6月24日 「夏祭浪花鑑」(シアターコクーン)
客を巻き込み、驚かせ、楽しませる。江戸時代にタイムスリップしたようなあの空間、空気に、エンタテインメントとしての歌舞伎の原点を思わせられた。「これじゃあ、チケット完売だよなあ、完売後歌舞伎の戻りもないよなあ」と納得したのでした。
「夏祭浪花鑑」自体は吉右衛門さんのを演舞場で見たことがあるだけで、コクーンは初見。しかもテイストが全然違うはずなのに、不思議と「法界坊」ほどの違いは感じなかった。それはきっと、勘三郎さんの演技が<真面目>だったからだと思う。<真面目>という言葉については誤解を受けるかもしれないが、勘三郎さんは観客サービスのあまりか、私にさえ崩しすぎているんじゃないかと思われるようなところがある、しかし今回はそういう面は見られず、団七という人間を演じるのに必要な演技だけをしていた、そんな印象を受けた、ということです。
<泥場>
団七が義平次を斬る場面は、実際に泥が飛ぶというわけで、通路よりの私の席あたりにもビニールシートが配られてあった。期待の場面の一つだったが、団七の心理の深みを見せるという意味では吉右衛門さんのほうがくいっと心に滲み込んできたような気がする。実は、私、吉右衛門さんの時の義平次役が誰だったかすっかり忘れていた。筋書きを取り出してみて、歌六さんの名前を発見しても「そうだったっけ」くらいの記憶だったのに、どういうわけか途端に歌六さんの義平次も、あの場面も、鮮やかに甦ってきたのだ。あの時は、ここで終わっていたから余計印象が強かったのかもしれない。
しかし勘三郎さんの殺しの場面もじつに印象的だった。この場面に入る前に、準備として数分の間があるのだが、このときに鳴る和太鼓と笛と鉦がとても効果的で、緊張感が高まる。そして舞台の縁に蝋燭(後に出てくる手燭と同じもの?)が並べられただけの闇となった空間、団七と義平次の動きを、白い紙を張った手燭のスポットライトで黒衣さんたちが照らし出す。恐らくちょっと向こうでは祭りが最高潮に達しているはず。それなのに暗いここだけは泥沼のように時間が淀んでおり、暑苦しい緊張感が漂う。やがて義平次は泥の底に沈み、団七は刀を井戸水で洗う。にわかに祭りの音が近づいてくるのが聞こえる。団七は大きく震える手で何度も何度も失敗した後やっと刀を鞘に納めることに成功し、水をかぶって返り血を流す。ぱっと照明が入る。昼の明かりとなったそこで展開されているのは大勢が踊り狂う祭りの場面。この対比は実に見事で、団七の心の闇が浮き上がった。踊りの波は、客席の間を駆け巡り、団七もまたそれに紛れて姿を消す。
<祭り気分>
祭りの雰囲気は舞台の上だけではない。ロビーに入った瞬間にもうその空気に取り囲まれる。売店ではお弁当の他に、みたらしや磯辺などの団子(お茶とのセットもある)、さつま揚げなんていうのを売っている。「生ビールとさつま揚げいかがですか~」という声にかなり惹かれたが、飲んだら寝ちゃうし、トイレにも行きたくなるし、で私は休憩時間にみたらしをいただいた。あのタレが好きな私は、カップにたっぷり入ったタレ(そのタレの中に2コずつ串に刺さった団子が4本入っている)を飲み干したい気分でした。
前後するが、開演10分ほど前になると、役者さんが通路を歩いて互いにお喋りに興じたり、客に声をかけたり、客席も陽気な祭りの空気に包まれる。扇雀さんが小さな子供(団七とお梶の子供。とっても可愛い)の手を引いて歩いている姿が<らしくて>思わず微笑みました。そうこうしているうちに、祭り姿の役者さんたちがみんな舞台に上がり、どこかでケンカが始まり、自然と開演になる。そして場面はまもなくお鯛茶屋にと、テンポがよく進む。演舞場にはなかったここまでの場面で、出番は少ないけれどこの物語の重要人物である玉島磯之丞(勘太郎)のことがよくわかった。
<逃げる>
二幕目はまったく初めて見る。親殺しの大罪から団七を救おうと一芝居打つ徳兵衛(橋之助)とお梶(扇雀)だが、結局団七は追われる身となってしまったのね。徳兵衛が泥沼のほとりで拾った雪駄から団七の親殺しを察して団七にそれを突きつけるあたりは、逆シンデレラ?なんて不謹慎なことを考えてしまった。
団七が逃げる場面は、江戸の町が三谷さんの「高田馬場」みたいなミニチュアタウンになっていて、ウケた(勘三郎さんと橋之助さんがスローモーションで走る場面も「高田馬場」を思わせた。もっとも、ミニチュアもスローモーもこっちが先?)。そのミニチュアの家々の後ろからぬっと大勢の捕手が姿を現したのにはビックリした。そこからの立ち回りはみんなの見事な呼吸が感じられた。通路から舞台奥への刀投げなんて、ハラハラしたけれど、投げ手のコントロールと受け手のタイミングのよさで大成功。ひとつひとつの演技に客席から大きな拍手が送られる。
私の席は役者さんが一番よく通る真ん中ブロック下手寄り通路側だったので、立ち回りが目の前で行われてこっち斬られるんじゃないかと思うほど。この席、<とちり>のあたりで、最高でした。泥場はよく見えなかったのだけど、花道がわりの通路も程よく見渡せたし、何より役者さんをすぐ下から見上げる形でミーハー心を十分満足させてくれた。
さて、いよいよ大詰め。期待どおり、舞台奥の壁をこわし(搬入扉が開くことになっている)、勘三郎さんと橋之助さんが駐車場へ飛び出す。外では見物の人たちが、走り回る2人にさかんに拍手を送っている。2人が舞台に戻ってくると、最後、パトカーが向かって右側からきゅ~っと入口ギリギリに突っ込んでくる。グリーンを基調としたパトカーにはPOLICEではなくてドイツ語でPOLIZEIと書いてあった。ああ、私、この先千穐楽まで1日でも時間があったら、絶対3時45分くらいまでには搬入口のところに行って、この数分を外で楽しむわ。
カーテンコールでは役者さんだけでなくこのパトカーももう一度登場したのが嬉しいサービス。スタンディングオベーションの中(私も今回は迷わずすぐに立ちました)、役者さん全員が通路に下りて平場席一周。通路側の客と握手したりして、一体感がより増す。
「これじゃあ、チケット完売だよなあ、完売後歌舞伎の戻りもないよなあ」と納得するわけです。
七之助クンのお辰もきりっとした覚悟が見えてよかったけれど、勘太郎クンでも見てみたかった。今月は2回取るのはきびしかったから後半にもってきたけれど、前半のキャストでも見ておくべきだったかなあ。
笹野さんは、悪どさがちょっとアッサリしているように思ったが、「義平次は笑いもすれば幸せなときもあったはず」という面を強調していたのだろうか。だとすれば、その意図は伝わったと思う。
おまけ:プログラム2000円はちょっと痛い。扮装していない役者さんのモノクロ写真はみんなテキヤ風で、とくにスキンヘッドの勘太郎クン、正面にガン飛ばして見事なコワモテぶり(いや、ほんとコワイです)。
<上演時間>第一幕100分、幕間20分、第二幕30分
渋谷は好きじゃないけど、こんな可愛いバス発見。
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