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2007年1月

2007年1月31日 (水)

PASMO~っ

0701313 某地下鉄改札、こんなふうになっていた(どこも同じかも)。それを見た途端、私の脳の回路は統制を乱し、ひっちゃかめっちゃか。「え、え、え、これ、改札通れるのぉ???」私は、パスネットとスイカが一緒に入ったカードケースを、この「ICカード準備中」の上に慌てて押し付けた。何の反応もない。「おい~!!」。と焦ったところで、脳の回線が戻った。いや~ん、恥ずかし~。小心者の私は今のみっともないところを誰かに見られやしなかったかと、そっと周囲を見渡し、大急ぎでパスネットを取り出して、そそくさと改札口を通ったのであった。

JRにスイカが導入される前は(された後もしばらくは)、こんな間違いしょっちゅうだった。始末の悪いことに、JRでも地下鉄でも、カードそのものは入ってしまう。だけど、異常を知らせる音がして、一応カードだけが先に行き、本人は止められちゃう。こういうのって、人がいないときはいいけれど、後に人がいると、みっともないし、流れを止めることになるので申し訳なく思って、なんか身の置き所がなくなる気がしたものだ。

まったく、イオカードが廃止されてもう10カ月もたつというのにねえ。昨日久々にJRに乗ったから、脳の切替えができないままその記憶を引きずっていたのかも。これって、危なくない? 

ちなみに、写真は他の駅に行って撮った。こういう変な写真を撮っていると「こいつ、ブロガーか」って思われそうで、ここでも小心者の私はそそくさと立ち去るのです。

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凄いが揃った「コリオレイナス」

1月30日「コリオレイナス」(彩の国さいたま芸術劇場)

1_6 何が凄いって、シェークスピアって凄い。ニナガワって凄い。あの膨大なセリフを覚えて自分のものにした役者さんたちって凄い。白石加代子のド迫力が凄い。

幕があくと、意外な舞台に、ほ~っと驚きのため息。先日梅之さんが観ていらして、いろいろ趣向があるけど後から観る人のためにヒミツにしておきましょう、ということだったので私が書いては梅之さんに大変申し訳ないけれど、書かせて~。鏡が舞台全面に張り巡らされているの。そこに客席が映っているの。そう、あの「十二夜」と同じ。ただ、正面の鏡は「十二夜」よりずっと前にあるから、客席がよりはっきり映る。私も自分の顔、見えました。

役者さんたちが鏡の前に現れて、やがて鏡の向こうに入っていく。鏡があくと、舞台中央には巨大な石段があり、最上階には四天王像が置かれている。そしてその奥には何重にもなった扉があり、それぞれにオリエンタルな絵や般若心経(だと思う)が描かれている。その扉をうまく利用して場面転換が行われる。また、石段に立つ位置によって、人物の力関係が表される。

時代は紀元前5世紀のローマ。途中でふっと「あれ、衣裳、着物じゃん?下は袴みたいだし。しかも、刀、日本刀だよ~」と気付いた。坊さんが着る法衣みたいな衣裳なのだ。古代ローマの話だというのに、まったく違和感がない。そうなのだ、この芝居はシェークスピアと仏教的な要素を合体させたような感じなのだ。ニナガワって凄い。

ストーリーは、やたら軍事能力の高いローマの将軍コリオレイナス(唐沢寿明)が、その高潔で妥協を許さない性格から傲慢だと非難され、護民官と護民官にあおられた群衆によってローマを追放される。復讐心に燃えたコリオレイナスはそれまでの最大のライバルであったオーフィディアス(勝村政信)に手を組んでローマを攻めることを申し入れ、受入れられる。昨日の敵は今日の友、2人の間に友情が芽生える。コリオレイナスは軍で日に日に存在感を増していく。最強の将軍に攻められたローマはひとたまりもない。コリオレイナスの旧友たちが和解を求めて会いに行くが、冷たく追い返されてしまう。ローマ側は最終手段としてコリオレイナスの母親(白石加代子)と妻子を使者に送る。悩んだコリオレイナスは結局情に負け、和解する決意をする。ところが、コリオレイナスの存在感を面白く思わないようになっていたオーフィディアスは、この和解をコリオレイナスの単独行動として告発し、2人は戦い、これまで5回戦って一度も負けたことのなかったコリオレイナスはついに命を落とす。コリオレイナスの遺体は、手厚く弔われるように、45人の兵士が担ぎ上げて運んで行く(ここで私は再び歌舞伎を思い出した)。

コリオレイナスの一生って、何なんだったんだろう。し~んと静まり返った客席で、考えさせられた。

一般市民とは政治的にも軍事的にも弱い存在でありながら、ある意味、一番恐ろしい存在だ。コリオレイナスを強い武将として称えたかと思うと、傲慢だとして追放する(今のマスコミと同じだよね)。追放がローマの危機を招くと、「おれは追放したくなかったんだ」と責任転嫁する。コリオレイナスの運命は市民に翻弄されてしまったようだ。

私がよくわからなかったのは、ラスト。コリオレイナスを殺したオーフィディアスが彼を抱きしめて泣くところ。本当にライバルの死を悼んでいたのだろうか、悲しんでいたのだろうか。勝村政信の嘆きの表情が笑いにも見え、私はわからなくなってしまった。しかし、カーテンコールに出てきた勝村の顔は、まるで泣いているかのように見えた。オーフィディアスはやっぱり嘆いていたのだろうか。

シェークスピアの悲劇って、4大悲劇くらいしか知らないけれど、コリオレイナスも含めて、一見特殊な状況でありながら、その実本質的には誰の身にも起こりうるというところが凄い。

しかし、なんというセリフの洪水だろう。それもただのセリフではない。内容もむずかしいし、人名もちょっとややこしいし、1回のセリフが長い。それをかなりの早口でカツゼツよく大きな声で喋る。もうこっちは圧倒されっぱなし。若い役者さんも凄い、そして失礼ながらある程度年齢のいった嵯川哲朗さんのような俳優さんも凄い。そういえば嵯川さんって、昔よくテレビの時代劇に出ていなかったっけ。

白石加代子は初めて見た。その迫力はあまり凄すぎて、ときどき笑いが起きるほどだった。

こんな重くて暗くてつらい話を最後まで飽きさせずに見せるのは、元の戯曲を知らないから、シェークスピアが凄いのか、ニナガワが凄いのか、どっちも凄いのかわからないけど、とにかく、凄い芝居であった。

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2007年1月30日 (火)

2倍速

私はバラエティー番組が好きで、ちょっと笑えそうなものは録画して後で見ることにしている。だけど忙しいから気が付いたときには、2カ月、3カ月分はたまっている。それで食事のときや外出の支度をしながら見るのだけど、これまた時間がないから2倍速で見る。見るというより、とにかく消化する、という感じかもしれない。じゃ、見なければいいのに、せっかく録ったんだし、ちょっと笑いたいときもあるし。

こんなことを繰り返していたら、頭の中がほとんど2倍速になってしまった。たとえば本を広げると、目は普通に文字を追っているのに、脳が2倍速の声を出して読んでいる。テレビを普通に見ていても、テレビの声は私の脳の中では2倍速になっている。何かしていても、常に脳の片隅で2倍速の声が飛び交っている。ただでさえ早口の現代社会で、2倍速のこの声が私の気を急き立てる。思考さえも2倍速になる。でも歌舞伎を見るときだけは、2倍速から解放されるような気がする。

と、ここまでキーボードを打っていて、ああ、この作業もまた、もしかしたら加速に寄与しているのではないかしら、と思った。

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風林火山の短い感想1

「風林火山」ますます快調である。しかし、今回はのっけから悲しかった。前回の終わりでわかってはいたものの、あの逞しくていじらしくてかわいいおみつが……。

亀ちゃんは、前回からやっと登場といえる登場。そして今回と前回では明らかにセリフの言い方が違っているように私には感じられた。つまり、前回は自分の行く末を定めかねている悩み多き青年の声で、今回は板垣に諭された後の精神的な成長が声に表れていたと思うのだ。前回の苦悩する亀ちゃんもよかった。今回の将来性を感じさせる若殿ぶりもステキだった。これまでは、勘助さんにちょっとクラっときていたのだけど、今回はもう晴信様に気が移っちゃった。

今日は、そろそろお尻に火がついてきて、久しぶりにマジに仕事して疲れたから、短い感想のみ。

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2007年1月29日 (月)

無理

半蔵門駅

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後楽園駅

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どちらも、歩いて昇ると途中でくじける

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2007年1月28日 (日)

DNAならぬDNP

ルーヴルDNPに又行ってきました。展示されている絵は、前と同じジェリコーの「銃騎兵」。今日は土曜の午後とは思えない静けさで、おかげでゆっくり色々遊んでくることができました。

今回面白かったのは、銃騎兵の人物を4つの別の絵の背景にはめ込んでみるという遊び。「銃騎兵」の元々の背景は、暗い壁のようなそうでないような漠然としたもので、人物がくっきり浮き上がり、存在感というか重厚感というか、そういうものがあります。

これを「芸術家のアトリエ」という絵の背景に置いてみると、なんともアンバランスで私は思わず笑い出してしまいました。この絵はアトリエという室内ですから、白っぽい壁に吊られた棚には石膏の習作や構図に使う頭蓋骨などがのっています。ここに繊細な姿の芸術家が悩めるポーズで座っている分には、いかにもな感じなのですが、銃騎兵のおっちゃんがデンと入ってしまうと、まるで喜劇。おっちゃんの表情まで違って見えるから不思議です。

このほか風景画、戦場の絵の背景を借りると、それぞれ異なる趣があって、アトリエほど違和感はないものの、やっぱりイマイチしっくりこない。元の絵が一番、銃騎兵の居所としてしっくりくるのです。普段何気なく見ている背景がこんなに重要なものだったんだ、と認識させられる興味深い企画でした。

0701273 しかし今日はすいていたなあ。元々予約制で一度にそんなにたくさんの人数を入れないようにしているんだけど、それにしても静かだった。ルーヴルから大事な絵を借りているのだから、DNPの入り口と絵を展示してある部屋にはガードマンがそれぞれ1人ずつ立っている。こんなに人がいないんじゃ、とくに展示室のガードマンさんは退屈しちゃうんじゃないかと、ひとごとながら気の毒になった。

ところで、DNPって言うたびに、遺伝子情報を伝えるアレは何だっけ、やっぱりDNPじゃなかったっけ。いや、ちょっと違う。でもDN何とかだったよなあ。DNPRNP? 違和感あるなあ。と、ちっとも思い出せなくて、胸の中がすっきりしない気分だった。それが今思い出した。DNARNAだあ!! 普段ならちゃんとすぐ出てくるのに、DNPがからんだ途端にわからなくなっちゃうのよねえ。いよいよ記憶の回路が混線か切断されるようになってきたのか…

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2007年1月27日 (土)

ASAKUSA photograph

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浅草で、久々にもんじゃを食べた。いつも不思議に思うのだけど、あんな粉をぐちゃぐちゃに焼いただけのものが、どうしておいしいんだろう。明太もんじゃ、最高でした。あと、桜海老焼きそば、も食べた。「どっちの料理ショー」で大差で勝ったとかいうものだそうだ(見てないから、知らない)。

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お名残惜しい浅草歌舞伎

126日浅草歌舞伎(浅草公会堂 第2部)

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(千穐楽のご挨拶に記憶違いがあったので、訂正します)

お年玉(口上)亀鶴さんでした。昼の部は亀鶴さんかなと思ったら勘太郎さんで嬉しかったのだけど、亀鶴さんの口上も聞きたかったので、嬉しい。口上というと、定式幕の中心あたりの裾がぱっと上げられて、そこに役者さんが平伏しているのが通常だが、今日は幕が上がってもマイクはあれど亀鶴さんの姿は見えず。そういえば、客席から登場するって、どなたかのブログで読んだなあ、などとぼんやり記憶を辿っていたら、確かに後ろから声が聞こえる。やっぱり亀鶴さんでした! 通路を通りながら、さかんに求められる握手に応じていた。

舞台下に立つと、「今日はロビーから登場したんですが、母親と会ってテンション下がりました」と笑わせる。私は、千穐楽の今日はがんばって最前列、しかもやや花道寄り中央(多分、最高の席)を取ったから、亀鶴さんは、まさに私の目の前。惚れっぽい私は、間近で見る亀鶴さんの美しさに、即、いかれちゃいました。握手できなかったのが残念。せっかくハンドクリームも塗って待っていたんだけどな(もうご挨拶始まっちゃったら、握手はできないよね)。亀鶴さんは、自分のかわりに挨拶してくれる人、って客席から応募を求め、私も本当は手を挙げたいけれど小心者ですから、じっと身を固くしている。すると、1人の女性が挙手をして前に出てきました。亀鶴さんの要望どおり、彼女が「来年も」と言うと、客席全体が「浅草へ!」と叫ぶ(亀鶴さんに代わる挨拶って、それだけのことだった)。彼女は浅草7回目だそうだが、それを聞いて、私のような新参者がしゃしゃり出なくてよかった、と思った。やっぱりこういう華々しい役割は、ずっと浅草を支えてきた方が担うのがよいのだ。亀鶴さん、舞台の下で喋っていたので、どうやって上にあがるのかなと思っていたら(階段がない)、舞台に手をついて、エイっと身軽に、塀を乗り越えるように上がっていきました。

「渡海屋」「大物浦」泣いた泣いた。ぽろぽろ泣きました。とくに七之助さんに泣いた。「渡海屋」で銀平の女房役もよかった(ちょっと痩せすぎか)けれど、典侍の局になったらこれがもっとよくて、安徳天皇の子役原口智照クンとともに、私の涙腺をどんどん緩めてくれる。まあ、子役っていうのは元々小さな体で、しっかりしたセリフをしっかり言うから、ただでさえ可愛いのだけど、悲劇の安徳天皇(源氏に命を救われたというこの物語では悲劇なんだか、そうでないんだか……)の身の上を思うと、ホント泣けてくる。そして七之助さん、平家の女性の悲しさ、安徳天皇の乳母としての情を余すところなく表現していて、線の細さも感じさせず、私は大いに感銘を受けた。しかも、今日の七之助さんの顔は祖父の芝翫さんにとっても似ていて、「平家蟹」の芝翫さんを思い出させた(多少狂気が入っていたということかも)。安徳天皇に入水を覚悟させる件では、七之助さんの目からも一筋の涙がこぼれているようであった(あれは絶対汗ではない、と私は思う)。今まで七之助さんが芝翫さんに似ているなんて思ったこともなかったけれど、今日の七之助さんを見ると著しい成長が窺え、芝翫さんの後継者は七之助さんになるんじゃないかしらと言いたくなるほど将来性を感じた。

「渡海屋」では、最初にちょっと道化役で亀鶴さんと愛之助さんが出てくる。いい男が2人、かなり三枚目で登場するのだが、亀鶴さんの顔、ちょっと亀蔵さんが入っていた。口上で出てきた端正な姿とのギャップに、余計おかしみが増した。愛之助さんも二枚目ぶりを捨てて、ほんと愉快。魚づくしはゆっくりはっきりと言ってくれたから、非常にわかりやすかった。

勘太郎さんの義経、大将としての威厳も気品もあり、美しかった。

獅童さん、やるじゃない!! 知盛を丁寧に熱演し、いつもは割と甲高い声でセリフを言うように思ったけど、銀平でも知盛でも腹の底から太い声を出し、大きな演技を見せてくれた。大物浦では汗と鼻水まみれになって、知盛の心情を表現していた。ニンだと思うし、今後を期待させる。今回の浅草は、獅童さんの成長にとって非常に大きな糧になったのではないだろうか。

ところで、「渡海屋」の弁慶は外に出て中の様子を窺いながら、どこへ行っちゃったの~?

「身替坐禅」愛之助さんの玉の井、獅童さんとはまた違った意味で可愛らしかった。顔も普通で、その辺にいそうなおばちゃんぽくて、親しみがもてる。昔女形をやっていただけあって、物腰も意外と違和感がない。や~んわりと怖くて、自然とダンナを尻に敷くようになった年上女房のイメージがよく現れていた。ただ、右京への愛情は獅童さんのほうに、より強く感じたかな~。愛之助さんはお小姓的な役も悪くはないけれど、今回そういう役とは異なる愛之助さんを見て、どの愛之助さんもとっても好もしく思った。

さてお楽しみの千穐楽のご挨拶。この場にいたくて、千穐楽のチケット頑張ったんだから。「身替坐禅」の扮装のままの勘太郎、愛之助さんを中心に、向かって右に亀鶴さん、左に獅童、七之助さんが紋付姿で登場。あれ、男女蔵さんがいないぞ。と思ったら、愛之助さんの挨拶が終わり、獅童さんが話している時、花道のほうがざわざわし、目をやると玉の井がもう1人。げっ、男女ちゃん玉の井です。本舞台めがけて駆けてきます。こわ~い。勘太郎さん、マジで怯えていた。愛之助さんの玉の井を見た男女ちゃん玉の井は、勘太郎さんに「この女、誰?」と迫る。勘太郎さんが「奥方で…」とかなんとかしどろもどろに答えると、「<>と言え、<>!!」と、玉の井のセリフをど迫力で言う男女蔵さん。客席爆笑の連続で、もう、この後は、この玉の井にすべてをもっていかれ、亀鶴さん(もう何も言うことはありません、と呆れ気味)、獅童さん(さっきもう1人の玉の井乱入で中断したから、再登場。今年は世間を騒がせないようにします、って)、勘太郎さん(亀鶴さんに同じ)、七之助さん(お客に対する感謝はみんな言っていたけれど、スタッフや浅草の人にお礼を言っていたのは七之助さんだけで、最後の人が言う約束になっていたのかどうかは知らないが、その言葉が聞かれてほっとした)の挨拶はごくごく簡単になってしまった。獅童さんの「これ、僕のカツラなんですよ~。男女蔵にいさんと頭の大きさ同じなのか…」に、また爆笑。男女蔵さん、勘太郎さんには腰痛で医者に行くから最後は出られないかもしれない、と言っていたらしい。ずっと勘太郎さんの腕をとり、ぴったりくっついて、しっかり玉の井していた。舞台上が男女蔵さんペースに巻き込まれていたことから、七之助さんは、前に出るタイミングがつかめず、このまま挨拶なしで終わっちゃうんじゃないかって、ハラハラしたけれど、何とか入り込んで挨拶できてよかった。しかもステキなお言葉だったしね~。

愛之助さんの音頭による三本締めのあと、手ぬぐい撒き。愛之助さん、本舞台から思いっきりいいフォームで遠くへ投げ(いよっ、<>愛之助っ)、三階席まで届いたかどうかはわからないが、少なくとも二階席には届いたようで、かなり盛り上がった。私は、残念ながら国立に続いてゲットできず。

そんな調子で、かくも賑々しく終わった挨拶だが、愛之助さんの言葉が心に残った。というのは、愛之助さんは前回勘太郎さん不在、今回亀治郎さん不在で呼ばれたということで、2回ともピンチヒッターなのだそうだ。是非来年も出たい、と言っていたが、私もそう思う。メンバーが1人増えたっていいじゃない。来年も待ってるよ~、ラブリン。

07012614 ああ、楽しかったなあ、浅草歌舞伎。名残惜しいなあ。早く来年がこないかなあ。来年亀ちゃんが戻ってくると、またチケット大変だろうなあ。

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2007年1月26日 (金)

歌舞伎じゃないけど歌舞伎関連譚

今日はポスター展をどうしても見なくっちゃ、と決意し、10時半に国立に着くように家を出た。

貧乏性だから地下鉄で仕事していたら、なんかあま~い香りが漂ってきた。途中の駅で何人か乗ってきた乗客の1人から匂う(香るというよりは、匂うという感じだった)らしい。乗客の1人に若いお相撲さんがいた。それが私の隣に座った。どうも、このお相撲さんが匂いの元らしい。嗅覚というのは、五感の中で一番早く鈍る(というか慣れる)と言われているが、この匂いはけっこうずっと気になった。

さて、永田町で半蔵門線に乗換え、一番前の車両の一番前のドアの前に陣取ってぼんやりドアのガラスを眺めていたら、なんと私の後ろに彦三郎さんがいるではないか! ガラスに映る姿だからはっきりとはわからない。後ろを振り向いて顔を確かめるのも失礼だし。でも絶対彦三郎さんだ、と思った瞬間、アドレナリンがぐ~っと分泌されてドキドキしてしまった。半蔵門で地下鉄を降りると、彦三郎さんは私を追い越して行った。ミーハーな私はもちろん、楽屋口まで確認しますわよ、という意気込みで後について歩いた。ところが、である。彦三郎さんは、信号を渡ったところにある喫茶店に入ってしまったのだ。え~っ!!! 彦三郎さんじゃなかったのかなあ。いや、きっと彦三郎さんは、毎朝国立へ出勤前にコーヒーを飲むのが習慣なのだ。と、私は勝手に彦三郎毎朝物語を作ったのでした。

P1040943 さて、国立に着いてまずしたことは、電話予約したチケットを受け取ること。窓口に向かおうとしたら、今度は山崎権一さんにばったり出会った(なんて、別に知り合いじゃないのに馴れ馴れしい)。思わず「あ、権一さん」って言いそうになり、気の小さい私はその言葉を呑み込んでしまった。でも権一さんはやさしそうな表情で私を見たから、やっぱり声かければよかったかなあ。

又々軽い興奮にドキドキしながら窓口へ行って、無事チケットをもらってから劇場の裏手へ。

HineMosNotariさんが、ポスター展は伝統芸能情報館でやっているのではなくて、本館で、しかも入り口は楽屋口の隣、と書かれていたので、それは重々わかっていたのだけど、やっぱり私も入る勇気がなくて、いちおうその辺にいた守衛さんに確認して3階に上がって行きました。あの時間帯の楽屋口は、いろいろ忙しそうで、私なんかがウロウロしていても全然誰も気にしている様子はなかったんだけどね。ポスターの内容についてはNotariさん(省略御免)が実に詳しく報告されているので、そちらをご覧あれ。私はただ、2点。まず、Notariさんの報告にちょっとかぶるけれど、昭和61年の「仮名手本忠臣蔵」。昨年の「元禄忠臣蔵」と同じく3カ月かけての通しで、「おお、先例があったんだ」とやや興奮。さらにポスターの「3ケ月、無茶苦茶に日本人」「この秋から暮れへ三宅坂がただならぬ」っていうキャッチコピーを見て、「ああ、歌舞伎にもこんなノリのポスターがあったんだ!!」とさらに興奮が増した。このノリは昨年の「決闘高田馬場」に似ているんじゃないかしら。

もう一つ面白かったのは、昭和60年くらいまでのポスターにたまに広告が入っていること。京王百貨店とかハイシーAとか。昔の看板みたいで、ちょっと懐かしさを覚える。初めて知る演目はもちろん、あちこちでしょっちゅうかかる演目にしても役者さんが違うわけだから、とにかく、見ておきたかったぁ、と思う作品がいっぱい。

Notariさんもポスター集出してほしいと書かれていたが、私もそう思ったので、アンケートに希望を記入しておいた。

ポスター展は他に観客がなく、独り占め。出る頃1人、2人と入ってくる人がいた。時間が時間だからそんなものだろうが、普通に考えてもわざわざ足を運ぶというよりは、観劇の行き帰りに、という人が多いだろう。そうすると、あまり多くの人の目に触れていないような気もする。もったいないです、貴重な資料を見るチャンスなのに。

用心して早めに会場を出たら、まだもうちょっと時間あるな、ということで伝統芸能情報館に入り、プリクラ風絵葉書を作った。以前にもやったことがあるのに、やり方忘れてしまって、焦って作ったものだから大失敗。写真も最悪だし、デザインも最悪だし。500円、くやし~。「鏡獅子」の3色刷りのスタンプも、最後にずれてしまって失敗。次の機会に再チャレンジだ。

P1040933 劇場3階では「国立劇場40年を彩った人間国宝」という写真展をやっていて、これもなぜか今まで気付かず見ていなかったので、今日はちゃんと見てきた。寿海さん、多賀之丞さんなんていう懐かしい写真に感激。又五郎おじいちゃんが若くて、泣きそうになってしまった。

今日は、歌舞伎だけでなく、プラスアルファも充実していました。

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2007年1月25日 (木)

欲求、大満足

125日 梅初春五十三驛(国立劇場)
P1040936 一度見ているから、最初の時のような新鮮な驚き、興奮というものはない。でも、次に何がくるかわかっているからこその楽しさがある。これは案外気持ちのいいものだった。それと、つい3週間前に見たばかりなのに、ディテールはもう忘れているところがたくさんあって、「あっ、ここはこうだったんだっけ」とか「ここって、こんな短かったんだっけ」というような別のプチ驚きをも感じた。

今回は花道狙いで取った席なので、出から引っ込みまで全部、苦労することなく見えたという意味では正解(かぶりつき席って、花道が案外見づらい。身体全体をくるっと向けないと見えないのです。七三を見るにも首が痛くなるし)。菊五郎さん、大ネズミに乗って引っ込むとき、瞬きしてなかったなあ。このネズミがまた、けっこう怖い顔していた(歯が鋭くって)。

化け猫の場面は観客に大受けだし、私も又楽しかった。今回はおくらのスタントを重点的に双眼鏡で覗いたのだけど、辰巳さんだとわかっていても、やっぱり顔はわからなかった。動きも激しいし、髪の毛で顔も隠れるし、時々ちらっと見える程度ではね。

勧進芝居のドタバタも、菊五郎さんの神主のおかしさ、三津五郎さんの浄瑠璃の巧みさが、ただのドタバタに終わらせていなくて、笑った笑った。

菊ちゃんの御殿山。舞台写真、ほしいわ~。

P1040935 今日の席は後ろのほうだったせいか、まわりが割りとざわついていて、とくに休憩後の各幕あき時にはなかなかおしゃべりがやまず、セリフが聞き取りにくかった。芝居の最中でもオバチャンたちが感想を述べ合ったりして、テレビショッピングで上げられる歓声みたいだと、おかしくなってしまった(TVのほうはわざとらしい声だけど、観客の声は素直な反応です)。そう思えるのも、こっちに2度目という余裕があったせいなんでしょう。

しかし、うまい芸は何度見ても飽きないなあ。とくに三津五郎さんの弁長と菊五郎さんのお七は、良い。弁長の酔っ払いぶり、ひょうきんぶり、憎めないちゃっかりぶり、お七の伝法ぶり、すべて安心して見ていられる。2人の呼吸もぴったりだし。

もっと食べたかったのに、というお料理をもう一度味わえたような、そういう欲求に近いものがあったかもしれない二度見の欲求、大満足。

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今週の歌舞伎第1弾

123日 初春大歌舞伎(歌舞伎座夜の部)
今年の歌舞伎観劇は国立から始まり、歌舞伎座、浅草と渡り歩いて、昨日再び歌舞伎座に戻ってきた。正月歌舞伎はどこへ行っても、浮き浮きした雰囲気を感じるけれど、やっぱり歌舞伎座はいいなあ。舞台写真の入った筋書きと、この前なんとなく買いそびれた歌舞伎手帖を今回はしっかり買った。以下、感想の敬称はつけたりつけなかったり、私の気まぐれでもあり、文章のリズムでもあり、お許しを。

Photo_34 「廓三番叟」ジャッキー、ひところに比べると動きが格段によく、私もやっとその芸の見事さがわかってきたような気がする。とくに後姿の美しさは群を抜いている。コジャックも孝太郎も「松竹梅」同様、綺麗だった。遠目だからかなとも思ったが、双眼鏡で見ても綺麗さは変わらなかった。ただ、コジャックの場合、上から見る分、角度がついて、顔の丸みが抑えられるせいもあるのかもしれない。孝太郎は去年、かなり「男だ」と感じたのだが、今月は可憐さが目を引く。後半、この3人に、富十郎、魁春が加わる。みんな踊り上手だから、見ていて気持ちがいい。

「金閣寺」意外にも幸四郎がよかった。相変わらずモゴモゴ台詞ではあったけれど、大半聞き取れたし、けっこう憎ったらしかった。吉右衛門さんがまた上手く、秀山祭の「寺子屋」ほどの緊迫感はなかったにもかかわらず、私はかなり引き込まれて見た。玉三郎の雪姫はやっぱり綺麗だわ~。泣いてばかりの前半から、キッと決意を現す表情や夫への思いに、清姫がチラっと入っているような気がした。前に三津五郎さんの大膳で見たときは直信は勘三郎さんで、たしかセリフがなかったような気がしたが(記憶違いかも)、今回の梅玉さんにはセリフがあり、たっぷり雪姫との別れを惜しんだ。でも、その間の私の関心は梅之さん(縛られた直信の綱をもつ侍)に集中で、申し訳ないながら梅玉さんのセリフはほとんど耳に入っていなかった。

梅之さんのブログによれば、直信を縛る綱の長さひとつにも心を砕いているということだったが、その配慮が偲ばれる、ほどよい距離を保つ長さだったと思う。梅之さんは凛々しくてステキで、後ろに並ぶ左字郎さんとともに、直信に対して「きりきり歩め」(このセリフ、しっかり覚えていたはずなのに、記憶の回路がすぐ閉じちゃう私は、もう自信がない。きりきりと、だったかも。それとも全然違ったかも)と促す声もよく通り、一人にんまりしてしまった。衣裳は、「股立ち」という着方らしい。ちょうちんブルマみたいな裾から脚がにょっきり出るスタイル。脚にはちゃんとタイツみたいなものをつけているのだけど、脚の形はバッチリわかる。梅之さんのおみ脚は太からず、細からず、なかなか男らしくてようございました(って、あたしゃ、双眼鏡でどこを見てたんだ…羞)1月のチケットの額のあまりの高さにびびって1等席は最初から諦めたのだが、やっぱりかぶりつきにしておけばよかったかなぁ。

ちなみに、舞台写真、梅玉さんの富樫を1枚買った。なぜって、後ろに気配を消そうとしている後見役の梅之さんが写っていたから。焦点は富樫に当たっているから、梅之さんはかなりのピンボケ状態なんだけど、それでも十分お顔はわかる。

立ち回りは、花びらが舞台(地面)じゅうに散らばっているとたしかに大変そう。かつて梅之さんが立ち回り役をしたとき、トンボや三点倒立をしやすいように魁春さんが花びらを集めてくれたのよねえ、と思いながら見ていた。

碁笥が飛ぶシーン、弥十郎に短刀が突き刺さるシーン、残念なことにその瞬間を見損なった。そういうトリック的なところはちゃんと押さえておこうと思っていたんだけど、気付いたときにはもう碁笥は幸四郎の手を離れ、短刀は弥十郎の首にあり。

私はかくも面白く見ていたのだが、両隣の男性はかなり爆睡状態。右隣は寝息をたて、左隣はガクッガクッと首が落ちる。時としてその観察も面白かった。

Photo_35 「春興鏡獅子」幕開けの芦燕のセリフ、ほとんど聞こえなかった。だけでなく、聞こえないなりに、リズムも悪く、又プロンプターがついているんじゃないか、と思わせられた(真偽のほどは不明)。歌江さん、白髪に真っ赤なおべべ。妙になまめかしかったです。食後にもかかわらず、勘三郎の踊りに引き込まれ、眠くならなかったのは我ながら驚き。弥生の踊りは、着物の裾に隠れてわからないような足の動きなどに、かなりきついものがあるらしいけれど、それと悟らせずこなしていたのはさすが。時々後見座にやすむときにちょっと身体を後ろに反らし気味に座るのが、ちょこんという感じで可愛らしかった。弥生の踊りもよかったが、獅子になってからがまた、楽しい。しかしこういう踊りを1カ月続けるって、体力大変だなあ…。

この鏡獅子で勘三郎さん以上に注意を惹いたのが、11歳鶴松クンと9歳宗生クン。2人とも頑張ってよく動きを合わせていたし、何よりちゃんと見せられる舞踊であったのが見事。とくに鶴松クンの成長には大いに驚いた。清水大希クン時代から光るものがあったが、勘三郎さんの部屋子になってからその才能がどんどん伸びているのだろう。又楽しみな子役、リストアップである。

Photo_36 「切られお富」福助さん、ぴったり。夢で始まるのが面白いけれど、女がなぶられ、いたぶられるのは嫌いだ。芝居とはいえ、いやな気持ちがした。お富と蝙蝠安の住まいの場面では、福助、弥十郎、橋之助という配役にもよるのかもしれないが、なんとなくコクーンの「桜姫」や「四谷怪談」を思い出した。でも橋之助も信二郎も役どころが何となく中途半端な感じだったなあ。パロディーとしては面白かったが、どこかに陰惨な匂いが感じられ、あまり後味はよくなかった。

今日のおまけ:今月は、ほかのブロガーさんもご指摘していらっしゃるが、やたら掛け声が多い。昨日はそれに加えて面白いことがあった(ある意味、芝居のジャマなんだけど)。それは、私の斜め後ろくらいの男性。ほかの掛け声のタイミングとほぼ同時に「高麗屋」とか「大和屋」って、小声で掛け声をかけているような、呟いているような(掛け声の練習とか?)。半端な掛け声に、微妙に聞こえてくるほうは、消化不良を起こしそう。ところで、売店の閉店、早くない?

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2007年1月22日 (月)

座席の条件

国立劇場に電話してしまった。最近行かれた色々な方のブログを読んでいたら、どうしてもガマンできなくなってしまったのだ。「梅初春」です。もう一度見たいという気持ちに打ち克てんかった。諸事情あって、かなり難しいことは難しいのだけど、葛藤の末、受話器に手を伸ばしてしまったというわけ。

P1040795 さて、ここからがもっと難しい。座席選びのことである。私は基本的にかぶりつき派なので、1列目センターより花道寄りというのが理想。これは、3年前大人になってからはじめての歌舞伎で2列目だか3列目の花道にかなり近い席を得て、役者さんの汗、毛穴まで見えた感激からヤミツキになってしまった(もっとも最近は少し大人になって、何が何でもかぶりつき、という路線は控えるように心がけてはいるんだけど--なんというまわりくどい表現!)。

初回は自分の希望がだいたいは叶えられる。しかしもうこの時期になっての残席は、帯に短し襷に長し。ピタっとくるのがないのは当然としても、どこまでなら許容範囲なのか、自分でも迷う。とにかく残っている席から一つ選び、オペレーターさんが確認に入ったとたん、ふっと思い直して別の日を訊いてみた。それまでも辛抱強く私の決断を待っていてくれたオペレーターさんはこんな我儘な客の気まぐれにもイヤな顔ひとつせず(声やら雰囲気やらでわかります)、私の新たな選択に付き合ってくれた。申し訳ない、ありがたいことです。結局、セカンドチョイスは、最初の選択と列は一緒だが(1階席だけどけっこう遠い)、花道に近くなっただけ。でも、花道からこの何席か分の距離の差って、けっこう私の中では大事なのだ。

さんざん迷った末決めた席だが、私の逡巡はまだ終わらない。「あっちの席にすればよかったかしら」「やっぱり最初の日にしておけばよかったかしら」「別の席種にすればよかったかしら」等々…。こういう買い方をしたときは、いつもそう。しばらくの間、胸の中がモヤモヤする。あ~あ、私ってホント情けないわ。もう一度行けるだけありがたい、って思えるような考え方しなくっちゃ。

と、ここまで書いていたら、又仕事が入った。国立に電話する前なら諦めちゃうところだった。へへ、もうチケット予約しちゃったもんね、仕事だろうがなんだろうが行っちゃうもんね。さ、これで後ろ向き思考は終わり。今週3度もある歌舞伎(本店、浅草支店にこの国立)に向けて、仕事に家事に精一杯力を尽くすぞ~。

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2007年1月20日 (土)

2度見ても夢中「風林火山」

「風林火山」の第2回、再放送を見た。今週は一挙2本再放送だと知ってはいたのに、仕事に出たらすっかり忘れてしまい、戻ってきたら、ちょうど第1回の再放送が終わる直前。ま、第2回に間に合っただけよし、としよう(録画はとってあるのに、なにか気分が違うのよね)。亀ちゃんの新年会からもう1週間経つんだなあ、と感慨に浸りながら見ていると、一度見ているにもかかわらず、はじめて見るような新鮮な面白さに夢中になってしまった。100年200年先に残る時代劇を作ろうという意欲は子役にまで浸透しているようで、勘助の少年時代の子も、晴信の少年時代の子も、実に面構えがいい、目がいい。本当は亀ちゃんが少年時代もやるはずだったが、スケジュールの都合で子役を立てたという。その子役が将来名優になって、実はあのとき勘助の、あるいは信玄の少年時代をやっていたんです、なんてことになるかもしれない。とはいえ、弟との剣術試合にしても、ミツに話しかける場面にしても、亀ちゃんで見たかった気持ちはやっぱり強く残る。

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愛してます、真摯な若手たち

118日 浅草歌舞伎(浅草公会堂 昼の部)

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スケジュールの都合で、浅草へ足を運ぶのがこんな時期になってしまった。浅草公会堂の周辺の雰囲気は好きだ。幟がはためき、いやがおうでも気分が盛り上がる。しかも公会堂に入ると、これまた気分を盛り上げてくれる浅草モード。お土産物も、浅草のものが多い。去年は佃煮と、念願の長命寺の桜餅を買って帰った。いつもなら夢中になって土産物売り場を冷やかして歩くのだが、今年はお土産はあとにして、まずは芝居に専念です。

開演前のお年玉、昨日まで覚えていたのに、なんだかすっかり忘れてしまい、あっ、そういえばお楽しみのご挨拶があったんだっけ、と一瞬慌てた。しかも、亀鶴さんのご挨拶だとばかり思っていたので、勘太郎クンが出てきたときには嬉しい驚きが(あ、亀鶴さんも好きなんだけど、ケガの治った勘太郎クンが元気に舞台に現れたから)。勘太郎クン、左の顎に小さな絆創膏貼ってたな。剃刀負けか、切っちゃったのかしら。本編では、その上から顔塗るのかしら、なんて余計なことを考えてしまった。ご挨拶の内容は、観客へのお礼(山蔭右京のような大きなお役をやらせていただけるのは、浅草という場があるから。それもひとえに見に来てくださるお客様がいらっしゃるおかげ、というようなこと)と、今日の演目「すし屋」に至る前の部分の解説に、「身替座禅」の簡単な紹介。「奥様といらした男性は、帰りお気をつけください」って、客席を笑わせた。

「すし屋」。この演目はまったく初めて見る。予備知識もない(さっき勘太郎クンから聞いたことしか知らない)。そういう初心者の目で見て、よかったのは愛之助さんの権太。芝居がしっかりしていて、父親に刺されてからの心情には涙が出た。もちろん「すし屋」の仁左様は見たことないけど、少なくとも前半は、多分こんな感じなんだろうなあ、似てるなあ、という気がした。今回は仁左衛門監修なので上方風に演じられているそうだが、愛之助さんの権太からは江戸っ子的な匂いも漂ってきた(→なんて感想を書いていたら、あっちこっちで、3月歌舞伎座が千本桜通しだということを知り、しかも仁左様が権太だと!! うひゃっ、楽しみです)。私、お小姓や美少年系より、こういう骨太なラブリンのほうが好きかも。

七之助クンはいかにも平家の公達といった品の良さがとてもよかったが、線が細すぎるような、何か物足りない思いがした。それは多分、私がこの芝居を見たことがないせいか、維盛に対して勝手にもったイメージと違ったためだと思う。それとプラスして亀鶴さんの奥方とのバランスが悪かった(と私は感じた)のではないだろうか。亀鶴さんの女形は意外にも綺麗で気品もあったが、表情がちょっと冷たく、情が薄い気がした(そんな役柄なのかもしれないが)。声は最初の発声がうまくいかず、喋っているうちになめらかになってくるという感じ。泣き方もイマイチ(女形の泣き方は難しいからなあ)。これまで亀鶴さんの女形は見たことがないし、今回はあまり合わない気がしたが、それでも今の時点でニンでないとは思わなかった。顔立ちは悪くないし、この先案外女形もイケるかもしれないという期待がもてた。

父親・弥左衛門は、男女蔵さんが若い分、ところどころ無理があったような印象を受けた。というか、演技の前に肌が若すぎて、実感が湧かなず、老父らしさが私には感じられなかった。獅童(ごめん、獅童さんだけ、なぜだか「獅童」って言いたくなってしまう)の梶原は、大きくてよかった。梶原が首実検するとき、松明に本物の炎がかなり勢いよく燃えていたので驚いた。でも、こういうものはやっぱり本物のほうが臨場感が出て、いいなあ。

ところで、花道を見るたび、後ろのほうで花道の高さより首ひとつ出た人たちの姿が目に入る。はじめは何だろうと思っていたのだが、それは補助席に座った人たちだったのだ。客席後部だけでなく、花道脇の通路にも補助椅子が出ていて、驚いた。改めて全体を振り返ると、2階も3階も一杯である。浅草歌舞伎の人気を再認識。

「身替坐禅」。笑った、笑った。客席も大笑いの連続。獅童の奥方がとてもいい。私がこれまで見た玉の井はみんな、最初から怖くて、その怖さに笑いをつりこまれたが、獅童の玉の井は可愛らしくて、にこっと微笑んだ時など、右京を本当に愛しているんだなと思わせられる。右京のウソがばれたときは、可愛いらしさを残しながら、でも恐ろしかった。勘太郎の右京は、演技に品と居住まいの正しさがあり、また適度にやわらかくもあり、非常に好感がもてた。夜の部は相手をラブリンに変え、どんな恐妻家ぶりをみせてくれるか、また楽しみである。

それでも今回の浅草を見て、私はあらためて「オヤジさんたちの芸は偉大だ」と思った。若手も古典の大役を見事に演じていたけれど、まだまだ一生懸命という感じ。ベテランには、その役を自分の中にきちんと取り入れていることによる緩急自在、硬軟併せ持つ風味というものを感じるのだ。この差を認識できたのも、私にとってまたよかったのではないかと思う。だけど、私は若手がどんな役にも真摯に取り組み、丁寧に演じているのを見るのは大好きだ。丁寧に演じてこそ、やがてそこから徐々に風味が出てくるはずだもの。だから浅草歌舞伎も演舞場などの花形歌舞伎も大切に、愛をこめて、これからも見続けちゃうのであります。

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2007年1月19日 (金)

面白浅草はTXに乗って

今日は浅草歌舞伎。感想の前に、まずは浅草の町について。

1_4 私は浅草に行くのに、必ずつくばエクスプレス(TX)に乗る。大江戸線の新御徒町からたった一駅、なぜかTXに乗りたくて、そのルートを取るのである。新御徒町の乗り換えはきわめて便利だし、浅草駅のディスプレイが面白いからかもしれない。TXの浅草駅は、構造そのものは無機質な感じさえ受けるなんの面白みもない、ただの箱みたいなものである。ところが、ホームには鮮やかな桜と花見客、花2_5 火、三社祭、サンバカーニバルが描かれた4枚の壁画が浅草の風物詩を写し出しているし、エスカレーターの壁には浅草ゆかりの作家や演劇人などのイラスト入り紹介パネルがいくつもかかっていて、それを見ながら上昇するのが楽しかったりする。それに、コンコースに展示されている明治から昭和初期にかけての仲見世や六区のイラストや写真がレトロな雰囲気を醸し出していて、昼間のあまり人がいな3_4 い通路を歩くと、昔の浅草の息吹があちこちの壁からひたひたと漂ってくるような気がする。

地上に出て左へ行くと、道の両側に浅草大勝館、浅草演芸ホールがあり、その前には人力車が客待ちしている。駅コンコースからちょっとタイムスリップ気分でいた私はここで、完全に大正時代に飛ぶ。我に返って公会堂へ向かいながら通りの街灯1本1本を見上げると、大宮デン助とか、浅草で活躍した昔の喜劇人の顔に出会える(といっても、知らない顔がずいぶんいるけど)。

4_2 そして公会堂に着くと、華やかな幟が立ち並んでいる正面入り口前は素通りできない。歌舞伎俳優をはじめ落語家、歌手、俳優など多くの大衆芸能人の手形とサインが嵌め込まれているのだ。自分の好きな人を見つけ、手の大きさを比べてみるのも一興である。

ところで浅草歌舞伎は終わるのが早い。昼の部は2時過ぎには終わってしまう。浅草へ来たのは久しぶりだから、少し町を散策してみた。5_1 6_3

7_1 TXとは反対方向に足をのばし、たくさんの人で賑わう仲見世通りから浅草寺へ入ってみる。浅草寺にまともに足を踏み入れたのは初めてかも。お参りをすませ、ぶらぶらと境内を歩き、影向堂(ようごどう、と読む。読めんかった…)で十二支別生まれ年の守り本尊を拝観する。十二支といっても、丑と寅、辰と巳、未と申、戌と亥は同じご本尊なので、いらっしゃるのは全部で八体。影向堂を脇から出れば、その先は花やしきへと通じる道である。

8_1 せっかくだが花やしきへは向かわず、吾妻橋へ。欄干に寄りかかり、隅田川の流れ、水鳥、東武線、そしてかの有名な金色の泡(とは見えないけど)のビルを眺めていると、今日みたいな気持ちのいい日には橋を通る車の騒音も気にならず、何時間いても退屈しないような気がする。立っているのが疲れたら、川沿いの公園のベンチに座るのもいい。しかし、ここへ来たらやっぱりビール飲まなくちゃね。○○○ビル(金色の泡のビルの通称だけど、ここには書けない)のスカイラウンジは花火大会のときは特9 等席だ。

のどの渇きも潤ったので、そろそろ浅草の町ともお別れしよう。再びTXに向かって歩くと、大勝館の前に人だかりがしている。野次馬の私がもちろんそれを見逃すわけはない。近寄っていくと、人だかりの中に白い着物にちょんまげ姿の数人が見えた。公演を終えた大衆演劇の役者さんたちがお客様を見送って外まで出てきていたのだ。そしてその中に一人、後れ毛の鬘もなまめかしい、あでやかなおねえさんがいた。実に色っぽい。10_2 11_2 サインやツーショット写真を求める女性ファンの群れに混じって、誰だか知らないまま私もしっかり写真を撮らせてもらった(ツーショットではありませんよ。そこまで図々しくはない)。だれ、誰、この人? 外の看板を見ると、なんと早乙女太一クンという男の子。それも、な、な、なんと、15歳なんだって!!! ウソだあ。だっ12_3 て、めっちゃくちゃ色っぽいんだよ~。ここに写真を出せないのがとっても残念(HP見てください。北野武監督映画にも出ている、知る人ぞ知る役者だったのね)。太一君、NHKの正月ドラマで堀部安兵衛の子供時代をやったんだそうだ。その写真を見たら、ごくごく普通の少年(え~っ)。これなら15歳というのもうなずける。しかし、人間たいしたものだ。堀部安兵衛が若い頃の梅沢富美男ばりの美人に変身しちゃうんだから(梅沢富美男は垂れ目の狸顔美人だったけど、太一クンはつり目の狐顔美人かも)。でも、太一クンの後ろに回ってみたら、襟足から背中にかけての脊椎が男であった。なんだか、ちょっとほっとした。

浅草って、行けば何かに出会える。商店街のお店を一軒一軒覗いて歩くのも楽しい(マルベル堂*も健在だよ~ん)。ホント、つくづく面白い町で好きだわ~。

*マルベル堂:昔から有名なブロマイドのお店。1人でも十分懐かしい気持ちに浸れるけれど、同年代の友人と行ったら、さらに盛り上がること請け合い。

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2007年1月17日 (水)

忘れまじ、阪神大震災

人生が一瞬にしてひっくり返る大地震、ただただ怖い。

もう12年経つというのに、まるで今日起きたかのような臨場感をもって、あの日の映像が甦ってくる。揺れる、燃える、その中で私だったら、何ができただろう。鼻っ柱ばかり強くて本当は小心者の私は、きっとパニックに陥って、ただ泣き喚き、おろおろとしているだけに違いない。最近、又時々地震があるけれど、小さな揺れでも、私の精神は大きく動揺する。

震災に限らず、どんな状況であれ、愛する人を亡くされた方々の苦しみは、切々と胸に迫る。災害は一度に大勢の苦しみをもたらすから、より強い衝撃となって、私の胸を潰す。犠牲になられた方々へ心から哀悼の意を表します。

とりあえずこうして毎日無事生きていられることは、なんとありがたいことか。生きていられるから、歌舞伎も見られる。

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ハズレ

キャラメルボックスの先行販売、撃沈である。

キャラメルのサポーター向け先行販売は2回ある。1回目が抽選販売、2回目は先着順。そしてそれはGonというシステムによって行われる。Gonにも2種類あって、電話のP-Gonとネットのi-Gon。私は初めの2回はP-Gon、あとはi-Gonで、いつもかなりいい席をゲットしてきた。落選は今回はじめてだ。

もっとも、これまではいつも平日の夜でチャレンジしていたからかもしれない。今回はどうしても土曜日の昼間になってしまい、それもその1日しか日があけられそうもないので、第2・第3希望も出せなかった。だから元々、そんなにいい席は無理だろうとは覚悟していたけれど、ハズレは想定外。

P-Gonで申し込むと、「これで撃沈してもいいと思う人」は第1希望だけで申し込みを終わってください、と、もう表現は忘れてしまったがそん意味のことを電話の向こうの声に言われる(この声は機械音ではなくて、劇団員の誰かだと思われる)。最初に聞いたときは、受話器を耳に当てたまま吹きだしてしまった。そういうわけだから、抽選販売で第1希望のみというのは、ちゃんとチケットを確保するためには無謀なことなのだ。ということを、これまでのあまりの順調なチケット入手に甘えていた私は忘れていた。

仕方ない、第2次先行販売で又チャレンジだ。でも、発売初日って23日の18時なのよね。この日、私は歌舞伎座夜の部が入っている。18時っていったら「金閣寺」の最中。ま、キャラメルは半分諦めるか(土曜日を取るのはまず難しい)、何とか別の日を当てて、席にこだわらず見るか(今度の公演は、原作が宮部みゆきだから、どうしても見たい…)。

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2007年1月16日 (火)

ぼやき

「硫黄島からの手紙」、辛くなるから絶対見まいと思っていたのに、ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞受賞をきっかけに、「そうだ、明日見に行こう」と、昼間決心した(本当ははじめ、「大奥」か「犬神家」を見ようと思っていた)。なのに、夕方電話で急ぎの仕事が入った。やっぱり仕事も大事だよね、映画は別に明日でなくてもやっているんだから。と心に言い聞かせるものの、やっとの思いで見に行くことを決めたこの映画、自分の中でのそういう機運を逃したら、結局見ないんじゃないかって気がする。

P1040649 なんか、いっつもそうなんだよね。芝居は早くから予定してあるから、仕事より優先しちゃうけど、ふらっと明日映画見よう、美術館行こうなんて思っていると、必ず仕事が入る。そりゃ、少しは仕事をしろ、という神様のご差配かしら。もっとも、仕事をいただけるのはとても有難いことだから、ぼやいたりしちゃバチが当たりますよね・・・

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2007年1月15日 (月)

俊寛の瞬間に盛り上がる

俊寛を見てくすぶるものがあるのはなぜか。先日の東京新聞に「絶海の孤島に取り残され、茫然とこちらを見つめる俊寛。その時、私たちは最初とは逆に、海側から俊寛を眺めていることに気づくのです」という記事を見つけ、目からウロコ!と納得した。

そう、観客がここで海側にいること、そんな簡単で当たり前のことになぜ意識がいかなかったのだろう。砂が海に変わった瞬間、私たちは俊寛を置いていく側にまわってしまうのだ。だから俊寛の自己犠牲が自分の中で昇華できない。ほかの演目の自己犠牲は、観客もいっしょになって嘆き悲しみ、たとえ理不尽なことだと思っても、その自己犠牲によって救われる人のいることで、その尊い精神に同化できるのだ。ところが、俊寛にはそれがない。理不尽さ、納得のいかない気持ちがいつまでもくすぶってしまう。それが後味の悪さになるのだろう。ある意味、実にうまく作られた芝居だと思う。

でも、なぜ今回の俊寛で、こんなに色々なことを考えさせられたのだろう。mamiさんとも意見交換(というほど大げさなものじゃないけれど)させてもらったが、俊寛のことで自分がこんなに盛り上がるとは思ってもいなかった。もしかしたら、今日納得したことが違っていたと思い、また別の考え方をすることがあるかもしれないけれど、その時はその時でまた盛り上がってしまおう。

ところで全然関係ないけれど、今日が「成人の日」でないって、もうそうなって7年もたつというのに、未だに納得いかない。「体育の日」といい、無意味な日程に変えられたのは実に遺憾である。

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みつ

みつ役の貫地谷しほりさんについて、トラックバックをいくつか頂き、彼女のことがいろいろわかった。

あの何て読むのかわからなかった姓は「かんじや」というのだそうだ。名前が読めないと、彼女のことを話題にするにもいちいち形容詞や説明をつけなくてはならず、不自由だったから、読み方がわかっただけでも助かる。

情報、ありがとうございました。

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晴信さま

亀ちゃんの新年会でした。

大河にかける意気込みには、感動させられました。今年の大河は、派手さを狙ったドラマではなく、大河の原点に立ち戻ったドラマ、100年、200年後にまだ大河があるなら、その時の出演者が、時代劇とはこういうものなのかと参考にできるドラマにしようというスタンスで作られているとのことです。たとえ一般受けしなくても、本物の時代劇をつくっていこうという姿勢に共感を覚えました(もし万が一始めは一般受けしないことがあっても、そういう姿勢で作られた作品は、きっとじわじわと多くの人の心に浸透していき、永く残ることと、私は信じます)。そして、その中にあって、亀治郎さんは、自分が歌舞伎役者として27年培ってきたこと、とくに礼儀作法が、今回大きく役立っている、と誇りをもって語っていました。二兎を追うものは一兎をも得ず、自分は今年は大河1本に集中する、しかし自分は本当に歌舞伎役者なのだと実感するとも(パリ公演は別として、舞台には立たないらしい。じゃあ、「十二夜」の麻阿は、誰がやるの?・・・)。何よりも私が感銘を受けたのは、亀ちゃんのその自負心でした。晴信についても、歌舞伎役者としての自身についても、なんという自負心でしょう。それにこそ、私は強く惹きつけられました。そして熱く語る亀ちゃんに、自分もドラマの制作に関わっているような気分になり、心が熱くなりました。

また、脚本は細部に大変こだわっていて、たとえば今回ちょっとした、見逃しそうなことでも、先へ行くとそれが大きなことの伏線になっていたとわかる、そんなようなことがあちこちに鏤められているようです。

今日は食事の後、出席者全員、大画面で「風林火山」第2回を見ました。もちろん、亀ちゃんもいっしょです。今回は瞬きしている間に出番が終わっちゃいますよ、と言われ、それは大変、見逃さないようにと目を離さずにいたおかげで、ちゃんとバッチリ。その瞬間、会場からは拍手が。

今日の第2回で、勘助の実家あるいは養家における立場がはっきりします。晴信に通じるものがあるんですね・・・「風林火山」は親子の問題を扱ったドラマでもあるといえるでしょう。

今の亀ちゃんはもう完全に晴信です。もともとある才気に信玄公の気品、威厳が備わって、顔もぐっと引き締まり、それでいてやっぱり気さくな青年の横顔ももっていて、ますます魅力的でした。

個人的には、この会でしかなかなかお目にかかれない方に会えたのが嬉しかったし、出席者の中に思いもかけない人がいて、まU″ビックリ。世の中狭いというか・・・

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2007年1月14日 (日)

走召まU゛

メガネをかけ、黒いスーツ姿(それも、ちょっと着くずし気味)の亀ちゃんが小さなテーブルの前に座り、あやしい爽やかアナウンサーの雰囲気を醸し出しながら真面目に歌舞伎について語る。テーブルにはポットと紙コップ、そして画用紙みたいな紙を折って、市川亀次郎という手書きの名札が置いてある。これは、やがて助手みたいな人(杉原邦生さんらしい。よく知らず、申し訳ない)が「次」の字に大きく×をつけ、その下に小さく「治」と書き直して出す。ひとしきり亀ちゃんが喋ると、次はさわやかな青年2人(もちろん1人は亀ちゃん、もう1人は宇都宮直高さん)がリバーサイドトーク(多摩川? 表参道で田園都市線に乗り換えるって言っていたから。亀ちゃん、時々行っているようですよ)。これが役者の悩みやら舞台の外の話が色々聞けて面白い。亀ちゃんは年をとりたくないんだそうだ。若くいたいんだそうだ。最近夜更かしすると翌日お肌がカサカサになるって言っていた。おお、亀ちゃんにしてそんな悩みがあるのでは、私などは……。亀ちゃん、化粧をしたままシャンプーするのが上手だそうだ。そのテク、教わりたい。というように、第1と第2のパターンが3回ずつ、交互に出てきて番組は進行する。第1のパターンは、以前日テレでやっていた「ブラックワイドショー」ぽい。亀ちゃん、絶対あれを狙っているんじゃないかと思った。最後にメーキングが少し写って、亀ちゃんのノリノリぶりがわかる。そうそう、歌舞伎の解説では、「母音を操ることによって歌舞伎のセリフになる」と言っていた。その例を第2回で見せてくれるそう。我々視聴者も、マネをして発声することになるらしいですよ。早くも第2回が楽しみ。

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2007年1月13日 (土)

飛躍、安定、可能性--昨年心に残った役者さん

先日、yukiさんのところで、昨年印象に残った演目を3位まで投票した。始めは投票に参加せず傍観しようと思っていた企画である。その後、yukiさんご自身やHineMosNotariさんkirigirisuさんに励まされ、自分の中にもちょっと色気があって、宗旨替え、一転参加したのであった。1位に関しては満を持して、絶対これしかないだろうと思っていたが、案外そうでもないかもしれない。何に投票したかは結果発表まで内緒にしておこう。3本に絞るというのはとてもむずかしかったが、結局今でも目に浮かぶもの、胸が熱くなったものを選んだ(本当はもう1本入れたいものがあったが、涙を呑んではずした)。

で、私は3位までに入れられなかった演目への思いを、心に残った役者さん(役)という形で表してみたいと思う(もちろん、独断と偏見に満ち満ちていますが、そこはご了承を)。

1_3 1番は梅玉さん。「御浜御殿」と「狐と笛吹き」がとくに心に残っている。「御浜御殿」は、思い出すと今でも胸が熱くなる。梅玉さんの「男」を見直した(失礼)舞台であった。なぜか2度見た「狐と笛吹き」のラスト、花道の引っ込みでは2度とも泣いた。そして「出刃打お玉」での悪役。23歳の若者は無理があるとしても、助平オヤジは意外にもスンナリ受け入れられた。赤っ面というわけにはいかないだろうが、もっと悪い役も見てみたい(八汐もなかなか怖かったし)。2月はどんな斧定九郎を見せてくれるのだろう。楽しみである。私が本格的に歌舞伎を見出してからの梅玉さんは、姿かたちの綺麗さとは別に演技が綺麗過ぎる気がしていた。ところが、である。昨年は梅玉さん演じる人物にとても人間くささを感じた。深みが増し、その人の思いが伝わり、「お玉」の増田正蔵にさえ共感を覚えたのである(共感というより、わかる気がした、と言ったほうが正しいかも)。お父上である歌右衛門さんの五年祭を期に、一段と飛躍されたように思う。

ちなみに魁春さんは今回ここに挙げなかったが、私最近かなり好きで、地味ながらぐっとくる役がいくつかあった。その魁春さんのとってもステキなエピソードが梅之さんのブログに載っている(16日コメント欄)。ぜひご一読を。

070113_173523_m 閑話休題。さて2番は仁左衛門さん。演技の幅が広く、スッキリとした二枚目から憎々しい悪役、コミカルな三枚目と、何をやっても安定して素敵。昨年はとりわけ八汐と荒川の佐吉が心に残った。佐吉では大いに泣かされたし、八汐では反対に大いに笑った。昨年の演目ではないが、「封印切」の八右衛門役、忠兵衛役よりよほど好きである。仁左衛門さんの不思議なところは、関西の方なのに、江戸っ子かと見紛うほどのきっぷの良さ(ある意味、硬さと言えるかもしれない)を持っていることである。ところが、それでいて、やはり上方歌舞伎なんだなあと思わせられる、はんなりした柔らかさもあるのだ。この2つが役によって見事に配合されるところに、仁左衛門さんの魅力があるのかもしれない。

3番目に挙げたいのは亀治郎さん。浅草の大乗りの蜘、思い切り笑わせてもらった「高田馬場」の3役(「高田馬場」はただただ面白かった。もう一度見たい。mamiさんによればDVDがいいらしい。買おうと思っている)、忘れられない八百屋お七。身体じゅうの痛みをおして美しく演じた桜丸。その他にも亀治郎の会、三響会。亀ちゃんの演技にはいつも才気が感じられる。もう既に出来上がっているんじゃないかと思うような芸もあり、それなのにそこにまた限りない可能性をも感じる。第23回浅草芸能大賞奨励賞、そして第6回朝日舞台芸術賞・寺山修司賞受賞、おめでとうございます。

ほかにも、まだまだ挙げたい役者さんはたくさんいる。たくさんい過ぎてキリがなくなってしまうので、思い切って3人で打ち止めということにする。今年また色々な役者さんが心に残る演技を見せてくださると思う。そう思うと、もういても立ってもいられず、又早く歌舞伎が見たくなってしまう。ああ歌舞伎はやめられません。

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2007年1月12日 (金)

渇いた喉が潤うごとく

111日 初春大歌舞伎(歌舞伎座昼の部)

月並みな表現だが、渇いた喉が潤うごとく、3日以来飢えていた心に歌舞伎の良さが滲み渡りました。だから感想も長い、あ、それはいつものことか(以下、役者さんの敬称略)。

「松竹梅」やっぱりお正月にこういう舞踊は欠かせない、という気持ちになった。見る前は、まずは最初のお昼寝タイムなんて、実にけしからぬ気分でいたのだが、意外にもかなり楽しめた。まずは松。闇と化した舞台と客席。音楽と鳴り物が響いてきて、やがて舞台が明るくなると、松の木を背景に、黒い装束、冠に松をつけた在原業平と紅白の衣裳の舎人駒王が。柔らかく優雅な踊りを見ていると、業平がやれるのは梅玉しかいないんじゃないか、と思ってしまうくらい業平だ。橋之助も綺麗だったけれど、私の目にはちょっと霞んでいたかも。

次は竹。竹といえば雀なんだけど、それにしても3人の雀の精という発想が面白い。高麗蔵、信二郎、松江。中で高麗蔵がとくにいい。そして奴・光内の歌昇。前も書いたかもしれないけど、この人、いかにも歌舞伎役者らしい男っぷりで、踊りもとてもよかった。男4人がセリ下がって消えた後、その同じセリで今度は女性(あ、もちろん、中身は男性だけど)が3人上がってくる。男の踊りはいいわあ、とちょっと高揚した気分がまた高揚するような、ハっとするあでやかさだ。正月は曽我兄弟の演し物というのが江戸の伝統だそうだが、この「梅」は、工藤祐経奥方・梛の葉、化粧坂少将、大磯の虎の3人によるもの。梛の葉が兄弟の父が祐経に討たれた場面を語り、みんなで涙する。いきり立つ五郎を留める十郎の形を化粧坂少将と大磯の虎で見せる。なかなか面白い趣向だ。3人とも綺麗で踊り上手だが、魁春がとりわけしっとりと、かつ力強く、よかった。魁春の内掛けには帆船が描かれている。昨年国立の「元禄忠臣蔵」絵島を思い出させるではないか。芝雀のセリフが悪くなかった。この人、長いセリフでも一息で喋ろうとするのが特徴だが、そうでないときのほうが私は好きだ。久しぶりの孝太郎、この人の顔あまり好きじゃないんだけど、今日はいい感じだった。

「俊寛」正直言って、今日はこれを見に来たと言っても過言ではない。結論は、やっぱりこのお話は好きになれない。後味が悪い。不条理というか、理不尽というか、わかっていても納得できないことが多すぎる。それなのに、芝居はよかった。泣けた。まず、浄瑠璃が清太夫というのが嬉しい(出で「清太夫」の声がかかっていました)。そして吉右衛門に何回泣かされたことか。これまでは、俊寛がなぜ乗船を千鳥に譲ったのか、あまり理解できなかったけれど、今回はわかったような気がした。何よりも俊寛は千鳥の父親であることに喜びを感じたのではないだろうか。でも、新たに罪を犯した俊寛が船に乗れないのはいいとして、3人という人数さえ合わせたなら、別の人物を乗せてもいいのかあ? 私がいつも引っかかるのはここなのだ。

段四郎、富十郎、よかった。段四郎は役人の務めに力点を置いて意地悪するところがイヤらしい。でも、以前見たときほど瀬尾が憎らしくなく感じたのはどうしてだろう。それから段四郎の悪役ぶりに客席から笑いが起きたのはなぜ? 儲け役だからとくによく思えるのかもしれないけれど、富十郎はこういう役が実によく合っている。東蔵と歌昇は、配役を見たとき、逆じゃないの?と思ったけれど、意外にも東蔵が若々しくて、まあ納得できた。東蔵という人は、何気に守備範囲が広くて面白い。

福助の千鳥は、ちょっと違うんじゃないの?という気がした。純朴な海女に見えないんだもの。福助という人には、都会的な雰囲気があって、それと仇っぽくて、もちろん、一生懸命高い声を出して、可愛らしさもあることはあるんだけど、シャクを起こして「アタタタ」と胸を押さえるときは、そのシャクで男をだましそうな手だれな感じさえした(ここ、ちょっと素になって、客席から笑い起こる)。俊寛の助太刀をして、妹尾に熊手(?)を引っ掛けたり、砂をかけたりするときも、「吉原狐」のおきちを思い出してしまった。この千鳥なら、一人でも十分道を切り拓いていけそうな気がしちゃうのだ。あの名セリフとは裏腹に、どこまでも泳いで追いかけそうなんだもの。「狐と笛吹き」のともねなんか、いじらしくてとってもよかったのになあ。役を比較するのはナンセンスかもしれないけれど、そういういじらしさも福助さんの中にはある、って言いたいだけ。

07011112 さて、お目当ての最後の場面。舞台装置の見事さが、3階席ではじめてよくわかった。花道に立った俊寛の足元に波が押し寄せ、俊寛はその波によって舞台に押し戻され、そうすると今度は何枚にも分けて敷かれていた砂浜に擬したグレーの布が徐々に引かれて、俊寛が水に入ってまで船を見送っていたことがわかる。息を呑むような素晴らしい変化である。3方を海に囲まれた岩に登り、座り込んでじっと見えなくなった船を見つめる俊寛。たった一人残された俊寛の胸のうちを思うと、やっぱりこの話は好きになれない、とそこへ戻ってしまう。ちなみに、この芝居、ヨーロッパでかなり好評なんだと。それはナポレオンの島流しに俊寛を重ねて、という理由かららしい。俊寛とナポレオンじゃ、置かれた状況があまりにも違うけれど、文化の違う国で「島流し」ということを理解するひとつのきっかけという意味では、わかる。

「勧進帳」900回も演じたというから、かなり期待したんだけど……。どうも、私は幸四郎とソリが合わないみたい。この「勧進帳」も、幸四郎のセリフにがっかりさせられた。お、今回はちゃんと聞こえるぞ、と安心させられたのも束の間、な~んだ、又口の奥でモゴモゴ言ってるよ、となってしまう。幸四郎の弁慶は、間違いなくニンだろうに、そこでテンション下がっちゃう。緊迫感もイマイチだったかなあ。で、食後ということもあって、少し寝た。梅玉の富樫はいいわ~。品もあって、キリっとしていて、情もあって。セリフもはっきりしているし。でも、ま、色々な不満を差し引いても、「勧進帳」は何度見ても面白い。私がとくに好きなのは、義経主従の出と、いきり立つ四天王を弁慶が押しとどめるところ。出の場面は音楽もいいし。思わず一緒になってリズムをとってしまう。この演目がしょっちゅうかかるのも無理はないか。とはいえ、あまり安易にかけるのもどうかと思うのだが。

「喜撰」久々に見る歌舞伎座の勘三郎。の割には盛り上がりに欠けたかなあ。うまいんだけど、こっちの期待が大きすぎたのかも。勘三郎に玉三郎なら、もっと濃厚な面白さがあるんじゃないかって。でも玉三郎の姿の美しさは別格。すらっと、しなやかでしっとりしていて。

Photo_31 今日は、梅之さんの後見もしっかり見た(こんな大きな双眼鏡でね。荷物になって大変だったぁ)。ブログでご自身言っておられるように、相当気配を消しているのがわかった。でも、「松竹梅」ではそれが痛々しくて、そんなに頑張らなくてもいいんじゃないの、と言ってあげたかった。梅之さんの真面目さが自分自身を追い詰めているような気がするのだ。その点「勧進帳」のほうは、裃後見だし、仕事もたくさんあって、自分を極限まで追い詰めて気配を消そうという感じがなく、こちらも気が楽だった。ただ、こういう見方は、梅之さんのブログを見ていない人はしないはずだ。きっと後見の存在が気にならずに舞台を楽しんだことと思う。そういう意味では梅之さん、大成功。夜の部の「金閣寺」でどんなふうにお師匠さんを縛って連行するのか、楽しみだ。

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2007年1月10日 (水)

肩透かし

今年はゴールド会員が増えた、とHineMosNotariさんからお聞きしていたので、今日はいつもに増して胃がチクチク、身体がムズムズしていた。用心して、いつもは忘れるログインを先に済ませ、105秒くらいに入ったら、まだ画面が切り替わっていなかった。歌舞伎座は10時ちょうどに購入画面にならないから、タイミングがむずかしい。仕方ないので戻り、再チャレンジすると、ちょっと時間がかかったものの、なんとか購入画面に入れた。早速申し込んだら、なんと別の席種を押してしまい、即取り消し。これが意外に時間がかかる。あああ、ドジしたわ、と少し落ち込んで、やっと現れた画面で今度は慎重にクリック。ドキドキしながら待つと、あらら希望の席が取れちゃいました。

ところが、2度目の購入をしようと思ったら、通信エラーが!! なぜ? なぜ? 混乱して焦りまくり、仕方ないから、トップページに戻り、もう一度入ろうとしたら、「混みあっています」って。しかも勝手にログアウトされてしまったみたい。23回トライしたらやっと入れた。もうダメかなあと、半分諦めつつ申し込むと、これもまた希望の席。やった~と喜びながら、空席情報にアクセスしたら、意外にも○○○。いつもなら、まずは桟敷席が次々と△や×になったり、3階席もけっこう早く△がつくんじゃなかったかしら。

で、ふと、そういえば今日は新国立劇場の「コペンハーゲン」も売り出しだったなと思い出し、見たら、もうほとんど×。そっちはどの程度の枚数があるのか知らないけれど、競争厳しかったんだなあ。歌舞伎のほうは演目のせいなのか、みんな正月公演で疲れちゃったためなのか、事前の緊張がちょっと肩透かしを食らった感じ。でも、まずはめでたし。なんだけど、あまりがら空きの歌舞伎も面白くない(なんて、我儘なんでしょうね)。それにしても、一等席の幕見ってないものかしら。ここだけいい席で見たい、っていうことがあるんだもの。もちろん、当日空席がある時だけでいいんだけど(ま、システム的にむずかしいよね)。

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風林火山独り言

おお、月が揺れた後……若き信玄、亀ちゃんです。弓に矢をつがえ、カッコいい。そして、「燃ゆる日輪のごときお館様」…えっ、これ亀ちゃん? 兜の下の顔は違う違う、亀ちゃんに見えない。私、ここで一度画面を止め、バックして見直してしまいました。やっぱり亀ちゃんに見えないなあ。でも、これがきっと成長した信玄なんでしょう。この姿が本当に亀ちゃんなのを確かめる日まで、楽しみに待ちます。

今回は亀ちゃん登場は最初だけだったので、以下、きゃっきゃっと見ながらのごくごく下らぬ独り言を。

あ、スタパのメーキングで見た場面だ。勘助すべり落ちる。

スタパで思い出したけれど、おいしそうなお寿司に煮貝(あわび)、信玄塩辛が供されていた。すると亀ちゃんがさりげなく、「この煮貝は武田神社の前のお店でも売ってるんですよ」と一言。私、この言葉に亀ちゃんの地元への愛着と敬意を感じ取りました。何とか今年じゅうに甲斐へ行き、その煮貝を買って帰りたいものだ(何が目的で甲斐に行くのやら)。それにしても、信玄が兵士の食糧として作らせたというのを現代風にアレンジしたとかいうお寿司、とても兵士の食糧とは思えないほどの豪華さで、実においしそうだった。

かなり横道に逸れました。「風林火山」本編へ。

ミツがいい。心根が座っている。頭もいい。目を逸らさずに現実を見据えようという気構えがいい。それでいていじらしい。通常、無理を言って男について歩き、男の足手まといになるような女は見ていて不快感を覚えるのだが、このミツは違った。貫地谷しほり、って誰?

うれしいことに辻萬長さんがいる。勝沼信友(信玄の叔父さんね)。これからもちょくちょく出てくるのかな。

最近ちょっと気になっていた寺島進、1回で死んじゃったぁ。もうちょっとワルぶりを発揮してくれるかと思ったのに。

内野・勘助。人間くさくて、魅力的だ。亀ちゃんの魅力とはまた違った何かに惹かれそう。

ちょっとマニアックな話になるかもしれないけど、ミツの兄の伝助、冷泉公裕に似ていない? この人の顔を見たとたん、昔だったら絶対彼がやっているんじゃないかって思った。

やっと年越しの仕事が終わり(と思ったら、もう一つあった。すっかり忘れていて、何も手をつけていない。大変だあぁ)、封印を解いて見た第1回。全体としても、それぞれのエピソードもとても面白く、十分ひきつけられた。勘助と晴信の出会いはまだまだ先のことらしい。予告で何回もチラっとだけ小出しにして、気をもたせられる。そのチラっと小出しの画面だけでふっと感じたのだけど、亀治郎・晴信には匂い立つような色気があり、内野・勘助には抑圧された者のもつセクシーさがある。早く本編での出会いを見たいものだ。そして二人がどのように戦い、どのように領土を広げていくのか、実に楽しみである。ただ、こうした戦国ドラマの必須条件とはいえ、人がどんどん殺されていくのを見るのはちょっと重いな。

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2007年1月 8日 (月)

大いなる日常

無事到着の声を電話の向こうに確かめて、

でもやっぱりちょっと寂しい、

乾いた洗濯物を渡す相手がいないのは。

明日になったら、もっと寂しいんだろうな、

洗うものすらなくなっているのだから。

でも、それにもすぐ慣れて、

また元の日常に戻るんだろう。

ああ、大いなる日常かな・・・

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成田—見送り

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生活者にとって、そこは一つの現実から別の現実へと移るための扉。

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行く者は笑顔でその扉を押し開ける。

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旅行者にとって、そこは夢と現実を結ぶ扉。

行かれる者は、その笑顔を曇らせぬよう、扉の向こうへ行く人に笑顔を向ける。

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そして、飛び立つ飛行機を探し、点になるまで見つめる。

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点が消えても、そこから立ち去りがたく、ただ空の彼方を見つめている。

見送りは哀しい。

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2007年1月 7日 (日)

おマヌケな白井権八

東京新聞の土曜日夕刊は、歌舞伎にまるまる1面を割いていて、毎週楽しみにしている。さて昨日の記事の一つに面白いことが書いてあった。なぜ歌舞伎には水戸黄門漫遊記のような演目がないのか。それは印籠が問題だからである。歌舞伎では、印籠はお家の宝で、盗まれてなくなってしまった、さあお家の一大事である、と来なくてはいけないのだそうだ。お宝をもったままノンビリ団体旅行、では歌舞伎にならない、とまあ、そんな内容。「この印籠が目に入らぬか」的な演目が本当にないのかどうかはわからないが、たしかに歌舞伎ではお宝は大概一度は悪人の手に渡る。

国立の「梅初春五十三驛」もそうなのだが、そこでフッと思い出したのが白井権八(ここ、3日の観劇記にリンクします。そしてネタバレします)。3幕目で名刀「天叢雲」が白井権八の手に入る。観客は、ああ、よかったよかったとほっとしたのも束の間、権八は「天叢雲」を奪った相手の大日和尚を殺してしまう。その死骸を片付けている間に、「天叢雲」は弁長がちゃっかりいただき、お宝探しは振り出しに戻る。

おマヌケな、というのはこのときの権八。そんなに大切なお宝を、ポイとその辺に置いて、死骸の処分に専念しちゃうんである。おおい、それじゃ、まるで「どうぞお持ちください」って言ってるようなものじゃないかぁ。これがヒーロー者なら観客の子供たちから、「刀、刀」ってツッコミが入るところである。私も心の中でツッこんだ。

あ~あ、あんな綺麗な顔して、なんておバカなの……でも、それが歌舞伎なのだ。そこで話が終わってしまってはつまらない。昔のメロドラマのように、これでもか、というすれ違いが必要なのだ(メロドラマが受けたのも、けっこうツッコミを入れたくなるようなすれ違いがあったせいではないか)。そう、そこが都合よく印籠を取り出したり、桜吹雪をひけらかすテレビの時代劇とは違って歌舞伎の面白いところなのだ。アホだねえと呆れながら、次の展開をワクワクして待っている自分がいる。これだから歌舞伎はやめられません。

ついでにもう一つ思い出したこと。その昔、「♫しらいごんぱ~ち、サイナ、いろじ~ろわ~か~しゅ~」という歌があった(うわッ、何十年前の歌なんだ!!)。若かりし頃の橋幸夫の歌です。

ああ、仕事に飽きるとこうして何かしら書きたくなってしまう……

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2007年1月 6日 (土)

ナイーブな亀ちゃんにうるうる

年末から正月にかけて、色々な仕事が山のようにあって、歌舞伎の資金稼ぎに引き受けちゃったはいいけど、そんな時期にできるわけないじゃん、というのでちっとも進んでいない。でも放っておくわけにもいかないから元日のスタジオパークも封印して少しずつ頑張っていたんだけど、意志薄弱な私。ついつい見てしまいました。もちろんお目当ては亀ちゃん。でも、その前に内野さんについて一言。私、内野さんのミュージカルもテレビも見たことがないし、唯一テレビでチラッと見たのが「エースをねらえ」の宗方コーチ。たしか変なロン毛で、とにかく笑っちゃうくらい変だったことしか覚えていない。そのインパクトは強く、勘助が内野さん? むむ~という気分であった。それが、スタパに登場した内野さん、全然違いました!! こんな男前だとは(顔だけじゃありません、実に頭のいい方)。「風林火山」の楽しみが1つ増えたみたい。

さて本題の亀ちゃん。信玄役に対する明確なビジョンをもっていて、インタビューの受け答えに才気が走る。最初はちょっと弱いところもあって繊細で頭でっかちな晴信だが、勘助との出会いによって己の足りないところが補われ、変わっていく、それを表現したい。そしてこれまでの猛将というイメージではなく、智将でいきたいと。

何よりも感銘を受けたのは(スタジオのアナウンサーたちも唸っていたけれど)、一国の主としての品格が必要である、これは技術で出せるものではない、普段の生活、物の考え方から滲み出るものである、というスタンス。歌舞伎役者にふさわしい人間性を磨きたいとも。もう亀ちゃんなんて呼んではいけないんじゃないかと思うくらい風格があって、私が後援会に入ったのはたった7カ月ほど前なんだけど、後援会員であることが誇らしくなった(今年は亀ちゃん全国区になるし。去年は「ゴメン、知らない」って言われることが多かった)。

そんな亀治郎さんがやっぱり亀ちゃんだと思ったのは、仲代達也さんからのメッセージを受けたとき。信玄は幼いときから父親に疎まれて育ったのだけど、その父親役の仲代さんが「息子よ、亀治郎さん、本当は仲代達也の信虎はあなたを愛していました」って結ぶと、感極まって言葉に詰まってしまった亀ちゃん。涙がかすかに浮かんだ顔を見て、私までウルウルしてしまった。信玄は父親の愛に飢えていた、そういう信玄としての亀ちゃんの心の琴線に、仲代さんの言葉が触れたのではないだろうか。ナイーブな青年・亀治郎信玄の素顔を垣間見て、ますます好きになってしまった。

歌舞伎とはまったく違う世界に飛び込み、それも大河ドラマ、さまざまなプレッシャーがあっただろう。したたかさ(いい意味での)も持ち合わせた、いくら聡明な天才的演技者でも、精神的にも肉体的にも辛いことはたくさんあったに違いない(乗馬もそのひとつかな)。それなのに昨年10月の後援会のイベントでも、それを少しも感じさせず、むしろそういう状況を楽しんでいるかのように爽やかに語っていた亀ちゃんを思い出して、余計感じ入ってしまった。

今日は歌舞伎チャンネルで「走召まU゛KAME!」が始まる。やっぱり今の仕事が終わるまで録画を封印しておくしかないか。

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2007年1月 4日 (木)

歌舞伎のおいしいところが一杯

13日 梅初春五十三驛(国立劇場)
P1040340 はちゃめちゃなストーリー(理論家には向かないお話です)に歌舞伎の面白い要素がすべて取り込まれて、とにかく楽しくて、ほとんど居眠りするヒマのない芝居であった(ほとんどってことは、ほんの少しだけ墜ちかけたことを白状します)。以下、長いし、ちょっとネタバレしますからご用心。

何しろ、登場人物からしてスゴイ。源範頼、藤原時平みたいな隈で、団蔵さんが不気味に演じる。範頼という、歴史的にはちょっとインパクトの弱い人物(と私は思っている)を軸にもってきたのは面白い。軸と言っても、主人公という意味ではない。範頼の野望からストーリーが始まる、という意味。で、範頼なんだから、時代は鎌倉である。それなのに、鼠小僧次郎吉(菊五郎)に白井権八(菊之助)が出てくるんである。なんというイマジネーション! 江戸時代の庶民にとって鼠小僧も白井権八もヒーローだったんだろうな、と窺わせるこういう荒唐無稽な大らかさが良い。

話は、よくあるパターンの、主家(この場合、義経)から預かった大事な宝剣が盗まれてお殿様(大江因幡之助・松緑)がピンチに陥って、騒動が起こるというもの。いろんな人物が宝剣を奪い合いながら、あちこちで絡まりあって、東海道を京から江戸へやってくる(鎌倉時代のいわゆる五十三驛モノ)。その間、だんまりあり、屋体のセリ下がりあり、宙乗りあり、立ち回りあり(辰巳さん、大活躍です)、2艘の舟のすれ違いあり、大鼠の妖怪あり、化け猫騒動あり(かわいい子猫ちゃんたちと猫石の精・菊五郎さんがパラパラを踊るんだけど、一部の観客から手拍子が起こっていた)、雪が降り、桜吹雪が舞い、そして菊五郎劇団お得意のドガチャカあり(恒例、売れっ子お笑いのギャグは今回は多分3組採用されている)と、もうワクワクしちゃう。

菊五郎さんは、「実は何々」というのも含めると6役演じ分け。その中で、小夜衣お七という役は、つい先月の出刃打お玉をちょっと思い出させるような女郎なんだけど(菊五郎さんのこういう役、好きだなあ。情が滲み出ていて)、これが八百屋お七と同じように、必要に迫られて櫓の太鼓を叩く。で、お七がいるなら紅長*も、というので、そのパロディらしい所化・弁長(三津五郎さん、こういうの実にうまい。あんな二枚目なのに。本人も楽しんでいる気がする)が登場する。

*紅屋長兵衛。お七が「べんちょう」という渾名をつけたらしい。「松竹梅湯島掛額」という芝居で、めちゃくちゃ笑わせてくれるおどけた人物。

ストーリーもいろいろな芝居のパロディを鏤めながら進行する。歌舞伎好きなら「あ、あの話だ」「あのセリフだ」などと当ててみるのも面白い。意図的なパロディでなくても、どこかに似たような人物がいたなあ、とか、似たような話があったなあ、ということもしばしば。歌舞伎初心者はイヤホンガイドを借りると、より楽しめると思う。

そういえば、問題の宝剣は三種の神器のひとつ、抜けば雨が降るという「天叢雲」なのだが、たしか去年見た演目で、やっぱり抜けば雨が降るっていうのがあったような気がする。籠釣瓶? いや、違ったかな。思い出せない。

あっちこっちへ広がった話は、すべて強引に天叢雲に集結して最後はひとつにまとまるのだが、さんざん大騒ぎした割には、ちょっとあっけない。そりゃないだろう、という感じもした。化け猫の犠牲になったおくら(茶店の気立ての良い娘、梅枝)、主人白井権八の身代りになった権八に瓜二つの家来・久須見吉三郎(菊之助2役目)が可哀想じゃないか。

そうそう、おくらが化け猫に操られて、あっちこっちに吹っ飛ぶ場面がある。でんぐり返しに鉄棒、逆立ち、とんぼと色々な見せ場があるが、これは梅枝クンではないでしょう。つまりスタントですな。顔が見えないように、できるだけ髪の毛で隠していることからも、すぐわかる(と言いながら、もしご本人だったらゴメンなさい)。梅枝クンは何を演じても、とても丁寧にやっていて好感がもてる。

時様は最初の登場がとても美しかった。でも、赤姫って、どうしてなんだか、かなり積極的な人がいるのよね。この大姫(源頼朝の娘)も一夜の契りを結んだ次郎吉に迫っちゃう。そのくせ愛しい許嫁もいるのよね(というか、この辺の事情、非常に複雑。次郎吉の正体を姫は知っているのかいないのか…ちょっと理解できないまま話は進んだ)。時様は、私は芸者や花魁のようなほうが好き。とっても粋な美しさがある。「盟三五大切」の小万なんてゾクゾクきちゃった。2役目の三浦屋小紫は白井権八の恋人。以前、染五郎の直侍相手に三千歳をやったときは、母子みたいで違和感があったけれど、今回の菊ちゃんとは意外に似合っていた。

時蔵さんは一家で出演。梅枝クンの弟の萬太郎クンは今回初めて見た。小柄だけれど、松緑さん演じる大江因幡之助の家臣を一生懸命やっていて、なかなか期待がもてる。

松緑さんは大江因幡之助が綺麗で上品で良かったけど、意外と見せ場がなかったなあ。

秀調さん、萬次郎さんが、ピタリだけど実にもったいない使われ方をしている。そうそう、三浦屋の場面で禿役の子役が出てきたんだけど、下田澪夏ちゃんじゃないかなあと思ってプログラムで確認したら、やっぱりそうだった。この名子役もここだけでもったいない。

最後の場面は、萬太郎・亀寿・時蔵・三津五郎・菊之助・菊五郎・松緑・亀三郎・松也と勢揃いし(順番は定かでない)、移り気な私の目はもうあっちへこっちへキョロキョロ。美しい人たちの並んだ姿は眼福眼福。ステキな初日でございました。

おまけ①御殿山の場。実に幻想的で美しい。舞台の奥行きがこんなにも広かったのかと驚かされた。桜、桜、桜の中で美しい菊ちゃんがますます美しい。

おまけ②ドガチャカの場面で、手ぬぐい撒きがあります。もし、毎日同じように撒くのなら、今年は後ろのほうでも花道脇が狙い目かも。去年は私、その辺だったけど、全然届かなかった。今年は一番前にいたのに、全然こなかった(泣)。

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国立劇場初日に思いっきりミーハーおばさんするの巻

Photo_23 初日初日、念願の国立初日。去年はこの時期海外逃避しており、帰国後なんとか獅子舞のある日に滑り込んだから、正月公演の雰囲気は味わえたけれど、やっぱり初日じゃなくっちゃねえ。何と言っても鏡開きを間近で見たいし。

で、お芝居そのもののご報告の前に、ちょっと私の興奮話を聞いてください。なんてったって、今日はスッゴイ人見ちゃったので(それが誰かは後のお楽しみ)。以下、写真とともに長々と綴る初日ミーハー日記。
●行列

Photo_24 鏡開きに良いポジションを得ようと、開場10時半のところ頑張って10時過ぎに着いた(半蔵門にはもっと早く着いたんだけど、コンビニに寄ってたから)。ところがところが、おお、もう行列ができているではありませんか。出遅れたぁあ。劇場正面から永田町方向に向かって角を曲がった先が最後尾。半分がっかりしながら列につき待っていると、国立劇場の人が来て、「開場までもう少しお待ちください」と言いながら、この行列の出来方はマズイなあという感じだった。でも、その人はそのまま戻ってくることはなかった。そうしたら、こういう場面でちゃんと仕切ってくださる方がいるんですねえ。二重三重に並んでいる人たちに、ちゃんと一列に並べるよう指示を出してくれた。おかげで、ごっちゃの列が整然とした列に変わり、次々と列の後ろにつく人たちも最後尾がはっきりして並びやすくなった。

●スタッフの背中

Photo_25 さて10時半になって列が動き出し、やっとロビーに入ると、樽酒の前にロープに仕切られたスペースがあり、そこにはすでに何重にも人だかりができていて、係りの人が「最後尾」のプラカードを持っている。ここからがミーハーおばさんのしどころ。いちおう、その最後尾についたのだが、なんだか上手い具合に、ロープの外に行けてしまった。そこは、正面ではないけれど、十分に鏡開きの見える場所の一番前。そこに陣取っても誰にも何も言われなかったので、しっかり動くことなく、立ちはだかっていると、私の後ろにも大勢の人が並んだ。実際に鏡開きが始まるまで、いつ移動させられるかヒヤヒヤしたけれど、結局あとから並んだにしては最高の場所。ロープの中の1列目には音羽屋さんの後援会の方たちでしょう。何かお面のようなもの(顔の部分は刳り抜かれ、頭にタヌキみたいな顔がのっている)をつけた面々が56人いらっしゃいました。これは目立ちそうだから、鏡開きの役者さんから私のところまで視野に入るな、なんてイヤらしいことを考えているうちに……。

●いよいよ鏡開き

Photo_26 さあ、時蔵さん、菊五郎さん、三津五郎さん、松緑さん、国立劇場の津田理事長、そして菊之助さん登場(この順に私の位置に近かった)。私、この瞬間、完全に我を忘れました。もう無我夢中で、理事長と菊五郎さんのご挨拶の間もばちばちシャッター押しまくり。あまりの図々しさに菊五郎さんに睨まれた気がします。でも、めげないめげない。ああ、Photo_27 目の前の時様の何とお美しいこと!!! 輝くばかりの時様に私、卒倒しそうになりました。素顔の実物の時様を見るのは初めて。失礼ながら、こんなに美しいとは思っていませんでした。もう、目は時様に釘付け。菊ちゃんもステキだったけど、残念ながら私の位置からはちょっと遠かった。6人が木槌を手に取ると、まず撮影タイム(もしかして、撮影OKはこの時からだったのかしら?)。そして司会の合図で樽の蓋が叩かれると、皆さん舞台の支度があるので、すぐ引っ込まれた。

●枡酒

Photo_28 興奮状態のまま、振る舞い酒の列に並び、枡でお酒をいただいた。これがまた、実においしいお酒だった。酔っ払って寝てしまう心配がなければ、もう一度並んじゃおうかしら、と思ったくらい(気持ちだけ、ね。いくら何でも、実際そこまで意地汚いことはしません)。

●見事な曲芸(櫓を口でバランスとって)

メインのイベントが終わって、開演まで1時間近くあったので、場内をあちこちウロウロしているうちに、階段で曲芸が始まった。2回公演で、1度目は傘まわし等。2度目は写真のような櫓のバランス(棒の上に2個ボールがのって、その上にさらに棒と櫓がのっている)にPhoto_29 ナイフ投げ。素晴らしい芸だったのに、観客があまり多くなかったのは残念。

やがて、富司純子さん発見。やっぱりほっそりと綺麗だわ。去年の歌舞伎座では遠慮して写真撮らなかったけれど、今日はみんなカメラを向けていたので、私も遠慮しいしい、ちょっと離れた位置から撮らせていただきました。

しばらくしたら、ロビー中央に人垣ができている。野次馬の私が飛んでいくと、おおお、なんと、小泉純一郎氏と富司純子さんが挨拶している(ダブル純だね)。カメラカメラ、と慌てているうちに、二人は離れてしまい、シャッターチャンスを逃した。

●サイン

Photo_30 小泉さんは、7列目の中央あたり通路から2番目に座っていた(とちりの「と」ですね)。今回の芝居はけっこう頻繁に短い休憩が入り、10分の休憩時間のたびに何人かが小泉さんの座席に行って、写真を撮っていた。私は、さんざんためらった末、どうしてもさっき逃したシャッターチャンスが悔しくて、最後の10分休憩の時にオバサンしてきました。まずプログラムにサインをお願いし(実は、初日にはどんな有名人が来るかわからないからと、ちゃんと油性ペン持って行ったんですねえ。これ正解)、写真も撮らせていただいた。これでお分かりと思うけれど、スッゴイ人とは、小泉さんでした(へへ、去年は歌舞伎座で扇千景さんとツーショット写真。プチ自慢がひとつ増えました)。

あと、もう一人ミーハーおばさんのアンテナがキャッチしたのは田之助さん。休憩時間に2階のロビーで山川静夫さんの番組だと思うけど、4人でのトークにゲストとして出ていた。それは別として、芝居が終わった後、劇場敷地から外へ出るちょっと前、帰る人の波と反対方向に歩いて来る和服姿の男性が見えた。それが田之助さんだった。

やっぱり初日はミーハーには堪えられないなあ。

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2007年1月 2日 (火)

初詣2

07010304 07010311

狛犬がいる程度の地元の神社

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2007年1月 1日 (月)

こいつぁ春から

強くなったものだ!! レッズのことです。

リーグ優勝に貢献した中心選手を何人か欠く中で勝ち進んできたことを思えば、レッズの力は本物になったと考えていいのではないでしょうか。

私の中では、準々決勝、準決勝がヤマだった。相手が磐田、鹿島ということでイヤな気持ちがしていた。それを乗り越えたのだから、今日は絶対勝つと信じていた。ガンバも強い。実力が伯仲しているときは「勝ちたい」気持ちが強いほうが勝つ、というのが私の持論。ギド監督はじめコーチ陣、選手、そしてスタジアムを真っ赤に染めたサポーターたちが心を一つにしたから勝てたのだと思う。「ありがとう!!

ただ、心配が2つある。1つは伸二の足。又、痛めちゃったんだぁ…。もう1つは奢り。古人の言は正しい。曰く「勝って兜の緒を締めよ」。リーグ優勝、天皇杯2連勝に奢ることなく、さらなる飛躍を。

なんて、偉そうなこと言っちゃった私は、白状すれば、試合は夢の中でした。年内最後の仕事、大掃除もどき、煮物作り、そして年賀状書きと、連日<ほぼ徹夜>状態だったから(やっと今日年賀状出してきた)、どうにもガマンできない睡魔に襲われ、TV画面を前にして陥落してしまったのです(泣)。時々目は開くものの(伸二から岡野への交代は見ていた)、我に返ったときにはすでにロスタイム。おお、1点リードしているではないか。最後のガンバFKがはずれ、笛に思わず拍手。プレイバックで見た決勝ゴール、岡野の折り返しを永井が決めた、というのが嬉しい。2人とも好きな選手だから。

てなわけで、こいつぁ春から縁起がいいぜ。へへ、もう一つ白状すれば、浅草芸能大賞授賞式の招待券、当たっちゃった(24日、浅草公会堂で亀ちゃんの受賞記念公演が見られるのです)。クジ運の悪い私は半分諦めていたのだけど、昨日ハガキが来たのだ! 

とりあえず、いい元日です。

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初詣

P1040243 P1040244

我が家から2軒先の小さな小さなお社

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去年から今年へ

P1040249

あけましておめでとうございます。

昨年は色々ご支援いただき、ありがとうございました。皆様とどこかで繋がっていると思うと、どんなにか心強かったことでしょう。本当に感謝、感謝でございます。

今年も皆様とweb上で交流させていただき、楽しい1年にしたいと願っております。よろしくお願いいたします。

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