1月3日 梅初春五十三驛(国立劇場)
はちゃめちゃなストーリー(理論家には向かないお話です)に歌舞伎の面白い要素がすべて取り込まれて、とにかく楽しくて、ほとんど居眠りするヒマのない芝居であった(ほとんどってことは、ほんの少しだけ墜ちかけたことを白状します)。以下、長いし、ちょっとネタバレしますからご用心。
何しろ、登場人物からしてスゴイ。源範頼、藤原時平みたいな隈で、団蔵さんが不気味に演じる。範頼という、歴史的にはちょっとインパクトの弱い人物(と私は思っている)を軸にもってきたのは面白い。軸と言っても、主人公という意味ではない。範頼の野望からストーリーが始まる、という意味。で、範頼なんだから、時代は鎌倉である。それなのに、鼠小僧次郎吉(菊五郎)に白井権八(菊之助)が出てくるんである。なんというイマジネーション! 江戸時代の庶民にとって鼠小僧も白井権八もヒーローだったんだろうな、と窺わせるこういう荒唐無稽な大らかさが良い。
話は、よくあるパターンの、主家(この場合、義経)から預かった大事な宝剣が盗まれてお殿様(大江因幡之助・松緑)がピンチに陥って、騒動が起こるというもの。いろんな人物が宝剣を奪い合いながら、あちこちで絡まりあって、東海道を京から江戸へやってくる(鎌倉時代のいわゆる五十三驛モノ)。その間、だんまりあり、屋体のセリ下がりあり、宙乗りあり、立ち回りあり(辰巳さん、大活躍です)、2艘の舟のすれ違いあり、大鼠の妖怪あり、化け猫騒動あり(かわいい子猫ちゃんたちと猫石の精・菊五郎さんがパラパラを踊るんだけど、一部の観客から手拍子が起こっていた)、雪が降り、桜吹雪が舞い、そして菊五郎劇団お得意のドガチャカあり(恒例、売れっ子お笑いのギャグは今回は多分3組採用されている)と、もうワクワクしちゃう。
菊五郎さんは、「実は何々」というのも含めると6役演じ分け。その中で、小夜衣お七という役は、つい先月の出刃打お玉をちょっと思い出させるような女郎なんだけど(菊五郎さんのこういう役、好きだなあ。情が滲み出ていて)、これが八百屋お七と同じように、必要に迫られて櫓の太鼓を叩く。で、お七がいるなら紅長*も、というので、そのパロディらしい所化・弁長(三津五郎さん、こういうの実にうまい。あんな二枚目なのに。本人も楽しんでいる気がする)が登場する。
*紅屋長兵衛。お七が「べんちょう」という渾名をつけたらしい。「松竹梅湯島掛額」という芝居で、めちゃくちゃ笑わせてくれるおどけた人物。
ストーリーもいろいろな芝居のパロディを鏤めながら進行する。歌舞伎好きなら「あ、あの話だ」「あのセリフだ」などと当ててみるのも面白い。意図的なパロディでなくても、どこかに似たような人物がいたなあ、とか、似たような話があったなあ、ということもしばしば。歌舞伎初心者はイヤホンガイドを借りると、より楽しめると思う。
そういえば、問題の宝剣は三種の神器のひとつ、抜けば雨が降るという「天叢雲」なのだが、たしか去年見た演目で、やっぱり抜けば雨が降るっていうのがあったような気がする。籠釣瓶? いや、違ったかな。思い出せない。
あっちこっちへ広がった話は、すべて強引に天叢雲に集結して最後はひとつにまとまるのだが、さんざん大騒ぎした割には、ちょっとあっけない。そりゃないだろう、という感じもした。化け猫の犠牲になったおくら(茶店の気立ての良い娘、梅枝)、主人白井権八の身代りになった権八に瓜二つの家来・久須見吉三郎(菊之助2役目)が可哀想じゃないか。
そうそう、おくらが化け猫に操られて、あっちこっちに吹っ飛ぶ場面がある。でんぐり返しに鉄棒、逆立ち、とんぼと色々な見せ場があるが、これは梅枝クンではないでしょう。つまりスタントですな。顔が見えないように、できるだけ髪の毛で隠していることからも、すぐわかる(と言いながら、もしご本人だったらゴメンなさい)。梅枝クンは何を演じても、とても丁寧にやっていて好感がもてる。
時様は最初の登場がとても美しかった。でも、赤姫って、どうしてなんだか、かなり積極的な人がいるのよね。この大姫(源頼朝の娘)も一夜の契りを結んだ次郎吉に迫っちゃう。そのくせ愛しい許嫁もいるのよね(というか、この辺の事情、非常に複雑。次郎吉の正体を姫は知っているのかいないのか…ちょっと理解できないまま話は進んだ)。時様は、私は芸者や花魁のようなほうが好き。とっても粋な美しさがある。「盟三五大切」の小万なんてゾクゾクきちゃった。2役目の三浦屋小紫は白井権八の恋人。以前、染五郎の直侍相手に三千歳をやったときは、母子みたいで違和感があったけれど、今回の菊ちゃんとは意外に似合っていた。
時蔵さんは一家で出演。梅枝クンの弟の萬太郎クンは今回初めて見た。小柄だけれど、松緑さん演じる大江因幡之助の家臣を一生懸命やっていて、なかなか期待がもてる。
松緑さんは大江因幡之助が綺麗で上品で良かったけど、意外と見せ場がなかったなあ。
秀調さん、萬次郎さんが、ピタリだけど実にもったいない使われ方をしている。そうそう、三浦屋の場面で禿役の子役が出てきたんだけど、下田澪夏ちゃんじゃないかなあと思ってプログラムで確認したら、やっぱりそうだった。この名子役もここだけでもったいない。
最後の場面は、萬太郎・亀寿・時蔵・三津五郎・菊之助・菊五郎・松緑・亀三郎・松也と勢揃いし(順番は定かでない)、移り気な私の目はもうあっちへこっちへキョロキョロ。美しい人たちの並んだ姿は眼福眼福。ステキな初日でございました。
おまけ①御殿山の場。実に幻想的で美しい。舞台の奥行きがこんなにも広かったのかと驚かされた。桜、桜、桜の中で美しい菊ちゃんがますます美しい。
おまけ②ドガチャカの場面で、手ぬぐい撒きがあります。もし、毎日同じように撒くのなら、今年は後ろのほうでも花道脇が狙い目かも。去年は私、その辺だったけど、全然届かなかった。今年は一番前にいたのに、全然こなかった(泣)。
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