっくらした踊りに対し、菊ちゃんには生硬さが目立つけれど(別にこなれていない、という意味ではない。菊ちゃんのもつ雰囲気なのだと思う)、それはそれで上品・清潔な味があって、好感がもてる。後見座につくとき、勘三郎さんはチョンと背をそらして何ともいえない愛嬌があったが、菊ちゃんはふつうだった。これも、菊ちゃんがどうこういうより、勘三郎さんの味なのだろう。

弥生の踊りというのは、私にしてみれば眠くなりそうな気がするのだが、勘三郎さんの時は引き込まれたし、この菊ちゃんのも全然眠くならなかった。踊り自体に変化があるからなのかもしれない。

でも、胡蝶の踊りでは、気がついたら眠っていた(気がついたら目が覚めて、眠っていたことを知った、というのが正しい)。「おちくぼ」の意地悪姉妹・京蔵、京紫さんの京屋コンビが、ここでは胡蝶として可愛らしく踊っているのだが、う~ん、私はやっぱり子役の踊りのほうがいい。そう思っていたら、ついつい眠ってしまったのだ。

弥生の変身後は、都会的な雰囲気をもったなかなかスマートな獅子だったと思う(獅子に都会的というのも変なものだが)。菊ちゃんはこういうものになると、どうしても線が細い感じが否めないのだが、これからもどんどんチャレンジしてほしい。
いちおう、これで全演目について感想を述べたわけだが、思い切って博多座へ行って本当によかった。海老蔵さんのド迫力、菊之助さんの美しさ、松緑さんの多彩な味、この3人の個性に、これも個性的な脇の役者さんが絡み、さらには見事なチームワークで激しく難しい立ち回りを完成させている役者さんたち。こういう人たちが作り上げる芝居を、遠くまで行って見ることができたというのは、なんて贅沢なんだろう、と心からありがたく思うのであります。

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2007年2月17日 (土)

博多座はえらい~博多でふとる

1_9 博多の街も初めてなら、博多座ももちろんはじめて。東京から行くにはアクセスがとても便利だ。便利だという情報は得ていたが、それを実感した。空港からは地下鉄で約10分。しかも7番出口を出れば、その上が博多座。もったいないけど日帰り観劇だってできそうだ。客席は3階、4階にある。4階が二階席、三階席に当たるのだが、二階席の椅子がとても2_10 座り心地よい(三階席は見なかったのでわからない)。背もたれが頭のところまであるのだ。いつも頭が重くて、長時間支えきれず首や肩が凝り固まってしまう私には、大変ありがたい座席だった(一階席はそこまで背もたれはないが、それでも比較的高いほうではないだろうか)。

座席だけではない。博多座は他でもかなりポイントが高い。

まず女性用トイレの数が多い。15分の休憩時間にはさすがに行列ができていたが、歌舞伎座と違って食後に焦ってトイレに駆け込む必要がない。トイレの近い私でも安心していられる。

そしてイヤホンガイドが無料だ! 1000円しか払わないのにイヤホンを貸してくれた。保証金1000円と書いてあったから、歌舞伎座などと同じく1000円プラスいくらかだと思っていた。1000円ってことは、保証金が500円で使用料が500円、だからあとで500円返してくれるのかな。ところが、返却時、1000円がまるまる返ってきた。あれ、私なんかズルしちゃったのかな、と不安になる。そして翌日よく見たら、使用料は無料と書いてあった(ほっ)。借りるのも返すのも人が少ない場所が狙い目。それは、借りるなら入り口からできるだけ遠いところ(上にあがったところにもある)、返すなら出口を出たところ(最後のドアを出たところでも返却できる)。

コインロッカーも無料だよ~ん。最初に100円は必要だけど、荷物を出すときに戻ってくる。数も多いし、助かります。

だけど、プログラムは高い。2000円なり…。

お土産品がたくさんある。あまりありすぎて、昼も夜も休憩のたびにウロウロ見て歩きながら、結局選べなかった。ホタテの浜煮だけを買った。試食したら柔らくておいしかったから。一階席出入り口の近くで八女茶を売っていて、その香りがあたりに漂い、思わずふ~っと息を吸い込む。売店が最後までやっていたのも嬉しい。歌舞伎座の売店は早々と閉まってしまうから、博多でもそういう意識でいたら、終演後もやっていた。別にそれで何を買うわけでもないのだが、賑やかな空気というものが嬉しいのだ。

そういえば、大宰府のお土産屋で、「はなまるで紹介されました」「思いっきりテレビで紹介されました」という貼紙を見かけたが、色々事件はあっても、テレビの<ご威光>はまだ生きているのだなあ…。それからもう一つお土産品について。あちこちで「ひよこ」を見た。えっ、ひよこって東京のお菓子じゃないの? この答えがこちらへ帰ってきてからわかった。1月に録画した「世界で一番受けたい授業」、モノ作りについての講義でひよこのお菓子の作り方を見た。そのときに、元々は九州のお土産品で、昭和39年に工場が東京に移転したのだそうだ。つまりひよこサンは九州生まれだったのね。

閑話休題。食事が比較的安い。歌舞伎座の食堂は高いし、選択肢があまりないけれど、ここは色々な種類がある。それにお弁当も、おかず・ご飯がちょっとずつたくさんある豪勢な幕の内系が1000円。

だけど、食事の味付けが濃いのか、暖房が効きすぎているのか(館内はそうとう暑い。私はコートどころか上着も脱いだ)、私にしては珍しく喉が渇き、2日目は休憩時間にオレンジジュースを一気飲みしてしまった。そう、なんだか喉が渇くのだ。それで、1日目、終演時間も早かったことだし、あまりの渇きにビールが飲みたくてたまらなくなった。羽田で買って機内でチェックしようと思いながらずっと眠りこけていたために開いてもいなかった文庫サイズの福岡ガイドブック、これを手にして女1人でも入れそうな店に目をつけ、川べりを散策しながら探して歩いたが見つからなかったので、別の居酒屋に入った。もっとも、歩いているうちに身体が少し冷やされて、ビールはどうでもよくなってきたのだが、せっかく思い立ったのだから、と初志貫徹。

さっき豪勢な幕の内を頂いたのでおなかは全然すいていなかったが、ツマミがないと飲めないし、3品ほど頼んだら、これが量が多くてビックリだ。東京なら2人分でしょう。ナマは2杯飲んじゃったし(疲れもあり、この程度でよってしまい、せっかくノートを持っていったのに、その日のうちに観劇記をアップすることができなかった)、もうおなか一杯で、悪いけれど半分残してしまった。

一晩に2食分も食べた胃は翌朝も膨れたままだったけれど、朝食付きでホテルを取っちゃったから、ムダにはできないと、ちゃんと朝ごはんまで食べてしまった。うう~苦しい。

それなのに、博多座で、昨日はお弁当だったから今日は食堂に入ってみたいわ~、と昼食を予約した。一番軽いものにはしたのだけど、食事休憩がなんと1155分。よく見ないで予約した私が悪い、とはいえ、そりゃ、キツイ。まだ昨日の夕食もこなれきれていないのに。でも、せっかく注文したのだからって、今度は全部頂いてしまった。ああ、ふとるぅ…。

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おいしそうだった松緑さんのお尻--「彦市ばなし」

214日 二月花形歌舞伎(博多座 夜の部)

1 我ながら、顰蹙を買いそうなタイトルですなあ。ハハハ。

夜の部最後は、木下順二の民話から。

いきなり後半の話になるけど、彦市の松緑さんがふんどし姿で上半身は前だけ前垂れか何かで覆われ、上にシースルーの布をかぶって登場したその姿が目に焼き付いちゃって。松緑さんのナマお尻、真っ白で真ん丸くって、お餅みたいでおいしそう。これまで、歌舞伎役者さんのお尻は何回か見せていただいたが、松緑さんが一番きれいかも(他の役者さん、ごめんなさ~い)。九州まで行って何見てきたんだぁ。

さて、お尻談義はこの辺にしておきましょう(でないと、私の人格疑われそう)。

彦市は天狗の子をだまして隠れ蓑を取り上げ、お殿様もだまして宝物の天狗の面を取っちゃうし、カッパを釣り上げるなんていう約束をしちゃうし。ウソつきのお調子者であることこの上ないけれど、憎めない。根の明るい松緑さんの彦市は、余計憎めない。

お人よしの天狗の子の橘太郎さんが可愛らしくて、とってもよかった。六方で威勢よく花道を引っ込もうとしたはいいが、前のめりにばたっと倒れ、客席の笑いを呼ぶところなど、なかなかですわ。お殿様の亀蔵さんも、もういかにも亀蔵さんという感じで、ご自分でも楽しんでおられただろうし、それがこちらにも伝わって面白かった。

で、役者さんは3人ともよかったし(このお芝居、登場人物はたったの3人だけなのだ)、ご当地サービスで博多弁のセリフもあったのに、芝居としての印象はちょっと薄い気がした。中だるみな感じもあり、その辺ではまた睡魔に襲われたりして、お殿様が出てきたところは覚えていない。それ以降はちゃんと見ていたつもりだけど、ビシっとは記憶に入っていないのだ。カッパ釣りに必要な鯨の肉をお殿様が調達してきたり(鯨が日本文化に深く根ざしていることが、こんな民話にも現れているのだなあ、と感心する)、女房に隠れ蓑を燃やされてしまったけれど、その灰にも効果があるからと彦市が全身に塗りたくって出てきたり(ここが、冒頭のお尻の場面だと思う)、最後のドタバタで彦市が川に飛び込んで灰が流されたり、個々の場面はけっこう笑わせてくれたのだけど、私が疲れていたのかもしれない。川の場面にしても、歌舞伎では川を川らしく見せる色々な工夫があり、今回もなかなか面白いと、その時は思った。でも、今それを詳しく説明しようとすると、なぜか思い出せない。

ちなみにカッパは福岡で馴染みが深いようで、天神駅構内にもカッパの噴水だかカッパの広場だか(名前は忘れた)がある、とイヤホンガイドで言っていた。私、太宰府から博多座に向かう途中で見てきたので、1人でうんうん頷いてしまった(ただし、残念ながら写真は失敗した)。

なんとも締まらないご報告でした。

PS1 「蘭平」の返り越し、やっぱり猿琉さんだったということだ。しまった、やっぱりオペラグラス借りておけばよかった。

PS2 「十二夜」のチラシを配っていた。飛びついて見たのだけれど、出演者名は菊五郎さんと菊之助さんしか出ていない。時蔵さんと段四郎さんが出演するという情報は摑んでいる。私の目下の関心事は、麻阿を誰がやるかということ。亀ちゃん、本当に出ないのだろうか。2カ月公演だから無理だろうなあ。亀ちゃんでないなら、私の中では1人候補がいるのだが・・・

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「船弁慶」は食前に

214日 二月花形歌舞伎(博多座 夜の部)

4 お願いします、「船弁慶」を食後にもってくるのはやめてくださ~い。私のような未熟者は、せっかくの舞台を見損なってしまうのです。この演目をずっと寝ないで見ていられる人、本当に尊敬する。揶揄でも何でもない、私だって、ちゃんと見たいのだ。玉三郎、菊之助に続く3回目の船弁慶だが、3回ともまともには見ていない。一番ちゃんと見たのは、昨年11月の菊ちゃんのときだろう。

弁慶は前回の演舞場に続き団蔵さん。さっきのダメ親父と同一人物とは思えないほど、決まってる。松也クンの義経、すこ~しだけ覚えている。でも感想を言えるほどじゃない。舟長・松緑、舟人・亀三郎、亀寿兄弟って、こんな魅力的な配役なのに、海老ちゃんの知盛まではほとんど記憶にない。わずかに、海老ちゃんの静御前を時々目を開けて見たところでは、寂しげな感じは受けたけど、よかったのかどうなのか、やっぱり感想を言えるほどではない。出発前に何とか仕上げて提出した仕事たち、出発日の朝はベッドに入ったら起きられないということでの睡眠不足、大宰府行き、こんなことも重なったうえでの睡魔だろうが、私の周辺でもかなりの人の頭が下がっていた(皆で寝ればこわくない)。

知盛が出てきたところで、やっとすこし意識が戻ってきた。やっぱり海老ちゃんは、こういうのがいいわ。動きも前半の静でためたストレスを発散させるかのように、大きいし。これくらい派手な動きも、海老ちゃんだからこそ。花道引っ込みでは赤いよだれまで出していて、私は知盛の怨念をそのよだれに強く感じてしまった(偶然出たよだれなのかな)。

海老ちゃんは最近女形に意欲的に取り組んでいるけれど、藤娘はともかく、紅葉狩りといい、船弁慶といい、変身モノがお好きなのでしょうか(たった2回でそんなレッテルを貼ってはいけないね)。

写真は、博多座の建物にぶら下がっていた龍。使い捨てカメラの写真をスキャナで取り込んでみた。

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2007年2月16日 (金)

うっそぉ~、思わず叫びそうになった「おちくぼ物語」

214日 二月花形歌舞伎(博多座夜の部)

時間は前後するが、今回の博多行きのお目当て「おちくぼ物語」を。

びっくりした。完全にコメディになっていた。イヤホンガイドによれば、陰湿な継子いじめという面が強調されないように、宇野信夫が明るい笑いの物語にした、らしい(芝居が始まる前の解説だったので、いい加減に聞いていて、まさかこんな喜劇だとは思いもしなかったし、よく覚えていないけれど、そんなことを言っていたように思う)。

結論を先に言えば、芝居としては面白かった。だけど、私の「落窪」ではないっ。と、最初はけっこういきり立っていたのだが、落ち着いて考えてみれば、そうなのだ、「落窪」ではなくて「おちくぼ」なのだ。それに、このつらいご時世、笑いに徹したほうがいいのかもしれない。

それにしても、何もあそこまでデフォルメしなくても…。右之助さんの継母なんて、スッゴイんだから。声はほとんど作らず男声(第一声に飛び上がらんばかりに驚いた。でも、甲高いヒステリー声でずっとやられたら疲れていたかも)、とにかくヒステリック、アクションもオーバー。うっそぉ~、と思わず叫びそうになってしまった。「なんてヤツだ」とは思っても、その前に笑ってしまう。義姉たちもヒステリックでオーバー。京蔵、京紫の京屋コンビだったんだけど、こちらも笑っちゃう(楚々として寂しげな京紫さんにもあんな面があるんだぁ。そして京蔵さん、完全に楽しんで演じていた)。笑っちゃうけど、やっぱりイヤな親、イヤな姉たちだ。次々と難癖をつけるおっかさんに、思わず「ひどい親ね」と呟く声がどこかから聞こえてきた。

娘が自分の妻にいじめられていたら、父親はどうするかといえば、このおとっつぁんが実にだらしない。気はやさしいのだけど、奥さんが怖くて怖くて怖いから、実の娘の難儀にも他人事のような顔をしてしまう。自分もうっかり「この笛には前の妻との思い出が…」とのたまったばかりに、今妻のますますの怒りを買ったりして。このダメ親父の団蔵さんがのほほんと、実にいい。団蔵さんって、こういうのやらせたら本当にうまい。

ストーリーは、継母や義姉にいじめられたお姫様・おちくぼ(菊之助)が、すてきな貴公子・左近少将(海老蔵)に見初められて幸せになる。意地悪3人は、左近少将の智恵で仕返しをされる。という単純明快なもの。

そうだ、大事なことを忘れていた。この芝居のセリフは現代語なのだ。それも私の違和感を呼んだのかもしれない。まあ、現代語だからこそ、おっかさんもあそこまでヒステリックになれるのだろう。

市蔵さん、亀蔵さん兄弟が面白い役どころ。市蔵さんは、大きなつけ鼻をして、仕返しにからむねっとりマヌケ男を好演。京蔵さんと海老ちゃんの間に持ち上がった縁談。海老ちゃんは市蔵さんにワル知恵つけて、京蔵さんの部屋に忍び込ませ、既成事実を作らせてしまう。海老ちゃんと結ばれたと思っていた京蔵さんが真実を知り、泣くこと泣くこと。右之助おっかさんの「なんで、気がつかなかったのよっ!」というのと同じツッコミを、私も心の中で入れていた。市蔵さんはあまりの化けぶりで、声は何度も聞いた声なのに、誰だろう、って最初わからなかった。亀蔵さんは、継母の兄。年の離れたおちくぼに懸想して、しかも自分の妹にそそのかされておちくぼをモノにしようとする(兄妹そろって悪いヤツだ)。でも、亀蔵さんにしては意外と見せ場のない役だったなあ。

強烈な個性をさらに強調したような登場人物の中で、ただ1人、菊ちゃんのおちくぼが普通に、楚々として品よく、美しい。いじめられてばかりだから、何を言われても「お許しくださいませ」と返事してしまう。現代でもあるではないか、こういうのって。親の顔色を敏感に感じ取って怒鳴られる前に「ごめんなさいっ!」って、両手で頭をかばう子供が。可哀想な子供たち、可哀想なおちくぼ。左近少将にこの口癖は直しなさいとやさしく諭され、少将に心を許してからは本来もっていた明るさと強さが引出され、生き生きとした人間性を取り戻す。この2人が痴話喧嘩するまでになる。これがまたバカバカしくって可愛い。菊ちゃんがおちくぼをとても素直に演じていて、好感がもてる。亀蔵さんに酒を飲まされて酔っ払うところは、ちょっと男になっていて笑えた。

海老ちゃんは、まさにはまり役。私、この日はちょっと目が霞んで、8列目では顔がよく見えなかったのだけど、最後に花道を菊ちゃんと引っ込むときに、目の前でバッチリ2人の麗しきご尊顔を拝見しました。平安貴族だから眉がなくて(というか、点みたいな眉)で、美しいには美しいけれど、ちょっと面白い顔だった(失礼)。でも、私が面白がっていたのは、海老ちゃんの声。いつもの海老ちゃんは、喉の奥に含みをもたせるような、響かせるような声なのだが、左近少将・海老チャンは裏声ではないのだろうけれど裏声的な発声なのかな。高い、あまり波のない声で、それがすべてにおいて他人事っぽくて、でもきっと当時の貴公子ってこんな感じだったのかもしれない、などと思わされて。

というわけで、私の「落窪」ではないにしても、今になってみると、面白かったなという印象のほうが強いみたい。

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博多のびっくり

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福岡空港に向かう地下鉄車内で、こんな表示を見た。ビックリした。福岡の地下鉄って、トイレがついてるのかあ、そんなに遠距離電車なのかあ(実際にトイレがあったかどうかは確認していない)。

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と思って上の停車駅一覧を見たら、確かに唐津まで行くことになっている(唐津って佐賀県の唐津?)。でも、JR筑肥線って書いてあって、地下鉄はカッコ書きで入っている。わからん。

で、うちに帰って調べたら、JRと相互乗り入れしてたのね。気付きませんでした。次に行くことがあったら、この電車で唐津まで足を延ばしてみたいなあ。

写真は、壊れたはずのデジカメが、1日たったら時に奇跡的にピントが合うことがあって、偶然ボケずに撮れたもの。

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2007年2月15日 (木)

やっぱりスッゴかった蘭平

215日 二月花形歌舞伎(博多座昼の部)

P1050667 さて、何からお話しようかと考えたが、記憶の一番新しい「蘭平物狂」から。前に三津五郎さんので見たときに、こんなスッゴイ立ち回りがあるのかと度肝を抜かれ、今回もこれがあるから昼の部を見る気になった。座席は、昨日買った21列目、やや上手寄り。

まず、子役の清水大喜クン(鶴松クンになった大希クンではない)が可愛くてうまい。あの小さな身体で、立派にセリフを言い、見得を決める。大喜クンのいい場面では客席のおばちゃんたち、拍手と笑い(ほほえましい、っていう笑いなんだけどね)で大喜び。ホントに可愛いのだもの。大喜クンは普通の子役だそうだけど、そのうち誰かの部屋子になったりするのかな。

そしてやっぱり立ち回りはスッゴイ。息も継がせぬ大技の連続で、客席は拍手と歓声で大興奮。私の隣の2人連れおばちゃんなんか、ず~っと「わあ」「うわ~」と声上げっぱなし。私もしばらくの間はいっしょになって声を上げていたけど、なんか途中で恥ずかしくなって、それから後は歓声は心の中だけで。辰巳さん、先月の奨励賞が励みになったのもあるのだろう、いっぱい出てきて、いっぱいがんばっていた。水屋の屋根で刀を受け取ったのは辰巳さんだったと思う。石灯籠に飛び降りたのも辰巳さんだよね。見事に決まり、私は人一倍大きな拍手を送った。この場面は、三津五郎さんの時に一番びっくりした技で、とても印象に残っていた。ほかにも花道での大梯子を使ったスッゴイ技。あの狭い花道で、捕手の一人(ゴメン、どなただかわからない)が出初式のように梯子の天辺で技を決め、そこへさらに松緑さんが昇っていき、天辺の捕手は足で引っ掛かったまま逆さまになり、梯子が水平に倒される。客席のハラハラを受けながら無事に大梯子は倒れ、またまた大拍手。

返り越しは、最初の3人か4人までは助走なしでひねりを入れて跳び、最後に助走をつけた捕手が7人を跳んで、これまた大喝采(これ、猿琉さんだったの? わからなかった)。しかし、これだけの立ち回りは、よほどみんなの息が合っていないとできっこない。きっと松緑さんを中心に、みんな結束固いんだろうなあ。そんなことに思いを馳せながらも、立ち回り大好きの私は、もうもう楽しくって楽しくって、あまりの楽しさに半分涙目になりながら、蘭平を十分堪能した。

客がそんな大喜びをしているうち、ふと1人になった蘭平が、「繁蔵、どこだ、ととはここじゃ」と呼びながら息子を案じる。孤軍奮闘の蘭平の胸のうちがしんみりと伝わってきて、私は妙に悲しくなってしまった。ちょっとここの呼びかけが長かったような気もするが、こんな気持ちになるなんて意外だった。

面白かったのは、時々芝居に関係なく笑い声が起きたこと。これはイヤホンガイドを聞いている客が多いらしく、イヤホンでの解説が面白いことを言ったり、気の利いたことを言うと、客席が沸くのだ。私も聞いていたからよくわかる。

今回は、ご贔屓、松也クンがけっこう沢山出ていてうれしかったわ~。それに亀三郎さん、菊ちゃんだもの、またまたうれしいじゃない。菊ちゃんはあくまで品良く、ただの色男ではない大きさがあった。おっとりした菊ちゃんと、おっとりと見せかけているおりく(松也クン)とのやりとりが、笑わせる。この在原行平という人は、太宰府に赴任して水田開発などに力を注いだということで、まさにご当地に関係深い人物であったわけだ。

「蘭平物狂」のように大きな立ち回りがある芝居は、やっぱり1回は2階あるいは3階から見ておきたい。今回双眼鏡をもっていかなかったので、細かい表情などはわからなかったが、それでも運良くあいていた2階一番前の座席はバッチリ歌舞伎を楽しめる席であった。あとで気づいたのだが、オペラグラスの貸し出しがあったのね。保証金5000円で、使用料500円。借りればよかったなあ。

そうそう、最後は、蘭平が刀で「大入」の文字を描き、3段の段に乗って、刀を頭上高く掲げるっていう見得で終わる。これって、この前歌舞伎フォーラムで私たちが体験実演したことじゃないの~(フォーラムでは2段だったけど)。同じような終わり方をする他の演目があるかどうかわからないけれど、「おお、あれは蘭平だったのかあ」と、ここでも嬉しくなってしまった。

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無事帰宅

おかげさまで、博多から無事に帰宅しました。羽田で携帯から到着の報を入れたのですが、うまく送信できなかった。

飛行機は最後のほうでまあ、よく揺れました。こんな揺れ、私は初めて。怖いとは思わなかったけれど、少し酔った。しかも羽田が混雑のため10分ほど上空を旋回していたとかで、全体で30分近く遅れたみたい。

昨日も今日もあちこちで天候不良のようで、福岡から名古屋へ行く飛行機は出発をだいぶ遅らせていました。今日の博多は暑いくらいのいい気候で、ほとんど建物の中にいたからあまりその恩恵に浴したわけではないけれど、それでも天気がいいと嬉しい。ひどく荒れた天候で大変な北のほうの方々に申し訳ないくらい。

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悲劇の大宰府

214日 太宰府

太宰府駅で、う~ん、いかにもの雰囲気に浸りながら、きょろきょろと町なかを見回し、写真を撮ろうとしていた私。そのとき。あああ゛~っ。デジカメが、カバーをはずしたデジカメがぁ……。私の手を離れ、コンクリートの上に……。カシャンという路面に当たる音がはっきり聞こえ、私は思わず、「あ、カメラ落としちゃった!」と小さく叫んだ。頼む、無事でいてくれ。すぐにチェックしてみると、メモリーカードエラー。頭の中真っ白になりながらカードを入れなおすと、今度は大丈夫。ほっとしたのも束の間、電池を入れなおしてくださいという。カメラ小僧・オバサンである私からカメラがなくなったら、翼をもがれた鳥、陸に上がった魚だ(ちょっと比喩が違う?)。半分泣きそうになりながらしばらくいじっていたが、徒に時間が過ぎるだけ。思い切って、ふと見つけたあやしげな店(失礼)で使い捨てカメラを買った。

何も考えず、一番枚数の多いのを選び、「使い方わかりますよね」というオジサンにはい、と言って店を出たはいいが、デジカメにすっかり慣れてしまった脳には、ファインダーの位置がわからない。おもちゃみたいな覗き口はあるのだけど、すっごく小さくて、まさかこれがファインダーだよな、と思いながらも今ひとつ不安。で、店に戻ってオジサンに聞いたら、やっぱりそれがファインダーだった。デジカメって被写体が手前に大きく見えるから、カメラから目を離して写すけれど、使い捨てカメラではファインダーにぴったり目を合わせなければならない。しかも、狙ったものがちゃんと撮れているのかどうかわからないのが、何とも歯がゆい。そこでデジカメにもう一度チャレンジしたら、なんとか動くのだが、ピントが合わない。そしてすぐに電池を入れなおしてください、のメッセージが出る。よく見ると、電源を切ったときにレンズが完全には戻らないことがわかった。でも、記憶を呼び戻す程度には撮れるのだから、となるべくデジカメと使い捨てで同じものを撮るようにした。それに、いまどき使い捨てカメラだけで写真撮ってるなんて、恥ずかしい。

でも人間の脳って、というか私の脳って鈍いと思ったのは、使い捨てで撮った後はデジカメでもファインダーに目を近づけちゃっている自分に気づいたとき。これは、かなりみっともない。なのに、そのたび必ずやってしまう。

そんなこんなでかなり落ち込みながら、参道の両脇に並ぶ土産物屋に目をやる余裕もなく、デジカメと使い捨て両刀使いで写真を撮り撮り、本殿へ。ああ、ここに道真公が祀られているのね。「菅原伝授」のいろいろな場面が頭の中を駆け巡る。菅丞相の仁左様、車引きの亀ちゃん、松緑さん、賀の祝の時様、寺子屋……。境内には「東京歌舞伎座俳優」と刻まれた石柱があった。千年祭の時に奉納されたものらしい。これを見つけたのはちょっと嬉しい。

梅はまずまずの状態かな。私が想像していたのは、湯島天神のような光景だったから、それとはかなり違ったが(敷地の広さがぜんぜん違うって)、梅の風情もなかなかよい。

写真がこんな状態なので、天満宮を引き上げ、すぐ隣にある九州国立博物館へ。若沖展をやっているのだ。この建物がまたステキ。エスカレーターを2階分上り、青、緑、赤と変化する静かなライトが照らす動く歩道を進むと、展示会場に着く。若沖の作品のほかに江戸絵画なども展示されており、時間が限られているので超特急で眺めていったがちょっともったいなかった。作品の感想はまた後日。

帰りは別経路を辿ってみた。階段を降り、何とか言うお寺の前を通って太宰府駅へ。全然人がいなくて静かな通りを1人歩くのはいい気分だった。行きにこの道を使うのは、全体が登り坂だからきつい。やはり天満宮→博物館というコースがいいようで。

さて、そろそろチェックアウトの準備をしなくてはならないので、今日はここまで。いつもの私のことで、前置きが長くて肝心の歌舞伎には、なかなかたどりつけませんなあ。

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大汗かいて大宰府へ

214日 福岡空港~大宰府

07021408 無事、福岡空港に到着して(本当に皆様、ありがとうございます)、さてどうしようかというときに、携帯の乗換案内で太宰府を検索してみた。そんなに遠くはないというのはわかっていたから、あとは電車の本数次第だと思っていたのだ。私に許されているのは移動時間も含めて約

3時間半。行けないことはない。

思い立ったら即行動。地下鉄空港線で天神へ(250円)。これは簡単。ここからがちょっと苦労だった。天神で西鉄電車に乗り換えるのだけど、まずホームのどこにも「西鉄電車こちら」といったような案内板がない。え、え、どうなってるの~。とりあえず黄色い出口案内板を探すと、普通に小さな字で西鉄電車乗り場と書いてある。中央口だ。ああ、タイムロスだわ。そこから案内板に従って西鉄乗り場まで走るようにして歩いたが、これがけっこう遠い。重い荷物を抱えながら汗びっしょりになりながらたどり着き(融通がきくように、薄手のセーター、ブレザー、コートといういでたちで、朝からずっとコートは着ず手に持っていたのに)、太宰府までの切符を買った。390円なり。太宰府へは、二日市という駅で別の西鉄電車に乗り換える必要がある。

ホームには1211分発の普通大善寺行きと17分発の小郡行き急行がある。乗換案内の内容を忘れてしまっていた(記憶力の悪い私、博多から天神までしか頭に入っていなかった)し、さっきのタイムロスも気になっていたので、もう一度確認しようとしたが、全然出てこない。出発駅がありません、と出てきてしまう。あせりまくった結果、現場でここの駅名を確認するのが一番とわかり、見に行くと、「西鉄天神」だと思っていたこの駅、実は「西鉄福岡」であったのだ。入力しなおす頃には普通電車は出てしまった。まあ、最終的には急行のほうが早いのだからと自分に言い聞かせると、どうやら急行でOKのようだ。しかも途中まで行くと、さっきの普通電車は二日市に行かないらしいことがわかり、急行に乗って正解(小さくガッツポーズ)。

春日原という駅があった。「かすがばる」と読む。ひがしこくばる、かすがばる…おお、九州に来た~、と、こんなところで実感してしまった。写真の撮れる状態になかったので残念。

07021413 二日市まで16分、降りると同じホームに太宰府行きの電車がいた。一番後ろの車両に乗った。そういう体勢で座っていたら、突然背中の方向に走り始めたのでビックリ。同じホームなら同じ方向に行くって思うじゃないの、急行と逆方向に走り始めるとは、ビックリした。太宰府までは8分。ローカルなこういう電車に乗れるのも、駅とその周辺がう~ん、いかにもっていう感じなのも、うれしい。

07021415 早速コインロッカーに荷物を預ける。空港では雨が降っていないようだったが、太宰府に着いた頃、ちょっと小雨が降っていた。いつもはちょっとくらいの雨なら傘なんてもたない私が珍しく折畳みを手にしたのが、大きな間違い。

この後、とんでもないことが起きるとは、このとき誰が思うでありましょう。続く。

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2007年2月14日 (水)

ありがとうございます。無事到着

11時半頃、無事福岡空港に到着しました。羽田では、鹿児島、南紀白浜、出雲行きは大阪へ進路変更または東京に引き返す可能性ありとアナウンスが入り、心配しましたが、福岡は大丈夫でした。雨も上がっているような感じでした。これも、ひとえに皆様が祈って下さったお陰様と、心から御礼申し上げます。あまり時間がないかもしれませんが、今太宰府に向かっています。取り急ぎご報告と御礼まで。

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2007年2月12日 (月)

神様おねがい!!

楽しみにこの日が来るのを待っていた博多座、いよいよ明後日出発とあいなりました。

ところが、です。今日の天気予報をあちこちチェックすれば、明後日は大荒れになるとか。なんでぇ? だって、ほぼ毎日暖かくて穏やかだったじゃん。それなのになんで明後日に限って荒れるのぉ? 飛行機大丈夫かいな。そりゃ、私、心根はいいけど(自分で言ってらぁ)、心がけはあまりよろしくない。だから心配なのです。

最初は午後の開演に間に合うように、ゆっくり出るつもりだった。ところが、Notariさんのブログで、2月は雪が降るかもしれない、そうしたら飛行機が飛ばない可能性もある、なんてことを初めて認識した(そんなこと、まったく頭になかったので、この情報には感謝しております)。というわけで、用心のため朝早い飛行機を取るには取った。だけど空港に行って飛ばない、なんて言われたら、パニックになるだろうなあ。私、アドリブがきかないのだ。

百歩譲って雨でもいい、寒くてもいい、お願いだから飛行機は飛んでぇぇぇ。

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2007年2月11日 (日)

アズナブール公演その3—終演後は戦い

210日 「ラ・ボエーム最終章」ありがとう、さよなら日本公演(東京フォーラムホールA

終演後、グッズ売り場が大混乱になっていた。ふと見ると、ポスターを手にした人たちがいる。シンプルなイラストのとってもお洒落なポスターで、即ほしくなった。売り場では、もうオバサンやらオジサンやらがぐちゃぐちゃに重なりあっていて、まずその中に突入するのが大変。もう、これは戦いです。

ポスターには3種類あり、とてもじゃないけどゆっくり吟味している余裕はないから、周りの人がもっているのを見て好きなのを決め、少しでも隙間を見つけて何とか手だけ伸ばしてポスターの端っこを捕まえることに成功。だが、それはお目当てのものではなかった。伸ばしきった手の先でポスターを探り、やっと見つけ引っ張り出す。

Photo_50 あとは折られたりしないよう、頭上に掲げて支払いを待つだけなのだが、これがまた大苦労。ラッシュの電車以上に押し合いへしあい、「ずっと並んでいるのにいつになったら買えるのよ~」とか、「全然人(売り場の)がこっちに来てくれないじゃないの~」とか、「ここで待ってても先にCD買う人のところに行っちゃうんだもの~」とか、あちこちから上がる不満の声に囲まれ、ただただひたすら、何とか一番前に出る努力をし、やっとたどり着いた。そこでも何人かの支払いを待ち、順番がきたときには、ポスターに少しシワができていた。仕方ないやと諦めていたら、売り場のオニイサンが「これ、シワができているから取り替えましょう」と言って、新しいのに取り替えてくれた。大感激!! あんな混乱の中でそこまでしてくれて、本当に嬉しかった。このポスターはかなり厚手の紙で、丸めるにしてもふわっと大きく丸めないと、すぐシワになる。大事に大事に持って帰ってきたが、それでも端のほうに少し傷みが出てしまった。

CDはとてもじゃないけど、あの場では買えなかったし、どこか他でも売っていそうだったので諦めた。

びっくりしたのは、「凱旋門ボックス」というアズナブールの全CDで凱旋門を作ってあるもの。20万円なり! これを買うと、楽屋でアズナブールが自らサインしてくれるそうだ。そういうものにはご縁がありませんわ。

★今日の有名人:客席を見ていたら、若い人が多かったのは意外だった。今日見かけた有名人は黒鉄ヒロシ。私の2列前に着席。間違えて他の人が座っていたようで、ちょっとやりとりしていたので気付いた。普通にチケット買って、普通に聞きに来た、っていう感じ。

★関係ないおまけ:銀座5丁目のバッグ屋さん。「お値段に関係なく、どれも5250円」という看板が見えた。それに惹かれてそばに寄ってみると、キャリーバッグがいくつか置いてある。さらに店内に入っていくと、本当かどうかしらPhoto_51 ないけど元値25千前後のFRAYAなどのバッグがすべて5252円(税込み)。安いバッグを見ると買いたくなってしまう私(5000円は高いけどね。値引きでつい、安いと…)は思わず夢中になって、ピンクのバッグを2つも買ってしまった。年をとると、そういう色がほしくなる、って改めて実感しました。

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アズナブール公演その2—心はパリでいっぱい

210日 「ラ・ボエーム最終章」ありがとう、さよなら日本公演(東京フォーラムホールA

Photo_49幕が開くと、ステージ上には女性コーラス2人を含め15人ほどの楽団がいて演奏を始め、やがて黒っぽいスーツ姿のアズナブールが登場。そこから約1時間半、この小柄なおじいちゃん(と言っては失礼だが、もうじき83歳になる!!!)は実にパワフルに、小粋に、歌い続けた。トークも挨拶もお色直しもなしで、何曲歌ったのだろう(歌でないアズナブールの声が聞けたのはメンバー紹介だけ)。はじめのうちは数えていたけれど、途中からやめた。20曲ぐらい歌ったのかなあ。
私はのぼせやすいタチだから、もう1曲目からすっかりパリのエッセンスに浸り、バラード調の曲に酔い、リズム感溢れる曲に軽く体を動かし手拍子をとり(前方のお客は手拍子打ってたけれど、真ん中より後ろではほとんど手拍子なし)、歌詞の意味はわからなくても、アズナブールが全身で演じるドラマに心を揺さぶられたのだった。とくに心に残ったのは、手話を用いた「Mon emouvant amour(声のない恋)」、娘のカティアとのデュエット「Je voyage(僕は旅する)」、そして「She(忘れじの面影)」。

やがて幕が降りる。えっ、もう終わり? いや~ん、もっともっと聞きた~い。第一、「想い出の瞳」は~? アンコールで歌ってくれるのかと期待したが、1曲だけ、別の歌がかかった。前方の客はスタンディングオベーションで、私たちも座ったままず~っと拍手したが、アズナブールはその後ステージに挨拶に出ては来るものの、歌うことはなく、お目当ての曲もついに歌われないで終わった。

この公演は東京ではたった3回。この日はその真ん中の日だった。歌われる曲は日によって違う可能性があるので、「想い出の瞳」はもしかしたら最終日に歌われるのかもしれないなあ。それとも前の日に歌っちゃったのかなあ。それだけが心残り。でも、だ~い好きな「She」が聞けたからいいか。

ところで、「ラ・ボエーム」で、アズナブールは白いハンカチを取り出し、それを小道具に使い、最後にぱっと客席にむかって投げた。その少し前、客席から数人がステージの下に駆け寄って行ったのでなにごとかと不思議に思っていたのだが、このハンカチがお目当てだったのだと、その時わかった。それに、さっきアズナブールがハンカチを取り出したとたん、このハンカチに関する2つの謎(アズナブールの熱烈なファンなら周知のことなんだろうが)が解けた。1つ目は、チケット先行販売のときに、刺繍サイン入りハンカチ付きのプレミアムチケットというのがあり、何なのだろうと思っていたのだ。もう1つは、開演前に立ち寄ったプログラム売り場の脇で「ラ・ボエームで使われている」という、やはり刺繍サイン入りハンカチを売っていたこと。ああ、あれか、と1人頷いてしまった。13000円もしたから買わなかった。その3へ続く。

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アズナブール公演その1—アズナブールとクリフと

210日 「ラ・ボエーム最終章」ありがとう、さよなら日本公演(東京フォーラムホールA

フランスかぶれだった若かりし頃の私は、アダモ、ジルベール・ベコー、ミシェル・ポルナレフ、ジョニー・アリディー(ジョニーはフランスでは老若男女を問わず尊敬の的らしい)などが来日するとせっせとコンサートに行ったものだが、アズナブールは今回がはじめて。

ン十年前の学生時代、勉学の意欲に燃えてそれに関連したクラブに意気揚々と入った私。活動が地味な割りには部員に遊び人が目立ったクラブであったから、私の向上心はすぐさましぼんでしまった(でも、このクラブで私は生涯の友3人を得た。支えてもらうばかりで私のほうは何にもしてあげていない体たらくだが)。数少ない活動の一環として、シャンソンを聴き、歌詞を味わい、自分でも歌う、というものがあった。そこで学んだ最初で最後の歌が、アズナブールの「Et pourtant(想い出の瞳)」。今思えば、部員みんなで大真面目に歌っていたなんて笑っちゃうけれど、これはかなり強烈な思い出で、おかげで今でも好きな歌の一つである。ただ、この曲がシルヴィー・バルタンの映画「アイドルを探せ」で歌われていたと知ったのはもっと後のことである。

そのアズナブールの日本最後の公演(本当か? 店じまい店じまいと引っ張るどこかの洋服屋と同じじゃないの?)というので、大枚払って、チケットを入手。でも、私が本当に好きなのは、クリフ・リチャードなのだ! 小学生の頃からずっと好きで、何年か前のウインブルドンでは、雨で中断中、観戦に来ていたクリフが客を退屈させないように、突然アカペラでライブを行った、その時、私はたまたまTVをつけており、急いでビデオに録画したのでした。あの至福の時を刻みつけた貴重なビデオテープはしかし、どこにしまっちゃったんだろう。数年前(4年前らしいけど、もっと最近だったような気がする)は東京フォーラムにライブを見に行った。老けたけど、やっぱりあの清潔な色気のあるハスキーヴォイスにはゾクゾクくる。今年はアズナブールの1週間後で、しかも横浜だから諦めざるをえなかった……って、今日はクリフじゃなくてアズナブールの話をしなくっちゃ。その2へ続く。

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2007年2月10日 (土)

毎度お馴染みチケットぼやきでござい

毎度同じことをボヤいていると思うけれど、歌舞伎座のチケット購入のタイミングが、私には本当にむずかしい。今日は土曜日ということもあって、アクセスが集中することを予測し、事前にログインしておいた(いつも、それを忘れて、希望日時ボタンを押してからログインしてしまう)。そして、これまでの経験から、10時10秒くらいにならないと申し込み画面にならないことがわかっているから、時報を聞きながら待った。待ったのに、やっぱりせっかちなんだなあ、私は。「午前10時10秒をお知らせしま」というところで、ポチっと押してしまったのだ。あ~あ、又早すぎた。「す」まで聞いても、実際の時報までには少し間があるのだから。辛抱が足らん。

慌てて一覧画面に戻り、再度トライしようとするが、戻るのにずいぶん時間がかかった。イライラしながら何とか戻ると、今度は「ゴールド会員先行販売中」になっており、早速クリック。ところが、もう~いやっ。データ展開のはずが途中で固まっちゃって、なんとも中途半端な状態。そこで、さっき用心のために別ウインドで開いておいた歌舞伎座HPからチケット予約へ。すると、今度は「サーバーがみつかりません」。では、と憎ったらしいハンパ状態のログイン済み画面でやり直したら、「ただいま混み合っています」。

もう~っ。焦りながら何回かやっているうちに、ログイン済みのほうからやっと申し込み画面に入れた。考えてみれば、時間にしてわずか1~2分のことなのに、胃の中が引っ掻き回されるような思いをするから、10倍も長く感じる。でも、1階席も3階席も希望どおり取れて、ほっとしつつニンマリ。初日昼、3階席で~す。

毎月おおむね希望の席は取れるのだけど、10日朝は精神的に疲れるわ。

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2007年2月 9日 (金)

江戸城に天守閣がほしい!!

27日 江戸城展(江戸博物館)

この日は、朝10時から5月の「薮原検校」(コクーン)の彩の国芸術劇場会員先行販売だった。電話販売なので10時には電話の前にいなくてはいけないのだが、たまたま歌舞伎フォーラムと重なってしまった。携帯の電波が間違いなく入り、しかも電話が通じるまでどのくらいかかるかわからないから、結局10時に両国に着くことにした。

地下鉄を降りて即チケットセンターに電話を入れるが、全然通じない。しばらく地下鉄ホームでねばったが、いつまでもホームにいるわけにいかないから、江戸博物館に向かった。その間も電話かけっぱなし。そして江戸博物館のベンチでさらにねばったら、やっと通じました。希望の日、座席は後ろのほうだけど、取れただけよしとしよう。コクーンの蜷川は普通に取ろうと思ってもまず無理なんだから。今回も先行販売がなければ、最初から諦めるところだった。

このとき時刻は1020分過ぎ。江戸城展を大急ぎで見ようかと思ったが、わ~人気あるんだなあ、チケット売り場に3重くらいに行列ができている。これじゃ、チケット買うだけでも時間がかかってしまう。ということで、残りの時間はミュージアムショップなどを冷やかして過ごし、江戸城展は、歌舞伎フォーラムが終わってから見た。

P1050393 チケットはすぐに買えたが、中はけっこう混んでいる。私が興味をもったのは、何と言っても図面。天守閣絵図や、城内の見取り図(と言うのかな)、本丸の役人の詰所割、席図、などなど、めちゃくちゃ詳細な図が何枚も展示されている。中でも圧巻は、大棟梁・甲良若狭が作成した「江戸城本丸表・中奥惣地絵図。とにかくデカい。細かい。二階部分が克明に描かれている。「凄い!」とただただ圧倒された。このような図面を見ると、松の廊下の刃傷が、ドえらい出来事だったということがよくわかる。

次に面白いと思ったのは、江戸城内における規則や心得、行事などを細かく記した文書類。中には、心得を携帯用にまとめて持ち歩いていた大名もいたようで、そういうものが展示されていた。これだけ細かく色々なことを規定しないと、あれだけの幕府を維持することはできなかったのだろうが、あれだけのものすべてをきちんと把握している人など誰一人としていなかったのではないかしら。

現在、江戸城には天守台があるのみで、天守閣はない。3度建てられ、明暦の大火で焼失した(明暦の大火は有名だけど、天守閣まで焼いちゃう火事って、想像もつかない)のを最後に、再建計画はあったものの実現しなかった。江戸城に天守閣があったのは、265年の歴史の中のわずか51年間だったそうだ。だから天守閣のない江戸城のほうがお馴染みなわけだが、それでも50分の1の模型、あるいはCGで再現された天守閣を見ると、江戸城に天守閣がないのがとても残念に思える。感覚的なものなのだけど、江戸城に天守閣は必要だ、と強く思うのである。

これまでさまざまな展覧会を見てきたが、ある国の力だとか権威を示すものは、たいてい<物>であった。金、宝石類、見事な装飾品などが、権力の象徴であった。でも、この江戸城展で私が江戸幕府の権力を実感したのは、ここに挙げた図面類と細かく規定された役職やら規則やらなのだった。

出口を出ると、通路に江戸城の色々な門の明治初期と現在の写真が並べて展示されている。半蔵門など、牛の曳く荷車が写っており、妙な感慨を覚える。

「江戸城展」は一度で見るには盛り沢山すぎて、かなり疲れる。もう一度行って、じっくり見直してみたい。このあと常設展示室でやっている「江戸博の雛祭り」と「徳川家茂とその時代展」を見るつもりだったが、とても余力はなく、諦めて帰った。それも含めて、江戸博には近いうちもう一度行こうと思っている。

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外へ出たらまだ明るかった(日がのびたなあ)ので、例の亀に乗った人物の像が誰なのかを見てきた。暗い中で見たときは太田道灌かと思ったが、徳川家康が正解だった。

それから今回初めて、こんなものがあるのに気付いた(下の写真)。やっぱり江戸博は楽しい場所だわ。

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2007年2月 8日 (木)

何度見ても感心する創意工夫—歌舞伎フォーラムBST篇

今回もまた、バックステージツアー(勝手に省略、BST)を申し込んだ。3回目ともなると、同じ解説を聞くこともあるのだが、何度聞いても、わかっていても、興味深い。

今回のBSTはこの日が初めてだそうで、解説のお馴染み入井さん、気合が入っていたようです。なぜ初めてかというと、歌舞伎フォーラムがここ両国だけでなく、あちこちで行われ、移動がしょっちゅうあるからだそうです。そういえば、ついこの前も江ノ島でやっていたんでしたっけ。劇場というのはもちろんそれぞれによって舞台の大きさや設備も違うわけで、搬入・搬出から始まって、そこの環境に合わせた舞台づくりに大道具さんたちの創意工夫が凝縮されています(歌舞伎だけでなく、オペラ、バレー、ジャニーズのステージまで担当されるそうですよ)。

以下、入井さんのお話のごくごく一部(なるべく前回と重ならないように)をご紹介しますが、記憶違いや用語の間違いがあったら、ごめんなさい。

あ、その前に、そこで今首がガクっと落ちたあなた、ご用心。大道具さんにしっかりチェックされていますよ。とくに前列のあなた、要注意です。目立ちますって。はは、他人様のことはとやかく言えない私です。しかも私の場合、首が前に落ちるのでなく、後ろに落ちる。したがって、ポカンと口をあけたマヌケ顔を役者さんや大道具さんの前にさらけ出すわけです。ああ、みっともない。

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では、本題。前回も感心したのだけど、今回も背景の絵の工夫には感嘆した。ドロップという装置に、背景が描かれた何枚もの布が巻かれ、必要な背景を広げていく。写真は、桜の花の舞台にドロップを下ろし、その前の背景として必要な布を広げていくところ。これには手動と電動とあって、手動には錘がついていて、加減しながら布を広げたり巻いたりする。電動は自動的にやってくれるのだが、何かがひっかかったときに止まれないので大変なことになるらしい。便利なものは不便という原則がここでも働いているわけでしょう。入井さんは、布についたシワを「こういう事情なんで、あ、シワだなんて言わないでくださいね」とおっしゃっていた。去年の9月のときは、布に霧を吹き付けてシワを伸ばしていたが、状況によってはそういう手が使えないのだそうだ。

大石の家を壊す手順を見せていただいた。正面の襖の奥にある壁は、走りこみ鏡(だったと思う)といって、役者さんが襖とその走りこみ鏡の間を引っ込んでいく。その間というのがとても狭くて、人1人通ったらふさがってしまう。褄(大道具用語は説明が難しい。実物を見て、これがツマだと言われればすぐわかるのだけど。まさに百聞は一見にPhoto_45しかず。なのに、写真をたくさん失敗しちゃって)をはずすと、家全体が傾く。「家はツマ(褄、妻)でもっているのです」って。はずしてみるとわかるが、屋根は斜めになっている。え~と、これはなぜでしたっけ。

舞台に張った板、これ80kg近くあるらPhoto_46 しい。1人の方が肩に担いで見せてださったが、腰を痛めないかと心配になる。

このお話は雪が降っている状況下で展開されるので、上に設置された雪かごから白い紙が降ってくるのだが、ここの舞台では、スノコ(舞台天井に渡された橋のようなもの)が家の軒ぎりぎりのところにあるので、雪が家の中にも降ってしまうのだそうだ。芝居を見てPhoto_47 いるとき、あれ、と不思議に思った謎がここで解けた。この雪に使われる紙は、業者が雪状態に作るそうで、10kg単位で注文しているという。1公演でどのくらい降らせるのかは聞き忘れた。舞台に降らせた雪は、スタッフがせっせと箒で掃いてポリ袋に集めていた。使いまわしをするのかどうか伺ったら、今回は使いまわしはしていないが、そういう場合もあると。ただ、その場合は、クギなどが混じっていないか、ふるいにかける必要があるそうだ。上からクギ混じりの雪なんか降ってきたら、役者さんもビックリだけではすまないですものねえ。

道具の搬入・搬出も大変だ。トラックへは、寝かさないで立てて積むのだそうだ。劇場によっては入り口が小さいこともあり、そこでまた一苦労。デパートの劇場などはとくに大変みたい。ところで、デパートの劇場はなぜ上のほうの階にあるのでしょう。この答えは入井さんから離れて座っていたためちょっと聞き取りづらかったのだが、閉店時間の関係らしい。デパートが閉店した後も芝居はやっている、と言えばわかりますよね。

恒例、入井さんの附けを堪能させていただいてから、次の舞台がつくられていくのを見ながら質疑応答。私がいつも感銘を受けるのは、入井さんがご自分のお仕事に大変誇りをもっていらっしゃること。どんな職業でも、誇りをもっている人はカッコいい。誇りがあるからこそ、どんな困難な状況でも乗り越えられるのだろう。ああ、それに引き換え最近の私のゆるいこと……

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笑って泣いて--歌舞伎フォーラム鑑賞篇

ちょっとハイになった第一部が終わり、第二部は舞踊「俄獅子」。寝ちゃうかと思ったら、意外と良くて、京妙さんの手の動きが師匠の雀右衛門さんに似ているなあ、なんて思いながら見ていた。又之助さんの鳶頭、カッコよかったわ~。左字郎さんは、さっきの第一部で勘之丞さんによれば「全部の演目に出るから」ということで、途中で引っ込んだけれど、この「俄獅子」では後見。1人で2人の後見をやるから忙しそうだった。
第三部は「釣女」。勘之丞さんが大名で、このお顔がおっとりとお大名らしく、何となく先代の勘三郎さんにちょっと似ているような気がした。左字郎さんは太郎冠者で大活躍。去年の稚魚の会で「三社祭」を踊って、それがとっても上手で、私は要チェック人物として記憶していた(先月、歌舞伎座で梅之さんと、梅玉さんを縛っていましたねえ)。この「釣女」でも動きが軽妙で、踊り上手、芸達者であった。声を聞いたのは、第一部の信楽太郎が初めてだと思う。意外と高い、よく透る声で驚いた。別にどういう声かと予想していたわけではないのだけど、なんか驚いたの。左字郎さんの相手役、歌女之丞さんが登場すると、もう観客の注意はこの2人にいっちゃって、オーソドックスな勘之丞さん・京珠さんコンビは気の毒だったかも。斜め後方から大爆笑のオバサン笑いが聞こえてくる。あのぉ、そんなに笑わなくても……。いや、こういう屈託のない笑いは人生に必要なのだ。これでストレスのいくつかが飛んでいく。笑いましょう、大いに笑いましょう。

第四部。「大石妻子別れ」。又之助さんがとても上手くなったと思った。前にフォーラムで見たのは与三郎だった。あれも悪くなかったけれど、今回の大石に成長を感じた(どこがどう、と指摘はできないのですが。えらそうなこと言っちゃって、すみません)。左字郎さんは主税。私、「釣女」が始まったときから突然襲ってきた睡魔と闘い、「釣女」は笑いのおかげで寝ずにすんだのだけど、今度は食後だし、ついに墜ちました。それもかなりの時間。だって、気がついたら、歌女之丞さん(内蔵助の母親)と京妙(おりく)が旅姿で、私の脇を通り過ぎる寸前だったもの。ぎょっとしました。ヤバイよ~。はっきり見られているよ~。あああ、大失敗。ごめんなさい、皆様。で、内心焦りまくりながらも、2人が通り過ぎるときに、頭のてっぺGeta んからつま先までしっかり見せていただいた。下駄のカバーのつま先がちゃんと白くなっていた。細かいリアリティー。

この後も時々かなり苦しく、ところどころ記憶が飛んでいるかも。瀧之さんの良助、実は三平。大石の下男であり、吉良の間者であり、いや実は浅野に義理ある元武士であったという。この三平が間者と見抜いた主税に斬られ、さらに自分の腹に刀を突き立てる(ばたっと後ろに倒れたら、ああ、お着物の裾が開いて……)。そして苦しい息の下から事実を打ち明ける。大石は瀕死の三平に、碁盤を吉良の屋敷に見立て、碁石を置いて邸内の警備の配置などを問う。口をきかなくていいから、自分の問いがyesなら頷け、noなら指で正しい位置を示せ、って。おおい、今にも死にそうな人になんてことを命じるんだぁ。歌舞伎なんだからって、わかっちゃいるけど、心の中で思わずつっこむ。三平は命令に応え、死んでいく。大石は感銘を受けて、三平を四十七士に加える。と、ここもいい話なのだが、ここから先がもっといい。実は、さっき大石の家から出て行った内蔵助の母親とおりくが、そっと戻ってきていたのだ。討ち入りのための旅支度をしていた大石父子との泣きの別れの場面。2組の母と息子が別れを惜しむ場面は、ああ大石も人の子なんだと思ったら、きゅーっと胸にきて、涙が出てしまった。途端に幕じゃない。やめてよ、それは。映画館で一番恥ずかしいパターンだよ。急いで涙を引っ込めなければならなかったことである。

ところで、主税っておバカなのねえ。三平を吉良の間者だと父親に報告したら、父にそんなこと今頃わかったのか、と軽くあしらわれる。しかも、三平に斬りつけて重傷を負わせてしまうし。元禄忠臣蔵でも、親の心子知らずという場面があったけれど、ホントにもう。だけど、元服するかしないかくらいの年頃なんだもの、仕方ないか。こういう若さを表現するのには無理があるんじゃないかという役者さんもままいるが、左字郎さんの主税は、そういう意味でもいい主税だったと思う。

そうそう、歌舞伎フォーラムでは経費の関係で音楽や鳴り物はテープを使うのだが、この大石にはナマの義太夫がついていた。これは嬉しいことであった。

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舞台はまぶしかった--歌舞伎フォーラム体験篇

27日 歌舞伎フォーラム(江戸博物館昼の部)
今月はじめての歌舞伎。今回はあまりHPやチラシを見ずに、出演者やだし物について、ほとんど予備知識なしで出かけた。席はG列。あまり前のほうではなさそうだな、でも江戸博はどこからでもよく見えるからいいか、と思い席を探すと、あら、前から4列目でした。しかも花道のすぐ隣。ここのホールは階段教室式で、通路も階段だから、花道も階段を使う。でも階段を降りきってしまっては舞台に上が1_7 れないから、途中(下から4段目)から舞台と同じ高さになるように設えてある。私の席は、ちょうどその舞台と同じ高さになったところの花道外。花道と椅子の間に隙間はないから、うわあ、役者さんに思い切り近いのだぁ。

さて、第一部の開始。いきなり左字郎さんが抜き身を手に紋付袴姿で花道から駆けて登場。立ち回りを見せてくれる。盛綱陣屋・信楽太郎ご注進の場だそうです。私は、てっきり左字郎さんがそのまま動作3_6 をやめて解説に入るのかと思っていたら、左字郎さんは演技を終えると花道を駆けて引っ込み、舞台下手から勘之丞さんが現れた。解説は勘之丞さんだったのだ。今回のテーマは、立ち回り、見得、ツケ打ち。この3つの要素が入った「ご注進」を左字郎さんが見せてくれたわけだ。

で、この第一部というのは、いつも観客を1人か2人舞台に上げて、実演させる。私はこれまでの2回、いいなあ舞台に上がってやってみたいなあと思いながら、小心者で手が挙げられなかった。今回も勘之丞さんの「どなたか希望者」という呼びかけに逡巡してしまう。ところが「今回は6人の方に上がっていただきます」と言うではないか。6人なら目立ち度も恥かき度も6分の1ですむな、と素早く計算した私、しかも、この座席じゃあ、舞台に上がれと言われているみたいなものじゃない、というわけで、すっと手が挙がってしまった。一番目の立候補者です。この後は次々と手が挙がり、すぐに6人決まった。私はその場で靴を脱ぎ、花道から舞台へ。他の人たちも続々舞台に上がり、全員が舞台用のソックスを貸してもらう。と、おやおや、1人多い。7人が舞台に上がることになっちゃった。そういうわけにはいかないので、1人最後の方が遠慮されて、総勢6人、舞台上に並んだ。あら、全員女性。しかも名前とどこから来たか、を言ったら、たしか東京都区内の人は一人もいなかったような気がする。年齢的内訳は、オバサン4名、若い女性2名(もちろん、私は4分の1ですよ)。

この6人で今日のテーマを演じるわけだが、2人がツケにまわり、4人が立ち回りと見得。ここで私はまた素早く計算。ツケは音が大きいから失敗したら目立つ。こりゃやっぱり立ち回り班だな、と。私たちは木刀を渡される。そして、「最後に目立ついい役がありますけど、やりたい人~」と言う勘之丞さんの声に一瞬の間の後ハイと立候補したのは若い女性。そこまで決まると、いよいよ実演。

と、ここでハタと気付いたことがある。勘之丞さんの真似をして刀を振るわけだけど、なんだそんなこと簡単じゃない、と言うなかれ。私、真似して動く、ってすっごく苦手なのだ。テレビの体操やダンスも絶対真似できない(パラパラの動きだってできないんだよ~ん)。リズム感は悪いし、この年になって未だに右と左がすぐにはわからないし。だいたい、今回手を挙げたのは、今までの2回みたいに衣裳を着せてもらって、簡単なセリフを言ったり、歩いたりするのかと思って、だったのだ。あれなら私にもできそうだ、って。あああ、しまった~。もう遅い。えい、ままよ。以下、実演(舞い上がっていて、自分では何もわかっていなかったのですが、Notariさんによると、ご注進の侍の役だったようです。つまり先ほどの左字郎さんが見せてくださった型をやったわけですね。 ってことは、むむむ、Notariさんに見られたか・・・。でも注目度低いから大丈夫大丈夫)。

①勘之丞さんがやるとおりに刀を振り上げ、左に右に斬りおろす。②その後は2人一組になって、斬り合い。今の左に右に、をやったあと、刀を合わせ、又左に右に斬りおろす。次は上手側にいるほうが相手の足を斬り払い、相手はそれをよける。そのまま刀を上にあげ、見得。このときは左字郎さんも指導にあたる。③それから下手側を向いて刀を上にあげ、横一文字に振り払う。それを左へ右へとおろし、今度は客席を向いて再び左へ右へと斬りおろす。そう、刀で「大入」と描いたわけ。④正面を向いて、なんだか複雑な動きをした。勘之丞さんの後ろにいて、その動きを真似するのだが、私はそれがよく見えなかったので、位置を移動したけれど、むずかしくてちゃんとできなかったかも。最後、右手で柄を握り、左手の親指と人差し指の股で刃を支え、刀を頭上高くかざし、見得のポーズを決める。

「目立ついい役」というのは、ここで舞台前面真ん中に段が出され、本物じゃないけど木刀ではない刀(芝居で使われる本物)を持ち、そこに乗って見得を決めるのであった。勘之丞さんもやったことがないというそのいい役を、度胸のいい可愛らしい女性が堂々とやってみせ、拍手喝采。う~ん、これはやっぱり小心オバサンにはできませんわ。

いっぽうツケの2人は、大道具の入井さんの指導を受け、我々の動きに合わせて、バタバタとツケを打つ。自分のことだけで精一杯だったけど、ふと気がつけば、ん、やっぱりそっちも面白そう。もう1回来て、又手を挙げて、今度はツケをやらせてもらっちゃおうかなあ、な~んてね。

最後、一言ずつ感想を述べ、おみやげに子供歌舞伎のクリアファイルを頂いて席へ戻る。私の感想は、姿勢がむずかしい、ということであった。刀の振り方は慣れれば覚えるが、足の開き方、腰の入れ方、身体の角度等がまったくわからなかった。そういうもの全部が決まってはじめて、刀の動かし方も美しい形になるのだから、振る方向を覚えただけではどうにもならない。私なんか、さぞみっともない形だったろうなあ、と恥ずかしい。過去2回の体験教室(?)を見ても、素人はやっぱり姿勢が悪い。普通に美しく立つことがいかにむずかしいか、しみじみ実感した。

それにしても、ライトを浴びた舞台はまぶしく、余裕のなさもあって、客席があまり見えない。それだけ、舞台上の人物は目立つわけだ。12人ではとても上がれません。色々恥はかいたけど、よかったわ~、いい経験ができて。

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2007年2月 7日 (水)

今年もレッズ

昨日は、さいたま市内某ホテルにて、テレビ埼玉(テレ玉)主催の浦和レッズの表彰式。って何の表彰式だかよくわからないのだけど、まあ表彰式に名を借りた選手と応援企業の懇親会というところでしょうか。私は、たまたま友人の紹介で、参加することができました。もちろん、生まれてはじめての経験です。

選手の出席は、GK山岸、DF坪井、MF山田、鈴木、長谷部、FW岡野の6人。そして10年ぶりにレッズに帰ってきたオジェック監督。な~んだ、伸二は来ないのかぁ、でも岡野がいるから嬉しい。それにこの選手たちって、みんな一度は代表に選ばれているのだ。かなりいいメンバーだと言えるだろう。私たちは図々しくもステージに一番近いテーブルに陣取り、選手が登場するや、私は、さあミーハーおばさんの本領発揮よ、とばかりバチバチ写真を撮りまくった。

もう厳しい練習も始まっているからか、選手たちはみな黒く焼け(岡野がとくに黒い)、引き締まった顔をしている。意外だったのは山岸。私が思い浮かべる顔と今日の山岸は全然違う。引き締まって、スゴクいい男に見えた。6人全員が並ぶと、さすがGKというべきか、山岸だけ体が大きい。背も高いし、胸板の厚さも一番。岡野選手は長い髪をびしっと後ろにまとめ、野人がスーツを着た精悍さがあり、カッコいい。

乾杯(選手はジュース)のあと、会食・懇親会となり、選手たちがフロアに下りて出席者と交流。といっても、写真に納まるのが選手たちの主なお仕事だったのだけど。こうなっては食事どころではない。早速選手を追いかける。どの選手の前にも列ができていたが、とくに人気の長谷部まこチャンの前にはなが~い行列。そこで、私は考えた、そうだ、まずは司会の水内猛クンから。水内クンは負けてばかりいた時代、三菱のサラリーマンをやりながらレッズのFWとしても活躍し、たしかレッズの得点王になったんじゃなかったかしら。プロになった途端、不遇をかこつ羽目になったけれど、引退した後も、私はずっと応援していた。今はテレ玉のGO GO REDZGGR)の司会やTBSなどのスポーツキャスターとして活動している。本日最初の記念撮影を水内クンにお願いしたのはバッチリ成功。

その後、山田選手、オジェック監督とツーショット写真を撮ってもらった。オジェックは、超人ハルクみたいにおっかない顔をしているけれど、前に監督だったとき私は好きだったし、サポーターの間でもかなり人気があったと思う。リーグ優勝、天皇杯優勝の後を受けての監督は大変だと思うけれど、今期のレッズがさらに飛躍することを大いに期待していますよ、ミスター・オジェック。

さて、監督と5人の選手はいるのに、肝心の岡野選手がみつからない。お~い、岡野~、と心の中で呼びながら会場じゅうをうろうろしていたら、あっ、いたいた! ずっと向こうのほうに、岡野の姿が見えた。早速近寄っていくと、かなり長い列。最後尾について順番を待っていたら、あと3人くらいというところで、ステージから「くじ引きを始めます」というアナウンス。選手はえ~っ、ここで岡野がステージに上がっちゃったら、泣くに泣けないじゃないの~っ。だから、もちろん、くじけることなく並び続け、ねばりました。その甲斐あって、ツーショット成功。しかも、Photo_44 その前にどさくさにまぎれて、全然知らない人たちの間に入って一緒に写ってしまった。失礼しました。

くじ引きは、壇上に選手が1人ずつ上がって、出席者が受付時に書いた名前の紙が入った箱に手を入れ、引いていくもの。当たった人には賞品が手渡される。なんと、最後に我が友人の名前がオジェックによって引かれた。当たったのは今日出席の選手のサイン入りボール。最高の賞品だよ。 

で、帰りには全員に選手のサイン色紙1枚のプレゼント。私がいただいたのは鈴木啓太選手の色紙だったが、友人の1人が啓太のファンだから取り替えてあげた。さらにまた、それを別の友人と取り替えてあげた。結局私に回ってきたのは山岸選手のサイン。2度交換されたのは長谷部まこちゃん。ま、はっきり言って、岡野のサインでなければ誰のでもよかったのだ。

そういえば、ツーショット写真は水内、山田、オジェック、岡野としか撮らなかった。ようよう考えてみるに、私は古いレッズが好きなのかも(岡野も山田も全盛期は過ぎたかもしれないけれど、岡野はまだまだ走れるし、逆に足ばかりが目立っていた頃に比べてうまくなったし、山田は時々スーパープレイを見せてくれるし)。伸二のあとに心惹かれる選手はいないし。それでも、こうしてじかに選手と接してみると、「今年も気合を入れて応援しようか」という気になる。選手はこういうパーティーがしょっちゅうあるらしくて大変だが(交替で出席しているのだろうが、キャプテン山田だけは全部出ているんじゃないかしら)、サポーターあってのレッズだからね。

P1050387 高揚し満たされた気持ちのままそこで帰るのは惜しく、我々はその後、飲み足りない、食べ足りない喉とおなか(お料理、とてもおいしかったのに、写真に夢中になっちゃったから、食べたのは最初の数分だけ)を近くのレストランで満たしたのでした。

ちなみに表彰式はGGRのベストゴール賞と最優秀選手のことだったみたい。表彰選手はベストゴールが山田暢久、最優秀が鈴木啓太でした。

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2007年2月 6日 (火)

「浅草名人会、浅草芸能大賞授賞式」その6

記念公演--信玄公の見事な踊り

式典が終わると、受賞記念公演。まずは藤間蘭景さんの舞踊「都鳥」。私は踊りはほとんど(いや、まったく)わからないので、よかったのかよくなかったのかわからない。正直に言えば、ちょっと眠くなった。申し訳ない。

次はロケット団の漫才。テレビにはほとんどか全然か知らないが出ず、主に寄席や演芸場で活動しているのだそうだ。だから知名度は高くないようだった。私は、「あぜくら」で国立演芸場の出演者に時々見る名前だなあ、というくらい。同じ劇団にいた2人(三浦昌朗、倉本剛)が劇団員を楽しませるためにコンビを組んだところ、役者よりお笑いのほうが向いているということで、おぼん・こぼんに師事し、本格的に漫才を始めて約6年。現在は鈴々舎馬風一門ということだ。この漫才がオーソドックスながらテンポがよく、今どきネタをふんだんに盛り込み、ちょっと危ないどこかの国の話なんかも入れて、とっても面白い。圧巻だったのは防災心得を何十カ条も、超早口で並べ立てるところ。これを何回も、1人で、また2人で口を揃えてやるのだが、息がぴったり合ってお見事。防災心得の一つ一つにいちいち頷いている人が何人かおり、それを見るのも面白かった。私は相手の欠点をあげつらう漫才は好きでない。ロケット団は、1人が山形出身で、2回ほどそれを揶揄するところがあったが、一言だけでくどくなく、漫才としては許容範囲かな。初めて知るこのコンビ、なかなか頭のいい漫才だと思った。ただ、この2人、姿勢が悪いのが気になる。表彰式で亀ちゃんの隣にいたから、よけいそれが気になった。

そして亀治郎さんの踊り「松の緑」。左隣のオバチャンは亀ちゃんのことをよく知らないようだったから教えてあげた。さっきの藤間蘭景さんは、音楽が録音らしかったが、亀ちゃんは、嬉しいではないか、ナマ演奏。幕が上がると、舞台上手に長唄連中と囃子方が並んでいる。オバチャン、「あら、本格的ねえ」と驚いていた(私、内心「そりゃあ、亀ちゃんのことだもの」と得意顔)。杵屋栄津三郎さん、田中傳左衛門さん、歌舞伎で何回もお顔を見ているのにお名前に自信のないその他の方(ごめんなさい)、全部で8人だったかしら何人だったかしら。亀ちゃんは、素踊りというのでしょうか、金屏風の前、紋付袴に扇をもっただけのシンプルな姿で、しなやかに、かつキリっと踊り、私は約20分のその間、食い入るように亀ちゃんの動きを見つめていました。とくに指先のきれいさには引き付けられます。指の動きに全然無理がなく、反ったり揃えたりが自然で綺麗。それにしても、今の亀ちゃんは亀ちゃんにあらず、この踊りも武田信玄が踊っていたに違いない。幕が降りる瞬間、後ろの女性が「オモダカや~っ」。周囲では「綺麗だったわねえ」という声がため息とともに聞こえてくる。今日、亀治郎さんお目当ての人はどれくらいいたんでしょう。後援会でお見かけしたお顔があちこちにいらっしゃいました。

最後は円楽さんとお弟子さんたちの「浅草を語る」。お弟子さんの1人が司会、3人が師匠を助けてトークする(楽太郎さんも来るはずだったが、強風で東北新幹線が止まっており、栃木から帰ってこれないと言っていた)、という図式かと思ったら、円楽さん、長い小噺を2つも立ったままして、脳梗塞で倒れたことなどほとんど影響していないみたい(私は笑点を見ていないから、回復状況を知らなかった。さっきの表彰式での挨拶もちゃんとしていてびっくりした)。とてもスローな語り口で、間も長いのに、全然退屈せず、逆に話の展開はどうなるの?と早く知りたくなるくらい引き込まれる。ここまでくるにはどれだけリハビリに励んだかが窺われるとともに、近々「芝浜」で高座に上がるという、それにかける意気込みが感じられた。小噺の一つは、円楽さんの実家であるお寺と川口松太郎にまつわるもの。もう一つは金魚の話。ある奥さんが飼っていた金魚があるとき畳の上に飛び出した。奥さんは金魚が畳の上で生きている時間を毎日の訓練で少しずつ延ばしていった。今日は5秒なら明日は6秒、その翌日は7秒というように。そして1年もたつと、金魚は奥さんにくっついて散歩に出かけるようになった。あるとき、橋の上の石ころにつまずき、金魚はぴょ~んとはねて川に落ちた。そして溺れ死んだとさ(ちょっとブラック?)。

こんな調子だからお弟子さんたちは話すことがなくなり、なぞかけ(○○とかけて□□と解く、っていうの)をやって終わり。全体にヨイショ系で、ん~という感じ。「笑点」に出ているという好楽さんのお孫さんが2人(若そうに見えたけど、孫がいるんだ)、円楽さんに花束を渡して幕。

帰り支度をしていると、左隣のオバチャンが「色々話しかけてすみませんでしたねえ」と言う。とんでもない、歌舞伎のときは自分の世界に入り込みたいから話しかけられたくないが、浅草のこういう演芸会なら大歓迎。おかげさまで暖かいお喋り、楽しかったですよ。最後、私も調子にのって、「亀治郎さん、応援してくださいねえ。風林火山、見てくださいねえ」なんて甘ったれてしまった。右隣のおばさまとも何となく目と目でご挨拶して。

初めての経験が一杯だった、今日一日。朝から終演の1920分まで、浅草2往復、さすがに疲れました。でも、面白かったなあ。

ところで。全然関係ないのだけど、秩父歌舞伎で14年ぶりの襲名披露があるんだそうだ。一人は十二代目喜熨斗(きのし)屋坂東彦五郎、もう一人は三代目関竹寿郎。どちらも普通の人らしい。で、気になるのは喜熨斗屋という名前。亀ちゃんの本名も喜熨斗というのだけど、何か関係あるのかしら。この前から気になって仕方ない。

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「浅草名人会、浅草芸能大賞授賞式」その5

式典お待たせしました! 亀ちゃん登場

Photo_43 さあ、いよいよ芸能大賞授賞式。なんだけど、その前に「スターの広場」手型顕彰式というのがあった(なかなか本題にいきませんねえ)。浅草公会堂前に埋め込まれた浅草ゆかりの芸能人の手型に新たに加えられた人が紹介される。今回は中村玉緒、藤村志保、二葉百合子、藤間蘭景、渡哲也の5人。実は、休憩時間に藤村志保さんが控え室に入って行くのを見た。ってことは、わっ、中村玉緒も渡哲也も来るの?! というミーハーの期待は半分予想した通りはずれ。中村玉緒は事務所の社長か誰かが代理人で出席。渡哲也は欠席。したがって、渡哲也以外の4人が顕彰状をもらった。

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隣のオバチャンが、「いっぱいになったらどうするんだろうね」って話しかけてくる。たしかに公会堂の正面には余地が少なくなっている。脇にも手型を埋め込む場所があるのかしら。

顕彰式が終わると、芸能大賞の各賞受賞者が登場。新人賞はロケット団、奨励賞は、さあ、長らくお待たせしました、亀治郎さんです。大賞は三遊亭円楽さん。亀治郎さんは紋付袴姿で、実に凛々しい。背筋が自然にぴっと伸びて、立っていても椅子に腰掛けても絵になる。円楽さんは、杖をついて不自由そうに出てきた。大丈夫なのかしら、と心配になってしまう。表彰状授与式の後は、全員が11人挨拶。

藤村志保さんは、昨年、コクーン歌舞伎で普通に観客として来ていたのを見たことがある。ほっそりと上品なグレーの(だったと思う。ちがったとしても、地味めだった)和服姿でとても綺麗だった。今日は名前通りの藤色のお召し物で、変わらず素敵。亀ちゃんとは「風林火山」で敵どうしという話をされた。本当は武田側に行きたかったのですが、年齢制限でダメでした、と笑わせる。

亀ちゃんは自分の番になると、これを受けて「先ほどご紹介をいただいた武田信玄こと市川亀治郎です」とまず自己紹介。そして曽祖父の猿翁が浅草に生まれ、「猿之助横丁」の碑があるということで、浅草とのつながりを語り始める。浅草歌舞伎の話になり、第1回は二階席など数えるほどしか観客がいなかったのに、回を重ねるごとに大勢の人に来てもらえるようになった。一昨年の蜘は、自分の代表作になるだろう。将来自分が立派な役者になれたら、そういう自分を育ててくれたのは浅草であると言いたい。浅草歌舞伎などが認められて受賞したのに、その年にいきなり、テレビの関係で参加できなかった、来年は今年の分も含めて思い切り活躍したい。このように亀ちゃんは挨拶した。頭のよさがビンビン伝わってきたし、堂々としていて、こちらまで誇らしくなりました。

この授賞式って、写真を撮ってよかったらしく、亀ちゃんが賞状やカップ、賞金を渡されているとき、後ろでカシャカシャいってるのが聞こえ、フラッシュが光った。ええ~、いいのぉ?と、その時は不安でカメラを出そうか出すまいか逡巡していた私も、さすがにガマンできず、挨拶の時にはバシバシ撮らせていただいた。皆さんにご披露できないのが残念。だって、今日の亀ちゃん、いつもに増して魅力的だったんだよ~。若々しくて、ホント綺麗だった。いつもと違う髪型で、それもまた素敵。撮ってきた写真見たら、瞳なんかキラキラしてるし(あ、光の関係か?)。

ちなみに、浅草芸能大賞は、昭和59年が第1回で、新人賞・奨励賞・大賞の三冠を取った人はいないそうだ。今三冠に一番近いのは林家正蔵だという。こぶ平で平成元年に新人賞、そして平成17年に正蔵で奨励賞を受けている。新人賞から奨励賞まで17年もかかっているんだなあ。亀ちゃんが狙えるのは二冠だけど、絶対取れると私は決めちゃっている。

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2007年2月 5日 (月)

「浅草名人会、浅草芸能大賞授賞式」その4

話術は魔術の巻3—ウクレレ漫談とマジックと落語
3弾は牧伸二。今年73歳になるというが、元気もいいし、声もよく出ていた。うわあ、「あ~やんなっちゃった」をはじめてナマで聞いたぜ。というところまではよかったのだが、ネタをいくつかやったあとは、自分は歌手として歌もたくさん出している、と言って、ポール・アンカやプレスリーなどのさわりをやった。ところまでは、まだまだついていかれたのだけど、やがて何か持ち歌を歌いだした。これがけっこう長くて、申し訳ないけど、ついつい居眠りが出てしまった。浅草の歌だったらしいが、あまり面白くなく、睡魔に耐えられませんでした。

15分の休憩のあと、伊藤夢葉さんの手品。これが、マギー司郎から訛りをなくし、さらに喋りも手品もテンポをぐっと早くした感じで、おおいに笑った。マギー司郎の場合は、この人、本当に手品できるの?という心もとなさがつきまとうが、伊藤夢葉さんの場合は、ボケばっかりかましているけど、実はスゴイんじゃないかと思わせる。そして、スゴイかどうかはともかく、やっぱり最後にちゃんと<見せ>た。

トリは落語の柳家さん喬さん。噺は、かの有名な「時そば」。「時そば」と言ってバカにすることなかれ。話の内容もオチも全部知っているのに、おかしいこと、おかしいこと。涙が出るほど笑った。しかも、ソバの食べ方が実にうまい。最初のソバなんて、「かつおぶしをたっぷり使っただしだねえ」なんて言うところで、ぷ~んとだしの香りさえしてきたもの。ずるずるっとソバをすすりあげるところでは、おなかがぐ~っと鳴りそうになったもの(ああ、ソバ食いてえ。あ、失礼)。そして、お間抜け男が食べる不味ソバの時は食べたいという気持ちが起きないのだ。落語の中でももっとも有名な噺の一つである「時そば」でこれだけ笑わせるのは、相当な伎倆でしょう。さん喬さんは平成6年にこの浅草芸能大賞新人賞をとっているのだそうだ(この年の大賞は萩本欽一)。その後はちっとも、と本人がぼやいていたけど、いずれ奨励賞に値する芸になりそうな気がした(もっとも、他の噺家さんの力量を知らないから、比較はできないけど)。

この名人会では、曲独楽とマジックは直接話芸ではないのだけど、そういうものでも如何に話芸が大事かということを痛感した。三増紋之助さんも伊藤夢葉さんも、話術が本芸の面白さ見事さを倍増させたように思う(染之助、染太郎はそれを2人でやっていたわけだ。昔、この2人をモデルにしたような漫画で、2人が喧嘩別れをしてそれぞれピンで芸をすることになったが、まったく売れず、仲直りしてコンビが戻ったらまた売れたというのがあった)。このような演芸の火を消してはいけない、としみじみ思った。

さて、亀治郎さん登場まで、もう少しお待ちを。

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「浅草名人会、浅草芸能大賞授賞式」その3

話術は魔術の巻2—講談
2番手は講談の神田陽子さん。テレビでも時々見ることがあるが、話を聞くのは初めて。若き日の西行法師の和歌修業のお話。西行が有名な鼓が滝というところに来て「伝え聞く鼓が滝に来てみれば、沢辺に咲くやたんぽぽの花」という和歌を作り、自画自賛する。気がつくと暗くなっていたので、近くの貧しい家に一夜の宿を求める。そこには老夫婦と孫娘がいて、おかゆでもてなしてくれる。その後西行が作った歌を披露すると、まずはおじいさんが「伝え聞く、というところですが、ここは鼓が滝なので、音に聞くとしたほうがよろしい」とアドバイスする。次におばあさんが「鼓が滝に来てみればは、鼓が滝を打ち見ればにしたほうがよい」と、最後に孫娘が「沢辺に咲くやは、川辺に咲くやがよい」と勧める。すべて鼓にかけた表現である(川は、鼓の皮にかけている)。西行はいちいちなるほど、と自分の未熟さに冷や汗をかく。一晩たってみると、そこは元の鼓が滝で、実は西行の夢の中に和歌の神様が現れたということだった。以後、西行は慢心することなく修業に励んだそうだ。

という、文字にしてしまえば大して面白くもない話だが、これが神田陽子さんの話術で、大いに笑わせられ感心させられる。講談って、まともに聞いたのは初めて。女性の声は甲高くてどうかな、という先入観は見事に吹っ飛んだ。ゆっくりとわかりやすく、時に可愛らしく、ホント面白かったわ~。

講談の後は、「めでたいめでたい」という妙な踊りを踊っていた。なんかよくわからないけれど、講談の後にはいつも踊るのかなあ。

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「浅草名人会、浅草芸能大賞授賞式」その2

話術は魔術の巻1—江戸曲独楽

イベントは3部構成になっていて、第1部「第24回浅草名人会」、第2部「式典」(授賞式)、第3部「受賞記念公演」。あまりよくわかってないで参加したので、浅草名人会のことは頭になかった。

3時の開始とともに、司会の梶幹雄さんが登場。この人って、たしか昔ニッポン放送のアナウンサーだった。ちょっと懐かしい声だ。芸能大賞と名人会は一緒にやるのだが、名人会のほうが1年早く始まっており、今年で24回だが、芸能大賞は23回なのだそうだ。最初に梶さんが「第24回浅草名人会、第23回浅草芸能大賞」ってコールしたとき、間違ったんじゃないかとドキドキしちゃった。

名人会のトップバッターは江戸曲独楽の三増紋之助さん。トップバッターはむずかしい。観客が最初うまく雰囲気に乗ってこないのだから。それを巧みな話術と芸で上手に笑わせ、だんだん盛り上げていく。独楽はこちらから見ると、ただ立っているだけで回っているようには見えない。もちろん、回っていなければ立つはずがないことは頭ではわかっている。でも上から見るわけではないから、模様が見えず、回転が実感できないのだ。そこで紋之助さんは独楽が回っているときと回っていないときの違いを実際に見せてくれた。そのあたりからだ、盛り上がりだしたのは。

この独楽は、人差し指と親指で輪を作り、その間に軸を入れて手を振るようにすると、軸に肌が触れて回転がつくのだそうだ。一度回転がついた独楽は、今度は両手のひらでこするようにすると、どんどん回転を上げる。そうしておいて、刀の刃の上を移動させたり、綱渡りをさせたりする。刀の刃の上の独楽は切っ先で見事な寸止め。綱渡りは、トトロの1シーンにひっかけて、軸にトトロの人形を刺し、まるでトトロが独楽に乗って渡っているよう。実に可愛く、ファンタスティックであった。これは観客が1人助手として手伝ったが、このオニイサンがなかなかのノリで楽しませてくれた(サクラかも?)。

紋之助さん、最後に客席の間の通路に出てきて、私の列のあたりで独楽を回し、それを細い棒のてっぺんにのせ、フラフラと回転させながら、通路を後ろへ移動し、さらに別の通路から舞台に戻るという離れ業。この独楽の軸が、回りながら棒と90度近くの角度を作るから、今にも落ちるのではないかと、ハラハラする。落ちそうになってはまっすぐになり、まっすぐになってはまた90度近くになる。回転が遅くなると落ちてしまうのだから、通路を移動している間じゅう回転を維持させなくてはならない。いよっ、名人!! だね。

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「浅草名人会、浅草芸能大賞授賞式」その1

座席についたところまでの巻

行ってきました、芸能大賞。長くなるので、細切れでご報告します。

朝もらった整理券をもって、午後220分の集合へ。番号は決まってるのだから時間通り行けばいいようなものだが、そこは小心者、万が一のことを考え、少し早めに着いた。それでももうかなりの人がいて、いちおう客どうし番号を確認しあって、順番どおりの列が自然にできていた。ま、中には「どこに並んでても同じよ、番号順に入ればいいんだから」というオバサンもいて、入り口で番号チェックをしている様子も見えなかったから、インチキしようと思えばできたはず。でも、私たちは良識ある大人ですからね。

Photo_41 私は整理券をもらうときは124番(今朝のブログで、番号間違えたので訂正しました)、ハガキ1枚で2人まで入れるため、実際の整理券番号は後ろにずれて192番。会場に入ったときにはすでに会場真ん中のいい席は埋まっていて、1階下手寄りの前から5列目に陣取った。今日は花道は設置されておらず、花道があれば削られるあたりではないだろうか。

左隣に来たオバサンが「ここは、傾斜がないからねえ。2階にしたほうがよかったかしらねえ」と、妙に親しげに話しかけてくる。う~ん、私も最初迷ったのだけど、傾斜がなくても舞台に近いほうがいいからなあ。で、結果として、決して悪くない席だったと思う。

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2007年2月 4日 (日)

ヒマ人と言わないで

今日は日曜だというのに、私にしてはかなり早起きして、浅草へ。例の亀ちゃんが出演する浅草芸能大賞授賞式があるから。で、入場には入場券が必要で、それは往復ハガキで以前に応募して当選した。ところがそれで喜んではいられなかったのだ。全席自由席だからヘタをすると、席がないこともあるという。だけど、何しろはじめてのことだから、勝手がわからない。でも「当日9時半から整理券を配ります」とハガキにあったし、とにかく整理券さえあれば、間違いなく中には入れるわけだし、せっかくだからいい席もほしいし、というわけで頑張った頑張った。

風が強いという予報だったから、サッカー観戦用のダウンコートとマフラーの重装備。浅草公会堂へは30分前の9時ちょうどに着いた。今年の国立劇場初日も30分前に着いて、「甘い」というご指摘を受けたが、今日も頑張ってそれが精いっぱい。

公会堂の正面入り口が見えてきたら、おおしめしめ、誰も並んでいない。でも、そんなはずもなかろうから、場所が違うのかな? 半分喜び半分不安で近づいていくと、少し前を歩いていた女性が正面玄関を入って行った。あ、職員さんかもしれない、聞いてみようっと、と追いかけて中に入ったら、おおお!! なんとロビーにもう列ができているではありませんか!! そうだよね、やっぱり甘かったよね。

P1050075 ロビーには60番ずつの札が立ててあり、その前に並ぶわけだが、すでに札の2つは埋まっていた。私は3番目の札だから121番~180番のところ(写真は隣の列。札のこっち側に人が並んでいる)。前に3人並んでいた。30分、仕事をしながら立っていたんだけど、あちこちの話し声が気になって、仕事に集中できない。うんうん、けっこう亀ちゃんを見に来た人がいそうだな。ひぇ~6時から並んでいる人もいるんだぁ(こりゃ、勝てっこない)。

そうこうしているうちに、9時半になり、係りのオジサンが最初の人たちに「もう、いい番号もってるんだから走らないでね。ゆっくりね」と言いながら、10人ずつ受付に案内する。この時間までに並んでいたのは200人くらいだろうか。大半は受付が始まってから来るようだった。

みんな、ちゃんとオジサンの言うことを聞いて、おとなしく受付をすませ、私も無事整理券をいただきました。

それで、とにかく一度帰宅して、また時間までに出かけるというわけですわ。まあ、ヒマ人と言われれば、違いないわいな。

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2007年2月 3日 (土)

豆・・・

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今日は、歌舞伎座で公演中に豆まきがあるらしい・・・

演舞場は夜の部終了後にまくらしい・・・

この3年間気付かなかった・・・

そして今年亀ちゃんは成田山へ・・・

私はどこへも行かれない・・・

来年の2月は節分の日に見に行こうっと。そういうのがあると、その場にいたいのです。野次馬でミーハーだから。

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2007年2月 2日 (金)

過ぎたるは・・・

21日 私はだれでしょう(紀伊國屋サザンシアター)
P1050040 遅筆堂の名の通り、井上ひさしの脚本が初日に間に合わずハラハラさせられたこの作品、無事に見ることができてよかった。

とはいうものの、期待したほどの出来ではなかった。というのは、井上ひさしのメッセージが強く出すぎて、押し付けがましいような気がしたのだ。そのため、逆に心に残るものが薄まってしまったような気がする。

昭和217月から2211月までのNHK東京放送会館2階の一室でのさまざまな出来事。そこからわかる登場人物の人生。この作品を見れば、昨年見て大いに感動した「紙屋町さくらホテル」が甦ってくる。時代や場所こそ少し違え(さくらホテルは原爆が落とされる直前の広島)、テーマや状況には共通したものがある。さくらホテルは高度に完成された作品であり、セリフの一言一言が静かに、かつ熱く胸に迫ってきて、今でもそれぞれの人物を愛情と悲しみをもって思い出すことができる(さくらホテルについては、当ブログ06年8月31日に感想を書いてあります)。それに較べると、「私はだれでしょう」は面白いところも多々あったが、未完成だという印象は否めなかった。登場人物も、さくらホテルほど魅力的ではなかった(役者さんが、という意味ではありません。劇中のキャラのことです。魅力的な要素は十分持っているんだけどなあ)。遅筆に遅筆を重ねた新作というのはこういうものなのだろうか。

この作品のモチーフはラジオの「尋ね人」であり、当然ラジオが主人公でもある。昨年上演されたキャラメルボックスの新作「少年ラヂオ」も、ラジオに重要な役割をもたせていた(とくにその役割が前面に強く出ていたわけではないが)。こちらの時代も終戦後であり、はからずも2つの劇団の新作が同時代の同じモチーフを扱っていたのは偶然の一致にしても、面白い。

ところで、出演者に贈られたロビーのお花たち、あれって、公演中どうやってもたせるのかしら? 机に置かれた佐々木蔵之介さんファン一同からのお花(オアシスに活けられていた)が少し枯れ始めていて、ちょっと悲しいものがあった。

★トリビア:ラジオといえば効果音だが、効果音の創始者らしい和田精という人は、あの和田誠さんのおとうさんなのだそうだ。和田誠さんは、「私はだれでしょう」の宣伝美術を担当している。で、この話にはぜ~んぜん関係ないんだけど、私はいっつも平野レミと和田誠がどうしても結びつかないのよね。

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2007年2月 1日 (木)

蜷川芝居、個人的いろいろ

「十二夜」を見た後、蜷川さんの芝居を何でもいいから見たくなったのだが、コクーンなどはまずチケットが手に入2_7 らない。そうしたら、彩の国芸術劇場で蜷川さんがシェークスピアの全37戯曲を上演する企画実行中だと知り、即会員になった。そこで初めてみたのが去年の2月、「間違いの喜劇」だった。このときは蜷川さんを目の前で見た。よほど「十二夜」に感銘を受けたと言お3_5 うかと思ったが、やっぱりうかつに声は掛けられなかった。

「間違いの喜劇」の次は「タイタス・アンドロニカス」だったが、血塗られた悲劇だというので、これは見なかった。私は明るい喜劇が見たかったのだ。今回の「コリオレイナス」もかなり重い悲劇だが、実は内容を知らずに、ただ出演者のみで買ってしまった。でも、これで私の精神も悲劇に十分耐えうることがわかったから、今後はバシバシいきます。「タイタス」も去年は再演だったようなので、見ればよかった。第一、もうすでに今回のを含めて16作もやっているのだから、少しでも多く見たいじゃない。失敗したなあ。

この劇場は、座席が全部舞台のほうを向いて設えられている。だから、端のほうでも非常に見やすい。去年は比較的後ろの端のほうだったが、私の席のすぐそばの通路を役者さんが何度も通るので、けっこうおいしかった。今回は5列目ほぼセンターで、バッチリいい席。うれしかったわ~。舞台で役者さんの唾が飛び交うのもはっきり見えるんだもの(別に変な趣味はありませんよ。1番前だったら、絶対唾浴びそう)。

ところで、ロビーで人だかりがしているから何かと思ったら、8月から9月に掛けて上演される「エレンディラ」の先行販売だった。「エレンディラ」は確か去年、巣鴨の体育館で上演されるはずだったように思うが、その後全然情報を聞かなかった。残念に思っていたところ、今日思いもかけず上演の報に接し、胸の中でガッツポーズ。早速予約しようかと心が動いたけれど、何せまだ先のことだし、どうやら座席も限られているらしい。ということで、もう少し落ち着いた状況で日程を決めることにして、今日は公演情報をインプットするにとどめた。「エレンディラ」って20年も前に映画を見て感銘を受けたから、是非見たい。ニナガワがどう料理するのかも楽しみだ。

おまけ:劇場の下で、「間違いの喜劇」や「タイタス・アンドロニクス」などの舞台の模型、衣裳、台本などが展示されていた。芝居づくりの過程をほんのちょっぴりだけ窺えたような気がする。

07013001 この写真は、彩芸の最寄り駅、与野本町駅前のオブジェ。

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ベスト3

2006年歌舞伎ベスト 3の結果が出ましたねっ。う~む、東京篇については、かなり納得。かなり、ということは、私の投票したのとは少し違うわけで、でも、泣く泣くはずしたというのが1位の「伽羅先代萩」ですから、かなり納得です。

泣く泣くはずしたというのも、多分相当票が入りそうだと予測したからで、微力ながら私がひっぱってあげたいと思う演目に私は投票したわけでして。2位の「元禄忠臣蔵」が通しで選ばれたというのは非常によかったと思います。「天守物語」が3位というのはちょっと意外(別に「天守物語」がよくなかったって言ってるわけじゃありませんよ~。美しい舞台、美しいセリフ、美しい人たち、今でも目に浮かびますもの)。「決闘高田馬場」がどこにもないのも意外。歌舞伎としては異色だったからでしょうか。

2005年と比較してみると、1位から3位までが、ああ、あの年はやっぱりこれだよな、という感じで並んでいました。そう思うと、2006年は私には選ぶのがかなり難しかった。ちなみに、私が1位に選んだのは、「京鹿子二人娘道成寺」。あとは内緒です。

yuki様、集計お疲れ様でございました。楽しい企画をありがとうございます。また、今年のベスト3も楽しみにしております。

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