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2006年11月

2006年11月30日 (木)

どしたらいいんだぁ

今日は、キャラメルボックスの「ラヂオ少年」を見に行く予定でした。サポーター先行販売で張り切っていい席を取ったのに、しかも途中まで出かけたのに、急に老親の事情で泣く泣く諦めて帰宅しました(親の体調が悪くなった、とかそういうことではないんだけど)。しかも、一緒に行く予定だった友人まで私に付き合ってやめちゃって(1人でも行ってくれればよかったのに。あんな前のほうで2つも席あいてたら、目立っただろうなあ。キャラメルさん、ごめん)。もう、あんまりガッカリして、食欲も湧いてきません。

でも、いつまでクヨクヨしていても仕方ない。年老いた親には悔いのないように孝行したいし、今月はただでさえあちこち遊び歩いていたから、と自分に言い聞かせています。それに、親の心配しながら芝居見ても集中できないだろうし、ね。上演期間中にもう一度チケット取り直して行くとするか。とはいうものの、12月もきっちり予定立ててあるから、間に入れるのって難しいし、こっちが都合つく日は上演がなかったりして、なかなかうまくいかないのよね。あああ、11月がこんな形で終るとは! 又クヨクヨしてきた・・・

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SwingingFujisan in Nagoya三たび:総括その5大詰

1118日 明治村第二部
さて、SLを東京駅で降りて、再び歩き出すと、やがて帝国ホテル中央玄関が現れる。レンガと白い大谷石を巧みに組み合わせた造りで少々ごつい感じもするが、やはり華やかな雰囲気が醸し出されている(残念ながら写真は失敗した)。仲間の一人は、東京にあったこの玄関を覚えていると言ったが、記憶力の悪い私は何回も見ているにもかかわらず覚えていない。

明治村には何軒か食べ物屋もあって、帝国ホテルの先にはコロッケ屋がある。村の入り口にもあったのと同じ店だ。隅田川新大橋脇を過ぎて、金沢監獄へ行く途中、私以外の仲間は揚げたてのコロッケを頬張っていた。監獄は正門だけにして、パス。

061119109 次の聖ザビエル天主堂では、模擬結婚式をやっていた。ちゃんと新郎新婦のキスもあり、見物していた高校生たちがニヤニヤしていた。もうそんなことにはときめかない私たちは、菊の世酒蔵へ。窓にも小さな瓦屋根がついている独特の外壁が目を引く。広い内部には大きな酒樽がいくつも置かれ、目を閉じると杜氏が長い棒をもってかき回している姿061119126 が浮かぶ。ああ、搾りたての酒が飲みたいのう。

酒蔵のすぐ先には半田東湯という銭湯と呉服座が(「ごふくざ」ではない、「くれはざ」だって)。芝居小屋を見つけてしまったら、銭湯には寄っていられません。小走りで小屋に入ります。お、舞台では勧進帳を上演中(あ、実際にやっているわけではありません。弁慶と富樫の061119124 人形が丁々発止)。私は金丸座も秋田の康楽館も行ったことがないので、席に座れはしなかったけど、こういうものかと興味深く眺め渡したことでした。入り口を入った土間の上では、川上音次郎、貞奴、長谷川一夫などなど数々の名優の写真が我々を見下ろしている。呉服座の隣には駄菓子屋(小泉八雲避暑の家)と本郷喜之床(ここは石川啄木サンが住ん061119121 でいた)という床屋があり、この一画はさっきの銭湯も含めて、下町情緒が漂っている。そういえば、小泉八雲が住んでいた松江の家を去年見てきたっけ。こんなところで、又ハーンさんに関係するとは思わなんだ。さらにそういえば、啄木さんは8月演舞場で見た「野口雨情物語」にも登場していたが、北海道から東京に出て数カ月後、函館の知り合いに預061119128 けてあった家族を呼び寄せて暮らしたのがこの喜之床だとか。私も色々ご縁がありますなあ。

呉服座の向かい側では馬車がヒマそうに客待ちしていた。馬車は生まれてこの方乗ったことがないし、本格的な衣裳をつけた御者さんもいて、心引かれたけれど、1人旅じゃないか061119118 ら、今回は記念撮影のみで諦めました。

さて、次はお楽しみの汐留バー。レンガ造りの工部省品川硝子製造所の建物を利用したバーで、デンキブランと香竄葡萄酒(こうざんぶどうしゅ)というのが売りらしい。私はデンキブランという名を、そしてそのデンキブランで有名な神谷バーという名を目・耳・口にするだけで、眩暈を覚える。きっと、カストリ焼061119134 酎とごっちゃになっているのだと思う。飲んだことはもちろんないし、どこからそんな意識が湧いたのかわからないが、メチルアルコールの悪酔いがデンキブランという強烈な名前に結びついているのだ。しかし実際のデンキブランは決してそんなインチキアルコールではない。アルコール度30度または40度(ということをこのとき知った)のブランデーのことである。めったにない機会だから、試しにこわごわ飲んでみた。意外にもおいしい。とにかく香りMenu 061119136 がめちゃめちゃ良く、味もまろやかである。とくにオールドといわれる40度のものはバーテンダーさんお勧めだけあって、スタンダードの30度よりずっと美味。チョコをつまみにすると、これまたよろしい。カストリで刷り込まれていたから、まだまだ眩暈を完全に払拭するほどではないが、デンキブランに対するイメージは大きく変わった。<飲んべ>揃いの我々は、東郷ビールに香竄葡萄酒もやってみた。ビールはすっきりとおいしく、買って帰りたかったが、ビンではそういうわけにいかない。香竄葡萄酒は薬草が入っているような感じで甘い。私はそこそこ飲めたが、本物の<飲んべ>である仲間たちの口には合わなかったらしい。

汐留バーのメニューにはソフトドリンクもあるし、ナッツ、チーズ程度のおつまみもあるから、雰囲気を味わうだけでも面白いと思う。また、バーの隣はガラス製品売り場になっており、見て歩くのが楽しい。2階(中2階)はガラス絵ってよくわからなかったけれど、そういう絵の展示室になっている。

軽くアルコールを入れていい気分になったところで、鉄道寮新橋工場(機械館)へ。ここには日本の産業革命を支えたであろう数々の機械が並んでいる。リング精紡機など見て女工哀史に思いを致し、しばし粛然とした気持ちになる。

このあと、歩兵第六聯隊兵舎で射的をしたり、暗夜回廊に入ったり(まったくの闇で、壁を手探り状態で進まねばならない。「暗夜回廊殺人事件」なんて、2時間ミステリーの題名が安易にも浮かんできた。閉所恐怖症の人は絶対無理)、品川燈台を訪ね、帰路へ。よく食べよく飲む仲間たちは、私が明治天皇御料列車を見ている間にカレーパンをパクついていた。

061119026 心配した天気もかろうじて持ち堪え、我々が帰りのバスを待つ頃、降り出してきたのであった(東京へ戻ったら、土砂降りで驚いた。そういえば、前回もそうだった)。これで、長い長い明治村周遊記は終わり。

形あるものには必ず最後がこよう。それを潔く見送るには惜しい建物たちが一堂に集められたこの明治村で、先人たちの息吹を感じ、その生活を偲び、さらには日本人としてのノスタルジーを覚えたのは、事前に思いもしない収穫であった。

最後に、今年は遅いといわれていた紅葉がここではとても綺麗だったことを付記しておこう。

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SwingingFujisan in Nagoya 三たび:総括その4

1119日 明治村第一部

昨夜、メンバーで荒天の場合の行き先変更について打ち合わせをし、とりあえず午前7時の天候で決定しようということになった。朝6時頃目覚めると、だいぶ曇ってはいるが、どうやら雨は降っていなさそう。7時に朝食に降りた時も、かろうじてもちそうな感じ。そこで、さっさと支度を済ませ、いざ明治村へ。

丸の内から犬山までは大変便利なのだが、犬山から明治村へのバスの本数が少ないため、時刻表で狙いをつけて間に合うように地下鉄に乗る。私が稚魚の会のパーティーに出るため、帰りの時刻を早くしてもらったから、現地で十分な見学時間をとるには開村と同時に入りたかったのだ。名古屋廻りという行き方もあるよう0611190082 だったが、我々は岩倉で名鉄に乗り換える。犬山駅前にはからくり時計があり、さすが愛知県、と感心する(桃太郎伝説をテーマにしたものだそうだが、桃太郎って犬山城から木曽川を3kmほど遡ったところで生まれたんだそうな! 岡山じゃなかったのかあ!?)。バスで約20分、無事開村前に明治村に到着(このバスはこの時は名鉄バスだったが、12月1日から岐阜バスコミュニティに移管されるそうだ)。

広大な村内をどのように効率的に回るか。我々は、地図とにらめっこし、絶対にはずせないものをピックアップした。私としては乗り物ははずしたくない。村内バスに0611191272 京都市営電車、馬車、SL。ところが、乗り物には時刻表というものがある。なぜかタイミングが合わず、村内バスはついに写真を撮るのみで終った。いつも出た直後にバス停に着くんだもの。

仕方ないので、まず1丁目を歩いて見学する。三重県尋常師範小学校は明治21年に建てられたものであるが、戦後も蔵持小学校として使われていたという。木の机(引き出しではなく、机の板部分を上に持ち上げると、中が収納スペースになっている)が並べられた教室は、懐かしい匂いがする。机も椅子もこんなに小さかったのかと思うくらい、可愛らしい。学習院長官舎には乃木将軍が、西郷従道邸には主人従道が人型パネルとなって立っていた。2人とも身長が160cm程度で、意外に低いので驚いた。もっとも当時としてはそんなものだったのかもしれない。

061119030 おおお、森鴎外・夏目漱石住宅がありまする。文学者の住宅を見るのは好きである。長い廊下、縁側、昔の家ってこんなんだったなあ、と子供時代に戻れるのだ。東京の鶯谷には正岡子規が晩年を過ごした家がある。小さな家で、廊下は長くないが、家のもっている雰囲気は似ている気がした。

ここから京都市電乗り場に向かう。10分ほどで来るという、まあまあのタイミング。便利で愛していた東京の路面電車は美濃部都政のときに1系統を残して廃止されてしまっ061119042 たから、私はどこの町に行っても路面電車を見ると興奮する。乗車駅は京都七條駅。嬉しいことに車両の前には安全網が付いている。この安全網を付けた都電は私の記憶にはないが、話には聞いていたので、本物を見て、なるほど、万が一人にぶつかってもここで掬い上げられるのか、と納得。浮き浮きと乗り込み、車掌さんのガイドを聞き、ゆっくりゆっくり走る市電の車窓から見える建物を眺めながら、あっという間に終点の市電名古屋駅に到着。わずか23分の旅だったけど、満足満足。

061119064sl2 そして今度はそこからすぐの所にあるSL名古屋駅に。改札には昔なつかしいキップ切りがあり、早速鋏を入れてもらっている人もいた。私も、と思ったが、鋏の形がイマイチだったのでやめた。自動改札になる前は、駅員が職人芸の鋏捌きで乗客一人ひとりのキップを切っていたのだ。鋏の形(切0611190672 り口)は各駅で全部違い、それによって乗車駅がわかる、という凄いシステムであった。さて、SLが向こうからやってくる。どうやって向きを入れ替えるのかしら、と思ったら、機関車部分を客車から切り離し、引込み線に入ったところで、人力に頼るのだ。2人の人がよいしょよいしょと機関車を押して回し、061119075 180度回転したら、客車の待っている線路に平行して走っている線路で客車の先まで行き、そこからバックして再び客車に連結するのだ。これも観光客を喜ばせる一種のショーと言えよう。SLは市電よりは少し長い時間をかけて東京駅へ。ここには売店もあり、つい明P1030570 P1030569

7年の横浜・新橋間の時刻表を買ってしまった(これは帰宅後、父にプレゼントした)。

SL東京駅の向こうにも入り口があるらしく、そっちは駐車場もついているから、車で来た人たちが入ってくる。道理で、名古屋駅061119103sl からSLに乗った人数に比較して東京駅が賑わっているわけだ。それに市電も名古屋から京都に向かう電車は満員である。正門から入ってまず乗り物で奥に向かったのは正解だった。乗り物はガラガラで、おかげで車内も車窓も十分堪能できたのだから。

さて、総括もその4で幕を引く予定だったが、まだまだ明治村紀行は先が長い。そこで、その5へつづく~~。

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2006年11月29日 (水)

メトロは過去への入り口かも

1128日 映画「地下鉄(メトロ)に乗って」
不思議な映画である。原作を読まない人が見たら、わからないかもしれない。そういう私は原作は読んだにもかかわらず、細かいところや、結末はすっかり忘れていました。去年の暮れに読んだのだから、まだ1年も経っていないのに。で、私は忘れていた細かい部分を思い出しながらも、それが映画の進行の後手後手にまわり、わからないまま次のシーンということも間々あった(映画を見た後、慌ててまた原作をざっと読み返してみました)。それに、正直に告白すると、どんな映画でも、本編(本編の反対語は予告編かと思っていたら、違っていた。ジャポニカロゴスでやっていた)が始まって間もなくすると眠くなる傾向があって、出だしをいつも見損なう。今回も必死で抵抗下にもかかわらず、最初の数分、飛び飛びになってしまった。

ネタバレになるけど、上映期間はもうじき終るし、ある程度ストーリーがわからないとレポもしにくいので、粗筋を。長谷部真次(堤真一)、43歳は小さな下着メーカーの営業マン。父・小沼佐吉(大沢たかお)は一代で築き上げた大企業の社長。だが、家でも威張ってばかりで、母を殴ったりするから真次は父を嫌い、高校卒業以来会っていない。その父が倒れて入院したという弟からの留守電が携帯に入っている。父が倒れたその日は、若くして車にひかれて死んだ真次の兄・昭一の命日だった。留守電の伝言を無視し、地下鉄を乗り換えようと人気のない地下道を歩いていると、兄にそっくりな男がいるのを見つけ、思わず後を追う。そこから真次の不思議な体験が始まる。つまり、東京オリンピック開催直前の町(昭和3910月)にタイムスリップしたのだった。その後も真次は終戦直後の混沌と逞しさにあふれる東京(昭和21年)、戦時中の地下鉄、満州の塹壕へとタイムスリップする。永田町や新橋、神田といった地下鉄の駅で、不意に時代を遡り、そして又戻ってくるのだ。それぞれの時代には必ずある同じ人物が登場し、真次と接触する。それが終戦直後に知り合った、闇市で悪事にも手を染めながらも恋人・お時(常盤貴子)とともに逞しく生き抜くアムールという男であり、さらに時代を遡って戦時中に地下鉄で言葉を交わした、これから入営するという出征兵士である。その兵士のタスキに書かれていた名前は小沼佐吉。つまり父、そして若き日のアムールなのだった(青山一丁目で地下鉄を降り、車内の真次に敬礼する佐吉。その佐吉に向かっていつまでも「小沼佐吉君ばんざ~い」と叫ぶ真次。私はこの場面で心に迫りくるものを抑えられず、涙が溢れてきたのでした)。満州ではアムールは、ソ連軍の銃撃にあい塹壕に取り残された小学生たちと教師を身をもって救う。こうして真次は、それぞれの時代で父の真実に触れていく。

ここに、もう1人、タイムスリップする人物がいる。それは真次の恋人・みち子(真次には妻子があるんだよ~)。彼女もどういうわけか、真次と同じ時代に行き、2人は同じ体験をする。なぜなのか。兄の死、みち子と真次、アムールとお時。それぞれの人物には思いも寄らない過去が秘められており、哀し過ぎて恐ろし過ぎる運命が待っているのであった。

ああ、これを見たら、もう地下鉄に乗るのが怖い。私、地下鉄大好きで、どこへ行くにもほとんど地下鉄だけですませるが、これからはどこかでふっと、時空の穴に吸い込まれそうな気がしてくる。小説では主に踊り場が現世と過去の出入り口だったり、階段を上った先が過去の世界だったりする。そこに立つといつの間に移動しているのだ。だが、映像では、地下鉄の走るトンネル内をガーッと移動するその猛スピードをカメラが表現する。そのせいか、穴に吸い込まれる、あるいは垂直移動ではないにもかかわらず落ちる、といった不安な気持ちになった(小説でも映画でも、夢でタイムスリップということもあるけど、私はほとんど夢を見ないから、そこは大丈夫だろう)。

映画はおおむね原作に忠実だ。一番大切なのは、原作は三人称の小説でありながら、常に視点は真次にあるということである。真次が見た家族の姿、父の姿なのである。そこは映画でもきちんと踏まえていたように思う。ただ、大きく変えてあるところがいくつかある。たとえば兄・昭一は小説では地下鉄に飛び込んでいるが、映画ではフラフラと車の前に飛び出し、轢かれたことになっていた。ここは、このお話におけるメトロの重要性と父の心情への影響を考えると、原作どおりにすべきではなかっただろうか。また、みち子の最後の扱い方も違う(みち子についてはネタを明かさないようにしておこう)。さらには、映画では真次は結局父の病室を訪ねていくが、原作では父に会うことはしない(真次がアムールにあげた腕時計が、最後に父の病床に置いてあったのは、映画として効果的)。やはり映像効果と想像効果には違いがあるから、まったく忠実にというのは無理な話であろう。

ただ、ひとつ、映画で気になったのは、真次がアムールを父だと気づいていたのかどうか、ということ。原作では多分気づいていない(出征兵士がアムールだということは、原作でも映画でもわかっている)。その顔相をまったく変えるほどの苦労をアムールはしたからだ。だけど、映画の大沢たかおは大沢たかおなんだもの(関係ないけど、広瀬香美と離婚したんだってね。偶然にもついこの間見た「白蛇伝」の音楽が広瀬香美だったから、あれれ、という感じ)。だから映画ではもしかしたら、真次は気づいていたのかもしれない。

出演者評。堤真一は、「三丁目の夕日」では怒りんぼのオッサンだったが、この映画では、あ、案外二枚目なんだな、と思わされた。演技、とくに表情の変化はさすがに安心して見ていられる。

大沢たかおがこんな役やるとは思わなかった。もっと繊細な傷つきやすい若者、といったイメージをもっていたから、ミスキャストなんじゃないかと思っていたが、なかなかの変身ぶりで、見事。とくにアムールがいい。常盤貴子は最初はいわゆるパンパン役。終戦直後、男も女も何をしても生き抜いていかなければならなかった、そういうしたたかさ、ふてぶてしさが大沢たかおにも常盤貴子にも、よく表れていた。でも、後に飲み屋のママになった時はイマイチだったな。

堤真一の恋人役は岡本綾。だいぶストーリーが進んでから、はっと気付いたんだけど、もしかして獅童のあの問題の彼女? なかなかスッキリときれいな顔立ちで、寂しげで儚げでありながら、強さももっているというのが、演技ではなくて、多分彼女の天性のものとしてあるような気がした。

最後に、もう一つの主役、地下鉄とその駅。映画に出てきたどの駅も馴染みではあるが、とくに半蔵門線の永田町は、国立劇場に行くときや、仕事で出るときに使う駅なので、なんだか嬉しい(どうして、自分に身近な場所や知っている場所が映像で出てくると、軽い興奮を覚えるのだろう)。と同時に、やっぱりどこかに吸い込まれそうな不安がぬぐえない。

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2006年11月28日 (火)

SwingingFujisan in Nagoya三たび:総括その3

1118日 イタリア村~蓬莱軒(熱田)
名古屋港へ向かう地下鉄の中。どこで乗り換えたらいいのか、車内の路線図を見上げながら、例のごとく仲間でああでもない、こうでもないと話していると、ちょっと年配の男性が「どこ行きたいの?」と声を掛けてきた。名古屋港だと答えると、乗換の方法を教えてくれた。なるほど。「乗換案内」を見ただけではピンとこなかった路線と行き先がパズルが解けたようにぴったり合って(さすが地元の方。こちとらには複雑で)、おかげさまで無駄なく名古屋港に行けたのでした。ここでも名古屋人の好意に感謝感謝。名古屋の人はよそ者に冷たいと聞いたことがあるが、どうしてどうして、困っているとすぐ声を掛けてくださり、誠に気さく、親切である。これは、今回の旅の思い出として、かなり大きなポイントとなった。

ところが…。表示に従って外へ出たはいいが、そこから先がまたよくわからず、何回か迷ってしまった。外はもう暗く(事前の予想どおり、尾上辰巳さんご推薦の夕日には間に合わなかった。辰巳クン、元気を回復しただろうか…)、歩いている人もほとんどなく、やっと駐車場入り口で人を見つけ、聞くことができた。

Photo_6 おお、やがて闇の中にそこだけ光を放つ村の入り口が浮かび上がる。何に感動したかわからないが、ちょっと感動しながら中に入る。たしか、時間が時間だからというので、入村料はタダだったような(今HPを見たら、1123日から完全にフリーになったそうです)。

一歩はいると、そこはもうイタリア…なんだろう。イタリアの大きな町へは行ったことがないからわからないが、うん、これがきっとイタリアムードなんだ。実は、夕飯は有名な熱田・蓬莱軒のひつまぶしを食べようという予定になっており、イタリア村にいられる時間は限られている。そこで、ざっと村内を見渡した後、とにかくまずはゴンドラに。イタリアって言ったら、やっぱりコレよねえ。我々のほかに女の子2人が乗ってくる。意外と大勢乗れることに驚き、感心した。だって、ほら、ゴンドラっていうと恋人が舟のはしっこに寄り添って座り、ゴンドリエーレ(漕ぐ人)が「サンタルチア」かなんか歌って、っていうイメージじゃない。だから、私は勝手に2人乗りと決めていたのだ。大きくない舟というのは、乗るときに揺れて怖い思いをするが、ゴンドラなんてとくに不安定そうで恐る恐る足を入れてみた。思ったより安定している。いい気分で舟の縁にもたれて腕を置いたら、危ないから舟の外に手を出すなとゴンドリエーレに怒られた。舟は幅が狭い061118088 し、そう乗り心地がいいわけじゃないけど、気分は上々。これでゴンドリエーレが歌ってくれたら最高なんだけど、イタリア人にしては愛想のない彼は無言でお仕事こなすだけ。それでも夜のイタリアの町並みの間を縫うゴンドラに、乗客はひとときのヴェニス気分を味わうのでした。

ゴンドラを降りて、再び町を探索。セリエAやフェラーリのショップを覗いたり、チーズやパスタ、生ハムが空腹の身を誘惑する食品コーナーを歩いたり。時間の関係で、残念ながらヴェネチアガラス館は今回はパス。

本当ならここで思い切り飲んで食べて、といきたいところだが、今食べたらひつまぶしが入らなくなってしまう。でも、せっかく061118092 だから、イタリアワインにピザを一口味わうくらいはしなくっちゃあ。というわけで、1軒のピザ屋に入った。ウエイトレスの女の子がサッカーファンだということで、今日の敵である我々レッズサポとちょっと話しがはずんだ。ところが、彼女、鹿島ファンなんだと(なんで、名古屋で鹿島なんじゃい! まあ、別にいいけど)。実は、レッズサポは鹿島に対してあまり好感情は抱いていない(と思う。多分相手も同じだろう)。同じ赤でも、鹿島の赤はちょっと違うし(名古屋の赤は、比較的レッズの赤に似ている。でも、なんてったって、レッズの赤が一番いい色だあ)。だけど、サッカーという共通語は、そんな感情も超えてしまう。何でもそうかもしれないが、同じ趣味をもっているということは、人と人の間にある垣根を壊すんだなあ。

061118089 まだまだ色々探索したいイタリア村に未練を残し(今度は明るくて時間のあるときに来ようっと)、12時間の時空をタクシーでひとっ飛び。そんな大げさなものじゃないけど、数分前とは大違い、これはまた日本情緒たっぷりの造りである。さすがに評判の店とあって、かなり待ちそう。と思ったが、意外と早く順番が回ってきた。靴を脱ぎ、二階に案内される。広間に座卓がいくつも並んでいて、その一角に陣取る。

Hourai 実は私、ウナギはちょっと苦手。全然ダメというのではなく、食べないですめばそれに越したことはないという程度だが。でもメンバーはみんなウナギ好きらしく、私だけ足並み乱すわけにも行かないから…。そんな私の目の前に運ばれてきたお盆には、ご飯たっぷり、ウナギたっぷりの名物ひつまぶしぃ。皆さんよく食べる。食べてみればそれなりに美味しかったけど、さっきのピザも祟り、悪いとは思いつつ3分の1ほど残してしまいました。満たされすぎた腹を抱え、再びタクシーにて今夜の宿、丸の内へ。明日は明治村です。天気が心配…。まだまだ続く名古屋の旅総括は、ラストその4へ。

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SwingingFujisan in Nagoya三たび:総括その2

1118日 豊田市駅~豊田スタジアム~

名古屋 vs レッズ1400キックオフ)

さて、ここからはいよいよスタジアムへ。もう1時も過ぎているから、この頃になると、レッズサポ、グランパスサポ、双方とも数が増え、シャトルバスにも行列ができている。でも、時間的な余裕があるんだから、もったいないぜ、歩かなくっちゃ。ってなわけで、やっぱり歩きの大勢の人たちとともに、町の空気を吸いながら、そして1人私はあちこちにカメラを向け、流れを乱しながら、約20分の道のりを楽しむ。途中、我々が豊田の町のことについて又議論(?)していたら、地元の人らしいオジサンが答えを与えてくれた(内容はなんだったか、忘れちゃった)。いい人だ。初めての土地に来て、こう親切にされると、当然高感度アップだよね。

061118022 061118025

061118028 駅からまっすぐ歩いて行くと、やがて、白い吊橋が見えてきた。きゃっ嬉しいわ、あの橋渡るのね! 橋の名前はわからないけど、川は矢作川。橋の向こう右側に、スタジアムが姿を現す。だからって、もうすぐだ、と思ったら大間違い。サッカースタジアムって、だいたいどこでも、見えてからが遠いのだ。だ061118036 けど、ここは橋なんていう興奮しちゃうものがあるんだもの、ちっとも苦にならない。

さ、一気に飛ばしてスタジアム内へ。座席は2階と書いてあったので期待していなかったが、5階くらいまである2階なので、かなりいい席だ。それに傾斜もあって、前の人がジャ2_1 マにならない。その点は埼スタよりずっといい。スタジアム全体は、ワールドカップ決勝戦をやったベルリンのスタジアムみたい(TVで見ただけだが、何となくそんな印象を受けた)。我々はバックスタンド、名古屋のホーム寄りだったが、名古屋のサポーター席はPhoto_3 Photo_4

相当おとなしい。本来なら、名古屋サポの声が響き渡ってしかるべきなのに、ずっと向こうのレッズサポの叫びばかりが目立つ。

試合は、もう古びてしまったので詳述しないが、攻めて攻めて攻めまくって1点も取れないレッズ。ゴール前のごちゃごちゃでもボールがラインを越えない。こういう時のレッズは、相手にワンチャンスをものにされるのがオチ。案の定、この試合もやられてしまった。ホントに名古屋には相性が悪いなあ。口惜しいはずなんだけど、もともと名古屋に弱いという摺り込みがあるせいか、あるいはここへ来るまでに敵に塩を贈られたせいか、たいして腹が立たない(サポーターがそんなこと言ってちゃ、優勝は遠いか、と反省)。

ま、仕方ないかという気持ちで、再び徒歩で豊田市駅へ。この061118057 時、駅へ続く商店街の歩道に置かれたプランターの脇に、車の絵が描かれたタイルが張られていることに気付いた。駅からスタジアムの間では、車の町、トヨタの町という印象はほとんど受けなかったのが(私、ここを走っている車はみんなトヨタかな、なんてバカな ことを考えていました)、これを見て、ちょPhoto_5 っとそれらしいものを感じ、嬉しくなった。ここからは名古屋港へ向かいます。前回行きそびれたイタリア村ですよ~。

以下、総括3へ続く。

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SwingingFujisan in Nagoya三たび:総括その1

1118日 東京~豊田市

なぜか今年は名古屋づき、5月の中日劇場(21世紀歌舞伎組)、先月の御園座、そしてこのレッズサポートツアーと3度目の名古屋入りである。といっても、5月は日帰り、先月は大阪泊で、名古屋泊は今回が初めて。

そこで、もう10日もたってしまい、記憶も薄れつつあり、些かどころかかなり間抜けではあるが、今年最後の旅行について自分の気持ちの中でけじめをつけたいので、ここに総括しようと思う(そんな大袈裟なものじゃないんだけども)。

優勝に向けて勢いづきたい一戦とあって、一部の新幹線はレッズサポによるジャック状態だったとか。我々一行4人はその前に出発。朝起きの苦手な私は、当日絶対起きられないので、いつもほ0611180032 とんど徹夜。本当は翌日の稚魚の会パーティーのためにお肌を休ませたかったんだけど、今回もほぼ徹夜状態。そのおかげで、無事予定の新幹線に乗れました。朝から平気でアルコールを飲む仲間たちに呆れているうちに、名古屋着。

不案内な土地だから、まずは先に豊田に行ってしまおう、ということになる。地下鉄を使う手もあるみたいだが、結局はどこかで名鉄に乗るので、名鉄名古屋へ。これが意外とどこだかわかりづらくて、近くまで行きながら、ちょっと迷った。何とかホームにたどり着くと、まわりにはけっこう赤い人たち(つまりレッズサポ)の姿も見える。名鉄というのは行き先があちこちあって(西武線を思い出してしまった)、一応事前に「乗換案内」で調べてきたのだが、大まかに予定してきた時間とずれたため、結局どの電車に乗れば豊田に行けるのかわからなくなってしまった。仲間と侃侃諤諤していたら、1人の若い男性が声をかけてきて、親切に教えてくれた。彼はその後も我々を心配して、知立で無事乗換えがすむまで、近くにいて見守ってくれていた。その彼は名古屋サポなのだ。敵である我々にこんなに親切にしてくれて、なんていいヤツなんだ。感謝感謝です。

061118012 知立からの名鉄は単線? きわめてローカルで電車好きの私にはかなり嬉しい路線。チンタラチンタラといい感じの走りじゃないの~。去年乗った出雲の電車を思い出してしまった。ただし、今回は一人旅ではないし、乗客も多いから、自分勝手にあちこち見て楽しんではいられない。残念に思ううちに、やがて豊田市駅着。途中がローカルだった割には、さすがそこそこ大061118018 きな駅である。改札を出ると、小さな小さなショッピング街があって、その一角にある食堂で腹ごしらえ。皆はきしめんを食べたがっていたが、メニューにない。私は昼食は自宅でも麺類だが、急いで食べると絶対におなかをこわすので、珍しくご飯ものにする。親子丼。名古屋コーチンではなさそうだったがおいしかった。ただ、京都に近いから薄味かと思っていたのが、けっこう濃い味つけで意外な気がした。ふ~、朝食抜きだったし、新幹線でも飲み食いする仲間には加わらず、ここが今日初めての食事で、人心地ついた。

と、長くなるから、ここで一区切り。以下、総括その2へ続く

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2006年11月26日 (日)

あまいあまい

11月26日 FC東京 vs レッズ(味の素スタジアムだけどTVで応援)

061126_150839_m3 そう簡単には優勝できませんわな。今日は外人の差か。ワシは数字だけ見ればたしかにいいかもしれないんだけど、肝心のところで結果出してくれなくっちゃあ。何しろマグはハット、ワシはノーゴールだもの。得点王だって、奪われちゃったじゃない。ワシにだって意地はあるだろうから、来週のマグとの戦いは見ものじゃわい。

しかし、一番の原因は、勝ちにいこうとしなかったことにあるんじゃないかしら。引き分けでも061126_150928_m いい、っていう気持ちがどこかにあったんじゃないの? 完全に圧倒されていたもの。だから守りは必死だったけど(でも簡単にフリーにしちゃうって、どういうこと???)、中盤を支配できないし、攻撃もやっぱりワシ頼りだし。相手もあんなに守りを厚くしていたんだから、ミドルシュートをもっと使ったほうがよかったんじゃないの? 啓太も山田もはずしはしたけれど、いいシュート打ってたんだからぁ(なんで山田を交代させたんだろ)。それに、ガンバの途中経過なんか気にしてるから悪い。ガンバが勝とうが負けようが、自分たちが勝ちさえすればいいんだよ。今日はちょっとガンバの結果を意識しすぎていたような気がするよ。どうも、レッズの弱さって、勝とうという気持ちの希薄さにあるんだよなあ(だから、<連敗ストッパー>にもなっちゃう)。プレーしている選手にガンバと京都が同点だなんて教える必要はまったくない。そんなことで、攻める気持ちが失われるようじゃ、優勝なんてできっこない。それなのに、まさかロスタイムにガンバがもう1点入れるとは思わなかっただろうから(ガンバは大したものだ)、万博より早く試合が終了したこっちは、なんか「これで優勝だな」っていうような顔してた選手もいたような気がする。そんな態度でいたら、最終的に優勝逃しちゃうよ。最終節、こっちは2点差で負けても大丈夫、なんて思ってる人はまさかいないと思うけど、もしそんなことちょっとでも思っていたら、戦う前にすでに負けていることになる。私が決戦で心配するのはこの点だけだ。気持ちで負けるのが一番我慢ならない。守りに入ったら負けだよ。守りたいなら、「攻撃は最大の防御」ってね。

とまあ、私は今日はTV観戦で、FCの猛攻に耐える我が軍を目にして、何度、近所中に響き渡るような悲鳴をあげたことでしょう。この悲鳴、最終節は嬉し泣きの声にしたいよ!!

061126_173241_m 写真は、寒い中声を嗄らして応援していた仲間が送ってくれたもの(赤と青の対照がきれい)。下は昨夜の浦和の町。

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2006年11月25日 (土)

紅葉も団子も・・・

061125_164846_m 今日は外出したついでに、六義園の紅葉ライトアップを見に行きました。暗くなったらライトがつく、ということだったので、日没を待って園内に。日没イコール暗くなる、というわけでもないのだけど、やっぱり秋の陽は釣瓶落とし。すぐに暗くなってくれて。でも、今年は都内の紅葉は遅れているという情報どおり、イマイチだったな。しかも、おバカなことに、いつも必ず持ち歩くデジカメを忘れちゃって、あまりいい写真が撮れなかった(池の対岸は美しいようだったけれど、携帯では無理でした)。ライトアップは23日から始まったばかりだから、もう少し日がたてばきれいになるんでしょう。

もっとも、私は先日明治村で、もっのすごく綺麗な紅葉見ちゃったから、今年はかなり満足している。だから、今日は団子屋のほ061125_165523_m2 うが気になって仕方なかったんだけど、夕飯前のおやつは肥満のもと。最近、去年ほど寒さを感じなくなっているのは、気温が高いからというよりは皮下脂肪のせいじゃないかと……。ぐっとこらえました。でも、こういう所で食べる団子やらおでんやら、って格別な味がするのよねえ…

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いじらしい海老蔵狐

1124日花形歌舞伎夜の部(新橋演舞場)

P1030561 今月の歌舞伎観劇の最後を飾る演舞場。ついに昼の部は再見できなかったけど、その分夜に期待がかかります。

「時今桔梗旗揚」。発散型の松緑さんがあれだけ抑える役というのは面白い。ひたすら耐えて耐えて、丁寧に演じていたと思う。だから光秀の心の動きはわかったんだけど、その一方で、私、光秀爆発のきっかけとなった、その昔貧乏で、客をもてなす費用を捻出するために妻が黒髪を切って売った、っていう話がそんなに恥辱なのかあ?とマヌケなことを考えていたため(今の感覚だったら、美談とも言えなくないのではないかしら? もちろん、今の感覚で捉えちゃいけないことはわかっているんだけど)、え~っ、もう本能寺になっちゃんだ、と、ちょっとついていけない気分でした。海老ちゃんは、地にとても明るいものをもっているくせに、ああいう役をやると、平気で陰にこもれちゃうのね。そこが海老ちゃんの魅力なのだろう。「江戸の夕映え」でも、実に陰に籠っていて、それが松緑さんのこれまた魅力的な大らかさと対照的で、とても惹かれたっけ。陰と陽を併せ持つ、いい男っ。園生の局、春猿だって、全然気付かなかった(けっこう、老けて見えたのよね)。だからあまり気合入れて見てなくて、残念! 

「船弁慶」。玉三郎さんのときにほとんど寝た経験があるし、何しろ食後の演目だから、最初から諦め半分。とはいうものの、気持ちの上ではできるだけ目を開くようにしていたので、前回よりは少し理解できた気がした。梅枝クン、上品で静々と凛々しく、いい義経でした。この花形歌舞伎の一員として好演しているのを見て、嬉しい気持ちになりました。

失礼ながら意外なことに団蔵さんの弁慶がよかった。私が見る限りでは、団蔵さんって悪役かコミカルな役が多かったので、こういう一面もあるんだ、と軽い驚きとともに、やるじゃん、なんて思ってしまった(本当に失礼な言い草でごめんなさい)。

菊ちゃんの静、遠くから見ていると、まったく能面をつけているかのよう。でも、風邪でもひいていたのでしょうか、鈴を振るような静の声、とはほど遠いひどい声だった。しゃがれて、よくあそこまで喋れたというくらい。咳でもしちゃうんじゃないかと心配した。知盛の霊が出てくると、動きが激しくなって目も覚めてくる。でも、玉三郎さんの時も感じたが、菊ちゃんの知盛も線が細い。女形としてあれだけ美しいと、どうしてもそうなっちゃうのかな。私は有名な富十郎さんの「船弁慶」を見ていないけど、きっとさぞ勇壮なんだろうと思う。一度見てみたいものである。

「狐忠信」。私にとっては、菊五郎さん、右近さんに続いて3人目の狐さん。私、せっかく音羽屋型を見ておきながら、何となくは覚えているのだが、細かいことはよく覚えていない。情けないことに、一番記憶に残っているのが、花道奥で大きな声がして、思わず振り返るとその間に狐が思いもかけないところから飛び出していた、(以後、振り返ることなく、キッチリ狐の出を見るようにしている。かわいくない観客だ)というのと、最後は桜の木に登って終った(多分)という、結局ケレン的なところ。国立でなぜか右近さんのを2度見ちゃったから、どうもその印象が強いのかもしれない(右近さんの狐については色々言われていたし、私もひっかかるところはあるけれど、それでもあの天性の体の柔らかさと動きのきれいな点は評価したい)。それに、なんと言ってもケレン味たっぷりの澤瀉屋型は、退屈せずに楽しめるからなあ(猿之助さんの観客を楽しませ方のうまさがここにも表れているのではないかしら)。

さて、その澤瀉屋型での海老ちゃんの狐。本物の忠信がイマイチ、ぴんとこなかったけど、狐になってからの海老ちゃんは、大きな体なのにいじらしさが感じられて、かわいい。というか、体が大きいだけによけい哀れさが感じられたと言うべきか。義経から鼓を頂いてうれしさのあまり鼓を何度も転がすときは、ゴロンゴロンと大きな音がして、それが本当に嬉しそうで微笑ましかった。それに意外にも身軽で、あっちこっちから飛び出したり引っ込んだり、ぴょンと階段を飛び越えたり(3階席からだと、そういうのがはっきりわかって、1階席とは違った良さがある)。2回見せた海老反りも実に見事だったし、感心した。

ただ、狐言葉は、やっぱりなじめない。いえ、右近さんの狐言葉は身についていたという感じで、そんなものだと思って聞けたんだけど、海老ちゃんにはちょっと違和感が。声も細く高くしていたし。客席からはさかんに笑い声が立っていたけれど、多分狐言葉が可笑しかったのだろう。わからないじゃないけど、そんなに笑わなくても…(弁慶でも笑い声が起きたことを思うと、海老ちゃん、何かそういう要素があるのかしら)。

源九郎狐にあしらわれる荒法師の中に猿琉さんがいたんだけど、全然わかりませんでしたぁ。イヤホンガイドでは最後に名前が出てきたから、多分実際の出も最後なんだろうと思って一所懸命に見ていたのに、動きが激しくなって順番が次々入れ替わるとわからなくなっちゃって。でも、あのトンボの1人が猿琉さんだと思うと、それが見られたのは満足。「馬盥」の時は猿琉さんわかったんだけどな。

さて、いよいよ宙乗り。これを目指して3階席を取ったのだから。私の座席は31列目、まさに宙乗り小屋の隣であります。宙乗りの進行のライン的には少し見づらいかな、と心配したけれど、バッチリ海老ちゃん、アップで見ました。途中で花道近くまで降りて、それから再び上昇するときに、喜びの表現が激しくて、思い切りバタバタするので、ワイヤーが外れてしまうんじゃないかと心配しちゃった。ま、そんなこともなく、微笑みながらこちらに向かって飛んでくる海老ちゃん、やっぱりデカかったわ~。いい男だったわ~。

という興奮状態で帰路に着き、ふっと考えたら、今月の演舞場には、何と3人の義経、2人の弁慶、2人の静がいたんだなあ、と遅ればせながら気付きました。義経は33様よかった。でも今回とってもよかったと思ったのは笑三郎さんの静。姿も声も美しく、情が溢れ出るようで、見とれました。

今日は久しぶりにブロマイド(歌舞伎座では舞台写真だけど、演舞場ではブロマイドとなっていたのが面白い)を買ってしまった。海老ちゃんが目をひん剥いて四天王を押さえている場面(市蔵さんだけ男女蔵さんの陰になって見えないけど、一応5人揃っているからお買い得かな、と。それに段治郎さんのあの時の表情、気に入ってるから)、松也クンの腰元お仙(皿屋敷)と赤星十三郎、菊ちゃんの菊之助、そして梅枝クンの義経。おまけに舞台写真が入ったと聞きプログラム(これも演舞場用語?)を又買っちゃったから、けっこうな出費……。

思えば今月の歌舞伎は演舞場の最悪環境の観劇から始まって、最後はこの楽しい狐忠信、いいシメになりました。若手の未完成の魅力と、オヤジ様方の上手さと、どちらを取るか。そんなこと言われても(誰も言ってないか)、選べません。どちらも本当に魅力的で、どちらを見ても「歌舞伎ってやっぱりいいわ~」と又々早く次を見たくなるんだもの。

PS:おくだ健太郎さんと思われる人物にまたまた遭遇。今月のおくだ会に行っていれば真相判明したんだけどなあ。

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2006年11月23日 (木)

良くも悪くもワシントンデーか

1123日レッズ vs 甲府戦(埼玉スタジアム、15:04キックオフ)
06112303 雨という予報を裏切り、何とかもってくれた天気。わけもなく、幸先いいような気がする。そんな気合もこめて、しょっちゅう遅刻する私が珍しく浦和美園駅から埼スタまでの距離を歩いて行かれるくらい早く着いた(いつもはギリギリだからシャトルバスを使う)。もっとも、ハンパに早くて、ピッチでの練習は終ってしまい、ただぼんやりとキックオフを待つ羽目に。

06112308 今回も座席にはプラスチックのフラッグが配られている。私たちのあたりは黒。だいたい赤に当たることが多く、黒は初めて。さあ、選手入場。ビッシリと上まで詰まった観客が一斉に3色のフラッグを掲げる。そしてゴール裏のサポーター席には3色の大旗が。いやがおうにも雰囲気は盛り061123172 上がり、5万8000人近くの怒涛のような鬨の声で甲府を圧倒する。

だが、試合は思うようには展開してくれない。押し気味ではあるのに、何かチグハグな印象を受ける。前半34分、相手DFがペナルティーエリアで2度目のイエローをもらい、退場(倒されたのはポンテらしい)。そしてこちらはPK。本来なら当然楽に1点頂くところ、何かイヤな予感が…。そしたら案の定、ワシントンが外しやがった!! もう、このボケ、アホ!! 信じられな~い。と散々ワシを罵ったところで、41分再びPK獲得。こんな状況も珍しい。遥か上方から見るに、サントスとワシが何か言い合いをしているみたい。きっとサントスが自分に蹴らせろって言ってるのじゃないかしら。でも、ワシはしっかりボールを抱えて離そうとしない。それなら、さっきの挽回しろよ~。あ~~っ!! 何と前代未聞のことが!!! ワシのボケがまたPK外した。何やってんだよ。引っ込めボケ。さっさと交代しろ! 達也を出せ~と私が怒鳴っていたら、仲間は冷静に「これでワシントンを引っ込めたら、自信喪失するからダメだ」と言う。でも、あたしゃ、おさまらないよ。第一、相手が10人というのは、意外と数的有利さが生きない。相手は必死で守りを固めてくるし、ますます点が取りにくくなるじゃないか~。なんてカッカッしているうちに前半終了。

さて、後半。なんだ、まだワシのやついるのか。それなら絶対点取らなくちゃ許さん。お、後半6分、山田の素晴らしいクロスをワシが頭で合わせ、待望の1点。ワシに対する不信感はまだ拭えないものの、まあ少し許す。

その8分後、今度は山田の目の覚めるようなシュート!!! そうだよ、それなんだよ。このとき、偶然にもワシは倒された後で、ケガの手当てのためピッチにはいなかった。それがよかったのだ。ワシントンがいると、みんなそこへボールを集めようとする。だから、自分で突破しないで、安易にボールを出そうとする。それがいかん。シュートチャンスは一瞬なのだ。自分で蹴れ~~。こういうゴールを待っていたのだ。ドリブルで突破すれば、必ずどこかに相手の綻びが出てくる。いいぞ~山田ぁ。今みたいなシュートは理想的。

この2点目で、今日の勝ちは確信できた。あとは寝ていてもよかったくらいだが、不思議と今日は眠くならなかった。

ワシントンは後半23分にもCKから得点し(レッズがCKで得点するなんて珍しい)、外したPK2本分の償いはした、ということか。それと、甲府のほうにも実に危ないシュートが2本あった。幸い2本ともポストだかバーだかに当たって入らなかったが、これが決まっていたらPK2本の罪はかなり重くなっていた。今日の試合はワシントンに振り回されたなあ。ま、いずれにしても、完封勝ちは大きい。

試合終了後、川崎が負け、ガンバが引き分けたことを知る。これで川崎の優勝はなし。次節にもレッズの優勝が決まるかもしれない。11月は遊び過ぎたため、私は26日のFC東京戦はチケットを入手したにもかかわらず、諦めることにした。TVも見られるかどうかわからないが、せっかくのチャンスだから、最終戦に持ち込まないで、決めてほしい(ガンバとの直接対決で、ってことになると、自信がない。別に私が自信あるない、って問題じゃないんだけどね)。

岡野、山田、永井、そして伸二。この4人が揃っている間に優勝させてあげたいんだよね。

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2006年11月22日 (水)

テイストが多すぎて--白蛇伝

11月21日ミュージカル「白蛇伝ル・テアトル銀座)

出演者:阿部なつみ(白素貞/白娘)、彩輝なお(白蛇族の女王・羅美亜)、横井美帆(白素貞の助っ人・瑪瑙)、福田花音(白素貞の助っ人・青魚)、以上白蛇族。市川右近(島の長・雄佐/海を治める神・須佐)、市川喜之助(雄佐の弟・許仙)、桝川譲治(修行者・法界)、仁科有理(島の巫女・那妓/妖魔・胡媚)、相沢真紀(許仙の許嫁・桔梗)、幸村吉也(半分妖魔半分人間の憂波)、以上人間界と妖魔。他

夢のデート(当ブログ9月9日)のお相手、右近さんが出るというだけで取ってしまったチケット。まあ、なんと言ったらいいのかよくわからない、という出来でした。主演は阿部なっち。当然、観客はなっちファンの男・男・男と男がかなり多い。

入り口で、荷物検査とまではいかないけれど、カメラのチェックをしていた(ってことは、ロビーの様子も撮影できない)。それに館内放送で、上演中写真撮影や録音しているのを発見したら、上演を中断または中止する、なんておっそろしいことを言っている。イヤに厳しいな、と不審に思ったのだが、そうか、なっちオタの中には不届きな輩もいるかもしれないからか、と勝手に納得。ふふ、こんな雰囲気はじめて。

幕が開くと、舞台からスモークが客席に流れ、両腕をツタのような植物に縛られた右近さんが登場。まさか掛け声も掛けられず、心の中で「澤瀉屋っ」。ストーリーも何も知らないで行ったので、右近さんがなっちの相手役かと思ったら、違ったのね。右近さんは天界の神と、その神が人間界に降りた時の姿である島の長。恋する若者の役はお弟子さんに譲っちゃったのね。それがちょっと残念(「狸御殿」の相馬織部はステキでしたもの! でも、相手がなっちじゃ、さすがに似合わないかも)。右近さんの喋りは、ここでもやっぱり猿之助調。

物語は大筋はわかるのだが、意外にも入り組んでいて、細かい部分がなかなか摑めない。ただ、白蛇の精・白素貞(なっち)と人間の男・許仙(市川喜之助)の恋を中心にした場面はわかりやすいし、この時のなっちはとても可愛くて、好感がもてた。大抜擢の喜之助さん、けっこういい男じゃないの(けっこう、なんて言ったら喜之助ファンに怒られそう)。途中で、ちょっと退屈になったので、なっちオタ観察をしちゃった。少し前にスッゴク座高の高い男がいて(後ろの人かわいそう)、これが熱烈なファンらしく、何かの曲では、手拍子だけではなく、なっちと一緒に手のフリまでやっていた(うわ~…、でもこういう人たちに支えられてるのよね、アイドルって)。途中で「なっちっ」とか合いの手が入るかと思ったけど、芝居の最中は意外にもみんなおとなしかった(モー娘のショーじゃないんだからぁ)。

結局ストーリーは後半になってやっと理解できたのだが、どこに焦点を当てて見たらよいのかは最後までわからず、それなりに面白くはあったものの、先週見た「リトルプリンス」とはずいぶん違うものよな~と、ため息が出た。というのも、この「白蛇伝」は、スーパー歌舞伎のテイストあり、宝塚のテイストあり、アイドルもの、コスプレ、そして学芸会のテイストあり、とさまざまなテイストがあるのはいいのだが、それらがうまく噛み合っておらず、ここは宝塚、ここはセーラームーン、ここは学芸会、とシーンごとにテイストが変わり、物語の流れがそのたびに途切れるような気がしたのだ。その中で喜之助さんだけが、普通のテイストだったためか、ちょっと浮いてしまったというか、味が薄いような気がした。

元宝塚の2人(彩輝なお、仁科有理)と元四季の桝川さんはさすがに歌がうまい。澤瀉屋の3人(猿四郎、龍蔵、喜昇)は芝居に安定感を与えるだけでなく、味がある。とくに女形で登場した喜昇さんは、あの個性的な顔立ちとコミカルな演技力を存分に発揮しており、笑わせてもらいました。歌は全般に、意外と広瀬香美風ではなかったように思うが、恋のバラードはやっぱり彼女のテイスト(いい曲です)。

最後まで乗れないまま、カーテンコールに。やっと「なっち!」の野太い声があちこちからかかる。私のお隣さんも叫んでました。それでも、この掛け声って、ショーなんかに比べるとかなり控えめなんだろうなあ。

でも、ま、たまにはこういうミュージカルを見るのも悪くはないだろう

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2006年11月20日 (月)

稚魚さんたちがくれた温もり

1119日稚魚の会パーティー(国立劇場)
名古屋行きと重なってしまい、迷いに迷って、ギリギリに出席の返事を出したこのパーティー。実に楽しくて、明治村から直行という強行軍の疲れが吹き飛んだ。

重い荷物を半蔵門駅のコインロッカーに預け、氷雨の降る中、国立劇場へ。場所は職員食堂ということだったが、どこだかわからず、とりあえず表へ行って小劇場で訊くと、裏の職員入り口から入るとのこと。で、裏に戻り、目指す場所に到達すると、入り口からもう大勢集まっているのが見えた。コートと傘を廊下に用意されたテーブルに置き、中に入る。2列に並べられたテーブルのそれぞれの両側に席が設えられ(片側12人くらいか)、もう大半は埋まっている。もう1列、奥のほうに4人くらいずつのテーブルが、これは空席のままになっていた。そこに座ってもいいし、23カ所に見える空席のどこを選んでもよい。でも、1人身だから、まわりに誰もいない席も寂しい、ということで、真ん中の2列の片方の奥のほうに一つあいていた席に着いた。この選択がちょっと失敗だった、と後で知る。

テーブルには乾きもの系のおつまみとお弁当が用意されていた。そして稚魚会同人の方たちがボーイさんよろしく飲み物の注文を取ってくださるので、早速ビールをいただく。こういう会で1人ポツンとしているのも詰まらないから、隣の方に話しかけ、歌舞伎歴やら好きな役者さんやらのお話をした。

私はとにかく健忘症が激しく、おまけに稚魚の会歴がきわめて浅いので、今日出ていらした役者さんのお名前をほとんど失念してしまった(レポにならんじゃないか!!)。撮ってきた写真と「かぶき手帖」を見比べながらお名前を思い出そうとしたが、どうもうまくいかない。司会の方さえ(お顔は何度も拝見しているのですが)……というわけで、わかる方だけお名前入りということで(どなたか、教えてくださいませ)。以下、間違っていたらお許しを。

同人による演し物のトップは梅秋さんの地唄舞。しっとりと梅秋さんにふさわしい感じの踊りでした。「南部坂」で雪道にステーンといくのが梅秋さんだったみたい。梅秋さんはボーイさんとしても活躍。次はジャグリング(お名前失念、ゴメン)。アフロの鬘が怪しい大道芸人っぽくて、私は思わずニヤリ。数個のカラーボールを右手から左手へ器用に放り投げ。時に失敗もあったけど、それはご愛嬌。最後はリンゴを加え、ボールを投げる合間にリンゴを齧るという離れ業。会場から感嘆の声が上がりました。

3番目はマジック(翫祐さんだったと思う。違ってたら本当にゴメン)。まずは電球を口にくわえる。客の1人に下敷きのようなもので静電気を起こしてもらい、その下敷きを翫祐さんの頭の上にかざしてもらうと、電球が光るというもの(マジックというよりは理科の実験みたい)。それから1000円札を1万円札に変えるマジック。小さく折り畳んだ1000円札があら不思議、1万円札に。お札を提供した八重蔵さん(これも、多分)は大喜び。だけど、やっぱりそれはいけません。1万円札は元の1000円札に戻り、一時の夢は終わり。

さて、会場が爆笑に包まれたのが東志二郎さんの「忠臣蔵玉すだれ」。仮名手本忠臣蔵をもとに、1人何役もやりながら、時に舞台を駆け下り、通路を走りまわって大熱演。私の一番のお気に入りは、すだれで斧定九郎が潜んでいた稲藁を作り、下から手を出し、「ごじゅう~りょう~」。

演し物の前半が終ると、同人の皆さんの現況報告。写真そのまんまだと思う方や、写真とはだいぶイメージが違うなあと思う方や…。梅蔵さん(多分。違っていたら平に平にご容赦を)の、お父様を亡くされたときのエピソードが胸を打ちました。「役者は親の死に目にもあえない」とは、その役者じゃなくちゃその役が演じられない(客がその役者を見たいと待っている)ということなんだと、落ち込んで声がしっかり出なかった梅蔵さんを叱った高麗屋さんの言葉だそうです。

演し物後半はまず、二人羽織(中に入っていたのは鴈洋さんかしら)。通常二人羽織というと、お茶を飲んだり、何か食べたりがうまくいかず、ハチャメチャになるのが売りなんだけど、今回は隈取を見せてくれた。で、これが実に上手にいくのだ。白塗りもきれいだったし、紅を入れたりするのも多少のズレはあっても、かなりまとも。両手で額や目や鼻の位置を確認するのがおかしくて、客席大笑い。でも紅や墨がうまく入るたびに感嘆の拍手。そして最後はいよいよ隈を取る(これは黒子さん役のお2人が)。いつか辰巳さんがブログで書いていらしたので、興味津々で見た。やっぱりかなり強く押し付けていたようだ。顔に汗をかいているときでないとうまく取れないのだとか。きれいに取れた隈は希望者でジャンケンをして、勝った人にプレゼントされました。

さて、切りはお待ちかね。真打・梅之さんの落語「錦名竹」。最近、人に笑われることに快感を覚えるようになったという梅之さん、その快感は今日もバッチリ満たされたのではないでしょうか。落語の内容は長くなるので省略するが、4人の登場人物を的確に演じ分け、早口の上方弁のまくし立て方も堂に入っている。間の取り方もよく、非常に面白かった。梅之さんの落語は今回で4回目らしいが、さすがに見事な話芸でした。う~ん、ブログから受ける印象がだいぶ変わったぞ。

P1030530 最後に福引。同人さんたちがお1人お1人プレゼントを用意してくださって、客がクジを引くとその番号の品がいただける。私は扇之助さんからのステキなプレゼントが当たりました。ありがとうございます!! もう何度も出席していらっしゃるという方のお話では、プレゼントのほうが多いので、クジは2巡、ときには3巡することもあるのだとか。今回は2巡したのだが、全員分はなくて、2巡目は空クジ入り。こういうクジに絶対弱い私は、一生懸命「当たる当たる」と思い込もうとしたが、やっぱり「絶対私は空クジだよな」という暗示のほうが強く、そのとおりになってしまった。

歌舞伎座の公演を終えられて駆けつけた同人さんもいらして、大変楽しい2時間があっという間に過ぎたような気がする。ただ、テーブルがステージから奥に向かって伸びていたため、後ろのほうの席はステージが非常に見づらい。実は前のオッサンのでっかい頭が相当ジャマだった。でもそのオッサンも、その前のオッサンがジャマだったに違いない。そして私のでっかい頭も後ろの人にはジャマだったに決まってる。と思うと、後ろの方には大変申し訳ない気がしたけど、やっぱり私だって見たいしなあ(生存競争はキビシイ)。そういう意味では、もっと別の席にすればよかったと後悔もしたけれど、お隣の方と親しくお話できたのがとても楽しかったし、何より稚魚さんたちのアットホームで手作り感覚のパーティーが、帰り道の寒さの中でも温もりを残してくれて、ほのぼのとした気持ちで帰宅でき、又ひとつ今年の思い出が増えたことでした。

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2006年11月18日 (土)

SwingingFujisan in Nagoya 三たび

本年3度目の名古屋入りも虚し。我らがレッズは鬼門に打ち克つこと能わず、初のリーグ制覇への道の厳しさを豊田スタジアムにて、味わったのでした。
でも、名古屋の人々は大変親切です。どこかへ行くのにマゴマゴしていると、行き方を懇切丁寧に教えて下さいます。お陰様で、スタジアムへもイタリア村へもすんなり着くことができました。他にも、レッズのシャツを着て歩いていると、声をかけていただいたり。嬉しい限りです。今夜は名古屋に泊まり、明日は明治村に行く予定。お天気が心配です。

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2006年11月17日 (金)

お気に入りの江戸東京博物館~タイムスリップ

昨日は、歌舞伎とボジョレーの間に少し時間があったので、再び浮世絵展を見てきた。展覧会そのものは前回レポートしたので、今回は江戸東京博物館(以下、江戸博)について。ここは、大好きな場所の一つである。初めて行ったのは、今年2月の歌舞伎フォーラムで。好きな割りには、このたびの浮世絵展でたったの4回目。

1 まずは、地下鉄大江戸線両国駅を出て、すぐ左にある大きな階段を上る。江戸博のHPでは、階段を上るな、と案内しているけれど、私が好きなのはこのコース。上りきると、だだっ広く、ガランとした感じの広場というのか、なんというのかわからないけれど、そんな場所に出る。左の向こうのほうに透明な屋2 根に覆われた大きなエスカレーターが見える。そこを目指して歩いていくと、やがて、目の前に国技館の緑の大きな屋根が見えてくる。これがいいのよねえ。これが見たさに私はいつもこの階段を上るのである。

階段上のだだっ広い場所には一見何もないようだが、右手には浅草観音堂大棟鬼瓦が鎮座3_1 ましましている。そして左側には汐留遺跡の溶鉱炉、水道管等が慎ましく展示されている

先ほどのエスカレーターで上がる常設展会場は行ったことがないので、今回は省略。そのエスカレーターの脇にある別のエスカレーターで地下に降りる。すると歌舞伎フォーラムが行われるホールがすぐ目の前にある。それを通り過ぎ4 6

ると、企画展の会場。

10_1 ホールの前の床に100年前の東京の地図が描かれている。これが実に懐かしくて楽しい。100年前の地図だけど、自分が生まれたン十年前とそう大差はない。私が生まれた町、育った町が当時の美しい名前で残っているのだ(私が生まれた家の住所は文京区春日町であ11_1 った。でも私はすぐ隣の初音町という響きが好きで、そっちがよかったのにな、と子供心に不満を覚えたものである。でも今この地図を見ると、100年前は初音町だったみたい。私のブログのURLはこの地名に由来する)。そこにしゃがみ、町の名前や通りを眺めると、昔の町並み、暮らし、そして幼い自分が甦ってくる。だから、私は江戸博に来るたびにここに立ち、しゃがみ、タイムスリップを楽しむのだ。

12_1 さて、帰りは同じコースは辿らない。地下から「都営大江戸線」の矢印に従って外へ出ると、暗い通り沿いに並んだ江戸博の案内板がライトアップされて美しい。色はグリーンから赤へ、そしてまたグリーンへと変化する。通りの向こうには、誰かの銅像がある。先日気がついたばかりで昼間見たことがないか13 ら、誰なのかわからない。察するに太田道灌かしら。なぜか、台座は亀にのっている。夜はけっこう不気味かも。

ライトアップされた案内板に導かれ、清澄通りに出たら右折して大江戸線両国駅へ。はい、これで江戸博の旅は終わりです。

次は小金井市にある江戸東京たてもの園に是14 非行ってみたいと思っています。東京にこんな場所があるなんてまったく知らなかった。チラシを見たら、これは絶対行かなくっちゃ、と1人興奮中。

なお、江戸博では来年は江戸城の特別展が。おおお、これも今から胸ときめかせ、興奮中。

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見ごたえ十分八汐vs政岡

1116日吉例顔見世大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)

06111604 06111608

「先代萩」といえば御殿の場、見るたび千松と政岡の悲劇に涙したものだが、今日通しで見て、御殿の場はこの狂言の中でもっとも大切な場面には違いないけれど、また一方でこの狂言を構成する一つの場面に過ぎなかったのだ、とも理解した。

通しともなれば長いし、愁嘆場を長々とやられては辛いなあ、とちょっと気が重かったのだが、見事に最初から引き込まれた。序幕「花水橋」はだんまりの立ち回りとくれば、どっちも大好きな私にとって面白くないわけがない。ここは「つかみはOK」という程度の場面だが、福助さんののほほんとした頼兼が愉快。斬りかかってきた侍たちを軽くいなし、肩もみまでさせてしまう。だけど、ちょっとダラッとした感じも受けた。歌昇さんの相撲取りが痛快でユーモラスで、と~ってもよかった。

「先代萩」に対する印象が変わったのが2幕目の「竹の間」。仁左衛門さんの八汐がメチャメチャ面白い。仁左衛門さんの女形というと、身代り座禅の玉の井が記憶に新しいが、あんなデフォルメされていないから、おっかないながらそれなりに女性に見える。この八汐の表情が何とも言えずにいいのだ。腹に一物も二物ももって政岡を責めるのだから、陰険な目付きをしたり、鋭い視線を投げかけたりする。憎ったらしいのではあるけれど、そこに愛嬌も感じられて、笑ってしまう。ただひたすら耐える政岡の菊五郎さんは、「こういう役はストレスがたまる」と新聞のインタビューで言っていたけれど、おっとりとしていながら強い精神力がにじみ出ていた。攻めの八汐、受けの政岡。見ごたえ十分であった。そして、御殿の場ではさしたる見せ場のない松島(秀調さん)と沖の井(三津五郎さん)がここでは大活躍。とくに私は秀調さんが好きなので、嬉しい。三津五郎さんの女形は意外にも、と言っては失礼ながら、形が綺麗。

メリハリのきいた八汐の表情(名演と言ってもいいのではないだろうか)のおかげで、退屈することなく政岡責めを楽しめちゃった。

また、ここの場面は鶴千代役の下田澪奈ちゃんが出色の出来。実に堂々と見事な若君で、幼いながら政岡をかばう聡明さ、八汐をやりこめる痛快さに客席から思わず拍手が湧いた。昼の部はこの仁左衛門八汐と澪奈鶴千代を見るだけでも十分価値がある。

3幕目「御殿の場」。鶴千代と千松(原口智照君。ちっちゃい、本当にちっちゃい)がけなげでいじらしい。藤十郎さんがやった飯炊きは今回省略。って、これ助かった。通しの中であれを延々と見せられるのはキツイ。それに、飯炊きは藤十郎さんじゃなくちゃダメかもしれないと思った。あのくどくどしさは、菊五郎さんには合わない。千松が殺された後も、藤十郎さんのあのくどくどした嘆き(藤十郎さんらしい悲しみの表現)と菊五郎さんの嘆きとはずいぶん違う感じがした。菊五郎さんは乳母の立場としての嘆きがあって、それから母親に戻る。普通なら、周囲に誰もいなくなった時点ですぐ母親に戻るだろうに、この政岡は本当に強い。その強い政岡が今度は母として嘆くのだから、もうちょっと心に響くかと思ったが、意外と泣けなかった。情がないわけじゃないんだけど、ちょっとあっさりしていたのかなあ。政岡の出番はここで終わり。後は男の対決になる。

団十郎さんの仁木弾正、セリフのない「床下の場」と「刃傷の場」はスッゴクよかった。それなのに「対決の場」ではイマイチだったのはなぜだろう。団十郎さんに特有のあのセリフの抑揚はなかったのだが、声を低くしても凄みがあまり感じられず、仁左衛門さんの細川勝元に対して見劣りがした。この勝元がまた爽やかで上品でカッコイイのよねえ。惚れ惚れするようなお裁きぶり、ステキなことこの上ない。でも、最後に、弾正に斬られて死にそうになっている段四郎さん(指がほっそりとしてきれい)の渡辺外記左衛門に対し、自分の謡に合わせて踊れだか、歌えだかはないんじゃない? 薬湯を下され、歩けないだろうからって、立派なお駕籠まで貸してくれたのに~。

名優揃いの「先代萩」、一見の価値あり(権十郎さんと門之助さんの使われ方、もったいない。不満は芦燕さん。またセリフが入っていなかった。山名宗全というワルイ奴は、少なくとも勝元が登場するまでは堂々としていなくちゃいけないんじゃないかと思うけど、セリフがダメだから自信がなさそうで、興がそがれる)。

三津五郎さんの踊り「源太」と「願人坊主」。食後の睡魔が先代萩では遠慮してくれたのだが、ここへ登場して、前者はほぼ陥落。すみません、三津五郎さん。で、「源太」が終ると、浅葱幕によって次の「願人坊主」へと移行するのだが、今日はハプニングがあった。一気に落とされるはずだった浅葱幕が、落ちない。真ん中の部分だけ落ちて、両側が残っている。三津五郎さんの踊りはもう始まっているし、客席はざわつくし、担当者はさぞ焦ったことでしょう。どこか引っかかってしまったのか、なかなか落ちない。やがて、やっと上手側が落ち、それから下手側も何とかはずれた。ナマの舞台だからハプニングは付き物、と落ち着いて踊りを見るようには心がけたが、やっぱり目の前で起きたことには気を取られる。無事に幕が落ちて、ほっとした。「願人坊主」の踊りは、なかなか面白く見ることができました。

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2006年11月16日 (木)

踊らされてヌーヴォー

P1030050 今日1116日は、ボジョレー・ヌーヴォー解禁日。まったく日本人はお祭り好きというか、商魂に踊らされやすいというか、実は数年前までボジョレー解禁の大騒ぎはバカにもしていたし、マスコミの扱い方にも辟易していた。それが、一昨年、解禁日にボジョレーを飲もうというあるパーティーに誘われて何となく行ったのが、転向の始まり。昨年も、そして今年もそのパーティーに参加してしまった。いや、今でも何となくそういうものを快く思わない気持ちはある。あるのにやっぱり今年も色々なボジョレーを飲みまくってきた自分に内心忸怩たるものを覚えている。

私はワインに関する薀蓄なんてもっていないし、味についてもいっぱしのことが言えるような味覚は持ち合わせていない。だから、素晴らしい出来だった一昨年と昨年に比べ今年は少し落ちると聞いたけれど、昨年の味なんてもう忘れちゃったし、今年は今年でそれなりに美味しいと思った。言えることは、ビンによって(つまりワイナリーによって)、味がずいぶん違う、っていうこと。それくらいは私にもわかった。それに、若いワインだから、酒というよりはジュースに近い感じもする。ただ、油断してうっかり飲みすぎると大変。一応アルコールは12%あるんだから。

今年はボジョレーのほかに甲州の白のヌーヴォーも用意されてあり、スッキリとした飲み口でおいしかった。巨峰のワインなんていうのも勧められた。ロゼのような色で、確かに巨峰の香りが強く漂う。かなりの甘口。私は辛口のほうが好きだけど、まあまあ美味しかった。

ところで、ワインのパーティーなのに、なぜか芋焼酎が2種類置いてあった。1つは鹿児島の芋で、いかにも芋焼酎らしく刺激的なにおいが強い。もう1つは川越周辺の紅芋を使ったもので、こちらは香りもよく、なかなかいいお味でした(ちゃ~んと、焼酎も試してきたのです)。

さて、今年の11月第3木曜日も終り、又来年のお祭りをどこかで心待ちしている自分がいるわいなあ……。

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2006年11月15日 (水)

王子よ永遠に

1114日 ミュージカル「リトル・プリンス」東京芸術劇場中ホール)
P1030005_1 話はいきなりカーテンコールから始まる。いったい、何回カーテンが上がったことだろう。あちこちから「ブラボー!」の声も飛び交う。こう言えば、どんなに素晴らしいステージだったか、想像がつくでしょう。
主役の野田久美子が実にうまい。私は原作を読んで、この王子のいじらしさにいつも心が熱くなるのだが、私のイマジネーションをまったく裏切ることなく、愛おしくて抱きしめてあげたい衝動に駆られた。

小さな小さな星に住む王子。ある日1輪のバラが咲き、王子は夢中で世話をするが、やがてわがままなバラとの間に心のすれ違いが生じて、星を飛び出してしまう。

感動的な狐との出会いと別れ。毎日少しずつ距離を縮めて友達になる。狐と友達になったことで、王子は特別な絆で結ばれたものがかけがえのないものになることを知り、自分のバラがどれだけ特別な存在かを理解する。そして王子と狐にやがて別れがやってくる。2人が別れた後、狐は自分にとってこれまで何の意味ももたなかった麦の黄金色の穂が風になびくのを見るのが楽しみになるだろう。なぜって、麦の穂は、王子の髪を思い出させるから。有名なセリフ「肝心なことは目に見えない」は別れの時に狐が王子に贈る言葉。

もう一つとくに感銘を受けたのが、王子が最後に飛行士にプレゼントするもの。それは王子の笑い声。悲しいとき、君が空を見上げれば、どこかの星に僕がいて、笑っている。だけど僕の星はとても小さくて、君にはどれだかわからない。だから君が空を見上げるとき、どの星も笑っていることになるんだ。王子がそう言うと、ステージだけでなく、客席の上にも無数の星が瞬く。こんな哀しくてステキな別れのプレゼントがあるだろうか。私はこのとき、すっかり飛行士に同化して、王子との別れに涙し、客席の上で輝く星に王子の笑い声を聞き、悲しみを喜びに換えたのだった。

大好きなお話「星の王子様」。昔々、まだ勉学意欲に燃えていた頃(あの頃キミは若かった~)、機会あって、原語で読んだことがある。教えてくれる人がいたからなんとか読み通せたのだが、いきなり意味不明の言葉に出会ってつまずいた。

ille milles という言葉。フランス語でmille1000という意味。だからここは、「1000 何千」? なわけないじゃない。どうしてもわからない。日本語訳も出ているのだからアンチョコを見てしまえば早いのだが、私は内藤濯さんの訳本を読んだことすらなかったし(未だに日本語訳は読んでいない)、なんだか悔しいので、一計を案じ、英語訳を見たのである。なんとガクッとくることに、そこの部分にはthousand milesと書いてあるではないか。つまり2番目のmillesはマイルだったのね。辞書と何度もにらめっこしながら、わからなかったとは、自分の視野の狭さを認識したことでした。

そんな苦い思い出もあるこのお話、無謀にもいきなり原語で入ったのが逆によかったのかもしれない。自分の感情と言葉で原作を捉えた私は、その原作にハートをぐ~っと捉えられた。芝居にはまるようになって以来、どこかでやっていないかと張りめぐらせたアンテナがキャッチしたのが、このミュージカルであった。

これまでにこういう演劇集団の公演をいくつか見てきたが、今回の「リトル・プリンス」ほど手の込んだ美術は初めてのような気がする。今までのものはだいたいがセットは地味で、出演する役者さんたち自身が道具を片付けたり出したりするか、セットは変化させないまま舞台が進行するケースが多かった(それぞれの創意工夫は見事)。今回は朝倉摂さんが美術担当だとかで、豪華というわけではないのだが、さすがにスーパー歌舞伎まで手がけた方の面目躍如である。砂漠の表現が素晴らしく、幻想的でもある。渇きの果てについに水を見つけたシーンは美しかった。最初の飛行場面では、舞台背景に町の航空写真を配置し、前面のスクリーンに雲の動きを投射して、背景の町にかぶせるという手法で、これに飛行機のエンジン音が唸れば、観客も1人乗り飛行機から下を見下ろしている気分になり、ワクワクする。

余談になるが、入り口で渡された配り物は、分厚い広告の束ではなく、なんと公演プログラムであった(太っ腹)! 

さて、役者さんは、主演の野田久美子以外の主な配役はダブルキャスト。舞台に感動しながらも、私は不届きにもユニークな顔立ちの役者さんに、似たタレントを重ねてしまった。狐役はココリコ田中と松田龍平を足して2で割った感じ。星を数える実業家はルー大柴を思わせる。うぬぼれ屋さんも誰かに似ているのだが、思い出せない。

この「リトル・プリンス」はミュージカルだから、歌も主役の一つである。1幕目の最後に歌われたアストラル・ジャーニー(だったと思う)を聞いて、休憩時間に即CDを買ってしまった。初演の復刻盤ということで今回のキャストではないのが残念だが、ナンバーは同じだから。

一夜明けた今でもなお、王子の涙、笑顔、笑い声が私の心を温かくしている。P1030005

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2006年11月13日 (月)

「切なさ」を忘れた観客--映画「天使の卵」

村山由佳の恋愛小説は3作しか読んでいないが、どれも瑞々しく切ない。とくに「野生の風」は、読みながらまさに慟哭した。

「天使の卵」は、原作が今手元にないので(どこ行っちゃったんだろ)多々ある忘れたことを確認できないが、歩太が電車の中ではじめて春妃を見かける場面での感情表現の瑞々しさが秀逸であったことを覚えている。その後篇にあたる「天使の梯子」では、祖母を傷つけるような言葉をぶつけた翌朝、その祖母が息を引き取っていたという、主人公の男の子の心の傷をこれまた鮮やかに描いていた(テレ朝で放映されたドラマは録画したまま、まだ見ていない。やっと10月初めのコナン実写版を半分ほど見たところ)。

「天使の卵」は切なく哀しいお話である。基本的に哀しい映画やドラマは見たくない。でも、原作を読んだ映画はちょっと見てみたい。というわけで、今日見てきた。

美大志望の19歳浪人生歩太(あゆた)とガールフレンド夏姫(なつき)、その姉の春妃(はるひ)の織り成す恋模様というか、三角関係というか。心に傷をもつ年上の女性に運命の恋をしてしまう歩太が、やがて彼女の死によって自身も心に傷を負う。そして夏姫もまた恋人が自分の姉と恋愛関係に陥ることによって傷つく。この3人を軸として、歩太と春妃にまつわるそれぞれの背景が描かれる。

映画は、春妃の死から4年たって、夏姫は高校で国語教師となり、歩太は傷から立ち直れず、美大にも行かず、絵も描かず、肉体労働に励む毎日、というところから始まる。

主演の市原隼人(名前しか知らなかった)が、8歳年上の女性の心を開き、もう二度と傷つくことのないように守ってあげようと、いじらしいくらい必死な19歳の男の子の微妙な感情をうまく表現していて、よかった。歩太にはじめ一方的に愛される春妃の小西真奈美は、場面によって、またカメラアングルによって顔つきが驚くほど変わり、心の闇と次第に歩太に惹かれていく気持ちの変化が読み取れ、不思議な魅力を醸し出していた。問題は夏姫の沢尻エリカ。美人で可愛いし、19歳の女の子としては、なかなか悪くない。しかし高校教師はムリだわ。まず発音がよくない。いまどきの若者の、ちょっと締りのない発音で、宮沢賢治の詩を読まれてもなあ、と、出だしから引いてしまった(ナレーションも彼女がやっていたが、その発音は気にならなかった)。それにいくらなんでも若すぎる。スーツもイマイチ似合ってなかったし。

それと、夏姫というのは損な役回りだと思う。どうしても歩太と春妃の恋が中心になるから、観客(この場合、観客イコール私とお考えください)の感情はそちらに共鳴してしまう。一番かわいそうなのは夏姫だという気もするのだが、どうも浮いた存在に思えてしまう。それと、もうひとつピンとこなかったのは、夏姫は姉と歩太が一緒に暮らしているところを見て、姉に「ウソつき! 一生恨んでやる」と罵声を浴びせるのだ。だから彼女は姉の死に際して、そんな言葉を浴びせたことを後悔しているはずなのに、そこがよく伝わってこなかった。瀕死の姉に歩太を会わせてあげようと、町じゅう走り回って歩太を探す行為にその後悔が表れているのだが、私の目には、それでも沢尻エリカは明るすぎて、彼女もまた傷を負ったのだということが見えてこなかった。

3人の中で、夏姫だけがこれまで屈託のない人生を送ってきた。歩太には10年も精神病を患った末に自殺した父、恋人のいる母(頭では理解しているつもりでも、男の子にとって母親は「女性」ではないらしい)という背景があり、春妃も熱愛によって結婚した夫が自殺したという重い背景がある。夏姫だけ、そういう背景がないのだ。彼女が重い荷物を背負うのは、姉の死以降である。思い返してみれば、4年後の夏姫が時折見せる表情には、うっすらと陰が見えたかもしれない。ただ、やっぱり沢尻エリカは若すぎる、若さからくる明るさが目立つ。

もうひとつ、京都の町でロケをしたらしいのだが、町が京都なのに、言葉はまったく方言なし。ちょっと違和感があった。

三浦友和が、歩太の母親の恋人役で出ていた。特別出演。「三丁目の夕日」でも、特別出演的な役だったなあ。

それにしても、昔ならもっと物語に入り込んで切なさに同化したんだろうに、もうそんな感情は客観的にしか受け入れなくなっている自分を発見した。10代の恋愛映画を見る年でもなくなったということなのか、あるいは心が乾いているのか……。

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2006年11月12日 (日)

嬉しい??二日酔い

1111日 レッズvs横浜マリノス戦(埼玉スタジアム1504キックオフ)

P1020998 最近の寝不足がたたり、昨日はとにかく眠くて眠くて。浦和美園へ向かう地下鉄でも埼玉スタへのシャトルバス(わずか5分もかからない)でも、とにかく爆睡。それでも頭の中には二酸化炭素が渦巻いている。そんな状態だったから、試合中もとにかく寝た。完全にツワモノになってしまった(当ブログ1020日参照)。90分強の試合時間中、まともに見たのはせいぜい20分というところだろう。そんなわけで、今日の私に試合を語る資格はない。

でも、でも、ちゃんと山田のシュートは見た!!! 山田らしい見事なゴール。それから、後半あと10分というところで伸二が出てきてからはもちろん、ちゃんと見ました。実にいいシュートを打ったのにキーパーに弾かれ、誠に残念。伸二はこの前のホームでも惜しいシュートがあったんだなあ。惜しいじゃダメなんだよ。何とか伸二にゴール決めさせてあげたいなあ。でも、昨日の伸二はかなりよくなっていた。誰かボールを追って長距離をえらくがんばって走っとるなあ、と思ったら、それがなんと伸二!! あんな走った伸二は、ついぞ見たことがない。回復のきざしか。

さて、試合を語る資格はないものの、ところどころ見ていた中から判断するに、昨日のMVPは、闘莉王であろう(埼スタで寝ないでちゃんと応援していた仲間たちも、これには同意していた)。献身的な守り、チームを叱咤するような攻撃参加。闘莉王がいなかったら、何度か見られたマリノスの猛攻を凌げただろうか。福田去りし後、ミスターレッズは永井か達也かと思っていたが、今や闘莉王が――生え抜きではないけれども――その名に値すると言ってもいいのではなかろうか。

結局1点しか取れず、苦しい場面も何度もあったものの貴重な勝ち点3を上げた。そこでガンバと川崎の結果が気になる。ハーフタイムではガンバが21で鹿島に負けており(いいぞいいぞ)、川崎は31FC東京に勝っていた(う~ん、強いのう)。そしてこちらの試合終了時、ガンバはそのまま負け。では、川崎は? 埼スタを出て、わいわいと歩いている時、試合中も携帯で途中経過を調べて刻々と報告してくれた仲間が突然、「わ、川崎同点になったぞ!」と叫んだかと思うと、またすぐ「おお、川崎逆転された! 逆転だぞ!!!

信じられない。後半4分まで41というほぼセイフティリードの川崎が後半ズルズルと崩れ、残り7分で3点も失うとは。もっとも2人退場者を出したということだから、やむを得まい。

さあ、これでかなり楽になった。今日はよく勝った。優勝はいつ決まるのか。ってな話をサカナに、試合後仲間たちといい気分でガンガン飲んでしまった(実は前日飲む機会があったのだが、諸事情あり、ウーロン茶で我慢したのだ。だから酒に餓えていたせいもある)。寝不足プラス風邪気味プラス飲み過ぎイコール二日酔いで、今日は1日頭が痛い。まだ痛い。

★ひとつ不満:昨日の座席は「何なのよ」と言いたい。S4500円。なのにアッパーで、選手は豆粒のよう。試合の流れはわかるが、誰かが倒れても、何が起きたのか、誰なのか見えない。歌舞伎座で言えば4階席である。これで4500円はないだろう。前回R4000円でかなりいい場所だっただけに、非常に不可解であり、不満でもある。アッパーに4500円は絶対高すぎる。

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2006年11月11日 (土)

「江戸の誘惑」に誘惑されて

P1020963 P1020966

1110日 「江戸の誘惑」ボストン美術館所蔵肉筆浮世絵展(江戸博物館)

某所に出かける前にちょっと寄って慌しく見てきた。浮世絵といえば版画しか知らないような私だから、この展覧会のサブタイトルである「肉筆浮世絵」というのに気付かず、最初は版画かなと思って見ていた。でも、どう考えたって版画じゃないよな、と気付いたのが北斎の「朱鍾馗図幟」(遅いって)。今回の目玉作品だそうだ。朱色のみで描かれている(朱色の顔料が疱瘡除けになるらしい)にもかかわらず、力強く、まるで生きた鍾馗様が今にも飛び出してきてそこらへんを歩きそうで、圧倒される。

面白いというか、感心してしまったのは、お旗本の絵が展示されていたことである。お殿様の中に絵心のある人たちがいたのは知っていたが、プロの絵師の作品に混じって展示されても全然ひけを取らない(もっとも、ほとんどプロか)。っていうか、この作者は侍なんだよ、って言われなくちゃわからない。言われてもわからない。数点ありますが、どれもとってもいい作品なんですわ。

展示は①江戸の四季、②浮世の華、③歌舞礼賛(これが英語の表示だとIn Praise of Song and Danceって、なんだか味もそっけもない)、④古典への憧れと分けてある。やっぱり中心になるのは「浮世の華」であろう。これも英語ではFlower of the Floating World。英語に精通しているわけではないから、この英語がもつニュアンスはわからないけれど、こういう日本語の美しさを外国語に訳すのはむずかしいものですなあ。

昔の映画のタイトルについて、こういうエピソードがある。あるアメリカ映画に、日本の配給会社が「君よ知るや南の国」という題名をつけた。原題を変えたときは、これを英訳したものを本国に知らせなければいけない。そのとき訳されたのがDo you know south country? これを見たアメリカの担当者は「Do you knowなどというのは許せん」と、かんかんに怒った。これに対する日本側の答えがいい。「一人称を表す言葉はそっちにはIしかないが、日本には50以上もある。Youにも同じくらいの種類があり、君という呼びかけはもっとも詩情豊かなんであるぞ。日本じゃ貴国をUnited States などと呼びはしない。外務大臣でさえrice countryと呼んでいるのである。ちなみにフランスはBuddha countryである」。以来日本語タイトルについて、何も言ってこなくなったそうだ。最近ではそういう問題を避けるせいか、原題をそのままカタカナにしたタイトルが多くて、詰まりません。ちなみに、飯田蝶子の話(当ブログ「役者の個性」)も、この話も、子供の頃父から聞いたもので、私が直接知っていることではありませんよ(映画のエピソードにはネタ本がありました。井関雅夫著「人を笑わせる術」、青春出版社。なんと今から40年以上も前の本です)。

閑話休題。長くなりました。

肉筆浮世絵の人物は生き生きして、女性は美しく、絵から受ける印象も版画に比べて柔らかい。しかし吉原の風俗や遊女像など、わりと地味で意外な感じがした。花魁道中でさえ、歌舞伎の「籠釣瓶」の華やかさとはちょっと異なるが、玉三郎さんのミステリアスな微笑、福助さんのこってりした微笑、それぞれが脳裏に浮かびました。

「三都美人図」では、上に書かれた文字を見ずに、どの女性がどこの人か当ててみると楽しい。三都とは京、江戸、浪華。ちなみに私は浪華しか当たらなかった。

おお、春画もあります! いわば江戸時代のポルノなんだけど、全然卑猥さは感じられず、それでいて「そういう感じ」は十分表れている。2点の春画のうち1点は「象の綱(きさのつな)」という題名。どこに象の綱があるのか、探してしまいました。バカですねえ。これは、女性の髪で編んだ綱という意味だけれど、女の色香にはどんな男も迷いやすいという含みがあるそうです。深い!!

歌舞伎好きにとってのお楽しみは「歌舞礼賛」。歌舞伎だけには限らないけれど、どの絵にも歌舞を楽しんでいる自分を重ね、浮き浮きします。歌舞伎の絵で活躍されている9代目清光さんが今もその流れを汲んでいる(ですよね?)清満の絵に接し、何か感慨深いものを覚えたことでした。必見は歌川豊国「三代目中村歌右衛門」。実にインパクトが強い。

「古典への憧れ」では、百鬼夜行が私には面白かった。電気のない時代の百鬼はおどろおどろしい化け物たち。不夜城の現代の百鬼は人間でしょうか。

江戸の生活が生き生きと再現されている浮世絵たち。特急で回ったのが残念残念。

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2006年11月 9日 (木)

役者の個性

主役2人の素晴らしさに気を取られてうっかりしていたが、今月は上方の役者さんを含め、かなり豪華な布陣である。

藤十郎・翫雀・扇雀、我当・秀太郎・愛之助、梅玉・魁春・東蔵・松江、時蔵、彦三郎、これに上村吉弥、坂東亀鶴が加わる(吉弥さん、トンボの稽古免除になった経緯が、プログラムに出ていて、ちょっと笑いました)。歌舞伎座の仁左衛門さんを除いて、個性の強い上方勢揃い踏みという感じですなあ。
あれれ、チラシには寺坂吉右衛門役で進之助さんの名前があるけど、実際は亀鶴さんが二役目で演じられていた。進之助さん、どうなさったのでしょうか。

さて、秀太郎さんは、昔(我が歌舞伎歴のブランク時代)は全然好きじゃなかったのだけど、近頃とみに女っぷりがあがり、実に色っぽい。以前、魁春さんの女形にはまったく男の部分が見えないと書いたが、秀太郎さんもそうである。だから安心して見ていられる。

愛之助さん(なんて書くと変な気持ち)は、15歳という主税のひたむきな視線が初々しくて、愛おしい感じがした(30歳過ぎてこの初々しさ!! もって生まれた個性でしょうか)。と思えば、第3幕の羽倉斎宮の憎ったらしさ。対照的な二役であった。しかし、羽倉役で登場してきたとき、私一瞬、「なんで仁左衛門さんが出てるの?」と目を白黒させたことでした。

我当さんは演技に温かみと大きさがあって、泣き声風のあの独特の声からくる味が私は好きである。小野寺十内と新井白石の二役であったが、とくに白石は秀逸であった。

翫雀さん、藤十郎さんとお顔がそっくり。助右衛門と綱豊の丁々発止のやりとりは、翫雀さんの好演と梅玉さんの名演ががっちり絡み合い、息詰まるような展開の後に、後味のよさが残る(綱豊はこの助右衛門という若者の心情を理解し、共感を抱いているのだろう。助右衛門も今はまわりが見えなくなっているが、綱豊に諭されてみれば、自らの行動が起こす波紋がわからない愚か者ではない。2人の間の交感に感動)。

ところで、「梅之芝居日記」を読んでいると、その時代や身分による服装などの違いの説明があって勉強にもなるし、私のようなミーハーにはメーキングのような部分があって興味深い。たとえば梅玉さんが一度引っ込んで、シテ姿で登場するまでの間、梅之さんたちお弟子さんが一生懸命能装束を着せているんだそうだ。翫雀さんと扇雀さんのやりとりの間に行われている裏の作業に思いが至る。またこれは梅之さんのお仕事ではないが、助右衛門との立ち回りで綱豊が桜の木にぶつかるところ、花の散り具合もきれいでよろしかった。

しかし、裏方への思いはそれとして、やはり役者さんは、目に見えるところで見たいもの。今月、梅之さんは伏見の場、「めんない千鳥」を遊びながら登場する人たちの中にいる。先月は登場シーンが暗くてお顔が見えなかったが、今月はバッチリ。やっぱりこの場面では梅之さん中心に見てしまい、芝居全体への目はちょっとおろそかになる。

こうした場面を見ていていつも思うのは、集団の中で役者さんたちは、自分をどう生かすか、自分の個性をどう光らせるか、という悩みをもっているのではないか、ということである。映画の世界で面白いエピソードがある(年配の方にはかなり有名な話)。昔、飯田蝶子というおばあさん役を得意とする女優さんがいた。彼女が大部屋俳優だった頃、「ヨイトマケ」のおばちゃんの役が回ってきた。大勢の中の1人である。彼女はどうやったら目立つかをさんざん考えた末、カメラが彼女を捉えた瞬間に、ヒョイとお尻を掻いたというのだ。これが監督の目に留まり、それから彼女には大きな役がつくようになり、おばあちゃん女優として押しも押されもせぬ存在になった。

歌舞伎の場合、様式や型や、さまざまな規制があって、1人だけ突出するというわけにもいかないだろう。しかし、どんな場面でもそれぞれの登場人物には個性があるはず。その人物を作り上げるときに、何かひとつ目立つ仕草や表情を、こっそりしてみてはいけないものだろうか。だって、集団の中の一員ということでなく、一人ひとりが集まってひとつの集団を作っているのでしょう? もっとも、個性を出しすぎて主になる芝居のジャマをしちゃってもいけないけど(むずかしい~)。 

な~んて、えらそうに正面切ってこんなこと言っちゃったのは、梅之さんをはじめ、歌舞伎に熱心に取り組んでいる稚魚さんたちを応援しているから。「あ、この役者さん、誰だろう」って思える稚魚さんが1人でも増えてほしいから。生意気言っちゃって申し訳ないです。

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2006年11月 8日 (水)

やっぱり日本人だぁ~梅玉さんに惚れっちまいました

118 元禄忠臣蔵第二部(国立劇場)
P1020907 藤十郎さんの巧さが光り、梅玉さんの男っぷりに震えが走った「忠臣蔵」であった。

まずは藤十郎さんから。

藤十郎さんの芸はほとんど心中ものでしか知らない。東京生まれ・東京育ちのせいか、正直、私は心中ものの、あのじっとりとした感じがあまり好きではない。藤十郎さんはそういうじっとりをやらせたらピカ一。だから大石なんかどうなるのかしら、と実は危惧していた。伏見での遊びも、例のズルっというセリフ回しだったら、引いてしまいそうなどと思いながら幕開けを待った。ところが、ところが。遊ぶところは遊びの柔らかさ(さすが、うまい)、浅野の家来をまとめる立場にあるときはその厳しさ、と硬軟演じ分け、それがいかにも自然。藤十郎さんの別の一面を見て、大いに感じ入った。
しかし、もっと心を揺さぶられたのが梅玉さんだ。この物語の綱豊という人物自体、魅力的なのであろうが、その魅力を2倍にも3倍にもしたのは、梅玉さんである。御浜御殿の場は、一本気で周囲が見えなくなっている若者を好演した翫雀さんとのやりとりが中心になるが、賢明で洞察力に優れ、置かれた立場の複雑さから鬱屈した皮肉屋の面も見せる綱豊を、緩急自在の呼吸で余すところなく演じきり、物語に深みを与えた。後シテに扮した姿で助右衛門を取り押さえる綱豊もカッコよかったこと。それに、あんなに呵呵大笑する梅玉さんを見たのは初めて。私、この笑顔に惚れちまいました(この笑いに、色々な感情が表れているのです)。ちなみに、梅玉さんって、女性との絡みでも、色気はあるのに不潔感が全然ない。そこがまた良いのです。

さて、本日私の心を捉えたセリフあるいは場面
5(セリフは上演台本を参照しました)
その1「聖賢の教えも時には踏み越えねばならぬ時があると思う」「よく仰せられた。我らは唐人ではござりませぬ。聖賢の言葉を聞く前に、日本の武士たることを忘れてはなりませぬ」
最初のセリフは綱豊、次はそれを受けた新井勘解由(白石)の言葉。浅野家再興についての2人の考え方があらわれている。
その2「たった一つの小石に過ぎぬが…その小石一つのために起こる水の輪は、次から次へとうねりを呼んで、どこまでもとめどがない」
池面に投げた小石の波紋に譬えて、大石が息子主税に自らの立場と苦悩と決意を伝える場面である。たった一つの小石とは、浅野内匠頭の弟・大学によるお家再興の内願のこと。
その3「時の拍子に願い出た、浅野大学再興に…その心を苦しめながら、あやまって手から離した征矢の行方を、寂しくじっと眺めているのだ」
綱豊が助右衛門(翫雀さん)を諭すセリフ。大石の小石の譬えに通じるものがある(ダジャレではありません)。
その4「至誠は第一、敵討は第二じゃ」「まことの義人の復讐とは、吉良の身に迫るまでに、汝らの本分を尽くし、至誠を致すことが、真に立派なる復讐と言いうるのだ」
最初のセリフはその2と同じときに大石が主税や堀部安兵衛、不破数右衛門を諭し、二番目はその3と同じく綱豊が助右衛門を諭す言葉。場面も人も違いながら、そして直接の接触はないながら、ここに大石と綱豊の思いを一つにする、真山青果が上手いと思うのは、こういうところである。
その5「内蔵助、さらば」
瑤泉院が三次浅野家屋敷の窓から大石に別れを告げる場面。万感をこめた時蔵さんの声が、大石ならずとも私の胸に強く響いた。

伏見撞木町の場の藤十郎さんの好演が、御浜御殿梅玉さんでちょっと霞んだ感はあったものの、その後の南部坂雪の別れでは、再び苦悩の中に何もかも包み込む大きさを見せた。最後の引っ込みもゆっくりと堂々として、「大きい!」と思わせる。さすが藤十郎さん、うまいものである。

三部作の第二部というのは、とかく中だるみになりがちであるが、「元禄忠臣蔵第二部」は、好評を博した第一部に優るとも劣らない出来である。絶対に見なければ損!!

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2006年11月 7日 (火)

そりゃあんまり寂しかないか--顔見世歌舞伎嘆き篇

11月6日 顔見世大歌舞伎(歌舞伎座昼の部)

P1020889_1 しかしまあ、半端な日に行ってしまったのか、それとも今月は演舞場に取られたのか、なんとも空席が目立ち、寂しい顔見世ではあった。客席がガラガラ(そう言いたくなるくらい)なんだから、売店からトイレから食堂から、すべて人が少ない。歌舞伎座なら、押し合いへし合いするぐらいの賑わい方でないと、寂しくてつまらないではないか。たった一人でも客は客というのは理屈であって、役者さんもあんなに席があいていたら気合が入らないだろうなあ。客席の側だって熱気があったとしても、誰もいない座席を通っている間に薄れてしまう。私の後ろの列はずら~っと8席くらいあいていたが、後ろの客の息遣い、反応を背中に感じればこそ、芝居も面白かろうというもの。これじゃあ首筋が寒くていけません。今月は奇しくも、菊之助、海老蔵、芝雀というジュニアが演舞場で、そのお父様たちは歌舞伎座なわけだけど、少なくとも私の行った日の客の入りはジュニアの勝ち。歌舞伎座がこのままではねえ。もったいない。

空席のほかにもう一つ、やけに休憩時間の目だった演目の組み方ではないだろうか。全上演時間184分に対し休憩70分。それに2幕モノは休憩は取らないけれど、セットを変えるから、実質休憩は70分以上。上演時間が長すぎるのも疲れるけど、ちょっと見ては休憩、というのもなあ。まあ、観客というのは我儘なものです。

P1020902 外はもう早、クリスマスに向けて突き進んでいる感じ。

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良弁様再び--顔見世歌舞伎芝居篇

116日 吉例顔見世大歌舞伎(歌舞伎座夜の部)

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今月夜の部をちょっと楽しみにしていたのは、「良弁杉由来」があるから。忘れもしない、平成162月昼の部、最後の出し物が同じ仁左衛門さんによる「良弁杉」であった。大人になってからの歌舞伎歴の出発、そして最初に涙した演目でもある。このときの母親は雁治郎(現・藤十郎)さん。若かった母親が乞食のようになってまで子供を探し回る哀れさ、そして息子に再会できた喜びに強く胸を打たれた。仁左衛門さんのいかにも高僧らしい上品さも印象的であった。

で、今回の「良弁杉」であるが、前回と同じ感動を再び、という意味では期待はずれ。最大の原因は、今回二月堂の場のみで、赤ん坊がさらわれる場面、母が物狂いとなる場面が省略されていたためであろう。やはりこの物語は、前提となる部分で母親に感情移入することによって、感動が高まるのではないか。良弁の気持ちの高まりも、受け取る私の側で少々抑えられてしまった。しかし、それでも、私は芝翫さんの笑顔に泣けた。立派な輿に乗せられ、半分落ち着かない気分であちこち触ってみるそのいじらしさに打たれた。雁治郎さんは絡みつくような感情表現で時として辟易することもあるが、芝翫さんにはそういう湿っぽさはなく(もっとも、二月堂の場だけで、絡みつかれてはシラケてしまいそう)、息子に会えた嬉しさと、その息子がこんなに高貴なお方になっちゃって、というとまどいとが実にリアルに表現されていた。「こんなおばあちゃん、いるよなあ。よかったね、息子さんに会えて。それも親孝行なやさしい息子さんで」と暖かい気持ちになれたのである。だから、今回の私の感動は、そういう種類の感動である。

セリフは一言しかなかったのだけど、竹三郎さんの僧侶がなぜか、とてもよかった(カツラが一人だけ、頭皮の色とおなじだったからか? それだけでもないような気がするが)。

前後するが、「鶴亀」。なんでこの時期、新年の踊りなの? 顔見世だから? よくわからない。幕が開くと、女帝と鶴役、亀役の臣下がせり上がってくる。福助さんがとっても美しくて、見とれてしまった。雀右衛門さんは、この前の小野小町の時は梅玉さんが心配そうにしてらしたし、今回はずいぶん動きがあったので心配したが、意外と不安なく見ることができた。福助さんにも三津五郎さんにも心配そうな様子は見られなかった。さすがに幕開けでしかも短い踊りだったから、居眠りは出ず、実は今日1列目ほぼ真ん中で見ていた私はほっと胸を撫で下ろした。舞台が明るいから、客席丸見えだもの。

「雛助狂乱」。雪景色の舞台がとても綺麗。私、秋田城之助が出てくるまで、てっきり三津五郎さんが演じられるのだと思い込んでいた。だから花道に登場したお顔を見て、あれっ、と我が目をこすったことでした(しかも雛助が出てくるのかと思いきや、初演が嵐雛助だったってことからついた名前。ややこしっ)。先日NHKで、なんか菊五郎さんの踊りって初めて見るような気がするなあ、などと思ったばかりなのに、今日又踊りではないですか。嬉しいわぁ。ところが、これに辰巳さんが捕手で出ているのですよ(辰巳さんは、今月演舞場と掛け持ちです)。となると、どうも注意が辰巳さんのほうにいってしまって、踊り全体が見られない、菊五郎さんにも目がいかない。最前列というのは、焦点を定めるのがむずかしい。つまり、全体を見るほど視野が広く取れないから、誰かに照準を合わせることになる。その誰かに合わせてしまうと、他の人が見られない。全員を見ようとすると、注意力散漫になる嫌いがある。贅沢なジレンマです。辰巳さんはトンボも切って、菊五郎さんとの絡みもたくさんあり、大活躍。形を決めるときにちょっと体が動くのが気になったけれど、普段ブログにお邪魔している役者さんの活躍を見るのは嬉しい。花道でトンボを切るのはむずかしいんだろうなあ。ハラハラしてしまいました。

「河内山」。団十郎さん完全復活おめでとう(なんか最初に登場したときのカツラ、違和感あったなあ)。松江邸に乗り込んでいってからがテンポ良く、団十郎さん独特のリズムが気になりながらも、やっぱり黙阿弥モノは面白い。でも団十郎さんって、根が明るいんでしょうねえ。その明るさに加えて愛嬌もあって、それが大らかさとなり(「毛抜き」の粂寺弾正がピッタリ)、スカッとカッコいいヒーローというよりは、「お、うまくいっちゃったなあ」という感じがしてかわゆい。花道を引っ込んでいくとき、観客に向けた笑顔が、なんとも言えずステキでした。ま、私は仁左衛門さんの河内山が一番好きですが。

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2006年11月 5日 (日)

1分+数秒の出会い

先週録画した「土スタ」(土曜スタジオパーク)をやっと今日見ました。「風林火山」のスタジオ収録風景と、亀治郎さん・池脇千鶴さんのインタビューだというので、楽しみにしていたら・・・ショックなことに全部含めてたったの1分3秒。新聞のテレビ欄に風林火山の「ふ」の字も、亀治郎さんの「か」の字も出ていなかったので、ちょっとイヤな予感はしていたのだけど案の定。でもまあ、たとえ1分ほどでも、若く凛々しい晴信様(やっぱり香川照之さんにどことなく似ているわ)のお姿を見ることができただけいいか。

「土曜スタジオパークをご覧の皆さん、こんにちわ。武田信玄役の市川亀治郎です」に続いて池脇さんが同様に挨拶し、23日月曜日に本格的に始まったというスタジオ収録の様子が写ります。婚礼の三々九度の場面でした。「自分の妻となる三条夫人とは今日はじめて会いましたけれども、これからいい夫婦関係が築ければ、と思っています」とちょっと嬉しそうな照れくさそうな亀治郎さんの表情。池脇さんは深みのある三条夫人を演じたいと一言。そして最後に2人揃って「風林火山放送まであと2カ月、どうぞお楽しみに」。初々しくてほほえましいカップルです。

この前の俳優祭で、進行役の仁左衛門さんが、新派の女優さんたちを前にしてニコニコしながら「ほんまもんの女子(おなご)はええなあ」としみじみ言っておられましたが、亀ちゃんもそう感じているかしら。もっとも、亀ちゃんの場合はご自分がその<おなご>になることが多いから、あんまり関係ないか。

録画をDVDに落としてTVに戻ったとたん、なんと海老蔵さんの「お~いお茶」のCMが。弁慶の扮装で!! 終わる寸前だったので、数秒しか見られなかったのが残念。ま、CMですから又あちこちで目にすることができるでしょう。

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2006年11月 4日 (土)

迷いの日々

11月は、どうしてこうイベントが多いのでしょう。どれもこれも行きたいのに、歌舞伎以外にも最大3日おきに色々入れてしまったのですよ。イベントそのものはうまく谷間に入っているのですが、3連チャン、4連チャンになってしまう。いくらなんでも、それはねえ。

というわけで、おくだ健太郎さんの歌舞伎教室、柝の会セミナー(kirigirisuさんのところで情報拝見しました)、迷いに迷っています。仕事の状況、家族の顔色を窺いながら、ギリギリまで迷うでしょうねえ(ギリギリじゃあ、満員になってしまうか・・・)。

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2006年11月 3日 (金)

甦る舞台--なんて素敵な「衣裳・小道具で見る歌舞伎展」

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演舞場で菊之助弁天に満足した興奮が残ったまま、三越へ。それほど人が入っていないかと思いきや、意外にも多くの見学者がいてビックリ。

まずは衣裳。歌舞伎でおなじみの人物――大星由良之助、塩冶判官、助六、揚巻、三姫、お三輪ちゃん、千鳥、お鹿などなど挙げたらキリがない――の衣裳がたくさん展示してある。塩冶判官の玉子色の衣裳が鮮やかで印象的。いかにも権力を誇る悪いヤツといった感じがする師直の黒麻大紋と対照的で面白い。歌舞伎では、色である程度人物像や状況を表すわけだが、心理学を先取りしているようで感心する。由良之助は茶屋遊びの紫縮緬、討入りの衣裳など。ちょうど今月、来月と「元禄」のほうの忠臣蔵があるから、衣裳にも注意して見ようっと。

スッゴかったのは揚巻の衣裳。何しろ五節句それぞれの衣裳があって、展示されているのは正月飾りをあしらったものと桃の節句をモチーフにしたものだったけど、この正月飾りが笑っちゃうほどスゴイ。注連縄なんかを着物にくっつけてあるのだから! 揚巻の衣裳は重い、重いと聞くけれど、それも頷けます。鳴神のブッ返りも見事。

引き抜きの糸にロウを塗ってあるのは知らなかった。引き抜きやすくするためなんだけど、役者さんによってロウの量が違うんだとか。体型で違うのかしら? 違う基準がちょっと気になります。

初めて見たのが附帳。筆でその月の演目に必要なものがすべて書き出してある。仁左衛門さん襲名のときの衣裳の附帳はボールペン書きになっていて、時代の変遷を感じました(今も筆で書かれる方がいるかもしれないけれど)。

小道具コーナーも衣裳に負けず劣らず充実。扇、烏帽子(天下を狙う悪いヤツの金キラの四角い帽子に一段と目を引かれた)、煙管に煙草入れ(役によって、ずいぶん違う。そこまで注意したことはなかったけれど、こういう小物に役の個性が表れる。こだわりの小道具です)、そして刀。梅王の3本の刀の長さに「おおっ」と唸った直後、「暫」のもっと長い刀3本登場。ひえ~っ。こんなもの差して動くなんて、それだけで大変だあ。

仕掛けのコーナーでは、ピチピチはねる魚、飛んできた矢が木に刺さる仕掛け(刺さったように見える)とか、毒を垂らされた花がしおれる仕掛け、四谷怪談の赤ん坊が一瞬にして地蔵に変わる仕掛け(こわ~い)と、さまざまなからくりがよく工夫されていて面白い。

大物系では、知盛の碇(太い縄がトグロを巻いて、その先にはあの碇が。獅童、大丈夫かっ?)関の扉の大マサカリ、毛抜の磁石(観客にわかりやすいように方位磁針)と毛抜き。いかにも歌舞伎らしくデカイ。そして本物とほぼ同サイズのめ組の纏。実際に振ってみたかったわ~。

生き物では、馬(完成品のほかに、馬の胴体を形作る竹籠のようなものと頭の部分が。ああ、ここに辰巳さんが入っていたのねえ)、差し金付の蝶、仮名手本五段目の猪など。ついこの間見たばかりの髪結新三の例の鰹、半身におろされたところが展示されていた。もちろん、ワタつきでね。近くで見ると「フ~ン」てな感じなのだけれど、これが舞台で使われると、なるほど、今包丁を入れたように見えるのねえ。あ、あの、デカイ平家蟹も1匹いました。

「こうして作られる」のは魚(鯛)と刀。鯛は新聞紙を芯にして、ヘチマをのせて加工していくんですね。ヘチマも手に入りにくくなっているみたい(昔、うちでも趣味程度にヘチマを作ったことがありましたっけ)。刀は昔は金属だったけれど、今では木製だそうです。

曲げたりたわませたり、弾力が必要な小道具の材料としては鯨のヒゲがよく使われているようだけれど、だんだん入手困難になり、グラスファイバーなどで代用しているとか。それでもやはり天然の素材でなければ難しいものもあり、ご苦労がしのばれます。

衣裳や小道具にはさわれないのだが、体験コーナー(?)もある。まずは町駕籠。もちろん、乗ってみました。クッション悪っ。当たり前です。駕籠の底はゴザ1枚敷いてあるだけだから。その上狭くて、ちょっと体の大きい男性では駕籠そのものが壊れそう。TVなどで、よく駕籠の天井に紐のようなものがついていて、乗っている人がそれにつかまっている姿を見ますが、この町駕籠にはそういうものはない。ただ乗ると正面に手すりのようなものがあったから、ちょっと頼りない感じがしたけど、それにつかまるのかなあ。

それから、擬音体験。大きなウチワに短いヒモを取り付け、その先に小豆かなにかをつけたもの。雨音である。舟のような大きなザル(?)にやっぱり豆がたくさん入ったもの。舟を揺すると波音が。手回しの回転盤に布を張ったものは風の音を出す道具。まわし方によって、風の強さが調節できます。

とにかく楽しい。正直な話、入場券を頂かなかったら(「ほうおう」で頂いたのだったかしら、筋書きにも付いていたかも)気がつかなかったかもしれないこの展覧会。一つ一つの展示品を眺めていると、自分がこれまでに見た舞台が生き生きと甦る。絶対お勧めです。

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結局、終わり良ければすべて良し--花形歌舞伎・芝居篇

観客篇で不満をタラタラ述べたが、そのおかげで「番町皿屋敷」のとくに前半はほとんど集中できなかった。皿屋敷を見るのは、三津五郎さん、梅玉さんの青山播磨を経て3度目であるが、今回の松緑さんが一番ハツラツとして元気がいい。ただ、青山播磨という人物はそれなりに鬱屈したところがある、と私は思っていたのだが、松緑さんの播磨は松緑さん自身のもって生まれた明るさというのか、大らかさというのか、そういうもののせいか、あまり鬱屈感や陰のようなものは窺えなかった(三津五郎さんや梅玉さんには感じたのだが、播磨の人物像に対する私の解釈が間違っているのかもしれない)。しかし、お菊への一途な思いはよく伝わってきた。やさしさ、愛情、切なさが十分表現されていたと思う。とくに、お菊の所業を知る前、庭を眺めながらお菊の肩を抱く場面は、播磨のやさしさが溢れていた。それがあったからこそ、お菊に愛情を疑われた悔しさが生きてくる。

今日の席は「とちり」席の一番後ろ。舞台と適度な距離があったせいか、いつも気になる芝雀さんの丸顔が細く見え(実際に痩せられたかも?)、お菊の複雑な思い、愚かな女の哀れさがよくわかった。

松也クン、きれいでとにかくいいわ~。

★勧進帳

海老蔵弁慶、菊之助富樫と、思いっきり魅力的な取り合わせ。だが、イマイチだったなあ。実は食後ということもあり、ところどころ意識を失ってしまった、そのせいかもしれない。勧進帳でこんなこと初めて。海老蔵さんの弁慶は、顔だけ見るとおじいさんの団十郎さんに似ているかも。ちょっとひっかかったのは声。低い声で続けるセリフに無理が生じて、気持ちいいセリフの流れが途切れる感じがしたのだ。それに、富樫との問答のとき、早口すぎるんじゃないの? おまけに、どういうわけか客席からしょっちゅう笑いが漏れる自分の居眠りは棚に上げて、勧進帳でこんなに笑いが起きちゃあ、ユルイよね(笑う観客が悪いのか、笑われる海老蔵が悪いのか)。「カッコイイ」なんていう掛け声までかかったから、余計ゆるんじゃった。菊ちゃんの富樫は概ねよかったように思うのだけど、眠りの谷に入っていたため、詳しい評価は不能…。いずれにせよ、吉右衛門弁慶、富十郎富樫(179月)が未だ忘れられないくらい緊迫感にあふれる名舞台だったため、それと比較するのは酷としても、期待はずれではあった。

ただ、特筆しておきたいのは駿河次郎役の段治郎さん。義経が富樫に疑われたとき従者たちが富樫に詰め寄ろうとして弁慶に押しとどめられる、あの場面(私、この場面、大好きである)。段治郎さんの表情、目つきが秀逸だった。澤潟屋勢の姿が先月の松竹座に引き続き、こうした場で見られるのは嬉しい。猿弥さんもよかったよ~(詰め寄る場面では誰かの陰になって見えなかったけど)。

★弁天娘女男白浪

菊之助の菊之助に尽きる(ってなんのこっちゃ)。もう、この芝居は、菊ちゃんの弁天小僧が最高!!! お浪として登場したときの息を呑むような美しさ。男とバレたときにぐ~っと上げていく顔の凄まじさ。そしてその後のカッコイイ不良ぶり。今日はこれが見られただけで、前半の不満も全部吹き飛びました。松緑さんの南郷力丸とのやりとりも滅茶苦茶面白かったし、ワルぶりがスカッとしたわ。第二場の勢揃いでの名乗りも名台詞揃いだから楽しくって(先日、名古屋のからくり時計で聞いてきたばかりだし)。

菊ちゃんの美しさ、かっこよさは、パパ菊以上かも。私はたまたまパパ菊の弁天小僧の録画(昭和48年10月「浜松屋見世先」、昭和57年4月「勢揃い」)を持っているのだけど、昭和57のその時の南郷力丸が松緑さんのお父さんの辰之助さん、忠信利平が左団次さん。てことは、今回のこの3役は、実にそのときの3人のジュニアがやっているってことじゃない。感慨深いものがあるわ~。

5人が花道から稲瀬川の堤に出て行くときは、傘が揚幕の外に出ていて、役者さんが出るときにそれを受け取るみたいでした。最初からもっていて、揚幕の外でバッと開くのかと思っていたわ。

丁稚の金子クン、出番のないときでも「浜松屋」と染め抜いた、何と言うのでしょうね、大きな看板がわりのもの(無知で、わからない)、そういうものの陰にちゃんと腰掛けて、お声がかかるのを待っていました。かわいい。

梅枝クン、演技がとても丁寧で美しく、好感がもてます。日に日に成長していくという感じで、今後がますます楽しみ。

そして、ここでも松也クン、きれいで素敵。

大満足の白浪で、終わり良ければすべて良し、とするか。

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最悪の環境--花形歌舞伎・観客篇

112日花形歌舞伎(新橋演舞場 昼の部)

P1020880 本当は初日を取りたかったのだけど、スケジュールの都合上2日目になった花形歌舞伎。期待いっぱいで出かけたのだけど、「新番町皿屋敷」のとくに前半は、観客のマナーの悪さに気をそがれました。何しろ遅刻多数、それも23分じゃない、30分くらいたってもまだ入ってくる人がいる。席を間違えて座っちゃった人がいる。おまけにその席の正しい所有者は遅刻。だから、すんなり席に着くことができず、お芝居の最中だというのにチケット確認などし、間違えた2人は他の観客の前を横に移動し(10番間違えたらしい)、遅刻した人たちがやっと座れるという始末。

また、やはりだいぶたってから、足の悪いお年寄りを連れた一団がやってきました。総勢3人か4人。娘さんだか誰だかがお年寄りの両手をもって、「アンヨは上手」ふうに通路をゆっくり歩いてきます。普通遅刻した人は、腰をかがめ小さくなって他の観客のジャマにならないように小走りで入ってきますが、この一団はそういうわけにいきません。そして、芝居の最中だということも、後ろの人が見えなくなるということもまったく考えずに、マイペースで着席。足の悪いおばあちゃんを連れているのだから、腰を屈めて歩くわけにもいかないし、すんなり座ることが出来ないのもわかります、そしてそうまでしても好きな芝居を見せてあげたい気持ちもよくわかります(私にも1人ではほとんど歩けない母がいますから)。私もはじめはそう思ってガマンしていました。でも、言わせてほしい。せめて遅刻しないで来てください。あるいはキリのいいところで入って来てください。おまけに、このオバアチャン、やっと席についたと思ったら、トイレにでも行きたくなったのか、また席を立って、アンヨは上手で出口に向かいます。もう~っ!!! しかしさすが演舞場側も考えたのでしょう、戻ってくるときは車椅子でした(最初っからそうしてよ)。

まだまだ観客への不満は募ります。すぐ後ろの人が咳をし始めました。それが痰のからんだ汚い咳で、5分くらい続いている。音もうるさいし、ウイルスが飛んできそうで。咳をするな、なんてもちろん言いません(私だって観劇中に咳をこらえることができなくなることはしょっちゅうあります、だからつらいだろうな、って察します)。でも、周囲を考えて、タオルで口をふさぐなりなんなりしてください。

あと、芝居の最中にお喋りするの、やめてください。

ホント、今日ほどひどい環境でお芝居見たの、初めてです(カリカリ)。

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